2009年10月29日

モンセラー公園入り口。門柱の上には森を護衛するかのようにベック
フォードの「gargoyle(ガーゴイル) と呼ばれる異様な怪物「キメラ」
が一対立っている。 
モンセラー森1

レガレイラ宮殿、パリのノートルダム寺院もそうだが、ファンタスティックな
gargoyleはゴチック建築にはつきものだ。
モンセラー森2

巨大な岩戸「バセック(Vathek)の門」。ゴチック作家ウイリアム・ベック
フォードの著書「Vathek」から来る。

モンセラー森3
ベックフォードの東洋趣味に基づく、ムスリムのVathekを主人公にした
この小説は、当時のヨーロッパ社会からすると異教的であり、発表当
時はスキャンダルになったと言われる。

モンセラー森4
森の中で見られる「ベックフォードの滝」。

モンセラー森6
16世紀にスペイン・モンセラー修道院の「黒いマリア」への奉献として
建てられたカペラ(礼拝堂)の跡。
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2009年10月26日

昨日からポルトガルは夏時間から冬時間に移行し、日本との時差
がこれまで8時間だったのが9時間になりました。

つまり、夕方で言うと暗くなるのが早まるということです。
元気な夏は終わり、日暮れ時がセンチメンタルな、母恋し、子が
恋し、友恋し、こんな風に人恋しい季節でもあります^^

さて、昨日に引き続いてシントラのモンセラー、今日は宮殿の案内
です。

Monserrate500-1.jpg
なだらかな芝生の丘の上建つエキゾチックなピンクのドームを頂く
モンセラー宮殿。この写真はwikiより拝借した宮殿裏庭園。

と言うのは、この芝生の丘は森の道から入れるのですが、道徳的
に「芝生に入るべからず」がしっかり頭に染み込んでいる日本人の
わたしはここを避けて周り道して横から宮殿バルコニーに入ったの
でして(笑)よって、一番美しいモンセラー宮殿と裏庭の全容写真
が撮れなかったのであった^^;
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2009年10月24日

リスボンから電車で40分ほどのところに、かつて「王侯貴族の避暑
地」と呼ばれた小さな町、シントラがある。「月の山」とも呼ばれる
シントラ山脈は、古代から神秘的な山として知られてきた。

これまで、不思議なシンボルに満ち満ちているシントラの「キンタ・
ダ・レガレイラ」をシリーズとして紹介してきたが、レガレイラを少し
休憩して、今回はシントラ旧市街から4キロほど山中に入った
「モンセラーの森と宮殿」を紹介したい。
モンセラー1
★華麗なムガル宮廷建築のモンセラー宮殿正面

「モンセラー」とは「鋸(のこ)で切られた山」と言う意味で、この名は
スペインのカタルーニア地方にある「モンセラー修道院」に因む。

モンセラー修道院
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2009年10月21日


サンタカタリナ・黄色いドア

★「ポルト百景」:ダウンタウンはRua da Sa da Bandeira 近くの
黄色いドア


近頃は朝6時頃には起床している。

起きてシャワーを浴び、それからWeb新聞、政治ブログサイト数箇
所をサーフィンするのだが、政権が交代するまでは、
「なんだ、しっかりせんかい、自民党!」とか、
「なぁんでここまで揚げ足取って書き連ねるのよ!」とか、朝から
プンプンすることがしょっちゅうで、こういう少し怒りの思いが、エネ
ルギー発奮になったりしてきたのだが、近頃は違うのだ。

なんと言うか、新政権のニュースを読む度に言いようのない不安
が体の奥から沸々と沸いて来るのである。

口下手なわたしは、人との口論では、いくら頭を絞っても、即やり
返すということが苦手な自分を知っている。
ワンテンポ置き、少し考えてみてから、
「ちょっと待てよ?それはおかしいんじゃないの?」
となるのが定番で、
「この間の話ね、わたしはおかしいと思うのよ。」
と時期遅れに言い出したりする。

ぱっと一瞬にして対応できないもどかしさが自分にはあるので、
政治に関しては、わたしなりに思うことはあっても、文字にすること
はあまりない。やり込められて反論するだけの論法を持たないし、
要は臆病なのでブログでは意見を発進しないのであります^^;

そういう点、夫などは言下に「それとこれとは別問題だ」などと始め
るので、そう言われてしまうと、とりつく島もなく、口下手なわたし
などは夫相手ではいつも悔しい思いをする。

