2007年5月30日

今日は午前の日本語レッスン、長年の生徒さん、と言うより、国籍
は違うけれど、そして、わたしより少し年上ではありますが、物事
のとらえ方がなんとなく似ているもので、どこか友達感覚のわたし
たち、その彼女のレッスンの日なのですが、生憎本日は、ポルトガ
ル、ゼネストなのです。

それでは、今日は久しぶりにゆったりと、ポルト散策の計画でも練
ろうと思っていましたら、10時半のいつもの時間に「ビー!」と表
玄関のブザーの音が!あ、やっぱり来やった(笑)

先週帰るときに「来週はゼネストがあるから、休みましょう」と言
うと、
マリアさん「ノー、プロフェソーラ(いいえ、先生)。
バスが動かなかったらタクシーで来るから」
わたし「お金がもったいないでしょ」
マリア「ノー、プロフェソーラ。タクシーで来るだけの価値がある
授業です」
おおお!マリアさん、ゴマスリ過ぎだって・・・^^;

そんなことを言って帰って行ったもので、まさかとは思いながらも
万が一のためにと、授業準備していた矢先のブザー(笑)。
思わず一人あっはっはと笑ったものでした。

さて、その彼女が、こんな日本のニュースがあると、先日持ってき
たポルトガルの新聞記事。

「サイバーホームレス、日本社会の異様な現象」とでも訳せましょ
うか。
新聞記事サイバーホームレス1

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2007年5月29日

手元にわたしがこれまで一度も目にしたことのない幼い頃の写真が
ある。

今年、2007年3月に東京のW大学から九州の公立大学に転校し、
山口県の下関に移動した娘に会いに、一ヶ月ほど日本に滞在した時
のことである。
ポルトに帰る前の10日間ほどを所沢の妹宅で過ごしたのだが、
お茶を飲みながらのある日のこと、妹が「こんな写真を小倉の叔父
さんのところで見つけた。それでもらって来た。」
と、数枚の白黒写真を持ち出して来た。

小倉の叔父というのは、3年ほど前に亡くなった、9人兄弟だった
母の末の妹でわたしたちの叔母にあたる人の連れ合いである。
本サイトエッセイ「思い出のオルゴール」の「急行日本海」でも
登場しており、当時は大阪に転勤で住んでいたのだが、わたしは
この叔父たちと多感な中学時代の最後の1年を弘前から転校して
過ごしたのだ。
      
写真を見たわたしは思わず感嘆の声をあげた。
祖母を始め、我が母、父、叔母の、今は亡き人たちの懐かしい顔が
写真の中でにこやかに微笑んでいる。
写真の背景も、わたしの記憶に残っており、妹と二人、時間のたつ
のも忘れて、昔話に花を咲かせたのだった。
      
そして、妹が「もう一枚!」と取り出してきたB3くらいのサイズの
大きな写真がこれである。

ねぶた祭り2

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2007年5月28日
窓辺のクルル
★今日はネコ親バカします^^ 窓辺のクルル。

昨日のきゃしーさん宅の誕生パーティーで、ポルトガル人の招待客
たちの小耳に挟んだ話にうぬ!

先週のこと、珍しく早めに帰宅した夫が言うには、「最近日本レス
トランが新しく2、3軒ポルトにできたと言う話、知ってる?」
そういう情報はこれまではすぐどこからか口コミで耳に入ってくる
はずなのだが、わたしが聞いた最新のスシレストランは、それこそ
れっきとした日本人料理人さんがいる、以前にここで紹介したこと
のある「関所
」なるところである。

「へぇ~、知らない。聞いてないわ。」と、2、3軒も一挙にポル
トにできたことに多少の不審を抱いたのであった。
昨日の話を聞いて合点がいったのである。
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2007年5月27日
ミラガイアから見たリベイラ

★写真はミラガイアから見たポルト・リベイラ

今日は、2年ほど前に本サイトのホームページを通して知り合いになり、
時々足跡を残して行ってくれる、目下ポルト在住のきゃしーさんの
○○回目(書いたら怒られるかも知れないから内緒。爆)の誕生日
ということで、ご招待を受けお祝いに行って参りました。

