2018年2月15日 

キターー!と喜んでホクホクしています↓

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イエイエ、写真のドラ焼きなどではなくて、息子がキタのが、ですよ、喜んでいるのは(笑)

2月後半から3月いっぱい大学の講義がないので、目下、我が東京息子が帰国している。羽田空港からもう少しで飛行機に乗るけど、明太子いくつ欲しいの?と聞いてきたので、二つ三つでいいよ、と言ったら、1キロ持って来た^^; ドラ焼きも2箱持ってきて、期限があるから毎日食べないとだめだよ、と言う。

ふっふっふ。冷凍という一手があるのだぞ^^ これで4月中旬の自分の帰国まで、日本食が恋しくなっても、なんとか持つのである。

と言うので、今日は息子に関する話。

★東日本大震災の年2013年
息子、娘は千葉にアパートを借りて共に住んでいたが、気が気でならず、震災の一ヵ月後には、子どもたちの様子をこの目で見んがため、帰国した。その時のこと。以下。
2011年4月27日
未だ時々余震の揺れを感じたりするものの、精力的に東京と家の中を動き回っています。起床7時、モイケル娘を職場に送り出し、掃除洗濯、アイロンあてをしているうちに、午後から英語講師の仕事を持つ東京息子がやがて起床。で、またご飯の用意なんです^^;

この家事ですが、いやいやもう、子供たちの住まいはかなり光ってまいりました。なにしろ、わたしは亡くなったポルトガルのピカピカ好きのお姑さん仕込み、それに我が家で長年働いてくれているお掃除のおばさんこと、ドナ・ベルミーラ仕込みの腕です、トイレ、風呂場、台所、冷蔵庫とお掃除はお任せあれ。

子供たちを見るにつけ、働きながら家の中を整頓するのはなかなか大変なことのようで、共働き女性の負担たるもの、さぞかし苦労なことだろうと思われます。わたしもポルトガルでは、一応共働き主婦のお仲間に入るとは言え、たいていが自宅での日本語教室ですから、仕事の合間を縫ってちょこっと家事ができるのは嬉しいところです。

都内へ出かける予定がない日中は、午後の食料買出し。これがポルトでは普段車を使っているもので、重い買出し荷物をぶらさげての歩け歩けは結構疲れる、いや、運動になりますわ(笑)人目も構わず、ヨイショコラショと思わずかけ声が出ます。

夕方6時少し過ぎには、退社後まっすぐ帰宅するモイケル娘です、ポルトにいたらとても考えられない7時台の晩ご飯。この後片付けが済むころの10時に息子の帰宅で再び食事の用意。久しぶりに母親業をしっかりやっております。

日本とポルトガル、遠く離れていてもメッセンジャーやスカイプのあるご時世です。女同士のモイケル娘とはほぼ毎日のようにチャット交換してきたのですが、息子とのそれは、「元気?」「うん。そっちは?」「問題なし。仕事はちゃんとできてる?」「うん、」「なにか必要なものはない?」「Nothing special」と短いものです。だが、三つ子の魂百まで。子供のころからの息子の性格からして、きっと大笑いされるような話が山ほどあるに違いない。

そんなことを思っていた今日、遅い夕食をしながらの息子の話に腹を抱えて笑い転げていたのでした。

週に何度か近くのジムに通っている息子、力いっぱい、筋トレをしていたら、係員が顔を青くして飛んで来て、「お客さま、もう少しヤサシクしてください」と言われたのだそうだ。

筋トレ用具を壊さんばかりに思い切りガンガンやっていたのだろう。まったくいい年をして加減と言うことを知らないヤツではあると思いながら、その様子を想像し、ジムには悪いが可笑しくて笑い転げていたら、そんなのがいくらでもあると息子が言うのだ・・・・・

年末に福引がすぐ近くの商店街であった。例のガラガラポンを一回まわすのだが、あれを衆人の目の前でいい歳をして力いっぱい何回も回して、とうとう玉いっぱい外へ飛び出してしまったって・・・・
息子いわく、
「おれ、知らなかったんだ、一回しか回さないってこと。てへへ^^;」

そこに居合わせた日本人たちのあっけに取られた顔を思い浮かべると、「お前というヤツは~」と言いながら、これが笑わずにおらりょうか(爆)
日本の皆様、息子がご迷惑をかけておりますが、どうぞ長い目でみてやってくださいませ。