せいぜい台所へ行って、
「なぁにが、別問題よ。そういう論法ってずるいじゃん。それとこれ
は別、なんてないのよ!世の中のことはぜ~~んぶ、どこぞで
必ずつながってるんだい!」
と負け犬の遠吠えである。
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2009年10月20日


週に2、3度、わたしが密かに「マセラティの君」と呼ぶ、とある企業
の若いおエライさんの重役室で日本語を教えている。

「学問に王道なし」で、師弟の間柄では重役さんであろうと、レッス
ン中はわたしが「ボス」である(笑)
と、こんな厳しそうなことを言うものの、その実、授業中は、

「Look, Mr.R,(あのね,Rさん)・・・・」と、間違いを指定するわたしに、
「Yes, mum. You are a boss」

などと冗談を時々言いながらのいたって和やかなレッスンなのだ^^

昨日の朝は小雨が降ったり止んだりの中、自動車道路を飛ばし、
隣町にあるその「マセラティの君」のところまで行ったのだが、
高速を出たところで、曇った空半分にうっすらと架かる虹を見た!

外出時はデジカメを必携とするわたし、道路脇に停車して撮影した
いと思い、本の数秒スピードを落としきや、あらま、もう虹は消えて
しまっていた・・・

泡沫(「ウタカタ」と読むのだよ、モイケル娘^^)の虹やなぁ、見たか
と思ったらもう消えて、我らの人生もまた、広大な宇宙から測れば
あの虹のようなものかな?
その泡沫のような地上の人間の人生がひとつひとつあの虹のよう
に空に架かったら、さぞかし美しかろ。

日本に住んでいたときは都会だったからか、ほとんど見かけなか
った虹も、ポルトガルではたまに見られる。

♪もし、小さな青い鳥が、夢見て虹の彼方に飛んでいけるのなら、
     どうしてわたしにできないことがあろうか?♪


瞬時「オズの魔法使い」主題歌「Over the Rainbow」の大好きなこの
くだりを思わず口ずさみ^^・・・

お~っといけない!
運転中こんなことに頭を巡らしていたら、そそっかしいわたしのこと、
うっかりどっかにぶつけたり、道路の穴におっこちないとも限らない
(ポルトガルは実に穴が多いのである。そして、うっかり大穴におっ
こった経験あり。笑)と、虹を振り払い、守衛さんに笑顔を向けて、
マセラティの君の会社の正門をくぐったのである。

天が我らに示してくれる宇宙の美は虹もうそうだが、流星群もまた
わたしには堪らない魅力だ。

オリオン流星群3
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2009年10月17日 

長年の補習校の仕事から解放され、土曜日は自由になったと言う
のに、長年の習慣からか、あるいは生来の貧乏性からか、土曜日に
家にいるのがどうも落ち着かないのである。

そこで、ダウンタウンの、とある一室で先週から土曜日日本語教室を
開くことにし、先週からそれが始まったのだが、補習校時代の車通
勤と変わり、今回はメトロ駅に車を乗り捨て、市庁舎前のAliadosまで
メトロで行く。
朝の街を車を走らせるのもいいが、こうして歩くのは格別に気持ちが
いいものだ^^

「待って待って~!」と、ホームを小走り、ぎりぎり電車に飛び乗るな
んてのも、その昔、大阪での勤め人時代に毎朝したことを、異国で
アラカンになって再びすることになるとは、夢にも思わなかった(笑)
(誰だい!走って足がもつれ、コケでもしたらエラいこと、御歳を考
えよ!なぁんて陰で言ってるのは。笑)
土曜日は今のところ一クラスなので11時半に終了する。

さて、昨日は終了後、来月の日本文化展示会に使用したいものを
探しに、旧市街はダウンタウンの目抜き通り、「サンタ・カタリナ通
り」に足を向けた。

土曜日の午前中にこの通りを歩くなど、これまでほとんどなかったの
だが、近年歩行者天国となったサンタ・カタリナ通りは、観光シーズ
ンも終わったのに、天気のいいこともあってか、買い物客、ぶらぶら
客、ストリート・ミュージシャンで大変な人出だった。
サンタカタリナ2

サンタカタリナ1

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2009年10月16日

子供たちが小中学生だった頃の帰国はほぼ3年ごとで、国への
想いも一入(「ヒトシオ」と読むのだよ、モイケル娘よ。笑)だった
ものだ。

「あれもあったらいいな、これも欲しいな」と、数年分の想いがある
ので、帰国していざポルトに帰って来る段になると、滞在中に買い
集めた物の荷造りで毎回四苦八苦していた。

