エース・オブ・スパイ&テーマ音楽「Gadfly」
2010年2月8日
 
misercordia
★ポルト百景。Rua das Flores。空に突き出るナゾニが造ったミゼルコル
 ディア教会のファシャード(=正面)

スパイといえば即座に思い浮かぶのが、古くはマタ・ハリ、ゾルゲ、そして
こちらは架空だが、ご存知、イアン・フレミングの小説が原作のM16という
コードネームと女王陛下からの「殺しのライセンス」を持つ「007」こと
ジェームズ・ボンドだ。

初代ボンドのショーン・コネリーは当たり役で、わたしは彼主演の多くのシリ
ーズ作品を映画で見たし、何冊かは本でも読んだ。もっともこれは当時のボー
イフレンドの影響でもあったのだが、ま、その辺のところは深く聞かないで
くれたまえ(笑)

何ですねん、急にスパイの話なんて?
とスパイ法なし諜報活動なしの平和な今の日本からすると、空想の世界の話で
しかないと思われがちだが、日本にも太平洋戦争少し前には、ソ連の諜報組織
のスパイとしてゾルゲとともに捕まえられた「尾崎秀実=おざきほつみ」が
いる。

それがどうした?
は、はい^^; 実はですね、話はかれこれ30年ほど前に遡るふる〜い昔
のことではあるのですが、ポルトガル語などチンプンカンプンだったわたし
は、テレビを見たって分からない。ついでに言えば、当時、ポルトガルの
一般家庭のテレビは「白黒」でありました。放映時間も(多分)8時ごろから
11時くらいまで。局は国営チャンネル第1と第2のみで、番組終了時には画面
のバックに国旗がはためき、ポルトガル国歌が毎日流されました。
ですから、どこぞの国と違い、いやでも国歌を覚えることになります^^

我が夫のとこも、白黒テレビが置かれたリビングで、夫の母、その母の姉、
その母の義妹、私たち夫婦と息子のジュアン・理宇、計6人がテレビを見な
がら、あるいはおしゃべりをしながら食卓を囲んだものでした。

おしゃべりは当時ポルトガル語が分からなかったわたしには無理、押し黙って
黙々と食べ物を口に運ぶのはなかなか苦労なものです。すると、白黒テレビ
とは言え、テレビに目が行きます。

ポルトガル製作番組は、こう言ってはなんですが、当時はどうもいけません
でして、それで時々イギリスの秀作ドラマが放映されるのが楽しみでした。
わたしが毎週楽しみにして観ていたのが題して「Reilly、Ace of Spies=
ライリー、スパイのエース」。

20世紀初頭のイギリスとソ連を舞台に活動した実在人物、コードネームも
ボンドとまさしく同じ、SIS=Secret Intelligence Service「 M16」と
呼ばれた世紀のスパイ「シドニー・ライリー」を描いたものでした。
ライリーは「ジェームズ・ボンド」のモデルだと言われています。

どんな男か見てみたい?^^
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【 2010/02/09 08:46 】

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小沢氏起訴なし!@@天知る、地知る、我知る&ポルト・ダウンタウンの老舗菓子・パン屋さん
2010年2月4日(木)

confeitaria-do Bolhao3
★110年以上の歴史を持つポルトの菓子・パン屋さん

長い人生には色々ある。おアホなことを言ったりしたりして、今日幸せに
暮らしている天然ボケなわたしにも、あらぬ嫌疑をかけられて噂をばらまかれ、
針のむしろに座っているような3年ほどの苦しい時期があった。

その苦しみから逃れようと職場を去ることを考えたわたしを思いとどまらせた
のは、ただひとり、当時わたしを支えてくれた夫の言葉だった。

「今、辞めたら君の負けだ。やっぱり、とか、もしかしたら、と後々まで
尾を引くよ。」
これは小さな社会で生きる人間には怖いことだ。

自分の迂闊さ、人の良さ、脇の甘さを悔やみ、夫や子供の前で涙を見せたく
なくて、真夜中にベッドの中で声を殺して泣いた日々の3年間、人前に出る
ときはまるで鎧兜を身にまとうような日々だった。(当時悔やんだ自分の性
格は今でも変わっていないのはどうにもならず^^;)

その時代、わたしは自分にこう言い聞かせて日々を忍んだ。
「わたしがそれをしなかったことは、天知る、地知る、我知る」と。
(漢の時代の時代の政治家、楊震=ようしん の言葉と言われる)

