2017年5月25日 

昨日一昨日とポルトは30度を越す盛夏の気温でした。かと思ったら、今朝は雷がゴロゴロと空を駆け、ざっとひとしきりの雨。今日は昼から外出するのにうっとおしいなぁ、スカッと晴れてくれないかしら?との思いで空模様を見ているのです。

7時前の起床で、台所もサッサーと片付け、日本語の生徒さんが体調を崩したとのことで今日は授業から開放され、さよう、予定の外出までの時間、ラフマニノフなど聞きながら、のんびりとパソコンに向かっているのであります。

こういう時は、時折、子どもたちに関する過去ログを紐解くなどして、一人笑いをすることがあります。もう随分昔のこと、娘が早稲田大学から九州の大学へ勝手に編入したころの話です。以下。
「パラボラアンテナ、持ってるジョ」と、モイケル娘。画像を送るという。

パラボラアンテナって、娘よ、いったいどこからお金が・・・

会社勤めともなると、今までのように学生気分の服装では行くまいて。そこでおっかさん、大見得(おおみえ)切って、卒業祝いにはずんであげたご祝儀(笑)も束の間。飼い猫タメゴローの東大動物病院の費用にぶっとんでしまったのだそうな。

よって、どんなに捻ったって、パラボラアンテナ購入費用なんて出てくるわけながない!いったいどうなんてんだ、この娘は?と思いながら受け取った画像を開いてみると・・・・・・・・ぎゃっはっはっは(爆)↓

猫パラボラ

確かにこりゃパラボラアンテナだ!金食い虫のタメゴロー君です(笑)しかし、獣医さんよ、これじゃぁ、タメゴロー君、ご飯食べられないのでは?

実はこのタメゴロー、こんな事情でモイケル娘のところにやってきたのでした。

2007年5月17日小猫を抱いて(1)

この春先の帰国時に、早稲田大学から九州の大学へ編入して下関へ引っ越したモイケル娘のアパートを訪ねた二日目のことです。

まだ時差ボケが残っていたのと、新幹線と言えども東京から下関までの長旅で疲れていたのがあって、娘の携帯電話が鳴るまで、わたしはぐっすり寝入っていました。時計を見るとすでに9時をすっかり回っていました。

「はい、じゃ、すぐ行きます。」と携帯を切るモイケル。
わたし  「どこから?」
モイケル「保健所から。小猫ちゃんが入ったんだって。10時まで行かないとすぐ処分されるって」

そう言うなり顔も洗わずジーンズに足を突っ込み、セーターをひっかけ、小猫を入れる布袋を引っさげて自転車で保健所めがけて慌てて出て行きました。あっけにとられ、なんだか胸騒ぎのおっかさん・・・

彼女のブログでは、捨て猫ちゃんがいないかと探して神社まで行ったら、猫はおらず、代わりに神社にはたくさんの雄鶏が捨てられてた、と書いてあったのを思い出しました。前日の久しぶりの我ら親子の対話でも、猫話題が中心なのでありました(笑)

ネットで猫の里親を探している人にも連絡をとったことがある、保健所にも出向いたけど、その時にはネコはいなかったと話していたモイケル娘です。あぁぁ、とうとうネコちゃんを・・・と気をもみながら帰ってくるのを待っていました。

そして、ただいまとドアが開き、見ると、んまぁ~、彼女の抱いてる布袋の中身、ひゃ~、か、かわゆい小猫が・・・二匹も!

おい、どないするのよ、二匹も^^;聞くと、モイケル、
「おっかさん、二匹も持ってくるとは自分でも思ってみなかった。けど、保健所に着いてみると三匹いたんだ・・・・それで、一匹だけ選ぶのはとてもできなくて、結局自分ができる範囲内の二匹を連れてきた。わたしの後に男性が一人いたから、もしかしてその人が残りの一匹をもらってくれるかもしれないと希望を託して来たんだ・・・」

モイケルよ、よくぞやった!と、これがポルトでなら誉めてつかわす。けど、大丈夫か? えさ代もかかるし、予防接種とか、トイレの砂とか色々物入りになるのだよ・・・少ない仕送りからそれを捻出しなければならないのだぞ・・・

あ!そういえば、アパートに入った時にすぐ目についた、床から6、70cmの部屋中の壁という壁が水色のナイロンシートで覆われていたのでしたっけ・・・あれはネコの爪とぎ防御の準備か~!

