2017年7月15日

我がモイケル娘に言わせると、「少々マニアック」なポルト、ポルトガルを綴っている拙ブログ記事です。

なぜこうなったのか、背景にどんな歴史があるのかと調べられずにいられない性分ではあります。そんな訳で、ついついこうるさい記事になったりするのはご勘弁いただき、お付き合いくだされば嬉しいです。

ポルトガルにおけるテンプル騎士団追っかけとシントラの億万長者モンテイロ氏が造り上げたレガレイラ館に多々見かけるシンボルの謎解きは、わたしのライフワークでもあるのですが、これにもうひとつ加わるのがポルトのMuralhas Fernandina(フェルナンディーナ城壁)です。

これについては随分昔から資料を集めているのですが、実際に足を運び現地確認をするには、現在、城壁のわずか一部しか残っていませんので、探すのに時間がかかりそうです。しようしようと思いつつも仕事に終われるようになり、いつの間にか探しそびれて今日まで来てしまいました。

歳がおっつかなくなってからでは遅かろう、そろそろ始めなければと、Arco das Verdades(真実の門)を探しに出かけたのをきっかけに、手始めとしてこれまでは入れなかったMuralhas Fernandinaが現在入れると聞きつけたので行ってみました。

実は去年当たり一度、ドン・ルイス1世橋を渡った時に、数人の人が城壁を歩いているのを見かけたのです。考古学者か地質学者或いは歴史学者でも現地調査に入ったのかなぁ、くらいに思っていたのです。それがツーリスト向けになったとは、すわ!と。

フェルナンディーナス城壁
かろうじて残った街の中にある城壁の一部。

写真に見える右側が城壁の続きで、直ぐ横を「Funiclar dos Guindais(フニクラール・ドス・ギンダイス)」ことフニクラールが上り下りしている。

フェルナンディーナス城壁

Arco das Verdadesから向こうに見えるMuralhas Fernandinaの一部。
フェルナンディーナス城壁

行くにあたって、ふと足元は大丈夫かな?夫に声をかけて週末にすべきか?とも思ったのですが、先に行って自慢してやれ、なぁんて考えて、ク○暑い中、Arco das Verdadesの後、そちらに足を向けました。

城壁に入る秘密の入り口目指して(笑)、サンタ・クララ教会へよっこらせっこら歩きます。サンタクララ教会は通りから奥まったところにあります。表からは見えないのですが、教会の直ぐ後ろには「老人ホーム」があり、わたしは2010年のポルトと国際親善協会の共催のJapan Week時に組まれた文化交流のプログラムの交渉で訊ねたことがあります。

フェルナンディーナス城壁

その時に、老人ホームの庭で城壁の一部を目にして驚き、ひょっとしてここから城壁へ行けるのではないか?と思ったものです。案の定、城壁への入り口はサンタクララ教会の横の老人ホームへの入り口と同じでした。

やっぱりそうだったか!と勇んで入り口に向かうと、先ほどから教会前でウロウロしていて気になっていたおじさんに、「これこれ、そこへは入れないのであるよ」と言われたのであります。

「ネットで城壁に入れると情報があったんだけど・・・」と話を振ってみると、「今工事中だからダメなのだ」と言う。見ると、「Obras(工事中)立ち入り禁止」と立て札があります。ガーーン!

思うに、最初にツーリストが偶然にここを見つけ入ったところが城壁であった、それをネットに上げたがため話が広がり多くのツーリストが訪れ始めた。わたしも足元が大丈夫かと気になったほどですから、恐らく危険を感じて、市が立ち入り禁止にしたのではないだろうか、とはわたしの推測です。

そりゃそうでしょう。14世紀のCerca Velhaを基にして更に広範囲に広げて造られたMuralhas Fernandinaです。長い間放置されてきたところに、近年観光地ナンバー1に位置づけられているポルトを訪れる観光客がドッと訪れたらどうなることか、分かろうというものです。

工事はどのくらいかかるのかと訊ねると、分からないと答えが返ってきました。残念ではありましたが事故が起こってからでは遅いものね。

下記では「サンタ・クララ教会」について案内しています。

奇妙なシンボル

奇妙なシンボル」 
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2017年7月3日 

今日のポルトは午前10時現在で気温30度を越していました。
ジョアキンおじさんの畑の猫にエサを運ぶのに外へ出たのですが、クヮーッと日差しのきつかったこと!

