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2020年3月21日
  
ポルトに住んで42年目に入ろうとしています。そのポルトで初めてマスク姿を見かけました。
なんと、我がフラットの玄関ドアを開けて鉢合わせした向かいに住む女性でした。ちょうど出勤するところだったのでしょう、彼女は看護婦さんです。

今現在で、マスクは一般人には手に入りません。マスクは、向かいの女性のような医療関係者、公的施設関係者、警官、もしくは感染者がすることになっていますが、それでも不足しています。
わたしたちも取り寄せ注文はしているのですが、まだ、ポルトガルが武漢ウイルスに襲われる前にモイケル娘に送った一箱が入手した最後です。

今日でひきこもり4日目。
夜、野良猫にエサを運ぶ5分以外は外へ出ていません。何をしているかと言うと、これが困ったもので、家の中の整理、日本語関係の書類整理とすることはたくさんあるのに、なぜだかウロウロしていることが多いのです。

それに、夫が夕方まで家にいなかったのと違い、夫婦ともにひきこもり中なもので昼ご飯がラーメン、そば類、お茶漬けでは済まされません。準備からあと片付けまで日に2回台所に立つわけで、どうしても時間も細切れになり、整理を中途半端にしがちです。

おまけに一昨日は朝早く起きたはいいが、カーペットに足をひっかけ右足の筋肉を傷めてしまうドジを踏んでおります^^; そんなわけで、ササっと動くに支障あり、「いててて」と思うような整理ができない状態であります。トホホ。

さて、本日は昨日のポルトの動画にある「Cidade Invicta」について、書いてみます。

地元ではポルトを別名で、「Cidade Invicta(シダーデ・インヴィクタ)」と呼びますが、「敗れざる、征服されざる街」という意味です。

19世紀初期の3回に渡るナポレオン軍侵入戦争の第二回目、ポルトを襲ったナポレオン軍を撃退した出来事と、もう一つはこの後の自由主義派と王政派が激突したポルトガル内戦で、ポルトがブラジルから北部に漕ぎついたドン・ペドロを中心にして、王政派を破ったということに因みます。

以下、歴史話です。

ポルトガルの19世紀、ドナ・マリア一世の統治時代。フランス革命後、ナポレオンは皇帝を戴冠、イギリスを封じ込めるためヨーロッパ諸国にイギリス船への港閉鎖を通達します。

が、イギリスとは古くからの同盟国であるポルトガルはこれに従いません。そこで、ナポレオンはポルトガル侵略政策をとります。

第一回が1807年、スペインを味方に引き込んだフランス軍ジュノー将軍の率いる3万の軍がスペインと国境を分かつベイラ・バイシャから浸入し、リスボンを手中に収めます。

このとき、ドナ・マリア一世と後継者ドン・ジュアン6世は15隻もの海洋船に貴族や軍隊、大商人らおよそ1万人のポルトガル人を引き連れ、ブラジルへと逃れたわけです(なんちゅうこと^^;腰が引けてましたぞ)。

こうして、ポルトガル王室が再び本国ポルトガルの地を踏むのは、それから約20年後の1821年です。

フランス軍はリスボンを手に入れたものの、その暴虐ぶりにやがて各地で民衆蜂起が起こり、ポルトガルは盟友イギリス軍と合流してフランス軍を破り、ここで休戦協定を結び、フランス軍は撤退します。

しかし、ナポレオンは尚も諦めず、2度目の侵入を試みます。1809年、今度は北部(スペイン、ガリシア地方)から浸入、ポルトに入りますがイギリス・ポルトガルの連合軍、さらにポルトの民衆も参戦して、終にはフランス軍を敗退させました。 

これがポルトが「Cidade Invicta」と呼ばれるゆえんの一つです。

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地図はwikiより

上図、赤線が第一回目、オレンジ線が2回目のポルト侵入、青線が三回目。

ポルト、Boavistaロータリーの「Mouzinho広場」中心にあるモニュメントはこの時の戦いを記念したものですが、これは後記にて案内しています。

さて、ナポレオンは、懲りずに三度目のポルトガル征服を試み、リスボンに再度兵を送るのですが、最後には敗退、1814年にスペインからも撤退することで、ナポレオン軍とのイベリア半島戦争は終了します。

ポルトガル独立戦争の時もそうですが、大軍を相手にいざという時にポルトガル人が出す底力は愛国心のなす業でしょう。ワールドサッカーを見ても、その意気がどことなく表れているような気がます。

「ピレネー山脈から先はヨーロッパではない、アフリカだ。」と言ったのはナポレオンだったと記憶しますが、三度もポルトガル侵入に失敗した歴史上の事実を知ると、「ナポレオンの負け惜しみだな」とわたしは思ってしまいます(笑)

