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2020年4月2日
 
「その頃には、我がモイケル娘が日本での大学進学を目指した時に約束したMSFEことM子老人支援財団」が出来ておりますように」と昨日の記事末尾に書きましたが、さて、その件にて。

2006年に綴った「帰国子女物語受験編」23エピソードにあるのでして。彼女の受験前ゆえ、未来形で書いていますので、ご了承ください。以下。

子の旅立ちというものは、親にとって嬉しいことでもあり同時に寂しいことでもあります。

大学入学試験と言う、まだ大きな難関が控えているものの、とにかく「ポ国から日本へ行き、大学入試を受けられる」ところまで娘が漕ぎつけることができたのは幸いなことでした。

この後、次々と襲い来る出費の嵐の前の静けさ。我がモイケル娘は8月の東京での大学受験に備えて、2004年7月からの6週間、所沢の我が妹宅から代々木ゼミナールへ通うのです。

うっかり合格してしまったら、どうやって授業料と生活費用をひねり出そうかと頭をめぐらし、最終的には、もらえるかどうか分かりもしない大学の奨学金をしっかりアテにして、夫の援助とおっかさんことわたしの職場から得る謝礼を毎月の生活費に回すことにしたのは、既に書いたとおりです。

そう決めた年の2003年、モイケル娘高校最後の年の11月17日。この日はわたしの誕生日でした。モイケル娘からもらったのが下の写真です。

maikozaidan1_1.jpg


Maiko Scholarship Foundation for the Eleders

Yuko ○○〇〇
 As you are recognized to be qualified as a student in
ability, talent and dignity, this certificate will
 guarantee full economical support from MSFE(Maiko
scholarship Foundation for the Elders) of your studing
in any Japanese University since the date of April the
1st of the year 2009.
                MSFE president:
                署名:m.m.s.c.s.
 November 17th, 2003


これは、娘からわたし宛の保証書のプレゼントであります。


「Yuko ××××殿

あなたは、その能力と才能と品格に於いて、学生としての素質を認められるので、
2009年4月1日から、あなたの日本のいかなる大学での学業に於いてでも
全面的経済支援を、これは保証するものです。

MSFE(M子老人支援財団)代表者」


と書かれています。

2009年4月と言えば、モイケル娘が大学を卒業する春です。わたしの援助と交代して今度は彼女がおっかさんの長年の夢である、教育の支援をする、と言う意味です^^

たかが一枚の紙切れと言うなかれ。これは保証書であると同時に、うひひひ、担保にもなるというとこまでは、娘、思い至らなかったであろう(笑)

これが、大切なわたしの宝物であり、彼女の大きな置き土産であるのは、言うまでもございません。

2009年を目指し、おっかさんも体力作り、知能作りに精出さないと!読書同様、勉強するということは、体力が要るのだと、近年悟ったのでした。

財団名に、「老人」と入れ込んであるところは気に食わんが、許して使わす。モイケル娘よ、グズグズしておられんよ。保証書は、どっこい、生きているぞ、わっはっはっは!

あれ?今気づいたけれど、2009年4月1日・・・・・
ま、まさか、モイケルよ、エイプリル・フールってオチではないよねぇ?^^;


ここから現在です。
あれから14年が経ちました。今では日本の大学に対する私の認識も、こんなんだったらなけなしの貯金を使って行くこともないかも知れないと、すっかり変わりました。

勉強しない学生も結構多いではないか。ポルトガルの大学でそんなことをしてたら、何回でも留年の憂き目を見ます。

実力はあったとしても学歴がないからダメだと言われ、悔しい思いをしたこともありましたが、それももう過ぎたこと。

なんだかんだと言われながらも、人手不足で日本の子供たちに教える機会を得たし、1年もの準備を要するポルト市と日本の国際親善協会が共同で一週間催すJapan Weekなる文化イベントのきわどいコーディネーターの仕事も回ってきましたし、今はこうして日本語を教える(日本語については、大したものではないが、一応日本語教師ライセンスをもっている)という幸運に恵まれてきました。

