2016年12月28日 

25日のクリスマスは、恒例の昼食会でアヴェイル(Aveiro)市に住む義姉宅に家族が集まりました。

わたしはと言うと、朝7時にはご飯を仕掛け恒例の持ち込み料理である巻き寿司を作り、今年はそれにトリのから揚げも一品増やしてみました。

sushi-1.jpg

義姉宅での昼食はレイタォン(Leitão)が定番です。レイタォンと言うのは「子豚の丸焼き」のことで、これはポルトガルではご馳走なのです。義姉宅では丸焼きを注文して、それを食べやすい大きさに切るのには、コツが要り、毎回、義姉の長男の役割です。わたしたちがアヴェイルに到着すると、大きな体にエプロンを締め、肉切り包丁を手に子豚と奮戦している姿をいつも目にします。

子豚の丸焼きは下のように切られます。焼きたては皮がパリパリして、とてもおいしいのだそうです。

kobutamaruyaki

が、わたしはこれが食べられないのです。こんなおいしいものが!とすすめられてもダメッす。肉類を食べることから遠ざかりつつある今では尚更いただけません。それを知っている義姉は、しないでいいと毎年言うのに、わたし用にと牛肉を用意してくれるのですが、これも食べきれず、困ったものなんですね。

義姉宅で昔もろに目にした最初のショックが↓、未だ尾を引いているのであります^^;
kobutamaruyaki

そのままの画像を載せるのはキツイと思い、色具合に少し手を入れました。皿にのっかってるのが子豚ちゃんの頭でありんす。

値段はというと、1キロが20ユーロ前後でしょうか。10キロですと200ユーロ(約25000円)くらいになります。バカリャウ(大ダラ)同様、その時期になると値段が跳ね上がります。日本では5キロ3万円くらいでいただけるようです。

どこぞの話に、とある母親が、幼稚園で子どもに食前の「いただきます」を教えたところが、給食代を払っているのだから、うちの子には「いただきます」など、教える必要はないと、ありましたが、「いただきます」が言わんところを英語にするとこうなるのだそうですよ。
「I am so sorry for taking your life and am greatly appreciate to be able to have your life.」

肉好きにとっては、一度は食べてみたい子豚の丸焼きだそうですが、この子豚ちゃんの顔を見ると、とてもとても・・・つくづく、命をいただいて生きているわたしたち人間の業に思いを致すのが、イースター、クリスマス、新年の食卓ではあります。

kobutamaruyaki

別テーブルに並んだ左上下はドライフルーツ、(上、左から)大好きなプディン、Bolos de Gema(Gema=卵の黄身)、お姉さんが作ったPão de ló de Ovar(Ovar式のカステラ。カステラはポルトガルではパン・デ・ロと言う。これについてはこちら、「カステラはポルトガル語か」で、どぞ)。

下、左から、クリスマス、新年の食卓に必ずのるラバナーダ(揚げパンをたっぷりの甘いシロップに漬け、シナモンをふり掛ける。フレンチトーストに似ているが、味は別物)、Bolo Rei(ボーロ・レイ。王様のお菓子の意味)、最後がFilhoses(フィリョーゼス。揚げパンの種類)。

こうして昼食を含め、何時間も食べては話し、飲んでは話し、ポルトガルのクリスマスはとにかく胃が丈夫でなければ、持ちこたえられませんぞ。

この日の一食だけで、丸いわたしの顔は輪をかけてまんまるになるわけであります。休息にと義姉の家のベランダからこんな景色がみえました。

aveiroDec-1.jpg

平和なり。

ではみなさま、また明日。
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2012年6月16日 

大都市と違い、ポルトで本格的な日本食を味わおうというのは叶わないこと
と重々承知している。それでもたまには自分の手を煩わせずに寿司もどきを
食べたくなる。

今では日本人の板前さんがいる和食レストラン「一番」があるのだが、少し
値がはるのと出てくるのが遅いのとで、しょっちゅうは行かない。わたした
ちがこれまで試した和食レストランはずいぶんとある。が、板前さんはどれ
も外国人なので、日本人のわたしからすればどうしても「まぁ食べられるが
ちょっと微妙な味」となるのだ。

ポルトに数ある寿司レストランだが、名前からしていただけない店にはわた
しは行かない。Kyodai、Sumo、Musashi, Soho エトセトラ。失礼だが
なんだ、これは?と店名からしていぶかしげで行ってみようと言う気がなえ
てしまう。ポルトガル人からすると、よく知られる日本語なのだろうが、レ
ストラン名としてはいかがなものかと日本人のわたしは思うのである。

