2017年2月21日 

月曜日は自宅日本語教室が忙しい日です。

10時半から1時まで2クラス、そして、3時半から6時まで2クラスあり、授業準備も入れると7時間ほど縛られることになります。

昨日がそれで、「うへ、今日は日本語が4つだ。近頃はこれがちょっときつくなってきたなぁ」と、起きてきた夫の顔を見て、問わず語り。苦笑いしてました、彼(笑)

月曜日午前中の2クラスの生徒さんは、長年日本語学習を続けてきたGGズ、二人です。GGズとはわたしの彼らへの呼称。年配者こと、じいちゃんたち、からジィジィズともじったのですが、考えてみたら自分もそれに入る年代になっていたのでしたっけ(爆)ま、教わるも教えるもGGズ、ということですわ。

月曜日のGGズには紅一点、76歳のマリアさんがいるのですが、彼らの授業がおいそれとは行かず。十分な下調べを要します。しかし、下調べをすることで、自分の勉強、確認にもなり、楽しい部分でもあります。

一つは、この間から百人一首の勉強でブログに登場している83歳のアルフレッドさん、そしてもう一人が上述のマリアさんで、彼女とは目下、森鴎外の「高瀬舟」を読んでいます。これまでの日本語教室で「高瀬舟」を取り上げるのは、マリアさんで3人目です。

彼女は、コインブラ大学で言語学を選考し、当時、教授に「マスターコースを取って大学に残らないか」と声がかかったほどの優等生でした。が、結婚により、ポルトガル語、英語、ドイツ語の高校教師の職を選択した人で、時にポルトガル語で翻訳本も出したりしています。

そんな人ですから、ツッコミが細かいのであります。 加えて彼女、今回は「高瀬舟」を自分用にポルトガル語に翻訳したいと言い出し、実は毎回たじたじのわたしであります。

翻訳となると、適切なポルトガル語を探ることになり、そのためには時代背景の理解も必要になります。日本語の動作、表現の機微も、説明を要します。

語彙で言うと、町奉行ひとつをとっても、「現代で言うと警察と裁判所のようなものです」とこれまでのような説明に終わるわけに行かず、「え~とですね、寺社奉行、勘定奉行とあわせてこの時代の三奉行のひとつが町奉行です。町奉行には、北町奉行、南町奉行がありました、交代で業務を行っていたのです。」というところまで説明していきます。

「お白洲」にいたっては、今の法廷に当たり、ここでお裁きがなされます、と、かつて子供たちと訪れた時の「日光江戸村」での「遠山の金さん」お白洲の画像を出してきて、「これがお奉行様、そして両脇でお白洲に座っているのが多分同心です」

日光江戸村「遠山の金さん」

これは日本の時代劇のお奉行さまこと、「遠山の金さん」のお白洲場面ですよ。と付け加え、ふふふふ、ついでにこのシーンの名セリフ、

「おうおうおう!!!あの日あの時あの場所で、うぬらの悪の一部始終、この遠山桜がしっかと お見通しなんでえぃ。おぅ、これでもしらぁ切ろうとでもぬかしやがるのか!? どぉなんでぇい。さっきまでの威勢のいい剣幕、どこいっちまったんだょおぅ!」
と言うのまで披露しちゃったお調子者でありました。

こりゃいかんなぁ、高瀬舟にもどらないと、この決め台詞を面白がって書き取ろうとするマリアさんを制止し、再び真面目な顔で、「高瀬舟」に戻ろうとしたところで丁度時間と相成ったのでありました。お粗末さまでございます。

本日はこれにて一件落着だぃ!
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2017年2月15日 

以前にも少し触れたことがあるのですが、我が生徒の最年長者83歳のアルフレッドさんとの日本語授業でのことです。

現在、二人で600ページ近くに及ぶ「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」を勉強しているのですが、先週は、9世紀から10世紀初頭にかけて生きた、在原業平の甥、大江千里(おおえのちさと)の23番歌を読み終えたところです。

余談になりますが、在原業平とくれば、今で言う「イケメンもて男」。人気漫画のタイトルともなっている「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」の作者でもあります。また、古今和歌集に納められている業平の歌にはわたしの好きな、「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」もあり、優れた歌人だと言われます。

しかるに、このもて男の業平は小野小町を口説いて、実は振られていたのだそうですよ。この本で知ったことですが、単なる歌の解説に終わっていない点が面白く、アルフレッドさんとああだ、こうだと言い合いながら(ポルトガル語、英語でのディスカッションです)、楽しんで学んでいます。

