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2018年11月12日 

一人で行くからいいと言うのに、日本語教室がある場所まで自分の車で送って行くという夫である。 送ってもらうと迎えにも来てもらうことになる。何だか自立していない気がしないでもない。かといって「絶対送っていらん!」と言うのも角がたつ。

どんなことをしているのか見て見たいんだよ、なんてのたもうている。はははは。
そんなわけで、日本語教室までショファー(お抱えの運転手)付きの気分の数週間だ。1時に授業を終え後片付けをすると1時20分くらいになるので、帰路の途中で昼食をとるのだが、今日はこのところ無沙汰をしていたサン・ジュアン病院からさほど遠くない、夫の知り合いの小さなレストラン「Loureiro」へ行って見た。

loureiro4_1.jpg

Loureiroはメニューが少ないが、ちょっと洒落た料理を出してくれるレストランで、開店40年になる。わたしがポルトガルに来て以来通っている店で。この残念なことはただひとつ、生ビールがないことだ。
その帰り道、サン・ジュアン病院の側の一隅に鮮やかな紅葉を目にし、思わずカメラを向けた。

kouyou1_1.jpg

こんな紅葉はかつてポルトで見かけることはなかった。近年植える木に楓類を増やしたのであろう、街のあちこちで紅葉が見られるようになった。

そして、突如として思い浮かんだ一編の詩がある。

病んで金色をした秋よ
お前は死ぬだらう 柳川原に嵐が荒ぶ頃
果樹園の中に雪がふりつもる頃

哀れな秋よ 死ね 雪の白さと 
熟した果実の豊かさの中で
空の奥には
鶻(はやぶさ)が舞つてゐる
恋をしたことのない
短い緑の髪を持つた松の木の上で

遠くの森のふちで鹿が鳴いた

私は好きだ 季節よ お前のもの音が
誰も頼まないのに落ちてくる果物と
啜泣く風と林と
落ちてくる涙 秋の落葉よ
踏みにじられる落葉よ
走り行く汽車よ
流れ去る生命よ
                 (訳詩集「月下の一群」より)

アポリネールの「病める秋」、訳詩集「月下の一群」堀口大学訳だ。

この詩に出会ったのは本ばかり読んでいた高校時代で、どういう訳でかわたしが知らないうちに高1後半で退学処分になった女子同級生に貸してもらった詩の月刊誌だった。同年代にしてはとても大人びていた人だった。

この詩の強烈な最初の一節に、こんな詩もあると知り、衝撃を受けたものだ。
この詩を諳んじて、秋の葉が落ちる頃はいつも思い出しては心中つぶやいていた。

遠くの森のふちで鹿が鳴いた

私は好きだ 秋よ お前のもの音が
誰も頼まないのに落ちてくる果物と
啜泣く風と林と
落ちてくる涙 秋の落葉よ
踏みにじられる落葉よ

後年わたしはアメリカへ向かったが、高校時代はフランスに憧れて、この詩からパリの深い森を想像ししていたのである。

ポルトは冬は雨季にあたり、秋冬の季節感がないと思ってきたが、今日、赤黄の紅葉と落葉に忘れかけていたアポリネールの詩を思い出したのであった。
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2018年11月10日 

ポルトガルに住んで長いが、最初の1、2年を除いて40年近くもの間、美容院というものを利用した事がない。当地のあちこちの美容院を試してみたのだが、日本人の髪の毛の扱いを知らないのだ。柔らかいこちらの人の髪に比べると、日本人のは太く硬めで、髪の量も多い。結局どこも気に入らず、探して試すのにも疲れてしまい止めた。

ゆえに40年近くわたしはセルフカットなのである。おかっぱのヘアスタイルをかくも長年変えないのはそれが一番切りやすいからだ。後ろは多少揃わなくたって自分には見えないからいいや、と開き直っている。

たまに、えいや!と気合を入れすぎてすっかり短くしてしまうこともあるが、また伸びるからいいよ、てな思い切りである。今週初めの月曜日にもそれをしてしまった。ここも長い、ここも、と切っているうちにすっかり髪を短くしてしまい、取り返しがつかないくらいになった。

そんな日の夕方、夫が帰宅して言うには、「明日の11時、君のほくろ除去の手術だよ」
えーーー!