日本人の友達からは「ジュアン君て原始人みたいだね」と言われるのだと言う。げ、原始人^^;「粗にして野」か・・・・

すると横からモイケル娘、「おっかさん、うちでも外でも変わらない、裏表のない人間に育って欲しいと
願ったんでしょ?その通りじゃん、はははは」(エピソードはこちら↓)
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-287.html

そ、それはそうだけど、微妙にちがうんだよね^^;今更意見を言っても始まるまい、息子よ、城山三郎氏ではないが、粗にして野、しかし、「卑」にはなるなや。


ポルトに帰った翌日の昨夜は、早速、学校時代の友人たちが集まってくれたのか、自分が号令をかけたのか、出かけて午前さまの息子が今部屋で眠っている。
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2018年2月12日 

2月は母とおばが身まかった月でもあります。母は83歳、叔母は70代後半でした。
日本国内に住んでいるとすぐ飛んで行ける距離もポルトガルからだと直行便はないので、「すぐ帰れ」
の報せには実におろおろしてしまいます。親の死というのは普段から親不孝をしてきた者には、いつまでたっても整理して心の引き出しにしまえないような気がします。

母については明日にでも話そうと思いますが、今日は、中学生時代に弘前から何度か家出をして、ついには引き取ってもらい、中学時代の最後の一年間をに大阪の西宮で共に暮らした叔母の連れ合い、伯父の話です。

ある日のこと、所沢に住む妹からのメールで、話したいことがあるからメッセで声かけてね、とありました。ぬぬ?モイケルめ、何かやらかしたのであろうか(この頃我がモイケル娘は日本の大学受験のために妹宅に下宿)、と恐る恐る、オンしてみますと、「お~~~い、ゆう。待ってました」聞いて聞いて、と始まりましたw

叔母が亡くなって横浜で一人暮らしの江戸っ子の伯父、それでも元気この上ないらしい。伯父には時々ポルトから電話をするのだが、こちらの時間の都合上、どうしても伯父の夕食時間とか、スイミングクラブに行ってる時間とかにかち合うようで、ここしばらく電話に出た試しがない。

その話を妹にすると、伯父の携帯電話に連絡を入れたらしい。、「おじさん、ちょうど飲んでる最中で、元気ご機嫌だった」。

で、ゆうこは今年来るのか、と聞くから、

妹、「お金がないから今年は来れない、来年だってよ」(子どもたちの教育費が大変だった)
叔父「おい、待ってるんだぞ。いくらだ?4、50万かかるのかい?」
妹「そんなにはかからないわよ。飛行機代、20万ほどじゃないかしら」
叔父「よし!出してやるから、今年来いと、メールで言え」
妹「あら、おじさん、飲んだご機嫌で調子よくなっちゃってもう。」
叔父「んなことないよ。ちゃんと出してやる!」
妹「ほんとにそう言っていいの?」
叔父「おおよ!江戸っ子だい!」

・・・・・・・・・
で、我が妹、伯父の気が変わらないうちにと、すぐさまメールを入れてきたのだそうな(笑)

前年、伯父を横浜に訪ねたときは、もいける娘のアパート探しで忙しく一泊もできず、横浜に訪ねたものの、お焼香して、ちょっと話をして日帰りで所沢にとんぼ帰り。

その時、叔父に「叔母さんのもの、全部とってあるんだ。お前、整理してくれないかい?」と言われ、「いいわよ。でも、今年はだめ。泊まれないもの。この次の帰国には必ずします」と言ってポルトに帰ってきて、早や2年。

妹によると、「おばさんの衣類やその他、虫干しするのも大変なんだぞ」と愚痴ってるのだそうな(笑)わたしの帰国を当てにしていたらしい。

うひょ~!しからば切符代を出していただこうか!と一瞬喜んだものの・・・・ま、待てよ。あたしゃ、いったい幾つになるのだ?この歳になって、まだお小遣いやら、飛行機代やら、人様に出してもらうのか?

