2012年12月26日 

12月20日セドフェイタ教会の続きです。

めったに見られる機会がない質素なプレ・ロマネスク建築のセドフェイタ教
会内部で一際わたしの注意を引いたのが石壁に彫られた下の画像です。
igreja_cedoreita

意味するところは何なのか、検索すれど引っかかって来ず。それもそのはず
です。何しろ通常は内部見学ができないのですから。一件、内部撮影できた
人のブログにあたったのですが、この方は残念ながらこのシンボルを見逃し
ていました。

数日の検索を続けてやっとこれは「イエス、マリア、マルティーニュ」を意
味するのだと発見。それだけでは収まらないわたし、なぜこれらがその
3人を意味することになるのか、問題はそこからなのでありました。

右から四つ目まで推測してみました。
まず、三つ目から。これは「A.Ω=アルファ、オメガ」。新約聖書黙示録に
ある次の神もしくはイエスの言葉から来ます。

I am Alpha and Omega,the beginning and the ending,the first
and the last。

<訳>:わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。
初めであり、終わりである。

アルファはギリシャ語のアルファベットの最初の文字、オメガは最後の文
字です。

一番右のOもしくは円も永遠を表すもの。或いはヘブライ語からくるかも
しれない(疑問)。真ん中は数字8で無限∞とどれも神、イエスのシンボ
ルと言えます。

さて、では一番左はと言うとどうも古代文字に思えて仕方がなく、ヘブライ
文字をさぐって見たのですが、迷路にはまり込んで疲れた(笑)

自分の性分としては、「イエス、マリア、マルティーニュ」の説明だけでは
足りないのです。どれが誰で何語なのか知りたい虫が頭をもたげ、よっし!
と5日ほど取り組んで見たものの素人の手に負えず敢えなく撃沈と相成りま
した。こういう時は少し間をおいて再びトライすると、案外ヒットすること
があります。初期建設が6世紀という時代から、わたしはヘブライ語だと
判断し、向かって右側から文字分析に取り組んだのですが、もしかするとイ
エスのシンボルはは左側からと言う可能性もなきにしもあらず。もし、考察
できる方がおられましたらご一報を。

というわけで、この一件しばらく棚上げと相成ります。せっかくおいでに
なった皆様には、この音楽を聴いていただきご勘弁願いたい。
代わりに、わたしの好きなクラリネット奏者アッカー・ビルクの「Aria」。

素晴らしい宇宙の画像とビルクのアリアの組み合わせは、無宗教のわたしで
も思わず、かの聖書の言葉を思い浮かべ、the Almightyこと「大いなる
もの」の存在を意識せずにはおられません。

I am Alpha and Omega,the beginning and the ending,the first
and the last, saith(said) the Lord,which is, and which was,
and which is to come, the Almighty.




では、みなさままた。
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2012年12月24日
 
クリスマスクッキー
写真はYY塾の生徒さんからいただいた手製のクリスマス・クッキーです。

先週の土曜日で、一人の生徒を除いて今年の日本語教室が終わり、昨日今
日と夫とクリスマスプレゼントを買いに行ってきました

午後のショッピングセンターは大変な人ごみで、Natal(ポルトガル語のク
リスマス)はこれでないとと思う一方で、一家の柱が失業の憂き目にあい
それどころではない人たちもいることを考えると複雑な思いは免れません。

ポルトガルの経済危機状態は今年も公務員と年金者にボーナス完全削減、
給与カットを強要せざるを得ず、大学を卒業しても国内に仕事はなく、ど
うにか職にありつけても低賃金で我慢をするか、もしくは国外に職を求め
るかです。職があるだけでも幸運な現在、特に若者にとっては受難の時代
だと言えるでしょう。

今日のテレビ特集でもPh.D.取得の若者を追っていましたが、月500ユー
ロの仕事に甘んじる他ないと言っており、このままではいかんとクリスマ
スだと言うのに暗澹たる気持ちになる話です。

ローマ教皇ベネディクト16世が先ごろミサにて派手なイルミネーション
に代表されるクリスマスの「商業化」を批判され、クリスマスの本当の意
味を考えて心の中で「真実の喜び、真実の光」を見いだすべきだと強調な
さったそうです。

その意味からすれば、不況でNatalのイルミネーションも質素なポルトガ
ルは教皇の意に沿うものかも知れません。が、本心を言えばわたしは多少
商業化されてもいい、景気のいい世の中で持つ者が持たざる者にもたらす
アメリカ映画の奇跡のような話がたくさん興ればいいのになぁと子供じみ
たことを考えます。そんな奇跡的な話こそクリスマスにふさわしいのでは
ないかと。

