2006年7月31日

ここ数日とりあげたいと思いながら、家の整理に追われ疲労感に埋没状態。
日記も二日間を空けてしまい、とうとうとりあげられなかったトピックが
2、3、あります。
徐々に整理して(家の整理ではない。己の頭です。笑)自分の思う所を綴って
見るつもりですが、そのひとつが、つい先だって29日にWeb新聞で読んだ
「国民幸福度」の記事です。

こういうのは、余りにも基準が曖昧すぎて、わたしはあまり興味をもたちませんし、
信用しないのですが、それでも178カ国が調査対象になった中で、日本が90位
と言うのに、目を惹かれました。

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2006年7月30日

トラネコヤマト

★写真は我が家のチビことトラネコヤマト(笑)

日本では年末が大掃除の時期ですが、わたしは夏休みがその時期になります。

子供達が帰って来ると、恐らくこれまでのように家の中をひっくり返して、
あれこれ眺めながらのんびりと整理してる暇がないと思い、ここ数日それを
していました。
息子の部屋も娘の部屋も、OK^^

手間がかかるところは一通り整理が終わり、ドカドカとゴミも出しました。
もしかしたらいつか必要になるかも知れないと思い、取ってきたものも
思い切って処理です。

日曜日の今日は、ここ2、3年、解凍してこなかったでかい冷凍庫も手を
つけたのですが、これが氷がかっちんかっちんで溶けるのに丸一日かかりました。
冷凍庫の中に貯め込んでいた日本からの乾物も古いものは思い切って処分。
こういうものは、なかなか捨てられなかったのです^^;

あと残るは、靴の処分です。
これも思い切らないと、ますます「イメルダ夫人」のニックネームが固定して
しまいますからね(笑)

肩は凝り手がボロボロです。
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2006年7月27日
路地の教会
★ポルトを歩き回って出会った路地の変わった教会。中央におわしますのがマリア像。

午後、外出先から帰って車を駐車して降りると、向こうからやって来た
ジョアキンおじさんに声をかけられました。

「来週娘が日本から帰ってくるだって?よかったなぁ。嬉しいだろう。」と、
自分のコラソン(胸、心)を指して、自分のことのように喜んで^^
「はい、ありがとうございます。」と言ってお辞儀して別れた後、ふと思った。

ジョアキンおじさんに、もいける娘の帰郷のことをわたしは話していないぞ・・・
亭主が毎土日、新聞とパンを買いがてら、少しカフェで時間を過ごすらしいのだが、
彼はそういう類の話は人にしないタイプ。

すると、すると・・・お掃除のおばさんのドナ・ベルミーラのお喋りでしょう(笑)
息子の卒業もきっと広まっていることでしょう^^
ポルトに住んで以来2度引っ越しましたが、どれも同じ通りに27年。
案外ご近所は、我が家の多くのことを知っているかもしれません^^;

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2006年7月26日

早期に子供の日本語教育に取り組んだのは、正解だったと思います。
        
海外にいる子供達は、どうしても母親と過ごす時間が多いわけですから、
幼児期から母親が意識的に日本語で話しかけることによって、子供の「
日本語の畑」は耕されていくのではないでしょうか。

「母国語」とはよく言ったもので、幼児期に母親を通して耳にする言語の影響は大変大きいと思います。

これまでのわたしの知っているケースをあげますと、父親が日本人で母親が
外国籍の夫婦の場合、子供が就学年齢に達して日本人学校、もしくは日本語補習校に
入学して来ても、学習上困難が見られ、多くは途中で国語の授業について行くことが
できなくなり、去っていきます。

また、こういうケースもあります。
母親が日本人であっても、現地の言葉を家庭語としている場合、「国語」を
理解していくのは、就学年齢に達してからでは、非常に難しく子供に大きな負担を
強いることになります。
なぜなら、例えば補習校の場合、外国語を習うような一週間に一度の
「楽しいお授業」
では終わらず、必ずや宿題が出され、テストなども行われるからです。

