2009年8月29日

熱かった(暑かった?)衆議院選挙も終わり、日本人の多くは民主
党政権を選びました。

西松建設に始まる不正献金疑惑の小沢一郎、「故人献金疑惑」を
抱える鳩山由紀夫の国民に対する説明は,マスメディアの世論調
査を信じれば「不十分である」と考える人が70%に達していると言う
のにそれをケロリと忘れて民主党を選択する脳天気な日本国民。

古くから云われている言葉があります。
「国の指導者は国民のレベルでしか選べない」
云い換えれば「政治家は国民の鏡である」(鑑ではありません)   
            ブログ「大事小事より


口下手なわたしの気持ちをよく表しているブロガーさんのお言葉を
お借りして。のらりくらり交わして疑惑の納得できる説明を国民に
しない二氏をトップに頂く政党政権はわたしは腑に落ちない。

自民党の不甲斐ないのは承知していますが、党大会では国旗を
掲げない党、国旗を切り二枚張り合わせて党の「神聖な旗」を作る
党が、国民の投票で政権をとったのですから、日本がこれからどん
な方向へ舵を切っていくのか、不安は否めません。
が、これが民主主義の結果であれば受け入れしかありません。

自民党は公明党と組んできたことで、保守から見放されたので
しょう。これを機に、自民党には公明党との決別をし、政の何たるか
を初心に帰って見直し、新たな姿で再び復活してくれる日を待ちな
がら日本を見ていきたいとわたしも心を新たにしたいと思います。

ただ、今回の選挙で、こういうのは辞めて欲しいと思われる
幾人かの大物政治家が落選したことは極めて喜ばしいことです。

はぁ・・・・予想していたとは言え、失望、大きいって・・・

さて、ぶつぶつ言っててもしようがなか。
熱かったのは衆院選だけでなく、今日のポルトも暑かった!
32度を超えたでしょうね。
この暑さの中、今週木曜日の帰国を控えて、今やっと、出発前
の最後の仕事、12月号雑誌記事執筆をやっと終えました。

ということで久しぶりに、ご案内です^^
carmen1
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月27日

9月3日初めから2年半ぶりに3週間ほど日本へ帰国します。

その帰る間際のバタバタです。

帰国準備よりも、ポルトへ帰って後の、秋からの週末日本語教室
オープンと、11月に予定している、わたし個人の「草の根・日本
文化展」の準備で忙しくしています。

毎日、パソコンで配布する名刺サイズのカードを作成して印刷し、
はさみで切ったり、メール案内したり名簿を作ったりと、メールで
やりとりで久しぶりにタイピングする英語の綴りのあやしいこと
あやしいこと@@

なんとなれば、ポルトガル語だとアクセントが完全に文字化けする
のですね。それで、英語です。

英語口語は、さほど抵抗を感じずに出るのですが(これとて子供ら
に言わせると、もういい加減なものらしい^^;)長い間、英語の文章
を書いていないので、参った参った。
いやもう、これは「漢字」と同じです(笑)
読めても書かなきゃ忘れる!

「草の根」とわたしが謳うのは、どこからも支援を受けず、ひたすら
個人の微力でしているからです。

「日本○○展」と掲げるほど、高価なものを展示するわけではなし、
異国に居て日本恋しさに、これまで帰国する毎に、自分の趣味で
持ち込んだ、陶器食器類、塗り物、布物、京人形、博多人形、扇子、
掛け軸、かんざし、着物、エトセトラエトセトラ。

大きな日本人形をケース毎、持ってきたときは苦労しましたっけ^^;
小さな子供二人連れて、よくぞまぁ持って来れたものと、当時の自分
の若さと言うか無謀さと言うか、がんばりを振り返るのですが、機内
持ち込み手荷物の制限が厳しい昨今だったら、恐らくできないで
しょうね。

船便で送る荷物も、秤にかけながら睨めっこ、20キロぎりぎりにダン
ボール箱に詰め込んで、10個、11個と、毎回ポルトガルに帰ってくる
最後の日に郵便局に持ち込み、局の人に
「んまぁ、見事に制限量ですね」と感心されたものです。

思えば、買ってポルトガルに持ち込んだ物よりも、送料の方が高く
ついたかもだ^^;
3年ごとに行くのに、そんな調子で局の人とはすっかり顔なじみに
なったくらいです。
ところがです、日本恋しさに、そうして苦労して持ち込んでみたはいい
けれど、これが洋式の部屋に飾るとなると、どうもしっくり来んのです。

