2012年5月29日 

以前にも取り上げていますが、先週金曜日に歩いたFoz海岸通りをご紹介し
ます。

ポルト海岸通

Praia da Molheあたりにある気に入りのパーゴラ。ここからドンドン先へ
歩いて行きますと、大西洋が一望できる休憩所に出会う。

ポルト海岸通

やがて、Castelo de Queijoに到着。
ポルト海岸通

学年末も近づき、学校の課外授業のグループがたくさん来ていました。
この高架道路を挟んだ向こうは前日歩いた市民公園です。
ポルト海岸通

ゴンサルヴェス・ザルコ広場にはドン・ジュアン6世の銅像が建っている。

ポルト海岸通
(参:ゴンサルヴェス・ザルコとはエンリケ航海王子のもと、マデイラ島を発見
した航海者)(ドン・ジュアン6世についてはこちらでどぞ。)

ポルト海岸通
空中の赤い大網から向こうはMatosinhosになる。

岩だらけの海岸ポルト側だがMatosinhosからは砂浜も見られる。
ポルト海岸通

Castelo de Queijoからの帰り道は通りに面した散歩道ではなく、海沿いの
散歩道を歩いてみた。
ポルト海岸通

これが思いのほか、歩きにくいのである。
ポルト海岸通

ところどころ大きな隙間があいているので、つまづいて転びはしないかと足
元を見ながら歩くことになる。歩きながら何度か前につんのめった。わたし
のような粗忽者には向かない散歩道ではある。

ポルト海岸通

老人と海と、自転車と。

ポルト海岸通
こんなところに自転車を置き、日光浴をしているのであろう。

ポルト海岸通

そして沖に浮かぶ赤い船と。
ポルト海岸通

この日の散歩も終盤、出発点にもどったところにある有料トイレです。

ポルト海岸通

使用料25セント。トイレにこんなユーロポスターは目下のところ、いただ
けないってば。書いてあるのが「ヨーロッパの栄光、ユーロ!ユーロ!です
ぞ^^;ギリシャ、イタリア、ポルトガルとユーロ危機の引き金をひこうか
と言うこんな時期に、なんだかなぁ。しかも場所が場所です。いまいち納得
いかない気分で帰って来たのであります。

明日は4月にモイケル娘と我ら夫婦3人とで行ってきた我がお気に入りの町、
シントラの話です。今回も興味深いシンボルをたくさん見つけてきました。
お楽しみに!
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2012年5月27日 

参った。今回は参った。
2年前の2010年、ポルト市と国際親善協会共催のビッグイベントJapan
Week
のコーディネーターをひょんなことから引き受ける羽目になってしまい、
ほぼ1年に及んで仕事をしたのだが、自分の能力を越えるような仕事の内容
にオロオロしながらなんとか最後まで持ちこたえたが、あの時は能力云々以
前に、体力限界のかなりギリギリの線まで行ったと思う。

雑誌執筆やホームページ記事取材と称して、それまでに2、3年ほど週に1、
2度の割で町を2時間以上歩き回っていたことが、アラカンの体力を最後ま
でかろうじて維持させたのではないかと、今にして思う。

なんとなれば、昨年秋に日本から持ち帰った「激しい咳」、完治にゆうに2
ヶ月くらいはかかったような気がするのだが、それが3週間ほど前に再び始
まり、このところずっと難儀していたのである。

夫の処方を一週間続けたが良好に向かわず、結局レントゲンを撮り主治医に
診察を受けたのが先週木曜日。肺には過去の何らかの形跡があるとのこと、
無自覚のうちにどうやら治っていたようで、暢気な患者である。

今回はどうやら気管支炎らしいとのことで、処方してもらった薬、数種類。
夫に「こんなたくさんの薬を飲んでたら、水でお腹が膨らんで食事できない」
と文句を言いながら毎日服用している。

診察を受けたときに主治医に言われたことが、「肺の機能をもっと丈夫にす
るのと体力づくりをするのとでスイミングに行きなさい」。
ス、スイミング?と聞いて、元来がカナヅチであるのを思うより、齢64の
自分の水着姿がすぐさま思い浮かび、真っ青になった。

週に2度ほどジムに通う夫も「今自分が通っているジムはプールがないから、
じゃ、二人でプランを考えてみるか」と仰せだが、要らん要らん~とわたし。
冗談じゃない。今更水着だなんて、やってられるかい!水着の前にまず、ダ、
ダイエットでござんす^^;

