2017年6月23日 

ポルトガル語では「Festa de São João(フェスタ・デ・サン・ジュアン)」と言います。「サン(聖)・ジュアン」とは、ヨーロッパでも最も祝福されるといわれる洗礼者ジュアンを指します。

ジュアン、ジョーン、ジャン、ジョン、イワン、シーンと国によって呼ばれ方は色々ですが、聖書の中でキリストに洗礼を授けたヨハネです。また、オスカー・ワイルドの「サロメ」でもヘロデ王が彼女に褒美として取らす「ヨハネの首」が描かれています。

ポルトガルの町は、それぞれが守護神を持ちます。例えば、リスボンはサント・アントニオを守護神と掲げ、その生誕日6月13日の前夜祭には目抜き通りのリベルダーデ大通りを、リオのカーニバルに匹敵するような、盛大なパレードが練り歩き、大変な人出で賑わい、この様子はテレビでも一晩中放映されます。

ポルトの守護神は聖ジュアン、つまりサン・ジュアンです。ポルトガル語の「São」は、「聖なる、聖人」を
意味し、後に来る名前によって「São=サン」もしくは「Santo=サント」となります。

6月24日が聖ジュアンの生まれた日と言われ、祭りは23日の前夜祭です。ポルトのサンジュアン祭りは、リスボンのサント・アントニオ祭りと趣が違い、見せて見て楽しむのではなく、市民が町に繰り出して思い思いに楽しむと言うローカル色のアットホームな雰囲気があって、なかなかよろしいようです。

サンジュアン祭

サンジュアン祭りの中心は世界遺産指定されている区域、これこそポルト!と言われるドウロ川べりのRibeira(リベイラ)と、昔ながらのサン・ジュアン祭りが楽しめるフォンタイーニャス(Fontaínhas)

サンジュアン祭

前夜祭には、二重橋D.Luis Ⅰ(ドン・ルイス一世)橋を背景に、華やかな花火が打ち上げられ、祭りは明け方まで続きます。

マンジェリコ(鉢植え植物)、にんにくの花かプラスティックのピコピコ・ハンマー、そして鰯の炭焼きは、サンジュアン祭りの三種の神器だわたしは呼んでいます。

6月23日が近くなると街のあちこちで売られるピコピコハンマー
サンジュアン祭

サンジュアン祭
↑かつてはプラスティックのピコピコハンマーでなくて、このにんにくの花で行き交う人の頭をぽんぽん叩いたものです。

サンジュアン祭
↑マンジェリコは「くるま花科」と辞書にありますが、この時期、どこの家庭でも手に入れて屋内に置きます。独特の香りをもち、人々はこれに手をかざして香りを掬い取り、その香りを愛でます。ちょっと日本の香道の仕方に似ていませんか?

マンジェリコに小さな旗が挿されているのがよく見かけられますが、それにはサンジュアン祭にちなんで毎年催される短詩コンテストで入選した詩が書かれてあります。日本で言う短歌でしょうか。恋の詩がたくさんあります。

祭りの三種の神器にもうひとつ加えたいのが、サン・ジュアンの熱風船(Balão de São João)です。

サンジュアン祭

サンジュアン祭

こうして夜空に熱風船を飛ばすのですが、これが、先日の山火事惨事故、今年は禁止のお触れが出ました。破った者は個人だったら5000ユーロ(約60万円以上)、集団でした場合は最高6万ユーロ(700万円以上)もの罰金が科せられるとのこと。前夜祭の夜はその摘発のパトロールが行われるそうです。

こんな風にして古い習慣が失われていくのは残念なことではありますが、惨事の元になり得るとなれば致し方ありませんね。

下記では、2015年のサン・ジュアン祭りの様子と熱風船をあげています。
サン・ジュアン祭2011」  

そして、最後になりましたが、サン・ジュアン祭りの主役の鰯です!
サンジュアン祭

これがご近所で街中のいたるところでと、鰯を焼く匂いでとても家の中におられたものではありませんです。それから逃れるためにも、我らも街へと繰り出すのであります(笑)

明日はこの祭りの起源についてです。

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2017年6月7日 

今日は写真が盛りだくさんです。お楽しみください。

ポルトガル語で植物園を「Jardim botanico(ジャルディン・ボタニコ)」と言います。

ポルト大学文学部などのキャンパスがあるCampo Alegreにあるので、古くは「Quinta de Campo Alegre」と呼ばれていました。
植物園は現在4ヘクタールの広さがありますが、20世紀半ばまでは私有地でした。

ポルトの植物園
植物園の入り口

ポルトの植物園

鉄柵の門をくぐるとすぐ目の前に見えるのが「Casa Andresen」と呼ばれる赤い建物です。Andresenとは、かつてのこのQuintaの所有者一族の名前です。建物の右横からのコースを歩みました。