話をもどしまして、その業平の甥、大江千里の歌、

月見れば
千々に物こそ 悲しけれ
我が身ひとつの 秋にはあらねど

つきを見上げると、心が千々にに乱れて悲しくなるなぁ。わたし一人の秋ではないのだけれど
(現代語訳:「ねずさんのねずさんの日本の心で読み解く百人一首」引用)

大江千里は漢学者でもあり、この歌も「燕子楼(えんしろう)」という漢詩が元歌なのだそうです。
下に読み下しを記してみます。

満窓(まんさう)の明月、
満簾(まんれん)の霜

被(ひ)は冷やかに、燈(とう)は
残(うす)れて臥床(ふしど)を払ふ

燕子楼(えんしろう)の中(うち)の
霜月(さうげつ)の夜

秋来(きた)つて只
一人(いちじん)の為に長し

この漢詩を機に、アルフレッドさんの提案で、李白の「月下独酌」なる詩を勉強してみました。下記、ネットで拾ったものです。

花間一壺酒  花間 一壺の酒
独酌無相親  独り酌みて相ひ親しむ無し
挙杯邀明月  杯を挙げて明月を邀へ
対影成三人  影に対して三人と成る
月既不解飲  月既に飲むを解せず
影徒随我身  影徒らに我が身に随ふ
暫伴月将影  暫らく月と影とを伴って
行樂須及春  行樂須らく春に及ぶべし
我歌月徘徊  我歌へば月徘徊し
我舞影零乱  我舞へば影零乱す
醒時同交歓  醒むる時同(とも)に交歓し
醉后各分散  醉ひて后は各おの分散す
永結無情遊  永く無情の遊を結び
相期獏雲漢  相ひ期せん 獏(はる)かなる雲漢に

漢字が分かる日本人にとって、漢詩はなんとなく意味がつかめますね。月と自分の影を相手に酒を楽しんでいる訳ですが、興味ある方はネットで検索していただくとして、普段は山で生活をし、日本語授業がある時にポルトに下りて来るアルフレッドさん曰く、
「この詩はまるでわたしの山での生活を歌っているようです」。

聞けば、彼の山の家の周囲にはポルトガルでは見られない桜の木や銀杏の木が植えられ、ベランダからは月が昇ってくるのが見えるのだそうな。「いらっしゃい、いらっしゃい」と言われながらも、まだお邪魔していないわたしです。

この時わたしはかれこれ10年以上も昔、木彫家の我が親友の山房での一夜を思い出しました。日本庭園を前に、和室の縁側で向こうに見える山並みと煌々たる月を眺め、漬物を肴にして和歌山の地酒「黒牛」を飲みながら、ポルトガルの、そして、彼女の四方山話をお互いポツポツと夜通し語り合った忘れられぬ夜のことです。

かつらぎ山房
庭から山を望む

気が付けば、いつの間にか二人で一升瓶を空にしていたのでした。それが不思議と酔うこともなく、「酒は静かに飲むべかりけり」とはこういうことかと思ったものです。

かつらぎ山房

座敷の横の縁側で一晩中静かに杯を傾け。
 
かつらぎ山房

漢詩の最後、「ともあれ月と影と親しく交友し、遥かな銀河での再会を誓おう」と訳せる「相ひ期せん 獏(はる)かなる雲漢に」は、胸にジンと響きます。

この春の帰国では、3年ぶりに親友を訪ねるのですが、この詩のにわか講釈を披露しようかと目論んでいます。そして、ワインよりも、ビールよりも、美味しいお酒を素敵な酒器でいただきたいと思うこの頃、毎晩軽く日本酒を晩酌とする妹との再会も、楽しみの一つなのであります。

親友の山房はいずれ改めて紹介したいと思います。

本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。では!

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2016年11月26日 

土曜日はクリスタル公園内にある市立図書館で初級と中級の日本語クラスを持っています。10時から始まる授業は3時間をほぼぶっ通しです。

本来は一クラス終わった後に10分のコーヒーブレイクを入れているのですが、最初の中級クラスが終わると、すぐに初級クラスの生徒たちが待ち構えていたかのように入室してきます。それで結局家で用意していくコーヒーを飲む暇がないというわけです。

さて、今日もそんな具合で初級クラスの生徒たちが入って来、生徒が席に着いたところで、「みなさん、おはようございます。」の挨拶で始まったクラスですが、すぐ、質問が出ました。

