2018年7月18日 

1851年のロンドン万国博覧会を訪れたポルトのブルジョアたちは、パビリオンとなったロンドンクリスタル宮殿の素晴らしさに感銘し、ポルトでもそれを建築しようとの計画で生まれたのがポルト・クリスタル宮殿協会です。

こうして、当時 Campo da Torre da Marca」と呼ばれていた現在のクリスタル宮殿公園にロンドン万博の宮殿を模倣して造られたのがポルトのクリスタル宮殿でした↓
    
ポルト
     
建築家はイギリス人のThomas Dillen Jones. 1865年にはこの宮殿でポルト国際博覧会が催され、ドン・ルイス王により開会式がなされました。
ポルト

展覧会には、フランス、イギリス、ベルギー、ブラジル、スペイン、デンマーク、ロシア、オランダ、トルコ、アメリカに加え、日本も参加したと言われます。

ポルト

しかし、残念なこと1952年の「ローラーホッケー・ワールドカップの会場にするため、1951年に宮殿は解体され、その址に建てられたのが、スポーツパビリオン、つまり現在のローザ・モタ・パビリオンです。
クリスタル宮殿の中央のドームがパビリオンの天井に取り入れられ、往時の宮殿をかろうじて偲ばせ、現在は公園にクリスタル宮殿とその名残をとどめているのです。

して見れば、1851年の第一回万博会場となったロンドンのクリスタル宮殿も博覧会終了後、取り壊しを惜しむ声が上がり、ロンドン郊外のシデナムに移設され、後、庭園、コンサートホール、博物館などが併合した複合施設として活躍したそうですが、19367年に焼失。現在はクリスタル・パレス駅として、
名前が残っています。

ポルト
ロンドン万博のクリスタルパレス。Wikiより

ポルトのクリスタル宮殿は規模的にこれに及ばないものの、ロンドンのように、取り壊しではなくてどこかに移設してほしかったなぁと、思うのでした。

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2018年7月15日 

さて、わたしが密かに「マグダラの塔」と呼ぶところの、この塔の由来なのですが、ネット検索してもいっこうにヒットしません。

ポルト

ただ、クリスタル宮殿公園になる前は、今の公園一帯は16世紀から19世紀まで「O campo da Torre da Marca」だったそうで、下の写真にあるように、園内には大西洋とドウロ川の間を船が入出港する際の目印として、小さなお城と塔が建っていたようです。

ポルト
wikiから

この塔は、19世紀半ばの王党派と自由主義者との間に起きた内戦時に、王党派の砲撃によって崩壊し、なくなりました。
しからば、わたしのマグダラの塔が出現したのはいつかと言うと、こんな写真を見つけました。1904年撮影とあり、塔の上には見張りが立っています。

ポルト
Wikiから。 今と全く同じです。 

ポルト

高所恐怖症気味なのですが、これくらいは、えいや!と上ってみましたが、ドウロ川の見晴らしがいいのを除いては特徴はなし。実は上るより降りる方が怖い。

ポルト
写真は塔の周辺。

こんもりした小山のような土地にあるクリスタル宮殿公園内は散歩道も上ったり降りたり。
ポルト

というので、この塔の情報にぶつからず、残念なり。夏休み中に更なる検索をしてみよと思っています。

ところで、クリスタル宮殿公園だというのに、肝心の宮殿はいずこに?次回はそれについて。
ではみなさま、また。
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2018年7月13日 

いつもは朝9時20分に日本語授業がある市立図書館に向かうのですが、先週土曜日は野暮用あり、
8時45分に家を出ました。用件は思ったより早く終わり、授業開始まで40分近く時間ができたので、久しぶりに、表玄関になるクリスタル宮殿公園入り口をくぐり、散歩してみました。

