2011年12月28日

ribeira_fuyu

25日、クリスマス昼食後、前夜遅くにポルト空港に到着した親友みちこと
彼女の娘さんを伴い、我ら夫婦5人で、天候に恵まれ真っ青な空を仰げる
午後も4時過ぎ、リベイラと対岸のカイス・デ・ガイアを散歩して来ました。
冬時間のポルトは4時半にもなるとうっすらと傾きかけた日の赤みがかかる。

ドウロ川に架かるドン・ルイス一世橋。黄色いメトロが今渡っている。
下はわたしが飽くことなく、行く毎にカメラを向けてしまうポルト・リベイ
ラの定番写真。
ribeira_fuyu
高い塔はクラリゴス教会の塔。ポルトガルの歴史的建物の中で一番高い塔で
す。その右に見えるのはセ大寺院。

ribeira_fuyu
クリスマス当日はどこも閉店ですが漸くカフェが飲めるところを見つけ一服。
もち、ポルトガルのカフェといえば「エスプレッソ」です。
友の口には強すぎて合わなかったような(笑)

ribeira_fuyu
彼方に見えるはポルト、リスボン間を結ぶ高速道路に続く「アラビダ橋」。
その向こうはすぐ大西洋が始まる。

ribeira_fuyu
小1時間ほどゆっくり歩いて後の対岸から眺めるリベイラは、姿を川面に
映して、日が暮れ始まっている。

ribeira_fuyu
ドン・ルイス一世橋から写したドウロ川べり。大西洋に今、沈みかけている
日の名残りを背景に。きれいです^^

夕暮れのこの時間帯は午後に授業があるのでめったにリベイラに来ることが
できないのですが、この日は相も変わらず、満開でリベイラ美を見せてくれ
ました。カメラは素人腕のわたしですが、本職さんが撮影したら、もっと
素晴らしい美しさをお伝えできるでしょう。

夏もよし、冬は更なり^^まったくもって、すっかりお国自慢です^^
本日は年の瀬も迫ったリベイラの日暮れ時をお届けしました。
 
ではではみなさま、また後ほど^^
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月23日
 
クリスマス・イヴに論語とはいかに?

いえね、実は今日の晩遅くに日本から我が親友「みちべぇ」が娘さんと一緒
にはるばるポルトを訪ねて来、ともにクリスマスと大晦日を過ごすのです。
この2、3日ブログを留守にしたのは、そのお客さまを迎えるために、日本
語授業の合間を縫っては、提供することになる部屋を整えていました。

小さな部屋ですが、居心地のよいものにしたいと思います。なにしろネコが
5匹いる我が家です。そごそ部屋を整えているため、興味津々のネコたち、
ちょっと目を離すとすぐさま部屋に入りこみ、せっかく置いたポインセチア
の花を食っちゃうではありませんか!
あ~あ、お前ら、頼むから邪魔しないでおくれよ・・・
ネコの歯があたったポインセチアの花は白い雫を出すのですね。

さて、「ともあり 遠方よりきたる また 楽しからずや」、たいていの日
本人はわざわざ意味を書かなくても知っていると思うのですが、海外育ちの
我がモイケル娘や東京息子などは、恐らくよく分からないと思いますので、
ちょいと意味を。

「思いがけず遠方から、共に学び高みを目指した友が訪ねて来てくれる。
こんな嬉しいことはない」
  
この場合の「とも(朋)」とは同じ師の下で学んだ同朋の意味です。
わたしより7つ若いみちべぇは大阪堂島オフィス時代のわたしの後輩です。
わたしとは性格をかなり異にするのですが、おっとりした彼女と若い時は
せっかちでひと時もアパートにじっとしていなかったわたし、年齢の差を
越えてどういうわけか、サイクルが合うようで、かれこれ40年来の付き
合いです。

友であり朋でもあります。
どこが朋かと言いますと、これなんです↓

kibori

毎年我が家のクリスマスアイテムの一つとして部屋を飾る木彫りのツリーで
すが、これは我が親友の作品です。

移住する予定で一切合財のもちものを売り払い、できればアメリカの大学に、
とデカい夢を抱き、全財産がたった一個の旅行カバンのいでたちでアメリカ
へ渡ったのは1978年の1月のこと。
まずは言葉をしっかり学ばなければいけないと考え、30歳にしてアリゾナ
州ツーソンのアリゾナ大学のESL(English as a SecondLanguage)コースの
学生になったものです。それが、ESLを終えるや否や、ひょんなことから即、
人生プラン変更です^^;

