2008年8月30日

やっと一週間ほどの休息に入りました。
今日は久しぶりにモイケル娘の部屋の本の整理。
マンガ1
そうなんです、マンガの整理であります(笑)

これらの本はモイケルが4年前に日本へ行った時点で、一度は
んは箱にしまい込んでいたのですが、補習校の子供たちに読ん
でもらうために、一度箱からひっぱりだし、彼女たちが回し読みを
終え、再び箱に。
で、先学期、そろそろ読んでもいいお年頃のもう一人に、「貸して
ください。」と申し込まれ、またぞろ引っ張り出して貸し出し、返却
されて来たのでした。
言ってみれば我が家は「貸し古マンガ屋さん」(笑)

これらはほとんど全部、帰国する度に所沢の「ブックオフ」と言う
古本屋で一冊100円、200円のものを、モイケル娘が中学生の
時から買い集めて持って来たものです。
もちろん、内容チェックがてら、仕方ない、わたしも一緒に一通り
読みました(笑)

モイケル娘の日本語の話言葉の学習に大いに役立ったツールの
ひとつです。
わたしは小学生にはすすめませんが、思春期の中学生時代には、
こういうマンガに憧れる気持ちが分かり、我が娘にも大いに読ま
せました。もちろん、何でもというのではなく、上で言いましたように
内容をとりあえず確認しましたがw
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2008年8月28日

夕暮れ時
★小雨もよく降った冷夏のこの夏、夏とは思えないような、とある
  日暮れの空。


我が家ではケーブルテレビを入れているのですが、おかげでBBC
やCNN、英国のSky News、スペイン、イタリア、フランスなど、各国
が代表して放映する多少の番組もみることができます。

そのほとんどはニュース番組ですが、今日のポルトガルの新聞記
事によると、日本国もいよいよもって来春3月からNHKが世界に向
けてニュース番組を電波に乗せるそうです。
ちょっと遅しの感がしますが、それでも、日本の現状を世界に正し
く発信する意味で(そうあって欲しい^^;)大いに嬉しいことです。

言語は英語だそうですが、お願いですから当の日本人には知れな
いだろうと侮って、先だってネットでひどい記事だと槍玉にあがり、
閉鎖に追い込まれた毎日新聞の、WAIWAI記事のようなことには
ならないよう、くれぐれもよろしくお願いいたしいと思います^^

さて、表題の「スタンド・バイ・ミー」ですが、上述のケーブルで
「Hollywood」と言う、古い映画ばかりを放映するチャンネルがあり
ます。(最近の新しい映画を見られるチャンネルもありますが、そ
ちらは有料。あまり興味が湧くような映画が出てこない昨今、わた
しは接続していません)
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2008年8月27日
アフェ・プログレッソ
★1899年以来の、ポルトで最も古いカフェのひとつ。カフェとは
気付かずうっかり通り過ぎそうです。


さて、今月1日から始まった夏季日本語集中コース、本日無事終
了。前半は少し疲れましたが、後半は慣れて、なかなかの調子。
しかし、生徒さんたちもさぞかし大変だったことでしょう。
なにしろ、午後は仕事が控えていたのですから。

最初の一週間でひらがなを習得、そのために毎朝小テスト、その
後は文法の復習テスト、ひらがなで文章を書く毎回のテスト、そし
て、新しい文法と語彙・・・
第1課から第18課の日本語動詞の辞書形(言い切りの形)まで。
更に、初歩の漢字を少しとカタカナです(笑)

テキストもひらがなを教えたところですぐにローマ字版から日本語
版に切り替え、たどたどしい読み方が少しずつ読めるようになって
行くのは、教える側も嬉しいものです。
これは、実は教える方の忍耐がいるのですね^^;
読みに時間がかかるが、じっと我慢wそして、ついにみなさん書い
てある日本語文章を読めるようになりました。
もちろん、漢字にはふりがなが振ってありますが、4週間でですよ、
これ(笑)。生徒さんたち、よくぞ頑張ってついて来ました。
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2008年8月25日

探れば探るほど迷路にはまり込む。

今日はわたしの道楽に関する話です。
性分で、「どこそこへ行って来た~」と訪れた場所の写真を載せる
だけで済ませられず、背景にどんな歴史があるのかなぜなのか?
と色々気になり出すと、もう止まらない(笑)

ひとつの言葉から次から次へとたぐり寄せられて出てくる未知事
項を調べていくと、あっという間に時間が過ぎ、頭で整理するのに
何日、時には何ヶ月も要するが、そうして自分の疑問が判明した
時の喜びがある。