てなわけで思い立ったら即、先週の木、金曜日は日本語の合間を縫って車を
ぶっ飛ばし、Parque de Cidade(市民公園)とFozの海岸通を「早足」で
歩くこと1時間。周りを観察しながらでは歩く速度が落ちるので前方を見て
ひたすら歩く、小さなリュックに帽子姿のわたしを思い浮かべくだされ^^;

そうです、これからしばらくは体力づくりに「早足歩行」を実行することに
しました。帰路の車内ではエアコンをつけず、更なる汗をかくようにして帰
宅。今朝、体重計に目をやりますと、うほ!なんと1キロちょっと減量!
・・・と思う(笑) 
減量はともかくとして、心なしか体が軽く感じられるのが嬉しい本日日曜日
のspacesisであります。

さて、そこで、すでに案内している市民公園ですが、行く毎に緑が増えて大
きな森になりつつあるので、再度、案内いたします。

ポルト市民公園

1991年に施行され現在にいたる82ヘクタールの市民公園。当初は木陰
のないだだっ広い公園だったのが、20年経った今こんもりと森が。NYのセ
ントラルパークには及ばないでしょうが、あと20年もすれば市民の素晴ら
しい憩いの場になること請け合いです。
ポルト市民公園

公園からはCastelo de Queijoがある海岸通へ抜けられるようになってい
ます。
ポルト市民公園

あまり周囲に目を向けないで歩いたとは言うものの、ポルトガル生活33年で
目にした二度目のト・ン・ボ!カメラにとらえようとしてみたのですが、動き回
る上に小さい。それでギブアップ。そうそう、二匹のトカゲも通り道で向き合
っておりました。

公園入り口の側を走るAvenida de Boavista. しばらく行っていないうち
に大通りの中央は花壇が造られサイクリングロードも設けられていた。
ポルト市民公園
この道をまっすぐ行くと目の前には海が開ける。

明日はFozの話を。
ではみなさま、本日も読んでいただき、ありがとうございます!
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2012年5月24日 

モイケル娘も義兄も行くからと夫に誘われ、雨天の中、しぶしぶ出かけたド
ウロ川終日クルーズ、これが思いのほか良かったので紹介します。

ドウロ川クルーズ

参加者は朝、8時半にサン・ベント駅に集合。このツアーはほぼ9時間の終
日旅程で、サン・ベント駅→ドウロ川上流地帯のレグア駅→乗船→ポルト対岸
カイス・デ・ガイア着で9時間ほどのコースです。

夫が申し込んだ最初のコースはレグアより下流にある小さな町までバス、そ
してそこから4時間の船旅のコースだったのですが、参加者が少なくキャン
セルになり、これで行かなくてもすむと喜んでいたら、なんと4時間どころ
か6時間の乗船コースを夫に選ばれてしまったのでありました。

ドウロ川クルーズ

サン・ベント駅から2時間ほどでレグア駅に到着。ポルトから船着場までこの
ガイドさんが案内しました。レグア駅から船着場までの短距離をこんなかわ
いい乗り物で移動です。子供が大喜びすること、請け合いです。
ドウロ川クルーズ


ドウロ川クルーズ
船着場で見かけたクルーズ用の大きな船。外から少し中がのぞけましたが
ベッド付きで、これはドウロ川上流も上流、スペインまで行く数日のグルーズ
用です。わたしたちのはこれ↓
ドウロ川クルーズ

船内↓ 乗船するや、すぐ昼食の時間でした。
ドウロ川クルーズ

いつもの如く食べ物の写真をうっかり撮り忘れ^^;
ドウロ川クルーズ

昼食と食前酒のポートワインがサービス付です。
さてこのツアーの圧巻はドウロ川の5つのダムのうち、その二つを越
えるところにあり。最初に越えたのが下のCalapatelo(カラパテロ)ダム。
ドウロ川クルーズ

ダムに向かって右側の水路を通り、閘門式水門をくぐります。
このダム、35メートルの水位高低差があるという。
ドウロ川クルーズ

いったいが、行きたくないなどとごねていたのはどこの誰であったのかを忘
れ、果たしてどんな風にダム越えするのかと、小雨の中、デジカメ構えて
目を見張っていたのであります。
後ろからわたしたちの後にも2隻の船が水門をくぐって入ってきます。
ドウロ川クルーズ

