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2019年1月16日
 
聞けば、わたしの帰国中のクリスマスからずっとポルトは暖かくていい天気が続いたらしい。それが今日から雨天だとの予報を耳にしたもので、昨日の午後は、午前中の仕事の後で少しかったるかったものの、今年初のポルト散策をしてきました。

まずは、Rua das Flores(花通り)の現在ホテルに改築中とされるかつてのマイア一族の古い家を見に。
どのくらい工事が進んでいるのかというのと、果たして家紋(Brasão)がちゃんと残されているかの確認です。

ポルト

↑こちらがかつてのマイア一族の屋敷。下は昨日の撮影です。
ポルト

屋敷の両端に見られるシンボル「聖カタリナの車輪」は確認できたものの、家紋は一箇所にはあるが、他は取り去ったんかな?う~む、かつての屋敷の存在を知る者としては残念です。

下の写真はRua das Floresを横に入ったRua de Ferrazからの切り取り景色。向こうに見えるのはSé do Porto(=ポルト大聖堂) 左の建物も赤くペインティングされて。 
ポルト

この通りをダウンタウンに向けて歩くと行き当たるRua do Arquiteto Nasoniの側にあるアズレージュの可愛いレストラン。入ったことはないので味については分からず。

ポルト

Casa das Maiasについては下記にて案内していますので、興味のある方はどぞ。

 「カーザ・ドス・マイアス
聖カタリナの車輪

予報どおり、今朝は小雨のポルトからです。では、みなさま、また。

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2019年1月15日  

「世の中にはすぐ分かるものと、すぐ分からないものの二種類がある」とは、せんだって拙ブログにあげた映画「日日是好日 」で主人公をして言わしめている言葉です。

これもその一つかも知れないなと思い、メモして置くことにしました。

忙しい忙しいと口にしながらも、時に、ゆったりした時間をもてあますこともあります。そんな時、ふとポートワインなど傾けてみたいと思ったりするのです。小さなポルトワイングラスに一杯だけ。これで十分なのです。

午後の明るい日差しが引きはじめ夕方にさしかかろうかとかという時間帯に、ポルト・ワインを傾けながら、思い出に浸ることの、なんと贅沢なことでしょう。周りに小さな子供がいたり、忙しい生活に追われたりしていたとしたら、とてもとても、こんな贅沢は味わえないでしょう。それら生活の一部が、一通り終わった頃、と言えば、子育てもとりあえず一段落し、子どもたちもなんとか落ち着く形をなしたころ、つまり、今の自分の年齢と環境でできる小さな贅沢かな?

ポルト・ワインを傾けるということは、大人の男や女が、己しか読むことのできない物語のページを手繰って、過去の浪漫を懐かしむことなのではないのかしら。

古いイギリス映画でよく見かけるのだが、主人公である年配の貴族が、クリスタルのデカンタからゆったりと赤いポルト・ワインをグラスに注ぎ、薄暗いリビングでアームチェアに腰掛ける。そのまろやかで豊潤な液体を傾けるのは、若い男性では、いかなハンサムでも似合わない。老齢でなければならない気がします。歳をとっても、こんな素敵な贅沢があるのです。

70歳くらいになって、もしも余裕があるならば、いずこかで、そんな風にポルト・ワインを自分の一冊の本を読むが如く、ゆったり味わえる贅沢ができたらいいな、と思っていましたが、気がつけばもうその歳になっているのでありました。
そして、そこにラフマニノフやドビッシー、ショパンがあれば、幸せだなぁ、と。ポルトワインにロック、ポップや演歌は似合わないと思われ。

12月からこの方ずっと忙しくして来て、今日思ったことでした。

と、こう綴りながら、年頭の抱負よろしく「歩け歩け」と、自らをせわしなく追い立てて、実はただ今から久しぶりにポルトの街に出てくるわたしであります。

ではみなさま、また。
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2019年1月14日
 
恒例のポルト日本人会新年会が先週土曜日、Boavista区域のHotel da Musicaで行われました。

その日は、今年初の日本語授業があり、午後1時半からはわたしの旧職場である補習校で漢字検定試験も行われました。受験者に我が日本語教室の生徒もいたので、2時間目の授業を少し早めに終えて、受験会場である補習校へ応援に駆けつけました。
その後、帰宅したのですが、朝5時には起床していたので、わたしにとり、これはちょっとハード。いかんぞと、夕方からの新年会出席に備えて仮眠をとり出かけて来ました。

