2012年7月30日 

日本人の一般常識として名画の名前は知っているつもりだ。
わたしが高校の美術の教科書に載せられた名画の中で一番最初に心惹かれた
絵はべルナール・ビュフェの「アナベルの像」である。輪郭が黒い線ではっ
きり描かれた白い服に真っ赤なショールをまとったアナベルの絵はとても印
象的だった。ビュフェのアナベル像には青い服を着たのもあり、こちらも好
きだ。ビュフェのサインもカッコいいと思ったものだが、他の作品はという
とう~ん・・・となってしまう。

もし、好きな画家を挙げよとなれば迷わずシャガールとゴッホを挙げる。
ミケランジェロはといえば、「最後の審判」は名を知っているが今まで複製
の絵もきちんと見たことはなかったが、角があることで知られる「モーゼ
像」の彫刻作品だけはミステリー好きのわたしだ、何ゆえの角なのかと、何
度か写真で見ている。そして今回読んだ本でその謎は解き明かされている。

システィーナ礼拝堂
Wikiより

本のタイトルに「暗号」という言葉がなかったら、わたしは手にとらなかっ
たやも知れず、ミケランジェロが描いたバチカンのシスティーナ礼拝堂に秘
された暗号を知るのは、キリスト教が絡むことなのでグノーシス主義の勉強
からいずれ辿り着いただろうが、もっともっと後になったと思う。

わたしは無宗教だが西洋宗教を少し独学しているのには少し訳がある。

キリスト教の教義にはどこか無理があると思い始めたのは1960年代の高
校時代だ。科学技術の分野を取り上げてみると、フランスの初の核実験から
始まり、後Chinaも初核実験、東海道新幹線が開通、東京オリンピック、ソ連
ボスホート2号の人類初の宇宙遊泳と数え上げたらきりが無い。地球上の生物
がどのようにして誕生したのかなどど、その頃からこれまで信じられてきた論
に対する異論が出始めた頃ではないかと思う。

聖書は、特に旧約は物語として読むのが好きだったので奇跡の場面などは何
かカラクリがあるに違いないと、色々な方法を無い頭で想像してみたものだ。
そして思ったことが、古代からこの世には多くの賢人がおり、凡人のわたし
が考えることを彼らが考えなかったはずはない。

ローマカトリックの教えが全てでキリスト教信者でなければ人にあらずの何
世紀もの長い時代に、異なった思想をもつ偉人たちはどのように抗ってきた
のかに興味をもつ。4世紀の女性数学者であり天文学者、哲学者であったア
レキサンドリアのヒュパティア、ご存知、「それでも地球は回っている」と
言ったのはガリレオ、いわずと知れたレオナルドダ・ヴィンチ、現代では形
が変わってしまったが過去のメーソンたち、これらの中にテンプル騎士団も
入るのではとわたしは思っている。そして、非凡な才能を持したミケラン
ジェロがいる。

信念を徹したヒュパティアはキリスト教徒によって非業の最期を遂げ、ガリ
レオは異端審問裁判で後の一生を監視付きの永蟄居を強いられた。が、ダ・
ヴィンチ、メーソン等は表向きキリスト教信者を装い、暗号を残すことで
反抗したのである。

さて、ここから「ですます調」です。

己の絶対的な権威を自称し並外れた野望と持つローマ教皇たちへのミケラン
ジェロの反骨精神には驚嘆を覚えます。本来が彫刻家のミケランジェロ、不
本意なフレスコ画をしかも天井に4年間も拷問のような姿勢で描き続けなけ
ればならなかったのですから、そうでなくても激しやすい性格の天才、高い
天井画であればこそと積もり積もった不満をフレスコ画にぶつけたのでしょ
う。なにしろ、この時代は報酬は得るものの、バチカンからの仕事を断る自
由がなく、異端者と分かれば死は免れなかったのです。

では、序文が長かったですが、システィーナ礼拝堂のフレスコ画に参ります。

システィーナ礼拝堂
Wikiより

礼拝堂の正面祭壇の上が「最後の審判」。これも本の謎解きを読むと意味深
でとても面白いのですが今回は避けて天井画の暗号をいくつか。

システィーナ礼拝堂
Wikiより

システィーナ礼拝堂天井画の一部です。真ん中は左から天地創造のからノア
が方舟を降りて陸地に足を運ぶまで。
天井画の左から二つ目を切り取ってみました。

システィーナ礼拝堂

ご覧あれ。よくよく見るとアンジェロさん、なんてことを!と言ってしまい
そうな創造主の後ろ姿。これは教皇ユリウス2世に神からの永遠の嫌がらせ
をと、いやはやなんともお下品なメッセージではございませんか。

今でこそカメラでズームアップすれば分かってしまうことですが、バチカン
が気づいたのはずっと後のこと。1900年代後半から20年ほどをかけて
修復されたフラスコ画ですが、劣悪な状態になっていた絵に新たに色彩を施
して現れた原画には誰ならずとも驚かされたことでしょう。
天才ミケランジェロの憤懣やるかたない怒りが感じられるのを通り越して、
苦笑してしまいます。

長くなりました。次回に続きます。

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2012年7月28日 
 
yuhi1-1.jpg
2012年7月のサンセット1Matosinhos

夏休みだ!

