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2017年11月4日 

一昨日、「観光は歩くに限る」と言い、夫が悲鳴をあげたリスボン歩きを書きましたが、本日はローマ編「夫、悲鳴をあげる」であります。

ローマ行きの主なる目的はミケランジェロが描いたシスティナ礼拝堂の絵を拝見することでしたが、この反骨精神逞しい天才が手がけたもうひとつの作品、あまり知られていないようなのですが、これをこの目でみてみたいと思ったのでした。

それが、地図を見てもパッと分からず、ついにローマを翌朝には発つという前日の夕方、その日も歩き回り、かなりくたびれてホテルのベッドに寝転びながら、「いったいどこに隠れているんや、ポルタ・ピアめ!」と、地図をぼけ~っと眺めておりましたら、おろ?宿泊中のホテルからそんなに遠くない所の観光地図の端っこに、見つけたぞ!

あったあった!この距離なら往復1時間くらいで行けるかも!ホテルから近いよ、行こう!と最後の最後まで諦めきれず、寝転びながら行きたい場所を地図で探していたわたしと違い、歩きくたびれて、もうアカンとでも言うかのように寝そべっている夫、「1時間て、どこが近いねん!君は僕を殺す気かー!」(笑)

同じ寝転がっているのでも、意味がちがいますがな。ほなら、一人でも行ってきます~と最後の切り札で、夫、仕方なく起き上がり付き合うことに相成りました。

地図を頼って歩くこと30分以上、その途中で面白いものを見つけ、小躍りして写真を撮っているわたしを、うらめしげに見ている夫でした。さは言うものの、これは偶然の見つけもので、ほんに得したのでありますが、それは次回紹介です。
さて、件のポルト・ピア門、ホテルを出て後半の道、Via XX Settembre(9月20日通り)をひたすら真っ直ぐ歩いた先についにありました。
ローマ
 
ミケランジェロ晩年の建築物で、好きでもない教皇ピウス四世の命令で、ローマ市外への入り口に建設された門です。夕日を浴びて少し赤く輝いていました。この門の何が見たかったのかと言うと、門の三箇所に見られる凹みのある円形にかぶさった飾り房が付いた模様なのです。
ローマ

当時の歴代教皇を始めとするバチカンの腐敗に大いに反発していたミケランジェロは、この模様を入れることで教皇ピウス4世の思い上がった自尊心に強烈な一撃を放ったのです。

実は、教皇の父親は身分の低い瀉血(しゃけつ=治療で一定量の血液を採ること)を行う旅回りの理髪師であったといわれます。奇妙なこのモチーフはなんと、旅回りの理髪師が使う一本のタオルと洗面器だというのです。

教皇は自分の出所の卑しさを公にさらされているとは気づかなかったようで、教皇庁がそれに気づいたのは100年以上も過ぎてからだとのこと。

88歳まで生きたミケランジェロ・ブオナローティの人生は、フィレンツェを出て以来、自分の作品に独得の象徴隠しての腐敗したバチカンとの闘争であったわけです。

ミケランジェロの晩年は、礼拝堂に描かれた最後の審判を始め、その裸体にバチカンからの非難があがり、一時期、修正するか取り壊されるかの脅威にさらされ、憤怒に満ちた晩年でもありました。また、死後も、大芸術家にしてはあまりにも屈辱的な待遇を受けました。

ラファエロが眠るパンテオンにも埋葬されず、辺鄙な低地の暗い建物、サンティ・アポストリ教会に眠らされることになりました。ミケランジェロがローマを嫌いフィレンツェを愛し、そこに埋葬されたいと願っていたのは周知の事実でしたが、屈辱的にも嫌いなローマに埋葬との決定が下されたのでした。

さて、これを聞いたフィレンツェの人々は、泥棒を雇い、ミケランジェロの遺体を盗み出しフィレンツェに運び、サンタ・クローチェ聖堂に埋葬しました。現在もミケランジェロはそこに眠っているとのこと。ユダヤ教のタルムードやカバラを学び密かに支持していたミケランジェロが眠る教会のファサーダにはユダヤ民族の「ダビデの星こと六ぼう星」が輝いています。