最終的には現在の夫と日本で結婚することになったのですが、帰国してポル
トガルへ渡るまでの間、親友みちべぇの誘いで二人して木彫の先生についた
のでした。

不器用なくせにしょっぱなから大きい作品に取り組もうとするわたしを横で
クスクス笑いながら、みちべぇは着々と先生の技術を取り込んでいました。
わたしが木彫教室に通ったのは2ヶ月ほどですが、後は本と材料の板を
買ってポルトガルに持ち込み、本とにらめっこで独学です。

彫るというより削っていると言える素人腕でポルトにて四苦八苦している
間に親友はいつの間にか大きな板を仕入れ自分で模様を切りだし、「木儘
会(きままかい)」と言う教室を開くようになりました。
今では和歌山の山里にアトリエを持ち、木彫のみでなく塗りも手がけ、年に
2度ほど個展を開いています。

こういういきさつで、わたしとみちべぇとは「朋」なのであります。

ポルトでコツコツ彫った自分の作品はすでに恥もなく偉そうにこちらで紹介
していますが、今回はみちべぇこと「堺美地子」の過去の展示会での木彫
作品、小さい物から大きいものまで一部を紹介させてください。

kibori kibori
わたしが持っている彼女の作品、漆塗りのブローチ。

kibori 
       額
kibori
    わたしの手元にある手鏡
 
kibori kibori
クリスマス・ツリー

kibori
ぺザントチェアー3脚

拡大してみました。
kiborikibori

kiborikibori

door1-2.jpg
堺美地子の作品・ドア

これは2006年12月の展示会作品です。

次回は和歌山にある彼女のアトリエ「かつらぎ山房」の案内です。

さて、夜も更け間もなく午前2時になろうとしています。我が友はそろそろ
関空を出発するころでしょうか。

子供たちがいないのは残念ですが、ポルトガルに住んで32年、今回
初めて友を迎えます。
それで、本日のエントリーは「朋遠方より来る有り、亦楽しからずや」なの
です。

それでは皆さま、どうぞよいクリスマス・イヴを!


にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月18日 

アフリカの西沖合い、かつてポルトガルの領土だったCabo Verdeのサン・ヴ
ィセント島ミンデロ出身歌手、Cesaria Evora(セザリア・エボラ)の訃報
を今日知りました。

ポルトのドラゴンフットボール場ではFCポルトvsマリッティモの試合開始
前に亡くなったセザリアのために一分間黙祷を捧げていました。

わたしがセザリア・ヴォラの歌を知ったのは2004年に我がモイケル娘を
大学入試のために日本へ送り出した年です。

下記2004年のエッセイから。

裸足のDiva、セザリア・エヴォラ

cesaria-evora1.jpg

好きだけれども、今日まで聴くことを躊躇していたCDがあります。
Cesaria Evora(セザリア・エヴォラ)の歌です。

彼女は、1974年まではポルトガル領土とされていた、大西洋はアフリカ沖に
ある、Cabo Verdeと言う島出身の黒人女性歌手です。もう60歳を越しており、
お世辞にも美しいとは言えないのですが地元での歌手生活は長い。

しかし、初CDが出されたのは、40歳も半ばを過ぎてからです。
別名「裸足のDiva(Diva=歌劇の女性第一歌手)」と呼ばれています。
なぜなら、住むところのない貧しいCabo Verdeの人々をおもんばかり、自分
がステージに上がるときは、彼らと同じく素足だからです。

CaboVerde はかつては、アフリカ奴隷売買の中継地でもあったようです。
アフリカ大陸セネガルから西の大西洋にあり、1460年にポルトガル人の
冒険家によって発見された大小15の火山群ならなる、面積約4000k㎡、
人口415,000人の貧しい国です。島に住んでいる人口よりも、移民として
国外にいる人口の方が多いと言われます。

Cabo Verdeのポルトガル語は本国ポルトガルとは少し違いますが、だいた
い分かります。セザリアの歌う歌は、奴隷中継地であったというその島の
歴史が絡んで、切なく、ノスタルジックで聴く人の心のひだを震わせます。

セザリアが歌うカーボ・ヴェルデの歌はポルトガルファド、ボサノヴァ、
ラテン、アフロなど色々な音楽系統が混じっている歌で「Morna=モルナ」
と呼ばれる音楽です。モルナはアメリカ黒人の歌うブルースに似ています。
人生の苦悩を歌に表し、言葉がわからなくても、人に切々と訴えるものを
持っています。

