2017年9月26日 

行きが4時半起きのリスボン経由、帰りが午後1時発で同じくリスボン経由のローマ旅行でしたが、帰りは約1時間遅れのローマ出発で、慌てました。

リスボンからポルトへの便乗り換え時間が1時間半足らずです、順調に行けば問題ないものの1時間遅れの出発は、もうあかんではないの。こんなこともあろうかと、順調なら夕方6じにはポルト到着で必要ない外ネコ内ネコの食事の世話を、お掃除のおばさんには到着日の晩御飯も頼んであったのでした。

で、結果はと言いますと、リスボンにはポルト行き出発20分前に到着、ゲートを出たところでラストコールを聞き、駆け出しましたぞ。荷物がバッグだけだったから出来たものの、この歳で走らせられるのは勘弁してよ^^;

リスボン空港が小さかったのも今回はよかった、と言うことで、無事搭乗することができましたが、預けた荷物は勿論翌日配達になりました。たった5日間でしたがやたら疲れた今回のローマ旅行でした。

実を言うと、いつもなら旅行先にスマホを携帯し、フェイスブックやインスタグラムに、「ローマ、なう!」とか「コロッセウム、なう!」なぁんて写真の投稿をするのですが、出かける前に我がスマホ、2度目の画面真っ黒の故障と相成り、残念ながらその楽しみを奪われてしまいました。

が、考えてみれば、パソコン、スマホ、テレビ(ホテルのテレビは全てイタリア語吹き替えだったので全く見なかった)の液晶画面から目が開放され、ひたすらローマの街を歩き回り、ゆったりの夕食後、寝るという原始的な生活こそ、休暇というのかも知れません。

やたら疲れたのは旅行のせいではなく、疲労回復に時間を要するようになった己の年齢でござんしょか(笑)ローマ旅行については、おいおい綴って参ります。

さて、これで我が夏休みは終わり、ローマから帰宅するなりメール処理に追われ、昨日から日本語教室中心の通常の生活が再開しました。
toshokan.jpg

今回はマンネリ化した日本語指導をなんとか脱皮してみたいと授業の進め方を変えるため、準備に時間がかかっていますが、生徒たちが「おろ?」と喜んで飛びついて来てくれることを願いながら、自分が楽しんでいたりします。

いざ、参りますわよ!

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2017年5月8日 (月)

ひとつ年下なのに、どういうわけか友人のイラストレーターちゅうさんから「バリバリ、ポルトを闊歩している姐さん」とコメントに書かれるわたしでありますが、本当言うと、午前中のスケジュールをその人のために空けてあるところの某企業のおエライさん、マセラッティの君がこの所ご多忙で、12時までは自由時間が続いており、でれ~と過ごしていた一週間でした。

が、そんなことがふっとぶくらいに忙しかったのが先週末でした。例年だと3月の補習校春休みに催すわたしとOちゃんの日本語教室恒例のパーティーなのですが、今回はその時期にわたしが日本帰国中となり、やっと昨日の日曜日にすることができました。

わたしたちが呼ぶところのNHKパーティーとは、「Nihongo wo Hanasu Kai」の頭文字をとっての名称。春休みに催すのは、わたしは土曜日午前中に、相棒のOちゃんは土曜日午前中の補習校、そして午後には日本語教室があるという状態なので、両方がなんとか時間のやりくりが可能な春休みにと、ずっとなってきたのでした。

ポルトで日本語を勉強している仲間は他にもいるのだということを知ってもらうためと、なかなか日本語を耳にすることがないポルトの日本語学習者が、少しでも日本語を使ってみたり耳にすることができたりする機会を作れないか、という思いから始めた会合ですが、いつの間にか生徒たちから「今年のNHKパーティーはいつですか」と催促が来るようになり、今年はその6回目と相成りました。

去年まで教室として使用させてもらったLapa教会の側のOちゃん一家が昨年夏に他所へ引っ越したもので、会場はそちらへ移動。生徒たちには「この通りの203番地です」と何度も繰り返し案内しての当日、土曜日の夜と日曜日早朝に準備した料理を車に積んで、「Oちゃん、今から行きますぞ~」と声をかけ、夫の車でOちゃん宅に着きました。

既に何度か来ているのでもちろん知っている場所ではありますが、これまでは常にOちゃんがアパートの玄関先まで降りてきてくれたのでした。

さてと、車から料理を運び出したところが、おろ?204番はあるけど203番がないじゃん?えー!
外からドアガラス越しにアパートの中のロビーを覗いてみると、確かにここだよ。もう一度番号を見直しました。やはり203はなく204でありまする。

