2011年5月30日

お、spacesisさん、更新が続いて調子がいいね、なんて声が聞こえて来るよ
うな いえね、もう原稿はできあがってたのでありまして、アップロード
を忘れていたのでした^^;

では、参りましょう。前回に引き続き、トマールです。


リスボンから鉄道で2時間ほどにあるリバテージュ地方のトマール(Tomar)
は、13世紀のポルトガル、レコンキスタ(イスラム教徒からの国土奪回運動)
時代からテンプル騎士団の町、またはキリスト騎士団の町として知られてい
ます。

この小さな町が、ごったがえしの観光客で埋まる祭りがあります。4年に一
度町をあげて催されるタブレイロス祭(tabuleiro=木のお盆)がそれです。

わたしがトマールを訪れた2007年は6月30日から7月9日が前回から
4年目のタブレイロス祭にあたりました。が、既に7月も下旬で祭りそのも
のを見ることはできませんでしたが、まだここかしこにかすかな祭りの名残
が見受けられました。

タブレイロス祭は、スペインのアラゴンから農業王と呼ばれたディニス王に
嫁いだ信心深いイザベラ王妃の篤い精霊信仰に基づくとされています。
「エストレモスの項」でも案内していますが、イザベラ王妃はポルトガルの
歴史の本に必ず載る「奇跡の薔薇」と言う伝説にもあるように、聖イザベラ
王妃の別名を冠し、各地で貧しい人々に施しをしました。

タブレイロス祭(=お盆・tableiroの複数)の所以はイザベラ王妃がパン等の
食べ物をお盆に載せて配ったことからくるそうです。

では、写真を見ながらタブレイロス祭を紹介しましょう。

タブレイロス祭の行列
タブレイロス

行列は男女一組で、女性がタブレイロ(頭に乗せている)を運びます。
服装は決まっています。女性は白いドレスを着、赤、黄色、緑などのリボンを
写真のように掛けます。

男性は白シャツに黒のズボン、肩にはリバテージュ地方独特の「barette=  
バレッテ」と呼ばれる三角頭巾帽子をかけます。ネクタイは自分が組む女
性のリボンと同色のものを。

下は、筆者が昼食をとったレストラン内の絵。
タブレイロス

タブレイロについて

タブレイロス
これがタブレイロです↑

運良く、祭が終わった後もまだショーウィンドーに残っていたのを撮影。
タブレイロの構成は、まず、下はコリ柳で編んだかごを白刺繍の入った布で
包みます。
その上に5本か6本の軸を立て、それぞれが一個につき小麦粉400gで作った
パン30個と紙の造花で軸を飾ります。
パンの形も下の写真にあるように決まっています。↓
タブレイロスのパン

タブレイロのトップには王冠と十字架か聖霊の象徴である白い鳩を乗せます。
       
タブレイロはこれを運ぶ女性の背丈と同じでなければなりません。
1個400gのパンが30個ですから、12kg以上の重さです。
自分の身長と同じ長さのタブレイロを頭上に乗せて運ぶことになります。

祭りの期間中、トマールの町は民家の窓から裏通りまで花一色です。
                  (下記5枚はGoogle画像から)

tableiros3-1.jpg

タブレイロス

              
tableiros5-1.jpg

タブレイロス

tableiros4.jpg

4年に一度のトマール・タブレイロス祭は花祭りのオリンピックと言えるで
しょう。  次回の4年先は2011年、つまり今年です。
テンプル・キリスト騎士団修道院については2007年に撮影して来たもの
の見逃してきたものがたくさんあるのと、その後、聖堂(円堂)の壁画の修
繕がなされていましたので、今回是非、行ってみたいと思っています。
       
さて、最後に面白い物を。
トマールのこの幟(のぼり)のシンボルをご覧ください。

festatabuleiros4-allseeingeye.jpg

異端のシンボル、鳩の背景はピラミッドと輝く太陽、そしてピラミッドのト
ップにはなんと、「all-seeing eye」(全てを見通す目)が!
これらは紛れもないフリーメーソンのシンボルでもあります。

次回のトマールシリーズはいよいよミステリアスな騎士団の聖堂(円堂)を
ご紹介します。

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2011年5月29日 

自分が追っかけをして見慣れている言葉だと、ついつい説明不足になりがち
です。

前回取り上げた海岸通りFozの崩れ落ちかけた館の記事で、わたしは「マヌ
エル建築様式」を言及しましたが、みなさんにはあまり聞き覚えのない語彙
だったかも知れないと反省。

因みに、Fozも説明を加えると、この場合、ポルトの海沿いの区域を言うので
すが、言葉そのものはポルトガル語で「河口」と言う意味。スペイン北部を
水源とするドウロ川はポルト、隣町ガイア市の間を縫いFozに辿り着き、そこ
で大西洋と合流するというわけです。

それで、もう少し説明を書き加えようと思ったら、あ!っと長い間すっかり
忘れていたことを思い出したのでした。
つまり、そのマヌエル建築といえばこれを除いてはいかんぞと言う、しかも
わたしが追っかけしているポルトガルのテンプル騎士団とは切って離せない
ポルトガルの世界遺産建築物なのでした。

