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2019年12月15日 

しばらく前までは、老猫介護のため、普段していた、例えば夕食後に見ていたテレビなど諦めて、ひたすらねこちゃんの世話と日本語授業の準備と寝ることに専念してきました。

そうでもしないと、つい愚痴が出て落ち着いた気持ちで介護ができないのです。夜10時前には寝て朝5時ころには起床です。
介護も子育ても、自分がこれまでしてきたことを維持して続けようとすると、どうしても気持ちに疲れと焦りが出て、両立のバランスが崩れてくるように思います。もちろん、その両方を立派にやっていける人もいるのでしょうが、わたしは不器用な方で、その能力はなし。

その時その時で、より大切な方を選びます。
子供たちがヨチヨチ歩き始めたときは、それまでしていた木彫りをしばらく止めることにしました。彫刻刀を並べてするので、うっかり子供が手を出したりなどして、まさかのことが起こらないとも限らないと、最悪のことを考えての上のです。

いずれ再開しようと思っていたはずが、すっかり遠ざかってしまいました。子供たちの日本語教育をしている間に、ポルトガルの人たちに日本語を教える方向に行きました。

とまぁ、こんな風にその時々の選択がいつの間にか、新たな方向付けになったりするのですが、さて、本題に戻りまして、猫ちゃんを見送り、少しショボンとしていたところに、夫が「リスボンのフィルオーケストラを聞きに行こうか」と言う。

モイケル娘もそうなのですが、わたしも音感がよい方で音にはうるさい。「う~ん、ポルトガルのオーケストラねぇ。行ってもいいけど、よくなかったら途中で出るよ」などと生意気なことを言いまして、義兄も誘い、いい年寄り三人がでかけたのが先週の日曜日でした。

その日はイヴェント場に改築した、クリスタル公園内にあるロザ・モタパビリオンこと、「スーパーボックアリーナ」のオープニングの日だったのです。

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クリスタル公園の近くにはメトロがないので、多くがダウンタウンから歩くか車で行きます。交通停滞で我らの車はなかなか進みません。

おまけに駐車場も少なく、やっと見つけたところ、今度は義兄がトイレ~(笑) そのトイレもすぐには見つからず、結局、会場に入ったのは40分も遅れてのこと。幸いなことに結構、遅れた人が多かったので、演奏の合間に入場することができました。

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すると、なんとフィルハーモニーオーケストラではなくて、映画音楽、つまりリスボンフィルムオーケストラだったのです。「フィルム」ってはっきり発音してよね!と、聞き違いした映画好きの私は見逃した前半部が残念でなりません。

演奏曲を一部紹介します。

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Queen、フレディ・マーキュリーの伝記ボヘミアン・ラプソディー。わたしは映画を日本で娘と見ました。素晴らしい音楽を遺したスターです。

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ご存じ、007シリーズ

ミュージカルThe Greatest Showman。
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エルトンジョンの半生が描かれたロケットマン
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独特な歌、スタイルで1980年代に現れ39歳の若さで逝ったポルトガルのポップ、ニューウエーブ歌手、アントニオ・ヴァリアソォインス(Antonio Variações)

会場は彼の歌で大合唱が起こりました。

楽団後ろの大きなスクリーンに映し出される映画の名場面は圧巻。そしてフィナーレはわたしが大好きなアニメ、ライオンキング、The Circle of Lifeはエルトンジョンの作曲です。

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♪ハクナマタタ~、どうにかなるさ、くよくよするな~
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アンコールの拍手が鳴りやみまず、出たのが1977年に始まりついにこの12月で完結するスターウォーズ、ダーツベイダーのテーマソングでした。何を隠そう、わたしは第一作からのファンなのです。

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いやぁ、映画も音楽もやはり素晴らしい!
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2019年9月19日 

もう随分前ですが、かつて日本語を教えたポルトガル人の生徒さんにひょんなことで再会したことがあります。

当時彼女はポルトの私立大学で教えていたのですが、そこで日本語教室を開講するかもしれない、話に乗ってくれないかというので、手始めに日本文化の紹介と称して展示会で人集めをしてみてはどうかとなりました。

何を展示するかというと、自分の好みで日本へ行くたびに持って来たものを展示するのでありまして、○十万円もするものではありません。展示のディスプレイと後片付けが大変なのですが、ついつい引き受けてしまうのは、こういうことをするのが好きだからです。

展示会2012

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そこで、事前に大学の文学部長にご挨拶しに行ったのですが、その折、咄嗟に聞かれたことで、後で我ながら面白い答えをしたものだと思ったことがあります。

わたしのポルトガル語の苗字「Costa Santos」を、日本語に訳せと学部長は仰せられる。Costaは日本語だと「背中、海岸」の意味があります。Santosは聖人Santoの複数形です。そこで、「海岸を歩く聖人」ですね、いかがでしょう?いい名前でしょう?わっはっは」となったのですが、咄嗟に訳したにしては、なかなかではないかと、我ながら後で一人喜んでいたのでした。

