2013年4月22日

14日日曜日、ポルト正午発、フランクフルト経由でやってきた2年ぶりの
日本、掃除洗濯炊事と睡魔をふっきろうと身体を動かしてきたものの、そう
そう簡単には抜けない時差ぼけ。やっと通常の状態になったかな?と気がつ
けば予定の一ヶ月滞在のうち4分の1が過ぎてしまいました。

ということで、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

息子とモイケル娘の生活スタイルが違い、朝、娘の大学院へ持っていく弁当
作り、それが終わると10時頃に息子がもそりと起きだし朝食、そして仕事
へ出かける前の軽い午後の食事、娘の帰宅に合わせて夕食、息子の帰宅10
時の晩ご飯とこんな具合でこの一週間はなんだか一日中台所に立って食事を
作っていたような感じでした。

日本語教室をしながらのポルトの生活と違い日本にいる間は仕事がなく専業
主婦、いや、専業母親かな?をするのでそれはそれを楽しんでいるのですが、
あんまり甘やかされるとおっかさんがポルトへ帰ってから困るのだとは娘の
言。今しかしてあげられないからと母親の言(笑)

それにしても驚いたのは日本に到着以来のこの寒さと雨です。

昨日は2年ぶりのわたしの帰国、モいける娘の大学院入学祝い、義弟の退職
祝い、そして、甥のロンドン留学からの帰国祝いとおめでたいことが続き、
我が妹一家と、池袋はメトロポリタンホテルの25階にあるレストランで8
人が集い昼食会といきましたが、寒かった事!約半世紀ぶりの2月上旬の気
温だったとか。今日はやっと青空が見られました。

さてもさても本日は2年ぶりに顔を合わせる「歌舞伎ネコ」君。
kabukineko3.jpg

相変わらずお見事な歌舞伎顔^^
我が子たちのアパートは一階で、裏は植え込みがしてありその細いスペースが
どうやら猫たちの通り道になっているようで新米のルパン君も。

gato
ガラスドア越しに顔を合わせるうち猫と外猫。

名前の由来はこれからだそうだ↓
gato
怪盗ルパンならぬ怪猫ルパンなり(笑)

日本からの第一報は、猫の話にてごめんくだされ。

ではでは、みなさま、また明日。
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2013年4月11日 

体調はまだ本格的ではないのだが、ぐずぐずしておられない。
今週日曜日には、日本へ向けて出発である。早く治れ~早く治れ~と毎日起
床時すぐから就寝時まで7種類もの薬をせっせと飲んでいる、いや、飲まさ
れている。

通常わたしは医者が処方してくれる薬を最後まで服用することがない。
しょっちゅううっかり飲むのを忘れたり、快方に向かってるなと思った時点
ですっかり辞めてしまったりするので主治医と同業者である夫によく叱られ
ているのだが、今回のようにこんなに医者の指示に従順なのは初めてだ。

さて、3月24日の「日本語を話す会」以来、日程が既に決められてい市立
図書館の日本語コースと、もう一箇所、某企業の日本語はしんどいのを振り
切って(ペイがいいもんで。てへへ)何とかやってきたのだが、自宅での日
本語はほぼ3週間ずっとキャンセルする羽目になってしまったのである。

が、日本では一ヶ月滞在する予定を知ってる生徒たち、行く前にもう一回
できないかとゴネルのがいる(笑)気にはなるものの、わたしも再生、リフ
レッシュがいるのだ。そうでないと楽しい授業はなかなか続けられるもの
ではないぞと言い訳して、多少気にはなるのだが、「君たち、これまでの
復習をする十分な時間がある。活用したまえ。」とエラそうにわたし。

生徒たちの方は課題を与えて一ヶ月なんとかやり過ごしてもらうとして、
さて、気になるのはジョアキンおじさんの畑に棲み付くノラ猫たちである。

しばらく前の記事でも取り上げてあるが、(こちらをクリック)晩御飯後にして
いたエサ運びを、少しずつ時間を早めて現在は夕方に持って行くようになり、
ネコたちもほぼこの時間に習慣付いた。

夫にこの日課を押し付けるわけにはいかない。そこで週に二回我が家の
掃除、アイロンあて等にくるベルミーラおばさんに相談してみた。ベルミ
ーラおばさんとはかれこれ30年ほどの付き合いになり、今時彼女のよう
に信頼できるお手伝いさんを見つけるのは至難の業である。