朝起きてシャワーを浴びメールをチェックし、台所のドアを開けるなり5匹
の猫たちがやっとドアが開いたとばかりにドーッとホールに飛び出してくる。
(我が家の猫たちは台所が寝室替わりである。5匹が我らのベッドに乗った
日には重くてとても眠れたものではない。就寝前に蔓(つる)で編まれた大
きな猫用の篭ベッドを台所に運び猫たちを寝かせて一日が終わるのだ)

それから冷蔵庫横に貼り付けてある日本のカレンダーでその日の日本語教室
のスケジュールを確認するのが毎朝の習慣だ。日本のカレンダーは一日一日
のスケジュールが書き込めるように余白があるのは何とも便利だ。

週に3回、時には4回の出張日本語、終わるなり取って引返しすぐ12時か
らのレッスンが週3回、2時半、3時、4時半、6時、そして7時と各曜日
の授業数はわたしにとって過密スケジュールであるからして、忘れないよう
に、またひとりひとりの生徒が前回はどこで終了したかを確認して授業準備
も怠ることならず。こんな状態なので次は何時からレッスンが控えてるとい
う頭が常にあり時間は細切れで落ち着いて何かに取り組むことはできない。

yuhi2-1.jpg
2012.7月のサンセット2 Matosinhos

それがないのだ!夏休みは。この開放感たるや、思い切り空(くう)に両腕
突き出して、我が心も体も思い切り伸ばしてみる。伸ばし過ぎて昨日はダレ
気味の感があったが、いいでないの。だって、夏休みだもの。音楽も思い切
り聴けるし今だってこのエントリーをわたしはバッハの「G線上のアリア」
を流しながら書いている。

それにこのところ気温もあまり上がらないししのぎ易い。長椅子に寝っ転が
り本を開くと、「奥さん、たまにはかわいいかわいいして~」とでも言い
ように猫たちがみんな寄ってくる。

yuhi3-1.jpg
2012.7月のサンセッ3 Matosinhos

5匹もいると、せいぜいエサを3食時間通りにあげるのが精一杯でエコヒイ
キしないように代わる代わる順番に抱くのも普段はできない。猫もなんだか
わたしの夏休みを喜んでいるようだ。

さて、寝っ転がって読んでいた本はこれです↓
hon1.jpg

あらあら、暗号ものだなんて好きねぇ、とは我がモイケル娘の言。寝床に
入っからの半時間、時には1時間と及ぶ読書習慣も数年前までで、よく働
いているせいか、はたまたよる年波か、グンと読書量が減った近頃、この
本を完読するのに随分日数がかかりました。これがなかなかに読み応えの
ある本で面白かった。そして読後、わたしはすっかりミケランジェロファン
になったのであります。

本を読んで後わたしが勝手ファンになった歴史人物に塩野七生氏が書いた
「ローマ人の物語」のユリウス・カエサル像がありますが、ここに描かれ
るミケランジェロの非凡な想像力、メッセージ性は読み進めるにつけ感嘆
せざるを得ない。

富と絶対権力を誇る時の教皇たちの命で引き受けざるを得なかったバチカ
ン、システィーナ礼拝堂の天井画。カトリック思想に支配されていた中世
時代に、強い信念のもと、己の思想を隠してフラスコ画を通して皮肉をも
こめた強烈なメッセージを後世に残したミケランジェロの反骨精神は時に
クスリと笑わってしまうほど頑固一徹なのだ。

ミケランジェロ・ブオナローティは激し易く偏屈で孤独を好んだと言う。
ダ・ヴィンチ、ラファエロと併せてルネサンスの三大巨匠と呼ばれるが、
偏屈で服装にも全く無頓着なミケランジェロは洗練されたダ・ヴィンチとは
犬猿の仲であったという。

いったいどんな強烈なメッセージをバチカンのフラスコ画に残したのか。
次回はこれに触れてみたいと思う。
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テーマ:絵画
ジャンル:学問・文化・芸術
2012年7月26日

7月も半ばを過ぎると、あちこちで3週間、一ヶ月と夏季休暇をとる人が増
えてくる。それが理由で、このところ9月始めに催すことになっている我が
日本文化展示会の大まかなプランを立ててしまわなければならず、やっと昨
日市立図書館のディプレイの係りの人と打ち合わせができた。

というわけで、更新がないぞとアーティストのブログ友、ちゅうさんに促さ
れてしまったが、ちゅうさん、こんなわけでござんした。

過去に何度かしてきた個人展示会だが、いずれもたった一日の催しでディス
プレイは自分で考え自分で実施してきた。が、今回は2年前に開催された
Japan Week 2010(こちら)の会場だったアルメイダ・ガレッテ市立図
書館のスペースを使うことになり、最初は一日でいいと思っていたのが、そ
れはもったいないと言われ気がつけば開催日数がどんどん増やされて、昨日
の打ち合わせでは一ヶ月の展示にしようと最終宣告された。

いーっかげつ?!いいんですか、そんなにわたしが占領しちゃって?他にも
展示会をしたい人がいると思いますが、と言うと、大丈夫大丈夫、これで行
こうと言う。う~ん・・・と、なんだか大きなことになりそうで少しビビッ
ているのが正直な気持ちだ。まぁ、夏休みが終わるか終わらないかの時期で
もあるし、休暇中に展示会をしようなんてもの好きなアーティストはいない
のだろう。

しかし、夏休みは図書館、実は結構人が集まる場所でもあるのだ。市立図書
館はまたクリスタル宮殿公園内にあることもあって、家族連れでもにぎわう。
加えて言えば、9月の始めはまだ休暇が終わりきっておらず、今年は公務員
や年金生活者のボーナスが国に取り上げられたので、遠方へバケーションに
出かけず、近場でお金のかからない休暇を楽しもうと言う人たちがやって来
るかも知れない。

2009年にダウンタウンのギャラリーの2室を借りての展示会はかなりの
物を持ち出したが、今回は図書館の正規のギャラリーでなく(ずいぶんと
広い。いつの日にかここでできたらいいなぁとの夢はあるが^^)小さなス
ペースを利用しての展示会、あまりごちゃごちゃ出すのもいけないと思い、
テーマをしぼって展示するものも選んでみた。

わたしとしては、来てくださる人に直接手にとってでも見られるくらいの展
示方法を考えていたのだが、原則的に壁にかける額以外のものはガラスショ
ーケースにディスプレイするのだそうだ。市立図書館には不特定多数の大人
子供が自由に出入りするわけだし案内人は置かないというのでなるほどと納
得だ。