               
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2006年7月25日

Rua das floresの古本屋
 ★旧市街のRua das Flores(花通り)で見つけた古本屋のショウウインドウ。

夕べ台所に立って夕食を作っていたら、電話。息子からです。
「携帯の金、ほとんど入ってないから、そっちから電話して!ピッ!」
家電話も
なぜか壊れて繋がらないという。
なんちゅう生活をしてるのよ、と思いながら、こちらからかけ直しました。

今週中に最後の試験の結果が出ることになっている。
パスしなかった場合は、9月に再試験があるのだが、その申し込みが昨日の月曜日まで。
それなのに、まだ結果が発表されないのはいったいどういうシステムなのよ@@
息子は、多分大丈夫だと思う、とは言うものの、そんなことはふたを開けて
見ないことにはわかりません。
朝、メッセでおはようの挨拶代わりに「大学へ行って再試験の申し込み、
念のためしとけよ~」
と言っておいたのでした。

電話で息子、「さっき試験の結果が出た。2点・・・」(←20点満点の)
思わず受話器を落っことしそうになり、大声で「に、2点!!」
頭上をゴ~~~ンと大きな鐘が鳴ります、ゴンゴンゴン。
「・・・・・・・・・・・」口をついて出る言葉もなく無言の母。

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2006年7月24日
 
ポルトの海の近く、Fozにある英国系の幼稚園Karen´s Kindergartenは、12時半
まででしたから、息子が帰宅してからも母子で過ごせる時間がたっぷりありました。

この当時わたし達は、夫の家族と同居していましたから、幼稚園では英語で、
家庭語はおばあちゃんや近所の子供達とはポルトガル語、わたしとは日本語、
と言う具合でした。

英語の語彙は当然まだまだ少ないのですが、人見知りしない積極的な性格だった
息子は、わたしと例の英語の絵本を繰り返し読みながら、幼稚園でカレン先生や
イギリス人の子供達から耳にする言葉をどんどん吸収していきました。

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2006年7月24日

土曜日は昼食のご招待で、ポルトから20分ほど車で行ったところにある海辺の町、
Mindelo(ミンデーロ)へ行ってきました。

招待していただいた若いご夫妻は、奥さんが日本の方、ご主人がポルトガルの方。
男の子がわたしの職場の学校に通っています。
「お寿司、お好きですか?」で始まった電話、ホイホイと気軽に受けて
行き
ましたら、あらま、他に二組のポルトガル人のご夫婦、それにイタリア人の
ご夫婦と、総勢10人ほど。

手巻き寿司でしたが、メインの魚は鮭とスズキ。
新鮮でとても美味しかったです。
以外と食べ物に臆病なわたしは、自分の家では鮮魚は料理につかいません。
若いときは、イカを除いては、刺身は苦手な食べ物でした。
今でも、一番美味しいと言われる「トロ」は、どうもダメです。
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2006年7月21日

サンタ・カタリナ通り
★写真はポルトダウンタウンにある歩行者天国、サンタ・カタリーナ通り

あの猛暑が嘘のような、ポルトの昨日今日の気候です。
が、何を食べたわけでもないのに、胃がすぐれません。
どうやら、暑さで少し体調を崩した感じでしょうか。

へたに亭主に「胃の調子が悪い」などと言おうものなら、「近々、検査してあげる」
と来るので口をつぐんでます^^;

さて、ついこの間、HPやブログで募ったもいけるの拾った子猫ですが、
昨日無事名古屋の近くにお住まいの里親さんの所へ届けられそうです。
詳しいことはいずれ、エッセイに書く予定ですが、この里親さんとは、誰あろう、
我がHPの掲示板に時々「チャウ!」と結びの言葉でカキコミをしていく、
「すぎさん」なのであります^^