さて、ひょんなことから18世紀にイタリアからポルトにやってきて、
ポルトガル北部に多くの独特な建築を遺した建築家「ニコラウ・ナ
ゾニ」に興味を持ったのがきっかけで、フリーメーソンから(建築家
ナゾニはメーソンだとわたしは推理する)ポルトガル歴史における
テンプル騎士団、キリスト騎士団と暇を見ては追いかけてきました。

こうして調べていくうちに、途中から、ポルトガルの大航海時代は、
テンプル騎士団の知識、技術、そして財産なしでは無かったので
はなかったか、と、最初は自分でも「ぶふふ」と笑いながら冗談ま
じりに言っていたのだが、まんざら外れてもいないと今では思い始
めています。

さて、ここまで来て、つくづく今考えるのは、欧米思想、文化を理解
するには、宗教の知識なくしてはできないのではないか?です。
それは逆に言えば、日本の文化、物事の考え方を外国の人が
理解するのに、歴史を知るのみでは十分でなく、神道や仏教思想
も含まれることになるのであろう、と。

そんなわけで、昨年訪れたトマールのテンプル騎士団修道院も、
調べることがたくさんあり、中途半端で終わっていますが、こうして
いると、いつまでたってもアップできませんので、思いきって、自分
の中ではまだ少し謎のままでも写真を載せることにしました。

解明した時点で徐々に書き加えていく、という風にしたいと思い
ます。

さて、今日は今夏、訪れて発見してきたシントラの秘境(大げさ
かな?でも、今のところあまり観光客が訪れていませんw)、
Convento dos Capuchos(convento=修道院,Capuchos=頭巾
の複数)を紹介します。

カプーショ外1
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2008年8月22日

金銀銅のトータルメダル数が100(米国)だの80(中国)だのの
国に比べると、まぁ、どうということのないポルトガルの金メダル数。

四つ目のメダルというのは、今開催中の北京オリンピックで四つ
目というのではなく、今回の金メダルが「これまでのオリンピック
大会で四つ目」という意味です。

女子トライアスロンで先日、ヴァネッサ・フェルナンデスが獲得した
銀メダルに続き、昨日は陸上男子三段跳びでポルトガルのネル
ソン・エヴォラ(Neoson Evora)が金メダルを取りました。
嬉しさで涙を流していましたね。
国旗を羽織るネルソン・エヴォラ、ポルトガル国家が聞こえて来そう
です。ネルソン・エヴォラ、おめでとう!
あんたはポルトガルのヒーローです!
オリンピック1

このメダルの重さは、ポルトガルにとっては100だの80だのを取
っている国のよりも、遥かに重みを持ちます。
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2008年8月21日

三日も間が開いてしまいました^^;

北京五輪、やらせやら年齢詐称やら,ボロボロ嘘が出てきて、夫が
観てる横から見たくないわたしが、「見てごらんよ、これがどうして
16歳なの!小学生じゃん!(女子体操)」、
「さっきの国の方がうまかったのに、点数のつけ方が怪しい!」
「この応援だってやらせだぁ~」などと、ああだらこうだら言うもの
で、彼、うんざり顔です(爆)

頼むから夕食中に見ないでくれ。いやでも画像が目に入って、
目に入ったが最後、一言二言絶対言いたくなるのだ(笑)

夏休み仕事のしんどさも、このぶつぶつ言うので結構ストレス発散
となり、助かってるのかも知れませんです(爆)

さて、この三日間、幸いにして涼しい今夏のポルト、体調を崩して
いたわけではなし。午前中三時間の日本語集中コースも慣れて
きて、残すところ後少し。
しんどいけれど4人の若者相手に楽しい^^

じゃ、この三日間何をしていたかと申しますと、シントラ記事を調べ
確認しながら書いておりましたです(笑)
これがですね、確認しようと調べれば調べるほど、芋ズル式に面
白そうなことが出てきて、ついついそれを読みふけ、以前読んだ
本も再び拾い読みしたりして、記事はなかなか進まずw
本日やっとシントラ本題第一部、あげることができました。