さて、ここで、今回の展示会で初出番でもあるブリュッセルで予想外に手に
入れた日本の焼き物をちょっとご紹介。

yaku2-2.jpg yaku1-2.jpg
(左)なに?このUFOみたいなの、とモイケル娘に言われた香炉。
(右)青磁

その美しい色と姿にすっかり惚れてしまい、えーい!とわたしの懐具合から
して、いわゆる奮発をしてしまった上の二つ。何を隠そう、わたしは亡くな
った横浜の叔母の影響でたいして目利きはないが焼き物が好きなのである。

ポルトガルに来た30年前は今日のように国際テレビやパソコンを通じてリ
アルタイムで日本の様子に触れるなどはできなかった時代だ。書簡の交換に
も片道10日くらいはかかり、国際電話料金が随分と高かったのでじっと我
慢。年に一度も使ったことはない。

そんな中で独り箱から焼き物を取り出しては日本を懐かしみ眺めて楽しんだ
ものだが、横浜の叔母から結婚祝いだと言って彼女が大切にしていた有田焼
の大きな四方花瓶を贈られ部屋に飾っておいたのが、当時飼っていた猫に見
事にしてやられた経験がある。

あのときの失意ったらない。破片を拾い集めながらあわや落涙。当時は夫の
母たちと同居してもいたので、自分の焼き物等を入れる飾り棚を持っていな
かったこともあり、以来、焼き物を飾ることはしなくなった。

在住年数が重なるにつれ気がついたことに、和の物は何にすれ様式の部屋に
はそぐわないというのもある。割れないように持ち込むときの気遣いも加わ
り、そんなこんなで、見たらついつい手を出してしまうので帰国してももう
デパートの焼き物売り場には行くまいと決心してから随分になる。

それがである。6月に4日ほど滞在したブリュッセルで出会おうとはつゆ思
わなんだ。いきさつはと言えば、市内をさんざん歩き回ってのホテルへの帰
路、ふと通りがかりに見たブティックのショーウインドー。あれ?日本製品
じゃないか?しかし、高級そうだなぁ。入ろうかどうしようかと少し迷って
いると、店内から見ていたのだろう、中から出てきたのは日本女性だった。
「日本の方ですか?どうぞどうぞ」と声をかけてきた。
「お言葉に甘えて少し見せていただきます」とその時点では久しぶりに目の
保養にと思い、買おうなどとは考えていなかった。

ふむふむとじっくり眺めていると、ブティックの持ち主が店じまいして日本
へ帰るために、値段はどれも半額にはなっているという。気に入って何度も
立ち止まって眺めていた上の二つ、お買いになるのでしたらもう少し安くし
ますと言う!その日の朝は前に書いた「貴婦人とユニコーン」のタペストリ
ーを手に入れていたのであり、迷ったのだがこれらを日本から持ち込むとな
ると色々大変なのである。特に今は税関で見咎められたりでもしたら、とん
でもない通関税を支払う羽目になる。よし!と思い切った。

思い切ったらあれもいいな、お、これもこの値段では安いぞと、気がつけば
店を出たときは、大きな袋を二つも抱えていた。そして下のも。お盆も木に
塗りの大き目のものだが、これも思い切っちゃったのである。

yaku2.jpg

丸一日の国際会議から帰り、部屋の隅に置かれてある大きな紙袋に目を付け
た夫があれはなんだと言う。こうこうしかじかのわたしの返答に、ブリュッ
セルで日本のものを・・・・と少々呆れ気味であった。

うん。分かってます。でもこれを日本で見かけたのなら、わたしは手を出さ
なかったような気がする。ヨーロッパ文化の中でもひときわ光を放っている
ような日本の焼き物だ。できるものなら家でも飾れないかなと目下思案中だ。

とは言いつつ、我が家にいるのは猫一匹ならず五匹だからなぁ。
近頃とみに日本美に憧れてやまない異国在住30余年の筆者である。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2012年7月21日 

実はわたし、人見知りするほうで初対面の人は苦手なんです、なんて言った
ら、ご冗談はやめてくださいよ、spacesisさんと言われるのがオチである。
かつていくつかの職場の会合で和気藹々の雰囲気に調子乗りして、そんな白
状をしたことがあるが、いずれの場合も途端に「ウッソー!」と奇声があが
り自分の思惑と違って結果的にその場を盛り上げることになったものだ。
我が昭和時代の思い出話「綴り方教室」にも書いたのだが嘘ではない。

子供時代のわたしは極端な内弁慶で家の外では自分でもどうしようもないほ
ど恥ずかしがりや、学校でも一言も発しない女の子であった。
しかし、このタイプの人が何かひとつことに夢中になり、思わっても見なか
った所で人からそれを褒められたりして自分に自信を持たされ、以後内気の
殻を破り変身を遂げるのはよくあることではないかと我が体験に照らし合わ
せてそう思う。

どんな体験かというのは、いずれの機会にまわすとして、さて、自分の思う
ところを発言、主張をするようになったものの、根がそうではなかったので
か根底ではやはり人見知りの性格が抜け切れない。が、それを辛うじて押し
隠せる処世術は身についた。

この春先に、ポルト在住のとある女流画家から電話が入った。来春に50点
程の作品展をするのだが、その時にポルトが長崎の姉妹都市であることも関
連づけてのテーマ作りを進めたい。よって、会場で流す日本的な音楽のアイ
ディアをもらえないか、と言う。どうやら市立図書館からわたしの名前を紹
介してもらったらしい。

わたしの音楽趣味範囲は亡き母の時代のものから我が東京息子が作曲する最
新ジャンルのトランスミュージックまで、クラシック、カンツォーネ、オペ
レッタ、シャンソン、ジャズ、ファド、ポップ、果てはビアソングなど結構
広いと言えるかも知れない。ただ、長年日本を離れているのでJ-popとやらは
さっぱり分からない。