彼女の歌を、特に「Sodade(ポルトガル語ではSaudade=郷愁)」をわたし
は長い間ずっと聴けなかったのです。

2004年も夏のこと、娘がもうすぐ日本に行ってしまうという少し前で、
大学入試に必要な証明書類をリスボンにある日本大使館まで夫と二人で取
りに行ったその道中、彼が車中で流していたのです。

その頃、娘からは何度も
「おっかさん、何回ため息ついてるの。ため息つくと幸せが逃げて行くって
言うよ」と言われるほど、彼女がいなくなった後の寂しさに、知らず知らず
のうちに深いため息を繰り返し洩らしていたようです。

自分も長女の身でありながら、母親の面倒は妹夫婦に任せて、勝手な夢を
見、勝手にあちこちと放浪してきた人間です。
それを今度は我が子がするからといって、どうして反対できるでしょうか。
しかし、子を送り出す寂しさに違いはなく、車窓から流れ行くハイウエイ
の樹木の景色を眺めてのこのCesaria Evoraの歌は胸にさすがこたえました。

「sodade(望郷)」 「Cabo Verde」「 Vida tem uma so Vida(人生はた
だ一度)「odji maguado(傷ついた今日)」「Traz d`horizonte(水平線
の向こうに)」ざっとタイトルを見ただけでも、ノスタルジックです。



♪サン・トメへの この遠い道のりを 誰が示してくれるのか
 我が故郷サン・ニコラウへの遥かな思い この思い 
           (sodade:spacesis訳)

これらの歌を聴きながら、わたしは窓の外に顔を向けたまま、夫に気づか
れないように、流れ出る泪を何度もこっそりふいていました・・・
ポルトのサ・カルネイロ空港から娘を日本へ送り出して以来この歌を聴く
事ができなかったのです。

しかし、以後日本に到着した娘とは毎日のようにメッセンジャーというも
のでチャットができ、デジカメをつないぐと、小さな彼女の部屋も見え、
日増しに年頃の娘らしくなってきた顔も見ることができ、そうしてなんだ
かんだと、いつの間にか2年が過ぎました。

夕べは一人、これを聴いてみました。
国恋しさ、人恋しさの情感は、想いを寄せる国は違っていても同じです。
涙腺が緩みながらも「あぁ、いいなぁ。」と聴き浸り、しばし日本へ思い
を寄せました。

このところ、わたしは日本へ帰っていません。

註:セザリア・エヴォラは2004年に、ワールドミュージック・ベスト・
  アルバムでグラミー賞をとっています。
             
      2006年記spacesisの「ポルトガルよもやま話」より引用ー



セザリア・エヴォラの訃報を聞き、今改めてモイケル娘が日本に住んで
もう7年半の月日が流れたのだと実感しました。

ポルト、日本間は途中の乗り換え時の待ち時間も入れると殆ど24時間の
長旅です。経済負担もさることながら、自分の体力を考慮すると、この先、
あと何度帰国できるかわかったものではありません。
そう思い、できるだけ年に一度は日本へ帰ることをこころがけていますが、
夫が最後に娘を見たのは可哀想に5年前にもなるだろうか・・・

モイケル娘よ、来年あたり一度帰っておいでませませ^^
      
mariana2004-1-2.jpg
2004年6月30日、希望に燃えてポルトのサ・カルネイロ空港を飛び立
つ我がモイケル娘。日付を覚えているのはこの日が夫の誕生日だったからw

この旅立ちの日については、下記「ずっこけ親子の受験戦記」に綴って
おりますれば、興味のある方はどぞ。

spacesisのホームページ「ずっこけ親子の受験戦記:旅立ちの時
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月17日

自宅日本語教室もあと一息で休講に入ります。

今日が今年最後の授業だった土曜日の日本語教室、ダウンタウンにある
Oちゃん宅を教室として二人で使っているのですが、大振りのポインセチアを
抱えて持って行きました。
natal

