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spacesis

Author:spacesis
「魔女の宅急便」に出て来そうな街ポルトガル・ポルト在住。息子はリスボン、娘は日本で大学生。2児の母です。現在はポルトガル人の夫と5匹猫と同居。

右リンク欄「spacesisのホームページ」では、ビアハウスやアメリカ短期留学、子ども時代のエッセイと猫写真を、「ポルトガル・ロマン」「ポルトの達人」では、写真とエッセイでポルトガルの案内をしています。クリックしてどうぞお立ち寄りください。

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ひな人形とシベリア抑留(1)
2008年2月27日

ネット友のかんちがいさんは目下のところ短期間の二世帯住まいを大い
に楽しんでいるらしい。
それもそのはず、彼女はまだ50(こんなとこでご本人の許可無く歳をバ
ラしてしまうことに少しは躊躇したのだが、なぁに、気の良いかんちがい
さんのこと、ちっとも気にしてないわよんと言ってくれるに違いない。
それに自分のブログでちゃぁんと書いてるし。爆)になったばかりのとこ
ろ、初孫娘に恵まれすっかり幸せ気分でいるようだ^^

その かんちがいさんのブログをのぞいてみると、鮮やかな雛人形の
画像が目に飛び込んできた。
お嫁さんの実家から初孫へと贈られてきたのだそうだ。

わたしも我がモイケル娘の誕生以来、いつの日にか五段三段飾りと行
かないまでも、一対の美しい雛人形を揃えてあげたいものだとずっと思
ってきたのだが、その高価なのに怖気づいて、結局それへの費用は教
育費に回すこととなり今日まで来てしまった。
2月の終わりともなると、替わりに日本から持ってきた小さなミニチュア
雛人形を飾って来たのだが、どうも迫力無く夫、息子ばかりか、当のモイ
ケル娘まで、気付いているのかいないのか言及したことはない^^;

わたしはと言えば、子供のころは田舎の貧乏大世帯の中で暮らし、
雛人形どころではなかった。幸いなことにそれを欲しいとも思わず、近所
の子ども達を集めては女ながらも棒きれを振り回し、チャンバラでは適う
ものないガキ大将であったのだから、せめて、娘にはたおやかな女らし
さをと願ったのであるが・・・・
チャンバラこそはしなかったが、どうやら見事におっかさんの血を引いた
ようである。

あいや、待たれい!?


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2008.02.28 Thu | 思い出のアルバム | T:0 | C:1
探し物はなんですか?
2008年1月8日

新年も一週間を過ぎて、今更の感もありますが、下は写真を撮って
うっかりアップし忘れていた我が家のお正月デコレーションです。
2008正月1

猫の飾り物が目立つ?(笑)七福神ならず七福ねこです。
猫の多い我が家はりっぱな置物などあったとしてもとてもとてもどこか
に飾るなどできません。
これは暖炉の上を利用したのですが、これですらコマを何度落とされ
たことか。
2008正月2

ポルトガルでは、室内のクリスマスツリーを7日くらいまでそのまま
飾っておきますが、わたしは日本人の性分が抜けません、26か
27日にはさっさとツリーを取り払い、毎年こうしてせめてもの日本の
正月気分を味わいます。

大勢が集まってパーティー形式で花火を上げてワーッと盛り上がる
新年の迎え方は、それはそれなりに楽しいのですが、家族で静かに、
厳かに改まった気持ちで、除夜の鐘を遠く聴きながら新年を迎える
日本のお正月が好きです。


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2008.01.09 Wed | 思い出のアルバム | T:0 | C:5
鬼さんこちら、手のなる方へ
2007年12月8日

今日はかつて書いた思い出エッセイです。
既に知っている方はパスしてください。では。


酒癖の悪い父のていたらくを見ては思ったものである。
「自分は飲む人になるまい。酒を飲む人を生涯の相手には絶対
選ぶまい。」と。

しかし、大概の人間は、年月を経てコロッと考えが変わったりする
ものだ。わたしもその例にもれず、二十歳ころから飲み始めたお酒の
歴史は恥ずかしいながら、ちょっと自慢できるかもしれない。

日本酒、ひれ酒から始まって、ストレートウイスキー、カクテル、アブ
サン、ブランディ、カルヴァドス、シュタインヘイガーシュナップス、
そして最後に辿りついたのが、生ビールだ。

シュタインヘイガーシュナップスはドイツの焼酎とでも言えばいいの
だろうか、男性的なお酒である。
わたしが歌姫として歌っていたアサヒ・ビアハウスで、時々味わった
のだ。これはビールの合間に飲むのであって、凍らんばかりに冷えて
氷霜で真っ白になった陶器のボトルから、ぐい飲み盃くらいの大きさの
小さなグラスに注いで一気に飲む。
胃が「クァー!」と熱くなるくらいに強い!それもそのはず、アルコール
度数は40度なのだから^^;


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2007.12.08 Sat | 思い出のアルバム | T:0 | C:2
海の幸山の幸
2007年10月14日
2007年10月の夕焼け

★2007年10月の夕焼け

秋、山菜採りの季節になりました。この時期になると決まって思い出す
ことがあります。
それで、今日は古いエッセイを引っ張りだして来ました。以前読んだ
ことのある方はスルーしてください。以下。


大正14年生まれだった母は9人兄弟であった。

その長兄は太平洋戦争で若くして死んだと聞くから、戦後生まれの
わたしは知らない。
母を筆頭に8人兄弟となり、7人がわたしの叔父叔母になる。
わたしと妹は、このうち二人を除いた5人の叔父叔母と一緒に、祖母が
構える弘前下町の大所帯で、幼い頃を共に暮らしたのである。

母のすぐ下の叔父は当時すでに結婚していて独立、そして、女姉妹で
一番若い叔母が東京に出ていて結婚も間もなかったころであろう。

昭和も20年代の頃、日本の地方は貧しく、母は食い扶持稼ぎに、なに
かとその日の小さな仕事を見つけては家を空けることが多く、留守を
守る祖母が母代わりでもあった。わたしは祖母の初孫にあたるのだ。



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2007.10.15 Mon | 思い出のアルバム | T:0 | C:4
家族の肖像
2007年8月13日

墓参は当然のこと、ご先祖の霊の迎え火送り火も容易にできないほ
どの遠国に住んでしまったわたしではあるが、8月は遠く過ぎ去っ
た夏にひとりしきり思いをよせる時期である。

3年前に横浜の叔母がみまかったのを最後に、叔父叔母である我が
母方の9人兄弟はみな鬼籍に入ってしまった。
父は岩手県雫石の出身だったが、どうやら若い時から家族のもてあ
まし者だったようで、父の存命中もその親族とはほとんど行き来が
なく、両親亡き後はそれっきりプッツリのままであるから、わたし
の思い起こすお盆はいつも弘前である。

故郷を後にして長年大阪に住んだのだが、今思ってみれば誠に残念
なことに盆とてわたしは一度も帰郷していなかった。
田舎の土臭さ、線香の放つ古臭さに、言うなれば因習にあの頃のわ
たしは精一杯抗っていたのである。
そのような因習に囚われずに、精神を自由に遊ばせて生きることは
流浪の旅の中にあると本気で考え、そういうことに憧れていたもの
だった。


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2007.08.14 Tue | 思い出のアルバム | T:0 | C:2
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