日本的な音楽をと頼まれても展示会の内容が分からないではできない。
そこで、ダウンタウンのカフェで会い話を聞かしてもらうことになったのが
2ヶ月ほど前のことだ。

実は展示会のテーマを聞くだけだから、時間はかからないだろうと踏んだの
が間違いであった。コーヒー一杯で結局3時間近くを共にすることになった。
1対1で初対面の人としかもポルトガル語で通すというのはspacesis在住
30年以上と言えど初めてのことだ。

正直、終わったあと、つかれた・・・^^; のだが、話の中で
「今度一度わたしのアトリエにいらっしゃい。」と仰せだ。
「う、うん・・・」と思いながら「ええ」と明白な返事を口に出さず、頭を
上下に振るわたし。画家さんが続けて言う。

「ユーコ、Claraboiaって知ってる?」  
おー!知ってるも何も何年も前からこれをテーマに写真を撮りたいと思って
いるのだが、それを探しに出かける時間がなく今日まで来てしまったので
あるよ。「知ってる知ってる!」と、それまでトロ~ンとして話を聞いてい
たわたしの目がいきなり水を得た魚のように輝きだしたのヲ、きっと彼女、気
がついたであろう。「わたしのアトリエでそれが見られるのよ」

Claraboiaは天窓とでも言うのだろうか、天井から日光(満月夜には恐らく
月光だってさしこむだろう!)を取り入れる採光窓なのだ。ずいぶんと前に
ふと見上げた古い建物の上に小さいながら美しいガラス張りのドームを発見、
それがポルトガル語でClaraboiaと呼ばれるのだと知って久しい。
過去に何枚か写真を撮っているがお蔵に入ったままである。

外から見るのも美しいが内部ではどんな風に見られるのかな?チャンスは
ないかもしれないが一度は内部で見てみたいものだとずっと思ってきた。
それがなんと!見られるって?!是非、是非、アトリエに伺わせてちょ!
と現金なものである。

「明日は画家さんのアトリエでClaraboiaが見られる~」と言いもって、
翌日画家さんの要望に叶えばいいがと思いながら自分の音楽ファイルから
コピーしたCDを持ち、街の中心部にあるアトリエを期待感膨らませ訪ねた
のがつい先ごろ。

しかし、アトリエを探し当てた瞬間、あれ?と思った。新築ビルの一室なの
だ。へ、変だぞ?ブザーを押してエレベーターを降りるとドアを開けて待っ
ていた画家さんに中に招じ入れられたのだが、ビルの一室ゆえ期待のClara-
boiaが見えるはずもない。そして、こっちへいらっしゃいとテラスへ導かれ
見せられたのがこれである↓

claraboia天窓

なるほどなるほど。テラスからは遠くに水平線も見え、レンガの屋根屋根の
ところどころからClaraboiaがたくさん姿をのぞかしている。
いやー、内部から見上げられると勝手に勘違いしたエサに釣られてきたのだ
が、高いところからでないとこんなにたくさん見られるものではない。 

claraboia天窓

真下から見られるぞとの期待は裏切られたが、これはこれで十分によしとし
ようと、十分に満足し画家さんがコーヒーを淹れている間、デジカメのシャ
ッターを押してきた。

ここからは先週Claraboiaを探してポルトの街をほっつき歩いてきた時の写
真ですが、ステンドグラスを使ったそれは殊のほか美しいのでありますぞ。
claraboia天窓
下は別の日に取った写真を拡大してみました。朝日や夕日が映る時
間帯が格別に美しいのではないかと思う。

claraboia天窓
ドームの上の装飾はどこかアラブ建築を思わせる。

claraboia天窓
   
claraboia天窓

路上から見上げて撮影するので全容が見られないのが常に無念!

claraboia天窓
細い路地から姿を見せている。

claraboia天窓

ポルトが誇る世界遺産の本屋さんレロ書店の天井にあるステンドグラス。
ドーム型ではないがこれもClaraboiaと言える。
claraboia天窓

claraboia天窓
廃墟の屋根に立つClaraboia。かつてはどんなにか美しい天窓であった
ことだろう。

Claraboiaを探して歩くのはちょっと危険なのである。なにしろ旧市街の細
い坂道の路地裏、しかも石畳の道を、天窓はないかないかと上を向いて歩く
ことになる。転ばないように、また首を痛めないようにと配慮しながらの取
材もどきだ。いつか美しい天窓のひとつをこの目で直に真下から眺められる
のを夢見ながら、しばらくはこのテーマを続けて見ようと思っている。
そう、かつてナゾニの造ったフレイシュ宮殿に入ったチャンスが転がりこん
で来たように、そんな日が来ないとは誰にも言えぬ。


上記に出てきた世界遺産の本屋さん「レロ書店」はこちら↓
ポルトガル・ロマン「世界で最も美しい本屋・レロ書店

フレイシュ宮殿の画像はこちらです。
フレイシュ宮殿、再び

こちらはフレイシュ宮殿へ入ることになるまでのいきさつ。
フレイシュ宮殿への道

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2012年7月18日 

porto
2012年7月のポルト百景。

この三日間、日中の気温が30度以上を記録している。例年だと6月中旬に
はすっかり夏なのだが、今年は7月半ばになるまでポルトガルの夏にしては
珍しく雨天などありずっと涼しく、このままでは農作物への影響大であろう
と気にしていたのだが、突然、盛夏のような暑さ、気温差が激しすぎるでは
ないか。

ポルトガルの真っ青な空は大好きだが夏の日差しは紫外線が強くきつい。こ
のきつい太陽光線を避けて、夏でも外出時には極力長袖をまとって来たのだ
が、ポルトガルの夏にも慣れた事だし、もういい加減いいだろうと高をくく
って、ここ数年、実は両腕丸出しで来た。それでかどうか知らないが、今年
は春先から両腕にアレルギーが出だして実は困っているのだ。

