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2020年7月6日 

最近でこそ惹かれるような映画が現れなくなったので、あまり観なくなったが、わたしは映画ファンだ。本同様、いい映画は人生を潤すとわたしは思っている。映画の中でつぶやかれる珠玉のフレーズに出会ったりするのも楽しいものだ。

・Death is just another path, one that we all must take. 
(The Lord of the Ringsのガンダルフの言葉)

・I am the master of my fate.
 I am the captain of my soul.
(映画Invictusの中で獄中のマンデラの支えになった詩の一節)

・There is no present like the time.
(映画、The Best Exotic Marigold Hotelで老婦人がラストシーンでつぶやく言葉)

・Stay Gold.
(永遠の青春映画、The Outsidersでとりあげられているロバート・フロストの詩の一節、Nothing gold can stayから、主人公の親友が最後に遺した言葉)

・希望はいいものだ、なによりいいものだ。そしていいものは決して死なない。
(スティーブン・キング原作の映画、ショーシャンクの空に、から)

・世の中にはすぐ分かるものと、すぐ分からないものの二種類がある。すぐ分からないものは長い時間をかけて、少しずつ分かってくる。
(日本映画、日日之好日から)

・毎年、同じことができるというのが本当の幸せ。(同上)
70代に入ってから実感する言葉である。

挙げて行けば切りがない。そして、いい映画には総じていい音楽が組み込まれている。
中でもイタリアのエンニオ・モリコーネの音楽には心を揺さぶるものがある。映画「ミッション」の挿入曲、「ガブリエルのオーボエ」、「海の上のピアニスト」「マレーナ」「ニュー・シネマパラダイス」「オペラ座の怪人」と、わたしが観たものだけざっとあげてもこうだ。

これはわたしがモリコーネのファンになってから知ったことなのだが、クリント・イーストウッド主演のマカロニウエスタン映画、荒野の用心棒、夕日のガンマンなどの音楽も作曲していた。

モリコーネの音楽はどれも好きだが、特にわたしの心に残っているのは1984年制作の映画「Once upon a time in America」だ。
1920年代のニューヨークを舞台に、ユダヤ移民の幼な馴染みの仲間たちがやがてギャングになる、友情と恋、裏切り、挫折の20代から60代の男たちの人生が描かれている。

once-upon-a-time.jpg
Wikipediaより

忘れ去られていた古代ギリシャの楽器パンフルート(パンパイプとも言う)を使ったモリコーネのこのテーマ音楽は少年ギャングたちの人生を予測させ、切ないこと限りない。もう一曲、同映画の「デボラのテーマ」も美しい。

下記で聴くことができます。
Once upon a time in Amerika  https://www.youtube.com/watch?v=Jj5Xczethmw
デボラのテーマ https://www.youtube.com/watch?v=-Ruz1VJQyqc

素晴らしい音楽の数々でわたしたちを楽しませてくれたエンニオ・モリコーネ。
May you rest in Peace.
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2020年2月25日 

今日はカーニバルでポルトガルは休日です。昨日までいい天気だったのが、例年の如くやはり今年も小雨のカーニバルです。

季節が夏の地球の裏リオの大々的なカーニバルには足許にも及ばないが、ポルトガルでよく知られるカーニバルのパレードは、ポルトから40キロほど離れた町、Ovar(オヴァール)のパレードのパレードです。

カーニバルはポルトガル語ではCarneval(カルナヴァル)と書きます。これはラテン語の carnem levare(肉を断つ)から来ると言われ、復活祭同様、移動性休日で毎年その祝日が変わります。

元来は春の訪れを祝う異教徒の祭りだったのがキリスト教に取り入れられ、一週間羽目をはずした祭りで騒ぎ、終わった後、それらの乱痴気行状の罪を大きなわら人形に託して焼き払う、というのが起こりだそうです。

一週間の最後は、必ず火曜日(翌日の水曜日はポルトガルではDia de Cinzas=灰の日)となります。

現在では、すっかり観光化されてしまったカーニバル(謝肉祭)ですが、カトリックの国で、このような、言って見れば、「無礼講・乱痴気」の祭りが取り入れられたのには、ちょっと驚きですね^^