10時半からの日本語授業の前にしてしまわないと、とベランダの植物への水遣りを終えたら、うっすらと汗をかきました。急いで事をするから尚更です(笑) こういう時は熱くてもあまり汗をかかず顔が真っ赤になる、いわゆる熱中症タイプのわたしは要注意なのですが、良くも悪しくもいよいよ夏だ~!

さて、都議選から一夜明けた今日、正直言って、ウハ~、こんなのも通っちゃうの?学級会化してへん?と、わたしは都民ではないけれど多少目まいを感じたのでありました。

小池都知事誕生で、都議会のドンが一応消えた分には良かったけれどね。世界の東京都があんな旧態依然とした年寄り利権者たちに牛耳られていたというのだから、今回の惨敗は推して知るべしであったと思います。小池知事にしてもあれから1年、豊洲へ移るのか移らないのか、未だ築地市場問題は明確な方針が出されていないようですし、決断に時間がかかり過ぎじゃない?かと言って、あの時は他に適任者がいませんでしたものね。

また、訳の分からない森友、加計問題に加えて、首相夫人の出過ぎ、女性議員の「このハゲー」暴言から防衛大臣の失言と次から次とよくもまぁ、くだらない事のオンパレードで安倍首相もご苦労が絶えませんね。

この辺で失言をしない安心できる人材を適所適所に登用してほしいものです。なんだか日本全体が学級会化しているような気がしてならないわたしなのですが、みなさまはいかに?

今日は、日本語授業から開放された先週木曜日にダウンタウンへ行って来た時の写真をば。
ポルトダウンタウン

金、土曜日のポルトのメトロは一晩中動いています。下はサンベント駅前の広場 Praça de Almeida Garrettのキオスク。

ポルトダウンタウン

花通りことRua das Flores入り口はオープンカフェが占領しています。真ん中に見える建物はサンベント駅。
ポルトダウンタウン

ポルトダウンタウン
ツーリスト向けにポルトワイン等が手軽に飲める。

ポルトダウンタウン
花で飾られたブティック&カフェ、Joia de Coroa(王冠の宝石の意味)

花通りにはストリートアーティストが増えました。

ポルトダウンタウン
このシンガーはいい声をして歌がうまかった^^

ポルトダウンタウン
この日、わたしの目を引いた親子。子どもは勉強しており、父親らしき人の肩と男の子が被っている帽子にはインコがそれぞれ乗っています。そして左の桶のようなものには白い鶏?

男性が抱えて弾いているのは「オルガニート」こと、カード式手回しオルゴール?でしょうか。画像を拡大してみます。
ポルトダウンタウン

この楽器、触れてみたい気がします^^

というので、気がつけば、暑い中を3時間ほどもほっつき歩き強い日差しを浴びた木曜日、帰宅するや襟首のあたりに夏の恒例のアレルギーによる今年初の蕁麻疹がでてしまいました。ホント、やっぱり夏です!

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2017年6月23日 

ポルトガル語では「Festa de São João(フェスタ・デ・サン・ジュアン)」と言います。「サン(聖)・ジュアン」とは、ヨーロッパでも最も祝福されるといわれる洗礼者ジュアンを指します。

ジュアン、ジョーン、ジャン、ジョン、イワン、シーンと国によって呼ばれ方は色々ですが、聖書の中でキリストに洗礼を授けたヨハネです。また、オスカー・ワイルドの「サロメ」でもヘロデ王が彼女に褒美として取らす「ヨハネの首」が描かれています。

ポルトガルの町は、それぞれが守護神を持ちます。例えば、リスボンはサント・アントニオを守護神と掲げ、その生誕日6月13日の前夜祭には目抜き通りのリベルダーデ大通りを、リオのカーニバルに匹敵するような、盛大なパレードが練り歩き、大変な人出で賑わい、この様子はテレビでも一晩中放映されます。

ポルトの守護神は聖ジュアン、つまりサン・ジュアンです。ポルトガル語の「São」は、「聖なる、聖人」を
意味し、後に来る名前によって「São=サン」もしくは「Santo=サント」となります。