この日本人会新年会、以前は忘年会の行事だったのだが、今年でいったい何回目になるのだろうかと、頭をめぐらして見ましたら、補習校開校の1年ほど前から始まったとして数えると、33、4回目になります。

わたしたち夫婦は一度の欠席を除いてずっと出席してきたのですが、今回切に感じたことは、「知ってる顔が少なくなったなぁ」です。まぁ、9年ほども前に補習校を離れて以来、当地に住む日本の方たちと接する機会も減り、うっかりすると1、2月も日本人と話していないなんてことに気付いたりしますし、企業関係者は数年の割で入れ違いますし、一般人も若い人達が入ってくる昨今、最長期在住者のわたしです、当然といえば当然なのですがね。

今回はポルトに長く住んでいる人達の出席も少なく、寂しいかったなぁ。来年は、「来ない?」と声がけしようかと思ったのであります。

さて、本日は、新年会会場となったHotel da Musicaの案内です。

現在Hotel da Musicaが立つ場所は、2013年まで、ダウンタウンのBolhão(ボリャォン)市場に継ぐ生鮮市場として、1952年来、オフィス街で市民に利用されてきた市営のMercad ・Bom Sucesso(メルカード・ボンスセッソ)でした。

老朽化に伴い、大胆に改築されて、地階は軽食グルメスポットに、そして上階はホテルとしてオープンしました。グルメスポットには、ペティスコと呼ばれるオードブルカウンターのほか、チーズ、生ハムの専門店、ポルトガルワインがグラスでたのしめるワインカウンター等、多くの小さな店舗が並んでいます。週末の夜ともなると、フロアには生バンドが入り、ワインを傾けながら歌を楽しむ人で賑わいます。

HoteldaMusica
ホテル内部から撮影。

さて、Hotel da Musicaですが、85室の客室を持つ4つ星ホテル。その名の通りホテルは、赤と白を基調にし、ロビーから客室まで楽譜や音符の音楽をモチーフにしたアイテムが溢れています。

contrabas.jpg
グルメスポット側からのホテル入り口。白の空間に一対の真紅のコントラバスが人目を惹く。

HoteldaMusica
下は正面入り口。ロビーへの階段絨毯にも音符が。

HoteldaMusica
客室にはモーツアルトの楽譜が施されて。画像はWikiより

hotel da musica Porto
こちらはレセプションのコーナー、パヴァロッティ・バー。

ボサノバを創り出したアントニオ・ジョビンの部屋もあり、彼の名曲「Aguas de Março(三月の水)」の楽譜も廊下の壁に見られます。

HoteldaMusica

歌詞にちょいと目を通してみる。

♪São as águas de março fechando o verao,  
 É a promessa de vida no teu coracao     

1行目を「三月の水、夏を閉じ」と勝手翻訳し、三月の水がなんで夏を閉じるんだ? 夏を閉じたら秋ではないか、・・・と思ったのですが、ハッと気づきました。南半球にあるブラジルの3月は北半球とは季節が反対で秋に入るのでありました。

下は歌をYoutubeから拾ってみました。ボサノバは耳に心地良い響きがあります。



では、また明日。

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2019年1月13日 

帰国の往復時の機内で、かつてはよく映画を見て時間をつぶしたものだが、それが自分にとってかなりの疲労の元になるのではないかと思い始め、近年では往復で2本、時にはまったく見ないこともある。

