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2019年3月22日 

2、3日前に読んだネット新聞の記事に「小学校卒業式のはかまに賛否両論」というのがありました。一瞬「大学卒業式」の間違いではないのか?と思ったのですが、どうやらそれは数年前から流行していて、エスカレートして華美になりすぎなのではないか、いや、服装は人の自由だ、親や子どもに任せていいと両論が巻き起こっているのだそうだ。

小学校卒業に袴?となんだか納得いかない気がするのだが、このニュースを読んだとき、かれこれ10年も前の我がモイケル娘の大学卒業式のことを思い出した。

諸事情は置いておくとして、思っていたのと違うと言い出し、早稲田大学を2年で退学して九州の公立大学3年に編入したモイケル娘が、卒論を書きながら翌春に備えていたある日のこと、スカイプでこんなことを言って来た。

「卒業式に出るの辞めようかなと思ってる。」

東京にある会社に就職したので卒業前に東京に出てアパート探しをしなければならないし、場合によっては今の下関のアパートを出払っていることも十分考えらる。すると、卒業式出席のためにその日に合わせて東京から往復の電車代がかかる。そうでなくても、引越しや就職でこれから色々物入りなのだから、お金がもったいない。これが理由のひとつ。

そして彼女に卒業式出席を見送ろうかと言わせるもうひとつの理由が、これもお金がかかる「卒業式の服装の着物、袴」のレンタル料金だった。
「おっかさん、着付けやらなんやらと入れると、最低5万はかかる。往復の電車代も併せたらそれだけで10万になるよ。」

たった一日で10万!
う~~ん@@ と、母はうろたえる(笑)

今まで学生だったので適当に間に合わせられた服装も、社会人になったらそうも行くまい、バシッとカッコよくブランドもののスーツでキメよとは言わないが、10万つったら、うまくいけば、会社用のスーツが2着買えるかもしれない。

「卒業式は一生に一度のことだから、それくらいだったら」と出す親は世間にたくさんいるのだろう。

一生に一度の七五三、一生に一度の大学卒業式、一生に一度の成人式、と、一生に一度のことは結構多いわたしたちの人生だ。

ぶっちゃけて言うと、わたしは上記のお祝いのどれにも縁が無く晴れ着など着たことがない。都会での一人暮らしの身には成人式のレンタル着物も、とてもではないが手が出なかったくらいだ。

それで、モイケル娘の成人式のときには晴れ着姿を見たいなぁ、きっと綺麗だろうなぁ、と一人前の親心で、 ネットでレンタル料を検索したのだが、いやぁ、これがやはりわたしからすると「たった一日で!」となる高額よ。(笑)

娘もいじらしくも「別にいらない。お金がもったいないよ。」と言ってくれる。一生に一度の成人式の晴れ着、着せてあげたいな、とは思ったものの昨今の厳かさをともわない成人式の話を多々耳にしていたことも手伝って、結局娘は成人式に着物を着ることはなかった。成人式にも出席しなかったと思う。

ポルトガルでは小学校、その後のリセウはもちろんのこと、大学も卒業式なるものは耳にしない。人生の節目節目にけじめをつけて、新たな気持ちで新しいような人生のスタートを切る、というような考えはないようで、高校も大学もいつの間にか知らないうちに「あれ?卒業したの?」てな具合だ。

ポルトガル人の夫と息子は、「けじめをつけるって、じゃ、明日から人生全部変わるの?人は変わるの?」と、日本人としてはカチンとくるような屁理屈をのたまう。

そん調子だが、一度は晩御飯の席で、かくかくしかじか、卒業式に多くの女生徒が着るであろう着物、袴の話少し話題にしてみた。

「確かに10万はもったいない気がわたしもするんだけれどね・・・」と言うと、
夫、「うん。買ったらどれくらいになるの?」・・・・・・

ご~~~んと、頭の金が、いや鐘が鳴り響き、しばし絶句の妻であった(笑)お主、な~んも知らんよのぉ。^^;着物、買うってかい!振袖買うってかい!
着物事情を知らない夫は10数万位で買える思ったのであろう、「それなら、少しがんばって卒業祝いに買ってあげてもいい。可愛い娘のことだ」と。

あぁた、いい物でなくたって、高いの。それに付属品も高いんですぅ。第一、そうやって買った振袖も、後何回着られるか分かりゃしない。結婚したら振袖は着られないのだ。海外ならごまかしが聞くけどw。と、これには仮に夫が買ってあげると言っても、わたしは反対だ。