こちらは我が家の台所窓辺のポインセチア。寒いこの季節に真赤の色で
心までホカホカ温かくしてくれます。12月はこれでなくっちゃ^^
natal

ここ3ヶ月ほど、ゆっくりダウンタウンを散策する間もないくらい教室と
影絵ボランティア活動で多忙だったのですが、少々の疲れを跳ね除けて、
午前中の授業を終えた後、車を教会の前に置き、思い切ってそのまま
街を歩いてきました。

natal
目当てでもあるポルト市庁舎前にあるこれは何かといいますと、毎年この
場所には大きなクリスマスツリーが立つのですが、今年のツリーはこれな
んです。

ご存知のように国の厳しい経済危機の下、ポルト市もそれを免れず。
公務員の給与、ボーナス減給、来年から2年間はそのボーナスも無支給
です。とても例年のようにクリスマスツリー設置を断念、イルミネーショ
ンも多くの都市で節約しています。
このツリーオブジェは寄贈だそうで、なんとも意表をついたクリスマスツリ
ーにしては索漠とした気がするのですが、「真の灯りはわたしたちそれぞれ
の中にある。うちなる想像力を駆使し、幸福であれ」とメッセージがあり、
それを読んでなるほどと納得した単純なわたしです。

サンタ・カタリナ歩行者通りに出る前に「ブリャォン市場」を覗いてみま
した。
natal
クリスマスをポルトガル語では「Natal=ナタル」といいますが、Natalまで
まだ一週間あり、人出がいまいちでした。

natal
市場通りの店先にはクリスマス料理必須のご存知「Bacalhau=バカリャウ
(大きな干しダラ)が並んでいます。

natal
真ん中は「Chourico=ショリーソ」と呼ばれるソーセージの種類。
右の「Pernil=ペルニル」は豚の足の燻製。

natal
おお!懐かしい。干しいちじくにクルミの実を挟んでいます。これもポルト
ガル独特のクリスマスに出されるドライフルーツのひとつ。わたしは大好き
で、我がお姑さんが存命中には、家でクルミを割り実を取り出して干しイチ
ジクにひとつひとつ挟んだものです。

クルミ割りを使い、きれいに実を取り出せたときはなんだか嬉しく思え、そ
れがクリスマス前のわたしの仕事でもありました。
近頃ではこのクルミもトルコ産だとか、おいしいのはしっとりと干しあがっ
たイチジクなのですね。そういうイチジクに最近はあまりお目にかからなく
なりました。

natal
イースターやクリスマスの定番菓子「Bolorei=王様のケーキ」。
このサイズは少し小さめですね。

natal
秋から見られるポルトの風物詩、焼き栗やさん。向こうは人の波波波。

natal
クライシスとはいうもののクリスマスの買い物に繰り出す人はやはり多い。

土曜昼ころのポルト・ダウンタウンを歩いて街の空気に浸り、久しぶりに水
を得た魚の気分で帰宅したわたしでした。

クリスマス、年末料理の定番「バカリャウ」については下記で詳しく
とりあげています↓

年末と言えばポルトガルではこれ!バカリャウ
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月14日 

車庫から出し、飾りつけなしで放ったからしてきたクリスマスツリーでした
が、ようやくひとつひとつデコレーションを吊りました。毎年のことですが、
家の中も少しこのシーズンらしく飾ってみました。
ざっとこんな感じです。

natal
入り口ドア

natal
玄関ホール

natal
暖炉の周り。この暖炉は使われることがありません。薪を燃やす煙がわたし
は苦手で、二度ほど夫がどうしてもと使ったものの、非難ごうごうで彼は
ギブアップ(笑)

natal
ツリーの下にはプレゼントが置かれるのですがまだありません。

natal
パソコンの横もこんな具合に。かけてあるのわたしが好きな絵で題が
「Vespera(クリスマス前夜)」と、この時期にぴったりの絵です。


窓際をこんな風にして、暖かい雰囲気作りをしてみましたが、これで子供
たちがいたら、ほんとうに暖かいんだけどなぁ。
日本で仕事をしている身では、長期休暇はとれないでしょう、往復に二日を
要する長距離です、疲れに帰ってくるようなものだと知っていますので、帰
って来いとの無理は言えません。

モイケル娘のいないクリスマスは今年で7回目、我が東京息子がいないの
は3回目です。 しかし!今年のクリスマスには、我が親友「みちべぇ」が
娘さんと二人、やってくることになっているのです^^

彼女のお父上がご存命中は我が夫と一度、ご両親宅を訪問したこともあり、
みちべぇはまたわたしたちの婚姻届の際の証人の一人で、わたしは帰国
ごとに堺を訪れ会っているのですが、夫と彼女が顔を会わせるのは30数
年ぶりです。