ポルトガル北部から始まった武漢ウイルスですが、是非とも遠からずこれに打ち勝って欲しいと切に願っています。

もうひとつのゆえんは次回にて。
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2020年2月21日 

実は武漢肺炎で子供たちが心配、内心キリキリしている。
が、それを書いても解決策にはならないし、うかつに書くとペルソナ・ノン・グラータ(Persona non grata)なる人に家族情報を公開される可能性大なので、今はまだ記事にしない。

これまで結構自由に書いて楽しんできたブログやSNSですが、まっこと、やりにくくなってきた感があります。目下様子をみているのですが、しばらくは既にブログに上げた記事の再掲が続くかも知れませんので、ご勘弁ください。

さて、本日は久しぶりにポルト関連記事、サン・ラザロ公園についてです。以下。

ポルトガルの春は早い。
春の訪れをいち早く告げるのは公園だが、中でも町の中心部、人や車の往来が多い「サン・ラザロ公園」は、向かいに旧市立図書館と美術大学があり、3月になるや、近隣の住民や親子連れ、テーブルを持ち込んでカードゲームに興じる年配者たちでにぎわう。

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2003年に開通したPonte do Infante(ドン・インファンテ橋)はガイア市とポルトダウンタウンとを結ぶ橋だが、建設時にはこの公園をつぶす計画が上り市民の反対運動で今に残されることになった。

この辺りはかつてサン・ラザロと呼ばれ、年に一度大きな「市」が開かれた一帯で、ドン・ペドロ国王の命により1834年に「サン・ラザロ公園」がお目見え。当時はセレブ専用の公園だった。 

その名残で今でもこの公園は柵で囲まれ、市内では唯一、四方に門が取り付けられ、開閉時間がある。

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現在では、「マルケス・デ・オリヴェイラ公園」が正式名だが、市民からは昔ながらの「サン・ラザロ公園」と呼ばれ、市民に親しまれている。

園内には可愛いバンドスタンド(小さな野外音楽堂)が往時の郷愁を誘う。地上最古の花といわれる大きなマグノリアの樹が12本、池の周りを取り囲み、春にはその爛漫の花で、市民の目を楽しませてくれる。

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今年は色とりどりのチューリップが植えられて、春はすぐそこまで来ている。

この公園でもうひとつ興味深いものは、壊滅した13世紀のサン・ドミンゴス修道院の遺跡と泉水がここに移動されていることだ。

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赤いベンチに腰をおろし、パソコンを開いている美大生の姿も見られる多世代の市民が憩うワン・ラザロ公園、ポルト市内の公園では最も多くの訪問者を迎える。さながら町の中の小さなオアシスだ。

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2019年11月30日 

過去160年以上にわたりポルトガル北部のぶんかや歴史に名を遺した貴族、女優、詩人作家芸術たちが多く眠るアグラモンテ墓地はポルト氏に市のボアビスタ地区にある。

12ヘクタールの敷地内の道は思いのほか広い。季節によってマグノリアや椿の花びらが通路や墓碑を埋めるさまな幻想的だ。ところどころに美しい彫刻が見かけられ著名人の墓碑の前には小さな説明版がある。まるで自然の中に置かれた芸術作品をながめているような錯覚に陥る。

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特に美しく嘆く女性の彫刻があしらわれたサントス・デュモン家の墓碑は、訪れる人の目を奪うだろう。ヨーロッパにおける航空パイオニアと呼ばれた発明家で飛行家でもあるアルベルト・サントス・デュモンの一族である。

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上の墓はポルトガルきっての彫刻家だったアントニオ・テイシェイラ・ロペスの作品だ。また、生存中29本の映画を撮り2015年には「世界の現役最高齢の映画監督」との照合を与えられたマヌエル・ド・オリヴェイラもこの墓地に眠る。

「ヨーロッパで訪れてみたい街」のトップに何度か選ばれているポルト、わたしが歩いたときは人影もなかったが、今ではこの墓地を訪れる旅行者も増えてきた。旧市街を見た後は少し足をのばして、過去に生きた人人をしのぶ彫刻作品に会え穴場として紹介しておきたい。
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2019年10月12日

台風19号の進路にぶつかってしまった地域のみなさま、ご無事でしょうか。千葉、東京に住む子供たち、埼玉の妹家族など、心配で眠れない昨夜でした。モイケル娘に、「おっかさん、心配しすぎ。もう寝なさい」とポルト時間午前3時半に言われ・・・(笑)

それで、さすが、今日の朝の日本語授業はきつかった!