が、今回見た映画「日日是好日」は、ドキドキするエキサイティングな場面やクライマックス等はないが、自然の姿を汲み取るような茶道の仕草一つ一つが心に染みこんだ佳作だった。

nichinichi1.jpg
Wikiより

樹木希林が演ずる茶道教室の武田先生もとへ、通い始め指導を受ける主人公とその周囲の人達を簡素に描いた作品だが、教える時にふっと笑いが湧く武田先生がとてもいい。

映画を見ながら、わたしは主人公と同じような体験をしたことがあるので、今日はそれを綴った過去記事に少し手を加えて上げてみたい。5年ほど前の話である。以下。

2014年6月17日 

車の音なく、周囲から聞こえてくる音と言えば一日中鳴く鳥の声だ。
都会の喧騒を離れたこの環境こそ物作りに専心するにはもってこいであろう。肩の痛みに耐えながら黙々と木に語るかのように彫り込んでいる木彫家、堺美地子の姿が想像できる。

もう30年近くも彫刻刀を握ってないよ、とビビるわたしに、「Sodeさん、70過ぎたらまた始めようなんて言ってないで今から一緒にホリホリ(彫り彫り)しよう」と、3日間の滞在中の一日は工房の一室で友の指導を受けた。

かつらぎ山房
手前がわたしが作業していた木彫り台。先生が我が彫りの手直しをしております。彼女が木を彫る音はサクサク、サクサクと耳によく、わたしが彫る音はガリガリ、ガリガリ。トホホホ。そうして出来上がったのが下の作品だ。

木彫り
表                       

木彫り


厚かましくいっちょまえにサインまで入れてる(笑 )。実を言えば、花の周りのポチポチ彫りは、別の図案を描き始めたものの、幾何学模様が細かくて寸法がうまく合わず、それを諦め上の花にしたのところ、板にしっかりとコンパスを立てた跡が残ってしまったのである。それで、やにわにポチポチを彫り込んで誤魔化したというわけである。かれこれ37、8年前の大阪時代に、こうして友と二人しておしゃべりしながら「彫り彫り」したものだ。友は根来塗りを作品に施すのだが、わたしは塗り薬にアレルギーがあるのと、時間が足りないのとで、そのままポルトに持って帰ってきた。

彫刻刀、塗り用の材料、切り抜いた板などを持ち込んで、ポルトガルで独り黙々と彫った時期があった。木彫りも編み物もそうだったが、この町に日本人がいなかった当時、その作業時間はわたしにとって自分の時間を彫り込み、編みこむ思考時間でもあった。

息子が生まれて歩き始めた頃に、刃物を使うというので万が一の事故を考えて一旦木彫りは止めた。90年代に再び彫り始めたが、子供達の日本語教育、補習校の仕事で忙しくなり、彫刻材料もホコリをかぶったまま現在にいたっている。

木彫りは生半可の時間ではできないのである。そのためには何とか今の自分の生活時間を改善する必要があるなと、目下思案中ではあるが、今日まで良い案は出てこない。

和歌山を後にするという日の朝、着物を着る時間はないので普段着のままで、と断りながら、友はわたしにお茶のお点前を披露してくれた。

1978年の渡米前に、ほとんど家具類も処分された殺風景な小さなアパートの部屋で、しかも正座が苦手なわたしのために、テーブルの上ででもいいのです、と、友がはしょってお茶のいただき方を教えてくれたことがある。

友がたててくれた薄茶を「3回で飲み干し、3回目にはズズッとお茶をすする音をたてます」との言葉に、「え~、いやだわん。それって欧米では悪いマナーになるじゃない」と、映画のシーン同様、わたしも躊躇したのであった。

みちべぇは表千家の先生であり、かつらぎ山房では、木彫、根来塗りの教室と併せて、月に2度、茶道教室も開かれる。

ocha-3.jpg かつらぎ山房
炭火をおこし、抹茶をこす作業から。正座ができないわたしには正座イスを用意してくてれいた。

かつらぎ山房
水屋から↑

「なんでそうするの?どんな意味があるの?」と各動作に逐一うるさく質問するわたしに、「なんでが始まった始まった」と笑いながら丁寧に答えてくれた。

かつらぎ山房

映画の中の主人公同様である。みちべぇは、理屈っぽいわたしに答えてくれたが、映画の武田先生は、「お茶はまず形なのよ。始めに形を作っておいて後から心が入るものなの」と言っている。