これが、一昨年の秋口に、ポルト市と国際親善協会の共催の大イベント、
「Japan Week 2010 Porto」のコーディネーターの話が来て以来1年間多忙
で、従来の好きな追っかけがすっかり放ったらかしになっていたのでした。

もちろん、今回の4月の帰国でも、それ系の書籍は買い集めてきたのですが、
用意したままアップロードを忘れていた記事が幾つかあり、マヌエル建築様
式の話が出たところで丁度いい機会とあいなり、本日は、数年前の画像に
なりますが、テンプル騎士団の町、トマールを案内させてください。

マヌエル建築様式については、このシリーズの途中でお話となります。

テンプル騎士団の町・トマール(Tomar)

tomar-muralha
町の小高い丘の頂上にあるテンプル騎士団修道院城壁の一部

初めに。
イギリス、フランス、ローマを中心とした話題のベストセラー「ダヴィンチ・
コード」や「天使と悪魔」(ダン・ブラウン著)、またフランスのレンヌ・ル・
シャトーを舞台にした「テンプル騎士団の遺産」(スティーブ・ベリー著)は、
騎士団のミステリーをあますところなく描いています。
 
読む者を興奮させてくれるテンプル騎士団は架空の結社ではなく、過去の歴
史上実在し、その興亡は謎に満ちているというところがたまらない魅力でも
あります。そして、意外と世界の注目を浴びていないのが、ポルトガルのレ
コンキスタ(アラブ人からの国土奪回戦争)に於けるテンプル騎士団の歴史
上の活躍です。

2007年夏、訪れて来たモンサラースアルモルロール城も騎士団の土地
になるのですが、テンプル騎士団(後にキリスト騎士団)の指令本部となっ
た小さな町トマールではたくさんの興味あるシンボルを目にし、変興味のあ
るものでした。(地名をクリックすると記事に飛びます)
 
トマールの修道院については、写真とあわせて少しずつ紹介したいと思って
いますが、今回の「テンプル騎士団の町」そのものをご案内します。

トマールの町
tomar
商店街から丘の頂上にテンプル・キリスト騎士団修道院が望まれる。 

romar
トマール、レパブリック広場にある市庁舎とドン・グァルディン・パイス
      (ポルトガルテンプル騎士団初代マスター)の銅像。     
    
tomar
トマールでは民家のベランダにまでテンプル騎士団のシンボルの十字架が。  
           
tomar
ぺロリーニュ(pelourinho=罪人の公共さらし台)。
そのトップには騎士団のシンボル、地球儀が据えられてある。
    
tomar
町の中にあるアークの遺跡

ショッピングストリートでは美しいアズレージュ(azulejo=青タイル絵)が
たくさん見られる。
tomar95-azulejo1.jpg

tomar96-azulejo-1.jpg

キリスト騎士団修道院で最も有名なマヌエル建築様式、巨大な不思議な窓の
アズレージュ。解説はいずれ修道院案内の際に。
tomar98-azulejo-1.jpg

次回はトマールの町の有名なタブレイロス祭を案内します。

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2011年5月26日 

土曜日の日本語教室は、ポルト帰着の翌日から開始し、自宅教室は今週から
予定を入れ始めたのですが、マセラティの君のスケジュールは目下のところ
過密で午前の出張レッスンも来週から始まることになっています。

それで、先週今週と比較的自由な午前中なのですが、元来が怠け者のわたし、
仕事するだけではなくてネット検索やら掃除やらと、時間に縛られずに色々
と何かができる生活もいいなぁと、つくづく思っています。

現代のような多忙な生活では、じっくり物事を考える時間を持つのさえ困難
になっているのを少し反省していますが、のんびりばかりの生活ともなると、
これまた、じっとしていられないイソガシ虫が起きてきて、わたしは何とも
往生際の悪い人間です。

そこで、来月からは日本語教室に関してちょっとこんなスケジュールを考え
てみました。

これまで通りの時間割で4週間続けるが、二本の出張日本語レッスンと土曜
日を除いては、5週目は全部休講にする。

これだと、これまで追っかけてきた自分の好きなテーマの勉強も何とかでき
るのではないか。こういうスケジュールを組めるのも、人様の経営する語学
学校などで雇われて教えるのではないからこそできるというもの。我が日本
語塾で息の長い活動を継続させるには、時折スイッチオフして頭のリフレッ
シュをはかることも必要だと考えます。

さて、そう決心した今週の火曜日、ここしばらくずっと屋内でガサゴソ整理
整頓をしてきたのですが、そろそろ「出たい虫」が目覚め、少しかったるい
体調を押し、大西洋岸までひとっ走り車を飛ばしてきました。

foz
午前10時半頃の海岸通りFozはAvenida do Brazilにそったモーリュ海岸(Praia
de Molho)付近。サイクリング用のグリーンベルトもあります。