20世紀に入りコンクラーベで新教皇に選ばれたジョン・パウロ2世は、かつて何度か試みて失敗したシスティナ礼拝堂の洗浄と修復を命じ、20年をかけて徹底した復旧作業が行われました。ジョン・パウロ2世は、完成したシスティナ礼拝堂のミサで、ミケランジェロと彼のフレスコ画の名誉回復を宣言しました。そのお陰で、現在わたしたちはシスティナ礼拝堂に描かれたミケランジェロが残した秘密のメッセージを見ることができます。

自由思想が迫害され、命の危険があったカトリック教一色の中世の時代に、権力に従わざるを得ない状況のもと、持ち前の反骨精神で自分の作品に魂と精一杯の批判性を盛り込んだミケランジェロの激情は、偉大な建築家画家であったればこそでしょう。

ポルト・ピア門の皮肉を込めたモチーフを見ては、「ほんっと、絶えられないくらい嫌だったんだろうなぁ。」となんだか可笑しくなってしまったわたしでもありました。

機会があれば、いつかフィレンツェを訪れてこの大芸術家に大いなる敬意を表したいと思っています。
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2017年10月11日 

adam_eva.jpg
Wikiより

ユダヤ教の解釈では楽園に描かれる禁断の果実はりんごではなくいちじくだと言う。ミケランジェロはシスティナ天井画のいたる箇所に痛烈な教皇、バチカン批判を暗号として描き残したわけだが、ここでは紹介しきれないので、解説に興味のある方は本、「ミケランジェロの暗号・早川書房」を読むことをお勧めする。

その才能を見込まれ、ミケランジェロは10代の頃からカトリック一色の中世にあって、カトリックの説く教義と異なった自由思想を育む環境である、当時ヨーロッパ随一の大富豪フィレンツェのメディチ家に迎えられ過ごした。

メディチ家は芸術家たちの生活を援助し後ろ盾となって古代神秘主義、ギリシャ哲学、ユダヤ教の思想を自由に学べる場所として広大な館を彼らの塾の如く提供していたのである。

システィナ礼拝堂はユダヤ教の神殿を再現して建てられたと言われる。反ユダヤ主義をとりながらユダヤ教の神殿に似せカトリック教皇自身の権力を誇示しようとする天井画計画を言いつけどおりには、到底承服できなかったミケランジェロだ。彼の一徹な性格は教会の腐敗、欺瞞に我慢がならなかったようだ。

この反骨の芸術家は自分しか考え付かない天井画の構想を練り続けた。バチカン宮殿で日常的に目にする数々の偽善や権力の乱用にたいして、日頃から感じていた激しい思いを、投獄されたり処刑されたりせずに伝えることができる方法を、である。

システィーナ天井画がカトリック教義を表す作品であるのに、天井に描かれた300人を超す人物の中には、実は一人もキリスト教徒がおらずキリスト教的な含みはことごとく欠けているのだ。中世時代であるので高さ約20メートルの天井画であれば、ミケランジェロの絵画の意図は容易には見破られなかったのであろうと、
実際にシスティナ礼拝堂に入るまでそう思っていたのだが、暗号を含むと言われる絵画がはっきり見えたのは思いのほかであった。

現在わたしたちが目にするのは色彩鮮やかな修繕されたものだが、出来上がった当時はきっと同じだったはずだ。天井画を目にした教皇が絵画に秘められた数々の暗号に気づかなかったのがまたミステリーなのである。ユリウス2世教皇は目が悪かったのだろうか。この教皇は天井画完成後4ヶ月もしないうちに息をひきとったのである。

教皇とぶつかりながら、頑固な面構えで時には教皇たちの虚栄心をくすぐらなければならなかったにしろ、ミケランジェロは見事なまでにバチカンにしてやったのだ。

続きます。
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2017年10月9日 

できれば実際に見てみたいと願っていたシスティナ礼拝堂の天井画を見たわけですが、残念ながら現在は撮影禁止です。そして、人の多かったこと!9月半ばでも恐らく観光客は多いだろうと推測し、夫にはそれとなしに「早朝の見学が静かでゆっくり観られるみたいよ」とは言っていたのですが・・・