招待されて来ていた数人の、彼女のポルトの職場同僚たちの中に、
ひとり見かけない若い日本女性も混じっており紹介されました。
で、ポルトのどこにお住まい?と訪ねましたら、うわぁ!ぺ、ペド
ローソス!!お、おんなじとこじゃないの!ペドローソスのどこ?
ええ!目と鼻の先ジャン!
すぐ横にある、土地成金ジョアキンおじさんの畑の向こうにある
フットボール場の、こちらからすると、ちょうど裏、歩いて3分も
しない(笑)
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2007年5月26日

少し前に入ったメールに東京都港区にあるシーサイドホテル芝弥生
会館内のパステル亭
というレストランの方から、
「ポルトガル料理のバイキングをするので、お客様にポルトガルを
もっと知って欲しい。ついては、HP「ポルトガル・ロマン」の街並
みの写真を展示させてもらえないか」とありました。

ズブの素人の、しかもデジカメ写真が少しでもお役に立てるなら、
そしてポルトの様子をお届けできるならどうぞとお返事しました。
しかし、バイキングの日にちが5月27日限定。なんと明日の日曜
日ではないの・・・^^;
これでは日にちが余りにも差し迫り、我が妹にも
「レストランで写真が見られるから食べにいけ~」
とは言えません^^;

もう少し早めに分かっていたらネットでもワイワイ騒いで、関東近
辺の方たちに、行って行って~頼み込むことができたのにぃ(笑)

上記をクリックしますと、シーサイドホテル芝弥生会館サイトに
飛びますが、こちらでもご案内を。

ポルトガル料理ビュッフェ

場所:シーサイドホテル芝弥生会館12階・パステル亭 
   (四季劇場となり)
日時:5月27日 17時~21時まで
一人: 2,500円(子ども4~12才:1,500円)


いやいや、ご案内は、わたしの写真ではなくて、ポルトガル料理で
すよん(笑)
どんな形で写真が使われるのかも問いただしておりませんし。
いい加減なものです(笑)

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2007年5月23日

5月はわたしにとって思い出深い月です。

1979年3月に日本で、オフィス時代の友人だった二人の証人を
立て、京都は深草の区役所に婚姻届を出したその結婚記念日は、
ともするとうっかり忘れがちなわたしですが、毎年5月が来ると、
自分が初めてポルトガルの、ポルトの地を踏んだあの頃を思い出す
のです。
そして、つくづく、「いやぁ、今年もまた一年過ぎちゃったよ。
よくぞまぁ、このわたしが、こんにちまで来れたこと。」と、我と
我が身にひそかに乾杯するのです。

いつだったかモイケル娘に、
「パパとママの結婚式の写真はないの?」
と聞かれたことがあります。
子どもたちよ、ないのだよ、パパとママには(笑)

夫は当時、すでにポルトのサン・ジュアン病院で働いてはいたもの
の、まだ専門医ではなく、広島大学病院のしがない研究生。
わたしはと言えば、夫と知り合って半年後には、昼はオフィス、
夕方から9時まではビアハウスの歌姫アルバイトをして溜め込んだ
大枚をつかみ、長年の夢を果たしにアメリカへ渡り、結婚の意思を
固めて半年後に日本へ帰国した時には、スッカラカンの状態だった
のであるよ。

二人とも、親のすねをかじるには結構な歳でもあり、親の経済力を
頼ろうなど思わなかった独立心強いパパとママであったのだ(笑)
婚姻届を出したその夜は、梅新のアサヒ・ビアハウスで、常連た
ちやオフィスの友人たちが集まり、簡単なパーティーを開いてくれ
たものです。
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2007年5月22日

ミラガイアの古い家並みと洗濯物
★ポルトの隠れスポット。ミラガイアの古い家並み

リスボン大学を終え、今は近郊の中学校でITの授業を受け持ってい
る息子が、ポルトに帰郷してくるときは、前もって電話をくれる。
それが、タイトルの、「おかあさん、明日ポルトに来るよ。」
なのである^^;

この意味も間違いもわたしにはすぐ分かった。
あららら^^;と一瞬思ったのだが、その時は訂正しないで
置いた。そうしたのは、外国語の場合、逐一、話している途中で
語彙や文体の間違いを指摘されると、うんざりしてしまい、もう
話すものか!というの気持ちになるのを、わたしも経験していて
よく分かるからだ。