Foz-pergula
ペルグラ(pergula=日陰棚。日本語でパーゴラと言うそうです)。
ここを通して眺める大西洋は素敵です。

foz-flowertree
Castelo de Queijo(チーズの城)まで続く散歩道にたくさんあるこの木。
こんな花をつけているのですが、名前が不明↓
合歓の種類かしら?調べて見ましたが似てるような似てないような...
Foz_flowertree
ご存知の方がいらしたら、ご一報願いたい。

Foz
こんな木陰の休憩所も。

foz
ここから一望する海も格別でありますが↓

foz
これにルーフがあればもっとよかったような気がするわたしです。日差しが
強くてちょっとここで休憩というのはしんどいぞ(笑)

foz
砂浜と岩浜はこんな風に柵の有無で区別して散歩道が造られています。

Foz
砂浜沿いの散歩道↑ 静かに波打つ大西洋を真横に眺めながら↓
Atlantico

それで、肝心の今日のトピックの館は?と言うと、これなんです^^

casamisteria
海岸通りに沿った廃墟と化しつつある古い屋敷。
わたしがこの屋敷の存在に気づいたのは恐らく20年以上も前でしょう。以来
ずっとそのままになっているのです。
まだ、ポルトガルの魅力に気づかなかった頃ですら、近隣の住居と完全に
異を表したこの屋敷には心惹かれました。

ここ数年、テンプル騎士団の興亡に興味を持ったのがきっかけで、ポルトガ
ルの歴史を独学して来たのですが、この館の建築様式は、テンプル騎士団の
本拠だったトマール(Tomar)の町にある、「Convento de Crisot」(キリ
スト騎士団修道院。テンプル騎士団または聖堂騎士団が前身になる)やリス
ボンのジェロニモ修道院、シントラ宮殿などでふんだんに見かける「マヌエ
ル建築様式」が見事にあしらわれているのを今回発見。
(追記:キリスト騎士団修道院は後日ご案内します)
casamisteria

拡大して向けたカメラに写ったのは紛れもない騎士団、マヌエル建築のシン
ボルの地球儀(画像左下)や縄目模様が見える。
casamisteria

その隣には騎士団のシンボルの十字も見られ(右側)。
casamisteria

そしてわたしにとってこの屋敷の極め付きはこれであります!↓
casamisteria

う~~ん、騎士団や錬金術のシンボルを知らなかったら気づかなかったであ
ろう、この奇っ怪な仕事・・・・「太陽の顔」は異端教のシンボルでもあり
ます。

これまでポルトガルで見てきた中世期の建築物、特にゴチック建築を見るに
つけ、わたしは常々思ってきたのですが、中世の十字軍から発したテンプル
騎士団、キリスト騎士団に異端のシンボルとはこれいかに?
ローマ法王に仕える騎士団にどんな裏話が歴史的に隠されてきたのかと。
まぁ、それゆえに、この手の歴史ミステリー追っかけは止められない
で来ているわけですが^^

この素晴らしい家も、その歴史ミステリーの一環になりそうで、何時頃
誰によって建築されたのか、なぜこのまま廃墟になるがままに任せて
いるのか、所有者は誰なのか不思議でならず、知りたいものだとの願望
が止まず。ネットで色々検索したり、知人に写真を見せて尋ねたりして
いるものの、今日までのところ、全く謎のまま。ミステリーのひとつで
あります。最後の手段は、この館のご近所に聞くしかないかな?(笑)

それにしても遺憾なのは、上記、館全体像の写真に見られるように歴史
的な建築物であろう、街が持つ素晴らしい遺跡の価値への無教養なバン
ダリズムには、目を覆うしかありません。

本日は久しぶりの「spacesis、謎を追う」でした。

最後まで記事を読んでいただき、ありがとうございます。
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2011年5月23日 

Picture 002-1

あれ?spacesisさん、孫でもできた?

いえいえ、そうだったら願ったりなのですが^^
先だってから早朝5時頃には目覚めてしまうので、えいや!とばかりに家中
の戸棚、押入れ、引き出し等の整理を始め、それがずっと続いているわけで。

一度などは夫が起き出してきて、時計を指差し、
「ドナ・ユーコ!この時計を見よ!いったい何時だとオモットルンダ~」と
目くじら立てておりました。

大きな音を立てないように気をつけてはいたものの、
「昨日はあっち、今日はこっちとガサゴソうるさい!」てなもんでしょうw
だって、こちとら、一度目が覚めてしまうと眠れない性分なのです。
何度も寝返りを打って悶々としているより、起きてしまうほうが好きなんでw

そんなわけで、少しずつ整理ができてきたものの、思い切ってドンドン処分し
ているもので、まぁ、ゴミの出るここと出ること。しかし、何でも保存して
置こうとする夫、こういうのは彼の目に着かないところでやってしまわないと
埒があきません。

そして、今日は日本語授業の合間を縫って、子供たちの洋服の整理です。

赤ちゃん時代の着る物は成長が早いので、当時新しく買った衣服はほとんど
新品同様で保存することができました。
我が子たちは10年前のお下がりなどもいただいてそれらを結構着ました
特に、第二子のモイケル娘には息子のそれで大分間に合わせたものです。