6月24日が聖ジュアンの生まれた日と言われ、祭りは23日の前夜祭です。ポルトのサンジュアン祭りは、リスボンのサント・アントニオ祭りと趣が違い、見せて見て楽しむのではなく、市民が町に繰り出して思い思いに楽しむと言うローカル色のアットホームな雰囲気があって、なかなかよろしいようです。

サンジュアン祭

サンジュアン祭りの中心は世界遺産指定されている区域、これこそポルト!と言われるドウロ川べりのRibeira(リベイラ)と、昔ながらのサン・ジュアン祭りが楽しめるフォンタイーニャス(Fontaínhas)

サンジュアン祭

前夜祭には、二重橋D.Luis Ⅰ(ドン・ルイス一世)橋を背景に、華やかな花火が打ち上げられ、祭りは明け方まで続きます。

マンジェリコ(鉢植え植物)、にんにくの花かプラスティックのピコピコ・ハンマー、そして鰯の炭焼きは、サンジュアン祭りの三種の神器だわたしは呼んでいます。

6月23日が近くなると街のあちこちで売られるピコピコハンマー
サンジュアン祭

サンジュアン祭
↑かつてはプラスティックのピコピコハンマーでなくて、このにんにくの花で行き交う人の頭をぽんぽん叩いたものです。

サンジュアン祭
↑マンジェリコは「くるま花科」と辞書にありますが、この時期、どこの家庭でも手に入れて屋内に置きます。独特の香りをもち、人々はこれに手をかざして香りを掬い取り、その香りを愛でます。ちょっと日本の香道の仕方に似ていませんか?

マンジェリコに小さな旗が挿されているのがよく見かけられますが、それにはサンジュアン祭にちなんで毎年催される短詩コンテストで入選した詩が書かれてあります。日本で言う短歌でしょうか。恋の詩がたくさんあります。

祭りの三種の神器にもうひとつ加えたいのが、サン・ジュアンの熱風船(Balão de São João)です。

サンジュアン祭

サンジュアン祭

こうして夜空に熱風船を飛ばすのですが、これが、先日の山火事惨事故、今年は禁止のお触れが出ました。破った者は個人だったら5000ユーロ(約60万円以上)、集団でした場合は最高6万ユーロ(700万円以上)もの罰金が科せられるとのこと。前夜祭の夜はその摘発のパトロールが行われるそうです。

こんな風にして古い習慣が失われていくのは残念なことではありますが、惨事の元になり得るとなれば致し方ありませんね。

下記では、2015年のサン・ジュアン祭りの様子と熱風船をあげています。
サン・ジュアン祭2011」  

そして、最後になりましたが、サン・ジュアン祭りの主役の鰯です!
サンジュアン祭

これがご近所で街中のいたるところでと、鰯を焼く匂いでとても家の中におられたものではありませんです。それから逃れるためにも、我らも街へと繰り出すのであります(笑)

明日はこの祭りの起源についてです。

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2017年6月7日 

今日は写真が盛りだくさんです。お楽しみください。

ポルトガル語で植物園を「Jardim botanico(ジャルディン・ボタニコ)」と言います。

ポルト大学文学部などのキャンパスがあるCampo Alegreにあるので、古くは「Quinta de Campo Alegre」と呼ばれていました。
植物園は現在4ヘクタールの広さがありますが、20世紀半ばまでは私有地でした。

ポルトの植物園
植物園の入り口

ポルトの植物園

鉄柵の門をくぐるとすぐ目の前に見えるのが「Casa Andresen」と呼ばれる赤い建物です。Andresenとは、かつてのこのQuintaの所有者一族の名前です。建物の右横からのコースを歩みました。