プッシュボタンで部屋番号を押すと、「は~い」と聞きなれたOちゃんの声が応答。あちゃ~~~、生徒たちに番地を間違って教えちまった!いやはや、困ったドジではあります。お陰で、パーテイー開始の時間1時半ともなると、我がケータイ電話、「先生、203番地がありません!」と鳴りっぱなし。

ケータイが鳴るたびにOちゃん一家と先に会場に到着していた生徒たちが「ワッ!」と大笑い。
あははは。これがYuko先生なのだねぇ。しっかと粗忽者だと印象付けたのでありました。トホホホ。
しょっぱなからそんな具合で始まった第六回YY塾NHKパーティー、母の日と重なり15名ほどの欠席はありましたが、25人ほどのパーティーになりました。

まずは今回のメニュー紹介から。

NHKParty2017
Oちゃんの山盛りの焼きソバ。揚げぎょうざとほうれん草の胡麻和え、トリのから揚げ(Yuko)

NHKParty2017
卵、ツナ、玉ねぎのマヨネーズ和えサンドイッチ、定番の巻きずし、&鶏肉ソテー(Yuko)

NHKParty2017
今回の初もの。Oちゃんのそうめん。20数人分、きれいにパックで用意しました。わたしは食べ損なったのであった^^;下は5月5日の子どもの日に因んだ鯉のぼりのはし袋。さすがOちゃんのグッド・センス!

NHKParty2017

この他、評判定番のカレーライスとYukoのグラタンは後ほど出されました。食事の締めはケーキで。

NHKParty2017
ケーキは毎回生徒さんの一人に注文して作ってもらいます。

差し入れのさくらんぼ、数本のワイン、日本酒があり、みなさん、和気藹々にポルトガル語で話しておりました(笑)ただし、全員一人ひとりに日本語での自己紹介は毎回してもらいます。

NHKParty2017
ベテランも初心者も全員集合。

前夜12時までカレーライスとグラタンを作り、カツとから揚げの下準備をし、日曜日は5時起きで巻きずし、いなり寿司、揚げ物を仕上げて、パーティーの後片付け終了は6時半。くたびれ果てて帰宅後、内ネコ外ネコのエサをあげ、少し横になるつもりが今朝の6時まで寝入ってしまったのでした。ダンナの晩御飯、忘れたのでした。てへへ・・・・(汗)

Oちゃん、今年もお疲れさま&ありがとう!

後は影絵作成、参りますぞ!

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2017年2月21日 

月曜日は自宅日本語教室が忙しい日です。

10時半から1時まで2クラス、そして、3時半から6時まで2クラスあり、授業準備も入れると7時間ほど縛られることになります。

昨日がそれで、「うへ、今日は日本語が4つだ。近頃はこれがちょっときつくなってきたなぁ」と、起きてきた夫の顔を見て、問わず語り。苦笑いしてました、彼(笑)

月曜日午前中の2クラスの生徒さんは、長年日本語学習を続けてきたGGズ、二人です。GGズとはわたしの彼らへの呼称。年配者こと、じいちゃんたち、からジィジィズともじったのですが、考えてみたら自分もそれに入る年代になっていたのでしたっけ(爆)ま、教わるも教えるもGGズ、ということですわ。

月曜日のGGズには紅一点、76歳のマリアさんがいるのですが、彼らの授業がおいそれとは行かず。十分な下調べを要します。しかし、下調べをすることで、自分の勉強、確認にもなり、楽しい部分でもあります。

一つは、この間から百人一首の勉強でブログに登場している83歳のアルフレッドさん、そしてもう一人が上述のマリアさんで、彼女とは目下、森鴎外の「高瀬舟」を読んでいます。これまでの日本語教室で「高瀬舟」を取り上げるのは、マリアさんで3人目です。

彼女は、コインブラ大学で言語学を選考し、当時、教授に「マスターコースを取って大学に残らないか」と声がかかったほどの優等生でした。が、結婚により、ポルトガル語、英語、ドイツ語の高校教師の職を選択した人で、時にポルトガル語で翻訳本も出したりしています。