しかし、兄貴のお下がりだけでは、ちょっといけないかもと思い、玉に用意
した女の子用の衣服のひとつが上の写真です。
生後数ヶ月用で、やっとお座りができるころのものです。どんどん処分しよ
うと思いながらも、こういうのはどうしてもそれができず、結局、結構な数
の子供衣服がいつ来るかさだかでない孫にととって置かれることになりまし
た。それだって、男か女か分からないというのにね(笑)

一枚一枚手に取ると、それぞれの洋服を着ていた彼らの子供時代の姿が思い
出され、改めてすっかり月日が経ってしまったことを感じます。

marianajoao 004-1
赤ちゃん時代の東京息子、

marianajoao1-1.jpg
モイケル娘。

marianajoao 002-1
横浜の叔母にポルトガル式のbeijinhoことほっぺたにするキスで親愛の情を
示す東京息子。

marianajoao 003-1
似たようなポーズで同じく横浜の我が叔母と、こちらはモイケル娘。

moikeru-bolo.jpg
わたしの滞在中に25歳の誕生日を迎えたモイケル娘。兄貴が用意してくれ
たケーキとキャンドルを囲んで子供たちのアパートでささやかな祝い。

彼らが幼かったころは今日のこんな日が想像もつきませんでした。
まさか二人とも、30数年前に日本人として当たり前に日本に住むという軌
道を外れて自分が飛び出して来た母国へ帰っているとは・・・

子供たちを訪ねての帰国は、本心を言えば「行きはよいよい帰りはなんとか」
なのです。
子供たちに久しぶりに会える喜び、あれも言わなきゃ、これも教えなきゃと
意気揚々なのですが、ポルトに帰ってくる時がどうもいけません・・・・

ポルトへの逆帰国間近ともなると、一人、夕食の準備をしながら彼らの帰る
のを待ちながら、一緒にいられたら、あれもしてあげられるこれもしてあげら
れる。毎日の着るものだって食事だって、きちんとしてあげられると、あれ
これ、考え出して、おっかさんの目は潤んでくるのであります。
こんな気持ちで後ろ髪を引かれる思いで、毎回ポルトに帰って来ます。

子供たちからすると、久しぶりに顔を見る最初の頃と違い、これはこんな
風にせぇだの、この掃除はこれがええだの、洗濯はこうしたら猫の毛が他の
につかんぞぉだのと、段々口うるさくなるおっかさんは、煙たいだろうが(笑)

文句言われるうちが花、口うるさいのも愛情だ思っておくれ。そうすりゃ
腹も立ちません^^

「あんた、日本のことを子供らに教えすぎたんや。見てみぃ」とは、子供三人を
しっかり己が手元に引きとめている友人の言。そう言われてもねぇ、と思いな
がら、夫も密かにそう思っているかもしれないと思うと、げ!です(笑)

いずこにいるにせよ、子どもたちよ、人様に迷惑をかけないように。
息子よ、ジムでガンガンやって設備器具をこわすなや。
娘よ、ヒカルの碁に啓発受けて囲碁教室もいいが、もうちょっと若い男たちが
集うところへも顔を出せや。

おっとっと、話が限りなくなりそうで、本日はこれにておしまい!

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テーマ:海外で育児
ジャンル:育児
2011年5月21日 

強度な近眼のわたしは乱視も入っており、地表1.53メートル上から下を見下
ろしても、落ちている物が見えないことが多い。地表1.53メートルという
のはわたしの身長であります。

普段はお掃除のベルミーラおばさんが掃除機をかけるので、たいして不便を
感じないのだが、猫を5匹飼っているせいもあり、偶然綿ゴミを見つけたり
して、日本語の生徒さんが出入りするのでギョッとすることが時々あります。

今回の日本滞在では、毎日掃除洗濯アイロンかけ、炊事と、しっかり母親業
をして来たのですが、さて、ある日、モイケル娘、

「あれ?こんなところにおっかさんのメガネが落っこってるよ」
と言う。落っこってるって、おいおい、と言いながら拾い上げようとすると、
がーーーーん!手に取ったのはこれよ↓

めがね

つまりが、こんな状態で落っこってたのであります・・・
なにこれ?これってひどくない?
めがね

これじゃぁ、家の中でのことだ何とか間に合わせて使うという訳にもいかない。

わたしは外出時は度つきのグラサンをかけるので、このメガネは掃除をする
時とテレビを見る以外はあまり使わないのだが、まっぷたつになってしまっ
たのを見て、すぐに夫の顔が浮かんだ。

なるべく軽いメガネが欲しいというので、誕生日のプレゼントに夫が奮発して
くれたメガネである。まだ2年はたたないのだが、うっかりモイケル娘のエレ
クトーンピアノの上にでも置いたのを、だれかが~~

と言ってもホシはもう分かっておる。モイケル娘宅の3匹猫のどれか一匹に
決まっておる。しかし、こんなのを見たら、自分の不注意もあることなので
怒る気にもなれず。

モイケル猫
寄り添うモイケル猫のタメゴローとチビ。

我が肩だけは、また余計なお金がかかるわいとがっくり落ち込んでしまった。

いいや、ポルトに帰ったら頑張って自分で買おう、と日本滞在中はグラサン
で何とかやり過ごそうと思った。

グラサンをかけるわたしの側からみると、外から見るよりも暗くないとは言え、
そこがやはり、グラサンだ。いざそれで掃除したりテレビを見たりすると、
薄暗くてどうも具合がよくない。

