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2020年1月9日

Porto.jpg
ポルトの景色。路地の古い家並。

プンプンしていると、気持ちがささくれだって来ます。こういう時にわたしがするのは、子供たちが日本へ行った最初の頃に聞かされた数々の面白話を再読することです。

年月を遡り笑っているうちに嫌な気分も少しは失せるという訳でして。以下。

もうかれこれ一昔も前になります。

初給料なるものを手にした我がモイケル娘、げへへへ、とスカイプで喜んでおります。今月だけは諸費がほとんど差し引かれずにいただけたのだそうです。

来月からは保険やらなんやらと色々差し引かれ、手取りはぐんと少なくなることでしょうが、やはり自分が汗水流して得たものは、うれしいことでしょう。

その彼女、先だって組合入会勧誘の話が来た、と言う。彼女、色々質問をしてみたが、勧誘するご本人もよく分からずに入会しているようで、話にらちがあかない。そこで、サインする前に規約書を読ませてくれと頼んだのだと・・・

モイケル娘の言うのがもっともな話なのですが、どうやら普通は皆さん、質問などせずに入るらしいのです。

読んでみた結果、月々3000円も払うのは低額所得者としては痛い、それで、「わたしは入らない。」と言います。

それで、思い出したのが、東京のW大学から3年目に編入した九州の大学での学生支援協会の会費徴収の連絡が来たときのことです。

年に一括して数万円の会費を払うのですが、よく案内内容を読んでみると、入会は義務にはなっていない。

曰く、「第一おかしいじゃないの。学生支援協会なのに、モイケル娘のような苦学の現役学生から(笑)なんで何万円も会費を徴収するのよ。これじゃどこが学生支援なのだ」とわたしたち親子。

案内の手紙は、保証人である所沢の我が妹宅へ行ったのですが、その妹いわく、
「一応みんな黙って払って入っておくのが常識なのよね。就活の時とか、いざとなるとヘルプしてもらえることもあるし。」

しかし、わたしと娘がカチンときた手紙の一文に、「入会されない場合は、就職の際などお手伝いできない。」とはっきり書かれてあったこと。

こういうことにはすぐ意固地になるわたしたち母子です。
「おお、そうかいそうかい!入るかい!」と相成ったのでありましたが、正直、そのときおっかさんのわたしは、「ちょっとまずいかな?やっぱしここは、日本的に黙して従った方が身のためかも?」との思いが頭をかすったのですが、モイケル娘、「いや、入らん!」・・・・・

ま、就活も出遅れて少し苦労しましたが、なんとか今の会社に採用してもらったわけですが、それでも、くだんの「学生支援協会」に入会しなかったがために、その後、プレミアをもらいそこねたのでありました。

そのプレミアとは、英語能力TOEIC試験で学内トップのスコアをとったらしく、講師から、「賞金がもらえるはずだ」と言われ、喜んで大学の事務局に申請に行ったところ、なんと、学生支援協会に入会していないからもらえないんだと(笑)

残念なことではありましたが、娘、「いいわ。もらう賞金よりも、年間に払うことになる会費の方が高いわい。」^^;

こんなんで、組合には入らないと言っていると今度は、社内で「部費」なるものを徴収されることが分かった、2000円もよ!」(笑) 

部費って@@学校の部活じゃあるまいし、わたしの時代にはそんなの聞いたことがなしw
「結局、日本て、なんだかんだとかこつけて、いつでもどこでもお金がもって行かれるようになってる・・・」とモイケル娘、ぶつぶつ言うこと言うこと。

おまけに自分が属するセクションの部費はモイケル本人が徴収することになるのだそうで(笑)

おしまいに、すでにこんな失敗をしておりますです。
「ダンボール箱に自分とこのセクションの名前をでっかくマジックで書いてたのよね。じゅん・び・しつ・って。 そしたら、その字、間違ってた~~~。がははは」
順備室・・・・・  

き、帰国子女だからね、なにしろ。それで勘弁してもらおう^^;
モイケル娘の名誉のために言っておきますれば、今はそんなことはないはず。いや、ないと思う、ないんじゃないかな(笑)