おまけに猫は何匹もいるわ、子供は小さいわで、いつ壊れてもおかしく
ない危険極まりない状況で、結局飾るのはケースの中に一部、後は
全て、食器棚の奥やら、押入れの中やら、ベッドの下やらとお蔵入り^^;
実際、猫に今は亡き、横浜の叔母からいただいた、大きな有田焼の
素敵な飾り花瓶を、見事にやられたのでありました^^;
そそ、お気に入りの花器だって、欠けてしまったのよ^^;どれもこれも
猫が~~^^;

でも、お蔵入りとは、これじゃぁ、持ち込んだ意味がござんせん。
それで、思いついたのが、「じゃぁ、せっかくの日本文化、たいしたもの
ではないけれど、わたしのコレクションをポルトの人に見てもらおうか?」
となり、初めての草の根・日本文化展が、下記の写真。
展示会1
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月22日 

1979年、わたしがアメリカに行った頃、日本の治安は世界一安全
だと言われていた。それがどうだろう、近頃新聞で報道される犯罪
の異質なことこの上ない。

もちろん、ポルトガルに犯罪がないと言うつもりはない。
しかし、おどろおどろした、残酷な犯罪が近年日本には随分多くなっ
たと感じる。それと併せて、義務をそっちのけにして、権利ばかり主
張する輩が増えたのも気になる。

個性だの自由だの権利だのを、なにか勘違いしているのではないか?
まじめに生きる人間を茶化したり小ばかにしたりする風潮もあるが、
いったいどんな気なのだろう?

日本に度々帰っていると、案外気づかないのかも知れないが、数年
ごとにしか帰国しないわたしの目には、世の中があまりにも目まぐる
しく変わり、異様な方向に流れつつあるかのように映って仕方がない。

これにはもちろん諸々の原因があるだろうが、これまでの学校教育の、
家庭教育の結果が、今社会の大きな問題になって現れてきているに
違いない。

いや、本当に、近頃は新聞の三面記事をにぎわす一般人に限らず、
政治に携わる人たちにも、極普通の人間であるわたしは、その行動
に首をかしげてしまうことが度々ある。
こんなんで、日本、本当にええのか?
遠くにいて、焦るやん、わたし・・・

ということで、今回の衆議院選挙ですが、わたしは海外に住んでい
るので、在外選挙で、皆様より一足お先に郵便投票、希望の一票
を本日送りました。
選挙2
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月21日(金) 

夫の手が空いた昨日の午前中、わたしが個人的にする秋の日本文
化展に使いたい「黒枠の額」を見にいこうと車でIKEAに向かってい
た時の事。

夫のケータイが鳴った。応答する夫に、
「ね、警官がどこで見てるか分からないわよ。罰金デカイし、大丈夫?」
とのわたしの言で、道路に車を横付けした。

なにやら面倒な話らしい。電話が終わると夫が、
「だめだ、すぐオフィスに行かないといけない。大変なことになってる
らしい。」と言う。

週に一度しか行かないのだが、夫は、サンタ・カタリナ通りのすぐ横に
ある古いビルの一室を診察所として借りて35年ほどになる。
ビルの二階は4室あり、各々別個のドクターたちが診察所としている。

そこの管理人からの電話で、一階の部屋のどれかが一晩水漏れした
らしく、地階の下の店舗の天井が一部おっこったのだそうだ。
それで、消防署や警察が来ており、管理人が部屋の鍵をもっていない
もので、消防員が入れないと、我が夫に電話をかけて来たのである。

夫が行っても鍵は自分のオフィスのしか持っていないので・・・と思った
ものの、こういうところは責任感の塊の夫、余計な事は言うまい(笑)
わたしも同行してすぐにオフィスに向かうことになった。

なるほど、角にある店舗の横にはパトカーや消防署が待機している。
わたしたちの到着と同時に、4室の鍵を預かっている診察所の看護
婦さんも現れ、夫のオフィスから開けて行った。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月19日

食べ物ネタ、続きます^^

レストラン、カフェのネタはあるのですが、なかなか整理できず、
ついつい遅れがちです。
この「Shis」も出かけたのは7月。

実は、以前から海岸沿いに結構美味しい寿司が食べられる所がある
と噂に聞いており、それで、機会があるごとに、「寿司レストラン」と
探ってはあちこち行って見たのですが、ここだ!と思われるのが見つ
からず、おかしいなぁと思い、たまたま、わたしが出張日本語と称し
て彼のオフィスまで出かけて教えている「マセラッティの君」と寿司
の話題に及んだ時に見つかりました。
探してもなかなか見つからないはずです。
スシ・レストランとは特別にうたっていないのです(笑)