二人の子供たちの分も合わせて、飛行機に送り込む手荷物は、
エコノミクラスで60キロなのだが、とてもそんなものでは収まら
なかったのがわたしたちである。

子供たちの日本語教育に必携の参考書やドリル類から、自分が
読みたい本、文房具(鉛筆、消しゴム、クレヨンなどの筆記用具は
日本製が俄然良質なのであった)、和食器類に及び、日用品に
於いては、当時はポルトガルであまり見かけなかったプラスティッ
ク容器、果ては洗濯バサミまで持ち込んで、夫や夫の家族は
苦笑したものだ。

時代が変わり、ポルトガルがヨーロッパ共同体の一国となりネット
の普及等で今では色々便利になり、値段に余り細かくこだわらな
い限り、大概の物は手に入るようになった。

それで、家族から「船便代に10万もお金をかけるなんて、中身と
あまり変わらないじゃないの」と呆れられていたわたしだが、近年
そうやって船便荷物を日本から送ることもなくなった。

色々考えると、持ってきた和食器も、どうもいまいち、洋風の食卓
には合わない気がするし、第一、食材が違うので、和食器に盛り
付ける少量多種のおかずが食卓に乗ることはない。
和食器は専らわたしが手に持って眺めるだけのことが多くなった。

そんなわけで、このところ帰国しても重量限度内に収められるよう
になったのだが、今回はちと違う(笑)

来月14日に知人のギャラリーで日本文化個人展を開催することに
なっているのだが、なに、自分が長年少しずつ持ち込んで来た日
本の小物を押入れ奥に仕舞い込んだままではもったいないと、
素人がお披露目をするだけのことなのだ^^;

それで、今回は日本で少し買い足して来たのである。
その中でも、わたしが思い切って持ってきたのが、これです!↓

野点傘1
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2009年10月12日

この春3月に、21年間携わってきたポルト補習授業校を退いた。

補習校8
今年三月の退任式スピーチで。
補習校は、海外に子連れで赴任した経験のある人は分かるだろう
が、そうでない人には耳慣れない言葉かも知れないので、少説明
しようと思う。

正確には補習授業校と言うのだが、家族ぐるみで赴任している企
業の駐在派遣社員などが、子供たちの日本語力の低下や帰任
後の進学などを危惧して設立されたものが多い。
が、近年では、国際結婚や永住家庭の子供の入学が増えてい
るのが現状である。

2007年には世界53カ国195校あり、それらの規模としては
生徒数が10人から1000人以上と様々で、週に一度、たいていは
土曜日に現地の施設や学校を借用、運営されているが、全世界
の約65%が生徒数50人に満たない小規模校だと言われる。

講師は現地採用で、授業は土曜日の朝、3時間半から4時間、
国語算数(数学)を中心に、文科省の定める1年間のカリキュ
ラムを、年間150時間ほどで2科目全てを終えるようになっている。

補習校の経営母体は現地の日本企業商工会や日本人会で、
日本政府の援助対象となるものとならないものがあり、その
運営方法も様々。

補習校入学資格は、原則として日本国籍を有することだが、
なかには、国籍があっても授業についていける日本語能力
を請われる場合もある。

大部分の小規模校は義務教育の小中学部のみだが、ポルト
補習校のように、小さいながらも幼稚園部、高校部を設置
するところもある。

授業形式は学年を併合し、いわゆる寺子屋式の「複式授業」
をとることが多い。
この点は、経済上の問題、講師不足など補習校によって個々
理由がある。
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2009年10月11日

ポルトのビジネス街ボアヴィスタ・ロータリーの一角にある、巨大な
岩の塊のような建物がカーザ・ダ・ムーズィカこと音楽堂だ。 
casadamusica1

2001年にヨーロッパ文化都市に指定されたポルトが、その事業の
一環として市が手がけたのが、このカーザ・ダ・ムーズィカの建築。   

1999年にコンペにより、オランダの世界的な建築家、レム・コール
ハース(Rem Koolhaas)の建築事務所が担当することになり、完成
が待たれたが2001年には間に合わず、出来上がったのは文化
都市の役目も終わった4年も後の2005年4月。                           

完成が遅れたのには、3300万ユーロの予算だったのが、4倍の1
億1000万ユーロにも上り、物議をかもし出した理由がある。             

完成したカーザ・ダ・ムーズィカはコンサートホールとしては見る者
の意表をつくような斬新さで、「過去100年で建てられたコンサート
ホールの中で最も重要なひとつに数えられる」と、ニューヨークタイ
ムズ紙上で建築評論家のNicolai Ouroussoffは書いており、
世界中のアーティストを刺激した。