あの頃は、きっとこれから色々しでかすんだろうなとの楽しみが心配を上回ってしまった母でありました。

こんな風に、笑い箱から過去の話を一つ取り出して嫌なことが忘れられるという「福」があるのは幸せなことです。

ではみなさま、本日はこれにて。
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2020年1月8日

いい音楽は、心を豊かにしてくれる。
     
わたしは子供達が幼い頃から、家中で音楽を流しながら立ち仕事座り仕事をよくしたものだ。岩崎宏美の日本愛唱歌、ジョン・デンバー、キャッツ・スティーブン、パバロッティ、ショパン、モーツアルト、ユーミン、研ナオコ、エディット・ピアフ、ムスタキ、トム・ウェイツ、高橋真梨子等等、ジャンル、洋の東西を問わず好きな音楽は何度でも聴く。

家中が音楽で溢れていると、何故だかそれだけで心が満ち足りるのだ。

大してうまくもない歌も、時々一人でヘタクソなピアノを弾きながら歌ったりすると、時の経つのも忘れ1時間2時間とやってしまい、
「お~~い、奥さん、晩飯はまだかぁ」と夫の声がかかり「あらん^^;」と言うこと度々だった。

このような生活環境だったから、子供達もおのずと音楽好きに育った。レコードから流れているのや、わたしが歌うのを聴いたりして、彼らの年代にしては、古い歌も随分知っているのではないかと思う。

「空にゃ今日もアドバルーン~ さぞかし会社でいまごろは~」なんて歌は、我が母が歌うのを子供だったわたしが耳にして覚えていたのだが、これを英語にしたのを見つけては、もいける娘と二人大いに盛り上がったものだ。
      
Today adbaloon in the sky,
Perhaps he is in the company.
I think he is very busy.
ああ, nevertherless nevertherless, don´t you?
I get angry I get angry it is naturalね~          

「なによ、これぇ~」と喜んでは二人ともしばらくこの歌詞が頭から出ていかないのであった。サトーハチロー作詞、古賀正男作曲1937年ヒット。もちろんわたしはまだ生まれてませんて(笑)

息子は小学生のころ、ロック歌手ティナ・ターナーやGuns & Rosesなどに一時夢中になり、エレキギターからアコースティックギターを経て、いつの間にかアパートの一室をスタジオにしてコンピューターを駆使し面白い音楽作曲にいそしんだ時期があった。

モイケル娘とわたしは音楽の趣味が合うようで、それぞれが好きな音楽をネットを通じて紹介し合ったりしたものだ。

彼女がまだ我が家にいた乙女のころ、わたしたち母子がバッチリ意見も合い大好きだったのが「チャゲ&飛鳥」だ。「チャゲアス」をわたしたちが知ったのは、彼らの最高潮時期を過ぎてからだった。

日本に帰国していた時にたまたま観た、再々放送くらいのドラマ「振り返れば奴がいる」。ドラマも面白かったがテーマ曲に二人とも「ぬぬ?」となったのが「Yah Yah Yah」。なんと斬新な歌詞!メロディ!いけるじゃん!このDuo、「101回目のプロポーズ」の「Say, yes」の二人ではないの!となった。

彼らの歌詞もメロディもステージ・パーフォーマンスも抜群に肌に合った。以来、我ら母子はチャゲアスのcdを聴きまくることになる。

Yah Yah Yahをかけながら、On Your Markを聴きながら、車をぶっとばすことの気持ちよさったらなかった。

♪い~まからソイツを これからソイツを 殴りに行こうか~。
Yah Yah Yah Yah Yah Yah Ya~

飛鳥はアンパン顔だけど、カッコいいじゃん。こんなセンスのいい音楽を作る事ができるんだねぇ と、モイケル娘とわたしは彼らの歌にすっかり酔ってしまったのである。

ある日のこと、ポルトで日本人の友人宅から帰って来たモイケル娘が、困惑気味な顔して言う。

「おっかさん、あのさ・・・・わたしたち、とんでもない勘違いしてた。
 チャゲアスね、今日、友達んとこのテレビで観たんだけど・・・
 チャゲが飛鳥で、飛鳥がチャゲだったよーー!」
      
なんでんねん、そりゃ?

