2008年7月3日
暑い中の行事やらガーデンパーティーやらと外出が続き多少
体調を崩し、お!と気づけば日記そのものがすっかり空いて
しまいました。
とは言いながらも、ブログには、書き溜めていた「海の礼拝堂」を
アップしておりますが(笑)
毎週火曜日はポルトデジカメ探検をするのですが、今週はさすが
家で休息です。ひとことで言えば、外気と熱気にやられた(笑)
日本語授業の合間の時間を見ては寝っ転がりしていたこの一週
間ほどでしたが、その間に読んだ一冊の本、とても考えさせられ
ましたのでご紹介します。

週末の我が職場には、多くは子供向けですが図書があります。
高学年から大人まで読める本棚もありますが、その中にひとつ、
「誰でもお持ち帰り結構です」という「リサイクルコーナー」と言う
のがあります。
「もう読んでしまったので要らないんだけれど、処分するのはもった
いないから。」という図書が入っているコーナーです。
わたしは時々そこを覗いてみては手にとって持ち帰り、読むので
すが、時々このリサイクルコーナーで素敵な本に出会います。
暑い中の行事やらガーデンパーティーやらと外出が続き多少
体調を崩し、お!と気づけば日記そのものがすっかり空いて
しまいました。
とは言いながらも、ブログには、書き溜めていた「海の礼拝堂」を
アップしておりますが(笑)
毎週火曜日はポルトデジカメ探検をするのですが、今週はさすが
家で休息です。ひとことで言えば、外気と熱気にやられた(笑)
日本語授業の合間の時間を見ては寝っ転がりしていたこの一週
間ほどでしたが、その間に読んだ一冊の本、とても考えさせられ
ましたのでご紹介します。

週末の我が職場には、多くは子供向けですが図書があります。
高学年から大人まで読める本棚もありますが、その中にひとつ、
「誰でもお持ち帰り結構です」という「リサイクルコーナー」と言う
のがあります。
「もう読んでしまったので要らないんだけれど、処分するのはもった
いないから。」という図書が入っているコーナーです。
わたしは時々そこを覗いてみては手にとって持ち帰り、読むので
すが、時々このリサイクルコーナーで素敵な本に出会います。
2008年7月1日
昨日の続きで、本日は再びダヴィンチ・コードまがい(笑)。
わたしにとって二つ目のAll−Seeing−Eye(全てを見通す叡智
の目)の発見ですぞ!
実はしばらく前に、我が記事「サン・ラザロ公園真向かいの教会で
見たAll-Seeing-Eye」を読んだと、リスボンに在住したことがあり、
現在は日本にいらっしゃる「N.E.」さんとおっしゃる日本女性か
らメールでこの礼拝堂の情報が入ったのでした。
ご主人のご兄弟がポルトに住んでおられ、ポルトを訪問した折に
この海辺の礼拝堂内を訪れ、All-Seeing-Eyeなるシンボルを
ご主人に教わったとのこと。
そこで、6月の初めの日曜日に、食事をしがてら夫を誘っていそ
いそと出かけてきました。

礼拝堂正面の扉は閉まっており、礼拝堂へな左横の扉から
入ります。
扉の両脇にはアズレージュ(青タイル絵)で左には、「礼拝堂が
建っている場所はこの郷土では最古の聖地で、キリスト教時代
以前は異教の祭壇があった。」とあります。
木の扉に薄っすらと左右に彫られてある模様に目がいきました。
昨日の続きで、本日は再びダヴィンチ・コードまがい(笑)。
わたしにとって二つ目のAll−Seeing−Eye(全てを見通す叡智
の目)の発見ですぞ!
実はしばらく前に、我が記事「サン・ラザロ公園真向かいの教会で
見たAll-Seeing-Eye」を読んだと、リスボンに在住したことがあり、
現在は日本にいらっしゃる「N.E.」さんとおっしゃる日本女性か
らメールでこの礼拝堂の情報が入ったのでした。
ご主人のご兄弟がポルトに住んでおられ、ポルトを訪問した折に
この海辺の礼拝堂内を訪れ、All-Seeing-Eyeなるシンボルを
ご主人に教わったとのこと。
そこで、6月の初めの日曜日に、食事をしがてら夫を誘っていそ
いそと出かけてきました。