ドウロ川クルーズ
門をくぐったあと、作業は船からのロープを数箇所の岸にある石くいにひっ
かけました。

水位が少しづつ下降していきます。
ドウロ川クルーズ

cruzeiro_barragem5.jpg
上下の画像を比べてみてください。水位30メートル下降したところです。見上げる
水門はまるでノアの箱舟にでも乗っているような不思議な感覚を覚えました。
cruzeiro_barragemo4.jpg

cruzeiro1_1.jpg

35メートル下降した水門内部を静かに移動して
cruzeiro2_1.jpg

もう出口水門が開きます。
cruzeiro_barragem6.jpg
 
わたしたちの後続船が水門をでてくるところ。これでダム越え終了です。
cruzeiro_barragem7.jpg

もうひとつのCrestuma・Leverダム、15mも同様の方法で通過し、後は
ドウロ川をポルト河岸のリベイラまで緩やかに下ります。
(下)現在はポザーダに変身したニコラウ・ナゾニの作品建築「フレイシュ宮殿」
(Palacio de Freixo)を右手に見て、
ドウロ川クルーズ

ドウロ川に架かる6つの橋のうち5つ、フレイシュ橋、サン・ジュアン橋、ド
ナ・マリア・ピア橋、インファント橋、
ドウロ川クルーズ
(くぐった後から撮った写真)

ドウロ川クルーズ
最後にドン・ルイス一世橋をくぐりリベイラに入る。

ドウロ川クルーズ

夕方6時にリベイラの対岸カイス・デ・ガイアに到着した6時ころには雨は
あがっていたものの雲が低く垂れ、この天気だけは残念でした。
仕方ない、付き合ってやるかなんて気持ちで出かけたのが思わぬ拾い物をした
感じのドウロ川クルーズになったというわけです。

終日クルーズは逆の遡上コースもありますが、午前8時にカイス・デ・ガイア
発、朝食昼食付きで→Lamegoで下船→ぶどう農園を見学→レグア駅から電車で
サン・ベント駅となります。

費用はシーズン中とシーズンオフ、また平日と週末とで違います。わたしたち
のクルーズはシーズンオフの平日で一人当たり59ユーロ。また、丸一日の時
間はないという方は、1時間ほどの6つの橋めぐりコースもあるそうです。

ドウロ川クルーズ
モイケルが撮ってくれたスナップ。

本日もブログを読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、また明日!
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2012年5月20日

2011_may.jpg
モイケル娘のベランダは花盛り

19日、利根川水系の浄水場で水道水に国の基準を超える化学物質ホルムア
ルデヒドが検出され、千葉県内の数市で断水が続いたとのことだ。

我が子たちを始め、千葉県にはブログ友ちゅうさんやその他の友人も何人か
住んでいる。断水の不便さは身をもって知っているので心配していたのだが、
どうやらそれも収まりそうでほっとしている。

今でこそ断水、停電がめったになくなったわたしの住む区域であるが、わた
しがポルトに来た30年から20年ほど前まではしょっちゅうだった。日本
ではそんな経験がほぼなかったのでポルトガル新米のわたしは、エラい所に
住む羽目になったなぁとかなりとまどったものだ。

同居していた義母の台所の調理台の火元は丸いディスコと呼ばれるもので4
つあったが、電気製なので停電ともなれば水はあれども料理はできない。断
水・停電どちらにしても即、困った事態に陥るのである。お湯も電気で沸か
すのでシャワーも浴びることはできない。日本のように、何日の何時から何
時まで断水だとか、停電だとかの予告なく突如としてそうなるもので、赤ん
坊を抱えていた時期など、停電断水対策なくしては日々の生活は済まされな
かった。一度などこんな冷や汗をかいたことがある。


とある水曜日の午前中のことです。
日本語レッスンを予約していた生徒が来なかったもので、キャンセルされた
時間を利用して、しばらくぶりに染髪することにした。染料を塗りつけて
30分ほど置かなければならないのはご存知の通りです。

で、その間ちょいとメールチェックでもしようかとパソコンをオンにしたの
であります。そしたら、チャット仲間のゴッチたちにとっつかまり、ああで
もないこうでもないとしようもない話で盛り上がり、「アッ!」と気づけば
所要時間を過ぎること40分!髪はすでにバッリバリのバリ!