ネットで調べると、業界は各大学卒業式に向けて、大学でレンタル着物出張展や当日は着付け出張もするらしい。ふ~~ん。とすると、近年着物の需要が減ってきた業界も、この時期は助かるわけであろうか。しかし、みながみな、レンタル料を払う余裕があるわけではない。苦しい思いで大学卒業にこぎつける人もいるわけで。

わたしが思ったのは、卒業式でもも、社会人になってからでも着用できるようなセンスを持つ服を着るのはどうなの?である。 まぁ、自分の都合ばかり見て考えたことではあるが、今の日本の大学というもの、人と同じようにしようとすれば、最後の最後までお金のかかることではあるわい。

娘の卒業まで、まだ時間があるので、もう少し考えてみようと思うが。そうねぇ、 袴姿の娘も見てみたい気がするし、それを辞めて我が道を行く娘をみるのも逞しい気がする。
大学4年生夏の就職活動からその後の東京への引越しまで、いやはやホントに出費が重なる上に、息子まで日本へ送り出したものゆえ、ホイホイと貸衣装代を出せない甲斐性のない親に遠慮してか、「わたしはスーツ姿で出席する」と娘は決めていた。

結局その後、どうなったのかと言うと、モイケル娘がスカイプで送ってきた卒業式当日の写真を見て、あれ?き、着てるじゃん、袴!(爆)

実は友だちの母上様のお知り合いに着付けやさんがおり、それで用意してくれたのだそうだ。こういう時に「いえ、結構です。」とお断りすると、物事にカドがたつ。あり難くしていただきました。
 
式場へ向かう途中の彼女のケータイにメッセージを送ると、生まれて初めて着物の類を着る娘、「お腹がくるしぃ~。車に一人で乗れなくて人に手伝ってもらった^^;」

さもありなん(笑)着物を着て車に乗るのは帯も邪魔になり裾にも気を配らないといけないし、楽ではないのである。
ちょっと写真の足元が気になるが、着慣れていないのだから仕方ない(笑) 

「楽しんでくるね!」(おいおい、卒業式は厳かなものなのだぞw)とのレスの文字も、なぜか躍っているように見えたものだ。

無理をすれば、「卒業に袴」の人並みのことをしてあげられなくはなかったのだが・・・
職場の補習校でこの話を出したときに、「わたしが親ならしてあげますよ。」との同僚の言葉が少し胸にひっかかりながらも、「袴の貸衣装代があれば、会社勤めに必要なスーツがもう一着買える。両方はできないから、自分でどちらか決めてね。」と言い渡したのであった。

娘よ、人並みに親に何かをしてもらえ、人並みに自分も何かができる、ということは幸せのひとつだと言うことを心に刻んでほしい。この「人並みに」が、したくてもできない人もたくさんおるのだよ。2008年の春のことであった。
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2019年3月20日

書き留めたいことは多々あるのですが、このところ時間に追われ考えがまとめられずにいます。時間に追われているのは、日本語授業の準備に手間がかかっているからなのです。

しばらく前に生徒と読んできた「ねずさんの百人一首」を2年半かけて完読したと書きましたが、その後のテキストとして選んだのが俳人長谷川櫂氏の「季節の言葉」です。この本については以前にも下記で紹介したことがあります。

峰の嵐か松風かたずぬる人の琴の音か

日本語もこのレベルまで来ると教えるのではなくて、生徒とともに自分も学ぶことになり、かつて補習校で使用した教師用の指導書の類もありませんから、調べるのに時間がかかり苦労しているのです。

が、新しいことを学ぶのはいつも面白く、調べだした事柄の関連事が次から次へと増えて、追っていくうちに、ははぁん、こういうことは知らなかったぞ、と実は時間を忘れて新しく知ったことにしばし心が躍ると言う具合です。

と書いたところで、出張日本語の出勤時間です。続きは帰宅してからになります。ただ今はこれにて失礼!