学歴証明書を提出しなければならない仕事につくことも、この歳になればもうありません。若いモイケル娘は家族が増えると、この先色々物入りになります。

よって、モイケル娘よ、この保証書は無効とし、思い出箱の中にしまいこみましょう。

大学や大学院で勉強できるのは、だれもができることではなくて、親のサポートを受けられるという幸運があるのだということを、忘れないでいて欲しい。

Japan Weekについては、こちらで↓
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-category-29.html

書けるハプニングはたくさんあったのですが、それが終わった後の脱力感たるや、あまりにひどく、いまだ、エピソードが書き加えられていないのであります。いずれそのうちに、と思っています。

ではみなさま、また。


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2020年3月24日 

薬の処方箋を出さなければならない急患がいて、夫は今朝、クリニックへ出かけると言う。

昼には帰るというので、じゃ、お好み焼きにしようかね、と言った後で、「あ!卵が切れたんだった!そんなら、たまご丼・・」と言いかけて、これも材料に卵がいるんだったと気づき、がび~~んのわたしです。

ツナサンドイッチもサーモンサンドイッチも作るはいとわないけど、食べるのもうイヤや。この間から昼はピッツアも含めてパン類ばかり。自分一人ならおにぎりで済ませるのですが、夫は
それを食べないもの^^; 

非常事態時です、スーパーへ行くのも極力避けて、昼は簡素な食事で夜はしっかり食べようと思うのです。インスタントラーメンも売っていないことはないのですが、どうもどこで作ってるのかよく分からないようで、できることなら手を出したくないと、買いませんでした。さぁて、どうしようか。

今日で自宅ひきこもり七日目です。やはり、野菜、果物が切れました。卵も(笑) そんなわけで、今日はどうしてもスーパーへ行くのに外出することになりそうです。

必要なものがあれば買いに行けばいいと、それが至極当たり前に思ってしまっていたこの頃、ふと、わたしがポルトに来た40数年前のことを思い出しました。以下、「不便さを哲学に」です。

今でこそ断水、停電がめったになくなったポルトガルだが、わたしが来た頃それはしょっちゅうだった。日本ではそんな経験がほぼなかったのでポルトガル新米のわたしは、エラい所に住む羽目になったなぁとかなりとまどったものだ。

わたしは義母、そして夫のおばたちと6年間同居していたのだが、義母の台所の調理器具の火元は電気なので停電ともなれば料理ができない。水が出なければこれまた料理不可で、断水・停電どちらにしても、即、困った事態に陥るのであった。お湯も電気で沸かすのでシャワーも浴びることはできない。

日本のように、何日の何時から何時まで断水だとか、停電だとかの予告なく突如としてそうなるもので、赤ん坊を抱えていた時期など、停電断水対策なくしては日々の生活は済まされなかった。

一度などこんな冷や汗をかいたことがある。

ーーー随分昔の、とある水曜日の午前中のことです。
日本語レッスンを予約していた生徒が来なかったもので、キャンセルされた時間を利用して、しばらくぶりに染髪することにした。染料を塗りつけて30分ほど置かなければならないのはご存知の通りです。

で、その間ちょいとメールチェックでもしようかとパソコンをオンにしたのであります。そしたら、日頃からネットでおしゃべりしていたチャット仲間にとっつかまり、ああでもないこうでもないとしようもない話で盛り上がり、「アッ!」と気づけば染髪の所要時間を過ぎること40分!髪はすでにバッリバリのバリ!

