2010年2月11日

今朝は危なかった・・・

朝10時からの日本語教授、生徒は「マセラティの君」でありました。

ぼ~っとしてて、高速道路へ入るはずのいつもの道をうっかり間違え^^;これがまた簡単にUターンできない外周り環状線を行っちゃったのでありました。こんなことを時々やって結構夫の知らない道も覚えることになるのですが、今朝は遅れられない事情があり、運転しながら多少焦った。

なんで遅れられないかと言いますと、今週のマセラティの君の日本語デイ、1月のアジェンダ(スケジュール手帳)を見ちゃってまぁ^^;月、木、金の授業を「火、水」と思い込み、今週火曜日に行っちゃったんです。

火曜日朝、階段を上ってオフィス階4階につく。エレベーターはもちろんあるのだが、わたしはそれを利用しない。一度、地階で
偶然「君」に出会い、エレベーターの彼と階段を上るわたしと、どっちが速く着くか、競争したことがある。勝ったのはわたしであった。が、変にがんばってしんどい思いをしたおアホでしたw)

話がそれましたが、さて、我が「君」はまだお出ましなさらず、どれ、と、廊下に備えてあるソファに腰掛けようとすると、秘書さんがやってきた。

「先生、ボスは今日はおりませんが、昨日はおいでになりませんでしたね。」
「ん?今週は今日と明日ですぼん」
「あら?でもボスは待っておりましたよん」

いやな予感がして、「ちょ、ちょっと待ってね。アジェンダ、チェック~」とその場で手帳をめくると、「げっ!変わってるジャン!」

いえ、変わってたのは、間違ってたのは自分の目だ!

そんな訳で、こういうことを既にやってしまったその今日、遅れるわけにはいかんのでありましたが、道を間違え、トホホホ。
それもまぁ、出たところがなんと「フレイシュ宮殿」だ(爆)

ここにたどり着くのは多少複雑な道でして、夫とつい先だって来た時も「んもう!方向音痴なんだから!」と内心で夫をけなしていたのですが、ひとりで車を駆って来るには、これまた自信がなかったのでした^^;

やっと見覚えのある高速道路への入り口が目に入り、わたしにしては、ぶっとばしで、ぎりぎり10時に間に合った、という、なにげに不思議な縁がある「フレイシュ宮殿」の記事です!


修復に数年をかけ、2010年10月についに「歴史ポザーダ=ポルトガルの高級宿泊施設(ポザーダについては明日、詳しいご案内を)」として、日の目を見ることになったバロック建築様式の「フレイシュ宮殿」。
ミステリアスなその生涯に魅せられ、わたしが追っかけしている、イタリア、トスカーナ地方出身、ニコラウ・ナゾニによって18世紀に建築された、彼独特のデザインを持つ美しい小宮殿です。

今日は宮殿の外周りをご紹介します。

フレイシュ外1
ポザーダの正面玄関。両サイドにはピラミッドの屋根を持つ。

フレイシュ外2
ピンクの建物が客室になる。かつての製粉工場を見事に改造した。(フレイシュ宮殿とわたしのいきさつを読んでもらえば分かるのですが、それに登場する我が友、マリアさんのおじいさんがかつて経営していたらしい) 
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2013年2月2日 

先月のことだが、日曜日のとある新聞記事を目にして「ヤッター!」と思わ
ず声をあげた。これは見に行かずばなるまいと、夫が一緒に行こうかという
のも待ちきれず、日本語教室の合間を縫ってひとっ走りしてきたのが、ニコ
ラウ・ナゾニの建築、Casa da Preladaである。

casadaprelada
「カーザ・ダ・プレラーダ、5月にオープン」と見出しにある

ナゾニと言うのは、後に詳しく述べるが、18世紀にポルトにやって来、ポ
ルトガル北部で教会を始め私邸などの多くのバロック、ロココ作品を残した
イタリア、トスカーナ地方出身の画家及び建築家だ。

この数年、日本語教室の仕事に追われ、意に反してつい遠ざかっていたナゾ
ニだが、ちょっとしたいわくもあり、「ナゾニの謎に(おバカな駄じゃれw)
挑戦だ!」と息巻いて、取り付かれたかのようにナゾニの建築物を探し回っ
たのは2007年、6年前のことだ。

本日は少し古い記事になるが、Casa da Prelada(プレラーダ邸)を6年前
の話と併せて紹介したい。

2007年4月記:Casa da Prelada

casadaprelada
Casa da Preladaのファシャーダこと正門(2007撮影)

人に尋ねても所在が分からず、カーニバル休みのこの日、同じ地名を持つ
「Preladaキャンプ場」の門を叩き、管理人を捕まえて聞いてみた。
「Casa da Preladaを知らないか。」と聞くと管理人いわく、
「30年ここにいるが、聞いた事がない。もしかして、閉鎖された老人ホー
ムのことだろうか。」
        
