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2020年1月18日 

かなり前から気になっていた館が修繕されて、市はモダンアートセンターとして開館した、という話を耳にしたもので、冬ではありますが、館が属するサン・ロック園の散歩も兼ねて行って来ました。

サン・ロック公園については、幾度か拙ブログで取り上げていますが、再掲載で紹介してみます。

Saorock

4ヘクタールの広さを持つサン・ロック公園はポルト東部Antasのドラゴンサッカー場近くにあり、かつてQuinta da Lameiraと呼ばれていた。

ポルトワイン業者のCalem一族が代々所有していたのをポルト市が買い取り公園にして一般市民に開放している。ゆっくり散歩すると小1時間くらいかかろう。

入り口はTravessa das AntasとRua da Lameiraの両方にある。

Travessa das Antasの入り口を入ってすぐ左にある礼拝堂。
jardimsaoroc14-1.jpg

キンタ(Quinta=別荘、果樹園等の意味に使われる)の多くは私邸とカペラこと礼拝堂を備えているところが多い。

ponte2-1.jpg

園内の橋
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屋根がまだ取り付けられていない休憩所↓
ponte4.jpg

いくつかの石門がそのままになっていて興味深い。
hashira2.jpg

園内のあちらこちらに置かれたかつての庭園の一部をなした石柱。
hashira3.jpg

さて、これが迷宮こと草木を使ったラビリンス。ポルトガル語でラビリント、あるいはLabirinto Verde(Verde=緑、草木)と呼ぶ。
rabilinto1.jpg

迷宮は迷路と違い、一本道であること、通路は交差しないこと、中心の側を繰り返し通ることなどの点が挙げられる。これもごらんの通り、背丈ほどの高さがある垣根の中を中心を遠回りに回り回って中央の石柱にたどり着く。

ラビリンスの代表的なものはギリシャ神話に基づくミノタウロスが閉じ込められたとの伝説があるクノッソス宮殿だが、イギリス、フランスではゴチック建築の大聖堂の中によく見られる。

中でも名を知られるのがフランスはアミアンにある大聖堂と、同じくフランスのシャルトル大聖堂のラビリンスだ。

下はアミアン大聖堂内。祭壇に続くいくつものラビリンス。
Saorock

ラビリンスの部分。
Saorock

こちらはシャルトル大聖堂のラビリンス。
Saorock

シャルトル大聖堂もアミアン大聖堂も、スペインのサンチアゴ大聖堂への巡礼地線上にあり、いずれも内外に施された建築模様は不思議なシンボルに満ちている。

ラビリンスは、神々の象徴、天体の運行を表したものとも考えられるが、神秘主義者にとっては神聖なシンボルである。

昔から巡礼者はヨーロッパ各地からサンチアゴを目指して旅してきたのだが、一説によると秘儀参入者(グノーシス主義者とも言えるか)は一般の巡礼コースとは逆に、サンチアゴを出発点とし、シャルトル、アミアン、パリのノートルダム大聖堂を経て海を渡り、最終地はダヴィンチコードで一躍有名になったスコットランドのロスリン礼拝堂に辿り着くのだと言う。この道を彼らは「星の道、または、覚醒の道」と呼ぶのだそうだ。

さて、これはspacesisの道楽の謎追いになるのですが、この星の道を歩む巡礼者だが、わたしは長い間、シントラとこの過去の巡礼者たちとは何か関連があると推測してきた。

「サンチアゴへ入る前には巡礼者はポルトガルのシントラで一定期間を過ごし心の準備をする」との一文をある本で見つけた時はゾクッときたのであった。

シントラに滞在したバイロン卿、ウイリアム・ベックフォードもその巡礼者だったのではないかと推測している。果たして彼らがその奥義に覚醒したかどうかは知る由もないが。

終着地がサンチアゴであれ、ロスリンであれ、考えようによっては下図にしめされる数多くの巡礼路そのものがラビリンスとも言えよう。
caminhosaotiago.png

ラビリンスの真ん中は奥義の真髄であり、そこへ辿りつくまでの迷宮は自己啓発の道であり、最終目的地は人間の気高い精神とは考えられないだろうか。

とまぁ、迷宮ラビリンスから、このような話に及びました。
最後にポルトガルのもうひとつの有名なラビリンス絵が見られるところの紹介。コインブラ近くにあるローマ時代の遺跡、コニンブリガ(Conimbriga)の床に残された、中央にミノタウロスがあると言われるモザイクのラビリントです。
Saorock