「チャゲと飛鳥の映像」を観たことのない我ら親子は、cdの歌詞小冊子に載る二人の写真を見て、愚かにも「チャゲを飛鳥と思い、飛鳥をチャゲ」と勝手に信じ込んでいたのである。

う、うそ・・・そんなぁ。今更ひどいよ。
イメージチェンジ、きかないよ~~(爆笑)      

いやはや、これには参ったズッコケ親子。いったい全体、何がどうしてそんな事になってしまったのか。友人連に話しては、「あんたら、アホ」の一言で片付けられたのではあった。

いったん頭の中に定着してしまった「チャゲが飛鳥で飛鳥がチャゲ」像、これを払拭するのに長い長い時間がかかったのでした。

それにしても、チャゲアスの詩に心をグッと鷲づかみされるような不思議な斬新さをわたしは感じたのでした。

♪いーまから ソイツを これから ソイツを 殴りに 行こーかー
  Yah Yah Yah Yah Yah Yah Ya~

なんてあまり女性が声高々に歌っていいものかとは思うものの、女だって殴ってやりたい人間の一人や二人、いますもんね。
お、殴りたいヤツ、いるのかって?
おうよ!いるんだわ今、ほんと!

と、どさくさに紛れてうっぷん晴らしの本日でございました。
みなさま、ごめんあそばせね。



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2020年1月6日 

一休和尚のに、
「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」

との狂歌があるそうですが、なるほどなぁ、と、感じ入っているのですが、正月早々縁起でもない、滅相もない、と、叱られるでしょうか(笑)

室町時代に生き、一休さんと親しまれた一休宗純が、反骨精神逞しく風狂の人であったとは、この知りませんでした。なかなかに奇行の多い人だったようです。

「有ろじ(うろじ)より 無ろじ(むろじ)へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」

有漏路(うろじ)とは迷いの多いこの世界、無漏路(むろじ)は悟りの世界。人生は迷いの多い仮の世界、あちらの世界への旅中ちょっと一休みのできごとゆえ、この世のことは、どうということもない、ととれるのでしょうか。

一休の名前はこれから取られたと言われます。

少し古くなりますが、2012年の放映されたNHK大河ドラマの「平清盛」の冒頭が、「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生れけん」と始まっていました。当時わたしはいたくこの歌に惹かれたのでした。

これは平安時代も末期、後白河法皇編集の「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」と言われる歌謡集のひとつだそうです。

今でこそ日本人の寿命はのびましたが、昔の人は己の短い人生を達観していたのでしょう。

おさな子がしだいしだいに知恵づきて 
 仏に遠くなるぞ悲しき

南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ
どうじゃこうじゃと いうが愚かじゃ

と、ここまで読んで、大笑いしたのでありました。

88歳で往生した一休和尚の最後の言葉はなんと、「死にとうはない」だそうですよ。 この仮の世でもっと遊んでいたかったと死ぬ間際に駄々をこねるは、いかにも一休和尚さんらしいではありませんか。

つい先だって、新年の挨拶のメールで同年代のA氏に、こんなのを見つけた、あっはっはと書き送ったところです。

「70歳で迎えがきたら今留守だといえ 80歳で迎えがきたらまだ早すぎるといえ。90歳で迎えがきたら、まぁまぁそんなに急ぐなといえ。100歳で迎えがきたらぼつぼつ考えようといえ」

これで行くとわたしも同時代の友人たちも、我らは目下居留守を使っている人生ということでしょうねぇ、と。

一休和尚ではありませんが、わたしもあと10年、いや、できれば20年ほどは、この有漏路(うろじ)で遊んでいたいものです。

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2020年1月5日 

新年明けましておめでとうございます。

誤字誤字、校正し直しの際の誤りなど、ミスが多い拙ブログを読んでいただき、ありがとうございます。皆様のご健康ご多幸をお祈りいたし、今年も日々思ったことを綴ってまいりますので、どうぞよろしくお付き合いのほどをお願いいたします。

さて、この2日、3日は正月疲れが出て、二日間とも夜8時半ころ床に入り、起床は7時という、まるで赤子の如く、ひたすら眠りをむさぼっておりました。そうして体力回復、昨日の土曜日は仕事始めで日本語教室今年最初の授業をしてきました。