シントラ宮殿1

スペイン、ポルトガルからなるイベリア半島は、紀元前201年のロ
ーマ人の進出に始まり、その後ゲルマン、イスラムの支配を受け
てきました。
722年、現スペイン北部アルトーリアス地方山中の「コバドンガの
戦い」から始まるレコンキスタ運動(ムーア人からの国土奪回の
イスラム対キリスト教の戦い。レコンキスタとは「再征服」の意味)
が完了するのは13世紀も半ばで、600年もの長い間、イスラム支
配を受けて来たイベリア半島の中世史はレコンキスタの歴史でも
あります。ポルトガル王国はこうしたレコンキスタ運動の過程で生
まれたと言えましょう。

シントラ宮殿は別名Palacio da Vila(別荘宮殿の意味)とも呼ばれ、
10世紀頃に初めてアラブ人の地理学者によってその名前が取り
上げられており、古くはムーア人支配者の住居とされていました
が、12世紀にドン・アフォンソ・エンリッケス(後のポルトガル初代
王アフォンソ1世。別称 「O Conquistador=征服者」)がリスボン
を奪回した時に、シントラは無抵抗で陥落。
以来このシントラ宮殿は20世紀初期の共和制誕生まで、ポルトガ
ル歴代王室に属してきました。

シントラ宮殿は外見は非常にシンプルですが、離宮としてポルトガ
ル王たちの住居となり、特に15世紀から16世紀間に、ゴシック
様式、マヌエル様式を取り入れた改築、増築が行われ、これにイス
ラム様式も加わり、素晴らしい内装が施されています。

シントラ宮殿2
↑ニョキッっと突き出た白い円錐形煙突が特徴です。
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2008年8月17日

「北京オリンピック、ボイコットよ。」などと偉そうに言っているわた
しですが、なに、もともとスポーツ観戦にはあまり興味を持たない
人間で、さほど苦にもならない(笑)
見ると言えばせいぜい(おっと、この言葉、福田首相がお使いに
なりヤンヤ言われていますね。気をつけないとw)国がらみのW
カップサッカー、ユーロカップくらいでにわかファンそのものです。

昨日、夜中の2時半を回った時刻、休暇先の息子からの連絡で、
そろそろポルトに着きそうな時間、一旦寝たものの気になり、起き
だしてリビングへ行って見ると、息子を待ちながら(コンドミニアム
のドアは夜は鍵がかかるのだが、息子はそれを持っていないの
で内側からあけないと入れない)夫がちょうど女子マラソンを観て
いた。

わたしは息子を待ちきれず、結局また寝てしまったのですが、今
回の女子マラソンはルーマニアのトメスク選手(38)が優勝とのこ
と、素晴らしいですね。
マラソンは一度たりとも長距離を走ってみたことがある人は、それ
がいかに過酷な競技であるかを知っていると思います。

高校時代の恒例行事で女生徒は否応無しに全員5000mを走ら
されましたが、単に走ることがこんなに苦しいことかと、このときの
体験は生涯忘れるものではありません。
後で振り返ってみると、これは人生に似ているような気がしない
でもない大きな体験でした。
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2008年8月15日
レッドブル2008-1
どういう訳でか、夕べからず~っと我が家の前に止まりっぱなしで
とっても気になるレッドブル・エアレース宣伝カー。今年も9月に
ポルトのりベイラで開催されます。
本日の記事には全く関係ない写真^-^;



子供の頃は、弘前の下町で、女だてらに近所の男の子達を相手
に棒っきれを振り回し、チャンバラをしたり、梅の木にぶらさがって
ターザンの真似事をしたりして、明け暮れたものです。
ままごと遊びはした記憶がなく、もっぱら田んぼ、裏の小川、通り
が遊び場所でした。(この頃のエピソードはこちら

チャンバラに於いては、美空ひばりさんの歌から覚えた「机龍之介
音無しの構え」、「無想の構え」、「眠狂四郎、円月殺法」など、
子供だったわたしにとっては刺激のある大人の言葉に大いに魅力
を感じ、いったいどんな風なかまえなのだろうかと子供心に考えた
こともあります。

布団の上で柔道の真似事をしていたのもこの頃だと思う。
洋画邦画を問わず映画の好きだった亡き母の影響もあり、幼い頃
からわたしと妹をよく映画館に連れていってくれました。
今にして思えば、母がわたしたちを連れていったのは、わたしたち
に見せたいからではなくて、自分が見たいがためで、子供である
わたしたちを家に残して来るわけにも行かなかったのでしょう。

「風雪講道館」 「講道館四天王」「残月講道館」 「嵐の講道館」と、
1955年から1958年の間の講道館映画、つまり柔道映画です。
主演は全て俳優「菅原謙二」。(字、間違ってないかな?)
このブログを読むみなさんには馴染みでない名前かもしれません
が、長谷川一夫に続く我が母のひいきの俳優さんでありました。
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2008年8月14日