そんな人ですから、ツッコミが細かいのであります。 加えて彼女、今回は「高瀬舟」を自分用にポルトガル語に翻訳したいと言い出し、実は毎回たじたじのわたしであります。

翻訳となると、適切なポルトガル語を探ることになり、そのためには時代背景の理解も必要になります。日本語の動作、表現の機微も、説明を要します。

語彙で言うと、町奉行ひとつをとっても、「現代で言うと警察と裁判所のようなものです」とこれまでのような説明に終わるわけに行かず、「え~とですね、寺社奉行、勘定奉行とあわせてこの時代の三奉行のひとつが町奉行です。町奉行には、北町奉行、南町奉行がありました、交代で業務を行っていたのです。」というところまで説明していきます。

「お白洲」にいたっては、今の法廷に当たり、ここでお裁きがなされます、と、かつて子供たちと訪れた時の「日光江戸村」での「遠山の金さん」お白洲の画像を出してきて、「これがお奉行様、そして両脇でお白洲に座っているのが多分同心です」

日光江戸村「遠山の金さん」

これは日本の時代劇のお奉行さまこと、「遠山の金さん」のお白洲場面ですよ。と付け加え、ふふふふ、ついでにこのシーンの名セリフ、

「おうおうおう!!!あの日あの時あの場所で、うぬらの悪の一部始終、この遠山桜がしっかと お見通しなんでえぃ。おぅ、これでもしらぁ切ろうとでもぬかしやがるのか!? どぉなんでぇい。さっきまでの威勢のいい剣幕、どこいっちまったんだょおぅ!」
と言うのまで披露しちゃったお調子者でありました。

こりゃいかんなぁ、高瀬舟にもどらないと、この決め台詞を面白がって書き取ろうとするマリアさんを制止し、再び真面目な顔で、「高瀬舟」に戻ろうとしたところで丁度時間と相成ったのでありました。お粗末さまでございます。

本日はこれにて一件落着だぃ!
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2017年2月15日 

以前にも少し触れたことがあるのですが、我が生徒の最年長者83歳のアルフレッドさんとの日本語授業でのことです。

現在、二人で600ページ近くに及ぶ「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」を勉強しているのですが、先週は、9世紀から10世紀初頭にかけて生きた、在原業平の甥、大江千里(おおえのちさと)の23番歌を読み終えたところです。

余談になりますが、在原業平とくれば、今で言う「イケメンもて男」。人気漫画のタイトルともなっている「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」の作者でもあります。また、古今和歌集に納められている業平の歌にはわたしの好きな、「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」もあり、優れた歌人だと言われます。

しかるに、このもて男の業平は小野小町を口説いて、実は振られていたのだそうですよ。この本で知ったことですが、単なる歌の解説に終わっていない点が面白く、アルフレッドさんとああだ、こうだと言い合いながら(ポルトガル語、英語でのディスカッションです)、楽しんで学んでいます。

話をもどしまして、その業平の甥、大江千里の歌、

月見れば
千々に物こそ 悲しけれ
我が身ひとつの 秋にはあらねど

つきを見上げると、心が千々にに乱れて悲しくなるなぁ。わたし一人の秋ではないのだけれど
(現代語訳:「ねずさんのねずさんの日本の心で読み解く百人一首」引用)

大江千里は漢学者でもあり、この歌も「燕子楼(えんしろう)」という漢詩が元歌なのだそうです。
下に読み下しを記してみます。

満窓(まんさう)の明月、
満簾(まんれん)の霜

被(ひ)は冷やかに、燈(とう)は
残(うす)れて臥床(ふしど)を払ふ

燕子楼(えんしろう)の中(うち)の
霜月(さうげつ)の夜

秋来(きた)つて只
一人(いちじん)の為に長し

この漢詩を機に、アルフレッドさんの提案で、李白の「月下独酌」なる詩を勉強してみました。下記、ネットで拾ったものです。

花間一壺酒  花間 一壺の酒
独酌無相親  独り酌みて相ひ親しむ無し
挙杯邀明月  杯を挙げて明月を邀へ
対影成三人  影に対して三人と成る
月既不解飲  月既に飲むを解せず
影徒随我身  影徒らに我が身に随ふ
暫伴月将影  暫らく月と影とを伴って
行樂須及春  行樂須らく春に及ぶべし
我歌月徘徊  我歌へば月徘徊し
我舞影零乱  我舞へば影零乱す
醒時同交歓  醒むる時同(とも)に交歓し
醉后各分散  醉ひて后は各おの分散す
永結無情遊  永く無情の遊を結び
相期獏雲漢  相ひ期せん 獏(はる)かなる雲漢に