右目のすぐ横にあるほくろは子どもの頃からあり、わたしのトレードマークだと思っているので気にしたことはないのだが、5年ほど前に、左目横にポチッとできたほくろがある。

これが少しずつ大きくなり、2年前には気になりだしたので紫外線アレルギーでお世話になっている皮膚科の先生に相談すると、ダーモスコピーで見てくれ、紫外線と年齢(@@;)でできたものだから心配は要らないとのお言葉。

そのまま放っておいたのだが、この夏からなんだか急に大きくなり膨らんできた。何度か髪をブラッシングをした時にそこにあたり、痛い思いをしている。このままだと目立つので、いざという時にショートカットにできないではないか。

夫が働いている私立病院の整形外科のドクターに相談し、決められた手術の日が夫の言った「明日の11時」、つまり今週水曜日なのであった。

簡単に終わるとタカをくくって行ったところが、1時間ほどもかかった。手術する部分に穴が開けられた目隠しシートが顔にかけられ、局部麻酔をしたのでその間の痛みがなかったが、長い時間、ほじくり、縫い付けられていたような感じがした。

ほくろとその下の皮膚全層をメスで切除し、周囲の皮膚を引き寄せて縫合、切除によってできた傷を閉鎖したのだそうだ。

無事に終え、鏡を見ると、ほくろがあったところを中心に顔の4分の1が縦にガーゼで三重くらいに覆われている。

げ!これじゃ、髪で隠すことあたわず、ではないか。その髪もうかつに短く切ってしまった後である。木、金、土曜日とクラスがあるじゃん^^;どうするの?!!

いろいろやってみたが、隠し様がないと観念し、そのまま授業に望んだんでした^^;

我がモイケル娘に、「えへへ、リフトアップと染み取りのプチ整形手術をしたぞぉ」と冗談で言ってみたら、すかさず、「げ!」との返事。その後、かくかくしかじかと説明した。

人間、歳相応がいいとわたしは思っているので、その手の手術はしようと思わないが、ある日突然できたほくろは皮膚癌につながったりするという話も聞く。あと、15年くらいは元気で生きたいと願うもので、再度、それも調べてもらいたいと思い、受けた今回のほくろ除去手術だった。

ドクターからは昨日夫宛に皮膚生検の結果を連絡していただいた。異常なし。
ハレルヤ!!

この状態で明日の日曜日は定例の気が合った4人仲間との食事会があるのだが、きっと言われるだろな、大阪出身の友人に。

「あんた!また転んだんかい!ドンくさいなぁ」(泣)
ほっとけ~~~。

本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
では、また。
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2018年10月31日  

ち、ちがう!わたしじゃありませんて!
ユーコさん、やっぱりやってるんか~との声に激しく否定反応しております。

いえね、今日は同僚のOちゃんと、日本語教室についてのミーティングを午前中カフェでしてきたのです。ついでに、息子が持ってる数本のエレキギターの一本をOちゃんの息子さんに届けてきました。

guiter-1.jpg

ギターを抱えた一瞬、遠い昔、アサヒビアハウスでバイト歌姫をしていた時のこと、9時まである3ステージの間に30分の休憩が入るのですが、その間、従業員が出入りする裏口の片隅で好きな歌を歌いたいがため、毎朝、こんだ電車に乗ってはギターを抱えて出勤していたあの頃が胸をよぎり、ギターに触れなくなってもう幾年月が流れただろうかと、ちょっと感傷的に気分になったのでした。

我が息子が始めてエレキギターを手にしたのはかれこれ25年ほども昔になります。ちょうどOちゃんの息子さんと同じくらいの年齢で、わたしたちからのクリスマスの贈り物でした。
guiter2_1.jpg

最初の真っ赤なギターは今も息子の部屋に残っています。これがきっかけで、やがて自分でもベースなどを入手するようになり、大学生時代にはクラシックギターも弾いていました。リスボンからの帰省ごとに必ず抱えてくるのは、拾った猫とギターでした。

一時はミュージシャンを夢見て作曲もたくさんしていましたが、今は音楽は趣味になったのではないかな?芸の道は厳しく、才能と幸運に恵まれたほんの一握りの人だけがその道で食べていけるというものです。

息子が音楽の道を、と言い出したときには、しまったなぁ、あのギターをあげなかったらこんなことにならなかったかも、と多少悔いたのは本心です。が、生活のための仕事と音楽との二束のわらじは難しいと息子は悟ったようで、わたしはそれでよかったと思っているのです。が、本人は果たしてどうなのでしょうか?