畳の縁を踏まないこと、手にする扇子の置き方など等、映画を見ながら、友がわたしのためにしてくれたお点前の場面そのままをわたしは思い起こしていた。
始めは薄茶、そしてもう一度、今度は「袖さん、濃茶もいただこう」と言う。
薄茶濃茶があることも知らなかったわたしであった。そして、水屋へ案内してくれ、抹茶椀は季節に合わて使われ、夏は、涼しげに見える口が大きく開いた「平茶碗」を、冬はお茶が冷めないように、 口が狭くて深い「筒茶碗」を使うということも、この時知った。

わたしが、ポルトで日本文化展示用に持っている茶碗が平茶碗だと知った友は、ふたつの筒茶碗を選んでわたしに持たせてくれたのだが、これらのことは映画「日日是好日」の中で見られた場面でもあった。

別れ際の一服のお茶は、本当に嬉しかった。

かつらぎ山房

今回の帰国では、「今度はずっと所沢にいる。東京まで出てくるぅ?」とのわたしの冗談にのって、本当にやってきた彼女との再会はhttp://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-2078.htmlに書いてある。

性格も年齢も、それぞれが歩む道も大いに違うわたしたちだが、何年会わずとも、ずっと昔のままの気持ちで話せるみちべぇ、あなたは人生の真の友です。 また会う日まで。ごきげんよう。


Youtubeより

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2019年1月9日
 
わたしはスリッパを履くのが好きではないタイプです。根がそそっかしいもので、つまずいて転ぶのではないかと、どうもそんな気がしてならないのです。それで、スリッパをどうぞとすすめられても断るのが常です。
では、自宅ではどうしてるのかと言うと、夏は素足です。寒くなると、足に心地よくて外で履き古し、まだ履けるという靴を洗って室内履きにしています。

それが、この冬、日本に帰国して、厚めの靴下を履いていても、ひゃ~、床が冷たいやん!と、思わず妹が出してくれたスリッパに手を出さないわけにはいきませんでした。

ポルトガルの冬は湿気があり日本の冬は乾燥気候であることを忘れたわけではないのですが、同じ気温でも、乾燥気候では空気が人一倍冷たく感じられるのですね。いやはや、40年ぶりの冬の帰国はわたしに浦島太郎の如ごとき思いを抱かせるに十分な年月ではありましょう。

下は妹宅の新年を迎えるためのささやかな松飾りですが、住宅街のご近所でこのように門松や松飾りをしている所はあまり見かけませんでした。

New year

妹一家もここに住んで40年近く。昔と違い、最近は近所で松飾りをする家もほとんどないのだとのこと。

今回、正月前に都内で会った友人Iさんが言うには、「ゆうさんが想像している昔の正月とは、ちょっと違うかもよ」との言葉に、なるほど、変わったんだなぁと思わずにおられませんでした。異国でわたしが夢見てきた正月は、子ども時代を過ごした弘前のそれであり、恐らく地方ではまだ昔ながらの正月が見られると思うのですが、果たしてどうでしょうか。

除夜の鐘は年越し蕎麦をいただいた後、家の玄関口へ出てかすかに聞くことができました。これもまた
想像外だったなぁ(笑) ご~~んご~~んとの響きを聞きながら床に入り、新年に思いを馳せる予定だったんだが^^;

高価なおせち料理だけではお腹が足りないので、妹宅では筑前煮を作りました。

New year

取り寄せた京都のおせちと妹が津軽塗りの二段重箱に装ったおせちとサーモン、シソの葉、イクラの簡単ちらし寿司。

New year

下はこれがなくては元旦が始まらぬ、お屠蘇でござる。

New year

これらだけでも、お正月の時期に帰国した甲斐があったというものです。

玄関の葉牡丹の寄せ植えが清清しい。
New year

心配していたほどの時差ぼけもなく、我が家の猫も外猫たちも元気で一安心。
明日は仕事始めです。
みなさまにとり、いい1年になりますよう、願っております。

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