故に今朝は暑い中、長袖を着てS.C.社まで出張日本語で出かけ帰宅する
や、珍しく固定電話が鳴った。2年前までケータイは使わないぞと頑固を通
して来たのだが、ジャパンウィークのコーディネータをするにあたり、「ユ
ーコさん、ケータイ、用意してください。必要です」と言われ、ついに使い
出したのだが、これが日本語教室の生徒たちの連絡用になってしまった。

「ジュゼさん?すみません、出先での日本語が少し遅く終わったもので、あ
なたの予約時間にちょっと遅れます。ドナ・ベルミーラ(お掃除のおばさん)
が自宅にいますので入って待っていてもらえますか?」などと即時連絡でき
るのは確かに便利だ。そんなわけで固定電話に連絡してくるのは、ケータイ
を持っていない(かつてのわたしだw)とか、夫に連絡がつかないなどと言
った限られた人ある。

話を元に戻して、ドアを開けて家に入るなり電話が鳴り、受話器をとる。
出るなり、こちとらがハイも何も言う前に、
「あんたはいったいどこのどういう人なの!」と中年女性の声(と思う)が
言う。
「ほぇ?」「あ、あの、どこのどういう人って、そっちこそどこの誰だ?」
その剣幕に気おされて、思わずどもっっちゃったわたしだ。
「何度もうちに電話かけてきて、こっちは分かってんだから!」

なんじゃい、話には最初の礼儀と言うものがあるだろ。

先方がかけてきたのに応答すると「Donde fala?」と見知らぬ輩が自らを
名乗らずに、直訳すると「そちら、どなたはんでっか?」と時々くるのだ。
電話をかけてきた方がまず名乗るか、「○○さんのお宅ですか」と自分の
かけた相手が違っていないかを確認するのが礼儀というものだろ。ついムッ
としてこちらもオウム返しにDonde fala?でやり返すことは今でも時々あ
るのだが、今回のようなのは初経験だ。

これは聞き捨てならぬぞ。分かってるって何が分かってるのだ?見知らぬ家
にストーカー電話するような時間はこちとら、ないわぃ。あんたこそどこに
電話かけてるのか分かってるのかぃ!とこちらの電話番号を告げ、不機嫌に
まくしたてたら相手は一瞬沈黙した。しばらく「間」。そしていきなりガ
シャンと切った。

言われてきっと電話番号を確認でもしたのだろう。間違いに気づき慌てて
電話を切ったのだろうが、な、なんでぃ、失敬な!この○ソ暑い中、仕事し
て帰ってきたのに初っ端から不愉快な。

しかしまぁ、後で考えてもみたら、先方も変なポルトガル語でまくし立てら
れ、ドヒャ、まちがえちゃったか!みたいな思いで慌てて電話を切ったかと
想像したら可笑しくなってしまった。

暑いとこういうことも起こってまいります。本日もポルトは気温が上がりそ
うです。やっと夏到来。
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2012年7月15日 

尖閣問題、生活保護詐取、上野動物園のパンダ、沖縄のチャイナ発言、そし
て、多分今一番メディア紙上をにぎわしているだろう大津のいじめ事件と、
思うことは多々あるのだが、近頃思考力がどうも散漫しているようでまとめ
られずにいる。

「忙しい」と書いて「心を亡くす」。まさにその通りで、物事を捉えて考え
る時間がないというのは不安なものだ。こんなことでいいのか?と自問して
いる。つい先ごろまで元気だと思っていた人が突然病に倒れたり亡くなった
りすることが近頃は頻繁に身近で見受けられるようになった。

先だっては、71歳で亡くなった人の訃報を目にし、71歳といったら今の
わたしで行けば後何年だ?と自分の身に置き換えてみて愕然としてしまった。
たった6年しかないではないか!6年でいったいどんなことができる!?と
またまた短絡的に考えては慌てふためいている。

物事もそうだが、もちっと自分の生き方というものをそろそろ見つめる時間
が必要だと思いながらも、頼まれるとあれやこれやと引き受けてしまう情け
ない自分がいる。自分の顔はあまり外に出ないのだから「出たがりや」「目
立ちたがりや」と言うより「出したがりや」なのだ

というので、秋から開講される予定のAlmeida Garrete市立図書館での日
本語コースのプロローグとして、9月始めから2週間、同図書館の小スペー
スで日本文化展を開くことになった。この日本語コースだが、授業料はかな
り低く設定しており税金も払うことになるので交通費、駐車料を入れると手
元に入るのはあるかないか。そこで最低参加者数を設定したので場合によっ
ては開講できないこともあり得る。後1、2週間で我が日本語教室も夏休み
に入り、展示会の準備にちょうどいい。

結局は、依頼ごとを引き受けることで自らを忙しくして首をしめているのか、
はたまた依頼ごとがやってくるのは今これをせよという天の命なのか(笑)
考えないままに突っ走っている我が現状、近況だ。

さて、本題のブリュッセル巨大マンガ。今日もここからは写真が多いです。

ブリュッセルへ行くまで、巨大マンガを探しに街中を歩き回ろうなんてこと
は想像もしなかった。ベルギーはヨーロッパでは色々な人気漫画を生み出し
てきたことで知られ、ルッセルには3万冊の漫画を所蔵する「漫画博物館」
まである。博物館もいいが、わたしは知らない街を足で見るのが好きなので
博物館は行かず、二日間、午後の3、4時間は市内に隠されてあるこの巨大
漫画の一シーンを探しまわって歩いたのである。