結局、急遽、近くのめがね店であつらえてもらうことになり、久しぶりに日本製
のメガネを持つことになった。

今回日本でもうひとつ新しく手に入れたものにデジカメがある。
モイケル娘と連れ立って、生まれて初めて外国人も出かけるという「秋葉原」
まで行ったのだが、今売り出されているのは、殆どがタッチ式。

アナログなこともあるけれど、タッチ式の携帯同様、画面が手の跡がつくの
がどうもわたしは気に入らんのです。選ぶもなにもタッチ式以外のは一種
しかなく、そうして買ったのがパナソニックの比較的安いデジカメ。

これまで愛用して来たオリンパスデジカメは電池を使用するので、持ち歩
きに重く、おまけに昨年から電池を入れる箇所の蓋があまくなってしまい、
閉じない。恥ずかしいながら、実はこんな状態だったのでした(笑)
olimpuscamera

ブログに載せたこのデジカメ画像のお陰で舞い込んだ仕事もいくつかあった
訳で、オリンパス君、長い間、撮影の拙い腕にも拘わらず、きれいな画像を
ありがとう。

ということで、さて、まだ咳は少し残っているものの、体調も徐々に回復し、
今日から日本語中心のポルトでの生活が再開しました。
新しいデジカメで、今後もポルトを案内して参りたいと思いますので、皆様、
よろしくお願いいたします。
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2011年5月19日

今日は今年3月に足を運んだ新しいポルトのナイトスポット、音楽愛好者な
ら見逃せない「Hard Club」をご紹介します。

Hard Club
かつては街の中心にある「ブリャオン市場」についで大きな市場だった、
ボルサ宮殿前のMercado Ferreira Borges(フェレイラ・ボルジェス市場)が、
見事に変身した。

北部のニューカルチュアスポットとしてその名も「Hard Club」と掲げて
2010年9月に開場した。主にジャズ、ニューミュージックを中心とするコンサ
ート場として、また各種の催し物会場としても市民に公開される。

内部にはカフェレストラン、バーもあり、週末には午前4時まで開いていると
言うからナイトスポットにもなるというわけだ。

Hard Club
旧市場の建築の土台である鉄をそのまま活用して。施された細工を赤色が
際立たせている。

hard Club
ハードクラブ全容。

Hard Club
正面入り口

Hard Club
入り口をくぐると正面に開けるのがこのスペース。

Hard Club
ズームアップで(笑)ハードクラブにはいくつかの小規模ライブステージが
あり、これはそののひとつ。わたしはこのアイコンに惹かれて・・・
なぜだかとても気になるのである。

インフォメーション
ウエブサイトでは毎月のコンサート予定が見られる。
切符はHard Club内のボックスオフィスにて。
                  
サイト:http://www.hard-club.com/

所在地:Mercado Ferreira Borges 4050-252 Porto  
開館: 日~木 9:00-24:00 
    金・土  9:00-04:00
 

館内の上階にあるカフェテイラ Hard Club Cafeteira

hardclur
店内の広い空間は開放感があり、黒のテーブルも落ち着いている。

Hard Club
BGMにジャズシンガーDiana Krallが聴けたのには嬉しかった。

Hard Club
オリーブオイル浮かべられた、目下ファッショナブルになっているVinagre
Balsamicoことバルサミコ酢。これをパンにつけて食べる。

Hard Club
わたしが注文したお米メニューの一皿。名前を忘れ。チャーハンのような
味で結構イケました。

カフェテリア営業時間:毎日 9:00~24:00
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2011年5月17日 

奥さん、お帰り
奥さんお帰り~と、ゴロー君

土曜日の日本語教室は帰るとすぐ開講したものの、日本から不調で帰国し
たがため、これまでの日本語中心のポルトの生活に一挙に戻れずにいます。

体調不良に拘わらず、ジェットラグ(時差ぼけ)で5時前には起床してしま
うので、ならばと、帰国前に今回決心していたことを実行するいい機会と
捉え、早朝からゴソゴソと家中を引っ掻き回して夫に迷惑がられています。

ゴソゴソ何を?と言うと、思い切ってあれやこれやを処分することにした訳
で、こういう整理は普段の日本語教室の仕事をしながらでは中途半端に
なり、なかなかできない。

さして広いフラットではないのですが、引っ越して来た当時はもう少しスペ
ースがあった。なのに、ここ7、8年でなんだかドンドン物が増えたのだが、
夫婦二人に、これほどの物が必要なわけもなし。我が家は物が多すぎる
とつくづく思っての整理です。

とりあえず書籍、ポルトガルに関する書類や政治情報参考、昨年のジャ
パンウィーク関連の書類から手を付け始めているのですが、夏が終わ
るころまでには、ゲーム用にと日本から持ち込んだ古い小型テレビや
LPレコードプレイヤー、毛布やカバーなどの大布物、自分の衣服や靴、
最後は食器類と今回は整理と処分をバサッとやりとげたい。