さて、明日はアヴェイロ市の夫の姉宅でクリスマスの昼食です。いつもの
ごとく人気がある巻きずしを持参していきますので、今日はこれにて。
セドフェイタ教会の石壁に刻まれた記号については明日、取り上げます。

それではみなさま、よいクリスマスを!
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2012年12月20日 

12月ともなればお付き合いで人との会合も増える。
補習校を退いて以来、日本人と話す機会がめっきり減り、昔はそれがさびし
く感じられたものだが、日本語教室の生徒たちを通してポルトガル語である
程度コミュニケーションがとれるようになった今、ともすると自分が2ヶ月
3ヶ月と同国人に接触していないのに気づいて、ハッと思ったりする。

そういうことをずっと続けていると、やがてお付き合いも面倒になりまとも
な日本語を話さないで過ごしたりするので、12月は思い切って知人友人に
声をかけたり、声がかかったときには極力出かけるようにする。

そんなわけで、日本人会の忘年会も終わり、かれこれ一ヶ月ほども前から大
阪出身の長い間の知人に誘われていた昼食会にさてと出かけてきた。
わたし同様長い間補習校をともに盛り上げて来、わたしに2年遅れて退職し
たI氏も含めて久しぶりに顔を合わせたのが先週土曜日のこと。

図書館の日本語コースを終えて駆けつけたので、時計はすでに1時半を回っ
ていたが、すっかり成長して成人になったお互いの子供たちのこと、近況、
老後のことなどあれやこれやと話は尽きなく、コーヒーを飲み終えて解散し
たのがなんと5時であった。

車を駐車しているセドフェイタ教会まで来て、薄暮の空にその佇まいを見せ
た小さな教会の素朴な美しさに、改めてデジカメを向けてみる。何年か前に
ホームページで紹介してあるのだが、新しい画像に改め、新情報も含めて今
回はこちらでも案内したい。

romantico_cedofeita3.jpg

時々、ここで結婚式を見かけることがあるが、普段は閉めきったままの小さ
なチャペルまがいの教会である。同じ敷地内には、モダン風に建て直された
大きな教会がそびえ立っているが、ひっそりとたたずんでいるロマネスク風
のセドフェイタ教会は伝説と謎に満ちている風でわたしは気に入っている。

セドフェイタ教会はドウロ北部地方唯一の中世時代のモニュメントとされる
が、その歴史は5世紀に遡るといわれる。イベリア半島を占領したゲルマン
王によって建てられ、その後西ゴート族、そして、カトリック教のポルトガ
ル初代王アフォンソ一世へと所有が移りかわる。また、ポルトでは一番古い
教会だとされ、8世紀初期には、スペインのサン・チアゴ・コンポステラに
向かう巡礼の宿泊所や避難所として利用された。

igreja_cedodfeita
セドフェイタ教会の正面。上にはラテン数字でこの教会が建てられた年号
559と彫られてある。

正面入り口の3本の円柱に支えられた動物、鳥、草木の装飾の中に面白い
ものが見られる。
igreja_cedodfeita
真ん中は二頭のドラゴンに見える。

igreja_cedodfeita
右側の彫刻はなにを伝えようとするものなのか。

 
igreja_cedodfeita igreja_cedodfeita
北側上方に小さな鐘が二つ。その横にある入り口。
 
入り口にはモチーフAgnus Dei(=アニュス・デイouアグヌス・デイ)がある。

igreja_cedodfeita

Agnus Deiはラテン語で、「神の子羊」ことイエス・キリストを表し、洗礼
者ジョンがイエスに与えた名称だと言う。

ここまではかつてホームページサイトで案内した内容とほぼ同様です。

この北門と反対の南側にも入り口があるのですが、今回はここで思わぬ幸運
に出会うことができました。
入り口をカメラに収めるためパチパチやっていると中年の一組のカップルと
鍵を携えた教会関係者がやってきて戸が開けられました。それで遠慮して写
真を撮る手を止めているとカップルの男性が手招きして「どうぞ、入ってみ
ませんか?」と誘ってくれたではないか!