Oちゃんの息子さんがエレキギターの魅力にとりつかれて、「あの時、ユーコさんからもらわなかったらよかったかも~」なんてことにならないといいんだがなぁ、と多少気になるところもあります。
もし、そうなったら、ごめんなさいよ、Oちゃん(笑)

さて、その帰りなのです、逆走車に出会ったのは!

夫の職場だったサン・ジュアン病院前の環状線の大通りを家に向かって走っていました。大通りは真ん中にグリーンベルトがあり、車道は左右それぞれ一方通行なのです。何気なし走っているや、え!え!え!一瞬自分が走ってる同じ車線をこちらへ向かって来る一台の車が目に入りました。 

粗忽者の私のことゆえ、げ!自分が、ま、まちがって走ってる?と焦ったの一瞬でしたが、いや!あっちがおかしい!となり、慌ててハンドルを右に切り、隣の車線に入ったらば、向こうは気がつかないのでしょう、まだのんびりとこっちに向かって走って来て通り過ぎるんだぼん!

あのままわたしがスピードを出して走っていたら、ゴッツンコでっせ!

だ、だれか止めなきゃ~~と思うものの、 車は流れて行きます。するとすかさず、わたしの後走車たちがいっせいにクラクションを鳴らし始めました。その車を運転していたおじさんがその後どうしたかは、車の流れで急に止まるわけにも行かないので、もう確認の仕様がありませんでしたが、ひゃ~、こっわいな!と、初めての逆走車に冷や汗をかきました。

日本では高齢者の逆走車のニュースをよく目にしますが、ポルトガルもたまにあるようです。それで、
わたしなどは70歳を超えたら、車の運転は止めようと思っていたのですが、なんせ、食材の買い出しを始め、出張で某企業まで出かけたり、土曜日の日本語教室を開いたりしていると、どうしても車は必要です。

この仕事を後どのくらい続けられるだろうか、よりも、どのくらい、後、しっかりした頭で車の運転ができるだろうかと、そちらがすっかり心配になってしまった、今日の初めての逆走車との出会いでした。

どうか自分がそういうことをしませんように、なんまんだ~と、神頼みしましたっけ。
くわばらくわばら。

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2018年10月25日 

午前中、予約を入れていた私立病院の皮膚科に診察を受けに行っての帰り、夫が、ランチには少し早いけどどうする?と言う。

じゃ、改築に入ったというボリャォン市場(Mercado do Bolhão)の様子を見に行こう。その後、レストランBurracoでランチを、とわたしは提案。 夫は珍しく今日一日患者がないのだそうで、ダウンタウンは一人歩きが好きなわたしだが、仕方ない、お供に連れて行くか、てな訳で二人で行って参りました。 

Publicphone1-1.jpg

街は、夏のピーク時に比べてツーリストは減ったものの、どこを見渡しても地元の人間より、旅人の多く目につきます。ほとんどの人が地図を片手に道を確認したり、キャリーケースをガラガラ引きずったりして歩いています。かつてのポルトではあまり見られなかった光景です。

さて、ぼリャォン市場(Mercado do Bolhão)について。

まずは名前の由来です。かつてこの当たりは川が流れる広大湿地帯で、水の泡(bolha de águaができていたことから、人々が「ボリャォン(Bolhão)と呼ばれ始めました。

市のプロジェクトで1914年に、地階を入れた3階立ての後期ネオクラシックスタイルの建物を構える市場として完成しました。四つの通りに面しており、入り口も各々4箇所あります。

