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2019年7月24日 

先週土曜日は昼食が遅かったので、晩御飯はサンドイッチとメロン、生ハムでよかろう、すわ!と出かけたミラマールのセニョール・ダ・ぺドラ礼拝堂(Capela de Senhor da Pedra)、夫は定番どおり、少し道を間違いましたが、なんとか日没前に間に合いました。

残念ながらこの日は少し霞がかかっており、素晴らしい日没とまではいきませんでしたが、夕日を受けて美しい礼拝堂でした。

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海に日が沈むのはあっという間です。霞がかかっていた空は日が沈むとねずみ色の雲に被われました。

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小さな海辺の礼拝堂の十字架に青い灯がともりました。

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初めて訪れた10年ほど前には砂浜も漠とし、あまり人もみかけなかったのが、今は礼拝堂に続く歩道手前にはレストランが数軒並んでいます。

今は十字架がかかげられ堂内にもキリスト像がある礼拝堂ですが、昔は異教徒たちの礼拝堂であったといわれています。

午後9時半頃、夕闇の迫る自動車道路を家路へまっしぐら。

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ではみなさま、また。
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2019年6月20日 

18世紀にイタリアのトスカーナ地方からやって来、ポルトでその生涯を終えた建築家ニコラウ・ナゾニは、多くのバロック様式建築をポルトに残しました。

中でも傑作とされるのがドウロ河岸の「フレイシュ宮殿(Palacio do Freixo)」です。長い間、放置され老朽化した宮殿がポルトガル細大のホテルチェーン、ぺスターナグループによって修繕され、贅沢な宿泊施設としてオープンしたのは2009年のことです。

フレイシュ外5

現在は、レセプション、ラウンジ、レストラン、それに隣接するピンク色の製粉工場だったのを87室の豪華客室にリニューアルして、最高級歴史ポザーダになっています。
「ポザーダ(Poousada)」は、ポルトガル人であれば誰もが一度は泊まってみたいと願う古城や宮殿を改築した高級泊施設のことです。

freixo3-1.jpg

赤、青、金の寓意的な色彩を持つ幻想的なエントランスは、訪問者を18世紀の小宮殿に導いてくれます。そこをくぐると、かつては晩餐会が開かれたという豪華なロビー「鏡の間」に入ります。

freixo-sala1-1.jpg
ここでの晩餐会に参加したことがあります。


画家でもあったナゾニの緻密で色彩溢れる天井画や壁画が宮殿内のあちこちにみられ、ポザーダそのものが美術館であると言えます。

別館客室のほか、フィットネスクラブ、スパがあり、ドウロ川に融合するように設計された野外プールがあるのも特徴です。フレイス宮殿ポザーダでは、モダニズムと歴史遺跡を同時に楽しむことができます。

宿泊せずとも、ちょっと高いですが、ラウンジでお茶をすることもできます。
フレイシュ内4

今日の記事は過去記事の書き換えです。

フレイシュ宮殿関連記事は下記にもあります。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-881.html フレイシュ宮殿再び3
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-876.htmlフレイシュ宮殿再び
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2019年6月13日 

senhordapedra1-1.jpg
 
ポルトと隣接するガイア市から車でちょっと走ることになるミラマールの海岸の海に突き出た岩の上に建つセニョール・ダ・ぺドラ礼拝堂(Capela do Senhor da Pedra=があります。

Pedraは「岩」を意味し、Senhorは、英語のLord(神)またはイエス・キリストを指します。17世紀に建てられたのですが、この岩場には古くから伝説があります。

紀元前までは自然主義の古代信仰の神聖な場として崇められてきたと言われます。また、ポルトの歴史に詳しいHelder Pacheco氏の著書によると、この辺りにグルピリャーレ(Gulpilhares)この近辺の名称)の人々が住み始めた時、空から海岸に向けて小さな光が当てられてきた。その光は毎夜ひとつの場所、牛の足跡がついている岩を煌々と照らし続けた。人々はそれを天からのサインと考え、その光の当てられた場所に礼拝堂を建てた、とのこと。