ベルミーラおばさんには、我が過去ブログでも何度か登場願っている。

ポルトガルのコネ社会

我が家のお手伝いさん事情

彼女はご近所の他のお宅にも行くので、週に4日はこの辺りにくる。

で、彼女の仕事が片付いた後に、ノラ猫たちのエサ運びを彼女がしてくれる
ことになった。もちろんエサはわたしが買って用意していく。わたしが不在
の時は、彼女に家の鍵を預けるので、自由に我が家に出入りができるので、
その点は大丈夫だ。

というわけで、明日はベルミーラおばさんに、ノラ猫のエサの作り方を教示
することになる。週末が気の毒なのだが、これでわたしが帰ってくるまで、
ノラ猫たちもなんとかしのげるであろう。

長雨が続いて、とても春とは思えない今年のポルトガルだが、週末からは日
が照るとの予報、あったかい畑の陽だまりの中で、ノラ猫たちもしばし空腹
を忘れることをひたすら祈りながら、旅支度に入る。

パッキング
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2013年4月4日
 
しばらく前にモイケル娘のブログ「字の練習」を読んで笑ってしまった。


ある人に「字きったなwww」と言われてカチーンと来たので
お前なんか英語の発音(略))時間もあるし漢検ついでに字の
練習をすることにした。


とある。

わたしも字があまり上手だとは言えない。
日本語教師をしているのに、である。日本語を教える仕事柄、字は丁寧に書
く習慣がつき、そうなると、そこそこ見られる字にはなるが、メモを取った
ときの字は地が出るので自分は分かるが、極力人の目に触れないように願う。

半世紀も前の13、4歳の頃、これは以前に「思い出のアルバム・夜汽車
に乗って
」で触れたことがあるのだが、中学3年のほぼ1年間をわたしは
大阪の叔父叔母のもとで暮らした。

当時叔父は三○石油に勤めていて、バリバリのサラリーマンであったが後の
日本の繁栄はあの叔父の世代の頑張りの所以だとわたしは思っている。

さて、その叔父、我が字を見るや、「ユーコ。これはだめだ」と、その日
からわたしは朝食前に叔父がノートに書いたのを手本に手習いの毎朝であ
る。そのおかげで急がなくていいときは字を丁寧に書く習慣がついた。

わたしは細めのペンが嫌いだ。字の下手なのがすぐ見てとれるからだ
高校時代は叔父からもらった極太万年筆が気に入りで、それを使い字の上手
下手を気にもせず大胆な太文字でよく手紙や日記を書いたりしもした。

実はわたし、意固地なわけではないのだが、美しい字を書く人を羨ましいと
思ったことはない。流れるような文字の中には時々読めない字だってあった
りする。それに、なんとなく字にその人の自信めいたものが感じられたりす
るのは、字そのものと書いた人を重ねるからだろうか、字には上手下手を越
えてその人の性格が多少見えるような気がするのだ。

わたしの場合、字の上手下手も、高学歴を修めることができるかどうかが経
済的な問題がからむのと少し似ているかもしれないと思わせるような体験が
ある。

小学校も中学校も、わたしは習字やら、そろばんやら、絵の具を使っての
美術の時間やらは、ひたすらその授業が早く終わってくれることを心の中
で願いじっと息を潜めるのだった。なぜなら、習字道具もそろばんも絵の
具も自分のものを持ったことがないのだ。

大人になって補習校で講師をするようになったある時、ひょんなことで習
字の話が出て、日本人なら誰でも多少の習字心があるはず、ということに
なったのだが、その時、自分の経験としてそんなことを話したのであった。
が、そんなバカなと鼻で笑われてしまった。だが、本当の話である。かほ
どに我が家は貧しかったんです。

最初のうちは、先生や同級生に「忘れてきました」で済むのだが、その内
そんな言い訳が通らなくなり、身の置き場に困るもので、時々さぼったり
するのである。今ならば、「道具が買えません」と堂々と言えるのだが、
子供の頃のわたしは究極の内弁慶だった。

美術の時間も苦手であった。何しろ絵の具がないのだもの(笑)
ある時、美術の教師に叱られて、どうしても絵を出せと言われたわたしは
家の裏にある小川の向こう、田んぼの彼方に見える仏舎利塔を鉛筆でデッ
サンして提出したことがある。教師は何も言わなかった。

こんな具合だったので、その類の授業はいつも5段階の1か2だった。

今日どうしてこんな話を書くかと言うと、これもモイケル娘のブログ、
勉強中」を読んでつい遠い子供の頃を思い出したからである。


この4月から近代日本文学を学ぶことになったモイケル娘、「くずし字」と
とやらも読めるようにならなければいけないかも知れないとのことで、とり
あえず授業が始まるまで付け焼刃で、独学しているのだそうだ。
いやぁ、何しろ大胆なことをする娘ではある。

