2009年7月2日
二日遅れの夫の誕生日祝いで、ドウロ河岸リベイラの対岸、カイス・
デ・ガイアにある寿司レストラン「SUMO」へ行って来ました。
ドウロ川の両岸はリベイラがポルト市、カイス・デ・ガイアがガイア市
(Gaia)になります。
ついでに言いますと「ガイア」とは、世界の始まりの神の一人で、ギリ
シャ神話の大地の女神の名前です。
夕方8時半まで日本語のグループレッスンが終わってから出かけた
のですが、ドウロ川の美しい夕暮れに魅惑され、夫そっちのけで
デジカメ撮影に夢中になりました(笑)

夕方、いや、夜9時半頃のドウロ川。遠くに見えるのはポルトとリスボ
ン間のハイウェイにつながるアラビダ橋。川はやがて橋の向こうの大西
洋に合流します。

徐々に夕闇が迫り、空の色が夕焼け色と青色に変わっていきます。
二日遅れの夫の誕生日祝いで、ドウロ河岸リベイラの対岸、カイス・
デ・ガイアにある寿司レストラン「SUMO」へ行って来ました。
ドウロ川の両岸はリベイラがポルト市、カイス・デ・ガイアがガイア市
(Gaia)になります。
ついでに言いますと「ガイア」とは、世界の始まりの神の一人で、ギリ
シャ神話の大地の女神の名前です。
夕方8時半まで日本語のグループレッスンが終わってから出かけた
のですが、ドウロ川の美しい夕暮れに魅惑され、夫そっちのけで
デジカメ撮影に夢中になりました(笑)

夕方、いや、夜9時半頃のドウロ川。遠くに見えるのはポルトとリスボ
ン間のハイウェイにつながるアラビダ橋。川はやがて橋の向こうの大西
洋に合流します。

徐々に夕闇が迫り、空の色が夕焼け色と青色に変わっていきます。
1006年年6月27日
今朝のことです。
コーヒーのお湯を沸かしたり、ベッドメーキングをしたりしてると、外
から突然ギャオーギャオーとけたたましい猫の鳴き声が聞こえて来た。
「あ、この鳴き方は尋常じゃないな。どうしたんだろか?」と思いながら
も、家の中を動き回っておりました。
ところがその鳴き声、一向に止まない。
どうも、我がフラットの建物の車庫通路から聞こえてくるらしい。
そこはエコーが響いてよく聞こえるのです。
それで、仕方ない、気になるもので、大急ぎでパジャマから服に着替
えて、階段を下り外へ出て車庫通路を覗いてみると、
「あれま!うちのゴローちゃんじゃん!@@」
なんとまぁ、知らずして、ベランダから落っこってたのでした(笑)
ギャオーギャオーは「怖いよぉー、奥さん、怖いよー。助けに来てよー」
のSOS信号だったのでした(笑)
これで一人前に我が家の猫の仲間入り。なんとなれば、みな一通り
窓やベランダから落っこってるのでありまして。
ということで、みなさま、今日もご機嫌いかがでしょうか。
本日はすでに3日前になってしまいましたが、ポルト夏の祭典、
「サン・ジュアン祭」のご案内です。
旧市街まで車で乗り入れると、身動きできなくなる真夜中近く、帰りが
恐ろしいことになるので、駅に車を残しメトロで。
まだメトロがなかったその昔、3歳の息子も連れて親子三人で出かけ
たことがありますが、あの時はひどかった。
何がというと、車をアンタス(Antas)にあるドラゴンサッカー場の近く
に止めてダウンタウンまで歩いていったのですが、どれ、帰ろうと車を
置いてあるはずのところまで来てみると、いやいや、わたしたちのよう
に最初に駐車してあったのを他の車が二重三重にとり囲んでおり、
出るに出られず、もう怒り心頭に達したものでした。
かれこれ30年ほども昔の話になるのですが、今でもポルトガル人の
交通マナーはあの頃とたいして変わっておらず、運転中知ってる人を
見かけたりすると、例え道のど真ん中であろうと、車を止めて、
「おーい!元気かや?」「うん、元気だ。そっちはどうだい。」
「いや、この間よ、うちのと大喧嘩しちゃって、えらい目にあったべ。」
かどうかは知らんが(笑)、しばしおしゃべりするもんで、後車はたま
ったものではない。
こ、これはエラい国だぞ!とその時、わたしは覚悟したものだ(笑)
さて、メトロで15分足らずでダウンタウンなのですが、下は夜9時
半ころのサン・ベント駅。夏時間でまだ空はうっすらと明るい。