海の近くの山口地方から大都会の東京練馬へ、そして、再び海の側にある
すぎさんのお宅へと、わずか4ヶ月の子ネコ「チャコ」は、日本を半縦断。
きっと生まれた町の海の匂いを覚えていて、再び潮の匂いのするところにもらわれ、
安心していることでしょう。
なんだか、わたしは絵本ができそうな気がします^^

わたしももいける娘も、安心しました。
押し付けたみたいでごめんなさい。でも、本当にありがとうございました。
この場を借りて、もう一度心からお礼申し上げます。

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2006年7月19日

今日は少し話題を変えまして、当時の自分の日常生活を。
        
こういう形でポルトガルで我が子に日本語英語学習の手助けをすることになろうとは
思わなかったのですが、これも、退屈と言えるほどの十分すぎる時間があった
からなのです。

退屈ついでに、わたしはもうひとつ、日本では一度もしたことのないものに、
手を出して見ました。編み物」がそれです。

夫の姉もそうですが、ポルトガルの女性は、当時はよく編み物をしていました。
その姿は、バスの中、診療所の待合室、役所の仕事の合間、客の少ない店の店子と、
いたるところで毛糸やレース糸を肩に渡して、せっせせっせと編んでいるのが
見かけられたものです。

息子が生まれると分かって、義姉が用意してくれた赤ちゃん用の服は、
それはそれはちっちゃくて可愛いものでした。
         子供達ののセーター1
子供達のセーター2

写真は生まれて間もない頃のジュアン・ボーイ。
こちらでは産着などはなく、もういっちょ前に洋服を着せてました。
上着から靴下まで、全部手編みです。
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2006年7月17日

しばらく前から日本語教室の生徒の一人と一緒に芥川龍之介の「蜘蛛の糸」
を朗読している。

生涯でたった一度だけ、道端の蜘蛛を踏みつけ
ようとした殺生を思いとどまった極悪人「カンダタ」が、地獄で苦しみあえ
いでいる。それを見たお釈迦様が、蜘蛛を助けたことをふと思い出し、地獄
から引き上げようと、一筋の蜘蛛の糸を極楽からカンダタの前に垂らす。

カンダタは、その蜘蛛の糸にすがって血の池を這い上がり、上へ上へと上っ
て行く。つと、下を見下ろすと、自分の後に大勢の極悪人どもが必死に蜘蛛
糸をつたって大勢が地獄から上ってくるのが見える。

カンダタはこれを見て、己一人でも切れてしまいそうな細い蜘蛛の糸、なん
とかしないことには、自分もろとも糸は切れて、再び地獄へ舞い戻ってしま
おう、
       
思わず「この蜘蛛の糸は俺のものだ、お前たち、下りろ下りろ。」
と、喚いた瞬間、蜘蛛の糸はカンダタの上からプツリと切れて、まっ逆さま、
もろともに地獄へと落ちて行く。
       
お釈迦様のせっかくの慈悲も、自分だけ助かろうとするカンダタの浅ましさ
に、愛想をつかしたわけである。


仏教で言う「地獄」を英語で「hell」と訳してしまうのは、少し違うよう
に思う。生徒と読みながら、わたしは子供の頃の「地獄」への恐怖を思い
出していた。

夏の風物詩は、この時期では日本のどこでも催されるであろう、宵の宮祭だ。
故郷弘前では宵宮、「ヨミヤ」と呼んだ。
子供の頃は、暑かったら裏の畑の向こうにある浅い小川で泳いだ。少し歩い
たところが丁度寺町の裏手に当たり、夕暮れ時には肝試しと言って2人くら
いずつ、墓所まで行って帰ってくるのも涼しくなる遊びのひとつだった。
夕食を終えた後は、たんぼを渡り小川のあたりで、

「ほ、ほ、ほーたる来い、あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」 
と歌いながらする、いにしえの優雅な遊びも知っていた。
  