わたしが思うに、ラビリンスのもつ性格からしてこれはギリシャ神話に出てくる迷宮に閉じ込められた怪牛ミノタウロスではなくて何か別の意味の可能性もあると思えてるのですが。

次回に続きます。
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2020年1月16日 

どこの町内にでもいるであろう、良きに付け悪しきに付けご近所でなにかと評判になるお方。
わが町では、ジョアキンおじさんがそのお人です。

写真は、拙ブログにも時々ご登場願っている土地成金のジョアキンおじさんと、相棒マリア・リタ嬢とのツーショットであります。ブログ写真掲載の許可を得ているのですが、モザイクをかけました。

Srjoaquimtomariarita2-1.jpg

ロバをひっぱって野良仕事の格好をしているものの、「汝、そのなりを見て、人を判断すべからず」と昔から言われます。 我が家が面している通りには持ち家の他にカフェ、それに他所に2軒のアパートを持ち、この辺りの小金持ちおじさんなのであります。

毎朝小1時間ほど、商店街も含んだこの辺りをマリア・リタ嬢とグルリ一回りして帰ってきます。そして、ロバと一緒に畑仕事です。

商店街をロバと行くわけですから、人がみな急いで職場に向かう時間帯、ロバの後ろの車のドライバーが、いまいましそうに苦虫つぶした顔していようが、おじさんは平気の平左。こういうことができるのは、このお方を除いては、他におりません。

マリア・リタ嬢を紹介します。
Srjoaquinmariarita.jpg
マリア・リタ嬢は当時でゆうに20歳は過ぎていたと聞きました。

「愛国心」などと口に出そうものなら、即「右翼」と白目で見られるような日本と違い、ここはポルトガル。ジョアキンおじさんの愛国心は大したもので、愛ロバもおじさんの意向を反映して背中にポルトガルの国旗を背負っておるのです。

選挙の時期など、マリア・リタ嬢が引く荷車に国旗と自分が支持する党の旗をはためかせ、あげく、マイク付きのラジカセを積んで、街頭スピーチまがいです。わっはっは。

ちなみに、ポルトガルでは日本のような選挙の街頭スピーチはありません。
    
もう働かなくたって暮らしていけるのですが、昔と変わらぬ野良仕事の格好で、昔と変わらず土を相手にジャガイモ、とうもろこし、菜種、かぼちゃを作り、自分のカフェや自宅前で、それを売ったりもする。

始めて会った時は気難しそうなおじさんだと思いましたが、なんのなんの。ネコがきっかけで、話すようになりました。
  
実はジョアキンおじさんの畑は、ブタ小屋、鶏小屋、そしてネコだらけなのであります(笑)いったい何十匹ひそんでいるのか、皆目見当もつきません。大木もあるので、そこに宿る鳥もたくさんいます。                

このおじさんがロバと一緒に帰ってくると、畑の向こうから、まぁ、来るわ来るわ、餌をもらいにたくさんのネコが(爆) その光景たるや、壮観たるものであります。

毎朝、近くの商店街一帯をマリア・リタ嬢と一回りするのは、この動物たちのためにカフェやレストランの残飯を集めてくるのですね。 

その畑も半分に分けられ、今では畑がつぶされた箇所に新道が通り、猫たちは四散。ロバのマリア・リタ嬢も天寿を全うし、お金を出してまで餌をあげようとはジョアキンおじさん、思わないようで、かろうじて残っている数匹に、わたしが毎夜えさを運ぶにいたったわけです。

一時は畑に入るカギまで預けられたりして、これも人のいいわたしの話ではあります

勿論、ご近所にはそんなわたしやジョアキンおじさんに眉をひそめる人たちがいるのは百も承知であります。

「野良犬、野良猫にえさをやらないでください」と言う人がおりますが、犬猫を捨てたりして自然を破壊し自然界の掟を破っているのは元は人間です。なにも拾ってやってくれと言ってるわけではなし、そこまでエゴにならなくてもええやないの、とわたしは思うのです。

と、ジョアキンおじさんに脱帽し、かつて書いたのですが、2年ほど前に奥さんを亡くしてから、畑仕事をする姿をあまり見かけなくなりました。

足を痛めたようですが、それでも路上で大声で話し、杖をつきながら歩く姿を目にしていたのですが、去年のある日、おじさんの姿をまったく見かけないのに気が付きました。

夫に、「ジョアキンおじさん、最近見ないのだけど、どうしたんだろ?」と聞いてみると、次回、カフェで探ってみるよ、とのこと。そして、分かったのは、老人ホームに預けられたのだそうです。