日本食レストランでわたしがしないことがひとつある。生魚を口にしない。
鮮度が分からないのでポルトガルに限らず、国外ではわたしは極力生魚を
避ける。マグロ類は特に避ける。なんだ、それじゃ寿司を食べることになら
ないじゃないかと言われようが、よござんすのよ(笑) 

食べ物に臆病なわたしは注文するのは専らベジタリアン用の巻き寿司だ。
夫はすし類よりもカツ丼や照り焼き魚などを頼むが、これはわたしに付き合
って已む無く行ってることの証である。カツ丼も照り焼きも日本人が出す味
には到底ありつけない。

しばらく前に米国内のニュースで「寿司屋のマグロからサルモネラ菌…
20の州で116人が食中毒に」と言うのがあった。米国の海産物輸出業者が
販売した冷凍キハダマグロが原因とも、今米国で人気の「スパイシーツナロ
ール」(マグロの赤身にラー油と七味唐辛子をつけた巻き寿司だそうだ)が
原因だとも言われているそうだ。

寿司にラー油と七味唐辛子・・・とても日本人の感覚では考え付かないわた
しは思う。そうしてみると、ポルトの寿司レストランで巻き寿司を油で揚げ
たのをメニューにしているところもあり、日本語教室の生徒さん達と食事会
をしたときに注文したのがおり、このときは思い切って一口試食させてもら
ったが、本来の寿司からは遥かにかけ離れた味で、それきりだ。

日本の伝統食品の寿司がヘルシー食品として海外に普及され人気が出るのは
嬉しいことだが、本家の寿司を離れてアレンジされた色々なメニューが新た
に出てくるのには戸惑いを感じる。

わたしが思うに、日本伝統の寿司は衛生に口うるさい日本人が、長い年月を
かけて到達した、アレンジの追随を許さない究極の形なのではないのか。

日本人のわたしたちも、カレーライスのように本来のカレーから離れたもの、
また、タラコスパゲッティもそうだが、本場の人が「え?」と思うような、
日本人の口に合わせた味が創られた例があるので、伝統寿司云々と大きな声
では言えないところがある。

それでも、鮮魚を扱う寿司の話である、海外に普及されることで、外国人に
よってあのテこのテの微妙な味のスシモドキが出現するのは仕方ないが、日
本には古来から「食い合わせの悪い食べ物」というのがある。新メニュー創
作には、是非その点も外国人の板前さんには考えて欲しいものだ。

本日のエントリーのネタはこれなのであります。

イチゴズシ

出されてド近眼のわたし、ベジタリアン寿司を頼んだのに、何ゆえマグロが
乗ってるのだ?しかもやたら赤いし・・・」と思って目を近づけてみたとこ
ろ、イチゴでありました^^;
実はエチゴジシ、いや、イチゴズシは今回で2回目なのであります。初めて
目にし、何事も経験、向学のためだ、いけ!と一念発起、エイヤ!と挑戦し
て口にしてみたのが海岸通Fozにあるレストラン「Shis」でのこと。

イチゴズシ

まぁ、これは盛り付けとして美しいところもありますが、やはり味は何とも
微妙なものでありました。今回のはイチゴズシと分かるや、もちろん、はな
から相手にいたしません。とっとと乗っかってる甘いイチゴを箸でよっけて
寿司飯のみ口に放り込みましたです。それでも寿司飯にイチゴの甘みが残っ
ていて、なんだか食べてはいけないものを口にしたような気持ち・・・

漢字で書いてやらないぞぉ、このスシ(笑)

ん?一度試して見たいなんてお方、いらはるの?もう!知りまっせん!

イチゴズシが出るレストラン、次回ご紹介いたします。
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ジャンル:海外情報
2012年3月13日 

昨年12月の市立図書館で上映した影絵を、昨日月曜日はポルト市の中心に
ある私立学校で上映して来ました。

50人近くの子供たちが鑑賞するとのことで二つのグループに分けて二度上
映することになり、子供たちにあげる折り紙のキョーリュウーも慌てて追加
しました。影絵作成そのものは手がかかるものの、使用するBGMを聞きなが
ら切り絵を楽しんでいます。

が、上映時は影絵のスクリーンに移し手の頭や手が映らないよう膝をおり、
かがむ姿勢を取るものですから、普段運動不足で体のあちこちの筋肉をあ
まり動かさないわたしには、こちらは少し大変。

1回目が終了したあとの紹介で途中立ち上がることがあったものの、約1時
間ほどその姿勢を続けたわけです。案の定、日ごろの運動不足の影響をもろ
にうけ、今朝は動くたびに「イテテテテ・・・」の連発です。