妹いわく、「いいじゃない。おじさんの気が変わらないうちにさっさと切符予約して、ありがとうさんと電話しなさいよ」
・・・・・・
い、いや。なんぼなんでもそれは・・・ちと考えてみるわ・・・
おじさんには「あと1年、がんばってせっせと虫干ししとけ~~」と言っといてw

叔母の生存中は、伯父と二人でちょっと飲みにでも行こうものなら、フクレられてなかなかできなかったw今度帰ったら、久しぶりに一緒に飲もうと思ってます。

と書いてから数年経ち、かくしゃくとしていた伯父も80をとうに過ぎ、昨年訪れたときは、スイミングクラブにも行かなくなり、粗忽でよく転ぶわたしが言うのもなんだが、足元がちょっと怪しげに感じられました。

聞くと、先年、朝起きようとしたらグラッとめまいが来て起き上がれなかった。しばらく休んで後、一人でがんばって、近くの総合病院までよろよろ歩いて行ったと言う。軽い脳梗塞を起こしたらしい。安易に人を頼らないのが伯父なのだが、危ないじゃないの!

三菱石油の現役時代は転勤が多く、東京から大阪(子どもがいなかったこの時代に中学生のわたしが居候した)、福岡、東京、再び福岡と最後は横浜に自家があったので単身赴任でした。叔母夫婦は後に息子に恵まれましたが、わたしはすっかり大人になってからも、ポルトガルへ渡る前の3ヶ月ほどを居候したのでありました。

去年聞いた話では、もう、元の会社仲間との年に一度の慰安旅行も昨年で終わり、「俺が一番若いんだよなぁ」ですって(笑)

春が来たらまた帰国しますが、妹夫婦を誘って伯父の顔を見に行こうと決めているのです。
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2018年1月22日 

日曜日の昨日、2週間ぶりに埼玉の妹宅に電話をして、あれやこれやと近況報告をしていたところ、「明日の雪が色々心配なのだ」と言う。

屋根に積もった雪が狭い庭に落ち、植えてある木や花を直撃するので、紫陽花がモロに被害を受けて花が咲かなかったし、木も一本ダメになったのだそうだ。あららら、と、雪なんて随分長い間見ていないわたしは、そんなダメージを考えず、雪を懐かしいとさえ感じていたのでありました。

わたしたち姉妹は弘前の雪国育ち。子どもの頃は、軒下ほどまでもどっさり積もった雪相手に屋根から飛び降りたり、かまくらなるものを作ったり、荷橇(にぞり)に子どもたち数人が乗って長い坂道をすべりおりたりと、寒さも雪による害も知らずに遊んだものでした。

今日の東京は大雪に見舞われ積もったようですね。東京に住む息子と娘が気になりLINEに「お~い、そっちは雪、大丈夫?」とメッセージを入れたところ、息子から帰ってきた返信、「大丈夫。でも電車、動いては止まり動いては止まりして、仕事場の埼玉にある大学から帰宅まで4時間かかった」

「それで、帰宅したらこうなってたぁ~」、と送ってきた画像がこれなり↓

yuki2.jpg

我が東京息子、この1月からパートナーと一緒に住むため、西武沿線の広い住居に移ったのですが、彼女は数日前から海外出張でおらず。今朝は、洗面所の窓を閉め忘れて出勤したため家について見たら、この通り、窓から雪が吹き込んで積もってるではないの(笑)

窓閉め忘れって、おい!わたしがいた頃の日本ならいざ知らず、戸締りをきちんとしないと今は危ないよ、と言いかけて止めた。4階だし、ま、いっか(笑) しかし、この後、息子はこの雪をどうしたんだろうか^^;

と、思っていたら、今朝ほど再びこんな画像が送られて来ていました。

yuki4.jpg

たまたま大学の授業がない今朝、新居のベランダに積もった雪をかき集めたのだそうだ。てっぺんにチリさらいが突っ立てているのに笑った。そりゃそうだろう、雪国じゃあるまいし、雪かき用スコップなど備えているわけがない。