礼拝堂正面の扉は閉まっており、礼拝堂へな左横の扉から
入ります。
扉の両脇にはアズレージュ(青タイル絵)で左には、「礼拝堂が
建っている場所はこの郷土では最古の聖地で、キリスト教時代
以前は異教の祭壇があった。」とあります。
木の扉に薄っすらと左右に彫られてある模様に目がいきました。
2008年6月29日
本日は久しぶりの「spacesis、謎を追う」シリーズです。

Pedraは「岩」を意味し、Senhorは、通常英語のLord(神)または
イエス・キリストを指します。
ポルトと隣接するガイア市ミラマールの海岸の海に突き出た岩の
上に建つセニョール・ダ・ぺドラ礼拝堂は17世紀に建てられたの
ですが、この岩場には古くからのいくつかの伝説があります。
紀元前までは自然主義の古代信仰の神聖な場として崇められて
きたと言われます。
また、ポルトの歴史に詳しいHelder Pacheco氏の著書によると、
この辺りに住み着いたグルピリャーレ(この近辺の名称)の人々が
寺院を建て始めたとき、空から海岸に小さな光が降ってきた。
その光は毎夜ひとつの場所、牛の足跡がついている岩を煌々と
照らし続けた。
人々はそれを天からのサインと考え、その光の当てられた場所に
礼拝堂を建てた、とのこと。
本日は久しぶりの「spacesis、謎を追う」シリーズです。

Pedraは「岩」を意味し、Senhorは、通常英語のLord(神)または
イエス・キリストを指します。
ポルトと隣接するガイア市ミラマールの海岸の海に突き出た岩の
上に建つセニョール・ダ・ぺドラ礼拝堂は17世紀に建てられたの
ですが、この岩場には古くからのいくつかの伝説があります。
紀元前までは自然主義の古代信仰の神聖な場として崇められて
きたと言われます。
また、ポルトの歴史に詳しいHelder Pacheco氏の著書によると、
この辺りに住み着いたグルピリャーレ(この近辺の名称)の人々が
寺院を建て始めたとき、空から海岸に小さな光が降ってきた。
その光は毎夜ひとつの場所、牛の足跡がついている岩を煌々と
照らし続けた。
人々はそれを天からのサインと考え、その光の当てられた場所に
礼拝堂を建てた、とのこと。
2008年6月26日

★サン・ジュアン祭の主役植物「野生のにんにくの花」。茎から
切り取ったこの花を持って前夜祭に繰り出します。プラスティック
のピコピコハンマーを使うことが多い近年ですが元来はこのにん
にくの花で魔よけとして行き交う人の頭をポンポン叩きます。
さて、24日のサン・ジュアン祭休日には、2年ぶりに写真撮影で
ポルトガルにやってきた杉さんと山之内さんに会いました。
待ち合わせ場所は二年前のサン・ベント駅から、今回は歩行者
天国となったサンタ・カタリナ通りにある老舗のカフェ「Majestic
Cafe」前。今回で会うのは二度目なのですが、旧知のような杉さ
んと再会を喜びあいました。
リスボンと南部地方を周って3週間に渡る撮影旅行で、最後に
ポルトのサン・ジュアン祭りを撮りによってくれました。
今回の写真もいずれ、名古屋での写真展に出展されることでしょう。
ビールで再会に乾杯のひと時、よくおしゃべりしました。
このところ、こういうおしゃべりの場が多く、人との対面では沈黙が
気になり、サービスとばかりにしゃべりまくる性癖のわたしです、
こういう場が続き、のどが痛い今日です(笑)