こうして考えてみると、物が多すぎるのは和洋折衷生活様式に起因す
ると思う。まずは食器類がそうだし、オーナメントもポルトガルの物から
日本の物まで飾り棚に所狭しと並んでおり、よくもまぁ、せっせと日本
から持ち込んだものだと我ながら多少呆れ気味です。

まぁ、そのお陰で高価なものではないにしろ、それらを並べ立てて何と
か個人で「日本文化展」まがいのことができるのですが、その類の物は
今回は一つも買うまい、本だけだ!と決めていたものの、陶器が好きな
わたしはデパートへ行くとついついそちらへ足が向いてしまいます。

陶器はなんだかよく分からないというモイケル娘相手に、
「ねね、これ、素敵だと思わない?」などど話しもって、結局、器二つを
買ってしまった。
航空便で送ったので今日はご披露できないが到着したらそのうちに^^

さて、ジェットラグでボケ~ッとしている間にも、地震、原発後の日本の
ニュースは気になることが多い。

「中国大使館が都心一等地取得」 

数日前に目にした記事だが、今日はこれに
「超党派領土議連、規制求める声続出」が加わっている。
超党派の「日本の領土を守るために行動する議員連盟」(会長・山谷
えり子自民党参院議員)は17日、国会内で緊急総会を開き、中国大
使館が都心の一等地5677平方メートルを一般競争入札で落札した
ことについて規制を求める声が相次いだ。外国政府の土地取得を制
限する法律は事実上機能していないため、議連は法改正も視野に
議論を続ける方針だ。
総会で財務省は、国家公務員共済組合連合会(KKR)が公告した
港区南麻布の私有地の入札に6社が応じ、約60億円を提示した中
国政府が4月26日に落札、売買契約の期限は今月25日と説明した。
外国政府による土地取得は政令で財務相の承認を必要としているが、
中国を含めほぼすべての国は対象外とも規定している。中国側は入
札前、外務省に取得目的を「大使公邸の建設用地」としていたが、財
務省は、用途を変更した場合でも日本側が検証する手立てがないことを
認めた。

議員からは「何に使われるかチェックできないのはおかしい」(自民党・
新藤義孝衆院議員)との意見が続出。中国では北京の日本大使館も
土地取得が認められていない点に関し「相互主義になっていない」
(民主党・松原仁衆院議員)との批判も噴出した。
総会では、韓国が不法占拠する竹島周辺で総合海洋科学基地の建設
を計画していることに関し、日韓両政府間で正式な協議機関を設けて
中止を申し入れるよう松本剛明外相に働きかけることで一致した。
(産経ニュース)


東京のど真ん中を外国が、しかも隣国が購買できるなんて、平和ボケを通り
越して、「日本は日本人だけのものではありません」を地で行っている自爆
行為ではないかと心底思った。

北海道にある森の3分の2は既に中国人に買い取られてしまったという
話を目にしたときは、外国人が用意に一国の国土を取得できるという
のが理解できず、ポルトガル人の日本語教室の生徒さんと話してこと
がある。

ポルトガルで外国人が国土を買うのはそうそう容易くは認められず、仮に売
却されたとしても、いざというときのポルトガルの返却要請には、即、従わ
なければならないという条件下で成立するとのこと。

はたまたつい昨日、下記の記事を読んで、思わず危ない!と思ってしまった
わたしである。

尾瀬国立公園内の社有地売却案浮上 東電が賠償財源捻出で

2011.5.17 01:35
ミズバショウなどの美しい自然で知られ、群馬など4県にまたがる尾
瀬国立公園(約3万7200ヘクタール)のうち、東京電力が保有する
土地を国に売却する案が浮上している。福島第1原発事故の賠償費
を捻出するためで、政府関係者は16日夜、「当然、国が買い取ること
になる」と語った。

尾瀬は大正時代、水力発電の水源地として電力会社による取得が
進んだが、計画が頓挫し、東電が設立時の昭和26年に引き継いだ。
公園全体の4割、特別保護地区の7割を保有し、湿原保護などで年
約2億円を拠出。国は東電所有地を国立公園として運営している。
東電は数千億円の資産売却を目指しているが、尾瀬の土地を民間に
売るのは困難とみられていた。売却額などは未定だが、国が購入す
れば、東電への直接支援と批判される恐れもある。
(産経ITニュースより)


尾瀬沼国立公園の一部、しかも4割が東電所有地とは知らなかった。
「国が購入すれば、東電への直接支援と批判される恐れもある」等と言わな
いで「当然、国が買い取ることに」ならなければ!