呆れながらも今更返して来いとも言えず・・・見ると、おいおいモイちゃん、こりゃツガイではないか^^;知らんぞぉ!しかし、小猫を抱いてしまったが最後、おっかさんももうあきまへん^^;可愛いったらないのです。

保健所では一ヶ月未満の小猫は、まだ母ネコの乳で育つので持って行ってはいけないのだそうですが、その二匹はどう見ても一ヶ月はたっていない、目もろくに開いていない。

下関に着いて二日目は、モイケル娘のアパート整理云々より、まず小猫の粉ミルクと毛布を探して走ること始まったのでした。


小猫を抱いて(2)/捕獲犬に対する厚労省の異例指導

元来が犬猫好きなわたし、モイケル娘と同じことに遭遇したら二匹どころか、おそらく後先も考えずに三匹とも連れてきたかも知れません。そうやって一時の感情で行動を起こし、結果的には、後で自分を窮地に追い込むようなことになったりするのですが^^;

こういうところは、いくつになっても冷静に物事を考える大人になりきれないところが、あります。

そのDNAを受け継いでいるモイケル娘とそのおっかさん、子猫用の高い粉ミルクを買い、まだ自分で器から飲むことも知らない小猫たちに、人間の赤ちゃん用の哺乳瓶で3時間置きに授乳する羽目になったのでありました。

これがなかなか大変な作業でした^^;小猫たちが哺乳瓶の乳首を受け入れようとしないのです。下関の娘のアパートに滞在した10日間は、こんなこともずっとし続けていたのでした。

わたしが下関を去るころには、「みかんちゃん」「タメゴロー」とようやく名前も定着し、現在は元気いっぱいにアパートを走り回り、こんな風になりました。  

gato
みかんちゃん。
 
neko
タメゴロー。

モイケル娘は「タメ!」と呼んでるそうな・・・なにやら、「お控えなすって。手前○○一家のタメで
ござんす」みたいではないか(笑)

実はモイケル娘、昨年似たようなことをしておりまして、ネコを拾って自分の首をしめていたのでした。
昨年(2006年)の日記がこれです^^;

2006年7月12日(水)この親にしてこの子あり。焦ってます^^;
 
この間から、日本へ国際電話をかけまわっています。

わたし「ねぇねぇ、ネコちゃんいらない?」
知人たち「ねこちゃんて、あんた、ポルトガルから送るんかい。笑」
わたし「い、いや・・・。オバカ娘が拾ってしまったのよ・・・」
知人たち「なに?!九州で猫を拾って東京まで連れてったぁ?」
わたし「う、うん・・・・」
知人たち「この親にしてこの子あり、とはあんたら親子のために
あるような言葉やなぁ。あっはははは」
「いらんわぁ」
・・・・・・・・・・・・・

こういうパターンを繰り返しております。娘のアパートはネット禁止、いや、ペット禁止です。最初からそれを知っていながら拾ってしまうとは、おめでたいトホホものですが、拾ってしまったものは仕方がありません。元の場所に置いてあんたも捨てて来なさい、とは言えないのであります^^;

それで、この日記とブログにてもう一度。

わたしをもらってください。
猫チャコ

生後3、4ヶ月だそうです。東京から、もいける娘がお届けにあがります。お届け範囲は、関東、大阪、福岡方面。

「遊び盛りの、とても人懐こくて可愛い女のネコちゃんです。 ワクチンはもちろん、避妊手術を希望する場合はこちらで負担します。」と、もいける娘が言っております。

「里親になってくださる方には、ポルトワイン、もしくはポルトガルの工芸品をお送りいたします。」と母親が言っております(笑)

昨年、旅行に行った下関で拾い(この年はまだ東京住まいだった)東京まで持って帰り、そして里親を探したのでした。結局このチャコちゃん、名古屋に住むネットフレンドの「杉さん」に押し付けたのでした^^;

今回なぜこんな話を持ち出してきたかと言いますと、5月16日のweb新聞で「厚労省が異例指導・捕獲権の命 消さぬ努力を」との記事が目についたからです。

捕獲されたり、飼い主が飼えなくなったりして保健所に持ち込まれる犬やネコは、多くの保健所で二日たっても持ち主や里親が現れない場合、三日目にはガス、若しくは薬物注射で処分されるのだそうです。