昨今の鳩山、小沢両氏について、わたしのケースの逆もまた然りだと思う。

子供だましのような白々しい言い訳はもう結構。この二人の処分はわたしの
ような一般人にとって納得がいかないもので大いに不信がもたれる。
巷の噂の段階どころではない。検察がそうそう簡単に手をだせないような
地位の二人である。証拠なしではお呼びもかけられないはずだ。
十二分な証拠がなければ起訴には持ち込めないのだと聞くが、ならば「十分な
証拠」はあったのであろうと推することができる。
「したかどうか」の真実はご当人方が一番よく知っている。

「見つかったから税金を納めりゃいいだろ。あの手この手で逃げ切ってみせた
だろ」のトップツーをこのまま据え置くとすれば、日本という国はもはや倫理
の廃退した社会に向かうだろうと、今回の鳩山小沢両氏の処分、また彼らの
身の進退の処し方には大いに落胆したspacesisであります。

でもね、人生必ず帳尻が合うようになっていると信じて、今日も市井の民は
がんばります^^

と、こんなことを書いていたら、今日は花金だというのに会社を終わって
まっすぐアパートに帰った「巣ごもり族」のモイケル娘がスカイプに
上がってきた。

待ってましたとばかりに、挨拶もそこそこに、送ってもらいたい本のサイト
アドレスをコピーペーストしてチャット画面に出したら、え!@@

 「真実はご当人方が一番よく知っている」 

と会話のトップに出てしまった!!

「い、いきなりなんじゃい、おっかさん!」とビビるモイケル娘(笑)
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【 2010/02/06 03:30 】

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ポルト・土曜日のダウンタウン
2010年2月3日(水)

ショッピング街のサンタ・カタリナ、市庁舎のあるアリアードス、ポルト一
大きなブリャォン(Bolhoa)市場があるサ・デ・バンデイラを中心に、土曜日
のダウンタウンは活気にフダンにも増して活気に満ち、魅力的だ。
その光景を少しお届けします。

ダウンタウン6
ダウンタウンの真ん中にあるブリャォン市場は4つの通りに面しています。

この日偶然に出会ったポルトガル北部、ミーニュ地方の民族衣装を着けた
女性たち。この衣装は「Campo(畑)」で作業するときの衣装でしょう。
年配の方たちで、衣装は少し地味です。
ダウンタウン3

「今からFesta(祭り)ですか?」と聞くと「もう、踊ってきたのよぉ^^」
との返事。そう言えばこの日の朝は、ポルトガルの「カヴァコ・シルバ
大統領」がポルトに来てアリアードス大通りを市長と共に歩いたのでした。
きっとその歓迎セレモニーで披露したのでしょう。
ダウンタウン5


ついでに。下は、同じくミーニュ地方の民族衣装ですが、北部独特の貴金属
細工の首飾りをいっぱい下げての、色鮮やかな美しい祭り用の衣装です。
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【 2010/02/04 08:48 】

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フレイシュ宮殿、再び(2)やっと逢えた不思議な絵
2010年2月1日(月)

フレイシュ展覧会1
 
前ブログ、「続きは明日って」どこがですねん。
もう3日も過ぎましたがな。笑

土曜日の午前中の日本語教室の後、買い物があり、ついでにダウンタウンを
少しだけ歩いたのですが、途中でハッと気がついた。
「いかん!昨年乗ったドウロ川沿線の蒸気機関車の記事、明日が締め切り
やった!あわわわわぁ〜」と、慌てふためいて帰宅。
昨日日曜日の午後にやっと仕上がり、送稿したのでした。

で、昨夜「フレイシュ宮殿」の続きを書けたはずなのですが、実は夜は、
友達のHさん宅へお呼ばれでした。
一ヶ月振りに(いいなぁ、キャシーちゃん。笑)日本から逆帰国して来た
「きゃしーさん」を囲んで、ポルトガル人、日本人10人ほどのメンバーが
料理を持ち寄って集い、わたしも久しぶりにしばしおしゃべりを楽しんで
きました。多分一番しゃべって楽しんだのはわたしかも^^;
みなさん、騒がしくしてすみませんでした^^;

さて、本題の「フレイシュ宮殿、再び」です。

1月最後の日曜日に出かけてきたのが、フレイシュ宮殿。

ふとしたことがきっかけで、フレイシュ宮殿の建築様式や宮殿内の装飾に
興味を持ったものの、一般人が入ることはできず、なんとかならんかと
思ってきたのですが、この宮殿、以前からの噂どおり、ついに修繕修復が
完了し、昨秋「ポザーダ・ドフレイシュ」(ポザーダ=高級宿泊施設)と
して新たなスタートを切ったのでした。