もちろん中には、きちんと指摘してもらった方がいい、と言う人も
いるだろうが、そんなことをしていたら指摘だらけで、さっぱり話
が分からなくなって、会話が成り立たないことだってある。

「I´m coming.」
これは完全に英語からの日本語直訳になるのだ。
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2007年5月21日

金土の夜更かしがたたって歳のせいか、疲労感がまだ抜け切れま
せん。でも、わたしの真の休日、また自由時間にあたる今日月曜日、
「えいや!」と気合を入れ、街へ飛び出してきました。

今日の目的はただひとつ。2週間前に見つけたRua das Flores(花通
り)の小さな民芸品店に自分がホムペで紹介したページのコピーを
お届けするのと、間もなくやってくる、日本の我が親友の誕生日プ
レゼントをそこで調達することでした。

「Bom dia!」と声かけながらお店に入って行きますと、この間の女
店員さん、すぐわたしがわかったようで、「あ、いらっしゃい^^」
それもそのはず。このあたりをうろつく茶髪グラサン東洋人のチビ
女はそういるものではありません(笑)

先日欲しかったポルトガルの有名な焼き物のお皿と網目レースを仕
入れ、「日本語ですけど、こんな風にホームページでお店を紹介さ
せていただきました。」とカラーコピーをお渡ししたら、とても喜
んでくれ、「ちょっと待ってください。店主を呼んできます。」と
のこと。出ていらした女主人マリア・マヌエラさんとしばしお話し
てきました。
あちらから、名前を聞かれ「yukoです」と、答えると、わたしと同
年輩くらいの女主人いわく、「あら、ヨーコ・小野と同じ名前ね」

い、いや、ヨーコじゃなくてユーコなんだが^^;
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2007年5月20日

何がしまったかと言いますと、この間日本から持ち込んだ、吉川英
治作「新・平家物語」16巻、これに手をつけてしまったのです
(笑)そうです、これです。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
紗羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久しからず。ただ春の夜の夢の如し。
猛き者も遂には滅びぬ。偏に風の前の塵に同じ。


もう何年も前から欲しいと思っていたものの、16巻ともなると、
これで子どもたちの日本語教育のために、マンガやら児童書、参考
書やらが結構買えるものですから、ついついそちらへ費用を回して
しまうことになり、これまでずっと我慢してきたのでした。
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2007年5月14日

わたしにとってインターネット・メッセンジャーは実に便利です。
特に二人の子どもが、リスボン、日本に住んでおり、リスボンは
ともかく、日本となると、いくら昔に比べて国際電話料金が安くな
ったとは言え、しょっちゅうモイケル娘に電話で安否を尋ねるわけ
にはいきません。
まして、固定電話を持たない彼女、携帯電話への連絡になります
から、とてもとても。余程でない限りかけません。

それでも、ちゃんと大学から帰って来てるのか、晩御飯は食べたの
か、ネコはどうなのか(笑)と毎日気になる、仕方のないおっかさ
んです。
そんなわけで、モイケル娘が日本へ行って以来のこの三年間は、ほ
ぼ毎日のようにネットのメッセンジャーなるもので、会話をするの
が日々の習慣です。
これは、ネット接続さえすれば済むわけですから、ただ同然で娘と
コンタクトができるので、こんな便利なものはない。
この辺は子どもたちにしてみれば、もしかするとハタ迷惑なところ
もなきにしもあらずや?(笑)

しかし、さほど長い時間ではありません。
時には「ただいま~~」「はら減った~、飯くってくる!」「あ、
出た出た!」などで始まり、「今日の大学はどないな?」とおっか
さんの探りが入るわけです^^
姿が見えないとは言え、少しでも子どもたちの日常生活の様子が分
かるのが嬉しいです。
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2007年5月13日

5月も半ばと言うのに、青空も少し見えてると言うのに、今朝は
突然雹(ひょう)が窓ガラスを打ち付けて来て、驚きました!
家の中にいるわたしは、半袖姿なのに!ですよ^^;
28年ポルトにいますが、こんなのは初めて。
いったいどうなってるのでしょ。