うわ~、チャンスが転がり込んできた!この教会に入れる人はそうざらにい
るものではありません。ひょっとするとわたしはこの教会の内部を見る最初
で最後の日本人かもよ!男性の親切に大いに甘えて、撮影許可も得て内部を
見学させていただきました。

igreja_cedodfeita

概観同様、装飾を殆ど持たないシンプルな建築様式に却って祈りのためだけ
の教会の美しさを感じました。あちらをパチリ、こちらをパチリ。内部撮影
のチャンスをくれた男性が写っています。

igreja_cedodfeita
初期の教会をもとに再建されたこともあり、トップに十字架を頂いた石版
は初期の物と勝手推測。これと似たような十字架を探してみたのだが、現在
のところ見つからずどの宗派のものか不明。この探索で目がショボショボ。

igreja_cedodfeita

ほとんど装飾がない中で目に付いたのは柱のトップにある鳥のシンボル。
cedifeita

が、その横の石壁に刻まれた記号にわたしは大いに惹かれたのである。

次回はそれについて。謎解きの成果が挙げられればいいのですが。実はそれで
この数日時間をみては調べており、目、首が痛いのであります。

では、みなさま、本日はこれにて。
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テーマ:ポルトガル
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2012年12月16日 

今日は起床して以来ずっとパソコンにへばりついて、モイケル娘とスカイプ
でチャットしながら二人で開票情報を追っていました。自民党の圧勝、心か
らおめでとうございます。

この3年間、日本はいったいどうなってしまったのだ?どうなってしまうの
だ?と習慣のネット新聞、政治ブログ巡りをするたびに気持ちが重くなる毎
朝でした。もちろん、自民党が政権奪還したからとて日本の今の状況がすぐ
に変わるわけではないことを支援者は知る必要があります。

安倍バッシングに拍車がかけられるであろうこれからが自民党は正念場です。
西村慎吾氏、西川京子氏、中山成彬氏など下野していた先生たちもカムバッ
クしました。足を引っ張ったりの党内の分裂を避け目前にある福島、経済、
防衛等の課題を保守が一丸となって、それこそパワーアップしていくことを
心から願うのです。

産経新聞記者阿比留氏が、

「坂口安吾の言う「政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物で
ある」(堕落論)はその通りだと思います。政治に本当に人を救うことなど
できようはずもありません。でも、政治は人を苦しめ、国家を崩壊に導く
ことについては実によく効果を発揮するものではありますね。だからやは
り、とてつもなく重要なのだと考えます」(12/12/2012)

とブログで書いておられます。

なるほどと思う一方、そうは言うものの政治の大きな善の決断はそのことに
より苦しんでいる人たちを救うはずだとわたしは思います。

Abechan

いい笑顔です^^そして日本の代表としての品格を備えているとわたしは思
います。声にドスを効かしたらもっといいのだがな、なぁんて^^;

ミラガイアPt.2を飛ばして、また、昨日出会っためったにない体験の件も
明日に飛ばしまして、本日は祝自民党の気持ちを綴ってみました。

また本日は、我がモイケル娘も珍しく、政治がらみのメディア・リテラシー
をトピックに取り上げています。興味のある方はどうぞお立ち寄りを。

http://portosentido.blog54.fc2.com/

それではみなさま、おやすみなさい。
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テーマ:選挙
ジャンル:政治・経済
2012年12月13日
 
このところ、寒い日が続いているポルト、今日はまだヒーターなしでがんば
っていますが、昨日一昨日はついに朝からヒーターをつけてしまいました。
なにね、自分は重ね着をすればなんとかしのげるのですが、5匹ネコがつけ
ろつけろぉとパソコンの周りにうるさくまとわりつくので、仕事がはかどら
んのです。

gato

なんだぃお前ら、毛皮もってるのに!カーッツ!ですw

さて、先週金曜日は真っ青な空に誘われてわたしとしては珍しく3時過ぎに
街を2時間ほど歩いてきました。行った先は5年前に撮影をした旧市街の一
画なのですが、当時のデジカメよりいくらか質がよい現デジカメで再度撮影
したいと思っていたポルトの穴場「Miragaia」地区です。

前回はドウロ川側から上りましたが今回はクレリゴス塔界隈から入ってみま
した。

Miragaia

クレリゴス塔の横を通るツーリスト用Citytrain.
Miragaia

インフォーメーション:Citytrain 情報:大人7€ 子ども3.50€
出発地:1時間毎にセ大寺院から 3月~10月 毎日 10:00~18:00
                      11月~2月 水~土 10:00~15:00
所有時間:50分(ポルトガル語、英語、スペイン語、フランス語の案内説明あり)

