2017年8月12日 

前回記事の続きは明日にしまして。

少し暑いかな?と思ったくらいの7月でしたが、今年は昨日まで気温がさして上がらず、窓から入り込む風は涼しく、エアコンがつける回数が例年に比べ、グンと減っていたこの頃でした。

例年ですと7、8月は日本から持って来たタオルケットを使って寝るのですが、掛け布団をかけて寝ていても時に少し肌寒いと感じていたのです。それが今日は30度に達し、やっと夏らしくなった!

先週月曜日に到着した息子は、翌日から活発に行動開始し、昨日からはブリティッシュスクール時代の友人数人と別荘があるというAroucaに行っています。

夏は世界のあちこちに散らばっている息子の同窓生たちがポルトに帰ってくる時期でもあり、幼稚園からずっと一つクラスで学び舎に通ってきた気心知れた仲間たちが、近況報告をしながらワイワイガヤガヤ、食べて飲んで話しまくるのでしょう。二日酔いには注意せよ(笑)

と言うので、今日はわたしも息抜きで、海岸沿いの写真を少し。

ポルト
真っ青な海にカラフルな貸しテント。

ポルト
ペルグラ(pergula=日陰棚。日本語でパーゴラと言うそうです)から望む大西洋。

ポルト
パーゴラ全体

下はパーゴラから望む夕暮れ。薄桃色の境界線がやがて消え、空と海が溶け合う前のひと時は何度見ても美しい。

ポルト

ということで、本日はこれにて。
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2017年8月7日 

台風が来ても大丈夫。全部準備が整いました。この通り。

joaosroom1.jpg

縫いぐるみの犬クラウディウも台風の到着を待っています。ボロボロで縫いぐるみなりに、元の持ち主同様30数年の歳をとってしまいましたが、ゴミ箱に見捨てられず。息子、いくつやと思ってんねん!と、自分を笑っております。

という訳で、本日は台風こと、我が東京息子が1年ぶりに帰省してきます。さぁてと、休暇中の生活時間が息子とは全く噛み合わないゆえ、2週間振り回されますぞぉ。それでもデレ~ッとなっている親ばかであります。

では皆さま、夜空港へ出迎えにいくため、ただいまから少し早い夕食の準備に入りますれば、本日はこれにて。またあした。
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2017年8月4日 

先だって都内のポルトガル祭りを覗きに行ったという我がモイケル娘の話を聞いたときに、見覚えのある人形があったと言うので、Julia RamalhoかRosa Ramalhoの作品に話が及んだ。

夫の仕事の関係で我が家には昔から二人の作者の陶土人形があちこちに飾られていたので、子どもたちは記憶していたのだろう。それに因んで今回はかれこれ10年ほども前に一度取り上げた記事を書き直してみたい。
ポルトガル北部きっての陶土人形作家に「Julia Ramalho=ジュリア・ラマーリュ」がいる。

1946年にバルセロスのSao Martinho de Galegosで生まれ、祖母Rosa Ramalho(ローザ・ラマーリュ。1888~1977)の独特な作風を受け継いで現在も陶土人形作品を制作している。

ローザ・ジュリア・ラマリュ

上の写真はかつて、とある店頭で見かけたJulia Ramalhoの作品で傘立てである。とても惹かれてできれば欲しいと思ったのだが高価で、稼ぎの少なかった当時のわたしは入手を諦めたのであった。今では探さなければならないだろう。

ふくろうはポルトガルでは賢者、知恵のシンボルで、左手に持つ本には「JR」、Julia Ramalhoの頭文字が見られる。

ローザ・ジュリア・ラマリュ
真ん中の人形は子羊を抱いているので、「洗礼者サン・ジュアンもしくはヨハネ(聖ジョン)」。イエスの12使徒の一人ではなく、イエスに洗礼を授けた古代ユダヤの預言者である。ヨハネの死の顛末は後にオスカー・ワイルドの著「サロメ」に描かれている。
左のヤギは我が家にもあったのだが、猫がこわしやんした。右は魔女。箒をもっている。

ローザ・ジュリア・ラマリュ

↑同じく聖人人形。鍵を持っていることから「サン・ペドロ(聖ピーター。ペドロの持つ鍵は天国の鍵を意味する。)」

作品からわかる様に、ローザ、ジュリアの作品は聖人の人形が多い。これらの作品の特徴はどれも独特のキャラメル色であることだ。そして、拡大して右写真のように↓ひび割れのような模様が見られ、日本の萩焼が思い出される。

ramalho3.jpg

わたしがこの陶土人形に惹かれるのは、ひとつには、聖人人形という宗教性の中にどこかユーモアがあり、宗教心のないわたしでも思わず「うふふ^^」と笑いを誘われるようなほのぼのとした温もりを感じるからである。

