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2020年7月8日

今日は猫の話です。 

17年ほど住んだかつての借家は小さな庭に一本の桃の木があり、季節になるとバラとアジサイとカーラが咲き乱れ目を楽しませてくれた。子供たちが成長した家でもあるのだが、今でも目と鼻の先にある。

念願の自分たちのフラットをやっと手に入れ、現在の家に移る際に連れてきた猫が今は亡き真っ白ネコのタンポポちゃんとゴンタ、それにクルルだ。

たんぽぽちゃん

↑わたしが飼った猫で一番美しいと思われる「たんぽぽちゃん」。威厳があり他の猫たちも一目置いていたが当時は避妊手術をしていなかったので次から次へと子孫を産んだものだ^^;子猫たちの引受人を探すのに苦労したが、貰い手がなく結局家に残ったのも何匹かいる。

その一匹がクルル猫で我が家で親子3代目の猫。
クルルとチャバ
母さんネコの「チャバ」と一緒に写っているクルルの子猫時代。

何ゆえ、今日突然こんな猫たちの話をする気になったかと言うとこうなんです。

飼い主同様、ネコも年齢を重ねてきました。すると、これもまた飼い主同様、体のあちこちに避けようのない支障が出てき始めます。ガタが来たってことです。

いえね、70代初期のわたしたち夫婦は今のところなんとか大きな支障なくして生活でき、それなりの仕事で頑張っているのですが、ネコの年齢は人間とは比べられない。ネコの10歳ともなると人間の70歳に相当するそうです。

ちびねこ
表情に乏しいチビではあるが、独特の甘え方があります。

すると、我が家で一番若いゴローでももはや60歳、チビが実年齢15歳で76歳、黒猫ぺトは先日、入院した時に獣医に、106歳で亡くなったマヌエル・オリヴェイラ映画監督だね、と言われたほどの よぼよぼご長老猫さまです。日本社会の将来の姿、高齢社会がまさに目前にあるのであります。

goro.jpg
わたしの気に入りの写真のゴロー

ぺトテーブル
オレさまはつまらない、と若きときの黒猫ぺト

老齢による白内障でもうほとんど目が見えなくなったゴンタですが、勝手知ったる家の中、どこに何があるか、ちゃんと記憶しているようで、用を足すのにも問題はありませんでしたが、歩くときは壁沿いに歩いています。高所に上るときは時々感覚が狂い失敗もしていました。
ゴンタ
ゴンタ熟年の頃。ネコとは思えぬほど賢かった。

ある日、若いゴローがどうも調子悪くなり病院へ行くと、どうやら歯が問題らしく抜歯しました。モイケル娘に話すと「お前、腰抜けじゃなくて、歯抜けか」^^;

歯抜けになって帰ってきたゴローは、しばらく元気がありませんでした。この後、ゴローは原因不明の大病をし、もうダメだろうと覚悟を決め、大学病院の獣医科に一週間入院したところ、奇跡的に回復したことがあります。たくさんの検査をした結果、恐らく感染病であろう、とのことでした。

さて、抜歯のためそのゴローをクリニックに連れて行った日のことです。今でも覚えているのですが、手術に関して一筆取られていたときに、突然、年配の女性が「うちの犬が!」と駆け込んできました。

病院では顔見知りの人らしく受け付けの女性はすぐ彼女が外に止めた車に走って行き、中から一匹の白い小型犬を抱きかかえて獣医室へ運び込みました。抱きかかえられた、首がぐったりしているワンちゃんを見て、ペットも人間もこういうときは同じだな、と一瞬思ったものです。

受付の女性が戻ってくる間、「O meu Kiko, o meu kiko(わたしのキコちゃん)」と女性は人目もはばからず大粒の涙を流し顔をくしゃくしゃにして泣き出し、わたしも思わずもらい泣き。

犬、猫、何匹かのペットの死にわたしも出会ってきましたが、自身はあまり人前で泣くことはしません。生き物のことゆえ死は何ものも避けることはできないと、淡々と受け入れ、わたしは一人こっそり隠れて涙を流すタイプです。

家族の如く一緒にくらしてきたワンちゃんでしょう、どんな事情かは知る由もありませんが、口からわずかに血を流していたことから、おそらく手遅れだろうと推察しました。ペットを喪失する哀しみは痛いほど分かります。

その日はゴローを受付に預け、女性の手を握り、「どうか気をしっかりもってくださいね」としか言えないわたしでした。ペットはともに暮らすうちに家族同様の存在になりますね。