モイケル娘からは遅くに「こっちは大丈夫だよ。メトロだから」と返信が入りました。

息子よ、娘よ、今なら東北へ足を向ければ見たかった雪がいやと言うほど見られるぞ、と思っている母であります。

今日は昨夜アップしきれず、日遅れの記事になってしまいましたが、ご勘弁を。

では、また後ほど。
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2018年1月4日

おふくろは日本語を教える
息子は日本で英語を教える
娘は派遣で共稼ぎ
これはまったく当たりまえ おふくろは思う

でもおやじ おやじは何をする?
おやじは退職したがまだ仕事をする

おふくろは日本語
息子は英語
娘は派遣
おやじは仕事
こいつはまったく当たりまえ おやじは思う
こいつはまったく当たりまえ おふくろも思う

それなら息子と娘はどんな考えだろう?
まったくなんにも考えていないことはないのさ

おふくろは日本語を教える おやじはまだ仕事をする 
息子は日本で英語を教える 
娘は派遣で共稼ぎ
息子と娘はそれぞれ連れあいと一緒にやっていくだろう

生活は続く おふくろはつづく 日本語を教える
おやじはつづく 仕事をする
息子と娘の人生もつづく


好きなフランスの詩人ジャック・プレヴェールの詩「家族の唄」をもじって我が家族に当てはめてみたのはこれで二度目だ。

わたしは時折、こんな風に「こいつはまったく当たりまえ」と思っている「おふくろ」をしている自分を見る。

若いときは、この「当たりまえ」ができず、目一杯抵抗したこともあり、頭をぶつけたり叩かれたりしたのも1度や2度ではない。「こいつはまったく当たりまえ」等と、あらまし物事を考えるようになったのは近年である。美空ひばりさんが歌った「川の流れのように」ではないが、多少のでこぼこ道や曲がりくねった道がわたしも振り返れば遠くかすかに見えたりする。

この頃、わたしは思うのである。
「一生懸命何かをしているわたし(*^_^*)」と自分自身が思っている間は、どうしても見せかけが入って本当の一生懸命ではないのだと。「本当に頑張っている人は、自分が頑張っていることに気づかない」という言葉をどこかで目にしたことことがある。

「大変なんですよぉ」と言う言葉にも、どこかにその人の見せかけを匂わしている気がする。

夫も息子も娘も、「大変に頑張っております」という素振りを見せないし口に出さないタイプである。わたしはと言えば、体力があるときは調子いいが、元が少し「あかんたれ」のところがあるので、しんどくなってくると、てき面に本性が出て夫やネコに八つ当たりである。人間ができてないのだ。

これも気持ちの底に、「自分は頑張ってるのに、あんたらは~」の見せかけがあるからだと反省する。「見せかけない自分」で行くのは自然体であるはずなのに、なぜだか努力が要るのは不思議だ。

などとこうしてブログを書くこと自体が、ああああ、すでに自分を「見せかけている」ことになるではないか!自爆。

さてと、家族の唄に出てくる息子ですが、「オレ、ネクタイしめるのは嫌だね」などと贅沢なことをのたもうて、ホワイトカラーの職場を避けてきたのだが、今は日本の大学で英語講師の仕事に就いている。
息子、曰く「仕事着が背広だってよぉ~」 息子よ、お前も自爆だ(笑)。

初めて息子の背広姿を目にした時は、着こなしが全く板についとらん、借りてきた衣装みたいで、なんだか可笑しくて、笑いをかみ殺すのに必死だったおふくろではありました。

息子も娘も、今では日本の社会人が板についたであろうか。
映画「ターミネーター」のシュワルツネッガーが演じたサイボーグのセリフ同様、息子も 「I’ll be back (帰って来るよ)」と言ってポルトを発って行ったが、人生は分からない。
仮に帰らずとも、

生活は続く おふくろはつづく 日本語を教える
おやじはつづく まだ仕事をする
息子と娘の人生もつづく


と、家族の唄ではあります。

ではまた。


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2017年12月13日 

自宅での個人レッスンはまだ続いていますが、市立図書館の初級、中級クラスは先週で学習納めになりました。
できれば、クリスマス前の23日の土曜日まで続けたかったのですが、教室として使用している部屋、2年ほど前までと違い、最近は利用希望者が増えたようで、日本語教室だけ専用するわけに行かず、他の利用者に譲らざるを得なかったのと、23、30日は閉館とのことゆえ、今年度の授業は終了というわけです。

年末ぎりぎりまで授業をしたかったのには、初級クラス8人全員が1月末の漢字検定試験10級を受験することになっているからで、丁寧な指導をしたかったのですが、こういう事情であればやむを得ません。クリスマスプレゼントとして、コピー店で取った試験問題集を生徒にどっさり上げたのでした(笑)

ポルトガルではわたしの元職場、ポルト補習校とリスボン補習校とが受験会場に指定されており、もう15年位も昔になりますが、我がモイケル娘も当校で漢検3級まで受験しています。補習校に通ったのは週に一度の3時間、そのうち国語学習は1時間半でしたが、3級を受験したのは高校1年のときで、よく頑張ったなぁと思ったものです。日本の大学に行きたいという夢あったればこそでしょう。