で、「海岸を歩く聖人」にしようか、「散歩する聖人」にしようかと、その後考え始めたものの、未だ未決定であります。

中国の唐の時代、科挙の試験を受けるため、長安の都にやってきた賈島(かとう)が、ロバに乗り詩を創作していたのですが、「僧は推す月下の門」がいいか、「僧は敲く(たたく)月下の門」がいいかと迷っているうちに上層役人の行列に突っ込んでしまい捕まってしまいました。詩の話をしたところ、行列の主から「敲くがよかろう」と忠言をもらい、これが現在わたしたちが使うところの「文の推敲」という言葉の語源になったとの話があります。

こんな立派な故事としょうもない我がことを比べるつもりはありませんが、これもわたしにとっては推敲だぞ、と思っているのであります。

さて、学部長に聞かれ咄嗟に「海岸を歩く聖人」と言ったのには、かつて我がモイケル娘と観た映画「Mr. Holland´s Opus」(直訳は「ホランド先生の作品」邦名は「陽のあたる教室」)の中で聞かれるクラリネットの曲のタイトルが知りたくて、母子して色々探し回り、ついにモイケル娘が発見したといういわく付きの「Stranger on the Shore」が頭にあったからだと思います。

その映画は、音楽教師(リチャード・ドレイファス)が作曲をするために時間を欲し、音楽教師ならもっと自由な時間がもてるだろうと安易に公立学校の教師の仕事を得るのですが、教師の仕事がそんな甘いものではないと気付き、色々奇策を打ってはダメな生徒たちををひっぱって行きます。ホランズ先生の作品とは彼が育て上げた生徒たちのことですね。

1960年代が舞台で、当時のヒット曲がたくさん出てきます。その中の一つがStranger on the Shoreだったのです。

ついでにもうひとつその映画で知ったのが、ジョン・レノンの歌、Beautiful Boyの歌詞、
「Life is what happens to you while you're busy making other plans.(人生とは、君が色々な計画をたてるのに夢中になっている間に、君に起こることなんだ。Spacesis勝手訳)でした。

素晴らしい一文だと思います。

閑話休題、件の「Stranger on the Shore 」はイギリスのクラリネット奏者、Acker Bilk(アッカー・ビルク)が作曲したミリオンセラーだそうです。素晴らしいクラリネットの音です。よかったら聞いてみてください。



ではみなさま、またあした。


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2019年8月28日 

リスボンから特急で北へ2時間、ポルトからだと反対方向の南へ1時間の所にあるのが、学生の町コインブラ(Coimbra)です。

人口14万のうち2割ほどがコインブラ大学の学生だと言われます。わが夫の母校でもあります。

コインブラ大学は13世紀にディニス王1世によって創立され、ヨーロッパでも最古の大学のひとつに数えられます。バロック様式の図書館、チャペルセレモニーホールなど、現在も往時をそのまま目にすることができ、校舎内に入ると一瞬中世に迷い込んだかのような錯覚に陥ります。
    
5月に2週間催される学生祭は,黒マントを身にまとった学生のその独特な趣からして毎年ニュースになるのです。そして、このときに聞くことができるのが「学生ファド」です。抵抗の歌人Zéca Afonsoもコインブラに学び、今でも彼が住んでいた下宿屋が残されています。

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上はWikipediaから拾ってきた写真ですが、それから分かるように、男子学生は自分の好きな女性が住む窓辺や階段でセレナーデを歌ったりしていました。これを聴いた女性が部屋の灯りを何度か消したりつけたりすると、ゴーサインだったのだそうですよ。この古い告白の仕方、素敵だなぁなんてこれまた少し古い人間のわたしは思うのですが。

学生ファドはコインブラでしか聞くことができず、またリスボンファドと違い、学生祭の時をのぞいてはかなかな聞くことができませんでしたが、現在は「Fado ao Centro」を始めいくつかの場所で聞けるようです。

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男子学生によってのみ歌われます。伴奏はリスボンファドと同じく、ギターと12弦のポルトガルギターとで演奏され、歌い手の男子学生は中世の吟遊詩人のごとく、黒いマントを身にまとって歌います。
   
この黒いマント、ポルトガル語ではcapa=カパと呼び、実は日本の時代劇に出てくる渡世人さんがまとった「かっぱからげて三度笠」の「かっぱ」は、これが語源です。

わたしはかつて夫とともに招かれて、コインブラの古いサンタ・クルス修道院の庭(下の写真)で、この学生ファドを聞く機会がありました。

遅い夕食後のほぼ真夜中、煌々と月が照る古い修道院の中庭。聴衆はみな思い思いの場所に立ったり腰をおろしたりして聴いた学生ファドは、静寂 な修道院の中庭ででしんしんと降り注ぐ月光と浴びて、それはそれは素晴らしいセレナーデでした。
 
ところがです、この学生ファド、一曲が終わってもだれも拍手をしない!わたしは拍手するすんでのところを夫に止められました。拍手をするどころか、一曲終わるごとにみんないっせいに「せきばらい」をするのです。
  
そうです、コインブラの学生ファドには拍手はご法度なのだそうです。拍手のかわりに「せきばらい」です!