しかも、話をしてみると、このレストランは夫の同僚であるドクターが
経営しているとのこと。なぁんだ、もっと早く言ってよ~。
(陰の声:ドクターも色々やねぇ・・・)

7月に義兄の誕生日祝いに、平均年齢62歳(ここだけ余計か。笑)
の3人で行って参りました。

shis1
海沿いにある「レストラン・Shis」は、旧レストラン・Ourigoを改築、
2007年夏にオープンしたちょっとゴージャスなレストランです。
寿司カウンターでは、目の前で寿司をにぎってくれます。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2008年8月16日

最近ダウンタウンに行くごとに、よく寄るポルトのコーヒーショップを
ご紹介。
ともすれば見過ごしてしまいそうな老舗のカフェ。
Carlos Alberto広場周辺です。
                    
カフェ・プログレッソ   
          
カフェ・プログレッソ2

1899年に開店した「カフェ・プログレッソ」は今年2009年で創立
110年になる。

カフェ・プログレッソ
伝統的な雰囲気を損なわない程度に現代風に改造して、とても落ち
着いたコーヒーショップだ。店内もこじんまりとしている。
    
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
20098月15日

今日は終戦の日であるとともに、お盆です。

戦後2年目にしてわたしは父の故郷である岩手県の雫石に生まれ
たのですが、子供時代から高校を卒業するまでのほとんどは青森
県の弘前(ひろさき)で過ごしました。

時々、その弘前での20年近くの日々を思い出すのですが、一番
最初に沸いてくるのは、「我が家は一貫していつも貧乏だったなぁ」
と同時に「けれど、なんて当たり前な、のどかな時代だったろう」と
いう思いです。

この頃の思い出話は、興味のある方はこちらで読んでいただくと
しまして、

先日、時節柄、日本語教室の二人組みの生徒さんに「お盆」の
話をしようとしたら、生徒の一人が、

「せんせい、その言葉、知っています。トレイ(tray)でしょ?」

と言う。

「お、エラい、よく知っていますね、その言葉。」と、まずは褒めて
おき(笑)「今日話すのは、そのお盆ではなくて、祖先の霊を祀る
日本の行事のお盆です。」
(もっとも語源は先祖の霊に食物を供えるのに使った「トレイ、お盆」
から来るとの説もある)

外国語を学ぶには、もちろん文法も大切ですが、その国の歴史
や習慣を知ることも重要だとわたしは思うので、日本語クラスで
は機会があれば、日本の行事や習慣の説明を試みます。
外国語を学ぶことはその国の文化を学ぶことでもあります。

さて、日本の伝統行事では、ポルトガルとは習慣が違うわけです
から、説明に色々手間取ったり、意表をついた質問が出されたり
して、こちらがハッと気づかされることも時にはあったりします。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月12日

今夏は、ずっと23度から24、5度の気温で、とても夏とは思えない
ほど涼しく、クーラーはおろか扇風機もなしで過ごしてきました。
過ごしやすいといえばそうなのですが、農作物はいかに?と、少し
気にかけていたところ、昨日から急激に30度と気温が上昇し、
この夏初めて夏汗をかいております。

周囲はほとんど長い夏の休暇に入っているものの、9月休暇を予定
しているわたしは、今週いっぱい、まだ自宅日本語教室を続けて
いるわけですが、このような長い休みを利用して、普段手をつけな
い押入れや台所、整理ダンスの奥などの整理をする人も多い。

今年2月に鬼籍に入った義母の家に住んでいるアーティストの義兄
もその一人で、どうやら、屋根裏部屋に上がって整理と決め込んだ
らしい。

屋根裏部屋はバスルームの天上に四角い出入り口があり、かなり
長い梯子(はしご)をもって上らないといけないので、それこそ30年
近くも、誰も上がっていないはずである。

わたしも6年ほど義母たちと同居していた頃、一度だけ上がったこと
がある。屋根裏部屋の天井は低いが結構広さがあり、ベッドなどの
古い家具や古着や古靴、その他、箱に入ったガラクタ類が置いて
あった。屋根裏部屋の出入り口から直接折りたたみ式の梯子でも
ついてあれば、子供たちのかっこうの隠れ場、遊び場になったこと
であろう。

亡くなった義母の家は、我がフラットからすぐの所にある。
ポルトに来た当時の6年間を夫の母たちと同居してきたわたしたちは、
娘が生まれる直前に、同じ通りの10数メートルほど離れた借家に
引っ越したのだが、以来、夫は義母が亡くなるまで、夜の食事後
には毎日欠かさず、母親を訪ね、一日のひと時を彼女と過ごして
来た。