もうひとつは、ジュリアの祖母ローザの作品が、かつて我が家にはたくさんあってわたしには馴染みの人形だったことからだ。

ローザ・ラマーリュは1977年没とあるが、生前のローザは夫の患者であったそうだ。わたしが嫁いできた1979年にはすでに他界していたが、ローザから夫にと届けられた彼女の作品が段ボール箱にどっさり入って保管されていた。
   
宗教に関心がなく、聖人ジュアンも聖人ペドロも見分けのつかなかった当時、ユニークな人形に惹かれて、わたしはその箱の中からあまり宗教性の感じられない、ヤギや民族人形を選び出して部屋に飾ったものである。幼かった子供たちも時々、これらの人形をおもちゃにして遊んだりもしていた。
 
段ポール箱いっぱいに無造作に入れられたローザの作品は、娘が生まれる段になり、それまで同居していた義母の家が手狭になるというので、わたしたちは同じ通りの借家に引っ越し、しばらくそこの車庫の入れておくことにした。

この家は小さいながらも庭と通りに車庫があった。家の裏はこの辺りでは知らない人のない土地成金ジョアキンおじさんの大きな畑で、隣は草茫々の空き地だった。

普段すぐには使用しないものをわたしはこの車庫を利用して物置小屋代わりにしていたのであった。
その車庫の立地条件が効をなして(笑)、ここからは自分が気づかないうちに、骨付き生ハム一本、大きなバカリャウ(Bacalhau=干ダラ)、ワイン、と色々なものが無くなっていったのであった。
  
毎日車庫へ行って、あるかどうか確認するわけではないので、無くなってもそれを必要とする時が来始めて、あれ?おかしいなぁ、車庫に置いておいたとおもうんだがなぁ、と気がつかないのである。(当時のエピソードについては下記にて案内)

ポルトガルよもやま話「生ハム泥棒 

ローザ・ラマリュの作品がごっそり入ったダンボール箱が無くなったのに気づいたのは、現在のフラットにわたしたちが再び引越した時だから、いったいいつ車庫から無断で拝借されたのかは不明(笑) のんきなものだ^^;

故人ローザの作品ともなれば、今では貴重品になっており、もしわたしたちが手元にもっていたらあるいは博物館に寄贈できたかも知れないと思うと、少し残念ではある。

が、それよりも、泥棒さん、箱を開けたところが宗教人形ばかりで何と思ったであろうか。それともその価値を承知して持っていったのかな?と、わたしは思ってみるのであるが、このRosa Ramalhoの人形が入った箱については後日談あり、次回に持ち越しますれば。


ポルトガルの陶土人形作家・ローザ・ラマーリュについて    
1888年に靴屋である父親と織工の母親との間に生まれたローザは、18才の時に結婚し7人の子供を育てあげた。子供の頃に一時期陶土工芸を学んだが結婚後50年ほど、家事と子育てにいそしんだ。夫の死後、68歳で再び陶土工芸を学び始め、独特のスタイルの人形を製作し名を知られるようになった。
     
ジュリア・ラマーリュはローザの孫にあたり、幼い頃から祖母ローザの仕事場に入り、その技巧を学び、現在に及んでいる。
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2017年8月3日 

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8月2日撮影。シルエット silhouette1


10年ぶりに身分証明書の再発行申請に行ってきた。

市民の公の手続きは日本では市役所でなされると思うのだが、身分証明書を始め、運転免許証、パスポート、保険証、その他諸々の書類手続きは、こちらではLoja do Cidadão(Lojaは店と言う意味に使われるが、この場合は公共建物の意味。Cidadãoは市民)なる場所ですることになります。

これが、窓口はたくさんあるに拘わらず時間がかかるったらありゃしない。通常は優に1時間はかかります。特に夏休みですから覚悟してでかけましたが、意外や、身分証明書の窓口は30分ほどで順番が来ました。

10年間有効の身分証明書でしたが、この間、このカードの様式がpcに入れると全ての情報が出てくるというチップがはめ込まれ、保険番号、納税者番号も記入されるようになっていました。

さて、古い身分証明書を提出して、係員がパソコンで情報をチェックしていると、「苗字はないのか?」と聞くのです。「ありますよ。ここに書いてある○○○○○がそれです。」

すると、「○○○・○○○○○が名前になってるよ」と言うのです。

えーー!違いますってば。最初のが名前、そして次にあるのが苗字です。日本人は名前も苗字も一つずつなんです、と、説明すれど、以前はフルネーム一式が一行の箇所に書かれていたのを、新しいカードでは名前と苗字を別々の行に書かれるように変更されたのだそうです。

だから、○○○と○○○○○を二箇所に分ければいいだけの話ではない?