これをできる限り殺さずに新たな飼い主を見つけるよう、厚生労働省が保健所を運営する全国の自治体に文書で指導したとのこと。

ちなみに2005年度に捕獲された犬は8万8827匹、そのうち里親に引き取られていったのは、わずか1万5000匹近くだけ。考えるとぞっとする話です。

ポルトガルでもそうなのですが、自治体の財政問題が絡み、多くのホームレス動物を保護していくのは並大抵ではないらしいです。水道料金が払えずに、ケージを清潔に保つために掃除する水も使えない、犬猫のえさ代がない、などの話が時々新聞で見かけられます。

海を隔てた日本の話で、文書での指導に終わらないでもっと何かできないものかと思うこのごろです。

日本でもポルトでもたくさんの犬猫たちに関わってきましたので、語るエピソードは山とあります。お時間と興味のある方は左のカテゴリ欄「猫のはなし」をどぞ。

最後に、これがタメの近況であります。
neko

あられもないのぉ、おぬし・・・・

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2017年1月12日 

石を積んだ塀で囲まれたご近所のジョアキンおじさんの畑の鍵をもらうほどの、わたしは畑常連であります(笑)

つい先だっても、買ったばかりの子豚2頭をまたもや盗まれてしまったとブツブツいっていたジョアキンおじさんが、わたしに畑へ入る鍵をくれたのは、そこに住み着いているノラ猫のエサ運びをかれこれ10年近くも続けているからであります。

ジョアキンおじさんにすれば、猫のエサ運びはお任せしまっせ、ということでして^^;こうしていつのまにか猫のみならず、おじさんの畑のニワトリまでがわたしの餌呼びの合図を覚えて、両羽を動かし今にも飛ぶかと思われるほどのスピードで一目散に翔けてくるようになり、わたしとしては実は予想外のことで、ちょっと困ったりしているのが真情なのです。

しかし、たくさんいたその鶏も、おじさん曰く、秋にごっそり盗まれ、今では数羽しか見かけません。猫といえば通りへ出て事故にあうやら、老衰もしくは病気で死ぬやらで、いつの間にか赤猫ちゃんが一匹残るのみになったのです。

これには、ここへやってきては捕まえて避妊手術をし、また畑に戻すというのを繰り返してきた動物愛護ボランティア協会も関係していると思います。なにしろ、子猫が生まれなくなったのですから。野良猫がいなくなるのはいいことなのですが、これは実質的に猫の数が減るということにもなり、わたしはどこかに不安が残るのです。

さて、畑にただ一匹残った成猫の赤猫ちゃんですが、今までになかった行動に出ました。朝晩えさを運ぶのですが、ご飯より撫でて欲しいみたいで、やたら甘えてくるようになりました。それもそうでしょうね。今まで何匹も一緒に生活してきたのが、ひとりぼっちになってしまったんですもの。

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朝ごはんのカリカリを食べる赤猫ちゃん。晩御飯は猫缶です。

食べるよりもまず撫でてもらったり抱っこしてもらったりして、ひとしきり甘えてからやっと食べるもので、急いでいる時は、こまったちゃんなのですw 早よ食え~~、と(笑)

と、数日前に畑に入ると、え?うさぎ?なにやら赤ネコちゃんの周りをちょろちょろ動き回っている小さな動物が目に付きました↓赤猫ちゃん、ちっとも気にしないようです。きっとエサも分けてあげてることでしょう。

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翌朝ジョアキンおじさんに、「Senhor ジョアキン、今度はうさぎを飼ったの?」と聞くと、「ありゃウサギじゃない。けど、なんと言うのか名前、忘れちまったよ」^^;そう聞いて思ったのが「ギニアピッグ」ではないか?見たことないけど。

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ですよね?ギニアピッグは「ギニーちゃん」と名づけw んで、昨日行ったら、もう一匹いましたっけw 同種ではないけど、仲間ができて赤猫ちゃん、少し嬉しそうでしして、数日前から黒い野良ねこがやってきて、畑の外でえさの時間に待っているようになったので、こちらにも置いてきます。赤猫ちゃんはわたしがいる間、畑の門が開いている者で、時々外へ出ては、この黒猫に挨拶をしています。まったく威嚇しません。

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わたしがエサ運びをしているもう一匹の猫がいます↓

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数ヶ月前の写真ですが、この人間不信の目つき!