わたしもポルトに来た当時、路面バスに乗って時々この市場を除いたりしたものです。

Mercado do Bulhao

100年以上もの間、ダウンタウンの勤め人や多くの市民に愛されてきたブリャォン市場ですが、1990年代に入ると、老朽化が問題視され始めました。同時に、市場への便利なアクセスを図ろうと地下駐車場をつくる計画が持ち上がりました。が、ダウンタウンを貫通している地下水の問題が計画を阻み、それは立ち消えになりました。
            
老朽化による安全保障問題で市は市場内の出店に立ち退きを要求してきましたが、2000年代に入ると、店子たちを中心とする署名運動につながり、店子たちを一旦別場所に移ってもらうということで、今回の改築にこぎついたのは今年、2018年の5月です。

下は2年間の改築が進められる目隠しされた現在のホリャォン市場。

Mercado do Bulhao

これは、市が用意した古くからの店子たちを含む一時的な市場へといざなう道です。

Mercado do Bulhao

↓下は、Mercado Temporário Bolhãoto看板が掲げられてあるダウンタウンのショッピングセンター「La Vie」横の建物入り口から、当座の市場へ。

Mercado do Bulhao

古くからの出店を頑張ってきた店子たちの写真がズラリ。

Mercado do Bulhao

中は想像したより遥かに広く、意外でした。

Mercado do Bulhao

市場を一回りしてエスカレーターで上るとショッピングセンター内に出ました。そして、外には、あら、いつの間に!ポルト3軒目のスターバックスが!

Mercado do Bulhao

2020年に新装オープンするというブリャォン市場が、それはそれで楽しみでもありますが、またひとつ、古いポルトが消えるなぁ、と、40年前の市場を知っているわたしは思うのであります。

以下、わたしが知るかつてのブリャォン市場、12月の様子です。

Mercado do Bulhao

市場通りの店先にはクリスマス料理必須のご存知「Bacalhau=バカリャウ(大きな干しダラ)が並んでいます↓
Mercado do Bulhao

真ん中は「Chourico=ショリーソ」と呼ばれるソーセージの種類。右の「Pernil=ペルニル」は豚の足の燻製。
Mercado do Bulhao

懐かしい。干しいちじくにクルミの実を挟んでいます。これもポルトガル独特のクリスマスに出されるドライフルーツのひとつ。わたしは大好きで、我がお姑さんが存命中には、家でクルミを割って実を取り出し、干しイチジクにひとつひとつ挟んだものです。
Mercado do Bulhao

クルミ割りを使い、きれいに実を取り出せたときはなんだか嬉しく思え、それがクリスマス前のわたしの仕事でもありました。近頃ではこのクルミもトルコ産だとか。ドライで食べにくいのです。おいしいのはしっとりと干しあがったイチジクなのですね。そういう干しイチジクに最近はあまりお目にかからなくなりました。

本日はポルト、ブリャォン市場の今昔物語でした。

では、みなさま、また!

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2018年10月22日
 
あれもこれも、物事がなかなか思うように運ばなかったこの2ヶ月。その上に帯状疱疹も抱えてしまったもので、3週間ほど痛みで夜間眠れず、不眠症にかかっていました。一ヶ月もしてその痛み去りましたが、今はまだ疱疹の後が数箇所に残っています。

難儀していた事どもに関しても、もう返事は待ちきれない、だめだこりゃとひとつを諦めて別計画を立て直し、一応解決を見、ようやくいつもの調子が出てきたところだと言えます。

6年間、ポルトのクリスタル宮殿公園内にある市立図書館で土曜日の午前中日本語コースを開いてきましたが、何かの行事、或いは会議室として使える部屋はその一部屋しかなく、それを週に一度だけとは言え、占領してきたわけで、そろそろ一旦引き上げる時期であろうと決めたのが7月です。

ところが、2クラス併せて16人の生徒たちは勉強を続けたいと言い、さぁ、大変、それから初めてのレンタルルーム探しでした。

9月から一ヶ月ほど、知人の紹介で空手道場の一室を借りて授業をしてみたですが、1クラス12人には窮屈で、その間もあちこち部屋を探さなければなりませんでした。最低の設備とアクセスがいい条件を備えたところとなると、レンタル料も高く、これも寝付けない理由の一つになっていました。

