2008年6月26日

★サン・ジュアン祭の主役植物「野生のにんにくの花」。茎から
切り取ったこの花を持って前夜祭に繰り出します。プラスティック
のピコピコハンマーを使うことが多い近年ですが元来はこのにん
にくの花で魔よけとして行き交う人の頭をポンポン叩きます。
さて、24日のサン・ジュアン祭休日には、2年ぶりに写真撮影で
ポルトガルにやってきた杉さんと山之内さんに会いました。
待ち合わせ場所は二年前のサン・ベント駅から、今回は歩行者
天国となったサンタ・カタリナ通りにある老舗のカフェ「Majestic
Cafe」前。今回で会うのは二度目なのですが、旧知のような杉さ
んと再会を喜びあいました。
リスボンと南部地方を周って3週間に渡る撮影旅行で、最後に
ポルトのサン・ジュアン祭りを撮りによってくれました。
今回の写真もいずれ、名古屋での写真展に出展されることでしょう。
ビールで再会に乾杯のひと時、よくおしゃべりしました。
このところ、こういうおしゃべりの場が多く、人との対面では沈黙が
気になり、サービスとばかりにしゃべりまくる性癖のわたしです、
こういう場が続き、のどが痛い今日です(笑)

★サン・ジュアン祭の主役植物「野生のにんにくの花」。茎から
切り取ったこの花を持って前夜祭に繰り出します。プラスティック
のピコピコハンマーを使うことが多い近年ですが元来はこのにん
にくの花で魔よけとして行き交う人の頭をポンポン叩きます。
さて、24日のサン・ジュアン祭休日には、2年ぶりに写真撮影で
ポルトガルにやってきた杉さんと山之内さんに会いました。
待ち合わせ場所は二年前のサン・ベント駅から、今回は歩行者
天国となったサンタ・カタリナ通りにある老舗のカフェ「Majestic
Cafe」前。今回で会うのは二度目なのですが、旧知のような杉さ
んと再会を喜びあいました。
リスボンと南部地方を周って3週間に渡る撮影旅行で、最後に
ポルトのサン・ジュアン祭りを撮りによってくれました。
今回の写真もいずれ、名古屋での写真展に出展されることでしょう。
ビールで再会に乾杯のひと時、よくおしゃべりしました。
このところ、こういうおしゃべりの場が多く、人との対面では沈黙が
気になり、サービスとばかりにしゃべりまくる性癖のわたしです、
こういう場が続き、のどが痛い今日です(笑)
2008年2月28日
親友みちべぇがわたしと同じ町に住んでいるということを知ったきっかけ
は忘れてしまったが、それが分かってからというもの、年齢の差なしで
新密度がグンとあがり、いつの間にか女二人、駅前の炉端焼きで食事
をしたりし、彼女はわたしがバイトで歌っていた「梅新アサヒ・ビアハウス
」にしょっちゅう顔を出すようになった。
ある日誘われて彼女の家を訪ねたところ、当時中学生だった彼女の3人
姉妹の末っ子がわたしを見るなり、
「あぁぁぁ!知ってる人だ!」と叫ぶではないか。わたしは知らんぞ(笑)
しょっちゅう違った外国人と歩いているのを見かけるので友達と二人して
「いったいあの女性は何者なんだろう。ミステリーだね。」と噂しあって
いたのだそうな(^^;)
違った外国人て、あぁた、それがみんな恋人ではないんだってば^^;
彼らは我がアメリカ留学記に出てくるロブでありブルースであり、後に
我が夫となったサントスさんである。
サントスさんは当時広島大学病院で留学生として研究しており、我らは
今で言う「遠距離」なんとか。広島か大阪で月に1、2度の逢瀬である。
わたしの渡米直前のお正月を我がアパートで共に過ごし、みちべぇの
お宅にも二人して呼ばれ、よって彼女の家族はサントスさんを知ること
となった。
親友みちべぇがわたしと同じ町に住んでいるということを知ったきっかけ
は忘れてしまったが、それが分かってからというもの、年齢の差なしで
新密度がグンとあがり、いつの間にか女二人、駅前の炉端焼きで食事
をしたりし、彼女はわたしがバイトで歌っていた「梅新アサヒ・ビアハウス
」にしょっちゅう顔を出すようになった。
ある日誘われて彼女の家を訪ねたところ、当時中学生だった彼女の3人
姉妹の末っ子がわたしを見るなり、
「あぁぁぁ!知ってる人だ!」と叫ぶではないか。わたしは知らんぞ(笑)
しょっちゅう違った外国人と歩いているのを見かけるので友達と二人して
「いったいあの女性は何者なんだろう。ミステリーだね。」と噂しあって
いたのだそうな(^^;)
違った外国人て、あぁた、それがみんな恋人ではないんだってば^^;
彼らは我がアメリカ留学記に出てくるロブでありブルースであり、後に
我が夫となったサントスさんである。
サントスさんは当時広島大学病院で留学生として研究しており、我らは
今で言う「遠距離」なんとか。広島か大阪で月に1、2度の逢瀬である。
わたしの渡米直前のお正月を我がアパートで共に過ごし、みちべぇの
お宅にも二人して呼ばれ、よって彼女の家族はサントスさんを知ること
となった。
2008年2月19日