子供なりの智恵を使って、自然の中で遊びを見つけていたが、夏のヨミヤは
それとは別に、大人びた世界を垣間見るような興奮を感じたものである。

夏の日は長く、ヨミヤのある日は外がまだ明るいうちから、遠くに祭囃子が
聞こえた。
子供が夜出歩くなどしない時代だったが、この日は別である。
祖母や母と一緒に行った記憶はない。
祖母は、桜まつりには蕎麦の屋台を引いたり、夏には氷水を売ったりしてい
たから、恐らく家族はそれぞれ、ヨミヤでの出店に追われていたのであろう。
       
二つ下の妹とユカタに赤い三尺を締めて、既に日が落ちて暗くなった新町の
道を妹と手をつないで誓願寺の夜宮へよく行った。
すると、薄暗闇の向こうから、わたし達を呼び寄せるかのように、
「♪か~すりの女とせ~びろの男~♪」
と、三橋美智也が聞こえてくるのである。
       
田舎の夏休み中のおやつといえば、裏の畑からもぎとったキューリを縦半
分に切り、真ん中を溝を作るようにくりぬいて、そこにすこし味噌を入れ
たのや、塩だけをつけたおにぎりである。
おやつ代などもらえることはなかったが、夜宮の日にはわずかばかりだが、
出店があるのでもらえるのだ。

金魚すくい、輪投げ、水ヨーヨー、線香花火、水あめ、かき氷。これら全部
は回れないが、わたしたちが特に好きだったものに「はっかパイプ」があった。
屋台にぶらさがっている動物や人の顔など、いろいろな作りのはっかパイプ
の中から好きなものを選び、首からぶら下げてはっかをスースー吸うのだ。

しかし、その出店が並ぶところへ行くまでに、どうしても避けて通ることが
できない、寺門をくぐってすぐ左の格子戸がある一隅があった。
そこには、閻魔(えんま)大王と閻魔ばさま(ばさま=おばあさん)がどっ
しりと腰を据え、通る人々を見据えているのである。
       
閻魔大王はまだしも、クワッと赤い口を開き、着物を片肌脱ぎ、立膝でこち
らを睨む閻魔ばさまの像には、恐ろしいものがあった。
怖い怖いと思いながらも、ついつい見てしまい、閻魔ばさまと目が合っては、
ブルッと体が振るえ、下を見ながらそそくさとそこを去るのである。
       
註:閻魔ばさま=奪衣婆(だつえば)
  三途の川のほとりで、亡者の衣服を奪い取るといわれる。
  奪い取られた衣服は、そこにある衣領樹(えりょうじゅ)と言う
  木の枝に引っ掛けられ、その枝の垂れ下がり具合で生前に
  犯した罪の重さがわかると言われる。

ここにはもうひとつ、目が行ってしまうものがあった。
地獄絵図である。恐らくこの時期に寺のお蔵から出されて衆人に見せられる
のであろう。
       
「嘘をついたら舌を抜かれる」「悪事をなせば針の山、血の海が三途の川の
向こうで待ち構えている」
阿鼻叫喚の地獄絵巻は幼いわたしにとって、何よりの無言の教えであった。
       
古今東西の宗教が多かれ少なかれ、わたしたちにある程度の怖さをもって
説教しているのは、人間は、こうしてはいけないと分かっていながら、つい
悪行に走ってしまう、なかなかに食えないものだと分かっているからだろう。

嘘をついたことがないとは決して言えないが、人様に迷惑をかけながらも、
あまり意地悪い気持を持たずして、(意地悪いのは大きな悪のひとつだと
わたしは思うから)、今日まで自分が生きて来れたのは、どこかに幼い頃に
見聞きした地獄絵図が刷り込まれているからかも知れない。

知識を振りかざし、堂々たる自信を持って生きている現代人は、もしかした
ら、いざと言うときに、随分危ういものを抱えているのではないだろうか。
久しく、「蜘蛛の糸」を読んで思ったことである。