ジョアキンおじさんの家の庭にやってきては、毎晩食べていきます。かれこれ7,8ヶ月になるでしょうか。これもノラちゃんなのですが、気が荒い。なかなか心を開かず威嚇しながら食べていたのです。そのくせ、毎日必ず同じ時間帯におじさんの庭の隅っこでエサ待ちしています。

ジョアキンおじさんとどんな関係にあるのか、もう近頃ではどうでもよくなり、「うちの庭にも好きに入っていいよ~」と言うフリーパスを得て、せっせとエサ運びをしていますが、こやつだけが、いつもの時間に遅れて行ったりすると、「シャーシャッ!」とまるで、「遅いじゃないか、今日の飯!」とでも言うかのように、威嚇しながらもすりよってきます。

しかし、まだまだ触るは不可!どさくさに紛れてちょこっと尻尾に触るくらいが関の山です。

そして、ご覧あれ、表情が大分柔らかくなりましたぞ。しかも以前に比べてふっくらとモフモフ猫ちゃんになりつつあります。

fofinho1.jpg

先の赤猫ちゃんについては、夫の反対さえなければ、わたしはとっくに家に連れ帰っているのです。もう5匹いることだし、言い出しにくいのではありましたが、ちょっと打診してみました。

「ねね、一匹だけになったし、うちへ連れて来るのはどう?5匹も6匹も同じじゃない?」
夫の即答、「同じじゃない!ゴンタの介護だってありうるぞ。(全盲の年配猫) 目下、空席はない!」
がびーーーん!

ポルトの冬は雨も多いので、この先、春まで2ヶ月ほど、お前たち、お頑張りね、と、本日は猫たちの話でした。
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2016年11月22日 

何気なく目が覚めて枕もとのデジタル時計を見ると、まだ朝5時前でした。

一度目が覚めると寝付かれなくなる性分です、二日降り続いた雨も止んだようだし、星でも見てみるかと起き出して、台所のベランダの大窓を開けました。窓から体を半分乗り出して空を仰ぐと、ひんやり澄んだ空気が肌に触れ、頭上にはくっきりとオリオン星座が空を陣取っていました。

昨夜寝る前に、ケータイをオフにするのを忘れたことを思い出し、リビングに置きっぱなしのケータイを手にすると、メッセージの青いサインが点滅しています。見ると、息子からのもので、「地震大丈夫。東京はたいしたことなし」とあります。

え!と思いすぐパソコンをつけてニュースを読んだのですが、みなさまのところは、大丈夫でしょうか。
「のど元過ぎれば熱さを忘る」「震災は忘れた頃にやってくる」と諺もあります。いざと言うときの準備を日頃からしておくように、大事な書類はまとめてすぐ手の届くところに、また非常時リュックも点検しておくようにと、改めて子どもたちに注意を促したところでした。

娘には、いざという時に、何はともあれ持ち出すであろう、3匹の飼い猫の運び方も訓練しておいたほうがいいと言う必要があるような・・・ネコのキャリーバッグは用意しているらしいが、いざ、3匹を場合によっては一人で持ち出さなければならないこともあり得ますもんね。

さて、ネコの話ついでにわたしが近頃気がついたネコについてのことを、メモしておきたいと思います。
拙ブログには何度か登場してもらってる、近所のジョアキンおじさんの畑の野良猫たちですが、そのネコたちの餌運びを朝晩し始めてかれこれ10年にもなるでしょうか。

一時は10匹をも超える数の野良猫たちが畑に住み着き、我が家の5匹ネコよりもはるかに多いエサを作ってはせっせと運んだものでした。できればカリカリエサが買出しにも、持って行くのにも楽なのでそれにしたかったのですが、当初、猫たちは食べませんでした。

neko
黄色と黒猫ちゃんは保護されて、引き取り手が見つかったと聞きます。矢印の黒猫ちゃんはわたしに因んで「Yoko」と日本名が付けられたそうです。

そこで、朝はカリカリエサ、夜は猫缶という風にして徐々に慣らそうと考え、やっと数匹がカリカリエサを食べるようになっていたのでした。

2年ほど前から、動物保護ボランティアの人たちが、ジョアキンおじさんの畑をコロニーとしてネコを捕獲し、去勢手術を施しては子猫以外は再びここに返して置いて行くのでした。成猫は引き取り手がいないからです。コロニー(Colony)とは、同一種の生物が形成する集団、もしくはその集団が住み着く特定の場所のこと。方耳の先が少し切られてあるネコは手術済みの印です。