我が家猫たちがホームレスにならないよう、彼らを全員見送るまでは、わたしもあちらの世界には行けないな、なんてことを考えるこの頃、東京息子よ、モイケル娘よ、万が一のときにはちゃんと面倒を見てくれますように、なんまんだ、と祈っているのであります。

クルル2
春間近。外の空気にその匂いをかいでいる、今は亡きクルル。

mansbestfriend.jpg
ネットでぶつかった心が泣かされるような写真です。

Man´s best friendは本来は人間であるべきだと思うのですが、人が癒してあげることができないものを無言のペットは持っているのでしょうね。

本日はこれにて。

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2020年6月27日 

マヌエル・オリヴェイラと言えばポルト出身の映画監督で、2015年に106歳で亡くなった世界でも現役最高齢の著名な監督でもありました。アニキ・ボボ、アブラハム渓谷、クレーブの奥方など多くの作品を残しています。

監督はポルトのアグラモンテ墓地に眠っています。

さて、何故マヌエル・オリヴェイラ映画監督なのかと言いますと、我が家の黒猫ことぺト君に関するのであります。

peto1_1.jpg
パソコンの後ろから顔出して、んもう、気になって仕事ができないよ。

かつては6匹いた猫たちが歳を取り一匹また一匹と旅立ち、去年の12月にはクルル猫を見送り、現在はとうとう3匹になってしまったのですが、しばらく前からどうも黒猫ぺト君が食べない。

そして、それまであまり目にしなかった水を飲む姿を何度かみかけたもので、先週日曜日に市内にあるサント・アントニオ病院の獣医科に救急患者として夫が連れて行きました。

gato

精密検査と2、3日食べていなかったので点滴のため、即その日に入院です。どうやら腎臓病のようで、やっと昨日一週間ぶりに帰って来たのですが、ただいま尿の検査結果待ち。

入院する前にも増して、も骨と皮です。
獣医さんが、18、9歳だと知り、「マヌエル・オリヴェイラだわねぇ(高齢という意味で)」と(笑)

入院中、「俺はここでおわるのかなぁ」と、さぞかし心細かったのでしょう、帰ってから一人で籠のなかで寝るのを嫌がり、わたしたちの側から離れません。

去勢手術をしてあるにも拘わらず、よくマーキングをしては、「こらー!またやった!」と、わたしに追いかけられて叱られていたのですが、近頃はそれもなくなっていました。

こ憎ったらしいけど、可愛いんですよね。
gato

こんな表情豊かなところもある(笑)
猫カフェ

病院で一人逝かせるのは可哀そうです。お前、終の棲家はここだよ、と言っております。

本日はこれにて。
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2020年2月22日

今日は我がモイケル娘が綴った猫の話をば。以下。


ことばにするとこの上なくバカバカしいが、言わずにはいられない。

事の発端は先週の台所での出来事。朝起きて台所に向かうと、洗面台の下にある収納入れの扉が半開きになっていた。

嫌な予感がした。なぜならそこにはネコのエサが保管されているからだ。

収納入れの中を覗いてみると、案の定無残に穴を開けられたフード袋。

取り出しやすいように、フードはプラスチックの箱に詰め替えてあるが、入りきらなかった分は袋に入ったままだった。

事件は夜中に発生しているので誰が犯人だか分からない。

無性に腹が立ったのですぐにごはんをやる気にはなれず、寄ってくるやつらを無視してまずは顔を洗うことにした。

洗面所で水道の蛇口をひねって水を出すと、タメがやたら水に興味を示す。なんじゃい今日に限ってと思っていると、なんと顔を近づけて水を飲みだした。

ちらりとネコ用の水のお皿を確認してみると、水が全部なくなっている。

おまえか。
ばかめ。食べ過ぎて喉が渇いたんだろう。仕方ないから水を補充してあげる。

他の2匹が朝ごはんを食べてる間、ひたすら水を飲み続けるタメ。

余っていたプラスチック箱に残りのフードを袋から移した。それで解決したはずだった。
ところが今夜また事件は起こってしまったのだ。

開けられた洗面台下の扉。開けられたプラスチック箱。水のない水入れ。

どうやらフタのしまり具合が緩かったらしい。

必死にわたしを見つめてくる3匹。あー、そりゃ喉も渇くでしょうよ。け!