下はわたしが気に入っている娘のカーニバルの王子さまです。この頃飼っていた愛犬ポピーもいっしょに。

carnaval1.jpg

豪華な衣装を買ったり作ったりする人もたくさんいますが、子供の衣装は一度着たら翌年はサイズが合わなくてほぼ再び着ることはないので、これは知人から借りたものです。昔と違い、今は大手のスーパーマーケットなどで、安いのだと7ユーロ(\1500)くらいから、様々なコスチュームが売られています。買った衣装はもったいなくて、今でもとって残してあります。

このカーニバルですが、ずっと昔に見た「黒いオルフェ(Orfeu Negro」なる映画と重なってしまい、にぎやかさとは対照的なラストシーンが思い出され、わたしはどうも陽気に騒ぐ気持ちになれないのです。

1960年のカンヌ映画祭でグランプリを、米アカデミー最優秀外国映画賞を受賞した映画でブラジル語で話されています。ギリシャ神話を原作にした、リオのカーニバルの日の若い黒人の恋人たちの悲恋を描いた物語です。

ギリシャ神話のアポロの息子、オルフェウスは竪琴の名人です。彼の奏でる竪琴の調べは、鳥獣草木さえも魅了するのです。死別した愛する妻ユーリディスをこの世に引き戻すためにオルフェウスは黄泉の世界へ下って行きます。

その美しい竪琴の調べで、冥界王プルートの心を揺り動かし、「決して後ろを振り向かない」という約束で妻を連れ戻すことができたというのに、黄泉の世界の出口で己の心の誘惑に負け、後ろを振り向いてしまいます。愛する妻をオルフェウスは永遠に失ってしまうのでした。


映画はこれとは少し内容が違います。

リオの街、坂の上に住む人々はカーニバルを前に仮装の衣装作りをしています。若者オルフェもこの丘に住む市内電車の運転手ですが、彼がギターを抱えて歌うと鳥も羊も静かになり近所の人々はうっとりと聞きほれます。

田舎からカーニバル見物に来た若い娘ユーリオディスが電車に乗り、オフフェが住む丘の上の従妹を訪ねてきます。隣から聞こえてくる美しい歌声に惹かれて覗いてみると、それはさっき電車であったオルフェでした。

オルフェにはカモシカのようなしなやかな体と豊かな胸をもつ美人の婚約者ミラがいますが、気が強いのです。オルフェは慎ましやかな美しさをもつユーリオディスに惹かれます。

カーニバルの前夜、街に出たユーリオディスは死の仮面をつけた不気味な男に追い詰められ、からくもオルフェに救われて気を失います。ミラは嫉妬の炎を燃やすのです。

翌日、カーニバルで群踊のパレードが繰り出します。ユーリオディスは衣装を借りておオルフェの踊りの組に加わりますが、彼女を再び死の仮面をつけた男が追い詰めます。駆けつけたオルフェはユーリオディスを助けようとして高圧線のスイッチを押すのですが、却ってそれがスパークして彼女を焼死させてしまうのです。 

ユーリオディスの死体を抱きかかえてさまようオルフェに、ミラは嫉妬で正気を失い怒り狂い、巫女たちとともに石つぶてを投げて断崖に追い詰め、転落させます。二人は屍を重ねて死にます。
呪われた悲劇の夜が白々と開け、何もしらない子供たちはオルフェのギターをかき鳴らして踊っています。
(猪俣勝人著:世界映画名作全史・戦後編からの要約)―


映画の中で流れる二つの主題曲がとても美しい。
ひとつはLuis Bonfáの「Manhã de Carnaval(カーニバルの朝)、日本では「黒いオルフェ」でヒットしました。1960年ですから、わたしがやっと洟をたらしていた時期を抜けようとしていた頃ですw 

オルフェウ・ネグロを小野リサが歌っています。



もう一つが、ブラジルの作曲家アントニオ・ジョビンの「Felicidade(幸せ)」です。ジョビンはこの数年後に、「ボサノバ」を編み出して、世にその名を永久に刻むことになります。

「Felicidade」を知らない人でも、「イパネマの娘」はご存知でしょう。この作曲家なのです。当時のわたしは英語もよく知らない時代でした。ましてポルトガル語など分かるはずもないと言うのに、「黒いオルフェ」の歌には心惹かれてメロディーを覚えたものです。