今日、5月13日は例年のファティマ大聖堂での祈りの日です。
1917年にファティマにサンタ・マリアが姿を現したと言われてか
ら今年はちょうど90年目にあたり、過去最高数のファッティマ詣で
をする巡礼たちで昨夜今朝と大聖堂前の広場は埋められました。
ファティマの奇跡」については、こちらでどうぞ。)

今回のファティマ詣ででは、先だって日記にも書きましたが、アル
ガルブで拉致されて10日目になる、昨日で4歳になったイギリスの
女の子マダレイン救出の願をかけたグループの姿が目立ちました。

マンチェスターのサッカー選手でポルトガル人のロナウドやベッカ
ム、ハリー・ポターの著者J.K.ローリングなどが、情報を募る
ためにTVでアピールしたり、寄付金を出したりしていますが、残
念ながら今のところ何の進展もなしです。
願掛けが叶い、少女が現れる奇跡が起こることを、わたしも祈らず
におられません。

過去にも子どもの誘拐事件はヨーロッパで起こっていますが、これ
だけ大々的に毎日メディアで取り上げられたのは初めてではないで
しょうか。
あるいは複雑な事情が絡んでいる可能性もあります。
国際的なリゾート地アルガルヴも、今年は客足が退くでしょう。

さて、こんな暗いニュースの傍らに見つけた嬉しい記事がこれです。
密航ネコ

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2007年5月11日

金曜日は、土曜日の仕事、授業準備でバタつくのですが、今日は加
えて午後二つの日本語授業が舞い込みました。
記事にしてみたいことはたくさんあるのですが^^;

今日はどんなアホな事を書いてるかと、当ブログにわざわざお越し
くださる方もいらっしゃるかも知れません。
本日は、下記、ポルトの七つの橋、昨日更新しましたのでご案内
いたします。
よろしかったらどうぞ。↓

ポルトガル・ロマン:ポルトの七つの橋「アラビダ橋

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2007年5月10日

Happy       Birthday
花束



   今日は我がモイケル娘の
   21歳の誕生日です。
   5月の美しい日、
   12時15分に生まれました。

   21年間、とにもかくにも
   無事今日まで
   これたことに感謝します。

   お誕生日、おめでとう。

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2007年5月9日

ポルトガル南部のAlgarve地方は、ジブラルタル海峡を隔て
た向こうのアフリカ大陸に面しており、真っ白な家々にAlgarve独特
の煙突で、そのエキゾチックな雰囲気と、温暖な気候から一年中
国内国外から訪れる人が多い国際ビーチリゾート地なのですが、
このAlgarveが先週木曜日から、イギリス、スペインを始めwebサイトでは情報提供を
呼びかけるのに130カ国を巻き込んで蜂の巣をつついたように大騒ぎになっています。

Algarveは英国人にも非情に人気があり、現に英国系インターナショ
ナルスクールがあるくらい英国籍の住民も多いところです。
今回の騒動ですが、英国人のドクター夫妻が休暇を過ごそうと、
2歳の双子と間もなく4歳になるMadeleine=マデレインという女
の子を連れて家族で、AlgarveはPraia da Luz(Luz海岸)の高級
ホテルに滞在中、忽然と姿を消してしまったと言うのです。

事の次第はこうです。
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2007年5月7日

今日は久しぶりのポルトデジカメ突撃をやってきました。
以前から行きたいと思っていたものの、大丈夫かな?の感がなきに
しもあらずで、グズグズしていたのですが、28度の気温、天気の
よいのとでよっしゃ!と出かけ、3時間以上歩き回ったかいあり、
面白いものをたくさん見つけて来ました。
収穫はいずれ^^

さて、今日はブログ仲間のホームページをご紹介いたします。
「ちゅう」とか「○○猟奇的男」など、さまざまなハンドルネーム
で時折コメントを残しているお方。
この春の帰国で無事対面を果たし、単なるブログ仲間からリアル仲
間になったペーパーアーティストです。

ちゅうさんのホームページはアーティスト独特の視点が入り、日常
生活をそれとなしにピリリと批判しながら、笑わせてくれます。
その名も「ちゅうさんの猟奇的日常秘画」。
なにやら一見怪しげなHP名ですが(笑)
寸評のついた絵で、色々な笑いの処方箋を訪問者に提供してくれ、
ちゅうさんの薬でクスリと笑って(ダジャレ笑)帰ってくるのが
毎度のわたしです。