義母が亡くなった今も、独り身の兄に気を配ってか、夫は未だに、
その習慣を続けている。

ある夜、
「見つかったよ。ジュリア・ラマーリュの陶土人形が。屋根裏部屋に
入ってたんだ。」と言って二つの古い段ボール箱を抱えて帰って来た。

ジュリア・ラマーリュ(Julia Ramalho。1888~1977)はポルトガルの
著名な陶土人形作家で、その独特な作風は一目で彼女の作品だと
分かる。

生存中、夫の患者であった彼女は、大きなダンボール箱にいっぱいの
自分の作品を夫に届けたそうで、わたしも結婚当時、義母から
「これは、yuko,お前たちのものだよ。」と大量の人形作品を見せて
もらったことがある。

そのうちのひとつは、わたしち一家が借家に引越しした際に持って
行き、車庫に入れて置いたところが、知らぬ間に泥棒に拝借されて
しまったのであった。

そのうちのいくつかが、どうやら義母の屋根裏部屋に置かれていた
らしい。

そんなわけで、今日は日本語教室の合間をみて、箱からジュリア・
ラマーリュの人形を取り出していたのだが、あらら、行方不明になった
と諦めていたわたしの気に入りの大きな「クリスマス飾り」が二つ、
出てきたのであります。
(文体、ここから変わる。笑)
ジュリア・ラマーリュ1
大小さまざまの陶土人形。宗教をテーマにしたものが多い。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月9日

スペインの大西洋岸に面するガリシア地方、ラ・コルーニャ(ア・コル
ーニャとも呼ぶ)、フェルール、サンチアーゴ・ダ・コンポステラを回っ
てきました。まずは、ラ・コルーニャから。

ラ・コルーニャ1
ラ・コルーニャは、ガリシア地方独特の、ガレーリアス(galerias)と呼
ばれる白い枠のガラス窓でおおわれたバルコニーで有名です。
大西洋の、雨が多い冬の暗い気候に、白い窓枠は少しでも明るくしよ
うとチャレンジするかのようです。

わたしたちが滞在した3日間は、写真でご覧の通り、曇りと小雨で、
時折の晴れ間。それでも、画像は白枠窓で明る目に見えます。
上の写真はコルーニャ湾に面したマリーナ大通り。

ラ・コルーニャ2
 ラ・コルーニャのダウンタウンは、大西洋が開ける入り江と湾岸とに
挟まれた細くくびれたようになっている。入り江側から港側へ突っ切
るのに、徒歩でもさほど時間はかからない。写真は無数のヨットが
つながれている港。

こちらは海岸通。海岸線は婉曲しており、写真のように向こう側が見える。
ラ・コルーニャ4
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月7日

コルーニャ・レストラン1
スペイン、ガリシア地方コルーニャのとあるレストラン。

しばらく前に、スペイン人の夫の友人を訪ねて、ポルトガル国境から
さほど遠くないガリシア地方「Nigran=二グラン」へ行った時の記事に
己の「しゃべり体力」のないのに失望、疲れ果てたと書いたのだが、
それは単に夫やポルトガル人の友人たち、さらにスペイン人のカル
ロスさんたちの多量チャット(笑)のせいだけでは、実はないのである。

随分昔になるが、スペイン、カタルーニア出身のサルバドール・ダリが
まだご存命の頃、かれこれ30年近くも前の話である。

当時わたしは夫の母ことドナ・オーグスタ、夫の叔母にあたるドナ・オ
ーグスタの姉ジョアキーナ叔母さん、そして、ドナ・オーグスタの義妹
ことティニーニャおばさんたちと(ややこしい~笑)、つまりポルトガル
の三ばば様と同居していた。

この生活環境はもう、毎日がまるでごった返しごった煮文化のような
状態であった。
もちろん、当時のわたしはポルトガル語は皆目だめ。
夫が勤めに出てしまうと帰宅するまで、それはもう三ばばさまも一応
女性でござりますから、姦しいのなんのって、ありません。
(姦しい=かしましい、と、読むのだよ。我が子たちよ^^)

こんな風に、夫はわたしも含めると女4人にかしずかれていた訳で、
それもそうでありましょう、我ら女どもの食い扶持は全て、まだ若くて
やっと専門医になったばかりの夫の細い腕にひたすらかかっていた
のであり、かしずかれて当然といえば当然。

ポルトガル語をまったく解しないわたしの楽しみは、テレビの英語番
組でありました。
こう書けば、いかにも英語ならペラペラに聞こえますが、なに、大した
英語能力ではござらん(笑)