「すわ、たいへん!」てなことで、慌てて仲間にオサラバし、バスルームに駆け込んで、「さぁ、洗うべぇ」と蛇口をひねったら、ひねったら、ひねったら、・・・水が出ない!!!!(泣)

だ、断水よ・・・(予告無しの断水、停電がこちらではよく起こる^^;)出ないといったら憎ったらしいくらい一滴も出ません・・・染髪の色どころか、頭の中、真っ白であります。

義母と同居中のときは、よってもって食料庫の中にわざわざ補給水用のタンクをとりつけていたのですが、子どもも二人になり、義母の家もそれでは狭くなり、引っ越して別居した先はフラット(アパート)でもあるから、まぁ大丈夫かと高をくくったのが甘かった・・・

「よし、こうなったらもったいないが飲用水として常時買い置きしてあるミネラルウォーターで」と思ったのですが、染料を全部くまなく洗い落とすには相当量の水がいる。

とても5リットルボトル4つくらいでは足りそうもない。午後には日本語レッスンがあるんや~、どないしよう・・・どうしようかとウロウロしているうちに、時間はどんどん過ぎて行き、髪のバリバリ度は更に増していく。

なんでもよく知っている大阪出身の友人に「このまま夕方まで放っといても、髪、大丈夫かなぁ」と電話してみた。

開口一番、「あんた、またそんなアホなことしとんのか。夕方まで放っといたらどうなるぅ?知るかい!」 つ、冷たい奴め・・・好き好んでしたんじゃないわい。

はっ!と気づいたは、義母の家の補給水。確かあったはずだ!義母の家はここから目と鼻の先です。電話であちらに話をつけて、お風呂を借りることになりましたのね。

「でも、この頭をどうやって隠してあそこまで歩いて行くかなぁ」と思いつつ、何気なくもう一度水道の蛇口をひねったら、ひねったら、ひねったら~水がでた!「ハレルーヤ!」

ほんと真っ白になったり真っ青になったりした忙しい半日でした。そして、長時間置かれたそのバリバリ頭のせいで、今回はやたら赤くなってしまったわたしの髪であります。

こういうハプニングが起こるのって、日本のような文明国では考えられないことですね、きっと。(笑)

電気が再び点いたときの、水が再び蛇口から流れ出たときの感動は、それはもう長らく忘れていた素朴な喜びの感情でもありました。

停電ともなるとテレビ、ラジオ、ステレオなど普段何の疑問も持たずに湯水の如く使っている文明の利器が突如として取り上げられるのである。さすがにおたつきます。

しかし、何度か経験しているうちに、愚痴を言っても始まらない、しからば今できることをしようではないかと考えを改め、蜀台にろうそくを立てソファに座ってレース編みなどをするようになった。雑音のない静寂な時間は普段なかなか持てないものだ。

日の出とともに働き出し日没とともに就寝するという原始的な生活習慣を人はいつの頃から捨て始めたのだろうか。

Marchi2020_2_1.jpg

夕焼け空に目を向け夜空の月や星を仰ぐのは季節を見るだけではなく、大いなる宇宙のなかの人間という小さな存在を感じ取り、生命に思いを馳せる哲学的な時間を持つことでもあったのかも知れない、とそんなことを考えたりして、いつの間にか断水停電に対してあまり動じなくなりつつあった頃に、曽野綾子さんのこんな言葉に遭遇し、わたしは妙に納得したのだった。

「不便を体験すると人間はしばしば哲学的になる」

積極的なボランティア活動でアフリカ等の未開発国を何度も訪れては、多くの、いわゆるわたしたちからすれば大いなる不便さを目の辺りにしてきた氏だからこそ、言えるのであろう。

物事を沈着に考えるのに文明の利器は要らないかも知れない。必要なのは便利さに振り回されない時間を自らが作ることだと思うのだ。人間が万物の霊長とされるのは思考することができるという、他の動物とのその一点の違いだ。

が、今ほど人が「考える」ということをしなくなった時代はないのかも知れない、と思い、溢れた物に囲まれ、情報に振り回され、時間に追われて人生が刻まれるような毎日を送っていることが、時にふと怖くなったりするわたしだが、皆さまはいかに。

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2020年3月8日
 
最近でこそあまり興味を引く映画に出会わないので、映画館に足を運ぶことが少なくなりましたが、子供の頃から観てきた映画は数知れず。

わたしの小学生の頃は今のようにテレビなどほとんどない時代でした。
当時は小学校の講堂を利用して映画教室(わたしたちはこれを「幻灯」と呼んだのですが)が、時々催されました。