普段エサを入れる皿それぞれに水を入れてやると、飲むわ飲むわ、すごい勢いで飲むわ。まぬけでしょうがない。

飲み終わった後の彼らのパンパンに膨れ上がった腹。やばい。やばすぎて撮影して公開する気にもなれない。苦しいのか、動きがゆったりしている。というか動かない。

腹をぽんって触ってやったら「うぷっ」の呻き声。もはや酔っ払いのおっさんではないか。

この3匹の腹が食べ物ではなく水でふくれているのだと願いたい。

そんなわけでただいま喧嘩をしている。正確にいうと私が一方的に怒っているだけでもある。

ネコと喧嘩するとどうなるか。
人間の喧嘩とさして変わらない。
口を利かないのだ。

お粗末さまでした!
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2020年2月4日 

10年以上も前の春、東京から下関へ引っ越したモイケル娘のアパートを訪ねた時のことです。

まだ時差ボケが残っていたのと、新幹線と言えども東京から下関までの長旅で疲れていたのがあって、娘の携帯電話が鳴るまで、わたしはぐっすり寝入っていました。携帯電話の呼び出し音に起こされ、時計に目をやると朝9時をすっかり回っていました。

応対していたモイケル娘、「はい、じゃ、すぐ行きます。」と切るではないか。
「どこから?」とわたし。
「保健所から。小猫ちゃんが入ったんだって。10時まで行かないとすぐ処分されるって」

そう言うなり顔も洗わずジーンズに足を突っ込み、セーターをひっかけ、小猫を入れる布袋を引っさげて自転車で保健所を目指し慌てて出て行きました。なんだか胸騒ぎがしたおっかさんでした。

当時の彼女、ブログに、捨て猫ちゃんがいないかと探して神社まで行ったら、猫はおらず、代わりに神社にはたくさんの雄鶏が捨てられてた、と書いてあったの思い出し、久しぶりの親子の話題でも、ネットで里親を探している人にも連絡をとったことがある、保健所にも出向いたけど、その時にはネコはいなかったと話していた娘です。 

あぁぁ、とうとうネコちゃんを・・・と気をもみながら帰ってくるのを待っていたのでした。

そして、ただいまとドアが開き、見ると、なんとまぁ~~、彼女の抱いてる布袋の中身、ひゃ~~~!か、かわゆい小猫が二匹も!

gato
連れてきたばかりの二匹。

おい!ど、どないするのよ、二匹も^^;聞くと、「おっかさん、二匹も持ってくるとは自分でも思ってみなかった。けど、保健所に着いてみると三匹いたんだ・・・・それで、一匹だけ選ぶのはとてもできなくて、結局自分ができる範囲内の二匹を連れてきた。わたしの後に男性が一人いたから、もしかしてその人が残りの一匹をもらってくれるかもしれないと期待して・・・」

モイケルよ、よくぞやった!とこれがポルトなら誉めてつかわします。けれど、大丈夫? えさ代もかかるし、予防接種とか、トイレの砂とか色々物要りになるのだよ?ポルトからの少ない仕送りからそれを捻出しなければならないのだぞ・・・

あ!そういえば、アパートに入った時にすぐ目についた、床から6、70cmの部屋中の壁、水色のナイロンシートで覆われていたのでしたっけ・・・あれはネコの爪とぎ防御の準備だったのか!

呆れながらも今更返して来いとも言えず。見ると、おいおいモイちゃん、こりゃツガイではないか^^;知らんぞぉ~~!

しかし、小猫を抱いてしまったが最後、おっかさんももうダメです^^;可愛いったらないのです。

neko

保健所では一ヶ月未満の小猫は、まだ母ネコの乳で育てるので持って行ってはいけないのだそうですが、その二匹はどう見ても一ヶ月はたっていませんでした。目がろくに開いていないからです。
下関に着いて二日目は、モイケル娘のアパート整理云々より、まず小猫の粉ミルクと毛布を探して走ることから始まったのでした。

さて、元来が動物好きなわたし、モイケル娘と同じことに遭遇したら二匹どころか、おそらく後先も考えずに三匹とも連れてきたことでしょう。

そうやって、結果的には、一時の感情で行動を起こし自分を後で窮地に追い込むようなことになるのですが、ことネコに関してはいくつになっても冷静に考える大人になりきれないわたしです。

そのDNAをしっかり受け継いでいると思われるモイケル娘とおっかさん、子猫用の高い粉ミルクを買い、まだ自分で器から飲むことも知らない小猫たちに、人間の赤ちゃん用の哺乳瓶で3時間置きに授乳する羽目になったのでありました。

これがなかなか大変な作業でした。小猫たちが哺乳瓶の乳首を受け入れようとしなかったのです。下関の娘のアパートに滞在した10日間は、こんなこともずっとし続けていたのでした。

わたしが下関を去るころには「みかんちゃん」「タメゴローー」とようやく名前も付けられたのでした。

neko

上がタメゴローこと「タメ」、下がみかんちゃん。
gato
 
こんなあどけない顔をどうして無視できましょう。

この2年後、九州にある大学を卒業して東京へ移動するわけですが、後に養子にしたもう一匹、チビの計3匹の猫を連れて、東京へ移動したときのことは、後記にて案内しています。

neko
手前がすっかり成猫になったみかんちゃん、ひっついているのが養子のチビ。(2011年)

あんなに小さかったのが、こんなになって元気いっぱいに東京の兄妹のアパートを走り回っていたのでした。

2007tame-1.jpg

一番元気なタメことタメゴロー

neko
暑さでグロッキー、だらけすぎのタメです。だらしないぞ!