ポルトガル語が少し理解できるようになった昨今、「Felicidade」のさりげないブラジルの歌の人生哲学にも少し惹かれるこの頃です。

挿入歌「Felicidade(しあわせ)」の一部をご紹介。
     
♪Tristeza não tem fim      哀しみには終わりがない
  Felicidade sim          けれども、幸せには終わりがある
  A felicidade é como a gota    しあわせは
  De orvalho numa pétala de flor 花びらの露の一粒の如く
  Brilha tranqüila           静かに光り
  Depois de leve oscila       かすかに揺れて
  E cai como uma lágrima de amor   愛の涙のように落ちる 
                -spacesis勝手訳

こちらで聴けます ↓ 

物語は、熱狂的なサンバに浮かれた一夜明けての物悲しさと空しさが感じられるような終わり方です。

そんなわけですから、カーニバルというと、映画「黒いオルフェ」が印象が強く、わたし自身はあまり楽しめる気分にはなれないのです。

ブラジルポルトガル語に挑戦したい方はこちらで映画をどぞ↓


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2019年12月15日 

しばらく前までは、老猫介護のため、普段していた、例えば夕食後に見ていたテレビなど諦めて、ひたすらねこちゃんの世話と日本語授業の準備と寝ることに専念してきました。

そうでもしないと、つい愚痴が出て落ち着いた気持ちで介護ができないのです。夜10時前には寝て朝5時ころには起床です。
介護も子育ても、自分がこれまでしてきたことを維持して続けようとすると、どうしても気持ちに疲れと焦りが出て、両立のバランスが崩れてくるように思います。もちろん、その両方を立派にやっていける人もいるのでしょうが、わたしは不器用な方で、その能力はなし。

その時その時で、より大切な方を選びます。
子供たちがヨチヨチ歩き始めたときは、それまでしていた木彫りをしばらく止めることにしました。彫刻刀を並べてするので、うっかり子供が手を出したりなどして、まさかのことが起こらないとも限らないと、最悪のことを考えての上のです。

いずれ再開しようと思っていたはずが、すっかり遠ざかってしまいました。子供たちの日本語教育をしている間に、ポルトガルの人たちに日本語を教える方向に行きました。

とまぁ、こんな風にその時々の選択がいつの間にか、新たな方向付けになったりするのですが、さて、本題に戻りまして、猫ちゃんを見送り、少しショボンとしていたところに、夫が「リスボンのフィルオーケストラを聞きに行こうか」と言う。

モイケル娘もそうなのですが、わたしも音感がよい方で音にはうるさい。「う~ん、ポルトガルのオーケストラねぇ。行ってもいいけど、よくなかったら途中で出るよ」などと生意気なことを言いまして、義兄も誘い、いい年寄り三人がでかけたのが先週の日曜日でした。

その日はイヴェント場に改築した、クリスタル公園内にあるロザ・モタパビリオンこと、「スーパーボックアリーナ」のオープニングの日だったのです。

superbockalena_1.jpg

クリスタル公園の近くにはメトロがないので、多くがダウンタウンから歩くか車で行きます。交通停滞で我らの車はなかなか進みません。

おまけに駐車場も少なく、やっと見つけたところ、今度は義兄がトイレ~(笑) そのトイレもすぐには見つからず、結局、会場に入ったのは40分も遅れてのこと。幸いなことに結構、遅れた人が多かったので、演奏の合間に入場することができました。

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すると、なんとフィルハーモニーオーケストラではなくて、映画音楽、つまりリスボンフィルムオーケストラだったのです。「フィルム」ってはっきり発音してよね!と、聞き違いした映画好きの私は見逃した前半部が残念でなりません。

演奏曲を一部紹介します。

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Queen、フレディ・マーキュリーの伝記ボヘミアン・ラプソディー。わたしは映画を日本で娘と見ました。素晴らしい音楽を遺したスターです。

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ご存じ、007シリーズ

ミュージカルThe Greatest Showman。
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エルトンジョンの半生が描かれたロケットマン
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独特な歌、スタイルで1980年代に現れ39歳の若さで逝ったポルトガルのポップ、ニューウエーブ歌手、アントニオ・ヴァリアソォインス(Antonio Variações)

会場は彼の歌で大合唱が起こりました。

楽団後ろの大きなスクリーンに映し出される映画の名場面は圧巻。そしてフィナーレはわたしが大好きなアニメ、ライオンキング、The Circle of Lifeはエルトンジョンの作曲です。