「やったー!これで少しお金はかかるかも知れないけれど、宿泊にさえすれ
ば宮殿内は見られる!」と小躍りしたのですが、その宿泊費の高いこと^^;

ウィークデイは泊まれない。しかし週末となると料金がどんとあがる。
ツインで一人160ユーロ(20000円ちょっと)。二人だと宿泊費だけで4万円です。
つい、夫に
「一人でも泊まってみたいから、誕生日のプレゼントか、結婚記念日プレゼン
トに宿泊させておくれ〜」
と思わず口走ってしまった^^;
「結婚記念日のプレゼントて、じゃ、僕は?」
と眉をしかめておりました(笑)

さて、フレイシュ宮殿がポザーダになったいきさつは、後日今日の宮殿内の
案内で述べるとして、今回は、フレイシュ宮殿ポザーダのギャラリーで催さ
れていた展覧会を見にいったのでした。

うふふ。それは口実、単なるダシで、ホンマはギャラリーから迷った振り
でもして宮殿内をちょいと覗いてみようか!が狙い(笑)

Cohen Fuse(コーエン・フューズ)。1982年来ポルトに在住している、
アルゼンチンの画家の展覧会です。トップの写真がギャラリー。

会場にいたのはわたしたちだけでした。少し変わった雰囲気の絵で、すぐに
「ははぁ〜ん。なるほど、面白いシンボルをあちらこちらに残したゴチック
建築のマスター、ナゾニの宮殿内での展覧会にふさわしい絵だ」と納得。
場内には「写真撮るべからず」の表示がなかったので、遠慮せずに写して
きました。展覧会は題して「Um Toque de Magia=魔法のタッチ?」

フレイシュ展覧会2
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【 2010/02/02 08:52 】

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spacesis、謎を追う・フレイシュ宮殿再訪(1)
2010年1月28日(金) 

今秋、ポルトで開かれるポルト市と日本の大きな文化交流イベントがあるの
ですが(このイベントについてはいずれご紹介します)、今日はその関係で
夕方からポルト市庁舎まで出かけてきました。

無事、事が終わり、市庁舎に同席した友人Oちゃんと写真のドームの地階の
ちょいと名のあるカフェ「Guarany」で小1時間ほどおしゃべりをして外へ
出ると、Aliados=アリアードス市庁舎通りは日没寸前。
アリアードス1
瞬く間ににカフェの向かい側は夜のとばりが降り。
アリアードス2

まだ8時頃でしたが、昔は「箱入り女房」と言われたくらいのわたし、ほんま、
こんな時間に一人ポルトのダウンタウンを歩くなど、ずいぶん珍しいことで
あります。

慌て者が、しばらく前に家のリビングで転び、そのとき打って未だ少し痛む
膝っ小僧を少し引きずりがちにメトロ駅へ急ぎ足で向かったのでありました。

さて、昨日の我がブログのコメントにパリ在住の「梨の木」さんが、2月
10日パリにてフリーメーソン美術館がオープンする旨、情報をください
ました。(現地在住ならではのホットな情報をありがとうございます!)

フリーメーソン、テンプル騎士団への興味からポルトガルの歴史、フリーメー
ソンの前身との説もある石工組合のメーソン、果てはキリスト教、異端教、
錬金術、タロットカードと我が好奇心は留まるところを知らず^^;

しかし、これらの絡まった糸を自分の推察で少しずつほぐして行くのは
大なる楽しみではあるのですが、なにしろ時間がかかる。
昨夏に、わたしが「シンボルだらけの森と館」と呼ぶシントラの「レガレイ
ラ宮殿」二度目の訪問以来じっくり考察する時間が持てず、ここしばらく、
その話題が当ブログにあがることも途絶えていたのです。

下記の本、「ポルトガルのテンプル騎士団(ポルトガル語〜泣)」「キンタ・
ダ・レガレイラ(これもポルトガル語〜泣)」、そして、もう一冊は、ご存
知ダヴィンチ・コードの著者、ダン・ブラウン氏の新作「The Lost Symbol」
(日本語訳は3月に発行とのこと、待ちきれず原語を買ってしまった^^;)
本2
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【 2010/01/30 11:15 】

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