猫たちも息子娘同様、いったい何回引っ越ししたことか(笑) 一番やんちゃだったタメゴロー君でしたが、昨年秋、わたしの日本滞在中に、治療の甲斐なく、13年の生涯を全うしたのでした。

今日はモイケル娘のネコの話でございました。 下記では「ズッコケ兄弟の東京移動」の様子が読めます。よろしかったらどぞ。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-717.html

この記事は過去の書いたものに手を加えて再掲載しています。
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2020年1月29日 

kusatabe1.jpg
ベランダの猫草を食い漁ってます

猫の話をさせてください。

生き物を平気で捨てる人はいるのでしょうか。普通はとても心が傷むものだと思います。人家のないところに捨てる人は罪な人だと思います。食べ物にありつけないわけですから。

また、愛するペットを亡くして後、その辛さにもう二度とペットは飼うまい、と決心する人も多いようです。 その二つとも経験しています。

ネコを捨てなければならなかったのは、大阪の団地の社宅でおじたちと暮らしていた時ですから中学3年生のことです。

田舎が嫌で、何度か家出までして、おじ達にとりあえず引き取ってもらったとは言え、一緒に暮らしてますとどうしても、親子というわけには行かないところが出て参ります。

丁度わたしが厄介な思春期だというのもあって、時々孤独に陥り、あんなにも飛び出したかった家が、そして特に二つ年下の妹が、恋しく思われたのでした。

おじの家で一人になった時のこと、「五木の子守唄」を歌いだし、「セミじゃごんせん、いもとでござる。いもうと鳴くなよ気にかかる」のとこに来て、大声出して泣き出してしまったのでした。

そんな気持ちの頃、ある日、出会った道端の捨て猫をおじの社宅に連れ帰ってしまいました。
団地社宅で飼えないのだ、ということに気づかなかったのです。

連れ帰ったところが、ここでは飼えないから捨てて来なさい、とおばに言われ、いやとも言えず、子ネコを抱きながら夕暮れ時の町をうろつき、そして最後には泣く泣く捨てたのでした。
その時わたしは、決心したのです。
「大人になったら、捨て猫を拾うことこそすれ、決して捨てることはすまい」と・・・

自分自身に誓ったのですが、それでも大人になってから、やむなく一度だけ捨ててしまった
ことがあります。そういう心のうずきは、なかなか消えるものではありません。

たかが猫のことで、と思うかもしれませんが、捨てられた動物の目は、鳴き声は哀しいものです。

neko
我がパソコンの周りに集まって仕事のジャマをしてくれる可愛いヤツら

捨てたその猫への償いでもするかのように、ポルトガルに来て以来、次から次へと捨てネコや捨て犬を、特に猫を集めましたわ。

寄ってくる猫、藪の中に捨てられて姿が見えない鳴いていたのや、車庫で親猫に産み捨てられたのやと、もいける娘と二人、本当にたくさんの捨て猫を引き取って育てたものです。

だからと言って、あのネコを捨てた時の気持ちは、幾つになってもぬぐえるものではありません。

人間同様、犬猫にも運、不運があるのでしょう。
下は運よく我が家に拾われ、日向で大あくびをする猫。怖いよ、その顔^^;
goro2_1.jpg

犬猫保護団体が、野良犬野良猫をいったん保護し、避妊手術をしてから再びそれぞれのコロニー(特に猫が多く集まっているところ)に戻す昨今、確かに野良犬野良猫の数は増えなくなるのですが、ふと思うのです。

いつの日か、犬も猫も(犬は既に街をうろついてるのをほとんど見かけなくなった)数が減って、ペットショップへ買いに行かなければならないような時代がくるであろうと。

自然界や動物界の生態を、自分たちの都合に合わせて変えているわたしたち人間は、いずれやってくるしっぺ返しを考えれば、万物の霊長だとのおごりにもっと謙虚になるべきだと思うわたしですが、みなさまはいかに。



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