★サン・ジュアン祭の主役植物「野生のにんにくの花」。茎から
切り取ったこの花を持って前夜祭に繰り出します。プラスティック
のピコピコハンマーを使うことが多い近年ですが元来はこのにん
にくの花で魔よけとして行き交う人の頭をポンポン叩きます。
さて、24日のサン・ジュアン祭休日には、2年ぶりに写真撮影で
ポルトガルにやってきた杉さんと山之内さんに会いました。
待ち合わせ場所は二年前のサン・ベント駅から、今回は歩行者
天国となったサンタ・カタリナ通りにある老舗のカフェ「Majestic
Cafe」前。今回で会うのは二度目なのですが、旧知のような杉さ
んと再会を喜びあいました。
リスボンと南部地方を周って3週間に渡る撮影旅行で、最後に
ポルトのサン・ジュアン祭りを撮りによってくれました。
今回の写真もいずれ、名古屋での写真展に出展されることでしょう。
ビールで再会に乾杯のひと時、よくおしゃべりしました。
このところ、こういうおしゃべりの場が多く、人との対面では沈黙が
気になり、サービスとばかりにしゃべりまくる性癖のわたしです、
こういう場が続き、のどが痛い今日です(笑)
2008年6月24日
(6月23日火の日記)
「ただいまぁ」と昨日の晩御飯前にリスボンから帰省した息子、
ヘアスタイルがすっかり坊主頭になっていた。台所にくるなり、
「ママ、おれ、ちょっとバカやっちゃったよ。」と言う。
わけを聞くと、
息子の友人の知り合いが、素人なのだが、自分でフィルムを作る
のでそれにキャラクターとして出演してくれと頼まれたのだそうだ。
別にセリフがあるわけでなし、サント・アントニオ祭の中をぶらつく
だけでいいとのこと。
それで10日ほど前に、華やかなサント・アントニオ祭りのパレード
が行われたリスボンの夜のリベルダーデ大通りをぶらぶら歩くの
をカメラに撮った。
最後のワン・シーンを残してその日は終わり、近々残りのシーンを
撮る事になっていたという。
ところが息子、それをコロッと忘れて、ポルトに来る前に自分で
バリカンをつかい、頭を坊主にしてしまったところで、
「いけね!撮影したときと髪型が違っちゃったっけ・・・」
撮影時の髪型に戻すには3ヶ月待たなければならない、なんか
うまい言い訳はないかと言う息子の心配をよそに、
「お前、役者なら降板もんだ。これが笑わずにおらりょうか〜!」
と台所で大笑いしたのであった
が、親である手前、口には出せねど、
「この親(わたしだすw)にして、この子あり。」と密かに思い、
可笑しくて仕方なかった(笑)
下は我が家の猫くんたち。なにかがひどく気になる様子。

(6月23日火の日記)
「ただいまぁ」と昨日の晩御飯前にリスボンから帰省した息子、
ヘアスタイルがすっかり坊主頭になっていた。台所にくるなり、
「ママ、おれ、ちょっとバカやっちゃったよ。」と言う。
わけを聞くと、
息子の友人の知り合いが、素人なのだが、自分でフィルムを作る
のでそれにキャラクターとして出演してくれと頼まれたのだそうだ。
別にセリフがあるわけでなし、サント・アントニオ祭の中をぶらつく
だけでいいとのこと。
それで10日ほど前に、華やかなサント・アントニオ祭りのパレード
が行われたリスボンの夜のリベルダーデ大通りをぶらぶら歩くの
をカメラに撮った。
最後のワン・シーンを残してその日は終わり、近々残りのシーンを
撮る事になっていたという。
ところが息子、それをコロッと忘れて、ポルトに来る前に自分で
バリカンをつかい、頭を坊主にしてしまったところで、
「いけね!撮影したときと髪型が違っちゃったっけ・・・」
撮影時の髪型に戻すには3ヶ月待たなければならない、なんか
うまい言い訳はないかと言う息子の心配をよそに、
「お前、役者なら降板もんだ。これが笑わずにおらりょうか〜!」
と台所で大笑いしたのであった
が、親である手前、口には出せねど、
「この親(わたしだすw)にして、この子あり。」と密かに思い、
可笑しくて仕方なかった(笑)
下は我が家の猫くんたち。なにかがひどく気になる様子。

