「すわ、たいへん!」てことで、慌てて仲間にオサラバし、バスルームに駆
け込んで、「さぁ、洗うべぇ」と蛇口をひねったら、ひねったら、ひねった
ら、・・・水が出ない!!!!(泣)だ、断水よ・・・(予告無しの断水、
停電がこちらではよく起こる^^;)出ないといったら憎ったらしいくらい
一滴も出ません・・・染髪の色どころか、頭は真っ白であります。

前の家にいたときは、よってもって食料庫の中にわざわざ補給水用のタンク
をとりつけてもらったのですが、今回はフラットでもあるし、まぁ大丈夫か
と高をくくったのが甘かった・・・

「よし、こうなったらもったいないがミネラルウォーターで!」と思ったの
ですが、この染料を全部くまなく洗い落とすには相当量の水がいる。とても
5リットル瓶4つくらいでは足りそうもない^^;午後には日本語レッスン
があるんや~、どないしよう・・・どうしようかとウロウロしているうちに、
時間はどんどん過ぎて行き、髪のバリバリ度は更に増していく。

なんでもよく知っている大阪出身の友人に「このまま夕方まで放っといても
大丈夫かなぁ」と電話してみた。開口一番、「あんた、またそんなアホなこ
としてんのか。夕方まで放っといたらどうなるぅ?知るかい!」
つ、冷たい奴め・・・好き好んでしたんじゃないわい。

はっ!と気づいたは、寝たきりのお義母さんの家の補給水。確かあったは
ずだ!ここから目と鼻の先です。電話であちらのお手伝いさんと話をつけ
て、お風呂を借りることになりましたのね。

「でも、この頭をどうやって隠してあそこまで歩いて行くかなぁ」と思いつ
つ、何気なくもう一度水道の蛇口をひねったら、ひねったら、ひねったら~
水がでた!「ハレルーヤ!」

ほんと真っ白になったり真っ青になったりした半日でした。そしてそのバリ
バリ頭のせいで、今回はやたら赤くなってしまったわたしの髪であります。
こういうハプニングが起こるのって、日本のような文明国では考えられない
ことだよね、きっと。(笑)


停電ともなるとテレビ、ラジオ、ステレオなど普段何の疑問も持たずに湯水
の如く使っている文明の利器が突如として取り上げられるのである。何度か
経験しているうちに、愚痴を言っても始まらない。しからば今できることを
しようではないかと考えを改め、蜀台にろうそくを立てソファに座ってレー
ス編みなどをするようになった。雑音のない静寂な時間は普段しようとてな
かなか持てないものだ。

日の出とともに働き出し暗くなるとともに就寝するという原始的な生活習慣
を人はいつの頃から捨て始めたのだろうか。夕焼け空に目を向け夜空の月や
星を仰ぐのは季節を見るだけではなく、大いなる宇宙のなかの人間という小
さな存在を感じ取り、生命に思いを馳せる哲学的な時間を持つことでもあっ
たのかも知れない、とそんなことを考えたりして、いつの間にか断水停電に
対してあまり動じなくなりつつあった頃に、曽野綾子さんのこんな言葉に遭
遇しわたしは妙に納得したのだった。

「不便を体験すると人間はしばしば哲学的になる」

積極的なボランティア活動でアフリカ等の未開発国を何度も訪れては多くの、
いわゆるわたしたちからすれば大いなる不便さを目の辺りにしてきた氏だか
らこそ、言えるのであろう。

物事を沈着に考えるのに文明の利器は要らない。必要なのは便利さに振り回
されない時間を自らが作ることだと思うのだ。人間が万物の霊長とされるの
は思考することができるという他の動物とのその一点の違いだ。今ほど人が
「考える」ということをしなくなった時代はないのかも知れない。

千葉県の断水を知るにあたり、自分が今日思ったことを綴ってみた。
とまれ、断水に会ったみなさま、ご苦労さまでした。

花
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2012年5月18日 リスボン:サンタ・ジュスタ・エレベーター

リスボン最後の記事です。

迷うべくもないはずのカルモ教会にやっとたどり着いたものの、日曜日は休
館日で見学不可でした。そこで、教会の横道を進んで行ったところが、なん
とこれも知らなかった迂闊、そこが有名なリスボンのショッピング通りにあ
る「サンタ・ジュスタ・エレベーター」に直結でした。
    
Elevador_of_Santa_Justa_platform.jpg
上の写真のみWikiより。

エレベーターの扉
リスボン

これまで何度か訪れたリスボン。その都度このショッピング通りを歩いては
横目で見てきたサンタ・ジュスタ・エレベーター(Elevador de Santa Justa)、
別名Elevador de Carmo(カルモ・リフト)とも呼ばれます