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2006年7月15日
薬局rua das flores
★写真は昨日の青タイルの家の隣にあるポルトの美しい薬局。拡大してご覧ください。

今朝、ハッと目が覚め、無意識にベッドサイドテーブルに乗せてある、平べったい
デジタル時計を手にすると、お~っといけない、もう7時半ではないの。

今日は出掛けに、国際電話で連絡を取りたいところがあり、パッと起きて、さっさと
洗顔、着替えて、どれどれ猫に朝ごはん、と思い台所に行きました。
いつもの癖で、ふと台所の時計を見上げると、「ぬぬ?7時前?」
時計、電池でもなくなったかと思い、リビングの時計で時刻を確認しに行ったら、
「あれま。ここも7時前?」

パソコンで時刻の確認です。やはり、7時前であります・・・
と言うことは、いつもより1時間早く間違って起きてしまったのでありました。
この暑さです、ぼけ~~っとしても無理からぬ。

電話連絡が終わって後も、職場に出かけるには時間がたっぷり。
家からバケツとモップを持ち出して、車を洗いましたw

それにしても、今日も今朝から暑かったこと!34度は越したでしょう。
教室で子供達「暑い暑い」の連発です。
「先生、勉強したくな~い」
「そかそか。じゃ、何もしなくていいから、黙って座っておりなさい^^」
「鬼~」

ぶぶ^^ 暑いからといって、勉強したくないからと言って、この酷暑の中、
何もしないで座っていることほど、苦しいことはあるまい(笑)
こんな具合で、各学期ごと親御さんの手元に渡ることになっている「あゆみ」、
(昔で言う通信簿です)わたしは毎回、子供達を一人一人呼んで、学期のまとめと
感想を話し合い、あゆみに書かれてある中身を確かめるのが慣わしですが、
今日もそうやって手渡して来ました。

ハレル~ヤ!夏休みです!
もいける娘帰国まで、後2週間!胃痛のタネだった猫ちゃんの里親さんも、
なんとか見つかりました! 
この話は、もう少し落ち着いてから、書いてみたいと思っております。

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2006年7月14日
青タイルをあしらった家
★ポルトの旧市街にある青タイルをあしらった古い家。拡大してご覧ください

「帰国子女物語・受験編」を掲載している間に、同時に書き始めた「日本語編」がいつの間にかストップしてしまいました。
本日より再開します。

これまでの7話をお読みになりたい方は、左カテゴリ「帰国子女・日本語編」をクリックなさるか spacesisのホームページ サイトでご覧になれます。
カードなどは、そちらでの方がよりわかりやすい図を載せています。
それでは、第8話です。

 
ひらがなを初めて学ぶとき、「あいうえお」と始める人は多いのではないでしょうか。
「アリのあ」「イヌにい」と言うように。

わたしが子供達に取った方法は少し違います。
ローマ字でもそうなのですが、A,B,C,Dというのは、文字自体が意味を
持ちません。
これでは、子供に求められたときに説明に困ります。
わたしの場合は、このように、ひらがなの読みを始めました。

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2006年7月12日

この間から、日本へ国際電話をかけまわっています。

「ねぇねぇ、ネコちゃんいらない?」
「ねこちゃんて、あんた、ポルトガルから送るんかい。笑」
「い、いや・・・。オバカ娘が拾ってしまったのよ・・・」
「なに?!九州で拾って東京まで連れてったぁ?」
「う、うん・・・・」
「この親にしてこの子あり、とはあんたら親子のためにあるような言葉やなぁ。
 あっはははは」
「で、どう?」
「いらんわぁ」
・・・・・・・・・・・・・

こういうパターンを繰り返しております。
アパートはネット禁止、いや、ペット禁止です。最初からそれを知っていながら
拾ってしまうとは、おめでたいトホホものですが、拾ってしまったものは
仕方がありません。
元の場所に置いてあんたも捨てて来なさい、とは言えないのであります^^;