早朝見学は料金も通常の倍で50ユーロ(約6500円)以上です。わたしが駄々をこねなかったことを良しとし、夫は昼食の時間帯なら大丈夫だろうと、その時間の見学予約をしたのです。
意外と小さな礼拝堂に一杯の人です。立ち止まってゆっくりなど壁画天井画を見ることはできませんでした。
警備員がひっきりなしに入ってくる観光客に「動け」だの「静かにしろ」だの「撮影は禁止」だのと大声で注意を促します。

その中に、ダメだというのに警備員の目を盗んで撮影する不届き者がいて、その御仁、何度も注意されたにも拘わらず盗み撮りをしたもので、最後には礼拝堂から追い出されていました。わたしもつい嬉しさのあまり
撮影禁止を忘れてデジカメを天井に向けた途端、夫に「禁止だよ」と促され、あやうく恥ずかしい日本人を演じるところでした。

というわけで、本日は自分が撮影した画像はなしですが、過去にあげたシスティナ・コード記事を再掲したいと思います。以下。

一般常識として名画の名前はある程度知っているつもりだ。
わたしが高校の美術の教科書に載せられた名画の中で一番最初に心惹かれた絵はべルナール・ビュフェの「アナベルの像」である。輪郭が黒い線ではっきり描かれた白い服に真っ赤なショールをまとったアナベルの絵はとても印象的だった。ビュフェのアナベル像には青い服を着たのもあり、こちらも好きだ。ビュフェのサインもカッコいいと思ったものだ。

しかし、好きな画家を挙げよとなれば迷わずシャガールとゴッホを挙げる。ミケランジェロはといえば、「最後の審判」は名を知っているがこれまで複製の絵もきちんと見たことはなかったが、角があることで知られる「モーゼ像」の彫刻作品だけはミステリー好きのわたしだ、何ゆえの角なのかと不思議に思いながら何度か写真を目にしている。そして今回読んだ本でその謎は解き明かされているのだが、これについては後日とりあげたい。

mosse1.jpg
Wikiより

この本のタイトルに「暗号」という言葉がなかったら、わたしは手にとらなかったやも知れない。ミケランジェロが描いたバチカンのシスティーナ礼拝堂に秘された暗号を知るのは、キリスト教が絡むことなので趣味で探っているグノーシス主義の勉強からいずれ辿り着いただろうが、もっともっと後になったと思う。

わたしは無宗教だが西洋宗教を独学しているのには少し訳がある。

キリスト教の教義にはどこか無理があると思い始めたのは1960年代の高校時代だ。科学技術の分野を取り上げてみると、フランスの初の核実験から始まり、後Chinaも初核実験、東海道新幹線が開通、東京オリンピック、ソ連ボスホート2号の人類初の宇宙遊泳と、人類の技術は目覚しい進歩を遂げた。

地球上の生物がどのようにして誕生したのかなどは、これまで信じられてきた説に対する異論も公に出始めた頃ではないかと思う。

わたしは旧約聖書を物語として読むのが好きだった。奇跡の場面などは何かカラクリがあるに違いないと、色々な方法を無い頭で想像してみたものだ。古代からこの世には多くの賢人がおり、凡人のわたしが考えることを彼らが考えなかったはずはないのではあるが。

ローマカトリックの教えが全てでキリスト教信者でなければ人にあらずの何世紀もの長い時代に、異なった思想をもつ偉人たちはどのように抗ってきたのかに興味をもつ。

4世紀の女性数学者であり天文学者、哲学者であったアレキサンドリアのヒュパティア、ご存知、「それでも地球は回っている」と言ったのはガリレオ、いわずと知れたレオナルドダ・ヴィンチ、現代では形が変わってしまったが過去のメーソンたち、これらの中にテンプル騎士団も入るのではないかとわたしは思っている。そして、非凡な才能を持したミケランジェロがいる。