ブリュッセル
しばらく前に映画化もされたTintinことタンタン。こんな建物の外壁に描
かれている。反対方向から歩いてくると気づかないまま通り過ぎてしまう。

ブリュッセル
ガストン・ラガフ。丈の短いグリーンのセーターに短いジーンズをはいている。

ブリュッセル
アンチヒーローキャラクタ。上の二つのキャラクタはわたしでも分かるのだ
が、以下、後は不明w絵と町並みを楽しんでもらえたら嬉しいです。

ブリュッセル

ブリュッセル
   
ブリュッセル
   
ブリュッセル

ブリュッセル

ブリュッセル

ブリュッセル

ブリュッセル

ブリュッセル

情報では市内に全部で25箇所ほどあるようですが、これが精一杯でした。
もちろん、壁画漫画の地図もツーリスト用に用意されてあります。

本日はこれにて。
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2012年7月10日 

先週は焦った。
その朝は大手の会社S.C.社での日本語レッスンでいつもの通り9時半に家を
出てドラゴンサッカー場そばのトンネルから自動車道路に入った。しばらく
走ると、あ、いけないや、フレイシュ橋(Ponte de Freixo)の手前が少し
下り道になっているので先方がよく見えるのだが、車がず~っと停滞してい
る。ちょっとした事故でもあったのだろう、なかなか動き出さないのにしび
れを切らして、よせばいいのに右へ舵を取りw横道からどこかへ出てみよう
とおアホなことを考えたのが運のツキ。

す、すると、簡単に普通の道路に出られると見たのが甘かった!別の自動車
道路に入り込み、引き返しがきかない・・・・し、仕方がないとオロオロ前
方へ走るっきゃないではないか。朝のことだし、学校も夏休みに入っている
ので道は空いている。なのに、一台の後続車、後ろからビッビーとやるので
ある。
右でも左でも行って追い越せぃ!Voa por cima(上でも飛んでいけぃ!)と
悪態をつくわたしがそこにおったです^^;

わたしが運転免許をとったのは30も半ばで、幼い息子をつれて帰国、アサ
ヒビアハウスバイト歌姫時代の大歌手先輩(わたしが人生で先輩と呼ぶのは
この人のみw)宝木嬢のうちに数ヶ月転がりこんだ時でした。よって実は日
本での運転経験は試験のときのただ一度しかないのであります。

日本で免許をとったはいいが、こちらでは運転席が逆ですから慌てふためき、
当初は怖くて運転恐怖症。ポルトの自動車学校で10回ほどの運転指導を受
けたものです。もう坂道が多いので冷や汗ばっかりかいていました。

昨今の日本ではどうか知りませんが、こちらでは交差点で信号が変わるや否
やすぐ後続車が「はよいけー!」とばかりにビビー!と鳴らすのです。ポル
トガル人はのんびりしているというけれど、こと車の運転に関しては別!
運転したてのころは、このビビー!で自分がものすごい過ちをしたかのよう
に赤面、心臓がドキドキして本当に困ったものですが、近頃はへぃっちゃら、
勝手にやっとれぃと余裕ですわ。

ところがです、知らない自動車道路を走らされるともう途端に意気地がなく
なる。心細言ったらありゃしません。そうなると、はっきり言って、もう車
をその辺に乗り捨ててしまいたい気持ちになる。

自動車道路の緊急時ゾーンに停車して、マセラッティの君に携帯から連絡を
いれました。「もしもし、Rさんですか?すみません、今日はレッスン、
できそうもありません。自分が今どこにいるのかわからないのですぅ」

翌日、再びレッスンがありオフィスに顔を出すと秘書の方、「昨日は無事に
帰れたの?」もう、話が広まってるではないの・・・・すかさず、
「はい。朝の1時間のドライブ、爽快でありましたわん^^」どうだ!笑

ということで、プロローグが長くなりましたが、自動車道路もこんなのが見
られるのは面白いものです。

コウノトリ

先週の日曜日は義兄の誕生日祝いでアベイロ市の義姉宅にサントス家全員集
合で出かけてきたのですが、その時に見かけたコウノトリの巣。
こ~んな高いところに巣くっているのもいます。

コウノトリ

初めてコウノトリの巣を見かけたのはアレンテージュ地方ででしたがその
時の記事を転載します。

以下、2006年の記録より。

コウノトリ
写真は当時のカメラで画像が悪いですが、ご勘弁。

男の子にしろ女の子にしろ、誕生はおめでたいものです。
秋篠宮妃、男子御出産のニュースは、日本だけでなく世界中を駆け回り祝福
されています。ポルトガルのWebニュースでも2600年の歴史を持つ皇室に
40年ぶりに、皇位継承第三位の男子誕生と流されました。
冷や冷やしながら傍観していた皇室典範改正の議論は一時棚上げになること
でしょう。

さて、おめでたい話題にちなんで、上の写真、この夏旅行したアレンテージ
ュ地方で見かけた、実は「コウノトリの巣」なのです。
ポルトガル語では「cegonha=セゴーニャ」と言います。このあたり、電柱
のてっぺんに、このようにコウノトリの巣が、ズラリ並んでいたのです。
その景色を車の中から見つけたわたしの、「あれはいったい何?」
の質問に、息子、
「コウノトリの巣。アレンテージュ地方ではいっぱい見かけるよ」とのこと。

日本では絶滅したと言われる「コウノトリ」ですが、アレンテージュ地方は
その生息地です。

コウノトリは全身110~115cm程の大きさで翼を広げると2mほどに
なります。雌雄(しゆう)同色で一夫一妻制だそうです^^4m~17mの
見晴らしのよい木の上などに巣を作り、雌雄交代で卵を抱き子育てするとの
こと。

コウノトリ

成長したコウノトリは鳴かないで、くちばしをカタカタ鳴らして音を出すの
だそうです。今回の写真のような場所だと天敵である人間や動物から身を守
ることができますね。

コウノトリはまた「赤ちゃんを運んでくる鳥、幸運を運んでくる鳥」といわ
れますが、これは、ドイツの伝説が広まったようです。 一夫一妻制、夫婦
で抱卵する、という仲の良さからも、そういうことが言われるようになった
のではないかしら?