それで、この日記とブログにてもう一度。

        

        わたしをもらってください
 chako1

chako2


生後3、4ヶ月だそうです。東京から、もいける娘がお届けにあがります。
お届け範囲は、関東、大阪、福岡方面。
「遊び盛りの、とても人懐こくて可愛い女のネコちゃんです。
ワクチンはもちろん、避妊手術を希望する場合はこちらで負担します。」
と、もいける娘が言っております。

里親になってくださる方には、ポルトワイン、もしくはポルトガルの工芸品を
お送りいたします
。」
と、母親が言っております(笑)


引き受けますよ、とおっしゃる方、また、そういう先をご紹介いただける方、
是非ご連絡ください。お待ちしております。

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2006年7月10日

近頃は月曜日の午後に日本語レッスンを入れてくる生徒がいて、ここしばらく
月曜日午前中の散策を控えていました。

が、今日は思い切って、久しぶりにデジカメを携えて街を歩いて来ました。
目的は、旧市街の一隅にある、イタリア人建築家ニコラウ・ナゾニの代表作で、
かつ、ガイアから見るリベイラの景色で突出して見える、ポルトの象徴
「クレリゴス塔」です。  

これの写真が、どうもなかなか上手く撮れない。
今日も帰宅してパソコンで画像を見て見ましたが、ダメでした。
きれいに写らないのです。
デジカメもわたしの写真の腕もたいしたものではないので、当たりまえでしょう
が、他の写真のように行かないのです。

思ったのですが、これは日の加減かもしれません。
今まで撮ったのは、全部午前中です。
間もなく夏休みに入ることですし、一度午後に出かけてみようと思います。
と言うのは、秋にはナゾニ追っかけをまた始めたいと考えているからです。

1年ほど前から、ポルトに隣接する市Matosinhosのかかりつけの
歯医者へ行く途中にある崩れかけた家がどうも気になっていた。
それは、車の往来が激しい環状道路に面しており、窓ガラス割れてずず黒く
なっている。
後ろにはかなり広い敷地があり家同様荒れているようだ。
人が住んでいる気配は当然ない。

亭主と2人、車で通りかかった時、「ほら、あれよあれ。あのスタイル、ナゾニの
スタイルに似てるわ」と指差しても、亭主は「知らんなぁ。聞いたことないぞ」
それで、つい先週、歯医者の帰りに車を止めて、よく寄り道する花屋のおばさんに
聞いてみました。

おばさん、「どの家なの?」と親切にも一緒に現場まで歩いてくれました。
「ああ、この家は古いよ。敷地の一部が農業試験場になっている」
おばさんが知っていたのはそれだけだ。
建築したのはナゾニではないかと、聞いてみたのですが、ナゾニの名すら
存じないようでした^^;

ここ数日で、さんざん調べたところ、やはりわたしの思った通りナゾニの作品です。

ナゾニdo viso


まだ、詳しい資料は出てきていませんが、こういう遺産が、周りの人も知らない
ところでなんとか息づいているのを発見するのには、心が躍ります。

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2006年月9日
クルルとチビ
★クルルとチビが見る夢は?

ワールドカップの熱に浮かされて、世間のニュースが何も目に入らなかった
わけではない。

北朝鮮の日本に向けた7発ものミサイル発射には驚愕しました。
今回のミサイル発射を受けて、北朝鮮内で何か起きているとの様々な憶測と
噂がネット内でも飛び交っていますが、市井の一民の凡庸なわたしには、
詳しいことはよく分かりません。
よく分からないなりに、わたしはこれは非常に大事なことだと思い、自分なりに
考えて見ようと試みました。

ポルトガルに住む日本から来た多くの人たちが、この国はいい加減だ、何事も
きちんとしない、と批判がましく言うのをしょっちゅう耳にするのですが、
わたしはふと思います。
みんなではないが一般的に見れば、そういう人が多いかもしれない。
しかしですよ、それでは、我が祖国日本はポルトガルと比べて本当の大事な時に、
確かにいい加減ではないのか。
隣国からミサイルが飛んできたり侵入されたりした場合の対処はちゃんと
できているのか。

