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2019年1月9日
 
わたしはスリッパを履くのが好きではないタイプです。根がそそっかしいもので、つまずいて転ぶのではないかと、どうもそんな気がしてならないのです。それで、スリッパをどうぞとすすめられても断るのが常です。
では、自宅ではどうしてるのかと言うと、夏は素足です。寒くなると、足に心地よくて外で履き古し、まだ履けるという靴を洗って室内履きにしています。

それが、この冬、日本に帰国して、厚めの靴下を履いていても、ひゃ~、床が冷たいやん!と、思わず妹が出してくれたスリッパに手を出さないわけにはいきませんでした。

ポルトガルの冬は湿気があり日本の冬は乾燥気候であることを忘れたわけではないのですが、同じ気温でも、乾燥気候では空気が人一倍冷たく感じられるのですね。いやはや、40年ぶりの冬の帰国はわたしに浦島太郎の如ごとき思いを抱かせるに十分な年月ではありましょう。

下は妹宅の新年を迎えるためのささやかな松飾りですが、住宅街のご近所でこのように門松や松飾りをしている所はあまり見かけませんでした。

New year

妹一家もここに住んで40年近く。昔と違い、最近は近所で松飾りをする家もほとんどないのだとのこと。

今回、正月前に都内で会った友人Iさんが言うには、「ゆうさんが想像している昔の正月とは、ちょっと違うかもよ」との言葉に、なるほど、変わったんだなぁと思わずにおられませんでした。異国でわたしが夢見てきた正月は、子ども時代を過ごした弘前のそれであり、恐らく地方ではまだ昔ながらの正月が見られると思うのですが、果たしてどうでしょうか。

除夜の鐘は年越し蕎麦をいただいた後、家の玄関口へ出てかすかに聞くことができました。これもまた
想像外だったなぁ(笑) ご~~んご~~んとの響きを聞きながら床に入り、新年に思いを馳せる予定だったんだが^^;

高価なおせち料理だけではお腹が足りないので、妹宅では筑前煮を作りました。

New year

取り寄せた京都のおせちと妹が津軽塗りの二段重箱に装ったおせちとサーモン、シソの葉、イクラの簡単ちらし寿司。

New year

下はこれがなくては元旦が始まらぬ、お屠蘇でござる。

New year

これらだけでも、お正月の時期に帰国した甲斐があったというものです。

玄関の葉牡丹の寄せ植えが清清しい。
New year

心配していたほどの時差ぼけもなく、我が家の猫も外猫たちも元気で一安心。
明日は仕事始めです。
みなさまにとり、いい1年になりますよう、願っております。

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2019年1月4日

新年 明けましておめでとうございます。
今年も拙ブログにお付き合いくださいますよう よろしくお願いいたします。

朝、ベッドから起き上がると、きりっとした寒さを皮膚に感じる日本の冬。懐かしい感覚です。
昨日3日は、所沢にある新明社の神社に初詣して来ました。

妹夫婦と散歩がてら何度か訪れた時には、閑散としていた神社も、昨日は初詣の人でにぎわい、参拝の列ができていました。
甘酒、焼き芋の無料サービスがあり、寒い中、列に並んで参拝した後の甘酒は体を温めてくれます。車で来たことをうっかり忘れた義弟が甘酒に一口口をつけてしまい、「あ、いけない!運転するんだった!」(笑)

今年は年女のわたし、破魔矢を買ってみました。考えると、神社、お寺参りは帰国ごとにしているものの、わたしにとって初詣は初めてだということに気が付きました。大阪で一人暮らしをしていた時分、よく京都へ行きあちこちの社寺を訪れたものの、それはお参りではなく観光、散歩もどきで、いい加減なものでした。盆正月にも帰郷するでもなく、古くからの2大伝統行事をどこか拗ねた目で捉えていた若かった時代を少し恥入っています。

祖国を長年離れて、伝統文化を維持していくことの素晴らしさを認識するようになりました。もう一度、日本の正月を、という我が思いは、維持してきたことの日本人の稀有な思いを少し知ることができたからでしょうか。