ポルトもそうなのですが、リスボンも坂道が多くカルモ教会周辺へ行くには
上り坂です。このリフトを利用すると楽に行けるというわけです。リフトの
高さは45m。カルモ周辺の丘とダウンタウンとの落差が以下に大きいかが
これで分かります。
リスボン

1898年に着工、完成は1902年、ネオゴチックスタイルのこのリフト
はフランス建築アエッフェルの弟子だったと言われるポルト出身のフランス
系、ラウル・ポンサルド。道理で鉄骨の構造をむき出した様は、エッフェル
の作風をかもし出しているはずです。

リフトのトップから下をのぞいてみた。
リスボン
高所恐怖症気味のわたしには、こわぁ~、です。

リスボン
向こうに見えるはサン・ジョルジュ城。ポルト同様、段々畑のような家並み。
リスボン滞在は3時間弱、わたしたちはこのリフトを利用することなく、下
り坂を下りて、この後シントラへと向かったのであります。

シントラ、わたしにとっては3度目、モイケル娘は初めてで、今回は親子し
て新たなシンボルを探し回ったのでした。

再び歴史のシンボルの謎を求めて、乞う、次回!
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2012年5月15日

モイケル娘の帰省3週間はあっと言う間に過ぎ去り、日曜日には再び日本へ
飛び立ったのですが、夫もわたしもその日は終日殆ど言葉を交わすこともな
く。その日にしなくてもいいものを、ただ黙々とあちらこちらから物をひっ
ぱりだして片付けをするわたし、これまた書類仕事にひたすら没頭する夫。

毎回のことながらこの反動fきついのであります。知らず知らずのうちに
「ちょっ、つまんないな」と心の中でつぶやいている自分がいます。ベッド
がもぬけの殻なのを見ると、もうダメです。そして、思うのは、家族が一緒
に暮らせるということはひとつの幸せだ。どうということではないけれど、
あんなんこんなんがあったと母国語で語る相手を持つことは幸せなものだと。
例え何十年住んだとしても、拙文ながらも思うところを自分のスタイルで今
日こうして母国語で書いたり話したりするようには異国語ではできないであ
ろう、なんてことを思ったりするのであります。

こんなわけでこの数日は風邪をひいたのもあり多少落ち込んでいたのでした。

しかしまぁ、この3週間降るに降った雨もあがり初夏の香りがしますポルト
ガル、元気を出して、よし!と、本日は、カルモ教会のご案内です。

carmo
訪れたこの日は休館日でありました。やっぱり人任せはダメです。よって今
回は内部写真がなし。上で夫とモイケルが指差して見ているのはこれです。

carmo
地震でズレが生じた建物のアーチ門の部分。

14世紀に騎士Nuno AlvaroPereiraの命により、カルメル修道会のために建
築されたゴチック建築のカルモ修道院ですが、1755年11月1日午前9
時40分に襲った震度9の大地震で崩壊。この地震でリスボンは津波にも襲
われ、9万人の死者を出し街は全壊しました。後に整備された新しいリスボ
ンの街の中で、カルモ教会は当時の地震の恐ろしさを後世に伝えようと、そ
のまま再建築されずに残されたのです。
carmo

では、明日に続きます。
本日も読んでいただきありがとうございます。

なお、騎士Nuno AlvaroPereiraについてはこちらで書いております。

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2012年5月8日 

筆者は元来が粗忽もの、それを脳内では日本語、英語、ポルトガル語の三カ
国語が飛び交っておるわけで、この年齢ともなると言語の瞬間スイッチが効
かなくなってきております。

雨が降ったりやんだりのリスボンの街を夫とモイケル娘の3人で、カルモ教
会目指して歩いたのですが、方向音痴の夫を先頭にして参った我ら、行けど
も行けども目的地にたどり着かず、とうとう出た口から出たブツクサ。

母「ゆっくり時間があってリスボンをZaraZara歩くのならまだしも」
モイケル娘「ほぇ?ZaraZaraっておっかさん?」

し、しまった!脳内スイッチの入力が遅かった!ブツクサ言った丁度その時
我が視野に入ったのが目の前の店名「Zara」・・・とほほほ、「リスボンを
ブラブラ」と言いたかったところがZaraZaraになってしまい、さすがおっか
さんとモイケルが大笑い、情けなや^^;これが「リスボンZaraZara」の謂
われであります。