ポルトの植物園

庭に面したAndresen館の裏を望む。
ポルトの植物園

館の裏が広大な植物園になっているのですが、すぐ裏はツゲの囲いで仕切られた小さな園がいくつかあります。
つげの葉をくぐって小さな園に入ります。

ポルトの植物園

ポルトの植物園
池には美しい蓮の花が葉の間から姿をのぞかせていました。

ポルトの植物園
右横からつるバラが伸びている、憩いのベンチ。

ポルトの植物園
アジサイも今が盛り。更に歩を進めると、長い枝を美しく伸ばした大きな樹が。

ポルトの植物園
切り株。

ポルトの植物園
ポルトガルはJacarandá(ジャカランダ=青い花の樹)が咲く季節。ブーゲンビリアと咲き誇って。

ポルトの植物園
散るジャカランダもまた美しい。

そしてここからはサボテンコーナー。

ポルトの植物園

サボテンも花盛りです。とげが痛さで人が近づきがたいサボテンですが、こんな可愛い花をさかせるのですね。

ポルトの植物園

蜂が怖くて近づけず、撮影がうまくできませんでしたが、たくさんのサボテンの花の中ではミツバチが忙しく働いておりました。シャッターを切る音がすると、こっちへ向かってくるので怖いこわい。

ポルトの植物園
黄色い花の真ん中の黒いのがミツバチです。

ポルトの植物園
こちらはアロエかサボテンか。落書きしてあり、修繕の仕様がない、「いただけない」状態です。

近年、日本の寺社にも落書きが発見されていますが、腹の立つ。自分の顔に落書きしろぃ!

下はまもなく開花しようとしているサボテン。
ポルトの植物園

最後はことのついでで、我が家のサボテンの紹介をば。

cactus2-1.jpg

ポルトの植物園

両方とも我がモイケル娘のサボテンで、かれこれ14、5年ほど娘の部屋のベランダにあります。

小さかったのがいつの間にか、鉢を変えないまま大きくなり、本当言うとベランダで他の植物の水遣りのときに何度か棘をさされ、それが怖くてもう処分しようかと思ったものですが・・・一度は花が咲いたのを見て見たいと、今回は鉢をかえてあげようと考えています。娘のだしね^^

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2017年5月19日 

久しぶりにポルトの路地をランダムに歩いて見ました。
ポルトの路地を歩いて写真を撮り始めてから、13年くらいになるでしょうか。 当時は人影もなく、治安は大丈夫だろうかと心細い思いで歩いたものでしたが、「一度は訪れてみたいヨーロッパの街」のトップにポルトガ選ばれた今、ツーリストの姿はこんな路地でもたくさん見かけられるようになりました。

今日は写真を掲載します。

ダウンタウンへ行く時に利用するメトロのイエロー線。
ポルトの路地

ポルトの路地

ポルトの路地
窓辺。下は同じ場所。昔ながらの人々の生活がうかがえる。

ポルトの路地

今日の路地はサンベント駅からドウロ川べりリベイラに向かう長い坂道、Rua Mouzinho da Silveira(Rua=通り)から、この噴水(ポルトガル語ではChafariz=シャファリス)があり場所を入る小さい坂道、Rua do Sotoです。

Rua Mouzinho da Silveiraですが、この通りは19世紀半ばまで「Rio da Vila(ヴィラ川)」だったと、わたしはポルトガル語のDias先生と読んでいる本で学びました。ですから、通りの下を今も川が流れているということになります。

ポルトの路地

この噴水を見るといつも思い出される一人のおばあさんがいます。過去に取り上げて書いていますが、再度、掲載します。

2013年7月

古いミュージカルに「メリー・ポピンズ」と言うのがあります。
 
1960年代の作品でジュリー・アンドュースが主演。わたしは20代始めに見たのですが、ジュリー・アンドリュースの話す英語が美しく分かりやすいので英語の勉強を兼ねるのと、ストーリーも歌も気に入ったのとでその後も何度も見てきた映画です。

MaryPoppins.jpg
Wikiより

物語の内容はGoogleのここに出てきます。

挿入歌の「チムチム・チェリー」は日本でもヒットしましたし、どんな苦しいこともひとさじの砂糖で楽しくなるものと歌う「Spoonful of Sugar(お砂糖ひとさじで)」も知られた歌です。また、この中で乳母のメリー・ポピンズが子供達に教えるおまじないの言葉「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリアドゥシャス」はわたしも必死に覚え今でも言うことができます。