ポルトの植物園

庭に面したAndresen館の裏を望む。
ポルトの植物園

館の裏が広大な植物園になっているのですが、すぐ裏はツゲの囲いで仕切られた小さな園がいくつかあります。
つげの葉をくぐって小さな園に入ります。

ポルトの植物園

ポルトの植物園
池には美しい蓮の花が葉の間から姿をのぞかせていました。

ポルトの植物園
右横からつるバラが伸びている、憩いのベンチ。

ポルトの植物園
アジサイも今が盛り。更に歩を進めると、長い枝を美しく伸ばした大きな樹が。

ポルトの植物園
切り株。

ポルトの植物園
ポルトガルはJacarandá(ジャカランダ=青い花の樹)が咲く季節。ブーゲンビリアと咲き誇って。

ポルトの植物園
散るジャカランダもまた美しい。

そしてここからはサボテンコーナー。

ポルトの植物園

サボテンも花盛りです。とげが痛さで人が近づきがたいサボテンですが、こんな可愛い花をさかせるのですね。

ポルトの植物園

蜂が怖くて近づけず、撮影がうまくできませんでしたが、たくさんのサボテンの花の中ではミツバチが忙しく働いておりました。シャッターを切る音がすると、こっちへ向かってくるので怖いこわい。

ポルトの植物園
黄色い花の真ん中の黒いのがミツバチです。

ポルトの植物園
こちらはアロエかサボテンか。落書きしてあり、修繕の仕様がない、「いただけない」状態です。

近年、日本の寺社にも落書きが発見されていますが、腹の立つ。自分の顔に落書きしろぃ!

下はまもなく開花しようとしているサボテン。
ポルトの植物園

最後はことのついでで、我が家のサボテンの紹介をば。

cactus2-1.jpg

ポルトの植物園

両方とも我がモイケル娘のサボテンで、かれこれ14、5年ほど娘の部屋のベランダにあります。

小さかったのがいつの間にか、鉢を変えないまま大きくなり、本当言うとベランダで他の植物の水遣りのときに何度か棘をさされ、それが怖くてもう処分しようかと思ったものですが・・・一度は花が咲いたのを見て見たいと、今回は鉢をかえてあげようと考えています。娘のだしね^^

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2017年5月19日 

久しぶりにポルトの路地をランダムに歩いて見ました。
ポルトの路地を歩いて写真を撮り始めてから、13年くらいになるでしょうか。 当時は人影もなく、治安は大丈夫だろうかと心細い思いで歩いたものでしたが、「一度は訪れてみたいヨーロッパの街」のトップにポルトガ選ばれた今、ツーリストの姿はこんな路地でもたくさん見かけられるようになりました。

今日は写真を掲載します。

ダウンタウンへ行く時に利用するメトロのイエロー線。
ポルトの路地

ポルトの路地

ポルトの路地
窓辺。下は同じ場所。昔ながらの人々の生活がうかがえる。

ポルトの路地

今日の路地はサンベント駅からドウロ川べりリベイラに向かう長い坂道、Rua Mouzinho da Silveira(Rua=通り)から、この噴水(ポルトガル語ではChafariz=シャファリス)があり場所を入る小さい坂道、Rua do Sotoです。

Rua Mouzinho da Silveiraですが、この通りは19世紀半ばまで「Rio da Vila(ヴィラ川)」だったと、わたしはポルトガル語のDias先生と読んでいる本で学びました。ですから、通りの下を今も川が流れているということになります。

ポルトの路地

この噴水を見るといつも思い出される一人のおばあさんがいます。過去に取り上げて書いていますが、再度、掲載します。

2013年7月

古いミュージカルに「メリー・ポピンズ」と言うのがあります。
 
1960年代の作品でジュリー・アンドュースが主演。わたしは20代始めに見たのですが、ジュリー・アンドリュースの話す英語が美しく分かりやすいので英語の勉強を兼ねるのと、ストーリーも歌も気に入ったのとでその後も何度も見てきた映画です。

MaryPoppins.jpg
Wikiより

物語の内容はGoogleのここに出てきます。

挿入歌の「チムチム・チェリー」は日本でもヒットしましたし、どんな苦しいこともひとさじの砂糖で楽しくなるものと歌う「Spoonful of Sugar(お砂糖ひとさじで)」も知られた歌です。また、この中で乳母のメリー・ポピンズが子供達に教えるおまじないの言葉「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリアドゥシャス」はわたしも必死に覚え今でも言うことができます。

それらの挿入歌の中でも今に至ってわたしの心に残っているのが「鳩に2ペンスを(Feed the Birds)」です。手にした2ペンスを銀行マンの父親に「銀行に貯蓄せよ、そうすると利息が入る」と諭された子供たちに、魔法のガラスのボールでメリー・ポピンズがセントポール寺院で鳩の餌を売る老女の姿を映して見せるシーンに使われます。