当時のテレビは、日本から来たわたしにとってはびっくりもの!
白黒でござりました。
と言うても、もともとが日本にいた時分にテレビを持たなかったわたし
ではありますが、言葉の通じない国に来ては、情報がまったく入ら
ないことになるので、さすが主義を曲げざるを得ない。

さて、ある夜のこと、食後の片付けは新米がお姑様の台所をとろとろ
いじってもいかんだろうと遠慮いたし、もう三ばば様達にお任せし
て、夫と二人白黒テレビを見ていたときでござります。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月4日

アラかん(アラウンド60)の、今様の前衛的な機器に疎い身とは言え
(と、としがばれちゃったよ^^;)、ケータイを使わない人って、いくら
何でも今時いるのか?

ふと考えたら、なんだか自分だけがこの世から一人取り残され、孤高
の聖域にいるような錯覚に陥った・・・なぁんて言えば、
「おアホなことを!」と、丸めた新聞紙でもって頭をボカンと叩かれそ
うだが、なに、その訳はと言えば、一途に頑固の二文字が頭の上に
つくのと、こちらの理由故であります。

わたしは、ケータイを使わんのでありました。
持ってはいるものの、それは例えば、ここに駐在していた日本人の
どなたかが、帰国にあたり、モイケル娘に置いて行った物であると
か、日本へ行ったモイケル娘がもう使わなくなったものであったりと、
つまり、自分で買ったものはひとつもないのであります。
よって、その型の古いこと、ごついこと(笑)

我がケータイは受信することがなく、万が一のために持ち歩いてい
るのみで、知人は誰もケータイ番号を知らない。
夫がたまにかけてきても、オンにしていることがないのでつながる
道理はなく・・・(笑)

こういうわたしですから、帰国時にも、もともとが使わないのだから、
日本国内でも不便は感じませんでした。
連絡は、滞在先、所沢の妹宅にある固定電話を手段としてきたの
ですが、はたと、今回の帰国計画で気づいたことがある。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2009年8月3日
コルーニャ4

数日間の旅から帰るといつも思うことだ。

掃除洗濯料理なし、旅先のホテルではいたれりつくせりと行かない
までも、ベッドメーキングはしてくれるし、朝食はできているしで、
のんびりできるのだが、やはりなんたって、狭くても、猫たちがいて
うるさくても、色々家事をこなさなけらばならなくても、我が家が
一番いい!

休暇に出かける時よりも、帰るときの道すがらの方が一刻も早く
家に辿りつくことを考え、ルンルンして俄然元気になるわたしなので
ある。

昨日は夕方には家に着き、「そうしてみたら、スペインのレストラン
メニューに、sopa=スープを一度も見なかったなぁ」と気づき、よっしゃ、
今宵は数日ぶりにコテコテのポルトガル式スープだ!と平日より早い
時間に台所に立って準備していたところ、そろ~りと夫が顔を出して
言うことにゃ、
「嬉しいねぇ。今日は君が疲れていて、きっとご飯がないかと(外出
して疲れると度々そうなる^^;)思ってたのに、スープまであるとは!」

なんやねん、それw
それじゃまるで、わたしが料理失格の妻に聞こえるじゃないか・・・
ま、確かに、食べ物にはあまり執着しないタイプではあるので(笑)
連れ合いになる相手はちと大変かもではある。
でも、腕を振るわなければならん時は振るいまっせ!

ということで、わずか3泊4日のスペイン・ガリシア地方の旅行から
帰って参り、今日からまた日本語教室を続けております。

こんなわたしの日々を見て、「明日は教室は何時と何時?」と前日夜
聞くのが近頃慣わしの夫(なにしろ、10時半から授業があるから、
ジャージャー音がすると困る、10時以降シャワーは浴びてくれるな、
と夫に言い渡してある)が先ごろ曰く、

「これじゃぁ君、一緒にお茶を飲むのに、僕も君の時間を予約しな
きゃならんじゃないか・・・」

さいでござんす、旦那(笑)。お宅のように、午前中仕事なしの年金
暮らし、午後からクリニック勤めのご身分とは違いますで(笑)
働けるうちは嫌いでもないこの仕事、続けるのであります。

もちろん、働きっぱなしではいけません。
何度か我が日記にも書いておりますが、「忙しい」とは「心を亡くす」。
心を亡くして何の人生か、幸せか。
エネルギー補給もいることですから、我が真の休暇は9月一杯と
しており、2年半ぶりの母国帰国と相成ります。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
にほんブログ村