椅子などには座らず、そのまま床に地べた座りです。スクリーン代わりに講堂の壇上に大きな幕が張られ、私達のすぐ後ろでは映写機が裸のままジ~ッと回るのです。

そうして観た映画は数々。「綴り方教室」「にあんちゃん物語」「コタンの口笛」「地の涯てに生きるもの」「24の瞳」「柿の木のある家」「のんちゃん、雲に乗る」「緑遥かに」「怒りの孤島」等等があります。

これらの物語はどれも、子供心に深い感銘を与えたように思います。なぜなら、わたしは今、ここにこうしてずらりとタイトルをあげることができる程に、覚えているのですから。

本から学ぶことはたくさんありましたが、映画鑑賞から教えられたことも山ほどあるような気がします。

根が単純なせいか、映画も本同様、観ている途中から観客としての立場を忘れ、思わず引き込まれ、のめり込んでいることが度々あります。

観て一巻の終わりではなく、「もし自分の身にあのようなことが起こったら」と後で考えて見ることは、普段ののんびりした生活のちょっとした起爆剤になるような気がします。

たかだか70年80年の人生で、わたしたちが経験体験できることは、知れています。でも想像力を持つ私達人間は、それを駆使して模擬体験できます。更に、賢い人はそれを未来につなぐことができるでしょう。

自分の身を人の立場に置いてみる。これはたやすいようでなかなか難しい。孔子の論語に、「四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳したがう。」とあります。

「60歳で他人の意見に耳を傾けられる」と言うのには、その歳の頃には、「人のなすこと言うことが、環境、文化、教育の背景から来るものであり、いちがいに笑ったり怒ったりはしなくなる」という意味合いも含むことでしょう。

異文化社会に身を置く場合、若い時は往々にして自分が自国で体得してきた常識なるものをうっかり振りかざし、物事を批判しがちです。

わたしにも若い時、そういうことをしてしまった後悔があります。日本の教育が一番いいと錯誤したこと、日本人は時間厳守、常にきっちりしていて他人に及ぼす迷惑行為はあまりとらない、と言う幻想。

これらは勿論、時間を守らない、きっちりしない、迷惑行為を平気でとる、自己中心だなどの日本人も今はたくさんいますし、日本の教育についてはもはや言葉がありません。

するとですね、ここで言えるのは、日本人だから、外国人だからの問題ではないと言うことです。

日本人であるわたしも、同じ国の人から、「あ、ポルトガルに長い間住んでる人だからね」との印象を与えることがあるかも知れません。しかし、海外に長い間住んでいるからと言って、人はそうそう変わるものではないと思います。

その印象を与えるとすれば、「異国に長く住んでいる」からではなくて、「日本と言う単一文化を離れてあれこれ体得し今に辿り着いた人」と言えるのではないでしょうか。

物事を捉えられる想像力は、読書や映画鑑賞から、そして異文化体験からもある程度養うことができると思います。ぼ~っと観てたらその時間が過ぎるだけで終わりですが(笑)疲れている時、わたしはそうします^^;

ごく最近みた映画には、スターウォーズ・ラストエピソードに続き「ソフィーとライズィングサン」があります。1941年、真珠湾攻撃が始まる前の南カロライナの小さな町を舞台にした日系二世の男性と3人のアメリカ人女性の友情と恋をと描いたものです。

真珠湾攻撃による日系人への偏見を見るのは怖くて辛いですが、いざ何かが起こった時に、世界は一つ、世界平和などと叫ぶ能天気さがぶっ飛ぶほどに、海外に住む日本人への偏見が芽吹くということを思い起こしました。

今回の武漢肺炎で欧米でアジア系の人が罵声を浴びせられたり暴力を振るわれたりしているのも、偏見の一環でしょう。ウイルスの出先が欧米だったら、果たして欧米人に対して同じことをするものでしょうか。

映画を見て、武漢肺炎騒動を見て、外国に住むに於いて、いざというときの覚悟を忘れてはならないと思ったことでした。


「Sophie and the Rising Sun: 予告編」
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2020年3月5日