それらの挿入歌の中でも今に至ってわたしの心に残っているのが「鳩に2ペンスを(Feed the Birds)」です。手にした2ペンスを銀行マンの父親に「銀行に貯蓄せよ、そうすると利息が入る」と諭された子供たちに、魔法のガラスのボールでメリー・ポピンズがセントポール寺院で鳩の餌を売る老女の姿を映して見せるシーンに使われます。

「鳩に餌をあげてください。お腹が空いているのです。一袋2ペンスです。あなたが鳩たちを気にかけていることを示してください。寺院に立つ聖人像たちは老女が鳩の餌を売るのを見下ろしています。あなたには見えないでしょうが、誰かが一袋買うたびに彼らは微笑んでいるのです。一袋たったの2ペンス。鳩に餌をあげてください」

ざっとこんな風に歌っています。下記Youtubeでこのシーンが見られます。

http://www.youtube.com/watch?v=Nm_BW1Vy6Zw

何故こんな話に及んでいるかと言うと、先日回ったダウンタウンはリベイラへと続く広い道Rua Mouzinho daSilveiraを歩いてあれ?と気づいたことがありました。その時間帯には必ず見かけた老女の姿がないのです。

ポルトの路地
Rua do Sotoへの坂道。このすぐ左に噴水がある。

坂道の上り口に座り、売り物を広げて売っているおばあさんです。売り物といってもそれを見た人はお世辞にも買おうかと言う気持ちは起こらないであろう古い壊れかけた使いようのないような代物ばかりです。日曜日と雨の日を除いては冬の寒いときでもここで物を広げてはこうしていつも座っているのです↓

ポルトの路地
2006年撮影

よくこの通りを降りてリベイラへ向かっていたわたしは何年も彼女と顔見知りです。見かけるたびに昼食の時間にはいつもここに座ってスープをすすっていました。そしてまたその時間には決まって鳩がたくさん彼女の周りに寄って来、彼女が分け与えるパンをつついているのです。スープはわたしの推測ではこの辺にある食堂からいただいているのではないか、でした。

貧しい自分の食事から鳩に分け与えているその姿にわたしは昔見たミュージカルの鳩と老女のシーンを思い出し小さな感動を覚えたのでした。

顔見知りになったきっかけは、そんなおばあさんを何度か見て、「こんにちは」とわたしが声をかけたことでした。最初はひとつ買おうかと商品らしきものをざっと見回しましたが、どうも使えそうなものがあり
ません。これでは誰も買わないな、と思いました。

そこで、失礼なことだとは思いながら「コーヒーでも飲んでください」と少しお金を差し出すと、とても喜んでくれ、なんども礼を言うのです。

かつてはわたしも今のように忙しくなくよくポルトのデジカメ探検隊と自らを称して街を歩き回っていたので、しょっちゅうここでおばあさんと挨拶をかわすことになり、おばあさんの服装は冬は冬なりに一応寒くないように見えるものの、大分擦り切れて薄汚れています。

ひょっとするとホームレスかも知れないとの思いもあり、言葉を交わす都度5ユーロ、10ユーロと何かに役立ててもらいたい思いで差し上げていました。

「本当にいつもありがとうね。神のご加護がセニョーラにありますように」と開く口は何本も歯が抜け落ちたのが見えていました。

ポルトの路地
2007年撮影。同じ服装だがショールと靴が違っている^^

見かけないのが気になるもので、直ぐ側にある小さな雑貨屋へ入って「あそこにいつも座っていたおばあさんはどうしたの?」と思い切って訊いてみました。すると「ぐうたらな息子がいて苦労ばかりしてきたのさ。息子は稼がず、あの母親からなけなしの金をふんだくっていくんだよ。Coitadinha(可哀相に)。とうとう病気になって老人ホームに入れられたよ」と返事が返ってきました。

そうか。ホームレスではなかったにしろ、春夏秋冬ひがな一日あそこに座ってスープをすすっていたのは、それなりの苦しい事情を抱えていたのだな。寒さはあの歳では堪えよう、今年の秋口には毛布の膝掛けを持って行こうと思った矢先だったこともあり、病気になったのは辛いだろうけれど、老人ホームに入れられたのは案外良かったのかもしれない。

少なくとも食事にはありつけ、夜露雨露をしのぐことができる、とわたしは少し気が安らいだのですが、あれほど定時間におばあさんに群がっていた鳩たちは、さて、どうしただろうか。

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2017年2月28日 

今日はカーニバル休日ですが、例年の如く、うっとおしい天気です。
南半球のリオは今夏で、華やかなパレードも暑いからこそでしょう。リオのカーニバルパレードにはとても及びませんが、ポルトガルのあちこちでもパレードが催されます。