毎土曜日は園内にある図書館に来るものの、裏口から入るため、ここ数年、とんと公園を見ることがなかったのです。

ポルト

正門を入るとすぐ目の前に現れるロザ・モタ・パビリオン(ポルト出身の元女子マラソン選手。世界選手権、ソウルオリンピックでの初2冠を達した)。下は、わたしが日本語コースを教えるアルメイダ・ガレッテ市立図書館。

ポルト

がやがや賑やかなツーリストグループに目を向けると、放し飼いの孔雀が美しい羽根を広げて披露していました。これまでに何度もわたしの目の前で披露してくれていたので、今回は後ろから写真をパチリ(笑) 

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↓これがわたしがよく見かける美しい羽をひきずる孔雀です。
ポルト

雛がかえったようであちこちに母孔雀の後をチョコチョコとついて回る雛がいっぱいいました。

ポルト

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ポルトは長崎と1978年に姉妹都市提携を結び、わたしがポルトに来たのはその翌年ですが、今年は40周年になります。 図書館のすぐ横には2007年に長崎から贈られた2世の「被爆柿の木」が植えられています。

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もう11年目になりますが、被爆しているためか、成長が遅いです。hそれとも日当たりが悪いのでしょうか。 でも今年は思いの外、大きな葉をつけたような気がします。

下はイベントに利用される野外劇場

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Tilia(シナノキ?)並木道。
ポルト

並木道の横のカフェ
ポルト

朝の園内では、アクティビティをしているグループを見かけました。

ポルト

公園からは大西洋とやがて合流するドウロ川の景色も見られます。

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この日、公園を歩いてみようと思い立ったのには、この存在があったからです。
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わたしはこれを、クリスタル宮殿公園のマグダラの塔と読んでいます。以前は崩壊寸前で上ることができなかったのを、トーリストブームに乗り、市が手を入れて現在は塔にのぼることができるようになったとニュースで知ったのでした。

そこで是非と思い、見に行ったのです。

この項、明日に続きます。
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2018年7月12日 

インターネットが広く普及した今日、わたしたちはその気になれば、これまでの歴史、特に現代史に関して、おびただしい情報を手に入れることができます。それらを情報源にして、望むならば更なる詳細を論説する著書をあれこれ読むこともできます。

わたしは、日本に住んでいる場合もそうですが、特に海外に住む日本人としては、現代史について出来る限りたくさんの情報を手繰り、それを自分で再分析しておく必要があると思います。押し付けられた一方的な歴史観を鵜呑みにするほど愚なものはないと考えるのです。

歴史は、緻密な一枚の織物のようだと思います。しかも、見る方角によって、その色合いや光沢を変える織物です。種々の事情、状況が絡み合い、わたし達が目にするのは出来上がった一枚の布です。

その布を織り成す、一筋一筋の糸を引きほどいていかないと真実に近いものは見えません。「真実に近いもの」とわたしが言うのは、世界の多くの出来事の真実は多様であるように思われるからです。

祖国は、母国、そしてまた、とても僭越な言い方ではあるけれど、わたしたちの子孫に及んでいく、言わば、我が子のようなものではないかと、思ったりします。 どのような過ちを犯そうとも、親は我が子を見放したり、けなしたり、人の言うなりにさせるばかりではないでしょう。

子のために、なんとかしたいと努力するのが心ではないでしょうか。昨今の母国を見ていると、我が子が、自分の国が可愛くはないのか、と暗澹たる気持ちになります。

国会議員、官僚、大学教授、社会的に高い地位にある人等々、仮にも高等教育を受けたであろう人々の嘘があまりに世にはびこるのを見るにつけ、また、国会の質疑に於ける非常に失敬なもの言い、街頭演説では口汚く人を罵るなど、とても文化人のすることとは思えない人を多く目にし、ニュース類を読むのも苦しくなるような近頃の日本です。