「先生、オイランってなんですか」
「んん?オイランとな?」

どこでそんな語彙を仕入れてきたのだ?最少年齢15才の生徒もいるので、一瞬、どないしようかと心中思わなかったわけでもないが、少しはその知識があったので、手っ取り早く説明することにしました。こういう時、大衆時代劇の知識は却ってジャマをするなぁ、なんてエラそうに(笑)

オイランとは江戸時代の吉原と呼ばれた区域にあった遊郭の遊女のことですね。今で言えば高級娼婦とでも言えましょう、と、何年か前に、子どもたちと訪れた日光にある「江戸村」でオイラン劇を見た経験もあり、自分の知るポルトガル語をあれやこれやと使って、なんとか説明したのでした。

江戸村5
2009年に行った日光江戸村にて。


で、件の質問した生徒に、「これでいいですか?」と確認すると、「せ、せんせい。意味がなんかちがいます。オイラン、オイラン、オイラ?」
えーーーー!オイランじゃなくて、オイラなのん? それならそうと、ちゃんと言ってよぉ、ティアゴ君^^;
と、自らの早とちりを棚に上げて、生徒たちを目の前に思わず吹いた今日の教室でした。

時折、生徒から思いもよらぬ質問が出たりするので、こちらからすれば、いかがなものかと多少思うようは言葉も知っている範囲で極力説明するように努めるのですが、オイラとオイラン、参ったなぁ(笑)

思い出しては可笑しくなって一人クスクス笑いながら車のハンドルを握る自宅への帰路、我が家の近くの消防署がある並木道の紅葉が美しく、道端に車を停めてカメラを向けた土曜日の午後でした。ポルトも近年は紅葉する木々が増え、季節感がない街だと思った昔がまるで嘘のようです。

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本日はこれにて。
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2016年10月3日  

この10月から、グループ向けの日本語教室はポルト市立図書館に移動しました。これまで教えてきた生徒たちも引き連れて、初級コースと中級コースを新たに開講しての出発です。

ここ数年、相棒のOちゃん宅の広いリビングを彼女と二人で教室代わりに利用してきたのですが、そのOちゃん一家が夏に引越しと相成り、教室がなくなってしまったのでありました^^; 新たに場所を探すにも、多くが夏休みになっており、時期が悪い。

しかも授業料は格安になっているので、私設の教室など借りたら足が出るやもしれません。ふと思い出したのが、「そうだ、図書館でのコース、5月開講申請をしていたのが、7月以降でないと教室が空かない、というので、申請にはゴーサインが出ていたのを思い出し、係の人にコンタクト。

ついでに中級コース開講もと申請したのですが、これがなかなか手間取りました。中級クラスには8人ほどいるのです。ここまで学んできて「教室ないからお仕舞い!」はないでしょう。生徒たちは私に取りもはや我が子のようなものですし、元はと言えば、このクラスは図書館の初級授業から始まったのです。

そんなこんなで、いつもなら九月初めには始めている日本語教室の目どが立たずジクジク胃痛が始まりつつあったのでしたが、先週木曜日にやっとゴーサインが出て、昨日開講に漕ぎつけました。ハレルヤ!ホンマにもう、誰のせいでもないけれど、焦ったで~。

今年は夏に入るなり、上述の教室の問題を始め、私生活ではちょっとした変化があったのでした。

30年以上も我が家に通ってくれたお手伝いのベルミラおばさんが、のっぴきならぬ事情で辞めなければならず。人の出入りが多い我が家です、出張日本語の仕事もあるので朝から家を空けることなどがあり、全部家事をやりきるのにはかなりの体力が要ります。今のわたしの年齢では無理が出る。お手伝いさん、必要です。

が、今時、家の鍵を預けて出かけるほど、信用がおけるお手伝いさんは、そうそういるわけではありません。
運よく、つてを得て、同じ通りに住む女性を夫が探し出してくれました。わたしが午後授業で家にいる日に、様子見として、しばらく彼女に来てもらうことになり、こちらもなんとか見通しがつきました。

おっと、今日のトピックと関係ない話が続きましたが、さて、今、老齢の生徒と学んでいる「百人一首」、これが今面白くてしようがない!