もとはと言えば春の到来を祝う祭りであったと言われ、謝肉祭とも呼ばれますが、ポルト近辺でよく知られるのはオバールのパレードですが、ポルトでも行われますが、残念ながら、今日はわたしは、今週土曜日に、市立図書館で開く「日本文化展示会」が控えており、自宅でその準備です。
その合間を縫って、日曜日に夫と行って来たダウンタウンの「Steak 'n Shake」を紹介します。

Porto Steakshake
 
少し前にも拙ブログで書きましたが、ポルトは今年もヨーロッパで一番いってみたい街のトップに選ばれ、ツーリスト相手に、今大変な勢いで街の中に新しいスポットが生まれています。これはこれで、街の発展につながりるのでいいのですが、観光ブームもいずれ衰える時がくるだろうことを思えば、こんなに店やホテル、ホステルが出現してきて大丈夫なのかと気になるところでもあります。
が、一般人のわたしが心配してもせんないこと。ブームにのって今を楽しみながら、ことの盛衰を見てみようかと思っています。

Porto Steakshake
ロゴが入った赤いバイク

さて、Steak 'n Shakeとは、アメリカのカジュアル・チェーンレストランのことです。1934年にアメリカのイリノイ州から発し80年の歴史をもち、アメリカ全土をはじめ、フランス、スペイン、イタリアなどにも進出しています。昨年はリスボン、そしてポルトにも今年1月にオープンしました。

その際に話題をさらったのが、店の外壁一面を彩ったカラフルなアズレージュ(azulejo=絵タイル)です。

Porto Steakshake

これは今やポルトガルを代表するプラスティックアーティスト、Joana Vasconçelosの、8000枚のアズレージュからなる作品です。
 
店内にも同アーティストの作品が見られます。

Porto Steakshake

Porto Steakshake
 
レジで払った後、この番号札をもらいます。

Porto Steakshake

店舗は3階建て。1、2階はテーブル席、3回は化粧室。下の画像は2階。
Porto Steakshake

Porto Steakshake
 
1950年代のアメリカの様子も、壁に貼られた写真からうかがうことができます。この時代はエルビス・プレスリー、オードリー・ヘップバーン、テレビを始めとする電化製品の普及、そして写真に見られるアメリカ車など、アメリカン・ヴィンテージとも呼ばれるかの国の黄金時代です。

Porto Steakshake

Porto Steakshake

上は夫が頼んだもの、下はベジタリアントーストでわたし様。
Porto Steakshake

因みに、ステーキはメニューになし。Steakとはステーキバーガーのことだそうです。

本日はこれにて。
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2017年2月19日 

ポルトの美しい街並みを見るにはドン・ルイス1世橋を渡り、向こう側の「カイス・デ・ガイア」から眺めるに限る。それこそが絶景なのだ。これを見ずしてポルトを見たというべからず。赤レンガの屋根が段々畑のように重なり、他を抜きん出て建つのがポルトの象徴、クレリゴス塔である。

リベイラRibeira

このドウロ河岸ポルト側をリベイラ(Ribeira=川岸)と呼ぶのだが、ユネスコ世界遺産指定区域であり、式を通して訪れる人々を魅了し続けている。

リベイラ

川岸にはオープンカフェ、ポルトガル料理の老舗レストランや土産店が軒を並べ、その前方には二重橋のドン・ルイス1世橋が美しい弧を描き、二重橋の上段を黄色のメトロ、ユーロトラムがゆっくり渡る。

ribeira

天気が良い午前中に訪れると、こんな光景も見られる。
リベイラribeira

さて、リベイラの中ほどに、壁に埋め込まれた青銅盤「Alminhas da Ponte (alminhas=記念碑、記念盤)に気づく人はいるだろうか。

リベイラのAlminhas da Ponte↓
リベイラ

青銅版の上にはキリストの姿が描かれ中間には渡し舟も見られる。

1809年3月29日、ナポレオンの命を受けてフランス軍は二度目のポルトガル侵攻を試みた。この時、Soult将軍は前回目指したリスボンを避け、北部から侵入、ポルトへと向かった。

フランス軍侵入の噂を耳にしたポルト市民達はドウロ川を渡って対岸のガイア市に活路を開こうと、いっせいにPonte das Barcasを目指したのである。

pontedasbascas1.jpg
手前がリベイラ、向こう側がガイア。Wikiより。

もとよりたかが20艘の渡し舟からできている橋だ。波のように押し寄せる人々の重さには到底耐え切れず、橋はもろくも崩れ多くの一般市民が溺れ死んだと言われる。その人々の鎮魂のためにこの銅像版は作られ、今日も祈りの火を絶やされないでいる。

付け加えたいのは、ドウロ川の夕暮れもまた、えも言われぬ美しさがあることだ。

リベイラ

リベイラ

本日はこれにて。
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