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2006年7月7日
w杯・リカルド2
★写真は新聞トップページを飾ったポルトガルキーナスチームGKリカルド

他国同士の試合(ドイツーイタリア)は冷静に、時にはアハハハと笑って観て
いられるのに、ことポルトガルのキーナスチームとなると、ほぼ2時間の中継を見た
後は、肩も凝り、今更ながら、まったくドッと疲れてしまうことに気がつきました。

これが応援と言うことなのか、はたまた、歳に似合わぬエネルギーを燃やす
ことの応報なのか(^^;)

ドイツーイタリア戦は面白かったですね。
イタリア、ギリギリのゴールが1点入ったことろで、
「オイオイ、ドイツ気をつけろよ~」と言ってた瞬間、土壇場で更に2点とは、
これまたいかに!

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W杯小話(1)

今日はポルトガル時間夕方8時から、対フランス準決勝戦です。

いつもですと、水曜日は夕方7時半から8時45分まで、日本語のグループレッスンがあります。
う~~ん、これじゃ前半戦見られないではないの・・・
こりゃいかん。
亭主も今日はきっと早めに帰宅するでしょう。
こういう日は患者さん自身も試合を見たいので、キャンセルしてくるのです(笑)
まったくなんちゅうお国柄でしょうか(笑)

思い切って生徒に昨日電話しました。
「明日は、8時から対フランス準決勝戦があるから、クラスは休みです。
連絡流してください。」
受け取った生徒、「あははは。先生、もうすっかりポルトガル人ですね」^^;
放っとけ~。

応援する気、満々です。
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2006年7月4日

ネット仲間のかんちがいさんの旦那様が、テレビ出演なさるそうです!
「太○光の 私が総理大臣になったら」のお笑い番組だと、かんちがいさんは
言ってます(笑)
いえいえ、旦那様は吉本出身なんかではございません。
れっきとした大学関係のネタ専門家の方だそうです。

わたし自身はポルトガル在住ですから、日本のテレビ番組に疎く、それがどんな
手の番組なのか分かりませんが、かんちがいさんのブログを読みますと、
なんだかとても面白そうな、しかも、思い切りゴールデンなのだそうです^^
放映は
来週金曜日(14日)日テレ・夜8時!
わたしは観ることができないので、とても残念です。が、みなさんは、どうぞ!
応援してください。
詳しい情報は、こちらまで → ミセス・かんちがいのブログ日記

さて、もうひとつ、今度はわたしの方で、3回目のラジオ出演です(笑)
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2006年7月3日

5月のゴールデンウィークに、山口、福岡を旅行した我が「もいける娘」、実は
とんでもない拾い物をしてきたのでした^^;

こともあろうに、捨て猫ちゃんであります・・・

2年前に日本に帰国して、アパートを見つけ娘を入居させ、一人住まいを始めるに
あたって、わたしが残してきた戒めがあります。
「いかな猫好きでも、けして拾うなや」、これでありました。

あの時も、通りの家の塀伝いに歩いていた目の悪い猫を見つけ、「連れて帰って、
どこかもらってくれるところを探そうよ。動物愛護協会へ連れていきたい」などど
言って、わたしを困惑させたのです。

わたしも犬や猫が大好きです。
そうやってポルトガルでわたしたちが拾って来た犬は3匹、猫はといえば、
もう数え切れません^^;日本にいても、娘がそうなることは目に見えていました
から、ゆえに「くれぐれも拾うなや」と戒めて帰ってきたのですが。