ようやく試験が終わった日本に住む我が娘こと「モイケル」と久し
ぶりにゆっくりおアホなチャット。

モイケル「今日は花火を見てきた~~」
その母「花火、ちゃんとチェックしたか?CGじゃなかったかや~」
モイケル「爆笑」


いえね、今期オリンピックのオープニングセレモニーの花火の一部、
お中国のCG(ComputerGraphic)作品だったのをもじったのであ
りました^-^;おほほ。
まぁ、オリンピック祭典を成功させたいと、一生懸命なのは分かり
ますが、晴天にするために1000発もの「液体窒素」を積み込んだ
人口消雨ロケットを1000発も打ち上げたのはオリンピック史上
初めてで、単純な脳みそのわたしなどは、こんなことをするのは
「大いなるものの力」を侮ることではないのであるかな?と恐れ
入るのですが、環境問題の面からはどうなのでしょうかね・・・

中国は雨をもコントロールするのだそうで、人間、そんな風に驕る
のはいかがなものかと思うのですが、わたくしの
「いかがなものか?」なんてのはお中国からすればヘノカッパ。
(↑ちょっとはしたなかったかしらん^^;)

北京オリンピックボイコット派のわたくし、夫がテレビで観ているの
ですが、彼の観る権利というものありますので、「あぁたも観るな」
とは言い難い(笑)
で、仕方なくリビングにいるときは、白けた顔で見ることになるの
ですが、日本選手が出るとなると、さすが、見入ります(笑)

100m、200mで金メダルを獲得した水泳の北島康介選手、
近年にあまり見ないようないい面魂ですね^^

さて、一昨夜のこと、夫が帰宅しており、晩ご飯を作っている最中
に電話がなった。
応答した夫が電話を切る前に「Ate ja!」(すぐ会うときにつかう挨拶
言葉)と言ったもので、「誰か来るの?」と聞くと、
「何だか知らんが兄貴が今来るらしい。」

へぇ、珍しい。用件も言わないでこんな晩飯時間にくるとは、と
思っていた矢先にビーッとコンドミニアムの玄関ベルが鳴った。

それでですね、義兄が入るなり、
「おい、yuko、君がこの間言っていたポルトガル最初のテンプル
騎士団のグランドマスター(総長)がグァルディン・パイス(Gualdim
Pais)だ、と言うのには異説があるぞ!」と言うではないですか(爆)

「ほれ、ここに色々書いてある。あげるから読みたまえ」と、手渡さ
れたのが下の本。「ポルトガルのテンプル騎士団」とある。
本Templario
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2008年8月13日

シントラの郷土菓子で有名なピリキータ(Piriquita)をご紹介します。
    所在地:Rua das Padarias 1,Sintra
    Tel:21 923 0626
    営業時間:10:00~20:00

   
小さなレストランなどがひしめくレプブリカ広場の路地。
shinntora
この通りにカフェ「ぺリキーターがある↓ 
シントラ・ピリキータ2 シントラ・ピリキータ3
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2008年8月12日

シントラ・モーロ城
シントラの町から見上げた山頂のムーア人の城跡(Castelo dos
Mouros)。城壁にポルトガル国旗がはためいている。

シントラ・泉1
シントラ駅から坂道を登ったところが町の中心。その坂道の途中
にあるのがネオアラベスク風の「ムーアの泉=Fonte Mourisca」。
Jose da Fonsecaによる1922年の建築とされる。

下はこの泉の三つのアークの真ん中上にある石細工。シントラの古い
紋章のひとつと思われる。
シントラ泉2

こちらは美しいアズレージュ(青タイル)の壁をバックにした水汲
み場。
シントラ泉3
わたしたちが最初に訪れた10数年前には、ここの水を
ボトルに入れて持って帰る旅行者も多かった。現在は地元の人が
汲みには来るが、飲み水にはしないようである。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2008年8月10日 

アメリカで1993年から放映されたFBI捜査官のフォックス・モルダ
ーとダナ・スカーリーコンビのXファイル・シリーズが終了したのは
2002年。9年越しのドラマでした。
Xファイル2

ポルトガルでもテレビ放映と同時に大変な人気になり、メインテー
マソングもカッコ良く、我ら家族も毎週揃って観たものです。
モイケル娘は恐らく8歳くらいで、当時我が家ではXファイルの
キャッチフレーズ、「The truth is out there」が大いに流行った
のでした^^