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♪ハクナマタタ~、どうにかなるさ、くよくよするな~
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アンコールの拍手が鳴りやみまず、出たのが1977年に始まりついにこの12月で完結するスターウォーズ、ダーツベイダーのテーマソングでした。何を隠そう、わたしは第一作からのファンなのです。

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いやぁ、映画も音楽もやはり素晴らしい!
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2019年9月19日 

もう随分前ですが、かつて日本語を教えたポルトガル人の生徒さんにひょんなことで再会したことがあります。

当時彼女はポルトの私立大学で教えていたのですが、そこで日本語教室を開講するかもしれない、話に乗ってくれないかというので、手始めに日本文化の紹介と称して展示会で人集めをしてみてはどうかとなりました。

何を展示するかというと、自分の好みで日本へ行くたびに持って来たものを展示するのでありまして、○十万円もするものではありません。展示のディスプレイと後片付けが大変なのですが、ついつい引き受けてしまうのは、こういうことをするのが好きだからです。

展示会2012

exposicao4.jpg
 
 
そこで、事前に大学の文学部長にご挨拶しに行ったのですが、その折、咄嗟に聞かれたことで、後で我ながら面白い答えをしたものだと思ったことがあります。

わたしのポルトガル語の苗字「Costa Santos」を、日本語に訳せと学部長は仰せられる。Costaは日本語だと「背中、海岸」の意味があります。Santosは聖人Santoの複数形です。そこで、「海岸を歩く聖人」ですね、いかがでしょう?いい名前でしょう?わっはっは」となったのですが、咄嗟に訳したにしては、なかなかではないかと、我ながら後で一人喜んでいたのでした。

で、「海岸を歩く聖人」にしようか、「散歩する聖人」にしようかと、その後考え始めたものの、未だ未決定であります。

中国の唐の時代、科挙の試験を受けるため、長安の都にやってきた賈島(かとう)が、ロバに乗り詩を創作していたのですが、「僧は推す月下の門」がいいか、「僧は敲く(たたく)月下の門」がいいかと迷っているうちに上層役人の行列に突っ込んでしまい捕まってしまいました。詩の話をしたところ、行列の主から「敲くがよかろう」と忠言をもらい、これが現在わたしたちが使うところの「文の推敲」という言葉の語源になったとの話があります。

こんな立派な故事としょうもない我がことを比べるつもりはありませんが、これもわたしにとっては推敲だぞ、と思っているのであります。

さて、学部長に聞かれ咄嗟に「海岸を歩く聖人」と言ったのには、かつて我がモイケル娘と観た映画「Mr. Holland´s Opus」(直訳は「ホランド先生の作品」邦名は「陽のあたる教室」)の中で聞かれるクラリネットの曲のタイトルが知りたくて、母子して色々探し回り、ついにモイケル娘が発見したといういわく付きの「Stranger on the Shore」が頭にあったからだと思います。

その映画は、音楽教師(リチャード・ドレイファス)が作曲をするために時間を欲し、音楽教師ならもっと自由な時間がもてるだろうと安易に公立学校の教師の仕事を得るのですが、教師の仕事がそんな甘いものではないと気付き、色々奇策を打ってはダメな生徒たちををひっぱって行きます。ホランズ先生の作品とは彼が育て上げた生徒たちのことですね。

1960年代が舞台で、当時のヒット曲がたくさん出てきます。その中の一つがStranger on the Shoreだったのです。

ついでにもうひとつその映画で知ったのが、ジョン・レノンの歌、Beautiful Boyの歌詞、
「Life is what happens to you while you're busy making other plans.(人生とは、君が色々な計画をたてるのに夢中になっている間に、君に起こることなんだ。Spacesis勝手訳)でした。

素晴らしい一文だと思います。

閑話休題、件の「Stranger on the Shore 」はイギリスのクラリネット奏者、Acker Bilk(アッカー・ビルク)が作曲したミリオンセラーだそうです。素晴らしいクラリネットの音です。よかったら聞いてみてください。