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今年の春だったか、少し値段がはるのとハードカバーで重いので送料も気にはなったのだが、思い切って日本に住むモイケル娘に送ってもらったのが、写真の本「百人一首」です。副題に「ねずさんの日本の心で読み解く」とあります。ここが大事なところなのだと、読み始めて分かりました。

古典をきちんと学んだわけではないのですが、高校時代から日本語の美しいリズム感が好きでしたから、古文や短歌が授業でとりあげられると、暗記してソラで言えるのが嬉しく楽しみでもありました。日本語学習者の年長者には、古文、短歌に興味を持つ人が二人いるので、機会をみては授業でとりあげます。

その一人、我が日本語塾生の最年長者、85歳のドイツ系ポルトガル人のアルフレッドさん。すでに何度も日本へ行ったことがあり、2年前には、わたしが歩いてみたいと思っていた「熊野古道」を5日間計画で友人と歩いてきた人です。先をこされた~と、悔しいことしきり(笑

その彼との授業中、百人一首の歌がるたを持っているという。いくつかの有名な歌は既に知っているようでしたが、ちょうどその日、ねずさんの「百人一首」を詠み始めたところだったので、「それでは」と、その本を持ち出し、歌の意味について少し話し合ったのでした。

実を言うと、アルフレッドさんに本を見せたのには、この本を開き、一番歌にある天智天皇の、
「秋の田の かりほの庵のとまをあらみ 我が衣手は 露に濡れつつ」

の解釈を読んでわたしはひどく興奮していたという理由もあったのです。

な、習った解釈「仮小屋の屋根を葺いた苫(とま)の目が粗いので、わたし(天智天皇)の衣の袖は露に濡れてしまったではないか」というのと、違うジャン!なのであります。

短歌、俳句もまた詩もそうですが、読み側の受け取り方が多少違うというのを踏まえても、これはあまりにも違うレベルの解釈の違いなのです。

この本によると、「わが国の最高権威であり一番尊い方が、外が暗い時刻に、粗末な庵の中で自らの手をぬらし、袖をぬらしながら、家族が使うゴザを編んでいる」と言うのです。更に続けて「作業場でゴザを編むくらいだから、おそらく天智天皇は、田植えから、他の雑草取り、稲の刈り入れなどの農作業もしていたであろう」と、あります。

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してみると、テレビで「天皇陛下が皇居の中にある水田で恒例の田植えをされました」とのニュースを見たことがあります。皇居での稲作は、農家の苦労を感じるために昭和天皇が1929年に始められ、収穫されたコメは祭祀で使われるほか、稲は伊勢神宮にも供えられるのだそうです。
ひゃ~。ということは、この天皇陛下の稲作は、7世紀の天智天皇(=中大兄皇子)の・・・・・

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この歌の真意は「上に立つ者から率先して働く、上に立つ者は常に民と共にある」というもので、それ故、百人一首の筆頭を飾る一番歌にふさわしく、千年の長きに渡り人々に愛されて続けてきたのだと言っています。目からうろこです。

解釈するにあたり、当時の時代背景の解説もあり、加えて、それまで中国皇帝が決めた元号を使っていたのが、西暦645年にわたしたちの国の最初の元号「大化」が制定された。つまり、「大化の改新」は中華文明と決別し、わが国独自の文明社会を築こうとした7世紀の大革命であったと、今まで知らなかった歴史の一部をこの歌から知り、自分の無知を恥じ入ったのでした。

さて、二番歌は女性天皇、持統天皇の御製、多くの人に知られている「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の・・・」ですが、わたしが学校で習ったのと違うこの解説もおもしろや。そして、わたしがこの歌の解説の言葉の意味を調べたりして知ったのは、持統天皇は日本書紀の最後を飾る天皇であり、その時代に、わが国で始めて『愛国』の文字が使われている」と言うことです。

絶対的王が領土領民を私的に支配し、民衆は隷民であったヨーロッパにナショナリズムが登場するのは19世紀以降のこと。日本を思う心が築いた、中世社会の姿を一大抒情詩として綴っているのが「百人一首」であり、歌の順番には明確な意図があるのだ、と明かしています。

この歌の解説を読みながら今まで知らなかった歴史まで学ぶことになり、一番歌を終えるなり「先生、自分の生存中に終えられるかどうかいささか疑問ではあるが、この本を最後まで続けて読みたい」と申し出があり、今日は、中納言家持こと大伴家持の六番歌の解説を読んだのでした。

あたかも、ミステリーを読んでいるが如くの錯覚に陥りそうな、またそれくらいの歴史知識、洞察力、鑑賞力なくしては、解き明かせない「百人一首」。知らぬ言葉や歴史的出来事もあり、色々調べながら毎週一回読むのですが、面白くて興奮しているこの頃、この調子で行くとアルフレッドさん、少なくともわたしたちがこの解説書を読み終えるのに4年はかかりそうですぞ(笑