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2006年7月2日
bugenbiria

★今年も咲いたベランダのブーゲンビリア

ポルトガルに定住してから、わたしは3度住所を変えた。

最初の6年間は、夫の母やその叔母達との同居。
息子はここで小学校まで育った。 

もいける娘が生まれることになり、同じ通りの同じ側、20メートルばかり離れた、
まさにスープの冷めない距離にある、築70年ばかりにもなろうかと思われる
3階建ての小さな庭付きの借家に移ったのが二度目の住所。
この通りは緩いカーブがかかっており、義母の家のベランダと玄関がその借家から
見えるのであった。

三度目の住所が、現在住んでいる4階建てのフラットで、これがどうやら我が
終の棲家になるようだ。
もう10年来寝たきりの義母の家から、遠く離れるのは何かと不便があるのと、
長年この通りに住んでいる日本人なので、こちらは知らなくとも周りは皆わたしを
知っている。いざと言う時には、言葉の問題で困るかも知れないわたしにとって、
これは安心感がある。
と言うことで、結局我が終の棲家もほとんど同じ通り、という事になってしまった。

昨日、土曜日の午後、義母の家に住む独身の義兄が、わたし宛のものだ、と
言って一通の手紙を持ってきた。
見ると、義母の住所のわたし宛になっている。
つまり、これは20年前のわたしの住所なのである。

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2006年7月1日
cachacol


亭主が今朝早くからリスボンへ出かけましたので、いつもですと、金曜日に開ける
チャットルーム、「カフェ・バグダッド」を土曜日の今日、珍しく開けて、集まった
仲間と、W杯ポルトガル対イギリス戦をおしゃべりしながら観戦しました。
ゲルセンキルヘンでの今日の試合、手に汗握りました。
前半後半無得点!延長戦になったものの、イギリスのガードが堅く、シュートは
放つものの、結局120分両チームとも無得点。
途中キャプテンのベッカム、そしてフィーゴの交代が入り、試合はPK戦になだれ
込みましたが、ポルトガル、ついにベッカムさまのイギリスチームを破りました。
1966年のW杯3位以来、40年ぶりの4強入りです。

ゴールキーパーのリカルド、彼がイギリスの放つシュートを何度も食い止めた
のには、ただただ素晴らしい勘!
その度に、階下階上の住人達はテーブルをドンドンドンドンドー(笑)
いつの間にかわたしもそのジェスチャーに合流していました^^;

21歳のロナウド、口をとんがらかしてシュートに集中するジェスチャー、
いいですね^^気合がこもってます。

国中、歓声と笛、太鼓、国旗、応援の首巻cachecolが舞い上がり、40年ぶりの
準決勝進出で、ポルトガル国民のこの喜びようったら、ありません^^
たった今、準決勝は7月5日、対フランス戦と決まりました。

Força, Quinas!
(フォールサ・キーナス!=行け、キーナス軍団!)
                 ↓いわれはこちらに。        
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2006年6月30日

金曜日の午前は、一週間の食料、その他の買出し日です。
運動会、サン・ジュアン祭と2週授業無しでしたから、明日の授業はちょっと
きつい進度です。準備にも時間がかかるので、今朝はサッサと雑事をこなし、
買出しも少し早めにでました。

今日は亭主の誕生日ですから、晩御飯も少しだけ豪華に^^、こ1時間もプレゼントを
探し回ったものの、贈りたい物は見つからず。
結局、自分用に黒のTシャツを買ってしまったので、なんじゃいな(笑)

ま、こんなことで何も言う亭主ではありません。慌てて買うよりも、夏休みに
入ってからゆっくりと、と思い、いつもは1時間少しで終わって帰宅する買い物が、
今日は3時間近くになってしまいました。

車をフラットの横につけて、ドアを開けて出たら、頭上から、
「オ、ドナ・ユーコ!」
見上げるとうちのフラットの表通りに面するベランダから、お掃除のおばさんが、
身を乗りだし、大声で叫んでいる。

あれれぇ~??朝9時に入って12時には出るベルミーラおばさん、もう1時半だよ!
どうしちゃったの?すると、

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