ジョアキン猫2
一時期黒猫の時代であった。

最初は、これ以上、畑に住み着くノラ猫を増やさないためにいい方法だと思ってきたのですが、この数ヶ月でノラ猫の数があっというまに減ったのです。夏には、食事の合図で集まるネコが4匹になってしまいました。そうしているうちに、この頃、見かけないなぁと思い、ジョアキンおじさんに聞いてみる一匹は交通事故に、もう一匹は畑で、もう一匹はまだ見かけていない、というので、とうとう赤トラちゃんが一匹になってしまいました。

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残ったのは左の赤トラちゃんだけ・・・

可哀相に一人ぼっちです。雨と寒さしのぎのために、屋根付きトイレを買い、中にクッションと毛布を敷いてそれをおじさんの庭にある大きなドラム缶の中に入れました。赤トラよ、夜はここで寝るんだぞ、と言い聞かせています。

思うのです。こうして去勢手術をするのはいいのだが、今や室内猫たちもその手術をさせるわけですから、気がつけば猫の人口がバッタリ減ってしまって、わたしたちが猫という動物そのものをめったに目にすることがなくなった、という日が遠からずくるのではないか、と。それは犬にも言えます。

思えばポルトガルに住んで38年になりますが、最初の3年程を除けば、わが家族はワンちゃんや猫たちが常に一緒におり、フラットに移る前の古い家には庭があったので、台所のドアは開けっぱなし。猫たちはいつでも自由自在に出入りできる状態でした。

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他の猫達に一目置かれていた「たんぽぽ」

気位の高かった真っ白いメス猫の「たんぽぽちゃん」は、そんな具合でしたから3回ほど子猫たちを産みました。3回目には、さすが、「いい加減、止めておくれじゃない?たんぽぽちゃん!」と文句をたれたものです。

貰い手を見つけるのに苦労しましたが、なんとかなり、あとはそれぞれの子猫、子犬たちの幸運を祈るのが精一杯でした。その頃は飼いネコたちに去勢手術を施しませんでしたが、今のフラットに引っ越した祭に、「これはまずいかも」と言うので、当時、病気だったたんぽぽちゃんを除いては全員手術をしたというわけです。

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たんぽぽの子猫たち

ジョアキンおじさんの畑も当時は今の2倍くらいの広さで、いったい何匹の猫がいたことでしょう。正にノラ猫たちの天国と言えたような気がします。室内猫は外の世界を知らないまま一生を終えるのですね。

我が家の5匹猫のうち、4匹はそうです。盲目のゴンタだけは、前の家にいた時から外を自由に歩き回り、フラットに移ってからも目が見えなくなるまで、毎週末には1時間ほど、外へ出していました。必ず帰ってきては、外でわたしたちを呼んだものです。他の4匹は子猫でフラットに入りましたから、外出は無理です。

時代が変わり人間の生活様式も地面から上に住むことが多くなりました。ノラネコたちに去勢手術をするのが、果たしていいことなのか。人間が他の生物の生態の変化に大いに関わっているのだと深く思い知り、少し沈んだ気持ちのここ数日です。

そうそう、ジョアキンおじさんの畑の住人ではないのですが、春先から許可を得て、ジョアキンおじさんの庭に毎夜食べにくる猫がいます。
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これは5月ころの写真です。面魂がすごいでしょ?決まった時間に必ずわたしを、いや、エサを待っております。エサをあげ始めて6ヶ月になる今、少し痩せていたのが、現在はぷっくぷく。毛もふわ~っとなり、なかなかに見事なライオンのような成猫になってきました。

この猫は一度も猫らしい鳴き声を発したことがなく、てっきり鳴き方を知らないのだと娘にも話していたら、なんとまぁ、ついしばらく初めて「ニャ~」と鳴いて足元に体を摺り寄せて、ついでにパシッと引っかいていくのであります。危なくてスカートなど履いていけません。ものの本によると、ノラ猫が心を開くのに4年かかったという話もあります。なるほどなぁ、と、こやつを見ていると頷けることではあります。

我が家の一番若い猫ゴロー君が8才ですから、最高20年生きるとして、見送るまで後12年はわたしも頑張らないと。猫たちにして見れば、「エサ運びがいなくなる日」が、一番怖いところでありましょう。

今日は病上がりゆえ、ダラダラと書いてしまいましたが、ご勘弁。猫の話でありました。

下記は、ジョアキンおじさんの猫たちについての過去記事です。興味あらばどうぞ。

「ジョアキンおじさんの、鍵、貸します」
ジョアキンおじさんの猫たち


では、みなさま、また!
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2016年7月18日 

拙ブログ記事で、7月6日に取り上げた、瀕死の保護ねこちゃんの報告です。

「儀を見てせざるは勇なきなり」、で、目の前の行き倒れノラネコちゃんを黙って見過ごすことができず、とうとう拾って持ち帰ったモイケル娘のその後、いや、ネコちゃんのその後であります。