う~ん、日本語がないですね。ちょっとオファーしてみようかしら^^
コースはポルトの歴史地区です。


古くからあるミラガイア地区は14世紀には目前のドウロ川で漁をする漁師
の村だったといわれ、ユダヤ人やアルメニア人の移民が住み始め、現在でも
その名残でユダヤ通り、アルメニア通りと名前が残っています。

Miragaia
  アルメニア通り                

Miragaia
Escada(階段) de Caminho Novo。上方に見えるのはドウロ川。
 
Miragaia
古い家並の外壁に美しいアズレージュが使われている。

Miragaia
と思ったらおっと失礼、洗濯物がありました^^;

Miragaia
真っ青な空に黄色とレンガ色の壁が夕日に映えて、コントラストが美しい。

ミラガイア地区散策は明日に続きます。


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テーマ:ポルトガル
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2012年12月10日 

今週日曜日は日本、いよいよ投票日です。
わたしは2010年の7月の参院選挙で投票用紙の遅配でポルトから速達で
送っても間に合わず、諦めなければならなかった経験から、次回は絶対リス
ボンの大使館まで投票に行くぞ!と息巻いていたのですが、今回もう一度
様子を見てみようと思いました。ちなみにリスボン大使館での在外投票は
5日~8日まで(だったと思う)

前回参院選挙時の記事はこちら

公示日を待って投票用紙を請求していたら間に合わない。選挙があること
は分かりきったことなので、早めに自分が属する市の選挙管理委員会に
「在外選挙人証」(これがないと投票用紙の請求はできない。これは投票用
紙と共に返送される)と共に投票用紙請求の手紙を送りました。

通常ならしないことですが、今回は一言、前回の参院選挙では時間的に間に
合わず投票用紙が送れなかったことを手紙に記しました。そのせいではない
でしょうが、今回の返送は速く、12月3日には投票用紙一式が手元に届き
ました。しからば即、投票用紙に記入し送ろうと思いきや、実はこういうこ
とになっているのです。

「投票用紙は12月5日(公示日の翌日)以降に記載し、直ちに送付して
ください。公示日以前に投票用紙に記載した場合には投票が無効になる
ことがあります」


うっ!危ない危ない、早まってはいかん。1日間を置き、5日に記入して投
函し、日本のみなさまより一足お先に投票終了です。このまま現政権には
任せられてはおけないと今回の総選挙を待っていたので、肩の荷がおり後は
16日の開票結果を待つのみ。もちろん、政権が変わったからとて、即、物
事が全てこれまでと違ったように運ばないことは承知しています。しかし、
次政権がどのような気概を持って国政に取り組むかそれを期待したいと思い
ます。

選挙2


そんなことを思いながら昨日ザーッと政治関係ブログをネットサーフィン
していると、こんな文章にぶつかった。

「投票用紙に記入する際の筆記用具についてですが、日本国内で投
票所で投票する際にも、 投票所に準備されている鉛筆以外認められ
ていない。
持参のペンや黒ボールペンなどで書いた場合は、せっかくの1票が
無効になる可能性があるのでご注意を。」


がびーーん!
そんなぁボールペンで書いて送っちゃったよ!慌てて投票用紙記入時
の筆記用具について検索に走る。
するとそれに関する質問が結構出てきました。

その多くは「なぜ投票場で備えてあるのは鉛筆なのか」です。

回答:
・他の投票用紙への字写りを防ぐため
・経費削減のため


と言う理由で両方の条件にマッチする鉛筆が選ばれたのだそうです。

しかし、
地域によっては、自動読み取り機で処理するため鉛筆以外の筆記具
で書かれた投票用紙は弾かれる(無効票)という噂を聞いたが本当
なのか


の質問に対してとある選挙管理委員会からは下記の回答がなされて
います。

まず始めに、自動処理機で選別します。メーカーによっては鉛筆以外の
筆記具で記入されたものを弾く機械も実際あります。(鉛で判断)
しかし、その弾かれた投票用紙は即無効ではなく、今度は人間が
一枚ずつチェックし、ちゃんと書かれているか確認します。
だから、そんな理由で無効になることはないです。


サインペン、マジック、ボールペンでの記入については?との問いには

選挙区で違うかもしれないのでご自分の選挙区で確認することを
お勧めします。

参考:http://ameblo.jp/daisy-0731/entry-10585346535.html

う~ん、これでは埒が明かないというので、まず、もう一度在外投票の注意
事項用紙に目を通しました。粗忽なわたしです、2度読み返しましたが筆記
用具について言及している箇所はなし。それで昨日即、自分が属する区域の
選管にメールで問い合わせをしました。日曜日だというのにすぐ回答が送ら
れて来たのにはちょっと驚きました。選管のみなさん、土日も返上で働いて
いるのですね。これには感謝です。

さて、回答ですが、

ボールペンで書いても無効ではありません。ただ、投票用紙の紙の質から、
鉛筆が一番書き易いために投票所では鉛筆をご用意しています


と書かれてありました。よかったぁと胸を撫で下ろしましたのですが、
それにしても気になった鉛筆書き。これってひょっとして改ざんできるの
ではないか?