ポルトガルに住んで32年になりますが、日本から友人を迎えるのは今回
が初めて。わずかの期間ですが、みちべぇよ、今でこそこうして落ち着いて
いるものの、かつては一時もじっとしておらず、神出鬼没でビアハウスの
歌姫時代は「ふうてんのおゆう」と言うあまりありがたくない異名をもらっ
たこともある「おゆう」の終の棲家をご覧あれ。

我が親友についてはいずれ記事を。

なお、上記記事内の写真にあるツリーの飾りのコレクションについては、
こちらで書いてありますので、よろしかったらどうぞ。

spacesisのクリスマス・オーナメントコレクション

本日もブログを読んでいただき、ありがとうございます。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月11日 

終わった!

YY日本語塾のパートナーであるOちゃんの手伝いを得て、昨日土曜日アルメ
イダ・ガレッテ市立図書館に於ける影絵上映のボランティア活動が無事に
終わり、一段落です。

毎日日本語を教えながらの切り絵作業から始まり、BGMとCDに採ったモイケ
ルのナレーションに合わせて影絵を映し出すリハーサルを二人で3度しまし
た。子育てで忙しいOちゃんには多少の無理をお願いしてしまいましたが、
金曜日の夜は切り絵の最後の点検、そして長年放ったらかしになっていた
我がスクリーンの修繕をしてゴーサイン。

kagee
図書館があるパラシオ公園内のロザ・モタパビリオン

午前中はいつもの土曜日日本語教室がありましたが、Oちゃんとは3時に図書
館の現場で待ち合わせ、わたしと夫は2時には図書館があるパラシオ公園入り。
食事を済ませてOちゃんがくるころには、前回のリハーサルで既に打ち合わせ
していた影絵のセッティングを夫の手助けで終了。

kagee
Almeda Garrett市立図書館

kagee
館内でのこの日のアクティビティの案内。
この日は二つのアクティビティがあり、そのひとつがわたしたちの影絵。
オーガナイザーの名前はYukoでなくYoko・・・・
よくこうなるんです^^;張り出す前に確認させて欲しかった・・・
ひどい時は、面識のない人がポスター作成係だと、ポルトガル語は女性
の名前は語尾が常に「a」 、男性は「o」で終わるものでMr.Yukoになるこ
とが往々にしてあり、笑ってしまいます。

kagee
館内、子供のブックスペース

kagee
ここがアクティビティスペースです。手前は子供たちが親と自由に絵描きを
したり本を広げて読んだりできるスペース。影絵は大きな3枚の硝子ドアの
部屋で上映。上映時はブライダーを下ろして室内を暗くします。

kagee
上演開始は3時半ですが、もう集まってきました。

3時半になると、ぞくぞく人が入ってきて小さな会場は大人と子供で満員に
なりました。スクリーンの後ろで影絵を操作しているわたしたちは上演時の
写真を撮れず、残念。でも、会場の参加者がパチパチ撮っていましたので、
図書館経由で数枚いただけたらと期待しています。

上映が無事に終わり、わたしたちの紹介があって、引き続き折り紙のアク
ティビティです。

kagee
折り紙もほとんど終わり頃で、数人は完成して帰宅した後です。

下の写真のうち、ブラキオサウルス、ステゴサウルス、T-Rexの三種類を
作ってもらいました。
kagee


ということで、日本語教室の生徒さんも二人応援にかけつけてくれ、影絵の
ボランティア活動は3時半に始まったのが5時半に終了して一件落着。

夕べは夫の勤務先病院の忘年会があり、わたしは家でそのまま夕食もせず
ひたすら寝入ったのでした。

実は秋に3週間ほど日本へ帰国した際に咳を持ち帰り、それが今もずっと
続いており、咳き込みが激しいので強い薬をついに飲む羽目になったので
すが、体調が悪かったせいか、色々チョンボをしでかしていたのでした。

ブログで取り上げるにもこのボランティア活動の準備で時間がとれず。
笑いのタネにできないほどの忙しさはいかんなぁとつくづく反省している
のであります。

しんどかった~と言いながら、次の影絵は「かぐや姫」だ!と既に頭でアイ
デアを巡らしている自分に一瞬ハッとしているのです(笑) 懲りないヤツ
でござんす。

さて、チョンボのひとつがこれッス。

kuruma

ぶ、ぶつかった・・・・いえ、正確に言えばぶつけた(汗)