旅行出発に先立ち、準備としてネットでざっと検索するのがわたしの常なの
ですが、今回ばかりは影絵の準備に追われその時間もなく、夫に任せたのが
間違いであった。ロシオ広場からあんなに大きく見えるカルモ教会です、そ
んなに遠いはずがない。坂道を上って行くうちに、これはオカシイと気がつ
いた。

しかし、いつものごとく自信ありげに先を行く夫に迂闊にそれを言うと不機
嫌になること間違いなし。さっきまでカルモ教会がやっとこさ見られると嬉々
として歩いていた我が表情もいつのまにやら顔はくもり目はきつく、口元も
「への字」に結ばれてじっと我慢の子。さすがの夫も「まちがったかな?」
とソワソワしだした。「あったりきよ、だんさん、こんなに遠いわけないっ
て。地図、見せてみぃ~」と内心では思うものの、ゆめ、口に出してはなら
んぞな(笑)

だが、ものは考えようで、グルグル迷ったおかげで思わぬ写真が撮れた。

electrico2_1.jpg
路面電車です。雨に赤が映えて素敵です。

リスボン路面電車
こちらも車体に鮮やかなデザインが施され、
 
方向を変えたところでカメラを向けると、あらま、ただ乗りのヤングマンが
ポーズをとって。
リスボン路面電車

ポルトにも2台の路電がありますがこんな風にカラフルにするのもいいなぁ
と思ったり。

こちらは、歩いて歩いていつの間にか辿り着いたサン・ペドロ・アルカンタ
ラ展望台。目的地のカルモ教会からはずいぶん離れていたのですが、この展
望台のすぐ横で、もう一台の路電を。
 
リスボン路面電車
石段から先は進めずここは終着点。
運転手もサービスでカメラにポーズを取り写真におさまって。
リスボン路面電車

リスボンの路面電車は3台あるとのこと、道に迷って結局全部の路電を
見たことになります。
この展望台まで来て、さすが道を間違ったと認めた夫ではありました。

リスボン路面電車

リスボンの町並。右に見えるのはサン・ジョルジュ城。
次回はカルモ教会です。
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2012年5月6日 

小旅行の話を少し置きまして、今日のエントリーは影絵上映です。
やっと終わった!前回上映したキョーリューの影絵に比べ、準備時間が足り
ず、自分としては評価を8割の出来具合とする今回の「かぐや姫」でした。
切り絵細工が細かかったのとカットした後の和紙の二度三度の貼り付けや
切り取りにも手間がかかりました。

「高校生や大人が対象なので、日本の物語を」と依頼されたのを調子よく引
き受けたもので、日本語教室はあるわ、モイケル娘は帰国するわでかなり厳
しかったのですが、途中で投げ出すわけにも行かず、相棒のOちゃんとヒィ
ヒィ言いながらの2ヶ月でした。

今回の「かぐや姫」は隣町ガイア市に高校での上映です。補習校時代の我が
同僚I氏の奥方と数人の教師たち、それにその高校の日本文化クラブ系の生
徒たちが中心に立ち上げたイベント「Dia do Japao=日本の日)です。

校内のキャンティーン、オーディトリオ、体育館などを会場にして、11時
半から夕方7時までのプログラムは、空手、柔術、剣道、太極拳のデモンス
トレーション、碁、将棋、盆栽、折り紙のワークショップ、それにコスプレ、
カラオケ等ぎっしりでした。

影絵

キャンティーンはプロ並みの腕をもつ我が元同僚I氏が一手に引き受け、カレ
ーライス、ラーメン、すし、味噌汁、ドラ焼き(餡もしくはチョコレート)
などのメニューです。ほぼ一日中、厨房に入りきり、がんばっていました。

影絵

I氏は補習校時代は長年モイケル娘の先生でもあり、影絵上映の手伝いがてら
ご挨拶に伺い。
そうして始まった4時半からのわたしたちの「かぐや姫」です。

影絵
ただ今準備中。60人ばかりが入る演劇室が会場。

影絵の上映シーンをいくつか載せてみます。

影絵
がびーーん!Oちゃんの頭が~(爆)実は用意された机が低かったのでありま
して^^;途中わたしの頭も出たとはモイケルと夫の言^^;
     
影絵
時間切れで竹を作成しなおすこと、相成らず^^;
 
影絵

影絵

影絵

影絵
青いセロファン紙をはがす時間もなくそのままに^^;