「鳩に餌をあげてください。お腹が空いているのです。一袋2ペンスです。あなたが鳩たちを気にかけていることを示してください。寺院に立つ聖人像たちは老女が鳩の餌を売るのを見下ろしています。あなたには見えないでしょうが、誰かが一袋買うたびに彼らは微笑んでいるのです。一袋たったの2ペンス。鳩に餌をあげてください」

ざっとこんな風に歌っています。下記Youtubeでこのシーンが見られます。

http://www.youtube.com/watch?v=Nm_BW1Vy6Zw

何故こんな話に及んでいるかと言うと、先日回ったダウンタウンはリベイラへと続く広い道Rua Mouzinho daSilveiraを歩いてあれ?と気づいたことがありました。その時間帯には必ず見かけた老女の姿がないのです。

ポルトの路地
Rua do Sotoへの坂道。このすぐ左に噴水がある。

坂道の上り口に座り、売り物を広げて売っているおばあさんです。売り物といってもそれを見た人はお世辞にも買おうかと言う気持ちは起こらないであろう古い壊れかけた使いようのないような代物ばかりです。日曜日と雨の日を除いては冬の寒いときでもここで物を広げてはこうしていつも座っているのです↓

ポルトの路地
2006年撮影

よくこの通りを降りてリベイラへ向かっていたわたしは何年も彼女と顔見知りです。見かけるたびに昼食の時間にはいつもここに座ってスープをすすっていました。そしてまたその時間には決まって鳩がたくさん彼女の周りに寄って来、彼女が分け与えるパンをつついているのです。スープはわたしの推測ではこの辺にある食堂からいただいているのではないか、でした。

貧しい自分の食事から鳩に分け与えているその姿にわたしは昔見たミュージカルの鳩と老女のシーンを思い出し小さな感動を覚えたのでした。

顔見知りになったきっかけは、そんなおばあさんを何度か見て、「こんにちは」とわたしが声をかけたことでした。最初はひとつ買おうかと商品らしきものをざっと見回しましたが、どうも使えそうなものがあり
ません。これでは誰も買わないな、と思いました。

そこで、失礼なことだとは思いながら「コーヒーでも飲んでください」と少しお金を差し出すと、とても喜んでくれ、なんども礼を言うのです。

かつてはわたしも今のように忙しくなくよくポルトのデジカメ探検隊と自らを称して街を歩き回っていたので、しょっちゅうここでおばあさんと挨拶をかわすことになり、おばあさんの服装は冬は冬なりに一応寒くないように見えるものの、大分擦り切れて薄汚れています。

ひょっとするとホームレスかも知れないとの思いもあり、言葉を交わす都度5ユーロ、10ユーロと何かに役立ててもらいたい思いで差し上げていました。

「本当にいつもありがとうね。神のご加護がセニョーラにありますように」と開く口は何本も歯が抜け落ちたのが見えていました。

ポルトの路地
2007年撮影。同じ服装だがショールと靴が違っている^^

見かけないのが気になるもので、直ぐ側にある小さな雑貨屋へ入って「あそこにいつも座っていたおばあさんはどうしたの?」と思い切って訊いてみました。すると「ぐうたらな息子がいて苦労ばかりしてきたのさ。息子は稼がず、あの母親からなけなしの金をふんだくっていくんだよ。Coitadinha(可哀相に)。とうとう病気になって老人ホームに入れられたよ」と返事が返ってきました。

そうか。ホームレスではなかったにしろ、春夏秋冬ひがな一日あそこに座ってスープをすすっていたのは、それなりの苦しい事情を抱えていたのだな。寒さはあの歳では堪えよう、今年の秋口には毛布の膝掛けを持って行こうと思った矢先だったこともあり、病気になったのは辛いだろうけれど、老人ホームに入れられたのは案外良かったのかもしれない。

少なくとも食事にはありつけ、夜露雨露をしのぐことができる、とわたしは少し気が安らいだのですが、あれほど定時間におばあさんに群がっていた鳩たちは、さて、どうしただろうか。

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