少しすることが多いこの頃、ひとつをすれば、もうひとつができず。習慣だ
った週に一度、この日とばかりに意気揚々と出かけてはしていた2時間ほど
のポルトの街散策がこのところできないでいましたが、再びなんとか時間調
整する必要を実感しています。
ということで、夏までのボランティア活動は残すところ、後二つです。

今日は久方ぶりのポルトご案内です。
 
構内が青タイルことアズレージュ壁画で有名なダウンタウンのサンベント駅
向かいからドウロ川へと続く道が二本、延びています。その一本が
19世紀には街の中心とされ、たくさんの商店が軒を並べてにぎわっていた
Rua das Flores .Folresは「花」の複数形で、わたしは「花通り」と呼んで
います。もっとも今ではその名が恥ずかしいくらいにさびれてしまいました
が、それでもこの通りでには数軒、わたしの好きなお店があります。

それについては後日触れるとして、本日の案内はポルトガルの伝統グルメ店。
saobento 

saobento

ワインをはじめ高級酢、オリーブ油、岩塩、チョコレート、ジャム等々。
saobento

真ん中はバーべキュー用の岩塩、右後ろはオリーブ油のなかでも高級品と言
われるエキストラ・ヴァージン・オリーブ油。わたしもサラダに日常使って
います。ポルトガル特産物として意外と知られていないものにオイルサーデ
ンの缶詰や瓶詰めのトマトピューレがありますが、左手前が缶詰。  

saobento
Rebucados de ovo de Portalegre.何世紀も前に修道院で作られ始めた卵と砂
糖を基本にしたエッグキャンディ。ポルトガルの南部山岳地方アレンテージ
ュのポルタレグレ特産物です.
loja-sanbento7-1.jpg
木やブリキを使った昔ながらのポルトガル玩具コーナーも。
loja-sanbento7-2.jpg

トップのおもちゃを拡大してみました。
galo

丸いボードの下に下がっている木のボールを回すと鶏のくちばしがボードを
つつきます。わたしはいくつかお土産に日本へ持って帰ったことがあります。

このお店ですが、2年ほど前に店内に入り写真を撮らせてもらったのです。
雑誌記事で一度は取り上げたいとずっと思ってきました故、今日まで紹介し
そびれていました。

さて、本日午後、ネ友のCさんと会い、リベイラのオープンカフェでしばしお
しゃべりした後、岐路についたのですが、次回の取材ネタも欲しいと思い久
しぶりにこのお店に寄ることにしました。
Rua das Floresを上っていきますと、あれれぇ・・・・ない!店がない!
・・・・・・・閉店していました

ポルトガル不況の波がここにも押し寄せたようで、この間まであったお店が
いつの間にかなくなっていたということが最近よくあります。

帰宅したらアップロードしようと、書き終えていたこのエントリーでしたが、
結局店の紹介とは相成らず。小さいお店ですが、ちょっと素敵なグルメショ
ップでしたから残念です。

が、これらのポルトガル特産物は他店でも見られるはずです、お店の紹介と
いうより、今回は特産物の紹介ということで、とりあえず記事を載せること
にしましたので、ご理解ください。

それでは皆様、また明日。
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テーマ:海外グルメ
ジャンル:海外情報
2012年2月11日

ポルトは、ポルトガル国名発祥の地であり、15世紀にポルトガルに栄華を
もたらした大航海時代の先駆者、エンリッケ航海王子の生地でもあります。

ポルト市それ自体は面積42k㎡、人口27万人ほどですが一般に「ポルト」
と言えば、ポルト市を中心にした近郊13市を加えた「Grando Area Metropo-
litana do Porto=グランド・ポルト」を意味します。

1575k㎡の面積に人口200万人以上が住んでいます。わたしたちが住
むのも近郊市のひとつMaia市で、わたしもグランド・ポルトの住民というに
なります。

日本の関東と関西がちょっとしたライバル意識を持つのと同様、ポルトガル
でもポルトとリスボンは対抗意識が強い。わたしの知っている小噺に次のよ
うなのがあります。

リスボンで催された、とあるコンクールの勝者への賞品がポルトへの旅行券
であった。

 1等・ポルト1泊券 
 2等・ポルト2泊券
 3等・ポルト3泊券


え!と思われるでしょう(笑) 
どうして1等が一泊で2、3等がそれより多いのか?