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2019年3月12日 復興未来ゆき切符

2011年東日本大震災の3月11日、息子は娘は?と、ニュースを知ってすぐ何度も試みた電話が通じず不安は募るばかりでした。

恐らくメールもダメであろうと諦め半分で開いたメールボックスの件名、「かあちゃん、地震起きました」が、目に飛び込んできたときは安堵感で涙が出んばかりでした。我がモイケル娘が携帯から送って短いメールを送ってきたのでした。

その年の春は、日本旅行を予定していた人達が放射能を心配して皆キャンセルする中、わたしは子供たちが心配で矢も盾もたまらず帰国しました。

あれから8年経ちましたが、復興具合はどうなのでしょうか。子どもたちも地震からしばらくの間は、大事なものや水、非常食などを入れた避難リュックを枕元に置いて寝ていましたが、喉もと過ぎれば熱さを忘るで、きっとそのリュックもどこかになおざりにしていることでしょう。子供たちにはもう一度思い起こしてもらわなければならないと思っています。

今日は地震から一年ほどたった頃に書いた日記に手を入れて再アップします。

先ごろ、こんな記事を読んだ。

「三陸鉄道支援・釜石から復興未来ゆき切符11日発売」 
切符

「釜石から復興未来ゆき」の切符が大震災から1年となる11日、岩手県釜石市の釜石駅前で発売される。被災して大半の区間が不通となった三陸鉄道を支援しようと地元有志が企画した。有効期限は「諦めない限り」と書かれている。切符が売られるイベント「かまいし復興の祈り」では、2500個のキャンドルをともし「復興の鐘」を鳴らして震災犠牲者の鎮魂と被災地の未来への希望を願う。2014年4月に全線開通を目指す三陸鉄道の釜石駅前が会場で、収益金で地域の足を応援する。

「諦めない限り有効」という言葉に未来志向が感じられ、なんだか少し胸に響きます。瓦礫処理が震災復興に立ちはだかるという大きな問題があり、復興にはまだまだ時間がかかると思われますが、今こそ政府、専門家、民間が知恵を絞ってこの問題に取り組んでいく必要があります。

放射線量の有害性についてはわたしは分かりません。調べれば調べるほど頭が混乱して来、もう検索するのをやめました。日本に住む限り、どこにいてもこの問題と向き合って生きていかなければなりません。それこそ諦めず復興未来に向けて一歩一歩踏み出していくことがおそらく解決策につながるのではないでしょうか。

この復興切符を見ながら、こんなことを思いました。

わたしたちは生まれるとき誰しもが未来という切符を手にしているのだ。希望未来ゆきの切符だ。諦めない限り有効。釜石の「復興未来ゆき切符」と違うのは料金が書かれていないことだ。

月日が経つにつれ、希望は薄れ失われ、多くの場合、わたしたちはその切符の存在をも忘れてしまう。わたしが言う希望とは、わたしたちを苦境から這い登ろうとさせる何かだ。夢だ。もしそれが実現したら、と考えると自分をちょっとワクワクさせるような夢だ。若い人にはこの切符の存在を思い起こしてもらいたい。好きなことを一生懸命すればいい。諦めないかぎり有効なのだ。

わたしは?と考えてみる。
今年は72歳になるけれど、何度も途中下車してヨレヨレになっているだろうその切符をまだ手にしていると思う。

わが子たちは?彼らもまた好きなことを諦めないで歩き続けていると思うしそうであって欲しい。希望はいいものだ、なによりもいいものだ、と、スティーブン・キングが「ショーシャンクの空の下」で言っている。

わが子たちも含めて若い人達には、自分が心から生きていると感じられることを今のうちにするがいい。一生懸命するがいい。「復興未来ゆき」切符には「下車前途無効」とあったが、若者の「希望未来ゆき」切符は、「途中下車有効」なのだ。何度しても有効なのだ。そして、使い方によっては、生涯有効な切符なのだ。
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2019年3月10日 

衣類、食器類、布類など、持っているもので今使わないものは、ふんぎりをつけて少しずつ人にあげるなり捨てるなりしようと時間をみては整理しているだが、中に、もう決して使うことはないと知りながら、どうしても人に譲れない、捨てられないものがいくつかある。

そのひとつがこれだ↓
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キャロンの香水「石の花」(Fleul de Rocaille)。

フランスのキャロン社から初めて発売されたのは1933年だという。フランス語で「Fleul de Rocaille」と言う。お金もないのに大人の女性の香りに憧れて手に入れ、20代に初めて身にまとった香水はゲランの「ミツコ」の香りだった。香水「ミツコ」を知ったのは、当時読んだ「クーデンホーフ・光子伝」がきっかけである。