信念を貫き通したヒュパティアはキリスト教徒によって非業の最期を遂げ、ガリレオは異端審問裁判で後の一生を監視付きの永遠蟄居を強いられた。が、ダ・ヴィンチ、メーソン等は表向きキリスト教信者を装い、暗号を残すことで反抗したのである。ミケランジェロもその一人に数えられよう。

さて、ここから「ですます調」です。

己の絶対的権威を保持し並外れた野望を持つ当時のローマ教皇たちへのミケランジェロの反骨精神には驚嘆を覚えます。本来が彫刻家のミケランジェロ、不本意なフレスコ画をしかも天井に4年間も拷問のような姿勢で描き続けなければならなかったのです。

そうでなくても激しやすい性格の天才、高い天井画であればこそ、積もり積もった不満をフレスコ画にぶつけたのでしょう。なにしろ、この時代は報酬は得るものの、バチカンからの仕事を断る自由がなく、異端者と分かれば死は免れなかったのです。

では、序文が長かったですが、システィーナ礼拝堂のフレスコ画に参ります。

sistyne1.jpg
Wikiより

システィーナ礼拝堂天井画の一部です。真ん中は左から天地創造に始まりノアが方舟を降りて陸地に足を運ぶまで。天井画の左から二つ目を切り取ってみました。

sistyne2.jpg

ご覧あれ。よくよく見るとアンジェロさん、なんてことを!と言ってしまいそうな創造主の後ろ姿。これは教皇ユリウス2世に神からの永遠の嫌がらせをと、いやはやなんともお下品なメッセージではございませんか。
教皇が儀式を執り行う場所の天空から、創造主が聖なるお尻をのぞかせているのです。

バチカンが気づいたのはずっと後のこと。1900年代後半から20年ほどをかけて修復されたフラスコ画ですが、劣悪な状態になっていた絵に新たに色彩を施して現れた原画には誰ならずとも驚かされたことでしょう。天才ミケランジェロの憤懣やるかたない怒りが感じられるのを通り越し笑ってしまいます。

次回に続きます。
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2017年10月4日 

バチカン市国、サン・ペドロ大聖堂内部を一挙に書きます。

1) 聖なる扉
「Porta santa (Porta=扉、ドア、santa=聖なるの意)」と呼ばれ、ポルトガル語と同じです。
サンペドロ大聖堂

サン・ペドロ大聖堂内には5つの扉がありますが、その中でもっとも重要なのがこの「Porta santa」です。一般的には25年ごとに開かれるこの扉を通って参拝すると、犯した罪が許されると言われています。扉に彫られてある絵は受胎告知に始まるキリストの生涯でしょうか。

サンペドロ大聖堂
Wikiより

聖なる扉が開かれる儀式は、新約聖書ヨハネ10・9に見られる「わたしは門である。だれでもわたしを通って入る者は救われる」、また、ルカ11・9「求めよ、さらば与えられよう。叩けよ、さらば扉は開かれるであろう」をシンボル化したものだと推測されています。扉の上には、サン・ペドロが持つシンボルである「天国への鍵」が見られます。

2) 椅子に座るサン・ペドロ像

サンペドロ大聖堂

この像の前には警備員が立っており、長い間立ち止まって見ていると早く動けと促されます。なぜなら、写真で見るように、この像の足に触れたり、接吻したりしてご利益を願う人が大勢並んでいるからです。そのせいで、サン・ペドロ像の足は磨り減っています。

東京の亀戸天神の神牛坐像もそうです。ご利益を願って訪問者が撫でていくもので、テカテカになっています。宗教の違いはあれ、東西南北、考えることすることは似ています。

3) さて、大聖堂の一番奥、「ペドロの司教座」には、ペドロが使ったと言われる木製の椅子が玉座にはめ込まれています。ベルニーニの作品です。ロレンツォ・ベルニーニはダン・ブラウンファンならその名が登場する「天使と悪魔」で知っているでしょう。
サンペドロ大聖堂

4) そして、その前にはこれもベルニーニの手による4本のねじれた柱のが天蓋を支える「教皇の祭壇」があり、その真下の地下にはサン・ペドロの墓があると言われます。
サンペドロ大聖堂