そしてぶつかった次の文章には昨日二回目のがびーーん!

全国の選管(都道府県選挙管理委員会)で雇う開票アルバイトの要件
に国籍条項が無い。


!!!!おい!

どうなってんだ、日本て国は!

これは是非とも改定してもらいたいことのひとつだと思います。

在外投票については下記でもとりあげていますので、興味のある方は
どぞ。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-810.html

本日も拙ブログを読んでいただきありがとうございます。明日は久しぶりに
先日のポルト散策をアップいたします。ではみなさま、また!
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2012年12月9日 ポルト日本人忘年会 & クリスマスツリー

hirosaki

トップの写真、ポルトではありませんぞ(笑)ポルトで雪が、ましてやこん
な風に積もる等30年来住んでいますが一度たりともありません。弘前在住
のブログ友めごっこさんに頂いた今年の弘前の雪景色です。こんな写真を見
ると望郷の念にかられるなぁ。めごっこさん、ありがとう!

さて、昨日は夫と共に某ホテルで催された恒例のポルトガル北部日本人忘年
会に出席してきました。リスボンからは大使ご夫妻もお見えになり子供も入
れて60人ほどのパーティーでした。

聞けば日本人在留者が多い都市では忘年会も日本企業が中心になり、一般の
日本人在住者の出席は殆どないとのこと。その点、北部の企業駐在員の方た
ちもポルト在住の日本人たちも併せての和気藹々たる忘年会は小都市ポルト
ならではのものでしょう。

考えて見るとこの忘年会も今年で26回目くらいでしょうか。初回から出席
しているのは今ではわたしと夫だけになりました。1986年(多分)第一
回目は当時日本企業がポルトに進出して来始めたときで、ポルトに唯一あっ
た中国人Chaoさんの二軒目の中華料理の小さなレストランを借り切って15
人足らずの忘年会だったような気がします。わたしが生まれて初めてカラオ
ケで歌ったときでもあります。以来毎回楽しみにしていたカラオケコンテス
トも10年ほど前からなくなりました。
下は98年にわたしが歌っている写真です。
yuko_karaoke1.jpg

補習校を退任して以来顔を合わせるのも年に一度の忘年会場でとなった卒業
生や元生徒たちも声をかけて来ましたが、彼らの成長ぶりはまぶしいばかり
です。かつては我らも家族揃ってこの忘年会に出席して楽しんだもの、わが
子たちがいたらなぁとの思いがふと横切ったのであります。

この忘年会で年に一度しか顔を合わせることがない在住者同士も多いのです
がお互いの無事を確認し合えた2012年の忘年会でした。

xmastree
写真はいつもながらの我が家のクリスマスツリー、今年は早めにリビングに
置きましたら早速こりないゴロー君、他の4匹はもうデコレーションツリー
に興味を示さないのですが、現行犯で逮捕だぞ~。

goro_Xmastree.jpg

すでにゴローの被害にあった数個のデコレーションボール、もったいないの
でこんな風に大きいなガラスボールに入れてみました。
gato

気がつかなかったのですがポインセチアはネコが葉や花を食べるようで、
害がなかったらそれはそれでいいと思ったのですが、どうやらクルルねこ、
その毒気にあたったようです。慌ててベランダに出すことになりました。
ネコちゃんを飼ってる方、ご注意あれ。
008.jpg
あちこち食いちぎられたポインセチア

我が家のクリスマスデコレーションに興味がある方はこちらまで。

それでは、本日はこれにて。
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2012年1月4日 

ポルトガルのお歳暮についてとりあげてみます。  
お歳暮という意味合いの言葉こそありませんが、12月の贈答はそれに相当
すると思います。
  
日本と比べて違うところは、職場の上司や仕事関係のお得意先へという義理
がらみの付け届けはほとんどないという点でしょうか。また、わたしたち日
本人は早く義理を果たしてしまいたいとでも言うように、お返しは早々に果
たしてしまおうとします。ポルトガルでは一年を振り返ってみてお世話にな
ったと思われる人に、クリスマスの贈り物を届け感謝の気持ちを表すのです。