4週間ほど我がモイケル娘のアパートのベランダで獣医に連れて行きながら、面倒をみたようですが、仕事がある身です。残業も多く、ちゃんとした面倒をみるのは、仕事を犠牲にでもしない限り、難しい。外部はこれからどんどん暑くなっていくので、いくら日陰に工夫を凝らしても、ネコにとっては危険です。

動物保護のボランティアなどにも相談してはみたものの、どれも直接的な手助けにはならなかったようです。そこで、娘にクリニック入院を勧めました。その方が、ネコちゃんにとってもどんなにか安全なことでしょう。

また、本人も、帰宅後、自分の3匹猫の世話をした上に、動けないネコちゃんですから、下の世話から食事やり等は大変なことですから、入院することで、かなり気が楽になるはずです。 入院費、治療費とどのくらいの費用になるかは分かりませんが、娘の体調も心配ですしね。

そこで、彼女、近くの獣医さんに相談したところ、なんとまぁ、その獣医さん、入院費は要らない、治療費と食費だけでいい、と言ってくれたとこのとでした。これはとても嬉しいことです。元はと言えば、道で出会ったのが縁で、見捨てられずに保護したネコちゃんです、きっと、娘、どのくらいの費用になるか、ドキドキしながら相談をもちかけたことでしょう。

「ほ、ほんと?」ってな気持ちだったと思います。何しろ、そんな獣医さんは、海外ならいざ知らず、日本国内では、まだまだ少ないと見ていますから。そのようなわけで、しばらく前から娘の保護ネコちゃんは、近くの古い動物病院の獣医さんのところに入院していました。

モイケル娘もできるだけネコちゃんの入院先に顔を出すようにしているようですが、何しろ残業が多いので、閉院後の帰宅も多く、週末くらいしか覗きにいけないとこぼしていました。

費用はかさばると、ギョッとする金額になりかねないので、そろそろ、一度お支払いしなさい、といくらかサポートすることにしたおっかさんこと、わたしが言ったところ、件の獣医さん、「うちが面倒をみよう」と言ってくださったそうです!

そして、名前も「フジちゃん」と名づけられました。保護から2ヶ月近く、今のところは前足しか動かせないが、
2キロしかなかった体重も増え、ダニのせいで剥げていた頭もやっと毛が生えてきました。

fujichan

モイケル娘のメッセージには、

―親切な動物病院が引き取ってくれ、『不治の病から立ち直ったから、フジちゃん』と名付けられました。
体重はみるみる増え、足の突っぱりも完全回復。なんとか姿勢を保てるようになりましたが、後ろ足は依然として動かず。人馴れしておらず、いつも鋭い目か怯えた目のフジちゃん。思う所は色々あるけど、がんばってほしいー
   

と、あります。

保護した頃に比べると、状態はとてもよくなったように思います。ただ、未だにエサを差知れても人が見ている前では食べず、トイレの後は風呂に入れるので、ケージを開ける毎に、それかと思うのか、シャッシャッと怒るのだそうです。

生まれつきのノラネコ生活をしてきたのか、あるいはよほど人間に酷い目にあわされたのか。四肢、健康の完全回復までにはまだまだ時間を要すると思いますが、フジちゃん、元気になってね。そして、引き受けてくださった獣医さん、本当にありがとうございます。

実は、わたしは密かに考えていたことがあったのです。
モイケル娘は婚約者もいることですし、狭いアパートで、これ以上、飼い猫を増やすわけには行かないのを承知していますから、乗りかかった船、もし回復して里親を探せど、どうしても見つからない、ということであれば、夫は「何をバカな! これ以上どうするのだ!」と言われるのを承知で、ポルトで引き取るには、どういう手続きがいるだろうかと、調べていたのでした。

意思あるところに道は拓ける。なんとかしたいという強い願望のもと、ひとつひとつに懸命に取り掛かっていると、手助けしてくれる人も現れるのだと、おめでたい母子は、件の獣医さんに感謝感激している次第です。
わたしたちのためでなく、本来はネコちゃんのために、です。

