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2019年9月7日 

今日は本の話をさせてください。

読んで気に入った本の中には、児童図書や絵本がけっこうあります。

・「雲の物語」(武田鉄也)
この本は、読み進めて行くうちに、「あれぇ、なんだか町の描写がすごく、我が弘前に似てるなぁ。」山の話に及ぶあたりで、「これは!」と思ったら、案の定、弘前が舞台だったのでした。武田鉄也さんが書いたとても素敵な物語です。

・「ルドルフとイッパイアッテナ」1&2、(斉藤洋)
猫たちの話なのですが、読書嫌いの二人の男の子に薦めたら、夢中になって読んだという本。その一人は小学生時代の我が息 子、もう一人は担任だった小学生のK君でした。

・「ザ・ギバー」(ロイス・ローリー)
1990年代に読んだ本ですが、2014年に映画化されており、みました。近未来、とあるコミュニティーで人々は投薬を受け、感情や感覚を抑制されて生きています。その中にただ一人、過去の人間の記憶を全て蓄えている老人「ギバー・記憶を与えるもの」と接する一人の青年が愛や憎しみなどの感情を知ることになり、真の人間の幸せについて目覚めていきます。  

・「空色勾玉」(萩原規子)日本の神話を基にしたファンタジー小説です。

・「クオレ・愛の学校」(アミーチス) 
イタリアの児童文学です。「母を訪ねて三千里」という話もこの中に含まれています。わたしの愛読書で、ポルトガル語版を持っています。

また、前回書いた小川未明の作品の「花咲き村の泥棒たち」もいいです。これらの本は、知り合いに中高生がいると、わたしが必ず薦める定番の本です。

絵本では「片足ダチョウのエルフ」「100万回生きたねこ」「チロヌップのきつね」「The Giving Tree」(邦題:大きな木?)「葉っぱのフレディ」

2019_Sept_1.jpg


これらの絵本は、気に入ったを通り越して、もはやわたしの愛読書です。「The Giving Tree」や「葉っぱのフレディ」は、子供のための本というより、むしろ大人が読めばいいなぁ、と思わずにいられない、深い哲学が含まれていると思えます。「チロヌップのきつね」にいたっては、今でも読む始めると泣けて仕方がありません。

私たち大人がある時期に到達したときに読んで、おそらく誰しもが、そのいわんとすることを感じることができる気がします。人生の扉が目の前で少しづつ開かれ始め、未知との出会いに胸ふくらむ、そんな時期に読んでも、もちろん分かりそうな気はしますが、わたしが若いときに思った「20年後」が、想像し得なかったと同様に優れた絵本は子供のためとは唱っているものの、むしろかつて子どもであったことを忘れてしまった大人のための物語でもあると思います。

これらの絵本は、何度でも手にして読みます。そして、繰り返すたびに、わたしは新たな感動を覚えます。

自分では気づかなかった人生の大きな絵パズルの一片が、ある一冊の児童図書によって埋められる、そんな気持ちになってしまいます。このような書物を生み出す人とその本に、深い思いを抱くことを禁じえません。

再度本棚から、「The Fall of Freddie the Leaf」(葉っぱのフレディ)を取り出して思ったことでした。

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2019年2月27日 

2月だと言うのに日中は20度を越す気温でぽかぽかの数日ですが、農家はそろそろ雨が欲しいところでしょうか。

さて、2016年の秋から毎週一首を、85歳の生徒アルフレッドさんと一緒に読み始めた「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」ですが、順徳院御製の百番歌、

百敷や
古き軒端の
しのぶにも
なほ余りある
昔なりけり    

で、今週600ページ近い一冊を読み終えました。2年半、かかりました。著者の小名木善行氏は「ねずさん」というハンドルネームで日本のよい話を中心にブログを発信している著名人でもあります。

80半ばを越したアルフレッドさんに、歌と歌と解説「歌の鑑賞と真意」を朗読してもらいます。これはわたしなりに考えてのことなのです。普段、人里離れた山で生活している老齢の生徒さんは、日本語レッスンのためにポルトの町まで車で下りてきます。山では人との会話もないでしょうから、健康のためにも声を出してもらおうと思い、朗読してもらうのです。

授業にやって来た当日にその日の一首と解説のコピーを手渡しますから、朗読は、言うなればピアノの初見みたいなもので、日本人と同様の漢字知識がなければすぐには読めません。勿論時に読めない漢字、分からない語句もありますが、アルフレッドさんはおおまか読むことができるのです。

解説にはその歌が詠まれた時代背景が関係してきますから、当然歴史が絡んできます。ですからその歌を理解するには漢字だけではなくたくさんの語彙も学ぶことになります。

百人一首を通して、あたかも7世紀の天智天皇の時代から13世紀、源頼朝死後の承久の乱、貴族政治の終焉と武士の力が世の中を動かし始めるまでの歴史本を2年半かけて読み終えたような気がします。

