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2019年4月9日

母親であるわたしと子供との伝達言語は日本語と決まったが、父親とはどうなるのか?この点はわたくしの決めることではないのでで、放って置いたのでありました(笑)

2年間広島大学病院で研修していた夫ですが、子供達とは、ポルトガル語よりも英語と簡単な日本語で話しかけていました。ポルトガル語は、当時同居していた義母や夫のおばたちから耳に入るのですから、当初は大した問題ではないと判断したのでしょうか。

生れ落ちたとき、日本語、英語、あげくの果てはポルトガル語まで耳に入ったのですから、赤ん坊の息子はさぞかしびっくりしたのではないか。いや、案外「この世界では、これが極当たりまえのことだ」と、すんなり受け入れたのかも知れない。聞くよしも無し。

こういう具合にして、わが子の日本語教育が始まりました。

東京息子
生後4ヶ月の息子、ジョンボーイ

息子が3歳になり、この国でどんな学校教育を授けるか」の方針を決めるべき時が来ました。義母の家のすぐ裏にある公立学校の様子を垣間見てきたわたしは、子供たちがバス停で喫煙してても、注意をしない大人たちを目にしていましたし、なぜだか、しょっちゅうパトカーが学校に向かって走ってるし、これはまずいな、と思っていました。

東洋系がほとんどいなかった40年近くも前のことです。わたしは、ポルトに住み着いた最初の日本人でしょう。街を出歩くたびに、すれ違いさま振り向かれ、「シネーザ、シネーザ(chinesa=中国人女性)」と指さされたものです。これがまた、頭にくることに、最初の頃はポルトガル語が分からなかったもので、「死ね~死ね~」と聞こえたのであります

我が子は、東洋系の容貌を持つと言う、自分が望んだものでもないことで、囃されたりいじめられたりすることは、目に見えています。公立の学校へはやるまい。私立の学校となると、当時はどれもカトリック系です。これもわたしはクリスチャンではないのでやりません。そして、日本人学校はない・・・

これは言葉の勉強ではなく、後の我が子の人生に大きな影響を与えることになるであろう、学校教育の選択問題です。

夫とは随分話し合うことになるのでした。
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2019年4月5日 

数日前に書いたことですが、ヤフーのホームページサイト閉鎖により、消滅したわたしの最初のホームページの中で、機会があれば今一度書き直してみたいと思ってきたカテゴリが2、3あります。

記憶が薄れないうちにと、推敲もなしで思いついたままつらつら綴ったものですから、手を入れて再掲載して行きたいと思います。
グローバリズム思想が拡大し、コンピューターを駆使した今の世界では、言語習得の方法もその気になれば簡単に見つけることができます。ですから、海外にいながらにして子に日本語を身につけてもらうのも、できそうな気がします。

が、わたしのトライリンガル子育て体験は、パソコンなし。今であればアマゾンで検索し本の取り寄せもできるのですが、それが簡単ではなかった35年ほども前の話です。また、共稼ぎが当たり前になった現代と違い、専業主婦が多かった社会です。その辺の違いを念頭に置いて読んでいただきたいと思います。

そして、わたしの体験を通して、少しでも日本国内外で日本語教育に面している方のヒントにしてもらえたら嬉しいです。以下。

第1話「英語ポルトガル語ぺらぺら?」
人間稼業を70年もしていると、自分の事しか見えなかった若い頃に比べて周囲が少し見えてきます。

例えば、国内海外での子供の日本語教育にしても、自分の子供がこうできたからと言って、その結果例が他にも当てはまるとは限らないということが分かるものです。ですから、この体験談は、「わたしの場合はこう出来たけれども」と言う前提で進めて参ります。
現在日本に住んでいるわが子二人ですが、リスボン大学を卒業した息子と違い、ポルトの高校を卒業するなり日本の大学受験をした娘の場合、片親が日本人で、日本で生まれ育ったわけではないのに、果たして大学の学問に取り組んでいけるだけの日本語能力がついたのか、という点ですが。

もちろん、彼女の日本語理解のお脳部分は、あちこちプチプチと白い斑点が散在する如く、斑(まだら)状態であったと確信しています。そのような斑状態は、実体験を経て新鮮な知識となり少しずつ埋められて行ったと思います。ある程度の基盤ができていると、その埋め立ては、せっせと進められます。その日本語の基盤を作ることが、海外における日本語教育の難しいところでしょうか。

「英語ぺらぺら」という言葉を耳にすることが多くあります。わたしもポ国に40年もいると言うと、「じゃ、ポルトガル語ぺらぺらですね」と来ます。日本で生まれその教育を受けてきた日本人なのですが、「日本語ぺらぺら」かと問われれば、いや、待てよ。となります。どこの国の言葉でもそうでしょうが、とりわけ日本語は非常に奥の深い言語だと思い始め、じっくり落ち着いて書くことと、話すことを併せたペラペラか、と考えると、やはり、待てよ、となるのです。

「○○語ぺらぺら」の評価には、なんとなく薄っぺらな感じを受けるのですが、みなさまはいかがでしょうか。この外国語談義は、またいずれの機会にするとして、そんなわたしですから、長年ポルトガルに住んでいるというのに、自慢できるほどポルトガル語がぺらぺらでないのは誠に面目ない話ではあります。

さて、ポルトガル語を全く知らずにポルトに来たわたしの周囲との伝達言語は、英語でした。
長男のJRが生まれる段になって初めて、いったい子供とポルトガル語の環境でどんな言語で意思の疎通をはかれるのか、考えて見ました。

album_1.jpg
子どもたちの幼児期の記録アルバム

結論は即、どんな言語もなにも、あぁた、あるものではありません。いくらか話せると言っても、英語では子どもが成長するにつれて、行き詰まってしまうことが目に見えています。自分の母国語である日本語しかないではありませんか。

しかし、ポルトに日本人学校はありません。ならば、母親の国語として自分がこの役割を務めて行くだけです。
単純簡潔です。こうして、少なくとも母親のわたしと子供とのコミュニケーション手段はまず決まったのでした。

では、父親とはどうなるのか?

第2話に続きます。
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