今日は珍しく日本語のキャンセルがあり、丸一日自由になりましたが、食料の買い出しは元から考えていたので、午後の予定にしていたのを午前に繰り上げて、隣町ガイア市にあるEl Corte Englêsデパートまで行ってきました。

魚とお米、それに消毒用のアルコールが必要だったのです。

我が家ではいつも数匹の猫を飼っているので、匂い取りにもアルコールは何かと便利でよく使っています。もちろん今回の騒動の元であるコロナウイルス対策にも使うためなのです。

夫が殺菌には通常のアルコール70%度数以上がいいと言うのです。デパ地下を見てみると、まぁ、さすがのポルトガルでも感染者が出たので、店頭にアルコールと消毒用石鹸液がズラリと並んでいました。

ひょっとしてマスクなども出てはいないかと見てみましたが、マスクはこちらでは医療品専売店か、薬局でしょうかね。そのマスクも在庫がなく夫を通して注文いるのですが、どうやらポルトガルでも在住の中国人が買い占めて、本国へ送付したりネットで売ったりしているようで、夫は店の人からその話を聞いて来たところです。

ポルトではまだマスクをかけている人をわたしは見かけていません。

さて、実はここ数日わたしは悶々としていたのでした。
個人レッスンに来ている若い女生徒のAさんが、例のチリ人作家が参加していたイベントに行ったと本人の口から耳にし、ぎょぎょぎょとなったのです。

おまけにA彼女、目の前で授業中に、ハックションとくしゃみしたんであります。んで、これはエライこっちゃ。彼女は作家のブースには行っていないというものの、大きな会場です、どんな交差があったか誰も知る由なし。

取りあえず自分ができることはアルコールで手を消毒、うがいをし、ドアの取っ手等もアルコールで消毒。さて、万が一、彼女が感染していたらわたしも疑いがあるわけで、がび~~ん、日本語もどないすんねん、ねん???

わたしたちがよく口にする「いざという時」なんてのは、こんな風にある日突然やってくるのだというのを肝に銘じなけりゃいけないな、と、もう半分コロナに感染した気分

しかし、ポルトガル政府がテレビで、その作家と接触した人は2週間自粛しろと発表したところでもあるし、それやったらレッスンに来ないのが普通なんだが変だなぁと気が付き、失礼を承知で思い切って彼女に確認メールを今朝送ったのでした。

「せんせい、行ったのはわたしではなくて、Eです(出版関係の仕事をするE女子もわたしのかつての日本語生徒でA彼女とEは近所に住む友だち)。それに、Eがイベントに行った日は初日で例の作家はまだ参加していませんでしたぁ」ですと^^;

あちゃ~、ほならわたしは何を聞いとったんや?A女子はすごい早口でポルトガル語をまくしたてるので、いつも世間話になると聞くのに苦労するんです。と、自分の聞き取り力のショボいのを棚に上げて(笑)

早とちりでも聞き取りショボいでも、いい!今回は自分の聞き間違えでほんとよかった!ハレルヤ!わたしはほんとにおアホですと、今、ほっと胸をなでおろしているのであります。

いえね、もしかしたらと考えただけで、なんだか咳はでるわ、鼻水はでるわ。でも落ち着いてみると、これって春先にわたしがなるいつものアレルギー症状なんですよね。

つくづく自分はアカンタレやなぁ、粗忽もんやなぁと、がっくりして喜んでいるのであります。
さてと、後は生徒たちと話し合って、今の状況下で学習をどうするかです。

粗忽者のブログ、読んでいただきありがとうございました。
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2020年1月9日