平和ボケを通り越して、どうぞお獲りくださいとばかりに隣国におもねるの
と同じではないか。いったいがこういう国の屋台骨とも言える法令をどうし
て今までなおざりにしてきたのだろうか、日本人の目はいつからこうも節穴
になってしまったのだろうか。

北海道の土地売却の時点で既にこの話は上っていなければならないはずだった。
性急な法改正を心から望んでやまない。

ベランダのアジサイ

ベランダの花々に見やるも、曇り空もあってか、行って来たばかりの母国
を思うと不安な気持ちが納まらない今日であります。

ベランダの花
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テーマ:これでいいのか日本
ジャンル:政治・経済
2011年5月14日

リベイラの窓辺にて
ポルト・リベイラの窓辺にて。 

一ヶ月の日本滞在中、はじめの3週間を目一杯動きすぎたせいか、最後の
1週間を実はパジャマで過ごす羽目になったのでありました。
ここ数年来引いていなかった風邪でございました。

数年来のネ友、ギタレレ君と今回は初めて会おうかと言うことになり、その
日の朝、子供たちのアパートの掃除洗濯を終え、そろそろ外出の準備を
と思ったとたん、喉が突然イガイガし始め、まるでバイキンマンの入り込む
のが自分でも分かるような一瞬でありました。

あっと思ったものの、横浜のギタレレ君は既に待ち合わせ場所に向かって
いるはずの時間です、これは行くっきゃない。
ポルトガルから持ってきた風邪薬をとりあえず飲んで出かけたものの、案
の条、帰宅した夕方には子供たちの夕食の準備もできず、そのままgo to
FUTONです。

近くの薬局店で市販の風邪薬を懸命に試したものの、効果なし。
今回は珍しく東京見物と洒落込み、回ったのがこれまでに無かった数の
神社+靖国2回(笑。靖国は日本到着翌日に一人で。2回目は上述の
ギタレレ君との待ち合わせ場所がなぜか靖国に)ですし、早期復活の
ご利益もありやと、多少は期待したのだが、ダメだった(笑)

あんさん、もうええ加減にしなはれ、と言う意味かもと、神妙にとらえて
最後の一週間は「もったいないなぁ」と思いながらも、大人しくしておりま
した。
これをずっと引きずり、ポルトに帰宅した今現在も、完治に及んでおりませ
んが、土曜日の今朝は、帰国第一弾の日本語教室に出かけて参ります。

時差ぼけで早朝5時には起床。授業の準備も済み、出かけるまでに少し
の間があり、無事ポルト到着のお報せまでにと、ブログ早打ち報告であり
ます。

積もる話は山々あれど、本日の続きはまた午後にということで、とりあえ
ずポルトからのブログ更新第一弾といたします。

それでは、アテ・ローゴ!(Ate logo=また後で)
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2011年5月5日 

東北地震、原発事故を無視して我が世の春とばかりに日本滞在を楽しん
でいる訳ではないのですが、滞在中、テレビはあまり見ていません。
外出することが多いのも事実ですが、子供たちが帰宅する夕方には夕食
の準備に帰るので、テレビを見る時間がないのではなくて、見ても気を惹
かれる番組がないのが理由です。

また現政権の今回の国難対策には失望するばかりです。国の支援をもは
や待たず、自ら復旧、復興の手立てを探り始める被災地の区域集団も
出ていますが、こういう時にこそ、英断即断のリーダーを持たない不幸は
大です。

さて、5月5日子供の日、ゴールデンウィークも今日で終わるのですが、今
回は初めて仕事をひとつ日本に持ち込み、気持ちが落ち着かないところも
ありましたが、それも送信し終え、ポルト帰国まで残り少ない一週間、大き
な余震が来ないことをひたすら祈るのみです。

今回、なぜか何度も出かけることになっている銀座の風景を少し。
この日は、大阪の我が友ゴッチが上京、銀座四丁目の和光(旧服部時計
店)前で待ち合わせでした。

guinza1
和光のショーウインドーには今回の震災の被災地への励ましメッセージが。

昼前の銀座歩行者天国。
guinza2

ゴッチと久しぶりに会い、昼食後の「銀ブラ」中に人だかりができていたの
で、野次馬根性のわたし、何かと近づいて見ると、
guinzaneko1

なんと標識の上に二匹の二個が乗っかって、人ごみを見下ろしています。
カメラシャッターの音にも身じろぎもせず、こういうところに場慣れしてい
るようです。
guinzaneko2
飼い主は身近にいるのでしょう。遠くを見つめて堂々たる様ですわ。

こちらは風鈴売りのおじさん。
お供のゴッチをほったらかして、おじさんと少し立ち話です。
guinza_furin

「ガラスふうりん」「ビードロふうりん」とも呼ばれるのですが、江戸時代か
らの用法で作られている「江戸ふうりん」だそうです。
guinza-furin
色鮮やかな風鈴は初夏の匂いを運んで来ます。こんなのをわたしも買いました。
edofurin

次回のポルトでのわたし個人でする草の根ボランティア「日本文化展」の展
示品を求めて、銀座の日本小物店「鳩居堂=kyukyodou」に入った時のこと。
二階の書道コーナーへ足を向けたところ、踊り場のイスで休んでいたご夫婦
を見た瞬間、思わず「あ、こんにちは!またお会いしましたね」と声を
かけてしまいました。
guinza

