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2020年4月7日

わたしの故郷は弘前である。4月に入るや、外国では耳慣れない「さくら前線」という言葉をテレビを通して聞かれ、日本列島は南から北へ北へとさくらの花で埋め尽くされて行く。

南でさくらが咲く頃、北国はまだ早春で長い冬の衣を脱ぎ捨てるのを今か今かと待ち構えている。春の訪れとともに一斉に芽吹き花を見ては、毎年決まってポルトにいながらわたしは日本の春を、さくらの春を、さくらの弘前を恋い焦がれるのである。

「敷島の やまとごころを人問わば あさひににおう山桜花」
 
本居宣長の歌である。若い頃は外国に憧れ、大和心のなんたるかに考えてみることもなかった。ポルトガルという異文化に長い間身を置いて初めて自分の日本人のルーツに心を向け始めたと思う。

その折に、この本居宣長の歌はあたかもペンから一滴の青インクが透明の水の中に滴り落ちて、静かに環を広げて行くかのように、わたしの心にやって来たのである。

本居宣長のこの歌には、色々な解釈があるようだ。「やまとごころ」を「武士道」と照らし合わせる解釈もあるが、わたしはもっと平たく、日本人の心と解釈している。

日本人の心とはなんであろうか。祖国を40年以上も離れて異国に住む一人の日本人として桜についてちょっと書いてみたいと思った。

作家曽野綾子さんのエッセイに、4月に成田上空にさしかかった時の経験を書いたものがある。

曇り空の下に点々と枯れ木にしか見えない木々があった。大変だなあ、今年はあんなに木が枯れた、と思ってからギョッとしたのだそうな。 ひょっとすると桜ではないかと。

果たしてその通りで、飛行機が次第に高度を下げて行くと、枯れ木としか見えなかった木々がわずかに色彩の変化を見せ、桜となったのだそうだが、機内の外国人客は、誰一人としてさくらに反応を示した様子は見られなかった。

この時初めて、桜は花の下で見るものなのかもしれないと思った、(ここまで要約)と。

わたしはこれを読んだ時、軽いショックを受けると同時に、日頃、日本語クラスで日本文化の話に及ぶとき、ついつい「さくら」の美しさを、目を細め熱っぽく語ってしまう自分の姿を思い起こしたのだ。

桜への思い入れは、日本人独特のものではないだろうか。そうして見ると、秋の紅葉や真っ白い雪の中に映える「寒椿」等にも、わたしたちは心惹かれるように思う。このような光景を思い浮かべるだけでもわたしの胸には美しき天然へのなんとも言われぬ懐かしさがこみ上げてくる。

詩人、大岡信さんが京都嵯峨野に住む染色家、志村ふくみさんのことを綴っている。美しい桜色に染まった糸で織ったその着物のピンクは、淡いようで、しかも燃えるような強さを内に秘め、華やかでいながら深く落ち着いている色であった。その色に目と心を吸い込まれるように感じた詩人は、桜から取り出した色だという志村さんの言葉に、花びらを煮詰めて色を取り出したのだろうと思ったのだそうである。

しかし、それは、実際には、あの黒っぽいごつごつした桜の皮から取り出した色なのだった。しかも、一年中どの季節でもとれるわけではなく、桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると言う。

「春先、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿。花びらのピンクは幹のピンク、樹木のピンク、樹液のピンクであり、花びらはそれらのピンクが、ほんの尖端だけ姿を出したものに過ぎなかった」(要約)

この詩人は、「言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だと言ってもいい。これは言葉の世界での出来事と同じではないかという気がする」と言うのですが、わたしは詩人のエッセイにも、そして嵯峨野の染色家にも、いたく心惹かれて、ずっとこのエッセイに書かれてある言葉が心に残っている。

さくらに限らず、異国の町を車で走りぬけるときも、日本ほどではないが、それなりの季節の移り変わりを見せてくれる景色はある。車を走らせながらも、目前に広がる大きな並木道に 「あぁ、きれい。春やなぁ。秋やなぁ」と、思わずその移り変わる季節の匂いを空間に感じる。

とは言え、ひとひらの花びらを、一枚の紅葉を、そっと拾い上げて日記に仕舞い込む。ポルトガルの生活の中で、こんなことを密かにしている人は、何人とはいないであろう。

そんな時、わたしは自分の中のやまとごころがふと顔を出すように思う。密かに語りかける自然の声が聞こえる気がするのだ。大自然が広がるアメリカやカナダにも、そういう人はいるだろうが、わたしのような、極々一般の人間でも、そういう感覚を多くの日本人は持っていると思う。花を愛で、はらはらと散り逝く花の潔さと儚さに美学を見るのは日本人の特性なのだと異国に長年住んで今はしきりに思える。