影絵
この場面は兵の数を二倍にしたかったのですが時間切れで半分に^^;次
回に向けて作成する予定。今度は左手にわたしの頭がかすかに 

kaguya_honban8.jpg
ラストシーンの富士山。この場面は苦心しました。シンプルな仕上げに。

影絵
終わった後の挨拶。

今回は疲れました。そして、切に思ったこと、「2ヶ月ではいかん、やはり
一作に少なくとも半年はかけたい」でした。さて、上映後すぐ、「影絵をし
てもらえますか?」と二件のオファーが入りました。日本語塾を共にしてい
るOちゃんは二人の子供のお母さんです、まずは彼女の意見も聞かなければ
なりませんし、何よりもしばらくはちょっと休憩したい。

でも、「YY日本語塾」にもうひとつ二人して「YY影絵劇団」を作ろうかぁ」
なんて笑っているのであります。うん、いけるかもだ。

今回の写真はモイケルの撮影でした!もいちゃんよ、ありがとう。

最後に、フランス国、今日の大統領決戦投票は接戦でしたが、サルコジ氏か
らホランド氏に変わりました。ヨーロッパはこれからどのような変化をする
ことか、日本同様、目が離せないですね。
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2011年5月2日 

さて、目的地カルモ教会へいざ、と言う段になり、我がモイケル娘がトイレ
だと言う。そこで、駅構内ならばあろうと思って最初に入ったのがロシオ
駅。前回紹介のスタバはこの入り口すぐ右にある。
rossio1_1.jpg

しかし、トイレは見つからず、カフェに入れば用は足せたのだが、市内に入
る前昼食とともにカフェを飲んでおり、できれば入らずにと小雨降るロシオ
界隈をトイレ求めてあちこち歩き回る羽目にあいなった。
が、結局下の画像にある「Pasteraria Suica」(スイス菓子店)こと別名カ
フェ・スイサに。
pastelaria_suica.jpg

連れなんとかと申し(笑)、3人とも無事用をすませて気持ちも落ち着き、
丘の上のカルモ教会を目指していざ!

Rua de Carmoの坂道を上ってすぐに目に入ったのがなんと、

muji1_1.jpg
「無印良品」リスボン店。さすがポルトガル首都!思わずちょっと寄り道し
ました。シンプルですが紅白の色がよく目立つロゴマークです。
mujirushi1_1.jpg
店員に聞いてみると開店1年と4ヶ月なのだそうです。

坂道を上る右手には1907年にオープンしたカフェ「A Brasileira」が。
ポルトに美しい老舗のカフェがありますが、リスボンもまた然り。
cafebrasileira2_1.jpg
 
店先には20世紀初期のポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアが座っています。
fernandopessoa_1.jpg

ポルトガルの書店、みやげ物店なのでも彼の似顔絵がよく見られるほどに、
今でも人気がある詩人です。

今回フェルナンド・ペソアを検索して面白いことに出会いました。彼は詩人の
みならず作家、翻訳家でもあり、エドガー・アラン・ポーの訳詩もしていたとのこと。
かなり以前にブログで取り上げた松本清張の本につながるのでした。

以下、2006年の日記からの抜粋です。

―とどろく海辺の妻の墓―

高校時代には、苦手な理数系の勉強はほったらかしに、フランス文学、ロシ
ア文学、ドイツ文学の著名なものを図書館から借り出し、外国文学の起承転
結の明確なところに、わたしは心を躍らし片っ端から本を読みふけったもの
ですが、どういうわけか、日本文学にはほとんど手を出した覚えがない。

ところが、20歳頃に、グワッとのめりこんだのに、松本清張シリーズがあり
ます。「黒い画集」から始まり、清張の作品のかなりを読破しました。
「社会派推理小説」と当時呼ばれた清張の作品は、大人の匂いがプンプンし
て、20歳のわたしには大きな刺激でした。世の中の理不尽や犯罪に駆り立
てられる人の心理を、こっそり覗いたような不思議な刺激でした。 

それらの中でも特に心に残ったのは、霧の旗、砂の器、ゼロの焦点です。
つい先ごろ、この「ゼロの焦点」をもう一度読み返す機会があり、思い出し
たのです。20歳の頃、気になりながら、当時は調べようもなかった詩の
1節がその本の中にあったことを。

In her tomb by the sounding sea.