娘さんがカフェを仕切り、畑は婿殿が継いでいるようですが、畑の入り口は閉め切ったままで、高い壁に更にフェンスを作ったもので住む猫もいなくなりました。ジョアキンおじさんの家にはこれまで別居していたその娘夫婦が現在住んでいます。            
なんだか、身につまされる話で、近所の名物男がいなくなり、ひたすら、おじさんの畑の外でねこたちに餌を食べさせている今、「ボン・ディーア(おはよう)」の、ちょっと大きすぎる挨拶も聞かなくなり、寂しいなぁと思うのであります。

世代が交替し、時代はこうして移り変わっていくのですね。

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2020年1月11日 

日も暮れ、外猫たちが待っている餌をもってフラットを出た昨夜、背後の空に素晴らしい満月が見られました。

そうして、脳裏に浮かんだ月下独酌なる言葉は、今年85歳になる我が日本語生徒とともに、600ページ近くに及ぶ「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」を学んでいたときに目についた李白の漢詩なのですが、そのときその年配の生徒、アルフレッドさんとと二人で勉強してみました。

「月下独酌」

花間一壺酒  花間 一壺の酒
独酌無相親  独り酌みて相ひ親しむ無し
挙杯邀明月  杯を挙げて明月を邀へ
対影成三人  影に対して三人と成る
月既不解飲  月既に飲むを解せず
影徒随我身  影徒らに我が身に随ふ
暫伴月将影  暫らく月と影とを伴って
行樂須及春  行樂須らく春に及ぶべし
我歌月徘徊  我歌へば月徘徊し
我舞影零乱  我舞へば影零乱す
醒時同交歓  醒むる時同(とも)に交歓し
醉后各分散  醉ひて后は各おの分散す
永結無情遊  永く無情の遊を結び
相期獏雲漢  相ひ期せん 獏(はる)かなる雲漢に

漢字が分かる日本人にとって、漢詩はなんとなく意味がつかめますね。
月と自分の影を相手に酒を楽しんでいる訳ですが、興味ある方はネットで検索していただくとして、普段は山で生活をし、日本語授業がある時にポルトに下りて来るアルフレッドさん曰く、
「この詩はまるでわたしの山での生活を歌っているようです」。

聞けば、彼の山の家の周囲にはポルトガルでは見られない桜の木や銀杏の木が植えられ、ベランダからは月が昇ってくるのが見えるのだそうな。「いらっしゃい、いらっしゃい」と言われながらも、まだお邪魔していないわたしです。

同時に、わたしはかれこれ10数年も昔、木彫家の我が親友の山房での和歌山紀の川市での一夜を思い出しました。
日本庭園を前に、縁側で向こうに見える山並みと煌々たる月を眺め、漬物を肴にして和歌山の地酒「黒牛」を飲みながら、ポルトガルの、そして、彼女の四方山話をポツポツと夜通し語り合った忘れられぬ夜です。

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庭から山を望む

気が付けば、いつの間にか二人で一升瓶を空にしていたのでした。それが不思議と酔うこともなく、「酒は静かに飲むべかりけり」とはこういうことかと思ったものです。

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座敷の横の縁側で一晩中静かに杯を傾け。
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漢詩の最後、「ともあれ月と影と親しく交友し、遥かな銀河での再会を誓おう」と訳せる「相ひ期せん 獏(はる)かなる雲漢に」は、胸にジンと響きます。

ワインよりも、ビールよりも、美味しいお酒を少しだけ、素敵な酒器で日本にていただきたいと思うこの頃、年々益々、我が思いは祖国に馳せるのであります。

ではみなさま、本日はこれにて。



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2020年1月9日

Porto.jpg
ポルトの景色。路地の古い家並。

プンプンしていると、気持ちがささくれだって来ます。こういう時にわたしがするのは、子供たちが日本へ行った最初の頃に聞かされた数々の面白話を再読することです。

年月を遡り笑っているうちに嫌な気分も少しは失せるという訳でして。以下。

もうかれこれ一昔も前になります。

初給料なるものを手にした我がモイケル娘、げへへへ、とスカイプで喜んでおります。今月だけは諸費がほとんど差し引かれずにいただけたのだそうです。

来月からは保険やらなんやらと色々差し引かれ、手取りはぐんと少なくなることでしょうが、やはり自分が汗水流して得たものは、うれしいことでしょう。

その彼女、先だって組合入会勧誘の話が来た、と言う。彼女、色々質問をしてみたが、勧誘するご本人もよく分からずに入会しているようで、話にらちがあかない。そこで、サインする前に規約書を読ませてくれと頼んだのだと・・・