明日は、再びポルトへ帰りますが、今年のわたしの目標は、「歩くぞ!働くぞ!」なんです
歩かなければ体力つかず、働かずんば帰国あたわず、であります。

では、みなさまにとってよい1年になりますよう!
次回はポルトから発信いたします!
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2018年12月23日

帰国するけど、今回は関東を動かない。みちべぇ、東京まで出てくる?なんて堺の親友に冗談のメッセージを送ったら、「行く!」との返事があり、驚いたのでした。

「19日に行きたいけどどう?」には、が~んなのでありました。あ、あんね、わたし18日に羽田に着くのよん。時差ボケ真っ最中だよ。せめて、翌々日にして~、と言うことで、帰国翌々日の20日には、我が親友と三越銀座12階のレストランで会うために、時差ボケをお供にでかけたのでした。

つい数年前までのフルエネルギーで行動していたわたしがそのままイメージにあったのだろうな、と苦笑。

ところが、約束時間になっても彼女は現れない。東京を殆ど知らない友ゆえに、たどり着くに間違いがないであろうと三越銀座を選んだのである。大丈夫、来られる?!聞くと「日本語通じるから大丈夫~」とのたもうていたに、待ち合わせ時間を30分も過ぎるとさすがに、はてな?と心配になってきました。

こういう時のケータイはほんとに便利。昨夜、帰国用に借りてある日本のケータイをチェックしたところ、「残高確認1400」とあり、前回プリペイしたのがまだ1400円も残ってたので、呼び出しそうとケータイを出した。すると、「ただ今残高0です」と言う。 ってことは、1400はひょっとして、残高確認の番号? えーーー!

こりゃ大変。我がスマホは日本では妹宅を除いてはほとんど使わないのである。どうする?

予約を入れてあるレストランへ入り、予約時間を延ばしてもらい、これこれしかじかで待ち合わせ相手に連絡がつかないのだと説明すると、お店のケータイを使わせてくれました。

みちべぇ、応答なし。彼女に連絡するために何度もお店のケータイを借りるのは申し訳ないので、「レストランでもう待ってるよ」と息子に頼んでコンタクトしてもらおうとしたのだが、息子も応答なし。そうだろな、だって知らない電話番号だもの・・・

ちょうどモイケル娘の職場の昼休み時間に入ったところで、今度は彼女に電話してみました。予約はモイケルに頼んだので、この電話に見覚えがあるはず。しかし、残念なことにこちらも応答なし。 さぁて、困った。約束の時間からかれこれ1時間近くも経っておりまする。 みちべぇ、どないしたん・・・

と、目の前のエスカレーターに乗って、「そでさ~ん」と、の~んびり現れ申した。
「お久しぶり」の前に、「あんた、どないしたん!心配してた!」と言うと、
「え?12時半違うの?」
「ちゃうちゃう~。わたしのメッセ、も一度見てみぃ!」
「いやぁ、ほんまやわぁ。すんまへん~」と、二人して大笑い。

1時間ほどの遅れで、遠く大阪からやってきてくれたみちべぇをそれ以上責めることはできませんです、はい。

ひょっとして彼女が来なかったら、レストランの二人分の予約の食事、どうやって食べようかとも思っていたわたしですが、レストランの人も安心したようで、やっと昼食にありつけたわたし達でありました。

食後に回った、国会議事堂、靖国神社コース中も、ボケとツッコミの野次喜多道中のごとし。昔と変わらぬ友との一日は青春時代に帰ったようで、時差ボケも忘れ、懐かしく嬉しく。

名残を惜しんで別れたのでした。
みっちゃん、ありがとう。

ではみなさま、また。

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2018年8月4日 

つい先週まで、涼しい涼しいと言っていたのが、8月に入るなり急に気温があがり、屋外では生ぬるい空気が澱んで、ポルトガルの自慢の真っ青な空もどこへ行ったやら、空気同様、どろ~んとしております。

今朝のポルトは午前8時台で気温25度。日中はそれを上回りますから35度くらいになる予測です。夏のポルトガルは乾燥気候なので、日本のような湿気がありません。それで、気温が高くてもクーラーなしでなんとかやり過ごせるのです。