とどろく海辺の妻(彼女)の墓・・・
戦後の自分の職業を隠さんがため、今では上流社会夫人になっている妻が犯
罪を犯し、冬の日本海の荒れた海にひとり小船を出して沖へ沖へと漕いでい
く愛する妻の姿をなす術もなくじっと見送る夫の姿を描くラストシーンに出
てくる英詩です。

当時、この詩がいったい誰によって書かれたものなのか分からないまま長い
年月の記憶の彼方に押しやられていたのでした。今回読み終わりgoogleで検
索してみよう!とハッと思いついた。英文でそのままキーワードとして打ち
込みました。

おお!出た!出たではないか!一編の詩に行き着きました。
この詩は、「Annabel Lee=アナベル・リー」と題されるエドガー・アラン・
ポーの最後の作品なのでした。(詩全部をお読みになりたい方はWikipedia
でアナベル・リーと検索すると出てきます)

詩、「アナベル・リー」は、14歳でポーと結婚し、24歳で亡くなった妻、
ヴァージニアへの愛を謳ったものだそうで、ポー最後の詩だとされています。

「とどろく海辺の妻の墓」は、その詩の最後の1節です。エドガー・アラン・
ポーといいますと、わたしなどは、「アッシャー家の滅亡」の幽鬼推理小説
家としての一面しか知らず、詩人でもあったとは。

Wikipediaで検索しますと、ポーの大まかな半生が書かれていますが、残した
作品にたがわないような激しい愛の一生を終えた人です。

40年近くも経ってようやく、「ゼロの焦点」のラストシーンと、このポーの人生の
結晶である「アナベル・リー」の詩がつながったのでした。

う~ん、これは清張ばりで行くと「点と線」が繋がったとでも言えるかしら。


リスボンの詩人フェルナンド・ペソアとこんなところでつながるとは奇遇な
ことです。

肝心のカルモ教会には簡単にたどり着きそうもなく申し訳ない。
リスボンの続きは次回に。
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2012年4月30日 

モイケル娘、先週火曜日に4年ぶりの帰国で、我が家は今、ポッと花が咲い
たような明るさです。子供がいる生活は会話にも思わず笑いが入ってはずみ
ます。

starbucks

夫も嬉しさを隠しきれず、口笛自慢のわたしからすれば「ヘタクソ~」の一
言につきる口笛を毎日のように吹いている(笑) そして娘のためにと夫が
立てたあれやこれやのプランが、本当を言うときついんであります。なぜっ
て、わたしは今週土曜日にはボランティアの影絵上映があり、それがまだ
完了してないんだってば・・・

しかし、影絵同様、モイケル娘の滞在も3週間と期限があり、このところ色
々がんばっているおっかさんではあります。

さて、そのプランのひとつ、3人家族に一泊旅行を日月の昨日今日して参り
ました。行き先はリスボンとシントラ。シントラは何度か訪れていますが
訪れるたびにその魅力に取り込まれそうな不思議な町なのです。シントラ
の話は後でするといたしました、今回はリスボンから。

3年前まで我が東京息子が10年ほど住んでいたリスボン、息子の様子を見
に時々訪れましたが、共に食事をしてはすぐ引き返すという繰り返し。観光
らしきものをほとんどしたことがなく、訪問回数は多いのに街のことはほと
んど知らない。そこで今回は目的地を定め、初めてポルトガルの首都、リス
ボンを歩いてみたのでした。

目的地とは「Convento de Carmo」。1755年のリスボン大地震で破壊さ
れ天井が抜けたまま、今日にいたっているカルモ教会です。リスボンの中心
リベルダーデ大通りから見えるのですが、ここに至るまでを綴ってみたいと
思うのであります。

carmo1-1.jpg

いやはや、ほんとにもう、すったもんだがありまして。くっくっくっく。

本日は夜も更けたことでありますし、さわりの部分にて。

carmo

エスプレッソファンが俄然多いポルトガルで、奮戦しているただ一軒のスタ
ーバックスことスタバ。ロシオ駅の入り口にあります。しかし店内は満席で
した。ツーリストが主だったかもしれませんね。
下はご存知スタバのロゴマーク。

starbucks

このロゴマークについては3年ほど前に取り上げていますが、今日はその記
事をご案内しまして、ごまかしでございます。

スターバックスの気になるロゴマーク

では、本日はこれにて。皆様、また明日!
ん?エントリータイトル「リスボンZaraZara」とはなんぞや?
はい、これは後ほど、謎解きを
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