なに、知っているのはこちらだけで、実は銀座に向かうメトロの中で見かけ、
「いい感じの老夫婦だなぁ」と目に留まったお二人なのでした。

で、ここでも少し老夫婦と立ち話。
茨城県に住むご夫婦だそうで、これまでは時々銀座まで車で来ていたのが
ご主人が運転を辞め、今回始めて電車で出かけて来たのだそうな。
写真を送りますのでご住所をと言うのはあまりにも失礼なもので、「もし
よろしかったらお送りしますので」と名刺を渡してきました。
「知ってる人なの?」と少し離れて様子をみていたゴッチ、
「いや、まったく知らん。」(笑)

昼過ぎともなると人出も増えて来て、
guinza

そんな雑踏の中、
guinza_takuhatsuso

高野山の托鉢層が、まるでスローモーションを見るかのようにゆっくりゆ~
っくり道を渡っていきます。忙しく歩いて行く人々と逆らって托鉢層の空間
のみ、時間の流れがまどろんでいるように思えた一瞬でした。

そして高野山で修行している我が友Michikoの二人の息子さんを思い浮かべた
のでした。

歩いているわずかの間にも様々な光景に出会う午後の銀座は、古い歌にあっ
たような気がするのですが、
♪ぎんざ ぎんざ 銀座ってとこは おとぎ話のようだ~

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テーマ:東京23区
ジャンル:地域情報
2011年4月30日 

10年ほど住んだ大阪はタイピストとしてのOL時代、ビアハウスでの歌姫
バイト時代と、わたしにとって青春の思い出詰まる第二の故郷だ。

友人のほとんどが大阪在住で、これまで毎回の帰国時には所沢の妹宅に
滞在するものの大阪訪問は欠かさないものだった。が、今回は余震の影
響で万が一のことを考え中止した。その分、この度はおのぼりさんよろし
く東京見物でいこうと決めこんだ。

そして、自分のデートアジェンダを見て気付いたことがある。
これまでは帰国中に東京でわたしが訪問する先と言えば、かつてのOL
時代の勤務先本社と横浜の叔父、ポルトでの縁でお付き合いが続いて来
た補習校発足時代の知人達と限られていたのだが、なんと、いつの間にか
関東在住の友人が結構いるではないか!

関東の友人は、中学時代から6年間文通が続き、一昨年40数年ぶりの再
会を果たしたペンフレンドIさんを除いてはみなホームページやブログのネ
ットが縁である。
こういうことはかつての時代では想像もつかないことだった。わたしが特に
嬉しいと思うのは、これらの新しい友人たちはわたしと同年代の人だけに
限らず、わたしよりもずっと若い世代の人たち、親子ほどの年齢差がある
人たちとも交友関係が持てるという点だ。 

ネットを通じての出会いは勿論危険性もあるのだが、これまでのところ、わ
たしはネ友運がよいラッキーな人間のようだ。ん?そういう手の危険性が
もうないと言うのはspacesisさん、危険性の枠外年齢だからだろうって、き、
聞こえるような聞こえないような(笑)

さて、そんなネ友の一人、我がブログでおなじみのアーティスト、ちゅうさん
ご夫妻と2年ぶりの再会で案内していただいたのが六本木通り西麻布交差
点にある和食レストラン「権八」です。
gonpachi1

総席数は262、の大きな居酒屋風和食レストラン「権八」のお薦めはちゅう
さんの奥方ご推薦のランチコースお品書き↓

山下商店の自然豆腐
権八オリジナルサラダ
海老の進丈揚げ
天麩羅(海老・きす・ししとう)
サーモンの西京味噌炙り焼き
串焼き二種(ねぎま、つくね)
田舎そば
バニラアイスの黒蜜ときな粉

これにお替りができる味噌汁の加わり、お値段は一人2000円。
懐石料理のようですね。

gonpachi

ちゅうさんご夫婦と再会を祝した「権八」はかつて小泉元首相がブッシュ
大統領をここに案内して以来、有名スポットになり日本人のみならず外
国人もたくさん訪れるようで、わたしたちが行った時も周囲からは外国
語が耳に入って来ました。
gonpachi3

また、写真で見られるように、この造り、実はクエンティン・タランティー
ノ監督も訪れ、映画「Kill Bill」の青葉屋のセットモデルにしたと言われ
店頭には訪れた著名人の写真が貼られていました。ジョニ・デップも
行っています。
gonpachi2

さて、前回の記事のあった写真ですが、この後ご夫妻に案内された六本木
ヒルズです。
roppongihills

未来都市の姿が見られるわけですが、地震を考えた場合、無粋である、余計
な世話だと言われるやも知れませんが果たして大丈夫か?

下はこの後、更に足を向けた東京ミッドタウンとそこの建築家安藤忠雄氏
ザインのCanoviano Café。

tokyoumidtown

日本のアートや情報発信の最先端を行く二つの複合都市ですがこの複合体を
目にした瞬間、わたしは数年前に訪れたパリのラ・デファンスを思い出した
のでした。(記事はこちら

不断ならたくさんの外国人ツーリストも訪れるのでしょうが今回の福島原発
問題でこの日はいたって閑散としており、見学者のわたしは儲かった気がし
たのでした。
andotadao

東京に住む我が子達はまだ知らない街ではあります。

ちゅうさん、ありがとうございました!
                                                
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