毎週土曜日の職場に向かう時はいつもわたしはここを車を走らせ
たのだが、その度に完成はまだかまだかと、横目で眺めながら通
ったものである。     

なぜならば、ポルトのもうひとつの音楽ホール「Coliseu=コリゼ
ウ」では、大掛かりなオペラやミュージカル、シンフォニーを演奏する
には少し小さいのである。
カーザ・ダ・ムーズィカができることで、ポルトでもやっと国際的なコン
サートが聴けるかと大いに期待したものだ。                      
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2009年10月9日

明日からダウンタウンで始まる土曜日の日本語教室の準備で少し
忙しかったこの2、3日、今日はつなぎに、古いエッセイを引っ張り
出したのをアップさせてください。
既に読んだことがあるかたはスルーを^^
gonta
写真は我が家の5匹猫で一番古株のゴンタ君の後姿。
9歳くらい。この春から右目が見えなくなり、これまで毎週末土日に
は1時間ばかり外へ出していたのが、上記の理由で危険なため
外出禁止^^;それで、せめて外を見られるようにと、こんな風に猫の
覗き台(笑)を作ってみました^^


では、以下、エッセイをどうぞ。

ー梅の木のある家ー

子供の頃から今に及んで、失敗談には事欠かない。
しでかしてしまった後に、自分でもおかしくて笑いのネタにするものも
あれば、中には、恥ずかしくてとても披露できないものも若干ある。

しかし、こう言ってはなんだが、何十年も前の失敗談ともなると、失敗
談の域を超え、これはもう殆ど自慢話に近くなってしまったと言う、
わたしが小学校4年生くらいの、今日は話である。

娯楽があまたある現代の世相からは、すっかり姿を消してしまった
だろうか、弘前でのわたしの子供時代は専ら自然を相手の遊びが
中心であった。
家の裏は畑になっており、その向こうは限りなく田んぼであり、小川
が流れていた。
稲を刈った後の田んぼは、跡がニョキニョキ突き出ていて、裸足で
走ろうものなら、痛くて半べそをかいたものだが、それでも、稲が
刈り取られた田んぼはだだっぴろく遊びには格好の場所であった。
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2009年10月6日
 
思春期から、そして大人になってからも、海外文学に親しみ、読み
漁った本や詩集は数知れず。
好きな詩人はと問われれば,迷わず「ジャック・プレヴェール」「ギヨ
ーム・アポリネール」と先ずは答えるのですが、音楽も同様、邦楽
よりも洋楽を好み、昔なら「西洋かぶれ」と言われたに違いない
わたくし。

しかし、ひばりさんの「柔」や井沢八郎の「ああ、上野駅」等の演歌
にも心惹かれるところがあり、時代劇や歌舞伎のお決まりのセリ
フも実は大好き^^

これは幼い頃の自分の環境と、和洋折衷好みの母の影響でもあり
ます。言うなれば、日本人としての「三つ子の魂百まで」のわたし
の部分でしょうか。

3週間の今回の日本滞在で、日本に住む子供たちと3人、日光江
戸村へ家族旅行して、一番喜んでたのは実は母親のわたしだった
りして(笑)

江戸村1
日光江戸村内では、こんなお侍の姿も見られ、時間をうまく使いこ
なせば、村内の数箇所の劇場も見て回ることができる。

下は雨さえ降らなければ観劇できる野外劇場。今回は「ねずみ
小僧」。ユーモアもあってなかなか面白かった。
江戸村2

一緒に見ていたモイケル娘、「なに?ねずみ小僧って?」
「諸説はあるけど、金持ちの大名屋敷から小判を盗んで、貧乏人
にそれを施したという、まぁ、いわゆる義賊と呼ばれた江戸時代の
大泥棒、ねずみ小僧次郎吉さんよ」

こういう時代劇のことなら任しとき!と、おっかさん(笑)
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2009年10月4日(日) 

所属する部は違うが、会社の同期の友達の招待を受け、昨日レスト
ランへ昼食に出かけたモイケル娘が言うことにゃ、

レストランで席に着くと、友達のお父上が注文した。
「梅、4人分お願いします。」
これを聞いて、梅の苦手なモイケル娘、
「うげ、大変だ!梅は食べられないのだぼん^^;」

それで、失礼かとは思ったものの、思い切って言った。
「す、すみません、梅はダメなんですぅ。」

ここまで聴いてわたしはもう噴出した(笑)
モイケルよ、レストランで梅といえば、メニューの「松竹梅」だで(笑)