漢字が分かる日本人にとって、漢詩はなんとなく意味がつかめますね。月と自分の影を相手に酒を楽しんでいる訳ですが、興味ある方はネットで検索していただくとして、普段は山で生活をし、日本語授業がある時にポルトに下りて来るアルフレッドさん曰く、
「この詩はまるでわたしの山での生活を歌っているようです」。

聞けば、彼の山の家の周囲にはポルトガルでは見られない桜の木や銀杏の木が植えられ、ベランダからは月が昇ってくるのが見えるのだそうな。「いらっしゃい、いらっしゃい」と言われながらも、まだお邪魔していないわたしです。

この時わたしはかれこれ10年以上も昔、木彫家の我が親友の山房での一夜を思い出しました。日本庭園を前に、和室の縁側で向こうに見える山並みと煌々たる月を眺め、漬物を肴にして和歌山の地酒「黒牛」を飲みながら、ポルトガルの、そして、彼女の四方山話をお互いポツポツと夜通し語り合った忘れられぬ夜のことです。

かつらぎ山房
庭から山を望む

気が付けば、いつの間にか二人で一升瓶を空にしていたのでした。それが不思議と酔うこともなく、「酒は静かに飲むべかりけり」とはこういうことかと思ったものです。

かつらぎ山房

座敷の横の縁側で一晩中静かに杯を傾け。
 
かつらぎ山房

漢詩の最後、「ともあれ月と影と親しく交友し、遥かな銀河での再会を誓おう」と訳せる「相ひ期せん 獏(はる)かなる雲漢に」は、胸にジンと響きます。

この春の帰国では、3年ぶりに親友を訪ねるのですが、この詩のにわか講釈を披露しようかと目論んでいます。そして、ワインよりも、ビールよりも、美味しいお酒を素敵な酒器でいただきたいと思うこの頃、毎晩軽く日本酒を晩酌とする妹との再会も、楽しみの一つなのであります。

親友の山房はいずれ改めて紹介したいと思います。

本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。では!

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2016年11月26日 

土曜日はクリスタル公園内にある市立図書館で初級と中級の日本語クラスを持っています。10時から始まる授業は3時間をほぼぶっ通しです。

本来は一クラス終わった後に10分のコーヒーブレイクを入れているのですが、最初の中級クラスが終わると、すぐに初級クラスの生徒たちが待ち構えていたかのように入室してきます。それで結局家で用意していくコーヒーを飲む暇がないというわけです。

さて、今日もそんな具合で初級クラスの生徒たちが入って来、生徒が席に着いたところで、「みなさん、おはようございます。」の挨拶で始まったクラスですが、すぐ、質問が出ました。

「先生、オイランってなんですか」
「んん?オイランとな?」

どこでそんな語彙を仕入れてきたのだ?最少年齢15才の生徒もいるので、一瞬、どないしようかと心中思わなかったわけでもないが、少しはその知識があったので、手っ取り早く説明することにしました。こういう時、大衆時代劇の知識は却ってジャマをするなぁ、なんてエラそうに(笑)

オイランとは江戸時代の吉原と呼ばれた区域にあった遊郭の遊女のことですね。今で言えば高級娼婦とでも言えましょう、と、何年か前に、子どもたちと訪れた日光にある「江戸村」でオイラン劇を見た経験もあり、自分の知るポルトガル語をあれやこれやと使って、なんとか説明したのでした。

江戸村5
2009年に行った日光江戸村にて。


で、件の質問した生徒に、「これでいいですか?」と確認すると、「せ、せんせい。意味がなんかちがいます。オイラン、オイラン、オイラ?」
えーーーー!オイランじゃなくて、オイラなのん? それならそうと、ちゃんと言ってよぉ、ティアゴ君^^;
と、自らの早とちりを棚に上げて、生徒たちを目の前に思わず吹いた今日の教室でした。

時折、生徒から思いもよらぬ質問が出たりするので、こちらからすれば、いかがなものかと多少思うようは言葉も知っている範囲で極力説明するように努めるのですが、オイラとオイラン、参ったなぁ(笑)

思い出しては可笑しくなって一人クスクス笑いながら車のハンドルを握る自宅への帰路、我が家の近くの消防署がある並木道の紅葉が美しく、道端に車を停めてカメラを向けた土曜日の午後でした。ポルトも近年は紅葉する木々が増え、季節感がない街だと思った昔がまるで嘘のようです。

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本日はこれにて。
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