で、娘と二人、今なら習字道具、買えるぞ。今度の帰国でご近所に習字教室
があれば行って見ようかと冗談のような本気のような話をしているのだが、
あ!と思い出したことがある。

モイちゃん、あんた、左利きやん!(爆

実は彼女、正真正銘の左利きである。これはかつて「帰国子女物語・日本語
教育編」の「針はどっちで持つの?」で綴ったのだが、以下引用。

針はどっちで持つの?」

海外の映画を見て気づくことのひとつに、有名な俳優さんに左利きが
思いのほか多い、ということである。

今はどうか知らないが、わたしが子供の頃は、左利きは家庭でも学校
でも矯正されたような気がする。
亡くなった母は字を書いたりするのは右利きだったが、編み物をしたり
ご飯を盛り付けたりするときは、左利きであった。わたしはと言えば、
記憶の限りでは子供の頃、左利きだった様子はない。

わたしの二人の子供は、幼児期は両方とも最初は左手でクレヨンや鉛
筆を持ち始めた。長男の時は、見かけると常に「こっちの手に持って書
いてごらん」と軽く注意を促し、息子はその都度素直にこちらの言うこと
を受け入れ右手に持ち替え、いつの間にか就学年齢に達したころは、
完全な右利きになっていた。

ところがである、娘の場合は、これがなかなか頑固なことに、何度注意
を促しても、左手から右手に持ち替えようとしなかった。
しつこく言うと終いには、ポロポロ涙をこぼして幼いながらも抵抗するの
である。

世の中の多くのものは、人は右利きであることを前提に作られ
ている。わたしは、できるならと矯正を試みたものの、4歳の娘の涙を
前にして「これほどまで嫌がるのを矯正する必要が本当にあろうか?」
と、とうとう諦めたのである。
以来娘は現在に及んで字を書くのも、包丁を持つのも、いわゆる左利
きである。

10日ほど前に日本から帰国して一ヶ月滞在する娘に、今回は針の持ち
方、少なくともボタン付けとジーンズの裾上げくらいは、この夏覚えて
もらおうと思っている。
日本の学校と違い、ポルトガルでは家庭科なる教科はなく、裁縫や料理
を教えるのは、親の役割である。

日本語は是非身につけてもらおうとわたしも手を変え品を変えアイディ
アをしぼったのだが、肝心の裁縫はうっかり教え忘れたまま、2年前に
日本の大学へ送り出してしまったのだ。
そう思いながらふと思い出した。

左利きの母に右利きのわたしが編み物を教わろうとし、2本の棒針の持ち
方からして混乱してしまい、とうとう途中で諦めてしまった遠い昔の
ことを。娘にまず聞かねばなるまい。
「針はどっちで持つの?右?それとも左?」


う~む、左利きの習字って、大丈夫か?くずし文字って書けるんか・・・・
いやいや、おっかさんは右利きなのだから、たったひと月でも60の手習
いと洒落込んでみようかとも思っているのだが、

モイケルよ、どないします?
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2013年4月2日 

4月中旬から一ヶ月間の日本滞在を予定している。

子供たちの世話ができるのも多々ある楽しみのひとつだが、2年ぶりの友人
たちとの再開も嬉しい。なかでも、当たり前だが日本食が選り取り見取りな
のはなんとも幸せなことだ。

そう思いながらも気になることがある。ふとしたことがきっかけで目につい
た食品記事が気になり、以来、折をみては日本の食品食糧事情のブログ記事
に目を向けてきた。

随分古いことになるが、こちらのマーケットで見つけたゼリーに少し値段は
高いがわたしは気に入り、しょっちゅう購入していたのがあった。しかし、
それを食べた時に限ってお腹がゆるくなるということにある日気づいた。

今でこそ、自称チャイナフリー(チャイナ製品購買ボイコット)と称して
もう何年にもなるわたしだが、当時はまだそういうことに関して鈍感だった。
それで、初めて「これはいったいどこで作られるのだろうか」とふとそのゼ
リーの箱に掲載されてある産地を確認して合点がいったのである。

また、当時ポルトはスシレストランはただの一軒も無し、中華レストラン盛
況時代で、いたるところに見かけられ、手ごろな値段と東洋の味恋しさで家
族でよく出かけたものだが、ある時期から食べた後舌に残る味が気になり始
めたのである。

こんなことを日系ブラジル人の友人に話すと、実は彼らも必ずと言っていい
ほど中華レストランでの食後、家族揃ってお腹の調子がなくなるとのことで、
以来彼らもわたしたちも行くのをぱったり止めてしまった。