しかし、35度を超えた昨日は、さすが厳しかった。ベランダのガラス戸を開けるとワッと熱気が押し寄せ、これは覚悟をしないと、というので、まだ30度を越えないうちに植物の水遣りを済ませ、リビングと台所を除き、部屋は全部ブラインダーを下ろして、リビングのクーラーを付けてドアは開け放し。こうすると、冷たい空気が家全体に流れます。この方法は、乾燥気候であればこそで、湿気の多い日本だと熱気が屋内にこもり大変なことになるのではないかと思います。

さて、日は少し古い話を持ち出します。
ポルトに来て40年になるわたしですが、子供達が中学校を終えるころまでは、生活の中心は彼らでした。

家で二人ほどの日本語学習者はとっていましたが、子供が学校に行っている時間帯です。また土曜日の補習校の講師の仕事の依頼が来た頃は、息子はちょうど就学年齢でいっしょに登校しましたが、我がモイケル娘はまだ1歳未満で、土曜日は夫に彼女の面倒をバトンタッチして補習校にでかけたものです。

20メートル離れた同じ通りに夫の母親がいたものの、子どもはわたしたち夫婦で育てようと思っていたもので、極力、義母に世話のお願いはしないようにしていました。

子育て期間中、したいことがなかったわけではありませんが、「それを犠牲にして」なんて気持ちは毛頭ない。わたしは子育て時代に、子育てする事によって自分自身が育てられたと言った方が適切。(笑)過言ではないです。
       
子供達の学校生活を通じて経験したことですが、日本という異文化には、みなさん多少の興味を示します。
                                    
ところがです、その母親のわたしときたら、日本にいた若い時代は目を外へ向けるばかり。少し反骨精神を持ってましたから、それを振り回して、いわゆる日本社会の常識ごときものは、伝統文化から習慣までうっちゃってしまい、「ヘッ!そんなもん」くらいに思っていたのです。
                                           
これがです、こちらでの生活が長くなっていくに連れて、このままでは、どうもいけないぞと感じるようなことが多々出てきたのです。
                                          
例えば、こんな具合のリクエストが舞い込みます。

「日本の伝統文化を紹介してもらえないか」  
(↑しょ、紹介できるもんは折り紙の鶴くらいしかおまへん^;紙風船もだまし船も本を見ないとできない・・・^^;お茶?お花?とんでもない!木彫家で我が親友のMichikoが両方とも教える免状を持って現在もお弟子さんを取っているので、話を聞いていますが、人様の前で紹介できるまで行くには、何年もの修業と多額なお金がかかるざますよ。都会での女一人暮らしの身でお月謝支払いができるわけがございませんでした)

「着物を着て結婚式に来てくれないか」         
(↑来たあぁぁ!せめて母に着付けを教えてもらって着物を受け取るんだった。着物があるにはあるが、一人で着たことがないでぇ。はい、誰も知らぬをいいことに、勝手気ままに着ていきました。後日そのときの写真を母に送りましたら、「なんという着方をしとるの!」と叱られ笑われました。
                                   
「その理由も含めて、日本はどういう新年の迎え方をするのか」
(↑これ、その当時は当然パソコンなど持っていませんでしたから、手持ちの日本文化の大雑把な説明が書いてある英語の本まで読み漁って勉強する羽目になりましたぞ。逆だっちゅうのよ^^;)
                                               
「日本人はこういうときに、なぜこのような行動をとるのか」
(↑これは、背景となる日本文化の知識がないと説明するに歯がたちません。一般論でいいますが、
「~~~だからだとわたしは思います」で結びます。逃げ道を一応つけるなんて、ずるい(笑)
                                        
リクエストでぬぬ?と思ったのには「国歌を歌って録音して欲しい。紹介したいから」というもの(笑)
伴奏なしで大きな声で歌って録音しましたです、はいw(←これはどこぞの学校の要望でした)

つまり、日本人である個人のわたしを通じて、日本、日本人を知りたい、となるのです。 いい加減なわたしも、これらには、びびって考えさせられました。海外で生活すると言うのは、勿論一般の日本人としては、非常に個人的なことなのですが、外国の人たちは個個の日本人としてよりも、その人を日本人全体の姿と見るような気がします。