我が故郷弘前の今年のさくらまつりは、今回のエピデミックで中止とのこと。人混みにまみれて眺めるさくらもいいが、独り占めの3000本の桜花を下を歩くなんて、なんと贅沢なことだろう。

これまで弘前の桜見たさに何度か春の帰郷を試みたが、満開の桜を見ることは叶わなかった。もう一度、もう一度、訪れてみたいと、このさくら吹雪、花筏を夢見ている。日本は美しい。

 
高校時代もよく歩いたので公園の中は全て見知っている。

                          この記事は2014年のものを書き直しました。
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2020年2月24日 

1月に武漢肺炎の話を耳にした時に、即座、関東に住む東京息子とモイケル娘にメッセージした。

今すぐ、マスクを買い足して置け、と。

「まだ買ったのがあるよ」と言うのを、いやいや、買い占めが始まるからあっても少し買い足して置くべし。

息子に至っては、「はい~」といつもの返事。ちょっと心配だ、モイケルに兄貴の分も買っておいてくれと頼もうとしたが、思い直して言うだけにした。

そうこうしているうちに、武漢肺炎はあっという間に日本国内でも広がり、どこへ行ってもマスクが入手不可だという。自民党の2F氏に至っては、国内のマスク不足を承知の上であろう、中国に40万枚も寄付したのだという。

困っている隣国を好きじゃないからと言って援助するなと言わない。だが、まずは自国民じゃありませんか?ってんだ!

そのうち、息子から「マスク、どこへ行っても売ってない・・・」と来た。
あの「はい~」はなんやねん!と思いつつ、娘に子供じゃないんだからあまりガァガァ言うなみたいに突っ込まれて口をつぐんだ。

わたしは一時ひどい花粉症ではあったが、ここ数年症状が現れず、 春先に日本へ帰国してもマスクをすることはまずないのだが、息子もアレルギー体質系かなと思われる。だからして、コロナを別にしても春先はマスクをした方がいいと思うのだが、アヤツはめんどくさがり屋なのである。

今は大学の講義がなくて、外出を控えようと心がければいいのだが、閉じこもってばかりというわけにも行くまい。

で、ふと夫の職業に気が付いた。ポルトガルでは一般人がマスクすることはまずないから、その辺の薬局やスーパーなどでは売っていないが、医者は別だ。

やっと医療機器用具を売っているところで一箱買えたそうだ。しかし、これを送付するにしても一週間くらいはかかろう。あれこれ思いあぐねて、ついに和歌山にアトリエを持つ我が親友みち子にメッセージしてみた。

「今日はお願いがあるねん。 和歌山の方でもやっぱりマスク手に入らんのかな?モイケル娘が心配・・・」

すると、「すぐ送るから、どのくらいいるの?」と嬉しいレス。え?そんなすぐに買えるん?と思いながら、20枚くらいも買えそうかと言うと、3軒ほど回ってくれたみたいで、やっと一箱を娘宛に送ってくれた。

やはりたくさんあるわけではなく、一人一箱と決められているとのこと、自分とこは今のところあるから気にしないでと、いつも頼りがいのある優しいみち子であった。ありがとう!

そして、9年前の東日本大震災の時を思い出しました。こんなことがあったんです。

2011年3月23日 笑っちゃいけないが、なんだか可笑しい

原発問題がまだ明確な見通しがついておらず、現場では今日も危険を承知で必死な作業が続けられています。ニュースを通して被災者たちのエピソードも聞こえてき、気の毒で涙が出てきます。しかし、人生は続く。日本人の、人間の生命力の逞しさを信じたいと思います。

「おっかさん、今日はパンが買えた!」とモイケル娘。日本は物が豊富だ、というより、豊富を過ぎて贅沢だとフッと思うことがあります。今回の被災地だけでなく、世界には食料不足に困っている人たたくさんいるのですが、贅沢に慣れてしまうことは怖い気もします。パンが買える喜びを、娘よ、覚えておいて欲しい。

計画停電だというのに、懐中電灯もろうそくもないという我が子達、懐中電灯をネットで注文しようとしたら品切れでないと言う。大阪の我が親友Michikoが食べ物を含むそれらの物資の差し入れが届けてくれました。

子供たちの住む区域、夕方6時から10時まで停電の今日、間もなくその時間がくるという前の少しの間、スカイプでモイケル娘と話しました。

おっかさん  懐中電灯、手元に用意してる?
モイケル   うん。ヘッドライトをつけてる
おっかさん  へ、ヘッドライト?
モイケル   そ。みっちゃん(関西の我が親友)が送ってくれたのを頭につけてる。
        鏡で今自分の姿を見たら、マヌケだった^^;

↓こ、こんなんを頭につけてるんか、と思ったら、停電を待機しているのが気の毒だとは思ったが、おかしくてつい大声で笑ってしまった。
headlite.jpg

笑っている間に停電が来た様で娘はスカイプから落ちていた。夫にもヘッドライトの話をし、このところ、わたしたち夫婦の会話はずっと心配な話題か津波の映像を黙って見るばかりでしたが、こんな小さなことだが久しぶりに笑った気がします。


我が親友とLINEであの時の話をし、笑い合ったものの、災害の時はいつもお世話になってるなぁ、と改めて彼女に感謝した週末だった。

さて、じゃ、大急ぎでマスクを小包にしよう、んで、なんとはなしに箱に目をやると、やや?Made in China?
がび~~~ん!!! 