どういうものが贈られるのか、ちょっと興味があるところでしょう。
ワイン、ウイスキー等は日本と変わりませんね。ポルト・ワインやウイスキ
ーは高価なものを贈りますから、たいてい一本ですが、Vinho Verde等の
テーブルワインとなると、ドバッと10本から20本が届けられます。これな
どは日本で言うビールを贈る感覚でしょう。
そう言えば、こちらではビールがこういうお届けものに使われることはまず
もってないのが面白いです。

cabaz
デパートのお歳暮コーナーに並ぶcabaz(カバス=果物等をいれるカゴ)

その他に室内の飾り物、クリスタルのデキャンタ、銀製品、そして不景気な
今からは考えられませんが、たまに金の装飾品などもありました。これらは
かなり高価なものになりますから、受け取る方も多少躊躇します。銀製品の
菓子皿、ぼんぼん入れ、燭台などは3、4万円はくだりません。

食べ物としては、「バカリャオ=bacalhau」と呼ばれる大きな鱈を開いて
干したものを贈り物に。これは、肉類を食さないクリスマス・イブと、そし
て大晦日にポルトガルの習慣として他の野菜と茹で上げて食します。また、
しばらく前に泥棒にしてやられた豚の脚一本からなる生ハむ、これも贈答用
に使われます。

とまぁ、本題「アフォンソとマチルダ」の前置きが大部長くなってしまいま
したが、色々な頂き物の中には「いやぁ、こりゃ困った」と言う物も多々あ
りました。

12月は何と言っても七面鳥の時期です。
さて、これはわたし達一家が現在の我が家、フラットに引っ越す前の古い小
さな庭つきの家に住んでいた時の出来事で、子供たちが小学生だった頃のこ
と。(この家は、こちらで紹介されている、桃の木のある家です)

夫の仕事柄、この時期にはお届け物が参ります。
12月のある日のこと、田舎の方と思し召すセニョールが玄関の前に立ちま
した。
「だんな様に大変お世話になった。どうぞこれを。」
と言って大きなのダンボール箱を置いていきました。
「あらら、なんでしょ」と、中身が生ものであっては後で困りますので箱を
開けてびっくり、玉手箱!ナマモノもナマモノ、生きた二本足を紐でくくら
れた二羽のトリではないですか!一羽は真っ赤なトサカを冠しており、もう
一羽は見事な七面鳥です。

これ、どうするのよ?自分・・・
よく見ると可哀相に、この2羽、足をくくられたままでとても辛そうです。
で、いやだったんですが、恐る恐る両手を差し伸べて抱きあげようと両手を
出しましたら、騒ぐこと騒ぐこと、そのけたたましさといったらありません。
こちらの方がビビッてしまいましたが、思い切って抱き上げました。その柔
らかい体を通して体温が伝わってきます。

庭には昔の鳥小屋がそのままほったらかしでありましたから、庭まで運び、
くくっていた紐をほどき、二羽を庭に放して見ました。子供達が帰宅して、
特に動物好きの娘は大喜びです。早速にこの二羽に牡雌も分からないと言
うのに「アフォンソ」「マチルダ」と名づけました。アフォンソとはポル
トガル王の名前ですから、ひどい話ではあります(笑)

夕方になると、今度は庭中追い掛け回して二羽をひッ捕まえ、一時しのぎ
の鳥小屋に入れるのですが、これがまた一仕事です。あちらは必死で逃げ
回るし、こちらはこわごわ追いかけ回すわけです。バラをたくさん植えて
ましたし、大きなあじさいの木もありましたから、それらの陰に入ると捕
まえるのにこちらは手や腕が傷だらけです。

こういう悪戦苦闘の毎日が続いたのですが、さて、クリスマスがいよいよ
近づいてくると、さて、ここで問題が持ち上がりました。
こうして名前までつけてしまうと、とてもとても潰して食卓に載せること
などできましょうか・・・
名前はつけるべきではなかったのです。娘など、よもやそういうことには
考えが及ばないでしょう。夫もわたしも、つぶせるわけはない^^;

しかし、このまま庭で飼っておくというわけにもいかないのです。なにし
ろ、我が家には犬のポピー、そして数匹の猫たちもいるのです。これらか
らアフォンソとマチルダを守るために四苦八苦、そのせいで毎日クタクタ
でした。