★我が友みちべぇの作品。木の漆塗りのブローチ。
古い話を持ち出すのですが、わたしがポルトに来た頃は、今のよう
に簡単に日本とコンタクトがとれるようなパソコンはなかった。
なんとか自分の意思伝達ができる英語を理解する人も周囲には
あまりいませんでした。
ポルトガル語を全く知らないで嫁いで来、当時はポルトに英語、
フランス語を教えるところはあってもポルトガル語を教える学校も
ありませんでした。
わたしのポルトガル語学習は、日本から持ち込んだブラジル語
テキストでの独学。ポルトガル語テキストがなかったのです。
じき、独学者がぶつかる孤独の壁にぶち当たりました(笑)
そういう訳で、習慣の違いには当然当惑しましたが、言葉の壁も
あって同居していた夫の家族とはなかなか溶け込めない部分が
あり、6年間は世間で言う嫁姑関係のconflict(衝突)らしきもの
をちょっとは体験したのでした^^;
日本人が周りにいませんでしたから、その鬱憤を晴らす場もなく、
手紙魔と化したわたしはせっせと日本やアメリカの友達へ送った
ものです。

★我が友みちべぇの作品。木の漆塗りのブローチ。
古い話を持ち出すのですが、わたしがポルトに来た頃は、今のよう
に簡単に日本とコンタクトがとれるようなパソコンはなかった。
なんとか自分の意思伝達ができる英語を理解する人も周囲には
あまりいませんでした。
ポルトガル語を全く知らないで嫁いで来、当時はポルトに英語、
フランス語を教えるところはあってもポルトガル語を教える学校も
ありませんでした。
わたしのポルトガル語学習は、日本から持ち込んだブラジル語
テキストでの独学。ポルトガル語テキストがなかったのです。
じき、独学者がぶつかる孤独の壁にぶち当たりました(笑)
そういう訳で、習慣の違いには当然当惑しましたが、言葉の壁も
あって同居していた夫の家族とはなかなか溶け込めない部分が
あり、6年間は世間で言う嫁姑関係のconflict(衝突)らしきもの
をちょっとは体験したのでした^^;
日本人が周りにいませんでしたから、その鬱憤を晴らす場もなく、
手紙魔と化したわたしはせっせと日本やアメリカの友達へ送った
ものです。
2007年11月16日
かんちがいさん には、ほんまに忙しく仕事してるん?と時々思わされ
ることがある(笑)
と言うのは、彼女、どこから見つけ出してくるのか、いつも面白い遊び
サイトを紹介してくれるもので、ふ〜んと興味なさそに最初は思う
わたしなのだが、悔しいことにwついつい釣られて、同じように試して
しまうのだ。
今回のかんちがいさんが見つけ出して来たのは、
「ラブレタージェネレーター」とお知り合いの美緒さんの日記経由で
「綾鷹家紋ジェネレーター」。
かんちがいさんの紹介文をそのままここに。
「自分の名前と相手の名前を入力すると、自動的にラブレターの
文面を作ってくれるジェネレーター」
だそうだ。高校時代には見知らぬ相手からワンサカ舞い込んだラブレ
ターに(えへへ)、頑固な我が親父殿が、