サン・ベント駅から始まる Mouzinho da Silveira通りをドウロ河畔
リベイラへ向かって下りていくと、いつも見かける街角ではこんな光景が。
今朝のことです。
コーヒーのお湯を沸かしたり、ベッドメーキングをしたりしてると、外
から突然ギャオーギャオーとけたたましい猫の鳴き声が聞こえて来た。
「あ、この鳴き方は尋常じゃないな。どうしたんだろか?」と思いながら
も、家の中を動き回っておりました。
ところがその鳴き声、一向に止まない。
どうも、我がフラットの建物の車庫通路から聞こえてくるらしい。
そこはエコーが響いてよく聞こえるのです。
それで、仕方ない、気になるもので、大急ぎでパジャマから服に着替
えて、階段を下り外へ出て車庫通路を覗いてみると、
「あれま!うちのゴローちゃんじゃん!@@」
なんとまぁ、知らずして、ベランダから落っこってたのでした(笑)
ギャオーギャオーは「怖いよぉー、奥さん、怖いよー。助けに来てよー」
のSOS信号だったのでした(笑)
これで一人前に我が家の猫の仲間入り。なんとなれば、みな一通り
窓やベランダから落っこってるのでありまして。
ということで、みなさま、今日もご機嫌いかがでしょうか。
本日はすでに3日前になってしまいましたが、ポルト夏の祭典、
「サン・ジュアン祭」のご案内です。
旧市街まで車で乗り入れると、身動きできなくなる真夜中近く、帰りが
恐ろしいことになるので、駅に車を残しメトロで。
まだメトロがなかったその昔、3歳の息子も連れて親子三人で出かけ
たことがありますが、あの時はひどかった。
何がというと、車をアンタス(Antas)にあるドラゴンサッカー場の近く
に止めてダウンタウンまで歩いていったのですが、どれ、帰ろうと車を
置いてあるはずのところまで来てみると、いやいや、わたしたちのよう
に最初に駐車してあったのを他の車が二重三重にとり囲んでおり、
出るに出られず、もう怒り心頭に達したものでした。
かれこれ30年ほども昔の話になるのですが、今でもポルトガル人の
交通マナーはあの頃とたいして変わっておらず、運転中知ってる人を
見かけたりすると、例え道のど真ん中であろうと、車を止めて、
「おーい!元気かや?」「うん、元気だ。そっちはどうだい。」
「いや、この間よ、うちのと大喧嘩しちゃって、えらい目にあったべ。」
かどうかは知らんが(笑)、しばしおしゃべりするもんで、後車はたま
ったものではない。
こ、これはエラい国だぞ!とその時、わたしは覚悟したものだ(笑)
さて、メトロで15分足らずでダウンタウンなのですが、下は夜9時
半ころのサン・ベント駅。夏時間でまだ空はうっすらと明るい。

サン・ベント駅から始まる Mouzinho da Silveira通りをドウロ河畔
リベイラへ向かって下りていくと、いつも見かける街角ではこんな光景が。
2009年6月25日
人ごみといずこも鰯を焼く匂いとで嫌気がさし、もう20年以上も行って
いなかったサン・ジュアン前夜祭、今年は本当に久しぶりに夫と二人、
いつもよりかなり早めの夕食を終えて、今年は出かけて見ました。
旧市街まで車で乗り入れると、身動きできなくなる真夜中近く、帰りが
恐ろしいことになるので、駅に車を残しメトロで。
駅までの車中、「明日の夜のGala(ガラ=特別興行、祭典)に招待が
来てるよ。」と言う。
先週末から色々外出が重なったので、少し疲労気味だし、翌日の
ことを今ごろ言うなんて、ガラに着ていく物も急に調達できないぞ^^;
もういいや、止めちゃおうと言いましたら、今回のGalaは招待客しか
行けないと言う。しかも、
「ホセ・カレーラスを招いているんだよ。」とのたまうではありませんか!
もっと早く言ってよぉ〜!これは這ってでも行かなきゃ!
カレーラスは、プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロティと並んで
世紀の三大テノールと呼ばれ、三人の共演など見たいと思っても
下々のわたしなど、切符が手に入るわけもなし、せいぜいテレビ中継
とCDで我慢するしかない。今日までナマの公演など望むべくもなく、
夢の夢と思ってきたのでした。
3人の中では誰が好きかと問われれば、カレーラスは敬服する、
けれど、好きな声はパヴァロティとわたしは答えて来ました。
その彼ももうこの世の人ではありません。
わたしがカレーラスに敬服する理由には、歌もさることながら、キャリ
アの絶頂にあって、回復率10%の癌を宣告され、それを克服した後、
現在に、至るまで、白血病の研究と骨髄提供者の登録の支援事業に
財政的支援を行う「ホセ・カレーラス国際白血病財団」を設立し、慈善
活動を続けているということです。
ということで、本当は昨夜、サン・ジュアン前夜祭の様子を載せようと
思ったのですが、感動止まぬうちにと、今日は後先になりますが、
昨夜のガラの様子を。