モイケル娘の言うのがもっともな話なのですが、どうやら普通は皆さん、質問などせずに入るらしいのです。

読んでみた結果、月々3000円も払うのは低額所得者としては痛い、それで、「わたしは入らない。」と言います。

それで、思い出したのが、東京のW大学から3年目に編入した九州の大学での学生支援協会の会費徴収の連絡が来たときのことです。

年に一括して数万円の会費を払うのですが、よく案内内容を読んでみると、入会は義務にはなっていない。

曰く、「第一おかしいじゃないの。学生支援協会なのに、モイケル娘のような苦学の現役学生から(笑)なんで何万円も会費を徴収するのよ。これじゃどこが学生支援なのだ」とわたしたち親子。

案内の手紙は、保証人である所沢の我が妹宅へ行ったのですが、その妹いわく、
「一応みんな黙って払って入っておくのが常識なのよね。就活の時とか、いざとなるとヘルプしてもらえることもあるし。」

しかし、わたしと娘がカチンときた手紙の一文に、「入会されない場合は、就職の際などお手伝いできない。」とはっきり書かれてあったこと。

こういうことにはすぐ意固地になるわたしたち母子です。
「おお、そうかいそうかい!入るかい!」と相成ったのでありましたが、正直、そのときおっかさんのわたしは、「ちょっとまずいかな?やっぱしここは、日本的に黙して従った方が身のためかも?」との思いが頭をかすったのですが、モイケル娘、「いや、入らん!」・・・・・

ま、就活も出遅れて少し苦労しましたが、なんとか今の会社に採用してもらったわけですが、それでも、くだんの「学生支援協会」に入会しなかったがために、その後、プレミアをもらいそこねたのでありました。

そのプレミアとは、英語能力TOEIC試験で学内トップのスコアをとったらしく、講師から、「賞金がもらえるはずだ」と言われ、喜んで大学の事務局に申請に行ったところ、なんと、学生支援協会に入会していないからもらえないんだと(笑)

残念なことではありましたが、娘、「いいわ。もらう賞金よりも、年間に払うことになる会費の方が高いわい。」^^;

こんなんで、組合には入らないと言っていると今度は、社内で「部費」なるものを徴収されることが分かった、2000円もよ!」(笑) 

部費って@@学校の部活じゃあるまいし、わたしの時代にはそんなの聞いたことがなしw
「結局、日本て、なんだかんだとかこつけて、いつでもどこでもお金がもって行かれるようになってる・・・」とモイケル娘、ぶつぶつ言うこと言うこと。

おまけに自分が属するセクションの部費はモイケル本人が徴収することになるのだそうで(笑)

おしまいに、すでにこんな失敗をしておりますです。
「ダンボール箱に自分とこのセクションの名前をでっかくマジックで書いてたのよね。じゅん・び・しつ・って。 そしたら、その字、間違ってた~~~。がははは」
順備室・・・・・  

き、帰国子女だからね、なにしろ。それで勘弁してもらおう^^;
モイケル娘の名誉のために言っておきますれば、今はそんなことはないはず。いや、ないと思う、ないんじゃないかな(笑)

あの頃は、きっとこれから色々しでかすんだろうなとの楽しみが心配を上回ってしまった母でありました。

こんな風に、笑い箱から過去の話を一つ取り出して嫌なことが忘れられるという「福」があるのは幸せなことです。

ではみなさま、本日はこれにて。
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2020年1月8日

いい音楽は、心を豊かにしてくれる。
     
わたしは子供達が幼い頃から、家中で音楽を流しながら立ち仕事座り仕事をよくしたものだ。岩崎宏美の日本愛唱歌、ジョン・デンバー、キャッツ・スティーブン、パバロッティ、ショパン、モーツアルト、ユーミン、研ナオコ、エディット・ピアフ、ムスタキ、トム・ウェイツ、高橋真梨子等等、ジャンル、洋の東西を問わず好きな音楽は何度でも聴く。

家中が音楽で溢れていると、何故だかそれだけで心が満ち足りるのだ。

大してうまくもない歌も、時々一人でヘタクソなピアノを弾きながら歌ったりすると、時の経つのも忘れ1時間2時間とやってしまい、
「お~~い、奥さん、晩飯はまだかぁ」と夫の声がかかり「あらん^^;」と言うこと度々だった。