本日もお付き合いっくださり、ありがとうございます。
では、また明日!
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2016年5月10日 

バタバタしていたこの一週間、気がつけば、なんと一週間以上もブログを留守にしているではないか^^;

ポルトに帰るや、大学がらみの小さな日本展示会の話が舞い込み、その打ち合わせ、そして、今週土曜日からの日本語新コース、加えてつい先週末に終わることができた、恒例の「日本語を話す会」こと、我らが呼ぶNHKパーティーの三つが絡み、怒涛のような忙しさでした。

個人授業の生徒たちとグループ授業の生徒たちとの交流を図ろう、また、生徒たちの日本語関係の情報交換の場になればと思い、2011年に相棒のOちゃんと立ち上げた年に一度のNHKパーティーは今年で第6回目を迎え、いつのまにか生徒たちから催促がくるようになりました。

例年は3月頃のイースター休暇時に開く昼食会なのですが、今回はその時期にわたしが日本に帰国したもので、5月になってしまいました。

実はこの食事会、わたしとOちゃんが自家製の日本食もどきを用意するのですが、年々増えてきて、今年は30人分の食事を作る羽目に!自分のメモとして、一応、メニューをちょいと書きとめてみましょう。

わたしの担当料理
・ゆうこ式白身魚のグラタン
・大鍋カレーライス 
・太巻き厨子8本
・鶏のから揚げ   
・鶏の胸肉塩蒸し焼き (今年初出、大いに人気あり)
・一口カツ   
・ゆうこ式サンドイッチ  (パンにハムをはさむだけのポルトガルのサンドイッチとはかなり違うので大人気)
・ポテトサラダ 

日本語を話す会

Oちゃんの担当料理:
・焼きそば
・押し寿司(Oちゃんは飾りつけがうまい)
・細巻き寿司
・野菜サラダ
・フルーツサラダ
・チーズ類

日本語を話す会

Oちゃんは普段教室に使っているリビングをパーティー会場にして、コップや皿類等のセッティングも受け持ちます。

そして、今回は彼女の提案で、パテオを利用しての「たこ焼き」デモンストレーションを取り入れました。
日本語を話す会

と言うのも、日本のアニメファンが多い若い人達、マンガやアニメにしょっちゅう出てくる「たこ焼き」とはどんなものかとの興味を膨らませておるのです。写真でご覧のように、うまい具合に丸くひっくり返そうと、みな必死に兆戦したのでありました。

メニューの最後はデザートのフルーツサラダ、もしくはケーキ類です。
日本語を話す会

日本語を話す会

これは毎回、生徒の一人にケーキ作りを専門にする女性がいますので、彼女に注文します。彼女特性のおいしいポプコーンも出ます。彼女の作品でわたしが一番気に入ったのは、2013年に作ってくれた桜の花びらをあしらった美しいこのケーキです。

日本語を話す会

わたしがGG´s(じぃじぃず)と呼ぶところのYY塾ご長老たち4人には常にワインの差し入れをお願いして、
若い生徒たちは意外にもアルコールを飲まないので、ジュース類を揃え、そうそう、日本酒も少し試していただきます。そして、最後にはコーヒーマシンでエスプレッソをサービス。

日本語を話す会
話に花咲かせるYY塾のGG´s(じぃじぃず)こと、ご長老たち

NHKパーティーの準備はほとんどがわたしたちの手作り料理ですから、30人分を用意するとなると実を言うと大変なのであります。

土曜日午前中の日本語教室を終え、夕食後にはすぐ翌日の料理の準備に取り掛かりますが、真夜中過ぎまでかかります。翌日、つまりパーティーの当日は朝6時起床、正午まで、台所に立ちっぱなしで上記メニューをひたすら作るのですが、今回はさすがに疲れたびぃ・・・・

料理をYY塾に運ぶころには腰痛は始まり鎮静剤をいただく羽目に相成りましたが、みなさん、始まるじかんより早くドアを叩くんですよね(笑) それだけ楽しみにしているのだと思うと、しんどさも忘れてまた来年もがんばってみるか!と決心を新たにするのでありました、なんてね(笑)

日本語を話す会
数人撮影時に遅れてきた人がおり、参加者全員が写っていないのは残念です。

と言うわけで、今年のNHKパーティーも無事終わりました。
ポチッとランキングを押していただけたらありがたいです。

では、みなさま、また明日!

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