ところが、係員の言う事にゃ、「新しいカード様式に変更された時点で原本には名前が○○○・○○○○○で、苗字の箇所が空欄になってる」。

そんなアホな!苗字がないなんて、日本じゃ皇族だけだど!何かい、わたしゃ皇族かい!

ポルトガル人は名前苗字が一つずつというのは、まずありません。夫のように名前が一つという人も珍しいのですが、それでも苗字は長たらしく「フィゲレードのコスタ・サントスの誰々」と言うように、誰でも二つは持っています。 それは両親の苗字の一部を夫々からもらう故です。

そこで今回のわたしの件に関して思うに、新様式に変更されたときに、原本に打ち込む人、あれ?と疑問を持ったものの、めんどくさいもので、こちらへの確認連絡を怠り、そのまま、わたしの名前苗字をいっしょくたに、名前として打ち込み苗字を空欄にしたに違いない(怒) ったくもう!

で、係員曰く、今日、このまま身分証明書を発行してもいいけど、苗字欄は空白になる・・・

冗談じゃないぜ!日本ででさえ珍しい我が苗字(テヘ^^)、家紋だって立派な「丸に揚羽蝶」だぃ!と、家紋など武士制度が無くなった時点で、自由勝手に使えたであろうことを承知の上(笑)でござんす。嫁に行ってしまった娘は継げないが、息子はこのまま継いで行くはずの○○○○○であります。

半分呆れと怒りで、力んで「ほな、原本変更手続きはできますのんか?」と質問。ここではできない故、どこそこへ行って出直してくれ」だってさ!

原本変更となると、黄ばんでしまったあの古い婚姻証明書やらなんやらと、またぞろ引っ張り出すのか、はたまた、婚姻手続きをした神戸ポルトガル領事館やら外国人登録所やらから書類を取り寄せることになるのかと、考えたらぞ~~っ!昨日はその足で、原本変更手続きができる所へ廻りました。

少し待たされましたが、意外と簡単に変更ができ、やっと晴れて、苗字が持てたという次第であります。

なんちゅうこっちゃい。

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8月2日撮影。シルエット silhouette2


本日も読んでいただきありがとうございます。
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2017年8月2日 

我が家で飼っている4匹猫のうちの紅一点、13才ほどになる「チビ」が、お腹にできたしこりを切除するのに簡単な手術を昨日受けました。それで、昨日からエリザベスカラー(わたしは<パラボラアンテナと呼んでいるのだがw いきさつはこちらに)をつけているのですが、これが兎にも角にも嫌で仕方がないらしいのです。

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少しもじっとしておらず、あげく、ちょっと目を離すとカラーをつけているのにどうやってのぼったのか、台所の食器棚の上にいるのです。気が休まるのかそこでお腹を下にベタ寝しています。我が家のねこたちは下の写真のように、食器棚の上からわたしを見下ろしておりますんです。古い画像ゆえ、写りが悪いですが。

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一番若いゴローはと言うと、エリザベスカラーをつけたチビがライオンのようにでも見えるのか、尻尾を大きくして近寄らず、どこぞに隠れたまま出て参りません。

可愛い猫たちですが、寝るときは人間とは別場所です。そうでないと翌日仕事を控えるこちらは寝不足になりますから、夜間は人間の領域に入れないように廊下のドアを締めます。が、昨夜やドアを開けてくれ~と言わんばかりに一晩中しつこくカリカリ、ガサゴソするもので、わたしは夜中に2度目覚める羽目になり、3回目にはとうとう起きてしまいました。

時計に目をやると、うひゃ、まだ6時やん。朝のいつもの習慣です、一番最初は台所の側のベランダに置いてあるネコのトイレさらいでございます。それを終えてふと外に視線を向けると、お~~、「春はあけぼの」ではないが、見よ、霞がかった西の空のグラデーションが、あな、美し。早起きは三文の徳(得)といいますものね。

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「孤独には気をつけろ。孤独は、危険極まりない薬物のようにひとを蝕む。夕焼けを見ても心がひとつも動かされなくなったら、胸に手を置いてそのことを考え、愛を探しに行かねばならぬ」

先ごろ読んだブラジルの作家、パウロ・コエーリュの本に書かれていた一節を思い出しました。夕焼けにとて同じことが言えるであろうとわたしは勝手解釈し、一日の始まり、三文の徳(得)をした束の間でした。

今夕はすっかり諦めて不貞寝してるチビニャン。
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本日も読んでいただき、ありがとうございます。

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