一日一日と延ばし延ばしになり、ついに決心を迫られる日が来ました。
我が家でするわけには参りません。ネコや犬たちが騒々しさや血の匂いでき
っと怖気づいてしまうに違いありません。これは、裏に大きな畑を持つジョ
アキンおじさんの飼っているブタが、悲鳴を上げて鳴くことがままあるので
すが、わたしには何が起ころうとしているのか想像できます。そのときの
我が家の犬猫たちは「なにごと?!」とでも言うかのようにみな揃ってあっ
ちへすっ飛びこっちへすっ飛び。その不安な様といったらありません。

アフォンソとマチルダを食べることについては、わたしは食べられないこと
はないでしょうが、子供達に、「これはアフォンソとマチルダです、頂きま
しょう」と言えるくらいの気概が哀しいかな、わたしには当時ありませんで
した。

結局、週に2度、我が家の掃除にくるお手伝いのドナ・ベルミーラに2羽とも
上げました。不意に手に入った素晴らしいご馳走、嬉々として2羽を抱えて
帰って行ったお手伝いさんの後姿を見ながら、わたしはちょっと複雑な思い
でした。こんな気持ちになるのなら、肉類はもう口にしなくてもいいや、な
んて偽善的な思いが頭を横切ったものです。

生きる、ということは、そのために生かされてる命があるのだ、ということ
に思いを馳せる出来事でありました。子供達にはなんて言ったのか?はい、
一言「お手伝いさんにあげましたよ。」それで十分伝わったでしょうか。

モイケル娘の複雑な表情を打ち消すかのように、わたしはクリスマス・ソン
グのCDをボリュームアップでかけたのでした。

ごめんよ、もいちゃん、そしてアフォンソとマチルダに合掌。
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2012年12月1日

2012年も最後の月、師走に入りました。
日々、振り返って反省する暇もないような2012年、今日も含めこの2週
間続いて土曜日はポルトガルは休日にあたり、少しゆっくりできそうだと思
ったものの、2回の週末ともディナーパーティーで埋まります。

金曜日は招待で素敵なレストランへにて夕食会出席でしたので、明日にでも
エントリーで取り上げてみたいと思います。

アグラモンテ墓地の続きです。

Agramonte
墓地内の通り道は思いのほか広く、これなら散策も、なんてつい思ってしま
いそうです。

Agramonte

Agramonte

ところどころにこんな美的な彫刻像も目にするのですから尚更。

Agramonte

Agramonte
 
そんな中で、奇妙なモニュメントを見かけました。

Agramonte
「バケット劇場火災による犠牲者のモニュメント」とあります。
バケット劇場(Teatro Baquet)というのはかつてのポルトは「サント・
アントニオ通り」、現在の「1月31日通り」と呼ばるサンベント駅のすぐ
横の急勾配の坂道通りにあった劇場です。

teatrobaquet
Wikiより

1888年3月20日、上演も終わるころ舞台照明のガスの引火が原因で
一夜にして170人の犠牲者を出したとのこと。その慰霊碑です。材料に
使用されている鉄くずはバケット劇場のものでしょうか。

Agramonte
ズームアップしたところが、ここにも猫たちがHappy timeをむさぼってお
りました。

Agramonte
パンテオンのような廟です。

agramonte
六角堂の廟。

もうひとつ、特にわたしの興味を引いた墓石があります。

Agramonte
見事なまでに神秘主義思想を表した墓石です。トップの薔薇の花、墓石の
表面は「ウロボロス」と呼ばれる自らの尾をくわえる蛇、もしくは竜で、
起源は古代エジプト文明まで遡ります。アステカ文明のケツアルコアトル
が自ら尾をかんでる姿が描かれているのもあり、輪廻、完全性などの意味
をもち、錬金術のシンボルでもあります。

数字「5」は色々な宗教にシンボルとして用いられていますが、神秘主義
においても神聖な数字で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの、宇宙
は空気、火、土、水、エーテル(輝く空気の上層、雲や月など大気の上層、
つまり神の領域)の5つの元素からなるという思想から来ます。

下のラテン数字Ⅰ~Ⅹが見られるのはモーゼが神から賜った十戒が書かれ
た石版をかたどっていると思われます。こんな面白い墓石に出会うとは予
想外でした。

agramonte
入った時は青空が広がっていたのに、1時間半後には雲が立ち込め、上の
カルメル修道会(近日中に訪問したBussaco内の画像とともにとりあげる予
定)が所有する区画の写真をとり、なんだか不気味になって、そそくさと墓地
を後にしたのでした。
 