Porto.jpg
ポルトの景色。路地の古い家並。

プンプンしていると、気持ちがささくれだって来ます。こういう時にわたしがするのは、子供たちが日本へ行った最初の頃に聞かされた数々の面白話を再読することです。

年月を遡り笑っているうちに嫌な気分も少しは失せるという訳でして。以下。

もうかれこれ一昔も前になります。

初給料なるものを手にした我がモイケル娘、げへへへ、とスカイプで喜んでおります。今月だけは諸費がほとんど差し引かれずにいただけたのだそうです。

来月からは保険やらなんやらと色々差し引かれ、手取りはぐんと少なくなることでしょうが、やはり自分が汗水流して得たものは、うれしいことでしょう。

その彼女、先だって組合入会勧誘の話が来た、と言う。彼女、色々質問をしてみたが、勧誘するご本人もよく分からずに入会しているようで、話にらちがあかない。そこで、サインする前に規約書を読ませてくれと頼んだのだと・・・

モイケル娘の言うのがもっともな話なのですが、どうやら普通は皆さん、質問などせずに入るらしいのです。

読んでみた結果、月々3000円も払うのは低額所得者としては痛い、それで、「わたしは入らない。」と言います。

それで、思い出したのが、東京のW大学から3年目に編入した九州の大学での学生支援協会の会費徴収の連絡が来たときのことです。

年に一括して数万円の会費を払うのですが、よく案内内容を読んでみると、入会は義務にはなっていない。

曰く、「第一おかしいじゃないの。学生支援協会なのに、モイケル娘のような苦学の現役学生から(笑)なんで何万円も会費を徴収するのよ。これじゃどこが学生支援なのだ」とわたしたち親子。

案内の手紙は、保証人である所沢の我が妹宅へ行ったのですが、その妹いわく、
「一応みんな黙って払って入っておくのが常識なのよね。就活の時とか、いざとなるとヘルプしてもらえることもあるし。」

しかし、わたしと娘がカチンときた手紙の一文に、「入会されない場合は、就職の際などお手伝いできない。」とはっきり書かれてあったこと。

こういうことにはすぐ意固地になるわたしたち母子です。
「おお、そうかいそうかい!入るかい!」と相成ったのでありましたが、正直、そのときおっかさんのわたしは、「ちょっとまずいかな?やっぱしここは、日本的に黙して従った方が身のためかも?」との思いが頭をかすったのですが、モイケル娘、「いや、入らん!」・・・・・

ま、就活も出遅れて少し苦労しましたが、なんとか今の会社に採用してもらったわけですが、それでも、くだんの「学生支援協会」に入会しなかったがために、その後、プレミアをもらいそこねたのでありました。

そのプレミアとは、英語能力TOEIC試験で学内トップのスコアをとったらしく、講師から、「賞金がもらえるはずだ」と言われ、喜んで大学の事務局に申請に行ったところ、なんと、学生支援協会に入会していないからもらえないんだと(笑)

残念なことではありましたが、娘、「いいわ。もらう賞金よりも、年間に払うことになる会費の方が高いわい。」^^;

こんなんで、組合には入らないと言っていると今度は、社内で「部費」なるものを徴収されることが分かった、2000円もよ!」(笑) 

部費って@@学校の部活じゃあるまいし、わたしの時代にはそんなの聞いたことがなしw
「結局、日本て、なんだかんだとかこつけて、いつでもどこでもお金がもって行かれるようになってる・・・」とモイケル娘、ぶつぶつ言うこと言うこと。

おまけに自分が属するセクションの部費はモイケル本人が徴収することになるのだそうで(笑)

おしまいに、すでにこんな失敗をしておりますです。
「ダンボール箱に自分とこのセクションの名前をでっかくマジックで書いてたのよね。じゅん・び・しつ・って。 そしたら、その字、間違ってた~~~。がははは」
順備室・・・・・  

き、帰国子女だからね、なにしろ。それで勘弁してもらおう^^;
モイケル娘の名誉のために言っておきますれば、今はそんなことはないはず。いや、ないと思う、ないんじゃないかな(笑)

あの頃は、きっとこれから色々しでかすんだろうなとの楽しみが心配を上回ってしまった母でありました。

こんな風に、笑い箱から過去の話を一つ取り出して嫌なことが忘れられるという「福」があるのは幸せなことです。

ではみなさま、本日はこれにて。
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