道順を教えてもらい、その閉鎖された老人ホームとやらを訪ねてみて驚い
た。探し求めていたナゾニの建築作品は廃墟と化していた。中には入れず。
自分の背丈くらいの石壁で囲まれており、建物の上部しか写真を撮ること
ができなかった。
        
別名「Palacio da Prelada」とも呼ばれるらしいが、Palacio(=パラー
シオ=宮殿)と言うには随分小規模なのだが邸宅はQuinta da Prelada
(プレラーダ庭園)の、長さ1キロメートルにも及ぶという広大な庭園の一
隅にある。

現在は庭園の一部がプレラーダ病院とキャンピング場になっており庭園の
真ん中を自動車道路が突っ走っているのが見える。

所有者からポルトの慈善院に寄付されたこのナゾニが造った邸宅と庭園は、
老人ホームとして使用されていたと聞く。4年前に入居していた最後のお
年寄りが亡くなった後、閉鎖。そのまま放置され、荒れ放題になっている。

casadaprelada
原形の正門周辺の全容。門と向かい合う場所に2本のオベリスクが建ってい
た。現在オベリスクは、海岸通りにある公園の入り口に設置されている。
(オベリスクは後日紹介の予定)

casadaprelada
廃墟と化したプレラーダ邸



2013年2月3日記:Casa da Prelada

昨年に一度、この近くを通りかかったついでにその後どうなっているかと
気になり、2007年の訪問以来始めて立ち寄ってみたところが、工事が
入っている様子をみて、これはいい兆しだと思い、実は楽しみにしていた
のであった。

casadaprelada

訪れた午後は曇っていて、我が撮影の腕では上手く写真がとれなずがっか
りしていたのだが、1時間半ほど周囲をうろついて帰ろうかという頃にパー
ッと陽が差し込んできて、大喜びでデジカメのシャッターをきったのが下
の写真。
casadaprelada
 
プレラード邸は現在もポルトのSanta Casa da Misericordia(慈善院
とでも訳すのか?)の所有で、この5月の一般公開を目指して内外ともに
工事が進められている。

casadaprelada

ん?これは邸宅の横からみたのだが、後ろになにやら?丁度ドラックが出て
きたので、工事用に取り付けられた大きな扉が開いた隙にのぞき見ることが
できたのはこれ↓

prelada

これを目にしてガーンの気分ではあったが、荒れるがままに放置され、素
晴らしいナゾニの作品が朽ち果てるよりはまだまだ益しであろうと思い直
すことにして、5月の公開を心待ちしているのだ。

プレラーダ邸、次回に少し続きます。
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2013年2月9日 


オタクな記事が続きますが、お付き合いいただけたら幸いです。

1743年から1758年にかけてナゾニによって手がけられたプレラーダ邸はNoronha e Meneses(Menezes)一族の夏の別荘として建てられました。

casa7.jpg

ポルトガル語では「fachada=ファシャーダ=建物の正面デザイン、正門」と呼ばれるプレラーダ邸の入り口。上部にはNoronha e Meneses 家の美しい紋章が見られる。
 
ポルトガルは1830年代に内戦を経験しています。ポルトガルから独立宣言をしてドン・ペドロ王子はやがてペドロ1世としてブラジル皇帝に即位し、ペドロ4世としてポルトガル王位もつきます。しかし二国を統治するのは困難だとしてまだ幼かった王女をマリア2世として即位させ、実弟のドン・ミゲルを摂政にすえます。

ところが、フランス革命の影響をうけ、自由平等思想が広まり、絶対王政に既に終止符が打たれていたにも拘わらず、ドン・ミゲルは旧勢力におされ、絶対主義的な政策を採り、自由主義者たちを弾圧し始めます。

ブラジル皇帝の座をおりてペドロ4世はヨーロッパで傭兵を得、ポルトガルに上陸し、ドン・ミゲルの旧勢力との間での内戦が始まり、1834年に旧勢力の降伏で幕を閉じることになります。

さて、そのペドロ4世が傭兵とともに上陸したポルトガルの地がポルトの隣町MatosinhosのPraia da Memoria(Praia=海岸 Memoria=記念、思い出)になるわけですが、1832年7月にMemoria海岸に上陸したペドロ4世の自由主義遠征軍は、広大なプレラーダ庭園を目指し、そこに一時的に陣営を築いたとの記録があります。

prelada

Praia da Memoriaについてはこちらにて↓
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-556.html

さて、今回、ファシャーダに見られる一対の人魚の写真に焦点を当ててみたところ、おろ?と思ったものを発見。

prelada
 
拡大してみました↓
prelada

人魚が頭上に乗せている巻物は、いったいなんだろうか・・・この巻物は人魚の横からファシャーダのトップにある紋章の二人の子供の手元まで続いています。(トップから二つめの写真参照)