Agramonte
アグラモンテの入り口を最後に墓地散策はこれにて終了です。

最後に、意外やこれまでに墓地のエントリーを書いていることに気がつき、
わらながら、あら?と思っているところです。

ポルトの穴場が墓場に@@:自由の殉教者の霊廟を探して
ラパ教会墓地のシンボル
ご先祖さま、お笑いくださるな

興味がある方はお立ち寄りください。

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2012年11月29日 

雑誌記事執筆の締め切りが目前に迫り、一昨日やっと天気もよくなったとこ
ろで、午前中に予約を入れていたブティックの撮影に行ってきました。今回
は一般に意外と知られていない世界の一流どころのテーブルに提供されるポ
ルトガルのカトラリーブランド「Cutipol」(クティポル)」を取り上げま
した。

これについては後日ブログで紹介するとしまして、その日の日本語は午後の
一件だけでしたので、以前から気になっていたボアビスタ区域にあるアグラ
モンテ墓地(Cemiterio de Agramonte)へそのまま足を運びました。

自分の墓地はどうするかなと書いたのはしばらく前、11月6日のこと故、
spacesisさん、墓地の下見にでもいったのかと考えられる方もおいでかと
思いますが、さにあらず。

古くはショパンやモリエール、バルザック、アポリネール、イサドラ・ダ
ンカン、女優のサラ・ベルナールからエディット・ピアフやマリア・カラ
ス、イブ・モンタンなどの芸術家たちが眠るパリ、ペール・ラシェーズ墓
地は世界で最も有名な墓地のひとつで、年間数十万人のツーリストが訪れ
るそうです。

パリには3度ほど行きましたが、ペール・ラシェーズ墓地の存在を知ってい
たものの、墓地を散策に訪れるというのには不謹慎なのではないかとの抵抗
感があり足を運ばないまま今日にいたっています。

以前、自由の殉教者の霊廟を探してたまたまそれがポルトのPrado do
Repousa墓地にあり訪れることになったときも墓地内を歩いて落ち着かない
気持ちでカメラを向け、そそくさと退場してきたのだが、どうやら墓地を散
策するカメラマニアはポルトガルにもいるようだ。

ふむ、過ぎ去った時代に生きた芸術家たちに会いに行くくらいの気持ちでい
いのかな?それに、この芸術作品はやはり見てみたいものだとの誘惑に駆ら
れ、今回は歩くこと1時間、アグラモンテ墓地内の芸術品を拝見させてもら
ったのでした。

さて、見てみたいものだとわたしを駆り立てた作品はこれです↓
agaramonte1-1.jpg

Santos-Dumont家のお墓です。ここをクリックする と拡大画像がみれるように
しました。
市の案内によるとガイア出身の彫刻家Antonio Texeira Lopes(1942年
没)とその弟で建築家のJose Eeixeira Lopes(1919年没)の作品。

う~ん、こんな風に美しく嘆かれたら、後ろ髪引かれ三途の川も渡るに渡れ
ない気がします。

アグラモンテ墓地

上はどこかで目にしたことがあると記憶を紐解くとここれでした。
アグラモンテ墓地

シントラ山の奥深くにあるコルクの修道院こと「カプーシュ修道院」で見か
けたものです。フランシスコ派の信者だったのでしょうか。

下のも似通ってはいるものの、錬金術的だと我が推測は言う。
アグラモンテ墓地

こんなのもあります。廟(びょう)というのでしょうか。
アグラモンテ墓地

アグラモンテ墓地

これがわたしがロッカーみたいだと常日頃言っている骨壷安置所↓
あまりいただけないなぁと思うのは贅沢と言うものか・・・
アグラモンテ墓地

さて、ずっと墓石の写真ばかりも気が滅入るかもしれません。少し気分転
換にこちらを。

アグラモンテ墓地

ポルトガルのどこの墓地でも見かけるのがネコ。この日も陽だまりにたくさ
んのねこを見かけました。下の子などはこの通り、写真を撮らせてっくれ
慣れたものです。
アグラモンテ墓地

目を細めてじっとこちらを見つめどこか我が家のチビに似ていなくもない。

agramonte_gato3.jpg

で、あれ?と思ったのは下のネコにカメラを向けたとき。
上のトラと同じネコでは?場所はまったく違うのですが、お前、わたしの
後をついてきてたの?
アグラモンテ墓地

そしてこちらは、なんとまぁ(笑)暖めてあげてるのか、もらってるのか。
アグラモンテ墓地

アグラモンテの墓地、面白いものに出会いましたので次回はそれを取り上
げてみたいと思います。

ではみなさま、また明日!
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