もしもいつかあなたがコインブラファドを聴く機会があったら、拍手はしないでコホンコホンの咳払い! 間違えないでね^^

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写真は、遠い昔のわたしたち。息子が生まれてすぐの頃で、わたしはまだふっくらしており、夫も贅肉なしの若かりしとき。

わたしの体重はこの後、いったん元の42、43キロに戻ったものの、二人目、モイケル娘を産んだ後がいけませんでした。71の今では、この頃の体重に7キロほどつくでしょうか(笑)

コインブラ・ファド、聴いてみてください。わたしの好きな学生ファドのひとつです。

https://www.youtube.com/watch?v=9PO2kbWy1H4

あ!でもこの動画では、皆さん、拍手をしてますね!(笑) 近年増えた拍手ご法度を知らない観光客でしょうか。夫に再度確認したら、「拍手はしない」でした。

けど、拍手してるで~~(笑 )いやいや、言わぬが花。夫の昔のままの思い出をそのままにしておきましょう^^

日本では「ポルトガルの春」としてアマリアが歌っているのが有名ですが、これはポルトガルでは「Coimbra」と呼ばれるファドのひとつです。
https://www.youtube.com/watch?v=Buf4ypbWCpw

下はコインブラ大学Queima das Fitas(卒業祭)で「別れを告げるとき」を歌っています。
https://www.youtube.com/watch?v=f3WGttZdksg

日本を離れて40年、わたしもポルトガル人の言う「サウダーデ」の意味が分かる年齢になりました。

本日はこれにて。
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2018年12月28日

我が東京息子は只今ガールフレンドの母国フィリピン訪問中で、昨日は26日が仕事納めだったモイケル娘と池袋で昼食をとりました。その後、映画に誘いました。

ポルトで夫を誘ったところ、あまり興味を示さなかったので、では、一人で見に行こうと思いつつも、結局時間を作れずに日本へ来たのですが、調べてみると東京でまだ上映中。

題して「Bohemian Rhapsody」。ヒット曲を織りこんだロックバンドQueenのフレディ・マーキュリーの半生を語る映画でした。

fredy

fredy、Queenの、フレディのファンという訳ではありませんが、彼の、彼らの音楽には年代の枠を外れて惹きつけるものがあると思います。映画館は老若男女、満席でした。今朝、早朝に目が覚めて後、もう一度眠ろうと試みるわたしの頭の中は、チャリティーショー「ライブエイド」のラストシーンで歌われた名曲6曲がぐるぐる繰り返され、眠りに落ちるのに苦労しました。

まるで彗星のようにこの地球を過ぎ去って行った彼の生き方に少し心を揺さぶられたのでした。久しぶりにちょっといい映画を見たな、と感じています。

本日はこれにて。
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2018年3月21日 

ナザレを訪れたのはもう10年くらいも前になりますが、今日はナザレをロケ地にした映画にちなんだファドについて。

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1999年に没した「ファドの女王」アマリア・ロドリゲスが歌い、彼女を世に出した歌が「Barco Negro」(黒い舟)です。

日本語では「暗いはしけ」と訳されていますが、少し意味合いが違うように思います。「はしけ」は貨物や客を運ぶ小さな舟のことですが、「Barco Negro」は歌っている意味からして漁船です。

1954年のフランス映画作品「過去を持つ愛情」の中で、離婚暦を持つフランス人の恋人たちが、ナザレを訪れるシーンで歌われます。アマリアの歌の中でも名曲といわれるファド、と思ってきたのだが、なんと!原曲はブラジルの歌だったのです。

これには少し驚きました。 ポルトガル人も知らない人が多いのではないでしょうか。夫に、この知識をひけらかすと「まさか?」の顔で、いうことにゃ、「ネットにあることが全て正しいとは限らんぞ。」でありました(笑)

そんなことはもちろん承知ですよ、あぁた。 しかし、まぎれもない原曲を今度はポルトガル人人気歌手「ドゥルス・ポンテス」が歌っています。その原曲は「Mãe preta」(マイン・プレタ。直訳:黒い母=黒人の乳母の意味)。

♪黒人の乳母が主人の赤ん坊を揺りかごであやしている。
  こんな風にしてたくさんの白人の子供を喜んで育ててきたが、
  その間に、自分の子は農園で鞭打たれながら働いている。

と、黒人の母の悲しみを歌ったものですが、映画「過去を持つ愛情」では、歌詞をすっかり変えて原曲をはるかに上回るファドの名曲にのし上げていますね。

下記のリンクからこの2曲を是非聴き比べてみてください。

アマリアの「Barco Negro」


漁に出て行き帰ってこられないかもしれない愛する男への「あなたはわたしの胸の中にいつも生きている」との思いを切なく歌っています。
  
ドゥルス・ポンテスの「Mae Preta」 


明日は、ナザレ(2)を案内します。
本日これにて。
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