またまたマニア振りを披露してしまうのですが、生きている間に
一度でいいから、この目でUFOなるものを見てみたい、なんて
マニアックな夢を見て、宇宙考古学の本を読み漁っていた当時
のわたしには、もってこいのシリーズではありました。

少年時代に妹を異星人に拉致され、それがトラウマになっており
超常現象に肯定的なフォックス・モルダーは、プロファイリングの
才能を持つFBI捜査官。
相棒のダナ・スカーリーは医者であり科学者の捜査官。超常現
象に否定的だったのがモルダーと数々の事件を体験することで、
少しずつ肯定的になって行きます。
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2008年8月8日

夫の今夏休暇の半分は7月後半で終わり、わたしたち夫婦は今、
ふたりとも毎朝先になったり後になったりの出勤である。

後に家を出る方が、まずは5匹の猫の数を確認(笑)、それから
キチン・ヒーターが消えているのを見届けて出かける。
出がけに猫の数を数えるのは、万が一ワードローブ(洋服ダンス)
の中にでも入っていたり(ぶら下がってる洋服をひっかかれる)、
ベランダに締め出されたりしていたら、(階下に落っこちて探すのに
苦労する)帰宅後、顔を真っ青にしなければならなくなるからである。

そんなことを確認しながら、今朝、
「あ~ぁ、今日でやっとこの仕事の3分の1、終わりになるぅ^^
毎朝、仕事に出るというのは、ほんまに大変だわね。昔、自分が
これをしていたなんてまるで嘘みたい。」
と言うと、ニタッと笑った夫、こう言う。
「3分の1終わるって、4分の1じゃない?」
え?え~~@@

思わず台所に掛けてあるカレンダーの下へ走った!
うげ!3週間の集中コースとなぜかすっかり思い込んでいたが、
4週間ではないか!どこでどう勘違いしてしまったのだろうと、相変
わらずのおトンマなspacesisであります。

まだ3週間あるんか・・・・と、思わずため息(笑)
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2008年8月7日

前回の記事、日本では圧倒的に、いやもうほとんどが家に上がる
ときは靴を脱ぐのが習慣なのですが、それについて少し考えて
みました。

西欧では、外履きと内履きに分けている人が多いでしょう。
我が家もそうです。家に入るときは外履きのままいったん入り、
それから内履きに変えます。
が、やはり靴の形をした「室内用」になります。

こちらでは、滞在している日本人家庭でない限り、スリッパを履く
ことはありません。
日本人の知り合い宅を訪問すると、わたしはよくスリッパをすすめ
られるのですが、実はわたしはスリッパぎらい。
そういうときはいつもそれとなしにお断りして他人のお宅で時には
失礼ながら靴下履きか素足^^;

スリッパの何が嫌いかと言うと、なんというか、ここにもわたしの
そそっかしい性格が出るのでしょうが、あれを履いて歩くと必ず前
につんのめりそうになり、昔からわたしの場合どうも危ない(笑)
それと、あの「ヒタヒタ」する音が気になる変なところがあります^^;

西欧では、「女が靴を脱ぐ」ということそのものが意味深ですね。
靴は着衣の一部と考えられますから、「靴を脱ぐ=服を脱ぐ」ような
意味になりますばい^^;

そんなわけですから、わたしの身辺に家の中で「素足」の男性女
性は、お掃除のおばさんが時折素足で清掃する以外はまず見た
ことがありません。我がお姑さんも年がら年中室内ではやはり靴
を履いていました。
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2008年8月6日
発見のモニュメント1

今日の写真は観光客に最も人気のあるリスボンの記念碑のひ
とつ。夕日に照らされてテージュ側ほとりにその影を映している
「発見のモニュメント」(Padrao dos Descobrimentos)。
画像の一部を少し大きくして見ましょう。
発見のモニュメント2

先頭に立ってバスコ・ダ・ダ・ガマを始め大航海時代の偉人たちを
率いるのは、ポルトガル王家のエンリケ航海王子です。
エンリケ航海王子はポルトガルテンプル騎士団改め、キリスト騎
士団のグランド・マスターでもありました。
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2008年8月5日

シントラの遺産地区にあるローレンス・ホテル&レストラン
(Lawrence´s Hotel)は1780年にオープンとあり、ポルトガル最古
のホテルとも噂されます。
シントラ・ホテル1