そこでふと思い出したのがナゾニの弟子が造った「人魚の館」の人魚像です。
(人魚の館の記事はこちら)http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1307.html

確認してみると、おお!こちらも巻物を乗せている!

prelada

ひょっとしてこれは、ユダヤ教のトーラー(旧約聖書の最初の5つ、モーゼの5書とも言う)?下はその見本のひとつです。
prelada

トーラー(Wikiより)

建築家ナゾニも邸宅、庭園の建築の依頼主も護身術としてキリスト教徒という隠れ蓑を身にまとい、カトリック教会に相反する神秘主義、グノーシス思想を持っていたとわたしは推測していますが、これについては、人魚、トーラのシンボルと併せてナゾニ建築に残されている彫刻のシンボルの更なる調査が必要です。

さて、訪れたこの日、邸宅内はおろか敷地内にもまだ入れなかったのだが、では1時間半もどこをうろついていたかと言いますと・・・次回に続くのであります。

ナゾニの謎は、なかなかに深うございます。
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2013年2月17日 

2月3日、7日の記事で18世紀のイタリア建築家ニコラウ・ナゾニのCasa
da Prelada邸宅を取り上げましたが、本日はもう少し、それについて。

訪れた日は邸宅内はおろか敷地内にもまだ入れず、外からの撮影でしたが、
実はその日1時間半も近辺をうろついていたのであります。

邸宅は長さ1キロメートルもあると言われる広大なQuinta(キンタ=別荘
地)の片隅にあり、現在はそのキンタの真ん中を自動車道路が突っ走るとい
う残念な状態になってしまっています。

かつては子供たちがいた頃学校へ迎えに行くとき、そして現在はポルトガル
語のDias先生のお宅へ伺うときと、しょっちゅうこの自動車道路を走ってき
たのですが、ある日遠く野原の向こうに一瞬、マグダラの塔のようなものを
垣間見た気がしたのです。

prelada
↑プレラーダ邸の背後はまだ整理されていない。この土地も写真左側に道路
が造られ、わたしはそこからこの画像を撮影


自動車道路ではみな時速100キロ以上のスピードで飛ばしており、今でこ
そわたしもそんな調子で突っ走っていますが、当時は「誰がなんと言おうと、
アタマにくるクラクションをどんなに鳴らされようと、80キロ以上は絶対
出さんぞ!」80キロなら万が一事故に遭遇してもまだ被害が大きくならず
に済むだろうと頑なにそれを守っており、後ろからクラクションが鳴っても
「ふん!Passa por cima!できるもんなら上を飛んで追い越せぃ、はは」
と悪態をつき、テコでも80キロをオーバーしなかったのであります。

塔とおぼしきものが見えるあたりに来ますと更に速度を緩め、チラと見る。
何度が確認した結果、あれは間違いなくマグダラの塔もどきだ、と結論。

14世紀から16世紀にかけて、メディチ家の保護によりフィレンツェルネ
サンスの黄金時代が築かれたわけですが、神秘主義の芸術家ミケランジェロ、
ダヴィンチ、ラファエロが、そして君主論を世に出したマキアヴェリが活躍
したイタリアのトスカーナ地方、そに生まれたナゾニがこの影響を受けない
はずはない。プレラーダ邸がナゾニの手によるのであるから、マグダラの塔
はさもありなん。

prelada
↑かつてのプレラーダ別荘地の一部は現在プレラーダ病院棟にもなってお
り、ご覧のように、手前には水道橋の遺跡が見られる。一時はどうしても
マグダラの塔見たさに、この病院から入れないものかと思案したこともあ
るが、土地が途中で切れていることが判明。無理。


恐らくあの位置からすると塔はプレラーダキャンプ場の中になる。なんとか
して一目見てみたいものだと長年思っていたのです。

が、かつてわたしがプレラーダ邸を探してプレラーダキャンプ場に行った
時と違い、キャンプ場は何年も閉鎖されたままで入場不可能。いくら入っ
て見たいと思っても無理なのでありました。

そこで、もしやもしやとプレラーダ邸の後ろを回り土手道に出て少し歩い
て見たところが、おーーー!
prelada

土手道は上りになっており、上り詰めたところから向こうに見えたのはかの
塔ではないか!しかし、小躍りして喜んだのも束の間、土手を降りると低い
石塀で囲まれた広い畑地になっており、畑と塔はやはり塀で仕切られておる
のでした。

我がデジカメでは遠すぎる・・・が、ぬかる道に苦心してやっと撮れたのが
これです。

prelada

聞けばこの塔は池の真ん中に建てられており、これから見られる塔の反対側
には美しい噴水が見られるのだそうな。そして、もうひとつ、最近調べて
分かったことに、この敷地内にはイベリア半島で最も大きなラビリントこと
迷宮があるのだそうだ。

マグダラの塔、池、そしてラビリントとくればプレラーダ別荘地全体が神秘
思想を盛り込んでいるのに外れはないはず。これはなんとしてでも見てみ
たいもの。もう少し暖かくなったら方法を探ってみないと!