こういう人たちに窺える特長は、「アベガー」族です。安倍が安部がと何でも人のせい、現政権のせいで、昔よく言われた「郵便ポストが赤いのも、みんな安倍が悪いのよ」です。自分たちのことは棚に上げ(https://snjpn.net/archives/58745)、相手を引き摺り下ろすためなら、いかなる手段でも使おうとします。卑しい根性ではありませんか。

今回も西日本豪雨による被害者救助のため、与野党一致団結ではなくて、あげくは現政権不信任案を提出しようかと、まるで火事泥棒の如き稚拙な政治手法には開いた口もふさがりません。

こういうことも、わたしたちの子孫が目にするであろう、教わるであろう歴史という一枚の布を織り成す一筋の糸として混じることをしかと見ておくのは大切なことです。

現政権の政策、全てに賛成するわけではありませんが、予党の一部もそうですが、特に野党のあまりの質の低さに、日本の将来に不安を感じるわたしです。
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2018年7月7日 

影絵を上映してくれと、図書館からの要望で今月最後の土曜日にすることになりました。

毎年クリスマスシーズンにしていたのですが、2年前には図書館の教室で日本文化紹介展をし、昨年は影絵新作を手がけていたものの、多忙で手が回らず未完成だったゆえ、実行できませんでした。2年間、影絵上映をしていなかったのであります。

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新作には、上の写真から分かるように、「かたあしだちょうのエルフ」です。ポルトガル語翻訳、BGMも決まり、絵を切り始めていたのですが、はて、ナレーターはどないなるねん?

これまでの三作、「キョーリュー年代記、かぐや姫、百万回生きたねこ」はすべてモイケル娘にナレーションを依頼して来たのですが、9時から5時まで勤務の彼女、録音がなかなか難しいらしく、それも昨年は影絵上映をしなかった理由の一つでした。
ナレーションは8月にモイケルが帰省したときにしてもらおうと考え、今回は「キョーリュー」と「かぐや姫」をすることにしました。
5歳以上が対象ですから、再上映なりとも、数年前は3、4歳だった子どもが見られるわけで、問題はなし。

切り絵そのものは何度も使えるようにと、かなり暑い用紙を使って作っていますが、上映している間に痛んでくるのは当然で、今回も何枚か手をいれる必要が出てきました。

ヨーリュー
Crónica de Dinossauros(キョーリュー年代記)

と言うわけで、ただ今、作品を引っ張り出し、息子のベッドも娘のベッドも切り絵が広げられてもろに占領しており、ネコども立ち入り禁止状態であります。

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Princesa KAGUYA(かぐや姫)

さて、しばらく前に「ポルトガル語、半端ないって!」と、書いたのですが、このところ、日本語授業の合間にポルトガル語の予習復習を力みすぎた感あり。

影絵の準備も重なって、実はポルトガル語勉強に集中できず、そのうち微熱を発し敢えなくダウン。体調を崩して2日間寝ていたのでありました。ツーソンのアリゾナ大学で必死に英語の勉強に取り組んだのはかれこれ40年も昔のこと、あれと同じように集中するには、もう体力がないのだとベッドの中で思い至ったのでした。悔しいが、これは歳だとまったく認めざるを得ません。

とは言え、何度かどこぞで見かけたこの言葉、

人生は七十歳から
七十歳にて お迎えあるときは、今留守と言え
八十歳にて お迎えあるときは、まだまだ早いと言え
九十歳にて お迎えあるときは、そう急がずとも良いと言え
百歳にて お迎えあるときは、時期をみてこちらからボツボツ行くと言え

わたしもこれに倣って、ただ今、留守でありまする、と参りましょう。

影絵に関してはまだ二つ三つ構想があり、BGMだけは既に用意して、エルフの次に手をつけたいと思っているのですが、現実主義の息子からは、一文にもならぬのによくがんばるね、と半分嘲られております。
息子よ、一文にもならないのは確かだが、BGMを聞きながら各シーンを思い浮かべ、少しずつできあがっていくのが、大いに嬉しいのであります。

本日はこれにて。

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