このような伝説があることから、今でもセニョール・ダ・ぺドラ礼拝堂は巡礼者の訪れる地となっています。一説には「毎年5月に魔女たちが集う場」との噂もあります。

ミラマールは6月も半ばを過ぎると、海水浴客がたくさんやってくるところですが。礼拝堂の裏側に回るとすぐ目の前に波が押し寄せ、岩場を洗って行きます。  

sr-pedra2019_1.jpg

そこで、今日はちょっとダヴィンチ・コードまがいになります。

sr-pedra-14-azulejo[1]

礼拝堂正面の扉の両脇にはアズレージュ(青タイル絵)で、「礼拝堂が建っている場所はこの郷土では最古の聖地で、キリスト教時代以前は異教の祭壇があった。」とあります。

木の扉に薄っすらと左右に彫られてある模様に目がいきました。
sr_pedra2019_2.jpg

真ん中のハートを中心に、縦長のクロス、ハンマー、雲?、コンパスをもじったもの、周りはアカシアの葉かな?これらはいずれも神秘思想、フリーメーソンなどのシンボルでもあります。

sr-pedra-4[1]

↑こちらは、トップに太陽、縦長クロス、ハンマー(フリーメーソンのシンボル)、そして中央、太陽の下にあるのは、わたしには「杯」のように見えるのだが・・・サングラール(聖杯)を意味するかな? 

ついでに借り物画像、メーソンシンボルの一部。
sr_pedra2019_3.jpg

さて、小さな礼拝堂内では、お!「全てを見通す叡智の目」こと、All Seeing Eyeはすぐ目につきました。祭壇のトップに。

sr-pedra2019_4.jpg

目の拡大図。どうだ!(笑)
sr_pedra2019_5.png

三角ピラミッドの中のAll-Seeing-Eyeeです。

夕映えの海と空を背景にするこの礼拝堂は不思議な美しさをかもし出すようで写真を撮る人も多いらしく、この祭壇の写真もネット内で見かけるのが、十字架のイエスが中心の写真で、上部が入っておらず、だれもこの「目」に言及していない。かつてのわたし同様、「見えても見ない」のか、それともそんな探究心は持ちあわせていないのか。

わたしなら、「果たしてあれは何の意味?」と、すぐさま飛びつくのですが(笑)
例えば、下の大理石テーブルのように^^

sr_pedra2019-6.png

祭壇の前の美しい大理石台ですが、ついてる脚の位置があれれ?普通と変わっています。
それで気がついたのは、見る方向によって脚が三本に見える!三本の柱、三本脚は神秘思想のシンボルです。
    
(参照)下はわたしが過去に何度か訪れたトマールの「聖堂騎士団(=テンプル騎士団)修道院聖堂内の騎士団入団の洗礼時に使用されたと思われる聖堂中央に配置された三脚に見える台。

トマールキリスト騎士団修道院

テンプル・キリスト騎士団聖堂は、この数年かなり修復が進んできましたが、どういう訳か、聖堂の中心に置かれていた三脚のテーブルが取り払われたままになっています。修繕中だからと、長い間、思ってきたのですが、聖堂中心の修繕はほぼ終わったはずです。いずれ、この石の三脚台が再び置かれるのを楽しみにしているのですが。

と言うので、「セニョール・ダ・ペドラ礼拝堂もまた、キリスト教の建物に異教のメッセージが隠された建物である」が、わたしの結論ではあります。  

フリーメーソンと聞けば、秘密結社という名称と、これまで出版された多くの興味本位中心の創作本から一般的に受ける印象は「陰謀を画するグループ」と、どうもなりがちですが、これまで調べてきたことから、わたしにはまったく違ったフリーメーソンの姿が浮かびあがってきます。いずれ、それを綴ってみたいと思っています。