本日もお付き合いいただきありがとうございます。
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2012年7月5日 

わずか3泊4日のブリュッセル旅行だったが、夫が朝から晩まで学会に出席
中、わたしはひたすら地図を片手に町を歩き回った。途中一度は休憩でホテ
ルの部屋に帰ったが、2日間、一日6時間は歩いた。下は町の中心だがわた
しはこの地図に載っていない部分まで歩きまわった。

貴婦人とユニコーン

ホテルで早めの朝食を済まし夫が出かけてからベッドの上で地図をバッと広
げ、よし!朝はここ、午後はここを歩こうと決める。同じところを通ろうが
通るまいが意に介さない。わたしはパックなどの団体行動は好まないのでと
にかく歩いた。それ以外にすることがないではないかw

近頃では旅先で何かを買うことがあまりなくなったのですが、そうして歩い
た中で、気になって2度足を運んだ店が2軒ありました。その一軒、店頭
に吊るした額に入ったタペストリーに思わず目を見張ったタペストリー店。
値段もこれなら昨日の散在があるけれど(後日の話題に載せますが夫に呆
れられた買い物をしたのである)、なんとか買えそうだ。ふらふらと惹かれ
て入りそうになるのを、一日考えてみようとぐっと押さえて結局翌日また
行ったのですが、そうなると次に何をするかほとんど決まっています。

ツカツカと店内奥まで入って行き「外の額に入っているタペストリーを見せ
てください」と頼み、即、購入を決めました。「このシリーズで別の絵のも
のはありますか」と聞くと、あるあると見せてくれ、う~ん、どうしようか
と一瞬迷ったものの、手に取ってしまっては買わずにはおれない。よし、買
っちゃおう!だってどこかでこれに再び会うなど、パリのクリュニー美術館
にでも行かない限りないような気がしたからです。こ、これなんです↓

貴婦人とユニコーン

ミステリアスな「貴婦人とユニコーン」6枚シリーズの一枚。現在パリのク
リュニー美術館で見られるそうです。

こちらは「The Hunt of the Unicorn」7枚シリーズの最後のシーン。
「The Unicorn is in Captivity and No Longer Dead」
貴婦人とユニコーン

これらのゴブラン織りを手に入れて本当に幸せな気分でポルトに帰りベッド
の上に広げては悦に入り、どんな額に入れたらいいかなぁなどと考えながら
赤いタペストリーをしばらく眺めていたのですが、ユニコーンと貴婦人の姿
があれ?と気になった。なにかが、どこかが違う。

大急ぎで自分のデスクの引き出しからクリュニー美術館へ行ったというフラ
ンスにお住まいのブログ友からいただいたパンフレットを出して比べてみた
ら、みたら、たら・・・・

ガビーーーーン!

絵が違う!
予期せぬところで絵に出会ったもので有頂天になっていて絵が違うことに
気づかなかった・・・・織り込まれているアイテムは全て同じだがオリジ
ナルとは逆向きになっているのだ。そして、ユニコーンが前足を乗せるべ
き貴婦人が座っておらず、立っておるよ^^;つまりこれは二つの場面を
併せて織られたものでありました。うぇ~~ん(涙) 

著作権の問題があるゆえ、こうなってしまったのかなと自分を納得させて
いるのですが、これはこれで「貴婦人と一角獣番外編」として額に入れる
しかないではないかw もう一枚の方はほぼ同じゆえ、それだけでも気持
ちが救われたというもの。粗忽ものの銭失いめと己を戒めております。

さて、下は昨年夏に、この絵のミステリーを拙ブログで取り上げたことを
読まれたブログ友のNさんから幸運にもいただいたアジェンダなのですが
とても使うことができず、大事にとっている次第です。

貴婦人とユニコーン

Nさん、パンフレットも併せて、時々眺めては楽しんでおります。

こういうオチではありましたが、「貴婦人とユニコーン」とは、「一角獣
狩り」とは何かと興味をお持ちの方は、過去の下記拙ブログまでどうぞ。

」「一角獣と貴婦人」

The Hunt of Unicorn のミステリー」
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2012年7月4日 

ブリュッセル記事はちょっと休憩して。

「まいこ様、お届けものです!」と宅急便配達人に「さま」付けでドア越し
に呼ばれたモイケル娘だそうな。苗字に「さま」付けは分かるがファースト
ネームに「さま」を付けて呼ばれたらはわたしだってちょっと戸惑う(笑)

あ、言っちゃったよ、モイケル娘の日本名を・・・ま、いっか。本人も自分
のブログエントリーで白状してるから(笑)

娘いわく、一瞬、ファーストネームに「さま」付けは新手のサービスの類か
と思った。が、すぐに苗字の漢字が読めなかったのではないかと気づいたそ
うだ。「エリカさま」じゃあるまいしと、その話を聞いてぷっと吹いたわた
しだが、さもありなん。我が姓の漢字はさほど複雑ではないのだが、漢字検
定試験では準一級の出題範囲になる。

考えてみれば子供の頃から今に至るまで、同姓に出会ったことはない。昔、
東京や大阪の電話帳で遊びがてら我が姓をひいてみたことがあるが、やは
り見つけることがなかった。さほどに珍しい苗字なのかと思っても当時は由
来も何も調べようがなく、今にしてみれば母の生存中にもう少し家系につい
て聞いておくべきだったと後悔している。

家系を知ったからといって現在の生活がなんら変わるわけではないのだが、
ひょっとして「やんごとなき際(きわ=身分←モイケル娘用です)」に辿り
ついたりなどしたら生活態度には多少の変化があるかも知れない。てなこと
が到底あるとは思えないが、そんな面白いことを空想しながら家紋を探った
のは数年前だ。

さて、ここからはわたしのメモとして記録したく、取り上げてみたいと思い
ます。

きっかけは母の遺品の紋付であった。苗字が変わった妹は持つわけにも行
かず、結婚した現在でもそのまま苗字を継いでいるわたしがいただくことに
なった。3年前に知人のギャラリーにて個人で日本文化展示会を開いたとき
に衣装ケースに仕舞いっ放しは形見も気の毒に、しかももったいないことだ
と展示したのがこれだ。