記録によると、バイロンは1809年にこのホテルに滞在し、後に
彼を一躍有名にした「チャイルド・ハロルドの巡礼」の一部をここで
書いたと言われます。
シントラ・ホテル2
↑ローレンスホテルのランターン。テンプル騎士団の兜が見えます。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2008年8月3日(日)

サウジアラビアの宗教警察が7月30日に、首都リヤドでペットとし
ての犬猫の販売と公共の場での散歩を禁じるのだそうですよ・・・

サウード家を国王とする絶対君主制国家のサウジアラビアはイス
ラム教国でも戒律の厳しい国です。女性と男性は完全に区別され、
国外からはアルコール類の持込も禁じられています。

我が妹夫婦がサウジの第二都市ジェッダに3年ほど仕事上滞在
したことがありますが、女性と男性は完全に区別され、女性の
車運転禁止、レストラン、マーケット、博物館なども女性が一人で
出入りすることは許されないのだそうです。

女性は肌や髪も公の場では見せてはいけません。我が妹も、
帰国時はジェッダの家から空港までの距離、アバヤ(写真下↓
画像拝借)を着たとのこと、女性には殊のほか、個人の自由
などない国のひとつではありましょう。 
アバヤ
わたしが妹に見せてもらったアバヤは黒一色のもっとシンプルな
ものでした。

さて、ペット散歩禁止の理由は近頃若い男性がペットを連れて町
へ出、女性の気を引こうとして、男女の触れ合う機会が増えてい
るためだとか。上記の布告で男女分離を徹底するとのこと。

違反者はどうなるか?ペットは没収され誓約書をかかされるので
すが、まさか、鞭打ち幾つ、なんてことはないでしょうね^^;

宗教と国が違うとは言え、この人たちはまだわたしとは全く違った
時代にいるのだな、と思っていました。

と、ところがなんと!先ごろ耳にしたポルトガルのニュース!
「都市でのペットは3匹まで、田舎は5匹まで」とペットに関する
新法律が^^;ええええ!これって・・・^^;
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2008年7月31日

今朝の読売オンラインの国際ニュースを読んでwhat!?

竹島表記を「韓国領」に…大統領が再変更指示とあるではありま
せぬか。

つい一昨日(7/29)竹島表記「韓国領」から「主権未確定」に…
米政府機関
 と言ってたやないのぉ~。
外務省サイトラスク書簡、その他色々調べてみるとこの竹島
領土問題は、日本に分があると思われます。

1954年に日本政府は平和的な解決のためこの竹島問題を国際
司法裁判所で決着をつけようと韓国側に提案したのですが、韓国
政府はこれを拒否しています。

今回、「主権未確定」と表記するのはごく自然なことで、今まで
「韓国領土」とあったのが、ラスク書簡にあるいきさつからして
おかしな話です。
どういう経過でいつから「韓国領土」の表記が出たのか。

それで、ふむふむ、これでいいのではないかと思ったのですが、
言った舌の根もまだ乾いておらんのに、再びひっくり返すとはい
ったい・・・・米国もどうなってんだか。

「同筋によると、韓国の指摘などを受けて米政府が委員会の
地名表記を精査した結果、整合性を欠く部分が非常に多く発見
された。そのため韓国の要請を考慮し、竹島の表記をひとまず
元に戻してから、全面的な表記見直し作業を進めるよう大統領が
指示したという。」

とは産経ですが、「韓国の指摘などを受けて米政府が委員会の
地名表記を精査した結果、整合性を欠く部分が非常に多く発見
された。」って、どうもこの文章の意味が、わたしはつかめないで
いるのであります。
整合性を欠く部分ってのは、韓国の主張からか、日本側からか。

こういうことは日本もきちんと国際的な場で抗議主張をすべき
なのでしょうが、なぁ~んも言わんものだから、騒いで駄々をこね
たほうが得ってことになるのでしょうかね@@

いえね、いったいどうなってんだい!は、米国同様、わが国のお
大臣方にも投げつけたい言葉でもあります。

韓国にもわが国にも「友好のさまたげになる無人島など爆破し
ちゃえ」と言ったお偉いさんたちがいたそうですが(笑)ま、そん
なわけにもいかないんだから。

さて、堅い話で始まりました今日の日記、昨夜は夫に引きずられ
て(いや、ほんま。わたしゃシントラの旅行と一昨日のVila Real
への日帰り旅行でくたびれてるんだってば^^;)、しぶしぶ外食。
matosinhosパタニースカス1
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