どうということもないところで、走ってもいない状態で・・・
もう先週のことになります。土曜日、いつもの通りダウンタウンにある日本
語教室へ向かう途中、ゆるい坂道になっているAreosaの人通りの多い通り
でございました。

この通りは交通量が多いので混雑を避けて通常は知る人ぞ知る裏道を通るの
ですが(偉そうにw)、目下そこが工事中で通行止め。やもなく通ることに
なったのですが、多分ブレーキを踏んでいた右足がなんとなく緩んだんだ
と思う・・・疲れていたんでござんすね、やはり。ぼけ~っとした一瞬の
できごとでありんす。

事故の緊急状態時に着服を義務付けられているオレンジのプラスティック
チョッキを始めて来ました。混みがちな通りで更なる停滞の原因となった
のも初めてでした^^;

この日に限って携帯電話をうっかり家に置き忘れ、トホホの半日でした。
授業はどうしたのか?いや、側のカフェから自宅で寝ていた夫に電話して、
我が携帯に入っている生徒たちに連絡してもらい、40分遅れの授業でした。

前の車の後ろもちょい傷が入り弁償、わたしのは写真でご覧のとおり、プラ
スティック部分が壊れ、80ユーロくらいで済むとのこと、たいした事故で
はありませんでしたが、疲れが起こした事故(だと、思うのだが、誰だぃ、
地ボケだろ、なんて言ってるのはw)、少し気をひきしめないと!

まだあるんですが、我ながらよくもまぁとあきれ果て^^; そちらはまた
機会があるときにでも。

多忙の原因だった日本語能力試験対策、影絵も終わり、少し楽になったとこ
ろで、ブログにまたカムバックで参ります。
どうぞよろしくお願いいたします。

ではみなさま、また明日!
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月7日 

今日はデポズィット・デ・マリニャグランデ、略してDMG社のアートガラス
工芸品のポルト店を紹介します。

ポルト、リスボン間の中ほどにあるレイリアから西へ少し向かうとマリニャ
・グランデという町があります。
ポルトガルで「マリニャ・グランデ」と言うと伝統ガラス工芸の代名詞でこ
の町は別名クリスタル・シティーとも呼ばれます。

1755年11月1日、リスボンと南部沿岸一帯を襲った大地震で首都は
壊滅し、その復興を目指し、画期的な近代都市計画を進めたのが時の宰相
ポンバル侯爵でした。ポンバル侯爵の活躍は都市計画だけに終わらず、産
業にも積極的に取り組んだのですが、そのプロジェクトのひとつがロイヤ
ル・グラス工場でマリニャグランデ市に設立されました。以来、マリニャ
グランデ市は現在に及んでポルトガル伝統工芸のアートグラス産地になっ
ています。

250軒ほどある工場のなかでも由緒あるのがDMG社。国内専用販売店を数
軒持ち、ポルトのダウンタウン、リボリ劇場真向かいにポルト店を構えて
います。

marinhagrande
本社からの取材許可を得て、店内を案内してもらいました。

marinhagrande
ひときわ目を惹くのがDMG社独特の濃いマリンブルー。

marinhagrande
そのまま置くだけでもいい花器。

marinhagrande
マリンブルーに鮮やかの赤が映えた皿。

これらの色は、溶融したガラスを吹き竿に巻き取り、息を吹き込んで作品を
形作るDMG社独特の昔ながらの吹きガラス技法で引き出されるのだそう
です。

marinhagrande
マリニャグランデ・グラスの定番Calices de Bicos(カリセス・デ・ビコス)。
カリセスはワイン用の脚付き杯の複数形、ビコスは鳥のくちばしの複数。
このグラスの表面が鳥のくちばしのように突起した模様になっています。
値段が手ごろで現在でも多くの人に買い求められます。

marinhagrande
階上もありますのでお忘れなく。

アーティストでポルトの美術大学で陶芸を教えていたアーティストの義兄は
一昨年までの2年ほどステンドグラスの勉強にマリニャグランデへ毎週通っ
ていたことがあり、現地で調達してきたものがいくつか手元にありますので
紹介します。

marinhagrande
占いにでも使えそうなw青い水晶のようなパーパーウエイト。
わたしの気に入りです。

marinhagrande
こちらもマリニャグランデ・グラスの青色の花瓶。

marinhagrande
花の置物とペーパーウエイト。ペーパーウエイトの落ち着いた色がとても
きれい!作者のサインが入っています。

インフォーメーション
DMGポルト店 Rua do Bomjardim 129 Porto
月~金 9:30~19:00
土曜日 9:00~13:00

Norte Shopping センター内にもあり。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2011年12月2日 
aki