ではみなさま、またあした。


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2019年8月28日 

リスボンから特急で北へ2時間、ポルトからだと反対方向の南へ1時間の所にあるのが、学生の町コインブラ(Coimbra)です。

人口14万のうち2割ほどがコインブラ大学の学生だと言われます。わが夫の母校でもあります。

コインブラ大学は13世紀にディニス王1世によって創立され、ヨーロッパでも最古の大学のひとつに数えられます。バロック様式の図書館、チャペルセレモニーホールなど、現在も往時をそのまま目にすることができ、校舎内に入ると一瞬中世に迷い込んだかのような錯覚に陥ります。
    
5月に2週間催される学生祭は,黒マントを身にまとった学生のその独特な趣からして毎年ニュースになるのです。そして、このときに聞くことができるのが「学生ファド」です。抵抗の歌人Zéca Afonsoもコインブラに学び、今でも彼が住んでいた下宿屋が残されています。

coimbrafado1.jpg coimbrafado2.jpg

上はWikipediaから拾ってきた写真ですが、それから分かるように、男子学生は自分の好きな女性が住む窓辺や階段でセレナーデを歌ったりしていました。これを聴いた女性が部屋の灯りを何度か消したりつけたりすると、ゴーサインだったのだそうですよ。この古い告白の仕方、素敵だなぁなんてこれまた少し古い人間のわたしは思うのですが。

学生ファドはコインブラでしか聞くことができず、またリスボンファドと違い、学生祭の時をのぞいてはかなかな聞くことができませんでしたが、現在は「Fado ao Centro」を始めいくつかの場所で聞けるようです。

coimbrafado4.png

男子学生によってのみ歌われます。伴奏はリスボンファドと同じく、ギターと12弦のポルトガルギターとで演奏され、歌い手の男子学生は中世の吟遊詩人のごとく、黒いマントを身にまとって歌います。
   
この黒いマント、ポルトガル語ではcapa=カパと呼び、実は日本の時代劇に出てくる渡世人さんがまとった「かっぱからげて三度笠」の「かっぱ」は、これが語源です。

わたしはかつて夫とともに招かれて、コインブラの古いサンタ・クルス修道院の庭(下の写真)で、この学生ファドを聞く機会がありました。

遅い夕食後のほぼ真夜中、煌々と月が照る古い修道院の中庭。聴衆はみな思い思いの場所に立ったり腰をおろしたりして聴いた学生ファドは、静寂 な修道院の中庭ででしんしんと降り注ぐ月光と浴びて、それはそれは素晴らしいセレナーデでした。
 
ところがです、この学生ファド、一曲が終わってもだれも拍手をしない!わたしは拍手するすんでのところを夫に止められました。拍手をするどころか、一曲終わるごとにみんないっせいに「せきばらい」をするのです。
  
そうです、コインブラの学生ファドには拍手はご法度なのだそうです。拍手のかわりに「せきばらい」です!

もしもいつかあなたがコインブラファドを聴く機会があったら、拍手はしないでコホンコホンの咳払い! 間違えないでね^^

coimbrafado3.jpg

写真は、遠い昔のわたしたち。息子が生まれてすぐの頃で、わたしはまだふっくらしており、夫も贅肉なしの若かりしとき。

わたしの体重はこの後、いったん元の42、43キロに戻ったものの、二人目、モイケル娘を産んだ後がいけませんでした。71の今では、この頃の体重に7キロほどつくでしょうか(笑)

コインブラ・ファド、聴いてみてください。わたしの好きな学生ファドのひとつです。

https://www.youtube.com/watch?v=9PO2kbWy1H4

あ!でもこの動画では、皆さん、拍手をしてますね!(笑) 近年増えた拍手ご法度を知らない観光客でしょうか。夫に再度確認したら、「拍手はしない」でした。

けど、拍手してるで~~(笑 )いやいや、言わぬが花。夫の昔のままの思い出をそのままにしておきましょう^^

日本では「ポルトガルの春」としてアマリアが歌っているのが有名ですが、これはポルトガルでは「Coimbra」と呼ばれるファドのひとつです。
https://www.youtube.com/watch?v=Buf4ypbWCpw

下はコインブラ大学Queima das Fitas(卒業祭)で「別れを告げるとき」を歌っています。
https://www.youtube.com/watch?v=f3WGttZdksg

日本を離れて40年、わたしもポルトガル人の言う「サウダーデ」の意味が分かる年齢になりました。

本日はこれにて。
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