「こんな手紙をもらって、いったいお前は学校で何しとるんだ!」と、
お門違いにもこっぴどく怒られたことがある^^;
こんな手紙というからには、親父殿、無断で開封しとったのであるから
今なられっきとした「プライベート侵害」だぜ、おとっつぁん!(笑)
かんちがいさん には、ほんまに忙しく仕事してるん?と時々思わされ
ることがある(笑)
と言うのは、彼女、どこから見つけ出してくるのか、いつも面白い遊び
サイトを紹介してくれるもので、ふ〜んと興味なさそに最初は思う
わたしなのだが、悔しいことにwついつい釣られて、同じように試して
しまうのだ。
今回のかんちがいさんが見つけ出して来たのは、
「ラブレタージェネレーター」とお知り合いの美緒さんの日記経由で
「綾鷹家紋ジェネレーター」。
かんちがいさんの紹介文をそのままここに。
「自分の名前と相手の名前を入力すると、自動的にラブレターの
文面を作ってくれるジェネレーター」
だそうだ。高校時代には見知らぬ相手からワンサカ舞い込んだラブレ
ターに(えへへ)、頑固な我が親父殿が、
「こんな手紙をもらって、いったいお前は学校で何しとるんだ!」と、
お門違いにもこっぴどく怒られたことがある^^;
こんな手紙というからには、親父殿、無断で開封しとったのであるから
今なられっきとした「プライベート侵害」だぜ、おとっつぁん!(笑)
2007年11月11日

★ポルトの赤いキオスク
毎週土曜日の我が職場、月に1度はお弁当の日と称して、午後3時
までクラスがあります。お弁当の日は、クラスが終了した後、借用校で
あるポルトガルの小学校は使用できないので、近くのカフェへと場所を
移動して、職員会議をすることになります。
これが、わたしにとってはなかなか疲れることなのですね^^;
今日は幸いなことに、大阪出身の同僚が「ちらし寿司を弁当に作る
から、あんたの分も持っていく。」と電話をもらい、お弁当を作る手間が
省けましたが、クラスでしゃべり会議でしゃべり、しゃべりまくりの一日
ど〜〜っと疲れて帰宅。
どれどれと、pcオンして、まずブログを開けました。
すると昨日の日記「やはり黒板が好き」へのかんちがさん、ちゅうさん
のコメントが。

★ポルトの赤いキオスク
毎週土曜日の我が職場、月に1度はお弁当の日と称して、午後3時
までクラスがあります。お弁当の日は、クラスが終了した後、借用校で
あるポルトガルの小学校は使用できないので、近くのカフェへと場所を
移動して、職員会議をすることになります。
これが、わたしにとってはなかなか疲れることなのですね^^;
今日は幸いなことに、大阪出身の同僚が「ちらし寿司を弁当に作る
から、あんたの分も持っていく。」と電話をもらい、お弁当を作る手間が
省けましたが、クラスでしゃべり会議でしゃべり、しゃべりまくりの一日
ど〜〜っと疲れて帰宅。
どれどれと、pcオンして、まずブログを開けました。
すると昨日の日記「やはり黒板が好き」へのかんちがさん、ちゅうさん
のコメントが。