人ごみといずこも鰯を焼く匂いとで嫌気がさし、もう20年以上も行って
いなかったサン・ジュアン前夜祭、今年は本当に久しぶりに夫と二人、
いつもよりかなり早めの夕食を終えて、今年は出かけて見ました。
旧市街まで車で乗り入れると、身動きできなくなる真夜中近く、帰りが
恐ろしいことになるので、駅に車を残しメトロで。
駅までの車中、「明日の夜のGala(ガラ=特別興行、祭典)に招待が
来てるよ。」と言う。
先週末から色々外出が重なったので、少し疲労気味だし、翌日の
ことを今ごろ言うなんて、ガラに着ていく物も急に調達できないぞ^^;
もういいや、止めちゃおうと言いましたら、今回のGalaは招待客しか
行けないと言う。しかも、
「ホセ・カレーラスを招いているんだよ。」とのたまうではありませんか!
もっと早く言ってよぉ〜!これは這ってでも行かなきゃ!
カレーラスは、プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロティと並んで
世紀の三大テノールと呼ばれ、三人の共演など見たいと思っても
下々のわたしなど、切符が手に入るわけもなし、せいぜいテレビ中継
とCDで我慢するしかない。今日までナマの公演など望むべくもなく、
夢の夢と思ってきたのでした。
3人の中では誰が好きかと問われれば、カレーラスは敬服する、
けれど、好きな声はパヴァロティとわたしは答えて来ました。
その彼ももうこの世の人ではありません。
わたしがカレーラスに敬服する理由には、歌もさることながら、キャリ
アの絶頂にあって、回復率10%の癌を宣告され、それを克服した後、
現在に、至るまで、白血病の研究と骨髄提供者の登録の支援事業に
財政的支援を行う「ホセ・カレーラス国際白血病財団」を設立し、慈善
活動を続けているということです。
ということで、本当は昨夜、サン・ジュアン前夜祭の様子を載せようと
思ったのですが、感動止まぬうちにと、今日は後先になりますが、
昨夜のガラの様子を。

2009年6月22日
「先生、ぼくのケンドー、見に来ませんか?」と日本語生徒のD君。
日程を聞いてみると日曜日だという。しかもちょうど昼食の時間に
かかる1時半からです。
土曜日の午前中は仕事があり、午後は昨日のブログ記事通り、
ジェスパー君の展示会の予定も入っていました。
「う〜ん、これだと週末も翌一週間もきついかもだ」と思ったものの、
20歳のD君の誘いを断る勇気がなかった(笑)
それと、昔、会社勤めをしていた頃、同僚でみんなが「ブーヤン」と
呼んでいたS氏の剣道稽古を見に行った時の「ヤー!ットゥー!」
と強烈な印象が残っており、棒っきれを振り回してチャンバラごっ
こに明け暮れた子供時代のわたし、ケンドーの名に惹かれ、夫を
引いて行ってまいりました^^
場所はBessaのサッカー場の隣、ボアヴィスタのパビリオン内です。
日曜日の昨日は特別の稽古日で、リスボンから日本人の師範が
指導に来ていました。

「先生、ぼくのケンドー、見に来ませんか?」と日本語生徒のD君。
日程を聞いてみると日曜日だという。しかもちょうど昼食の時間に
かかる1時半からです。
土曜日の午前中は仕事があり、午後は昨日のブログ記事通り、
ジェスパー君の展示会の予定も入っていました。
「う〜ん、これだと週末も翌一週間もきついかもだ」と思ったものの、
20歳のD君の誘いを断る勇気がなかった(笑)
それと、昔、会社勤めをしていた頃、同僚でみんなが「ブーヤン」と
呼んでいたS氏の剣道稽古を見に行った時の「ヤー!ットゥー!」
と強烈な印象が残っており、棒っきれを振り回してチャンバラごっ
こに明け暮れた子供時代のわたし、ケンドーの名に惹かれ、夫を
引いて行ってまいりました^^
場所はBessaのサッカー場の隣、ボアヴィスタのパビリオン内です。
日曜日の昨日は特別の稽古日で、リスボンから日本人の師範が
指導に来ていました。





















サン・ジュアン祭やアイコンのいわれはこちらでどぞ。