こういうところで通常は話す日本語も大して違和感が感じられない
彼女ではあるが、海外生まれの海外育ち、帰国歴がまだ5年目の
娘、彼女の日本社会での未経験さが暴露されるのであります(笑)
(帰国子女モイケルおもしろ過去エピソードはこちらでどぞw)

やっぱり今回、ホテルの和食レストランへでも連れて行くのだった
と思った一件でした^^;

息子の誕生日が9月25日、わたしの日本滞在期間中だったので、
普段から食費を節約している子供たち、自腹で懐石料理など食べる
ことはあるまいと、祝いがてらにそのようなレストランへ連れて行こう
と計画していたのですが、いかんせん、休日前夜ともなれば、遊び
に忙しく、一向に帰って来ない肝心の主役の息子です。
ポルトガル帰国のわたしの日程もすぐで、計画も変更せざるを得ず、
結局近場の美味しくもない居酒屋へ行く羽目になったのでありました。

二人の今度のクリスマスのプレゼントに、都内のホテルレストランの
予約を入れてあげようかしらん^^

さて、昨日の日曜日、昼食を外で済まし、夫と二人ドウロ河岸を散
歩してきました。

何度も写真で紹介済みのドウロ川に架かる6つの橋のひとつ、ドン・
ルイス一世橋。上段に見られる黄色い車体のメトロは、この橋を通
過するときは、かなり速度を落とし、乗客がドウロ川下流一帯の
美しい景色を十分楽しめるように配慮しています。

ガイア・橋
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2009年10月4日

友愛精神であちこちお顔を出すのはいいけれど、

mr.hato
↑昨夜、寝しなに「鳩山さん、モデル気分?」と謳ったウェブ記事
掲載の写真に「なんだ、こりゃ?」@@

以前から、わたしはどうもこの方の目が気になって仕方がないのだ。
言うこともコロッと変わる。
人間、過去にはあんなことを言ったが、色々考えたり経験してみた
りすると、あれは違ったかな?と考え直すことはあろう。

しかし、この方の言質はどうも不思議で信用できない。

「私は政治家と秘書は同罪と考えます。政治家は金銭に絡む疑惑
事件が発生すると、しばしば「あれは秘書のやったこと」と嘯いて、
自らの責任を逃れようとしますが、とんでもないことです。秘書が
犯した罪は政治家が罰を受けるべきなのです」

と過去に言っているのだが、ご本人のせこい小細工、故人献金疑
惑はこれいかに?

この方の矛盾言質はこれひとつに限らないので、やっぱりなんだか
なぁ、と思いながら床に就いたのだが、帰国後一週間になろうと
するのに、まだ時差ぼけをひきずって、今朝も4時半起きのわたし、
日課のウェブ新聞を開くや目に飛び込んできた中川昭一氏死去の
記事には「えっ!」と驚かされた。
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2009年10月1日

今回の帰国では、書き留めたい大きな出来事が三つほどあるのだ
が、少し時間を置いて後にしたいと思っている。

今日は逆帰国初のポルト情報です。

世界に名だたるポートワインことViho do Portoの話題です。
ご紹介します。
solar2

ポルトのドウロ川対岸、ガイア市に立ち並ぶ数多くのワインセラーで
も、見学後試飲できるのですが、それだと一社のポートワインを味わ
うことしかできません。

が、この「Solar do Vinho do Porto」と呼ばれる邸では、自由に銘
柄を選ぶことができます。

solar1

ドウロ川上流で栽培される葡萄から作られて来たポートワインは、
18世紀初期に、ポルトガル英国の二国間で締結された条約に
より、低輸入税でポートワインが購買できたことから、英国人の間
で人気が高まり、ポルト港から英国へと大量に出荷された。

英国までの長い船旅はワインの風味を損なうため、船積みの工夫
としてアルコール分を強化する方法が編み出され、今日のポート
ワインが産み出された。

以来、ポートワイン業には英国が常に携わり、現在も歴史ある多く
の英国シッパーがガイア市のドウロ川沿岸に、その名を並べて
いる。
Cockburn, Croft, Dow, Gould, Graham, Osborne,Offley,Sande-
man,などがそれで、中でもTaylor とWarreは有名である。

さて、そのポートワイン協会が経営する「Solar do Vinho do Porto」
だが、ここではメニューはただ一つ、ポートワインのみ。
希少なのも入れて200種類もの銘柄がメニューに載せられている
が、その全てが飲めるわけではない。

お値段のほどは、グラス一杯が3ユーロ、その上が10ユーロ、更
にボトル単位の値段となる。
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