5) 天蓋の上がミケランジェロが設計したドームです。

St-Peters-Cupola-1.jpg
Wikiより。うっかりドームの写真を撮り忘れ^^;

ルネサンスとバロックの巨匠、カトリック教会に遮二無二したくもない仕事(システィナ礼拝堂のフラスコ絵など)命令され、様々な暗号で反抗し続けたミケランジェロと表面上の装いで教会から愛されたロレンツォ・ベルニーニ。この二人の作品を上下同時に鑑賞できるこの贅沢さ。

その長い歴史の息吹が21世紀の現代でも感じられ、大いに興味がそそられる街、それがローマ、バチカン市国です。

本日も読んでいただきありがとうございます。
ではまた!
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2017年10月2日 

ピエタ(Pietà)とは、十字架から下ろされたキリストの亡骸を膝に抱く聖母マリア像の彫刻や絵のことを言います。

ミケランジェロの彫刻のなかでもダビデ象同様つとに有名なので、宗教に興味のない人も一度は本などでみたことがあるのではないでしょうか。

わたし自身は信者ではありませんが、旧約聖書や神秘主義思想には歴史的な面で、多少興味を寄せて独学してきました。このピエタ像を始め、システィナ礼拝堂の天井画など、これらの作品がバチカンの権力に生涯目一杯反抗したと思われるミケランジェロが制作したという点で、一度はこの目で見てみたいと願ってきました。

今日はミケランジェロの名声を確立したとされるサン・ペドロ大聖堂内のピエタ像についてです。

Pieta

写真が曇っているように見えるのは防弾ガラスで保護されているからです。1972年に精神に異常をきたした男が鉄槌でマリア像に襲い掛かり叩き壊すという事件が起こり、修復作業後、現在のように防弾ガラスで保護されるようになりました。

さて、これはわたしが楽しみながら読んだ本の受け売りですが、ミケランジェロは友人のラグロラ枢機卿からピエタのテーマで作品以来を受けます。1年以上も心血を注ぎ精魂をこめて制作に漕ぎつけた素晴らしいピエタ像でしたが、当時はどんな芸術家も作品に作家の署名は許されませんでした。

ピエタ像のお披露目の日、サン・ピエトロ大聖堂の柱の陰に隠れて群衆や評論家たしの称賛の声を耳にしますが、そのうちこの素晴らしい作品はフィレンツェ以外からやってきた者の作品に違いないという声も聞きます。

ミケランジェロは、当時既に衰退していたフィレンツェのメディチ家ロレンツォの保護の下、その邸宅で一流の教師、哲学者、画家、科学者たちに彼の神秘主義思想を形づくった教育を受けてきたのです。この声を聞いてカットなり、その夜大聖堂に侵入し、自分の傑作によじのぼり、マリアの胸にかかる飾り帯の上に「ミケランジェロ・ブオナローティ、これを制作す」と大急ぎで刻み込みました。

侵入者は見つかるとすぐスイス衛兵に首をはねられるのですから、びくびくしながら慌てて銘を彫り付けたミケランジェロ、何箇所かつづりを間違ったり、脱字があって無理やり文字を突っ込んだりしたようで、本を読みながらこれには大いに笑わされました。

結局、署名が発見され、ミケランジェロは好きでもない教皇に頭をさげることになりました。88年の生涯で彼の名が記されているのはこの作品だけです。

もうひとつ、このピエタ像に秘められた秘密があります。聖母像を見たらわかるのですが、顔が若すぎます。ミケランジェロはこれについて、「無原罪の聖母は歳をとらないのだ」との説明をしたとか。しかし、これは聖母であると同時に、ミケランジェロがメディチ家で学んだ旧約聖書の「創世記」に登場する、信心深く美しいアブラハムの妻サラをも表しているとの推測があります。

となれば、世界一有名なキリスト教の重大なテーマを持つ「ピエタ像」にはユダヤ教の秘密が隠されているということになり、ミケランジェロよ、してやったり、ではあります。

ということで、本日はこれにて。
次回は同じくサン・ペドロ大聖堂の内部についてです。
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