そうしてみたら、関西在住の知人I氏が言っていた。「マスク、高値やけどネットで買った。家に届いてみてみたら中国製やんか」と。

やっぱりね、「今だけ金だけ自分だけ」っていうグローバリズムはあきまへん。最低限の自分の国のものは自国で生産すべきだと思う。世界の工場だ、儲かる、安いと中国にだけ頼ってきたから、見てみよ、こういうときに全滅だ。

夫には、小包送るにおいて、中身がマスクだなんて書いたら、途中で消えることも考えられるから、ハンカチやらなんやらと適当にと書いてくれとお願いした。

それにしても、ポルトから送るマスクが中国製って、なんやねんこれ^^;

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2020年2月15日 

ずいぶん前のことですが、東京駅で外国人に間違えられた経験があります。

ガラガラとキャリーケースを引きづって今と同じく度付きサングラスに茶髪です。大阪駅で友達のゴッチと待ち合わせしていたのですが、予定の新幹線に乗り遅れてしまいました。

当時は今のようにスマホも日本でのレンタル携帯電話も持ち合わせておらず、仕方ない、公衆電話でゴッチの携帯に連絡しようと、東京駅構内を探したものの、なかなか見つからず。

ちょうど、新幹線構内の広い場所の真ん中で立ち台の上に立って案内をしていた制服の駅員さんに、
「すみませんが、公衆電話はどちらにありますか?」と訪ねたところ、返ってきたのがなんと!電話のある方向を指さして、「It´s over there!(あっちだ!)」

一瞬のけぞったわたし、「さ、サンキュウー」と答えたのでありました。
後で思うに、あれはわたしの姿格好より、もしかしてわたしの日本語だったのかもしれないと。

どちらかと言うと早口のわたしが、できるだけゆっくりはっきりした発音で日本語を話すことを意識しだしたのは、土曜日の補習校で講師をし始めてからです。また、日本語を教え出してからも、もぐもぐ言っていたのでは、生徒たちに分かってもらえないからです。

もちろん、友人たちと話すときはいつもの自分の早口にもどっていますが、日本では店員さんや見知らぬ人には、無意識に日本語学習者に話すのと同じになっているのに気づきました。

よく当時はデパートの売り子さんからも、「きれいな日本語を話しますね。」と言われたものです。しかし、これもまた、ひょっとしてわたしは日本人ではなくて、日本語を学習しているアジア系外国人だとでもj思われたのかな?と。

少しゆっくり話すというのは、近頃、会話の途中で適切な日本語単語が口から出てこなかったりする時、ちょっと助かったりします。早口だと、そこでパタッと話が止まってしまうもので(笑)

さて、本題ですが、この春で、ポルトガルでの生活が丸41年・日本で生活した31年の年月よりずっと長くなります。この補習校も10年ほど前に退いたもので、現在は日本人社会ともあまり接触がなく、日本語で話す相手と言えば、2、3カ月に一度の割合で気の合う仲間4人との食事会くらいです。たまに電話で話すこともあるのですが、それも用事があるときで、意外と稀です。

夫との会話は一応日本語ですが、相手不足だ、が本音です(笑

ブログを極力続けるように心がけているのは、我が子たちへのメッセージも含め、なんとか日本語力を落とさないようにとの目的もあるからですが、読書はそれを養うための一方法だと思います。

毎晩、就寝時に小一時間ほどしていた読書ですが、歳でしょうか、近年その力が衰え、よほど興味を引く内容ででもない限り、ものの20分もできればいい方で、本を顔に載せたまま寝入っていることが度々です。

また、わたしは、心に残る文を「片言隻句」として書き留めるのですが、最近読む本の中にそのような言葉をあまり見いだせないのは、自分の選ぶ本にあるのだろうか、と思ったりしています。