が、やっと教室を見つけ、実は土曜日、そこで授業を開始したところでした。これで教室の問題は解決し、長年お世話になった図書館には先週お礼の図書寄付を済ましたところで、昨夜はよく眠ることができました。

物事、予定の返事がひとつ長引くことで、他事にも大きな影響をおよぼします。いっそのこと、とスパッと諦めるのも必要ですね。 spacesisさん、何をブツブツ言っとんの?と問われそうですが、実は某私立大学から日本語夕方コースの話が持ち上がり、それによって、これまでの日本語レッスンのスケジュールを全面的に見直さなければならない状態だったのです。

それがきちんと決まらないことには、他の授業も計画できず、イライラしていたのですが、後で返事が来たってもう知らんぞ!と、その話を切って先に進める事にしたというわけです。

元々この話には夫、子どもたちから、歳も考えずそれ以上仕事を増やして大丈夫なか、まして夕方から、との意見もあったのですが、できるならちょっと頑張ってみたかった!

このようないきさつで、この2ヶ月、しんどかった~~

さて、昨日土曜日は、新しい教室で初授業を終え、気分良く夫とレストランでの昼食後、しばらく前から友人たちから話に聞いてたマーケットまで足を向けてみました。チャイナマーケットなんです。

わたしはチャイナフリー(チャイナ製品を買わない)運動にしつこく一人で長年こだわってきて、日本製のものがたくさんあると聞いても、それがチャイナマーケットであれば行かないと決めてきました。しかし、今回は何気にかなんとなく覗いてみる気持ちになったのであります。 そして、そしてそこで見つけたのが、これ!!

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大根の一本、しっぽのあたりが無いのは、恥ずかしながら撮影前に我慢しきれず大根おろしにして食べた後なのであります^^;

本当のかぼちゃ!(とはわたしの言。ポルトガルのかぼちゃはとても大きく味もおおざっぱ。たいていはスープに使う) 納豆だ!大根だ!それにそれに、長芋ではないですか!!

大根、長芋は夏に子どもたちに、半分でも良いから持ってきて~と頼んだに拘わらず、アイツらすっかり忘れてきたのでした。文句を言わず落胆感をひたすら隠して笑顔の母でありましたっけ(笑)

家の台所でこれらを並べ、うっふっふ、これって今日はわたしのハーヴェストだな、などと内心ほくそ笑んで写真を撮っていると、夫の「チャイナフリー返済だね」の一言にガーーーーン!

あそこに納豆も、バーモントカレーもあるよ、との情報を頑固に聞き流し、電化製品も極力中国製は買わず、鼻息荒く「わたしはチャイナフリーよ」と言ってきた妻をもしかした内心おもしろおかしく笑ってきたのかも知れない夫です。

長年の己の戒めも忘れて、チャイナマーケットで手に入れたこれらをホクホク喜んでいるわたしが可笑しかったのでしょう。

とうとう食い意地に負けて破戒・・・
ま、いっか。足腰元気に生きられるのも、長くてせいぜい後20年だ、食べたいものが目前にあったら、やっぱ、手が出るよね。などと自分に言い訳して、早速、昨晩は「だし汁風呂吹き大根」を作ったのですが、夫とリビングで帰国の切符の話をしていて、うっかりそれを火にかけているのを忘れ・・・・

ハッと気がついて台所に飛んでいったところが、こと既に遅し。貴重な大根を焦がしたわたしでありました。あ~あ、おバカなわたし、もったいなか~~。 しかし、ここで今日のゲットしたハーヴェストは諦められない、即、夕食用にとかぼちゃの煮物にとりかかりました。

kabocha.jpg

甘くてほっこりしたかぼちゃは亡き母の味にも通じます。煮過ぎ気味ですが、夫はもったいなくも皮を食べず残すのでちょうどよいくらい。

あぁ、秋の収穫やなぁ。幸せでした。

本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。
ではまた!



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