ポルトガルに住むことがなかったら、わたしは相変わらず自分の国の文化に大して興味ももたず、調べもしないでいたかも知れません。日本では普段の生活でその必要性を感じる機会が少ないですから。
                              
また、こういう経験も度々ありました。
自分の国のあれも悪い、これも悪いと欠点を揚げ連らねていたのが、いざ、他国の人達が一緒になって、「そうだそうだ」と攻撃し始めると、自分が言っていたのは棚に上げて、「あんたに言われたくないわ!」と俄然腹が立ってくるのですね(笑)
       
母国の外にいて、つくづく感じます。良い所も悪い所も「オラが国」。

今日こんなことを綴ったのは、近年自分の国を公の場であしざまに言う人たちが結構いるのを毎日のようにニュースを通じて目にし、君ら、本当にそれでいいのか!と、思うところがあったからです。

ま、わたしごときが何を言おうとどうと言うことはないのでしょうが、発言の権利自由があるからとて、故意に言葉尻をとらえては、忌まわしい言葉で言いがかりをつける近頃の学歴ある人たちに、品位も感じられず、大きな失望感を味わっているのです。

これは酷暑のせいでありますように、なんまんだぁ。

本日は愚痴の類になりました。暑さゆえにとご勘弁の程を。
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2018年7月12日 

インターネットが広く普及した今日、わたしたちはその気になれば、これまでの歴史、特に現代史に関して、おびただしい情報を手に入れることができます。それらを情報源にして、望むならば更なる詳細を論説する著書をあれこれ読むこともできます。

わたしは、日本に住んでいる場合もそうですが、特に海外に住む日本人としては、現代史について出来る限りたくさんの情報を手繰り、それを自分で再分析しておく必要があると思います。押し付けられた一方的な歴史観を鵜呑みにするほど愚なものはないと考えるのです。

歴史は、緻密な一枚の織物のようだと思います。しかも、見る方角によって、その色合いや光沢を変える織物です。種々の事情、状況が絡み合い、わたし達が目にするのは出来上がった一枚の布です。

その布を織り成す、一筋一筋の糸を引きほどいていかないと真実に近いものは見えません。「真実に近いもの」とわたしが言うのは、世界の多くの出来事の真実は多様であるように思われるからです。

祖国は、母国、そしてまた、とても僭越な言い方ではあるけれど、わたしたちの子孫に及んでいく、言わば、我が子のようなものではないかと、思ったりします。 どのような過ちを犯そうとも、親は我が子を見放したり、けなしたり、人の言うなりにさせるばかりではないでしょう。

子のために、なんとかしたいと努力するのが心ではないでしょうか。昨今の母国を見ていると、我が子が、自分の国が可愛くはないのか、と暗澹たる気持ちになります。

国会議員、官僚、大学教授、社会的に高い地位にある人等々、仮にも高等教育を受けたであろう人々の嘘があまりに世にはびこるのを見るにつけ、また、国会の質疑に於ける非常に失敬なもの言い、街頭演説では口汚く人を罵るなど、とても文化人のすることとは思えない人を多く目にし、ニュース類を読むのも苦しくなるような近頃の日本です。

こういう人たちに窺える特長は、「アベガー」族です。安倍が安部がと何でも人のせい、現政権のせいで、昔よく言われた「郵便ポストが赤いのも、みんな安倍が悪いのよ」です。自分たちのことは棚に上げ(https://snjpn.net/archives/58745)、相手を引き摺り下ろすためなら、いかなる手段でも使おうとします。卑しい根性ではありませんか。

今回も西日本豪雨による被害者救助のため、与野党一致団結ではなくて、あげくは現政権不信任案を提出しようかと、まるで火事泥棒の如き稚拙な政治手法には開いた口もふさがりません。

こういうことも、わたしたちの子孫が目にするであろう、教わるであろう歴史という一枚の布を織り成す一筋の糸として混じることをしかと見ておくのは大切なことです。

現政権の政策、全てに賛成するわけではありませんが、予党の一部もそうですが、特に野党のあまりの質の低さに、日本の将来に不安を感じるわたしです。
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