クーデンホーフ光子は、明治時代に日本に赴任していたオーストリアの外交員クーデンホーフ伯爵と結婚しヨーロッパに渡り、夫の死後もオーストリアに残り7人の子を育てながら、当時のヨーロッパ社交界で「黒髪の伯爵夫人」として知られた日本女性だ。ゲラン社の香水「ミツコ」は彼女の名前からとの由来もある。

しかし、「ミツコ」の香りは若かったわたしには強すぎた。それは成熟した女性の香りで20代やそこらの女性が身に付ける香りではないとそのうち知った。背伸びはいけない(笑)

「石の花」もロシア民話の同名の物語を知って香水の存在を知ったのだが、この香りは気に入り、以来コロンも香水もこれ一本で来た。

が、ポルトガルに住んでから気がついたことがあり、香水に対するわたしの考えは変わった。

何がというと、香水はつける人は気にならないのだが、周囲の人には意外と気になったりすることがあるということだ。込んだ電車の中、レストラン、スーパーマーケット内、はたまた病院と、香水もT.P.O.を考えないと、時にははた迷惑になる。

ポルトガルでわたしが驚いたことのひとつは、病院へ見舞いに行く人が香水をつけていったりすることである。また、匂いに敏感なわたしは、スーパーマーケットですれ違い際に嗅ぐ強い香りが、いつまでも
鼻について、しきりに気になることがよくある。ポルトガルの女性は、老いも若きも香りを使うのが好きな人が多いようだ。

こういう事情で、わたしはコロンも香水も使うのを止めて久しい。香水の寿命は開封もので約1年、保存状態がいいと3年、未開封でうまく保存すると10年持つという人もいる。

が、写真にあるわたしの「石の花」の香水は、ポルト近郊に住むブラジル人の友人がパリ旅行をした折にお願いして買ってきてもらったもので、10年どころか実は20数年になる代物だ。この間、ずっとわたしの下着類が入っている箪笥の奥に眠ってきた。

箪笥を整理するたびに、取り出しては眺め、「今年は捨てようか?」と思いながらも、箱と香水びんの持つ素朴な可愛らしさ、に負けて、結局また箱に戻し箪笥にしまいこむということを繰り返してきた。

「石の花」はポルトガルでは見つからないということも手伝って、賞味期限がすっかり切れてしまったと言うのに、その名の響きに魅惑され捨てられないのである。

と、書いたのは2009年のことだった。あれから10年更に箪笥の片隅に仕舞いこんできたのだが、今日、「石の花の」のオーデコロンも箪笥の隅から出てきたのには、我ながら驚いた。

kousui-1.jpg

オーデコロンは半分以上使っている。ビンのふたを開けると、香水と違いオーデコロンの石の花は鼻先でスーッと懐かしい香りをかすめた。
ふむ、これくらいなら一滴ほどは身につけてもまだいけるかも知れない。来週は丁度結婚40年記念日があることだし、香るか香らないくらいにつけて、出かけてみようかと考えたりしてる。
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2019年3月6日 

我が日本語生徒には空手の武道関係者が少なからずいます。
ポルトガル国内の松涛館トップである師範Mario Aguasshi氏も週に一度、日本語レッスンに通ってきます。松涛館流空手には18才で黒帯を取ったと言われるアクションスターのジャン=クロード・ヴァン・ダムがいます。

過去には弓道、剣道、カンフーを習っている生徒もいましたが、もう一人、長年の付き合いで生徒というより友だちと呼ぶに近しいのがマリアさんです。拙ブログに何度か登場してもらってるマリアさんですが、彼女は長年太極拳を習っています。冬でも我が家に来てコートを脱ぐと半袖Tシャツです。冷える日には、ヒーターを入れて待っているのですが、そんな時の第一声が「暑い暑い!」(笑)

その元気さには参るわたしですが、その「参る」を更に上回って、なんとカンフーを習う、と聞いたのが3週間ほど前のこと。 「か、カンフー?あの、ブルース・リーやジャッキー・チェンがやるの?」と思わず聞き返してしまいました。だって、マリアさん、成人の孫もいて80歳になるんですよ!

カンフーは太極拳のまったりした動きとは違うはずです。気になっていたもので、今日レッスンが終わった後、「マリアさん、カンフー、始めたの?」と聞いてみましたら、「週に2回太極拳、1回カンフー」って@@ だいじょうぶかぁ~!!