この方面では、焦点が当たらないポルトガルですが、目を凝らすと意外や、驚くほどの隠されたシンボルが見られます。これらと照らし合わせて、今後膨大な資料を整理しながら、時間をかけてわたしは道楽して行くことになるのですが(笑)

現代のフリーメーソンから、カトリック、聖堂騎士団弾圧、初期キリスト教、さらにはギリシャ、古代エジプトのグノーシス(霊知)主義へと人類の歴史を遡って行くことになり、これらの不思議なシンボルの謎解きは、壮大な歴史ロマンを辿ることになる気がします。

トマール、テンプル・キリスト騎士団修道院に興味がある方はカテゴリ・トマールの下記までどぞ。
http://spacesis.blog52.fc2.com/category34-1.html

では、みなさま、また。
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2019年2月16日 

長芋、一本持ってきてくれない?と息子に頼んだら、どっさり持って来た(笑) 嬉しい限りである。そう、目下息子が帰って来ていて、仕事もしているので、ブログの更新が滞ってしまいました。
Porto Armazem

さて、先日お約束の「アルマゼィン」内のバーの紹介です。

Porto Armazem

店の入り口を入ると左側に。だだっ広く天井が高い店内は寒い時期はちょっと遠慮したいところですが、バーの前には暖炉があり、お猫様が客を恐れもせずその前を陣取っておりました。
Porto Armazem

これなら生ビールも飲めるというので、私たちも暖炉の前のテーブルに席をとり、簡単な昼ごはんです。
Porto Armazem

店の写真からなるメニュー
Porto Armazem

わたしたちが食べたチーズ、きのこ、生ハム、レタスの入ったポルトサンドイッチ。味はGood.
armazem28_1.jpg


毎月第3週末はヴィンテージのみ市があり、展示会やイベントも催されるとのこと。
かつてのワイン倉庫の名残りのアーケード。
Porto Armazem

Porto Armazem

乱雑に並べられた物の中には掘り出し物があるかもしれませんね。
Porto Armazem

ではみなさま、本日はこれにて。
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2019年2月11日 

ポルト散策は一人ですたすた歩くのが好きなのだが、たまには夫も誘ってみるのも良し。特に軽く飲めるところとなると、女一人では、いかなわたしでも日本以外では入りにくいと言うもの。

そんなわけで、先週末、夫を誘って覗いてきた所が、川沿いの町Miragaia(ミラガイア=ガイアが見渡せるところの意味)の一角にある骨董店Armazém。今日は写真が盛りだくさんです。

ポルトの骨董や

かつてはポルトワイン倉庫でしたが、使われなくなり長い間放置されていたのを2015年に色々な種類の骨董品を集めていたアンチーク商の女店主が同業者と共にオープンしたと言われます。

ミラガイア地区を散策しながら、何度かこの前を通り過ぎていたのですが、「Armazém」と言う名前からして、何かの倉庫であろうかと思い、足を向けなかったのですが、穴場でありました。

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入り口に貼られたレトロなポスター↑↓

ポルトの骨董や

昔々のラジオ
ポルトの骨董や

グランドピアノやビリヤードのプールテーブルも見られます。
ポルトの骨董や

正面からのグランドピアノ
ポルトの骨董や

古い旅行カバン。今では古い時代の映画でしかみられません。丸いのは帽子入れでしょう。
ポルトの骨董や

何しろ1500㎡もある店内です。こんなものまで。
ポルトの骨董や

こちらはクラシックカー。
ポルトの骨董や

こんなアンティークコレクションスペースも数箇所あります。

ポルトの骨董や

ス、スーパーマンの人形まで(笑)
ポルトの骨董や

ポルトの骨董や

その他、木製のおもちゃや古い雑誌、食器類、人形、家具などなど、アンティークに興味がある人におすすめの店です。観光客にはまだまだ広まっていない穴場でしょう。

次回は店内のBarを紹介します。

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