こちらが催促しないと、なかなか更新してくれないのが、たまに
傷(笑)
どうぞ一度お出かけしてみてください。

さて、もうひとつ。
大分前のことで、紹介するのをすっかり忘れてしまっていた、わた
しの「バイリンガル物語日本語編」「帰国子女大学受験編」の紹介
と併せて、インタビュー記事が載っているサイトです。
海外出産&子育てインフォ」 トップページの下、「子育てホー
ムページ&ブログ」のポルトガルから入れます。

バイリンガル教育に興味がある方、また、海外で子どもの日本語教
育を目指している方にとって、もしかしたら何かのヒントになる
かも知れません。それぞれ上記からどぞ。

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2007年5月6日

リスボンの息子から電話だと、夫が台所で後片付けをしているわた
しに受話器を差し出す。
昨日電話で話したばかりなのに。
お金の無心はほとんどない息子、いったい何じゃいな?と思いなが
ら電話に出たら、
「Happy Mother´s Day!」 母の日、おめでとう、と言う。

そうです、今日はポルトガルの母の日でした。
日本では5月の第二土曜日ですが、こちらでは一週間早い。
なぜか、理由は分かりませんです(笑)

母の日が来るたびに、わたしは、子どもの頃、一度も自分の母に、
「母の日、おめでとう。ありがとう」
と言ってあげたことがなかったのを思い出します。
昭和20年代のわたしの子供の頃は、田舎ではまだ多くの人が、その
日その日食うのに精一杯の、母の日や誕生日を祝ったりの近代生活(笑)どころではなかった時代です。

それでも、19の歳、都会に出て最初の給料をもらったとき、わたし
はそれで故郷の母にハンドバッグを買って送ったことがあります。
近年、ふとあの頃に思いを馳せ、わたしはこの歳になって初めて、「あ!@@」と
自分自身が驚くようなことをしていたのを思い出したのです。
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2007年5月5日

今日はこの物語に度々登場する我が息子ジョン・ボーイの、あれか
ら10数年後の姿を紹介したいと思います。
以下は、2006年4月の我が日記からの抜粋になります。


ヤマアラシのような頭ぼうぼうの息子が夕べ、夕食後車でリスボン
へ帰って行った。

いつもの事ながら、ちっとも服装や自分の外見に配慮しない(笑)
「もちょっとカッコつけようよ^^;」と言うと、返ってくる言葉
が決まって「外見で人が分かるの?!」だw
こいつ、まだまだ子供だな^^とつくづく思う。

彼が一人で高速を飛ばして3時間ちょっと、ポルトへ向かってくる
時もリスボンへ帰って行く時も、わたしは不安になる。
なのに、金払ってないから、と言って繋がらない携帯(笑)、途中
から電話をかけてくることもない。
アパートに着いてから「着いた」とかかるのだ。
携帯の意味をなさないではないか^^;

帰ってくるたびに、へんちくりんな将来のアイデアを披露しては、
わたしたちを@@な感じで呆れさせる。
妹のモイケル娘がいないもので、からかう相手に事欠いて、ネコた
ちを追っかけまわし、ベッドの下に潜り込んだのを引っ張り出そう
と自分も潜り込む。
こういうところは子供の頃とちっとも変わっていないので、成長の
ない奴め!と時々わたしは可笑しくなってしまう。
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2005年5月4日

今日は有名人と一緒のspacesisを^^
かっぺいさんとわたし


伊奈かっぺいさん、実は同窓生です。
かっぺいさんが生年月日を誤魔化していないかぎり、これでわたし
の年齢、すっかりチョンバレです(笑)

この3月に高校時代の同窓生たちに会いに、数年ぶりに故郷弘前へ
帰って来たのですが、その折、同窓生のひとりが、
「あした、かっぺいさんが弘前で講演する。入院してる我らが校長
先生のお見舞いにも行くから、みんなと一緒に行かんか?」
とのこと。