すると、こんなことから始めたのだとフォームを見せてくれたのですが、細い彼女、サマになっててカッコいいんですよ。最近は40代の婿殿も一緒に太極拳に参加したとのこと。先生は、中国の山中で修業し師範を取ってきたポルトガル人だそうで、年を取っているからとて、練習に手加減はしないらしい。

あれを30回、これ30回やれと指令が出され、途中でへこたれると、「できる!数えてやるから続けよ!」と叱咤激励。そこで19回目まで行ったマリアさん、「にじゅういち~」と始めると、先生すかさず、「いや、にじゅうからだ!」(爆)

彼女の話に大笑いで授業とっつばれ(=津軽弁の終わりの意)

下記は2年前に挙げた「愉快なマイ・フレンド、マリアさん」の記事です。どぞ。

2017年11月29日 

日本語教室、個人授業の生徒ですが、長年の付き合いで生徒というより友達のマリアさん、週に一回の授業は教えるわたしも毎回楽しい。

78歳の彼女はTai chi(太極拳)を習っていて、冬でも半袖です。うわ!寒くないの?と聞くと、「触ってごらん」と言って腕を差し出します。触ってみると温かいのです。我が家に通うのも途中でバスを降り、20分ほどは歩いてくるのが常です。溌剌としたエネルギーが、本人の体から、精神から伝わってくるようです。

日本語の基本文法のテキスト2冊は数年前に修了しており、読解力本も一通り終わってここ数年は彼女が持ってくる現代作家のエッセイや短編小説を授業で読みます。と言うよりも、マリアさんに読ませられているとの感がなきにしもあらず(笑)

なぜなら、例えば最近では村上春樹、酒井順子がそれで、私自身は恐らく自分からは手にしない種類の読み物です。日本にいたころから活字中毒のわたしでしたが、「一緒に読んでください」と彼女がもってくる読み物は、わたしが、あの頃手にして読んだ本の文体と明らかに違っています。

そんな訳で、読み物の内容よりも日本語がどんな風に現代作家に使われているのかを知るのが面白いところです。

さて、マリアさんが先日、日本の知り合いから送られて来たので、その本の内容はだいたい分かる故、それは置いといて、前書きを読みたいと持って来たのがこの本です。

Nasreddin

ナ、ナスレディン?ひゃ~、懐かしや!

わたしは高校の授業での学習以外、英語はほぼ独学なのですが、アリゾナ大学のESL(English as a Second Language)コースの留学が決まった時点で、独学では不安になり、一時期オーストラリア人が経営し、講師は全員ネイティブ・スピーカーだという語学教室に通ったことがあります。

そこで、知り合い友達になったイギリス人講師が、遊び半分に授業で取り上げたのが、このNasreddinのトンチ話だったのです。もう40年以上も昔のことですぞ(笑) そして、この時の講師兼友人、ロブとは後にアリゾナで会い喧嘩別れのようなことになり、数年前のFacebookを通して30数年ぶりに向こうからコンタクトが入ったと言う、ロブに因む縁がある本でもあります。

※ロブは左カテゴリにある「アリゾナの空は青かった」の思い出話で何度か登場していますので、興味ある方はそちらからどぞ。 
 
まさか、マリアさんを通じて40年ぶりにナスレディンの名を耳にするとは思いも寄りませんでした。

マリアさんとは、音楽でも面白い偶然があるのです。(「Tom Waitsとワルツィング・マチルダ

そんなこんなで、我がアリゾナ時代の話で盛り上がり、今日は3ページに及ぶ字がびっしりの3ページを辛うじて2ページ終えた今日の授業の終わりに、マリアさん曰く、

昨日、街を歩いていると簡易健康診断車の側を通りかかった。と、中年の係員に年配者に受けて欲しいとマリアさんは声をかけられ、結構ですというのに強引に誘われ健康検査をする羽目になった。

その中に力の強さを測るバネ式の計量器があった。取っ手を持ち、グイと引き上げたが幾ら上げようと思っても上がらない。すると記録用紙とペンを手にした係員、まじまじと彼女の顔を見、「セニョーラ、もうそれ以上あがりません。測りを壊してしまいましたデ。」 (爆)

最初のグイで力余り、既に測りを壊していたって、マリアさん。ギャッハッハの大きな笑い声で授業は終了したのでした。いやはや、体力では恐らく8才歳上のマリアさんにわたしは太刀打ちできないでしょう。

もちろん、彼女のその他の検査は全て問題なく健康体そのものだと太鼓判を押してもらったのだそうな。心のどこかに少年期を隠し持っているような、気が合う愉快な我が友、マリアさんの話でした。


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