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2016年7月6日 

一ヶ月になろうとしている。 千葉に住む我がモイケル娘が、道端に倒れている瀕死の猫を見捨てることができず、獣医に運び、家に連れ帰ってから。

モイケル娘とは週に2、3度スカイプを通じて話しているのが、その話を聞いて正直なところ、「アチャー、またか」と思ってしまった。何しろ、もちろんペット可のアパートではあるが、娘にはすでに3匹も愛猫がいるところに、である。(5匹ではありません、それはポルトの我が家のことで^^;)

これが、ある意味、自ら厄介を背負うことにあるのでありまして。ま、そういうことに出くわしたら、わたしも同じことをしたであろうから、「放っておけばよかったのに」とは、とても言えないところである。

獣医によると、このネコちゃん、推定年齢4、5歳、他の病気もあるだろうが、脱水状態、餓死寸前だったとのことだ。ガリガリにやせ細り、四肢を動かすこともできず、横になったままなのだそうな。なんとかエサをあげようとすると、「シャッ、シャッ!」と威嚇だけは根性出してするようで、このことからしてノラ猫ちゃんであろうと判断。

しかし、まだ入浴させるわけには行かず、ポルトのように何部屋かあるわけじゃなし、先住猫にノミ、ダニがうつらないように、しばらくは隔離する必要がある。が、2部屋しかない、同居者がいるアパートである。3週間ほど、ケージに入れてベランダに置くことになったのだが・・・・

保護したい気持ちは分かりすぎるくらい分かるものの、手足がまったく動かない状態なので、世話がいる。
が、本人は日中仕事で家を空けるのである。更に、しょっちゅう残業があり、帰宅時間も遅くなったりする。その点が気になる上に、もうひとつ、6月も半ばを過ぎると暑くなり、ベランダに置くのは、例え日陰を作ってあげたとしても、病気の猫にとっては、それも命取りになったりするのである。

帰宅して、自分の3匹猫の面倒を見、ノラ猫ちゃんを獣医まで点滴に連れて行き、云々の環境では猫ちゃんの回復も娘の生活もしんどいものになろう。そこで、お金はかかるが入院させる方を勧めてみた。その方が猫にとっても娘にとってもいいはずだ。

ボランティアや動物愛護協会など、あちこちにあたってみたが、健常体の猫ならいざ知らず、この手のノラ猫には、どこも手を貸してはくれないようだ。挙句にひどい人となると、「一度拾ったんだから、最後まで面倒をみるべき。それができないなら、最初から拾うな」なんてことをのたまうのもいたりするらしいので、わたしもそんな話を読んだり聞いたりすると、怒り顔になり、
「そんなら、ボランティア、愛護協会などの名前を返上してくれぃ。自分の環境では非常に難しいと知っていながら、何とか助けたいという気持ちが、ノラ猫ちゃんを拾うのだよ。アメリカの動物愛護協会のボランティアたちを見よ、ポルトガルのボランティアもすごいぞ。」
と、ついつい悪たれ口を叩きたくなるのである。

となると、自分がするしかない。結果が目に見えているから、保健所へは連れて行かない。紙おむつや、シートを用意して世話をしていたモイケル娘だったが、「これは回復するかどうか分からないよ。するとしても何ヶ月もかかる」との獣医の診断で、一週間ほど前に、とうとうノラ猫ちゃんを入院させた。「おっかさんからのお祝い金が、飛んでいくかも・・・」と言いながら。

実は娘がノラ猫ちゃんを連れて行った獣医さん、年配でクリニックそのものはパッとしないらしいのだが、「入院費はいらない。治療費と食費だけでいい。」と言ってくれたそうな。
貧乏娘がなんとか助けたいとの必死な姿に、同情してくれたのだろうか。こんな同情なら、何はともあれ、猫ちゃんのためになるのだから、いくらでも欲しいところで、本当にあり難い。

アメリカやポルトガルの動物保護ボランティアは、獣医と連携しているので、それがかなりのサポートになっており、ひいてはノラ猫、ノラ犬たちの救助につながっているのだが、日本の現状はどうなのだろうか。

下はモイケル娘が保護したノラちゃん。保護して一週間、やっと前足だけ少し動かせるようになったころ。

norachan1-2.jpg
がんばって元気になるんだよ。

というので、今日のエントリー「子猫を抱いて Pt.2」とあるからには、Pt.1があるのであって。以下、その過去記事です。


小猫を抱いてPt.1

この春先の帰国時に(2007年5月)、東京から下関へ引っ越したモイケル娘のアパートを訪ねた二日目のことです。

まだ時差ボケが残っていたのと、新幹線と言えども東京から下関までの長旅で疲れていたのがあって、娘の携帯電話が鳴るまで、二人ともぐっすり寝入っていました。見ると朝9時をすっかり回っていました。