アルフレッドさん曰く、「今まで読んだ日本の本の中で一番好きな本になりました。この本を通して、日本文化、日本人が更に分かったように思います」

事前に準備するわたしも、自分の国のことであるのに全く知らなかった多くのことをこの本から学びました。

下記過去ブログ「生徒と学ぶ百人一首が面白い」、興味あらば、どぞ。

http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1766.html

本日はこれにて。
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2019年1月17日
 
この手の本はめったに自分では買わないのだが、今回はどういうわけか、自分でも分からないまま手にしてしまっていた(笑)
近頃の隣国の嘘八百を並べて何がなんでも我が国を貶めようとするのに対する、日本政府の曖昧な態度に辟易している自分の心情が影響しているのかも知れない。「遺憾である」ばかりじゃイカンで!

日本アホバカ

しょっぱなからカンヌ国際映画祭で作品「万引き家族」で最高賞を受賞した是枝裕和監督の「勘違い」をこき下ろしているのだが、かの作品を文化庁所管の日本芸術文化振興会から2000万円の助成を得て作って置きながら公権力とは距離を保つ、と発言し文科大臣の祝いの申し出を拒否したことへの「勘違い」への批判だ。

この話はわたしも知っていたので、カンヌ映画際がフランスの公権力であるフランス政府が深くかかわった映画際であり、そこで受賞しながら、同じく公権力である日本政府からの祝福を拒否するとは矛盾してる、国民の税金である文化庁の助成金を即刻返せ、勘違いめ、と言っているのには、あっはっは、然り、と笑ってしまった。

まぁ、その他、勘違いの政治家、スポーツ選手、テレビ局、マスコミ、芸能人、コメンテーターと、出るわ出るわ。読み進めながら、日頃ニュースを通して、ふ~ん、この人でもこんなことを言うんだねぇ、なんだかストンと胸に落ちないや、との自分の思いが重なる。

人を批判のまな板に乗せるには、自分のことを棚に乗せないとできないことなので、不出来なわたしはあまりしないが、読んで可笑しいと言おうか、ふむふむと納得すると言おうか。こんだけバッサバッサと人を批判できたら愉快やろうな、とは思った。

勘違い人間について書き始めると、次から次と対象者が出てきた、という最後の談には、今の日本人をして「なんだかなぁ」と思うことが多いわたしは、さもありなん、と同意状態である。石川五右衛門の「浜の真砂はつきるとも、世に盗人の種はつきまじ」なんて書いてるが、まさに、「世に勘違いの種はつきまじ」であろうか。

最後に著者・北岡敏明氏は平成30年8月に行方不明の2歳の幼児を発見した大分県の尾畑春夫さんを取り上げ、勘違いのまったく逆の人と取り上げて賛美している。

まぁ、人の悪口は蜜の味、というけど、癪だと思うことが多い人には笑えて読めるかも知らない。

ではみなさま、また。
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2018年10月10日

今日は自分のメモとして書きます。

「鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな」 

鳥羽殿とは鳥羽上皇のことで、この情景は鳥羽上皇の離宮へ急を聞きつけた5、6騎の武者が野分を駆け抜けていく様を詠んだ与謝蕪村の俳句なのですが、これを目にして、「おぉ!」と思ったのです。

と、言うのは、拙ブログで何度かとりあげてきた、「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」ですが、我が日本語生徒のアルフレッドさんと一緒に勉強し始めたのは2016年10月で、ちょうど2年になりますが、今回は時代の背景を「保元の乱」とする藤原基俊の75番歌から藤原顕輔(藤原のあきすけ)の79番歌までを5週間かけて詠み終えたところなのです。

雅やかな貴族政治から武家政治へと移る過渡期が歌の背景になるのですが、この時代に登場する白河天皇、崇徳院、近衛天皇の主だった立役者の中に鳥羽上皇は欠かせない名前です。なぜなら、この鳥羽上皇の死が、崇徳院(鳥羽院の第一子)と後白河天皇(鳥羽院の第四子)の皇位継承争いの「保元の乱」の引き金になるからです。

76番歌から79番歌の間には、保元の乱で破れ、藤原忠道によって讃岐に流された崇徳院の歌も含まれています。

「瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」

多くの百人一首が恋を詠んだ歌だと解釈されているのですが、この歌も「別れたあの人ともいつかまた逢いたい」と現代語訳になりますが、ねずさんの解釈では、政争の濁流に押し流された二人(崇徳院と後白河天皇)の運命を象徴する歌であろうとされています。

崇徳院崩御の七百年後、明治天皇は食指を讃岐に遣わし崇徳院の御霊を京都へ帰還させたとあります。それが現在の白峰神宮だそうです。言うなれば、七百年後に崇徳院が詠んだ滝川は再びひとつの川になったということです。