家紋

以前から妹から本家の紋はこんなのだと名前を知らされていたのだが、いか
んせん、そんなことに全く無関心で来たわたしだった。が、この時初めて
着物に付けられた父方の美しい家紋を目にして俄かに興味をもったのだ。

家紋

検索してみるとこれは「丸に揚羽蝶」というのだそうで、平家一門に愛用
された紋として知られるとある。わたしは弘前出身としているが、父は岩
手県雫石町出身で、わたしも一時本籍はそこにあった。
雫石に平家一門の家紋とはと疑問に思い、ひょっとすると平家の落人伝説
はないかと更にさぐっていくと、出て来ました。「岩手県岩手郡雫石町平
家落人伝説」 。

また、N○K大河ドラマ「平清盛」で崇徳上皇と後白河天皇の権力争いの保
元の乱は少し前に放映されたが、源平ともに親子兄弟、叔父甥の一族が敵味
方に分かれての血族の争い。負けた崇徳上皇についた清盛の叔父忠正
の三男、通正の奥方は密かに逃れ生まれたのが平衝盛で、後に雫石に居を
構え名を戸沢氏と称したと、これもやはり平家に関連する面白い説でる。

家紋は後に結構自由に使うことができたとも言われる。我が父の実家は雫石
町の更に在所の百姓だったような記憶があるので丸に揚羽蝶の家紋だからと
て我が家が平家に関係する家系だとは夢思わないが、在所の人間としては
随分と優雅な家紋を選んだものだと、なんだか可笑しみが湧いてくる。

家紋と珍しい我が苗字を辿ってみたら、平安時代初期の歴史にまで遡って歴
史の勉強をすることになり中々に楽しかったのである。

と、ここまで書いて思い出したことに、父の実家には大きな裏山があり、そ
の山は父と叔父兄弟の所有であった。うだつのあがらない地方競馬の騎手だ
った父は若いうちに自分の持分だった山の一部を二束三文で売り払ってしま
ったと聞く。

在所にあった百姓の家屋としては父の実家は意外と大きく、わたしが成長し
てからも敷地で小判が見つかったという話も記憶しているから、もしかした
ら在所では少し名が通っていたのかも知れない。一時期父と住んだ6歳の頃
以来60年近くも雫石には足を踏み入れていない。

ネット検索の情報なのでどの程度の信用度があるかは疑問だが、我が苗字は
全国で26~31人とのこと、これが家族単位なのか個人別なのかはっきり
しないのは残念だが、個人単位だとしても日本全国たったの124人ほどが
同姓だということになる。

ポルトガルではローマ字にするとうっかりロシア人もどきに間違えられたり
することもある我が苗字だが、できれば子供たちに継いでもらえたら嬉しい
ものだと、わたしもいつの間にかそんなことを思うような年代に入った。

今日はモイケル娘の「まいこ様」からこんな話になりました。
興味のある方は、下記、雫石の思い出話までお運びください。
  
昭和の思い出のオルゴール:雫石哀歌

本日も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございました。
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2012年7月1日
 
気がつけばいつの間にか6月が終わり。例年と違い気温の変化が激しいこの
頃のポルトです。みなさまの地域はいかがでしょうか。
先日に引き続き、まだブリュッセル関連エントリーです。

ドイツに劣らずベルギーにも多種のビールがあるそうで、なかでも知られる
のが、以前タパスバー「Flying Dutchman=さまよえるオランダ人」で取
り上げたことがあるトラピストビールのひとつChimay(シメイ)。

ブリュッセル

トラピストと言うのは、12世紀、十字軍を後押しして、当時の修道制に大
きな影響を与えたクレボーのベルナールを中心にしたシトー修道会のこと。
ビールに限らずワインやデザートの類まで修道会は今で言うグルメの発祥
地と言えます。
シメイビールについては、こちらの我が過去記事で案内していますので興味
のある方はどうぞ。

ブリュッセル
ご覧のようにブリュッセル最後の夜は「A La MorteSubite」ビアカフェで
夕食を兼ねてビールで乾杯!おっと、ひとり色違いのコップをかかげてるの
がおりますが、わたしなんです。試したのは同じくベルギー産のラガービー
ル「MAES」(発音不明)。コップには注文するビールの名前が入ってい
ます。

トラピストビールは度数が強いのと黒ビールの味に似ていると思われるので
わたしは苦手で、少なくとも最初はラガーで!それで、興味がてら二つ目の
杯で飲んでみたのは写真左向こうの「ロシュフォール」。これはスパイシーで
癖がありましたが、いけると思いました。シメイ、ロシュフォールはそれぞれ別
々の修道院で造られるそうです。
brussel-cafe12-2.jpg

そしてわたしたちがつまんだのはこんなものw
ブリュッセル
マッシュルームオムレツ

ブリュッセル
分厚く切ったサラミはおいしくて、お替りしました。

ブリュッセル
店内を愛想よろしく忙しく動き回っていた大柄のおばさん。

ブリュッセルalamortesubite


食通のDr.Tのベルギービールの説明を聞きながら諸々の話に花を咲かせて
居座ること2時間ちょっと。7時半に入ったときには空席もめだった店内が
もう満席でにぎやかなこと。店外へ出たその足で最後にグランドプラス広
場でコーヒー飲もうということに。

brussel-cafe15-1.jpg
仲のよいDr.T氏夫妻と暮れかかるオープンカフェで。

ブリュッセル

そうこうしているうちに広場の日も落ちて美しいシルエットがキャッチでき
ました。9じ半頃の夕暮れ時です。
ブリュッセル

ブリュッセル記事はもう少し続きます。
本日も読んでいただきありがとうとざいました。それではまた明日!

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