元々体力は大してなく、ガッツで物事をやりのけてきたわたしですが、この歳で、まだ働ける幸せを感じる新年です。これがもし、若い時からキャリアを持ち子育てもし、家事も一手に引き受けていたとしたら、果たして72にして今日のように仕事ができたかと自問すると、答えは否です。この三つのことを日々こなしている女性には感服します。

私の場合、子育て時代はひたすら子育てを、補習校時代は我が子たちといっしょに登下校し、よき仲間たちに巡り合えまだ余力があった62歳で退きましたが、その時その時、ひとつことに取り組んできたのが、日本語教室や影絵、文化展示会などのボランティア活動をする余力を生み出したのかなと思うこの頃です。

それが10年続いていますが、後10年続けられたら「生涯現役」と言えるでしょうか。もちろん、友人のI氏が言うように、体力はもう付けられないけれど今の体力を落とさないようにするための努力は必要です。

今日は映画、「マリーゴールドホテルであいましょう(The Best Exotic Marigold Hotel)」の続編で出会った言葉を紹介させてください。

イギリスで人生のほとんどをメイドとして使えてきた屋敷をお払い箱にされ、結婚もしておらず仕方なくインドにやってきて、偶然経営難のホテルの再建を支援することになったミュリエル(マギー・スミスが配役)がつぶやく最後のシーンの言葉、「There is no present like the time(時間は素晴らしい贈り物である、とわたしは解釈。There is no time like the presentをもじったもの)が、ひしと感じられる2020年の始めです。

今年も苦楽はあるでしょうが、なにがあっても人生はそれなりに素晴らしいと感じられるよう、2020年も生きたいと思います。
みなさまにも良き年になりますよう願って、新年のご挨拶にいたしたいと思います。

では、また。

2020年1月の夕暮れ
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2019年12月31日 

真夜中寸前のカウントダウンから始まり、年が明けると同時に花火が打ち上げられ、街は新年を祝する老若男女で溢れかえる欧米ですが、わたしは日本式の正月の迎え方の方が好きです。

あの日本独特の静寂な年越し、一夜明けた華やかなお正月が恋しくて、2018年2019年にかけての年末年始を過ごすために帰国したのですが、その時のことは下記にて綴ってあります。

40年ぶりの日本正月考: http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-2082.html

フラットの我が家は一戸建てと違い小さいのですが、それでも普段掃除が行き届かない箇所を含めて、ドア、窓、家具を拭き磨くとなると、結構時間がかかるものです。

朝から掃除を始めて何度か休憩をとりながら、最後はベランダに水を流し、夕方5時ころにやっと終わりました。

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少しでも日本の正月の雰囲気をと、ドアにはしめ飾りを。

玄関ホールには義兄の作品である大きな壺を置きました。
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クリスマスの大きな柊飾りがあった暖炉の上は、例年のように正月グッズを並べてみました。
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昨年のことをゆっくり振り返る時間もなく、もう晩ご飯準備の時間です。今夜は夫の甥一家の家に招待されていたのですが、先週末のクリスマス食事に続いてのにぎやかなのは、もうダメですね。

晩御飯から年明けまで 飲み食いしゃべり続け、新年の乾杯をしてまた飲み食いです。結婚式も一晩中ですから、祝い事とてこの歳になると体力消耗、かなり覚悟していかなければなりません。

それに、明日元日の昼食は少し豪華にしたいですから、早起きです。無理っすね(笑)

除夜の鐘は聞けないけれど、やはり静かに新年を迎えたいもので、大つごもりの今夜は夫と二人です。

実はね、毎年、夕食を片付けた後、わたしは真夜中までひと眠りするのです(笑) んで、12時近くになると、夫が「お~い、ユーコさん、そろそろカウントダウンが始まるよ」とお越しにきてくれます。

テーブルにのる簡単なつまみ、シャンペンは夫が用意してくれます。夜更かしがすっかりきかない年齢になりました。

では、ただいまから大晦日の晩御飯の準備をしますれば。
新年にお会いしましょう。みなさま、どうぞよい年を!
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