しかし、そうして覚えた漢字は、日本で生まれ育った人たちの身についたものとは別問題のようで、漢字に関しては結構面白い失敗をしでかしております。

早稲田大学に入学して2年目の終わり、我がモイケル娘、なにやら勝手に他大学編入試験を受けたときの話です。

手ごたえはどうだったの?」(←断固、転入編入反対していたのではあるが、とりあえず聞いてみたw)
「う~ん、どうなんだろ・・・でも、英語を和訳するところで、漢字間違った。」
「漢字を?自信がない漢字はひらがな、もしくはカタカナで行こうよ。」

試験問題の和訳は「核」に関する英文だったそうだ。「nuclear」つまり日本語では「核」であります。その「核」が三箇所も出てきたのだそうで、間違った漢字というのは、「核」なんだって^^;どんな風に間違ったかと言うと、あっはっはっはっは!これが笑わずにおらりょうか!

もう腹が痛くて涙が出てきて、それを披露した当時のチャット仲間たちにも一言、「お前、それ落ちてるぞ。」と言われプリプリしている娘をも構わずパソコン前で体よじって笑ったのでした。

で、どういう字を書いたかと言うと、木へんに玄。ぐっはっはっはっは!
そんな字、あったっけ?本人も既に調べたようで、「ない!」と(笑)しかし、なんとなく似てるには似てるわ^^
帰国子女は往々にして、こういう間違いをします。どれどれと思って調べて見ると、この「核」という漢字、2級で出題です。やっぱりねぇ^^ 2級まで挑戦してみましょう、もいちゃん^^

「核」の間違いに拘わらず、編入試験に通ってしまい、東京から遥か離れた本州南の外れに行ってしまった娘の話ではありました。

さて、大卒後、東京都内の某企業に就職し3年勤めて学費を稼いだ娘は今度はとんでもないことに挑戦しました。近世文学専攻だと(大汗)。 近世文学は徳川時代から明治維新間の文学で、古典に比べると文章も比較的分かりやすいとは言うものの、問題はくずし字でありました。

モイケル娘、当時、かように書いております。

<strong>こころは豚にひかるる大八車

いやー。参った。文字に襲われる夢を見ました。はっはっは。

自分のペースでできることをやるしかないと再度自分に念押しを。周りはどうあれもっと気楽に失敗しまくろう\(^o^)/ と思うことにした結果

豚にひかるる1

赤枠内の文字を「豚にひかるる大八車」と解釈して今朝発表して先生の盛大な苦笑いを頂きましたww正しくは「縁にひかるる」ですね。

いやー、おかしいとは思ったんだよ。でも他の字が浮かばなかったし、そもそも辞典の豚の字と似てたし、右のルビも「とん」に見えるし。「えん」だったんだねー。

ちなみにこれは1688年に増田円水に書かれた『好色大神楽』という浮世小説です。物語が井原西鶴のなんかの小説(忘れた)に酷似しているのがひとつ注目すべき点だとかなんとか。

ほんと気分は暗号解読者だよ。今日から暗号解読者を名乗ろうかな。

どうも。暗号解読者です。ディサイファー(decipher=判断が難しいものを読み解くこと)です。

豚は大八車をひきませんよ。



んで、ちょうどこの時、日本に帰国して子どもたちのところに滞在していたわたしと言えば、次の如くなり。

いやぁ、参った参った。紀貫之さまではありませんが、「娘もすなるくずし字といふものを、母もしてみむとてするなり」でありまして、モイケル娘が生まれて初めて取り組む1600年代に書かれた小説の原文読みの講義、いやはや崩し文字の漢字もさることながら平仮名のややこしいこと。

書物をただ眺める分には、美しいなぁで済ませるものの読むとなると、これは殆ど苦行であります。二人して迷路に入り込んだ心地して、面白いもののその結果、いと恥ずかしき(笑)

ひかるる2豚に

江戸時代に「豚」っておったのかな?いや、ブタとはイノシシのことかも知れんぞ・・・しかし、なんで「心」なのだ?と不可思議に思ったものの時間切れ。えぇい、分からん、しないよりはましだというのが「ブタにひかるる」と相成りそうろう(爆)これからが恐いような楽しみなような。

大学から帰宅した講師からの正解を聞き、ガハハハと爆笑してしまったくずし文字探りテイタラクでありました。この母にしてこの子あり。

本日はこれにて。お粗末さまでございました。
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