携帯電話で話していたモイケル、「はい、じゃ、すぐ行きます。」と切るではないか。
「どこから?」とわたし。
「保健所から。小猫ちゃんが入ったんだって。10時まで行かないとすぐ処分されるって」

そう言うなり顔も洗わずジーンズに足を突っ込み、セーターをひっかけ、小猫を入れる布袋を引っさげて自転車で保健所を目指し慌てて出て行きました。なんだか胸騒ぎがするおっかさん・・・

彼女のブログでは、捨て猫ちゃんがいないかと探して神社まで行ったら、猫はおらず、代わりに神社にはたくさんの雄鶏が捨てられてた、と書いてあったの思い出し、前日の久しぶりの親子の話題でも、ネットで里親を探している
人にも連絡をとったことがある、保健所にも出向いたけど、その時にはネコはいなかったと話していたモイケル娘です。 あぁぁ、とうとうネコちゃんを・・・と気をもみながら帰ってくるのを待っていました。

そして、ただいまとドアが開き、見ると、なんとまぁ~~、彼女の抱いてる布袋の中身、ひゃ~~~!か、かわゆい小猫が二匹も!

tamemikan2007_1.jpg
連れてきたばかりの二匹。

おい!ど、どないするのよ、二匹も^^;聞くと、
「おっかさん、二匹も持ってくるとは自分でも思ってみなかった。けど、保健所に着いてみると三匹いたんだ・・・・それで、一匹だけ選ぶのはとてもできなくて、結局自分ができる範囲内の二匹を連れてきた。わたしの後に男性が一人いたから、もしかしてその人が残りの一匹をもらってくれるかもしれないと期待して・・・」

モイケルよ、よくぞやった!とこれがポルトなら誉めてつかわす。けど、大丈夫? えさ代もかかるし、予防接種とか、トイレの砂とか色々物要りになるのだよ?少ない仕送りからそれを捻出しなければならないのだぞ・・・

あ!そういえば、アパートに入った時にすぐ目についた、床から6、70cmの部屋中の壁、水色のナイロンシートで覆われていたのでしたっけ・・・あれはネコの爪とぎ防御の準備か~~~!

呆れながらも今更返して来いとも言えず・・・見ると、おいおいモイちゃん、こりゃツガイではないか^^;知らんぞぉ~~!

しかし、小猫を抱いてしまったが最後、おっかさんももうダメです^^;可愛いったらないのです。

保健所では一ヶ月未満の小猫は、まだ母ネコの乳で育てるのだ持って行ってはいけないのだそうですが、その二匹はどう見ても一ヶ月はたっていない、目がろくに開いていないからです。

下関に着いて二日目は、モイケル娘のアパート整理云々より、まず小猫の粉ミルクと毛布を探して走ること始まったのでした。

neko
   
さて、元来が動物好きなわたし、モイケル娘と同じことに遭遇したら二匹どころか、おそらく後先も考えずに三匹とも連れてきたことでしょう。そうやって、結果的には、一時の感情で行動を起こし自分を後で窮地に追い込むようなことになるのですが、ことネコに関してはいくつになっても冷静に見る大人になりきれないところがあります。

そのDNAをしっかり受け継いでいると思われるモイケル娘とおっかさん、子猫用の高い粉ミルクを買い、まだ自分で器から飲むことも知らない小猫たちに、人間の赤ちゃん用の哺乳瓶で3時間置きに授乳する羽目になったのでありました。

これがなかなか大変な作業でした^^;小猫たちが哺乳瓶の乳首を受け入れようとしないのです。下関の娘のアパートに滞在した10日間は、こんなこともずっとし続けていたのでした。

わたしが下関を去るころには「みかんちゃん」「ためごろー」とようやく名前も付けられ、

neko

2007mikan_1.jpg
こんなあどけない顔をどうして無視できましょう。

今では元気いっぱいにアパートを走り回り、こんな風になりました。

2007tame-1.jpg
タメことタメゴロー

neko
手前がみかんちゃん、ひっついているのが後の養子のチビ。(2011年)


neko
タメの現在。だらけすぎだ・・・・

今日はひたすらネコの話でございました。 ではまた!
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