つまりこれは、洗練されたリスボンっ子からすると、片田舎のポルトに滞在
するのは長くなるほど拷問である、というオチなのです。
「おふざけじゃござんせん」と言いたいところですが、思わずこのブラック
ジョークには笑ってしまいます。

さて、リスボンっ子をポルトガル語では「lisboeta=リズボエッタ」と呼び、
「cheira Lisboa=リスボンの香り」と昔から言うように、「洗練された、
お洒落な、都会の香りがする」と言う含みがあります。

一方ポルトびとはと言うと、これがまぁなんと「Tripeiros=トリペイロス」。
tripaは臓物のことでtripeiro(tripeirosは複数)はそれを常食とする者を
指し、ポルトびとのあだ名がこれなのです。

しかし、コホン、これにはポルトびとの祖先の深い愛国心が絡んでいるので
あります。

イベリア半島南部をはじめ、国土のほとんどがイスラム教民族に支配されて
いた長い時代を経て、8世紀にキリスト教民族の「reconquista=レコンキ
スタの戦い」が展開され、イベリア半島が奪回されたのは13世紀も半ば。
レコンキスタが完全に成就するまで、まさに5世紀もの年月を要したのです。

ポルトガル国はスペインからの独立戦争を経て、その辺りから始まるわけで
すが、1415年、アヴィス王朝ジュアン一世の時代に、ジブラルタル海峡
に面するイスラム教徒の拠点、北アフリカの入り口Ceuta=セウタを攻略する
ことになります。
ヨーロッパの隅の国ポルトガルにとり、領土を広めるにはアフリカ大陸を
目指す他なかったのです。
(既に「ここに陸尽き、海始まる」で書いたポルトガルの国民詩人カモイン
スもこの戦いに参戦し、この戦いで後のトレードマークとなる右目を失って
います。)

出発点はリスボン港とポルト港。
ジュアン一世はこの時、三男のエンリッケ王子も含む三人の息子、船舶大小
合わせて200以上、5万人の兵を率いて参ります。

この時です!
エンリッケ王子の故郷であるポルトびとたちは、セウタの戦いに向けて兵は
勿論のこと、70の船舶と兵の食料となる肉という肉全てを献上したのです。
残った人々は家畜の臓物を食することで食いつないだと言われます。ポルト
びとが「トリペイロス(複数)」と呼ばれるゆえんは、この郷土愛、ひいて
は愛国心にあるのです。Tripasはポルトびとの「利他主義、有用性、自己犠
牲、手厚いもてなし」を象徴する料理というわけですね。

料理写真はTripas料理。

tripas
新鮮な牛、豚、鶏肉の臓物を丁寧に洗い、それに臓物詰めの
ソーセージ、豆類、玉ねぎのみじん切り、ローリエの葉など
を加えて煮上げる。ごはんが添えられる。

今日ではポルトを代表する料理になっており、一般のレストランでたいてい
メニューに載っていますし、また、それ専門の評判のレストランもあります。
少しクセがありますがポルトにおいでの際には一度お試しください。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2010年10月23日 

30年もポルトガルに住んでいるが、知らないことが山ほどある。

とりわけ、食べ物に関しては、自慢にもならないが、今ひとつ大きな関心を
寄せることは少ない。戦後間もなく生まれたわたしは、育ったのが地方と
いうこともあってか、チョコレートや肉はめったに口にしたこともなかった
子供時代をもつ、菜食に近い人間ではある。
こんなわけで、元来が日本食主義で小食、ポルトガルの量の多いのには、
我が胃は何年住んでも慣れることはなさそうだ。

日本のガイドブックで紹介されている食べ物を目にしては、「ははん、こう
いうのが日本人には人気があるのか」と見流す程度で終わる。
食通の人から見れば、わたしなどは、まぁもったいない、とでもなろうか。

そんなわたしだが、しばらく前に、今回のJapan Week手伝い仕事で日本から
来ていたスタッフたちと出かけたレストランで出てきたのが「カタプラナ」。

cataplana2

ミニ円盤の形をした鍋そのものを「カタプラナ」というのですが、料理の名前
でもあります。鍋は下のようなcopperが使われると思っていたのだが今回のは
ちょっと違っていました。

cataplana1
中身はど~んとこれで、二人前。尾頭付きはスズキでしょうか、海の幸たっ
ぷりのポルトガル鍋料理こと「カタプラナ」は、本来はポルトガル南部アルガ
ルブ地方の料理だと言われます。

さて、こちらは、大分前から記事に載せようと思いながら時間がなく、今日
まで来てしまった、わたしが「ポルトガルのカステラ」と呼ぶスポンジケーキ
ことArouca(アローカ)のPao de lo(パン・ド・ロ)。
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