さて、 日本の知人から依頼があり、昨日の午前中はダウンタウンまでその調達に出かけてきました。写真のCombatentes(コンバテンテス)駅の近くに車を乗り捨て、メトロで。

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久しぶりに歩く街は秋の気配がします。
残念ながら、頼まれた用件を果たすことはできませんでしたが、帰りは少し遠回りしてサンタ・カタリナ通りを歩いてみました。

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列が出来ているのはなんぞや?と思ったら、んまぁ、このカフェへの入店をまっているのです。
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あらら、ポルトの老舗カフェ「Café Majestic」です。今、オーバーツーリズムのポルトはレロ書店も同様、 並ばないと店内を見ることができないという状態になってしまいました。

かつては、ポルト散策後、ここでスコーンとコーヒーを飲み休憩して帰宅したものです。その頃は、あまり人も入っておらず、よく朝、コーヒーを飲みながらゆっくり新聞に目を通している年配者を数人見かけるのがここでの普通の光景でしたが、今や地元客は入ることが出来ず。

レロ書店にいたっては、店内の客はわたし一人ということが何度もありました。ほんとに贅沢な時間を独占できたカフェであり、レロ書店でしたが、それも遠い昔のことになってしまいました。これは、日本だったら、京都が同じような状況なのかもしれませんね。

こちらはポルト大学医学部のTuna(伝統的な大学生音楽グループ)が、演奏していました。

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女性を前に、ラブソングの類を歌っていますね。

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上りは心臓破りの坂道、Rua de 31 de Janeiroも下りは爽やか^^向こうに見えるのはクレリゴス教会とその塔。下は美しいファサーダを持つ老舗の宝石店。まだがんばっているのが嬉しいです。

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ではみなさま、本日はこれにて。
なお、下記では、わたしが撮影したTunaのビデオが見られます。よろしかったらどぞ。

https://www.facebook.com/yukosodebayashisantos/videos/1890768150988007/
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2019年9月23日 

生徒たちには申し訳なかったのですが、体力が持たないので、先週は金土曜日の日本語を臨時休講して、木曜日夜と金曜日午前中は料理と掃除にいそしみました。

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故郷弘前から二周りほど歳下のいとこ夫婦がやって来ました。これまでほとんど交流がなかったのですが、去年、初めて弘前のおばを訊ねて、50の齢を超えた従妹たちと会ったのでした。

そのいきさつは下記にあります。
 「春の弘前紀行、おばを訪ねて

そのような訳でブログ更新が遅れてしまいました。

さて、初めて迎える我が故郷からのお客さんです。ポルト滞在日数はわずか3泊でしたが、海岸地区を案内し、翌日土曜日は残念ながら雨天だったので、ポルト、リベイラの対岸にあるワインセラーを見学してもらうことにしました。

夫とわたしはすでに何度も行っているもので、Tayler´sの入り口まで車で送り、わたしたちは見学が終わるまで1時間半待機することにしました。

雨です、車内で待つのも芸がないというもの、夫の提案で、Tayler´sがある細い通りの丁度向かいのホテルYeatmanに入って、お茶でも飲もうと言うことになりました。夫は会議で2、3度来ているものの、わたしは今回が初めてです。

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ホテルの入り口は上り坂です。うわッ、上りたくなぁいと、近頃とみに足の力が衰えたわたし、夫にブツブツ言いながら、なんだ坂こんな坂と心中唱えながら表玄関にたどり着きました。

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ふむ、随分質素だねぇ、と思ったのが大間違い。ホテルは5つ星です。実は入り口からは分からないのですが、この玄関が最上階になる、といった建築で、どの階の部屋からもポルトの全景が見られるように造られた段々畑様式なのです。

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Wikiより

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わたしたちが上ってきた道が下に見えます。

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ホテルの野外プール

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中央にはSerra do Pilar、その左にはドン・ルイス1世橋が見えます。

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霧がたちこめてきました。

そうしているうちに雨がザーッと降り出してきたので、ホテルの中へと急ぎました。

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ロビーを通って階上のテラスへ向かいます。

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テラスへ抜けるくつろぎ場

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ホテルのどの部屋からも上の景色がながめられるのですね。ドウロ川、真ん中の塔がポルトの象徴クレリゴス塔です

私たちが頼んだコーヒー、夫のはエスプレッソ、わたしのはカフェインが入っていないエスプレッソです。

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若い頃からついこの間まで、インスタントコーヒーをアメリカンコーヒーもどきにかなり薄くしてずっとお茶代わりにずっと飲んできたコーヒーですが、この間の心臓の検査でコーヒーを止めて紅茶、もしくはグリーンティーにかえなさい、と忠言されたのです。

が、わたしは紅茶、お茶を飲むとすぐ胃が痛くなるもので、今はdescafeinado、つまりカフェインの入っていないコーヒー(^^;)を飲んでいます。 インスタントのdescafeinadoはダメですが、コーヒーマシーンのは、結構飲めます。

休暇で宿泊しているイギリス人たちは、午前中からワイン、シャンペンでおしゃべりを楽しんでいました。
ポルト、ガイアで一番宿泊費が高いホテルかも知れませんね。

それではみなさま、本日はこれにて。
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