ということで、プレラーダ邸についてはひとまず、置きますが、次回はわた
しが見つけたもうひとつのラビリントをご紹介したいと思います。

本日も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございました。
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2013年6月14日 

昨日は12時からの日本語レッスンが直前にキャンセルになり、次のレッス
ンまで少し時間ができた。

この所ずっと曇り空の天気が続いていたが、真っ青な空が一面に広がり気持
ちもいい。予測なしに転がり込んだ自由な時間、外へ出かけない手はない!
と気になっていたCasa da Preladaこと「プレラーダ邸」まで車を走らせた。

プレラーダ邸とわたしのいきさつはこれまで何度か書いているので細かいこ
とは省かせていただくが(記事終わりで案内いたす)、プレラーダ邸は18
世紀にポルトに移住し、多くのバロック・ロココ調建築を残したイタリア、
トスカーナ地方出身の建築家、ニコラウ・ナゾニが手がけた私邸のひとつだ。
ポルトや近辺の街には彼の建築がたくさん見られる。

ナゾニは壁画画家でもあり、建物、絵のそこかしこに見られる彼のシンボリ
ックな象形にゴチック建築に見られるような不思議な魅力を感じ、ずっと興
味を持ってきた。

長い間閉鎖されたままで、これまでに何度か足を運び、ナゾニファンのわた
しはいつの日にかこの邸宅と邸の後に広大に広がる庭園を見てみたいとずっ
と願ってきた。

それが、日本から帰国後間もなく邸の修繕は終了し文化センターとしてオー
プン、そのセレモニーが催されたことを新聞で知らされていたので、ひょっ
として中を見られるのではないかと思い立ち、行ってきた。

prelada
ファシャーダ(表門)の壁も薄緑色に彩られ、真っ青な空に映えている

人魚が頭に掲げる巻物らしきものの謎は未だに解けていないのだが、
prelada

その門をくぐるなり訪れた冬場には目につかなかった二本の大木の緑も鮮や
かに、その後ろに黄色い邸がたたずんでいる。

prelada

邸の内側からみた表門。
prelada


入り口のホールに入ると警備員が一人いたので、一般人でも内部の見学がで
きるかと聞いてみた。すると、ちょっと待ってくれと内線電話で連絡をとっ
てくれ、「今、人がくるので少し待て」と言う。

10分くらい待ったであろうか、階段を降りて若い男性がやって来、さぁ、
中を案内しよう、と言う。え!一人ですけど、いいんですか?と尋ねると
「もちろん」。

修繕された部屋という部屋、つまり邸宅の部屋が展示会場やオーディトリオ
や会議室に改善されたのだが、一室ずつ説明しながら案内してくれた。

内部撮影は禁止だと言う。残念。

prelada

ナゾニを思わせる独特の不可思議な壁画も見られず、それを期待していたわ
たしはがっかり。3階建ての邸ゆえ、それぞれの階段づたいの壁は広いスペ
ースが見られ、なんのへきがもないとはナゾニらしからぬではないか。

長年荒れるままにされてきた邸である、修繕不可能ということになり、壁画
はとりのぞかれたということはあるまいか、と何もない壁を見ながら心中勝
手に思ってみたのだが。

カルチュアセンター機能を円滑に活動させるためにと邸に新しく増築した
部分のホールも案内してくれたのだが、日の光をいっぱいに取り込むその
ホールの窓から、見えた!イベリア半島の大きな迷宮こと「ラビリンス」。

labirintos
画像はWikiより

邸もさることながら、それ以上にわたしが興味を持ってきたのが、実はここ
を訪問する直前に、ひょっとして入れるかも知れないと思い、行ってみたのが
Quinta da Preladaことプレラーダ庭園だ。が、No Visiterの標示が相変
わらず掲げられてあった。

そこで邸の案内人に聞いてみた。
「キンタ(Quinta)の方はまだ入れないのですよね?」
すると!「今度の土曜日に開きますよ」

これはこれは!土曜日は仕事で結構きついところがあるが、見逃せない
ぞ、よし!

prelada
装いも美しく蘇ったプレラーダ邸ことプレラーダカルチュアセンター。

プレラーダ邸についてはこちらでも。

本日も読んで頂き、ありがとうございます。
バタバタしている中で記事をアップしたりしていますので、これまでにも
増して誤字脱字が見られることかと思いますが、どうぞご勘弁ください
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