校長先生というのは、わたしたち一期生の頃の学校長で、「自由と
規律」を謳い、その校長先生の影響で、「自由」の何たるかをわた
しは生まれて初めて少し考えてみたのでした。
16の春です。
90を悠に越えられた先生は、お一人住まいだったそうですが、
今は病院に入っておられ、付き添いの方がお世話しておりました。

さて、そのかっぺいさんと今回お会いしたのは40年ぶりでした。
40年後のわたしが、かっぺいさんの目にどんな風に映ったかは知り
ません。が、わたしから見たかっぺいさんは、うふふ、眉毛が昔の
ままでした(笑)
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2007年5月3日

「ポルトガル・ロマン」サイトで、ポルトの象徴でもある「クレリ
ゴス塔とクレリゴス教会」を案内したのですが、その時にどうも気
になって仕方がないことにぶつかりました。
ネットで調査するのもそうそう容易ではなく、かなり時間がかかる
ことがしばしばです。
また、事によっては、日本語サイトだけでは正確さに欠け、英語
ポルトガル語サイトにも足を、いや目を運ぶ事が多々あります。

そのためのまとまった時間がなく、気になる部分をそのままにして
来たのですが、昨日急に日本語レッスンがキャンセルになり、チャ
ンス!となり、日がな一日、ネット、英語辞書、ポルトガル辞書、
ポルトガル百科事典と首っ引き。

そして、なんとなく自分なりに納得できたこの嬉しさ^^
こういう喜びは、無限にある知識の葡萄の一粒を口にしたような喜
びがあります^^

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2007年5月2日

古い都市ならどこにでも言えることでしょうが、ポルトにも目を凝
らして街を歩けば、磨けば光る宝石の原石のような物が、あちこち
に転がっているのに気づきます。

けだし、狭い路地裏でこそ、思いがけなく面白いものに出合ったり
するものでしょう。
わたしはそれで、恐る恐る足を踏み入れてみます。単独の観光客に
は、あまりお薦めできないところでもあるのですが^^;

そうして興味を持ったもののひとつがfonte=フォント=噴水です。
わたしの言うのは観賞用の噴水ではなくて、いわゆる昔の共同水汲
み場でしょうか。
今ではここで水汲みをして行く人はほとんどいないでしょうが^^
フォント1

 
上の写真は、ドウロ川のリベイラへ下りて行く道、Rua Mouzinho
daSilvaの通りにある大きなfonteです。
原型は14世紀と言われます。1920年に、市がこの通りを商店街に
するために解体し、すぐ側のRua do Souto通り入り口にそのホンの
一部を移動しました。
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2007年4月30日

息子も甥達も、もちろんわたしや妹も、我が一族には誰も馬に乗り
たいなどと言った試しがないのだが、どういうわけか、モイケル娘
は小さい頃にそれを言い出し、ポルトにいた頃はしばらく乗馬クラ
ブに通っていました

指導員に手綱を持ってもらいゆっくり歩くのから始まり、一人で馬
に乗って歩けるようになるまでの最初のうちは、こちらものんびり
と、彼女の楽しむのを見ていました。

が、初歩のその練習を積み、やがてトロット(速歩)に入り、ギャ
ロップという駆歩(馬が一歩ごとに足4本全部を地上から離して走る
最も速い走法。)になると、もう、怖くて怖くて、いえ、心配で
心配で、練習馬場を見下すことができるカフェから見ているこちら
は心臓バクバク。

何が心配かって?もちろん、落馬ですよ、落馬!
本人はけろりとして練習馬場を出て、馬を厩に連れていっても、
こちとら、手に汗にぎったまま、緊張がほどけない(笑)顔もこわ
ばっております。

すると、今度はとんでもないことを言い出しました。
「障害をやりたい」
えーーーーー!ど、どっからそんなこと考えが出て来るのよん^^;
しょ、障害レースってあぁた、昔、我がオヤジ殿がーー!
(もはや絶叫の心地^^;)

そうなのです、鬼籍に入って20年、我がオヤジ殿は、その昔、岩手
の地方競馬の騎手だったのです。
この3月に日本に帰国したとき、妹が嬉々として
「面白い写真を見つけた」
と持ち出して来た古い古い写真の一枚。こんなのが↓
oyajidono jouba

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