我が日本語生徒で、80数歳のアルフレッドさんが、週に一度、その週の一首を共に勉強するとて、山を下りてくるのですが、この解釈本を読むことで、日本の歴史の一端にふれ、平安時代の貴族生活、文化、ひいては日本人とはどういう民族なのかを学ぶことができて、とても面白いと言います。

百人一首は恋の歌だものなぁ、などど思って、長い間、あまり見向きもしなかったのですが、こうしてねずさん(小名木善行氏)の解釈本を手にすることで、改めて日本の歴史に目を向け、思わぬ発見に出くわすことが多いこの頃です。

さて、冒頭の句にある「野分(のわき)」ですが、これは秋の暴風のことです。秋草の野を分けて、いずこへともなく去っていく強い風、つまり台風の古い呼び名です。

nowaki.jpg
Wikipediaより

今ではあまり耳にしなくなった言葉ですが、秋の野の草花が強い風に乱れ吹かれる様を思うと、こんな台風にも風情を思ったいにしえの人々の心にいたく惹かれる自分に気付かされます。

もっとも、現代の大きな被害をもたらす台風には情緒も風情もありませんが、それもある意味、現代人が片棒をかついできた結果によるのではないかと思うわたしです。

最後に、野分についてわたしが好きな一句を。

大いなるものが過ぎゆく野分かな     高浜虚子

本日もお付き合いください、ありがとうございます。
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2018年4月21日 

いえいえ、わたしがお別れするわけではありませんてば(笑)

ハードボイルド作家、レイモンド・チャンドラーの本の一冊であり、ハンフリー・ボガード主演で映画化もされている題名なのです。
今日、こんな話をとりあげるのは、所沢にて妹夫婦と二人、外国文学や日本の歴史小説作家の文章に話が及んだからです。

特に原語で読む語学力なく翻訳本を手にする場合、本のファンになるか否かはその訳者の文章が大いに影響する云々の話がでたのでした。

高校時代は外国文学に夢中になりましたが、20代にはハードボイルド作品に熱を上げていました。その頃の我が憧れのヒーローは誰あろう、レイモンド・チャンドラーの作品の主人公、私立探偵、「フィリップ・マーロー」なのであります。

書店の本棚にならぶ本の背表紙を読んで行きながら、偶然手にした一冊が時には思いの外おもしろくて、その作家に病みつきになったということは、みなさんにもあるでしょう。

偶然タイトルに惹かれて手にしたチャンドラーの一冊は、まだフィリップ・マーローが登場しない「ミス・ブランディッシュの蘭」という強烈な一冊でした。切れの良い、大人の香りがする、ちょっとキザッぽい日本語訳がわたしには抜群に新鮮だと思われました。
以来、チャンドラーの作品は次から次へと読破、ここがわたしのマニアックなところでして^^;

「あぶく銭は身につかない」「ある晴れた朝、突然に」「貧乏くじは君が引く」「高い窓」 「ダイヤを抱いて地獄へ行け」「悪女イブ」「さらば愛しき人よ」そして、この「長いお別れ」です。
「さらば愛しき人」は、ロバート・ミッチャムがマーローとして主演、映画化され、近年、村上春樹氏も翻訳をしていますが、わたしは俄然、清水俊二氏訳が好きです。

面白いことに、チャンドラーは実はイギリス人でありながら、書かれた全てのハードボイルド作品は、アメリカが舞台になっています。デビュー作品の「ミス・ブランディッシュの蘭」は、その暴力的な場面であると言うことと、イギリス人でありながらアメリカを舞台にした作品だということで、イギリスでは当初、発禁の憂き目を見たのだそうです。

フィリップ・マーロー。歳食っており、いつもヨレヨレのスーツをひっかけ、探偵事務所も薄汚いビルの一室。冴えない感じのこの探偵が人生の悲劇を織り成す様々な人間模様を見せる事件に取り組むとき、俄然、大人の魅力と哀愁をかもし出してきます。

「ギムレット(4分の3のドライジン+4分の1のライム・ジュース)」と言うカクテルがあるのも「長いお別れ」を読んで知ったのでした。
「タフでなければ男は生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」
「さよならを言うことは、わずかの間死ぬことだ」
等はマーローのカッコいいセリフです。

ハドリー・チェイスの作品を殆ど読みきった後に熱中したハードボイルド作家はロス・マクドナルド。これも私立探偵「リウ・アーチャー」のシリーズです。え?どこか聞いたことがある?はい^^息子の日本名はこの「リウ」を実は絡めてありますです(笑) ポルトガル名は夫が、日本名はわたしが選び互いの選択に同意して決めたというわけです。    

が、息子の名の由来が、我が青春のヒーローの私立探偵たちの一人であるリウ・アーチャーからくることを、夫は知りませなんだ(笑)

今日は妹夫婦との話題からこんなことを思い出していたのでした。

本日はこれにて。

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