このような生活環境だったから、子供達もおのずと音楽好きに育った。レコードから流れているのや、わたしが歌うのを聴いたりして、彼らの年代にしては、古い歌も随分知っているのではないかと思う。

「空にゃ今日もアドバルーン~ さぞかし会社でいまごろは~」なんて歌は、我が母が歌うのを子供だったわたしが耳にして覚えていたのだが、これを英語にしたのを見つけては、もいける娘と二人大いに盛り上がったものだ。
      
Today adbaloon in the sky,
Perhaps he is in the company.
I think he is very busy.
ああ, nevertherless nevertherless, don´t you?
I get angry I get angry it is naturalね~          

「なによ、これぇ~」と喜んでは二人ともしばらくこの歌詞が頭から出ていかないのであった。サトーハチロー作詞、古賀正男作曲1937年ヒット。もちろんわたしはまだ生まれてませんて(笑)

息子は小学生のころ、ロック歌手ティナ・ターナーやGuns & Rosesなどに一時夢中になり、エレキギターからアコースティックギターを経て、いつの間にかアパートの一室をスタジオにしてコンピューターを駆使し面白い音楽作曲にいそしんだ時期があった。

モイケル娘とわたしは音楽の趣味が合うようで、それぞれが好きな音楽をネットを通じて紹介し合ったりしたものだ。

彼女がまだ我が家にいた乙女のころ、わたしたち母子がバッチリ意見も合い大好きだったのが「チャゲ&飛鳥」だ。「チャゲアス」をわたしたちが知ったのは、彼らの最高潮時期を過ぎてからだった。

日本に帰国していた時にたまたま観た、再々放送くらいのドラマ「振り返れば奴がいる」。ドラマも面白かったがテーマ曲に二人とも「ぬぬ?」となったのが「Yah Yah Yah」。なんと斬新な歌詞!メロディ!いけるじゃん!このDuo、「101回目のプロポーズ」の「Say, yes」の二人ではないの!となった。

彼らの歌詞もメロディもステージ・パーフォーマンスも抜群に肌に合った。以来、我ら母子はチャゲアスのcdを聴きまくることになる。

Yah Yah Yahをかけながら、On Your Markを聴きながら、車をぶっとばすことの気持ちよさったらなかった。

♪い~まからソイツを これからソイツを 殴りに行こうか~。
Yah Yah Yah Yah Yah Yah Ya~

飛鳥はアンパン顔だけど、カッコいいじゃん。こんなセンスのいい音楽を作る事ができるんだねぇ と、モイケル娘とわたしは彼らの歌にすっかり酔ってしまったのである。

ある日のこと、ポルトで日本人の友人宅から帰って来たモイケル娘が、困惑気味な顔して言う。

「おっかさん、あのさ・・・・わたしたち、とんでもない勘違いしてた。
 チャゲアスね、今日、友達んとこのテレビで観たんだけど・・・
 チャゲが飛鳥で、飛鳥がチャゲだったよーー!」
      
なんでんねん、そりゃ?

「チャゲと飛鳥の映像」を観たことのない我ら親子は、cdの歌詞小冊子に載る二人の写真を見て、愚かにも「チャゲを飛鳥と思い、飛鳥をチャゲ」と勝手に信じ込んでいたのである。

う、うそ・・・そんなぁ。今更ひどいよ。
イメージチェンジ、きかないよ~~(爆笑)      

いやはや、これには参ったズッコケ親子。いったい全体、何がどうしてそんな事になってしまったのか。友人連に話しては、「あんたら、アホ」の一言で片付けられたのではあった。

いったん頭の中に定着してしまった「チャゲが飛鳥で飛鳥がチャゲ」像、これを払拭するのに長い長い時間がかかったのでした。

それにしても、チャゲアスの詩に心をグッと鷲づかみされるような不思議な斬新さをわたしは感じたのでした。

♪いーまから ソイツを これから ソイツを 殴りに 行こーかー
  Yah Yah Yah Yah Yah Yah Ya~

なんてあまり女性が声高々に歌っていいものかとは思うものの、女だって殴ってやりたい人間の一人や二人、いますもんね。
お、殴りたいヤツ、いるのかって?
おうよ!いるんだわ今、ほんと!

と、どさくさに紛れてうっぷん晴らしの本日でございました。
みなさま、ごめんあそばせね。



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