若い時は翻訳文のような文章にも興味を持ちましたが、今は俄然、美しい日本語の文章に大いに惹かれます。

美しい日本語、美しい物腰、たおやかな美、どれもわたしが持たない独特な日本美です。そして、季節の変化や夕焼け、風の匂い、忘れ去られんとする古い言葉・・・

齢70を過ぎて、自分の中にある限りない日本美への憧憬を発見して、実は自分でも少し驚いている近年です。

「何事の おわしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」

武士を捨て出家した漂流歌人、西行が伊勢神宮を参拝した時に詠んだとされる歌ですが、この歌に無宗教のわたしが感じ入るのは日本人の心でしょうか。

何十年と海外に住めども、生まれながらにして備わった日本人の血が体内にひたひたと流れていることを改めて感じ、自分は永遠に日本人なのだと。それを感じればこそ、近頃の日本政府の大陸寄りの政策、その緩さ、隙だらけに、頭から湯気が立っているのです。

え?それを言いたかったのかって?そうなんです!これを言いたいがためにウダウダと長く書いちゃったんです。はい。
本日はみなさま、これにて御免。

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2019年11月12日 

あっという間の日本滞在の4週間、子供たちや友人知人との再会に杯をあげたのも束の間で昨日は荷造りを終え、今日夜空港へ、迎い夜間飛行でポルトガルへ飛ぶのみです。

今回は故郷弘前も第二の故郷である大阪へも行けませんでしたが、いつになく、いそいそとよく出歩いた滞在でした。

今日は、忘れないうちにと、自分用の日本滞在メモです。

10月16日 羽田着
    18日 息子、所沢まで会いに来る
10月20日 東京息子、モイケル娘と池袋のいつもの待ち合わせ場所で会いお茶をする
         夫、スカイプで家族チャットをする
10月24日 友人ちゅうさん夫妻と上野で会う。
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10月27日 息子、娘夫婦と池袋で食事&お茶

10月28日 友人I氏と銀座ビアレストン、ライオンで会う
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10月30日 鎌倉行き。明月院、鶴岡八幡宮、東慶寺(別名駆け込み寺)、報国寺
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11月1日  妹夫婦と近所の居酒屋でちょいといっぱい

11月3日  モイケル娘に寄席に誘われ、池袋演芸場へ
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11月5日 日光国立公園。先割の滝、龍頭の滝を見る

11月7日 友人Y夫妻とメトロポリタンホテルにて。
11月8日 帝国ホテルにて妹夫婦とアフターヌーンティー&日本橋散策
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11月9日 帰国のパッキング
11月10日 午前中荷物発送
        午後モイケル娘に会いに千葉へ、その後練馬へ息子に会いに。
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千葉からの帰りに見かけたお茶の水の夕月

ではみなさま、次回の更新はポルトからです。
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2019年10月28日

昨日はいい天気だったのが、今日の東京はまた雨です。
今秋はまったく雨天が多くて、いつもしていた近辺の散歩もままなりません。
この辺りは住宅街なのですが、散歩道には林があり、野菜畑、茶畑がよく見られ、ぐるりと周ると小1時間ほどかかり、散歩には持って来いなのですが。

さて、その天気がよかった昨日は、中学生時代から文通(ぶんつう)が始まり、高校卒業後(こうこうそつぎょうご)、音信がとだえ、何年か前に40数年ぶりに再会した東京の友人I君に会い、1年ぶりにおしゃべりをして来ました。

会食場所の定番は銀座(ぎんざ)にあるサッポロビアホール、「銀座ライオン」。  

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これまでに何度も出かけていると言うのに、銀座は広く、メトロから地上への出口によって、様子(ようす)が違うので、未だに戸惑い(とまどい)辺りをウロウロすることになります。そこで、それならいっそのこと、今回はウロウロ散歩しながら行こうと決め、いつもより早く妹の家を出たのでした。

ぶらついて思ったのは、銀座も変わったなぁ、です。
一流ブランドのブティックが林立(りんりつ)しておしゃれだった銀座が、ユニクロやRAOXの大きな免税店(めんぜいてん)が進出し、そこには中国人ツーリストが旅行バッグを引きずって列を作っていました。

くだんのわたしたちが行くサッポロビアホール、銀座ライオンは1899年開業の老舗(しにせ)です。

夜にはビアソングの生演奏(なまえんそう)も入るとのこと、残念ながらまだその時間帯(じかんたい)には行ったことがないのですが、若い時分は大阪梅田のアサヒビアハウスのバイトで歌っていたわたしです、一度、ぞの雰囲気(ふんいき)をのぞいてみたいと思っているのです。

お互い(おたがい)同年、70歳を超えた(こえた)I君との久々の会話は、どうしても老後(ろうご)に話題がおよび、あっという間に時間が過ぎて、また元気に再会できるのを祈っていのって)、それぞれ帰路(きろ)についたのでした。

I君、お付き合い(おつきあい)ありがとう!

お知らせ:今回の日本滞在記は、無理を言って4週間もの休講を受け入れてくれたポルトの日本語生徒さんたちにも、なんとか読めるようにと、できるだけ漢字に読み仮名をつけたり、分かりやすい文体で書いたりしていますので、ご了承ください。

ではみなさま、また。
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