気がつけば、早や師走。
今年のポルトガルは経済危機の国難で、街のクリスマスイルミネーションも
極力控えて節約。寂しい限りですが、これで雨天が多かったらまったく惨め
な12月になりますが、幸い今のところ、天気は良好。
こんな事態も時にはあろうかと、みな財布の紐をしめて厳しい来年、再来年
に備えているようです。

わたしはといえば、しばらく前から体調が優れなかったのですが、来週の影
絵上映に加え、日本語教室の生徒たちの受験対策で少し頑張らなければなら
ず、さすが昨日今日はダウン、ほとんど寝ておりました。そろそろ自分の
体力限界を悟らなければいけないかな?

さて、その生徒たちの受験対策なのですが、日本語学習者のための日本語
能力試験、通称JLPT(Japanese Language Proficiency Testが今年もポルト
大学で実施されます。

一昨年までは、この試験を受けるポルトガル人はマドリッド、バルセロナな
どへ出向かわなければならなかったのですが、昨年からポルトで受験できる
ようになり、今回は第2回のJLPT試験です。

試験は低い順に5級から1級まで、受験料は50ユーロ。
試験科目は、文字・語彙、文法・読解の言語知識と聴解で、試験時間は5、
4級は105分と125分、3級、2級は140分と155分、1級とな
ると170分と、長時間の試験です。

さて、この試験に我がワイワイ塾(YY Nihongo Juku 。YYはわたしとOちゃ
んの頭文字をとり、明るく楽しい日本語学習塾という意味合いも含み、し
ばらく前からYukoエs Nihongo Jukuを改名)から6人が受験することになっ
ています。

この6人の受験生のうち、2人が60歳以上、もう一人は我が友でもある
マリアさんで74歳です。しばらく前から受験対策で総合復習に取り組ん
でいるのですが、言語知識は大丈夫、問題はヒアリングです。
若い人たちと違い、時間的余裕からして、Youtubeやケーブルでアニメや
日本映画を見る機会がない。日本語はわたしを通して聞くくらいですから、
これがなかなかの曲者!

3人とも口をO型に開けたままです(笑)
え~い、ひるむな!とけしかけてはいるものの、うん、これは大変かもだw
で、最後の秘策を授けました。ひ、秘策?あるの?えぇ、ありますとも!
わ、分からなかったら周囲の動作を見渡せよ・・・・・・何しろマークシー
ト故w こ、これ以上は申しませんです^^;

これには3人とも大笑い。少しは気が楽になったでしょうかw
74歳のマリア嬢は3級に挑戦です。元々英語ドイツ語の先生でしたから、
語学勉強のノーハウを知っており、また熱心に勉強しています。今日も
寝ていたわたしを電話で起こして、質問攻めでした。

後の2人の問題は、ゆっくり読む傾向があること。
たくさんの質問があり、そんなことをしていたら時間切れです。そこでこれ
もこうこうしてごらんなさい、と秘策を授け。

実は内心、このJLPT試験対策を引き受けたのを後悔したりしているわたし
です^^;これは普段から日本語を聞いていないと難しいと思われ、来年
度からは、JLPT受験関係なくしてこのヒアリング対策をなんとかしたいと
思っているのです。

そんなわけで、YY塾の老三銃士、今日曜日にはいよいよ試験です。
おがんばり!

これが終わったらわたしも肩の荷が下り・・・と思ったら、2月の漢字検
定試験が控えてるんだった!
受験受験もしんどいものです。受験者も指導する側も。
そんなわけで、来週はやっと体調のしんどいのを無理しなくてもよくなり
そうです。

今日は我がモイケル娘のブログを読んで、ひとしきり大笑いしてきたところ
です。書かないと言ったらまったくの長い間エントリー無しのブロガーでは
ありますが、最近結構続いていて、これは以前紹介した「判子社会」の続編
かとも思われますので、下記にご紹介。よかったら出かけて読んでやって
ください。

スタンプいかが?

わたしは今ネコと喧嘩している

なんだ、ただの親バカか(笑)はい、さいでござんす^^
それではみなさまも、風邪など召しませんように!
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
にほんブログ村