そのうち、この原因は、味付けに使うグルタミン酸ナトリウム量の過剰投入
ではないかと疑い始めた。実は日本でよく使われる「あ○の素」だが、これも
グルタミン酸が主成分だと言われており、ポルトガルでは昔から輸入禁止
リストに挙がっているとのことだ。

インターネットが徐々に普及し始め、世の中の様々の情報が一挙に即座にネ
ットを通して入手できるようになり、China製品の粗悪さが世間で言われる
ようになってから、「チャイナフリー運動」をわたしは一人展開し始めたのだ。

安いものには必ずそれなりの理由があるはず、衣服類もアレルギー症のわた
しは極力避けているのだが、うっかり知らずに手を出してしまうこともある。
電化製品もそうだが、冷蔵庫の買い替えにPRC(People's Republic of
China,中国製のもうひとつの表示方法)以外のものを見つけるのに苦労し
たことがある。

かように、市場は中国製品で溢れかえっており、それ以外のものが欲しい
と思っても悔しいことだが見つからない場合が往々にしてあり、わたしたち
は安いほうがいいと知らず知らずのうちに選択の余地さえ与えられなくなっ
ているのだ。

これがさて、わたしたちの口に入る食品となるとどうだろう。
電化製品や衣類などのように生産地表示が義務付けられているものはいい
として、先ごろから気になっている食品関係だ。

韓国の餃子事件や中国からの冷凍ほうれん草事件はそんなに昔のことでは
ない。それで、日本も食品輸入に関してもっと厳しい条例でも設けられる
かと思いきや、ことは以前にも増してひどい状態になりつつあるのを実感
させられたのが、今回の出会ったブロガーさんの載せている衝撃の週刊誌
記事だ↓

中国猛毒食品①
http://ameblo.jp/norinori-arinkurin/entry-11500697433.html

中国猛毒食品②
http://ameblo.jp/norinori-arinkurin/day-20130402.html

今回この記事を読んで、何故わたしの持つような疑問が一般に知られないの
か、そのカラクリも書かれてある。

みなさまにも是非読んでいただきたい。

わたしはしばらく前から娘に送ってもらう日本食品も以前のように頻繁に頼
まなくなった。友人が日本から送ってくれるものも、表示をみると原料は一
体どこなのか、販売元は書いてあるが生産地はどこなのか、書かれていない
ものが多く見られる。食べたいが手を出しかねているのが実情だ。

これらの食品が上記の記事にある種類かも知れないと思うと、まず第一に怖
い、第二に己の食欲に負けて製造者の思惑にはまるのが悔しい。

どんな思惑かって?
「中国人も食べない日本向け食品」とあるではないか。これからわたしの頭を
ふとよぎったのは「もしかしてこれはジェノサイド」行為ではないのか、で
ある。

あっははは、spacesisさん、考えすぎよ、と言う?
尖閣を見てごらんなさい、竹島は?対馬は?沖縄は?誰も注意を払わず、国
もなんの制限もなくこういう毒物食品を輸許可する、表示もないでは、わた
したちはどうんな方法で、かの国の食品かを見分け、選択できるのか。もう
選択の余地などないのか?

こういう事実を日本に住む人たちはどう捉えているのだろう。なぜ、これに
対する運動が起こらないのだろう?わたしのように海外在住者は毎日食する
わけではないので、大きな影響が及ばされることはないかも知れないが、毎
日日本人の食卓にのぼる食べ物がこの状態では果たして将来どういうことが
起こるのだろうか。

現地業者は当然のこと、ともに携わる日本企業も目先の利益を追うのみで、
将来に起こる可能性をなぜ考慮しない?
いざというときに備えても、どんなに少なく見積もっても、自国の食料生産
50%は自前でできるよう国の政策とすべきではないか。さすれば、まさか
の時に少なくとも国民の半分はなんとか生き延びられるのだ。

モイケル娘が2月からずっと、お腹の調子が悪いらしく、薬を服用し医者も
変えてみたが、今のところ同じ状態が続いているという。
受験のストレスもあっただろうが、わたしは心のどこかで毎日する食品に
関係はないのかと思ったりしているのである。

わたしたち日本人が日々、知らず知らずのうちに、薬物を摂取させられてい
るかも知れないと思うと恐ろしいという一言しか浮かばない。

今回の帰国は、食品買出しに逐一チェックするつもりでいるので、買い物に
時間がかかりそうだ。せっかくの楽しみの日本食も、これはどこ産?この饅
頭に使われている餡子のあずきは北海道産?中国産?この納豆の原料産地は?
と考えると、食べられるものがないのでは?

こと、食べ物に関しては毎回の楽しみだったのに、こういうことを考えると
とたんに気が重くなる近頃である。

さて、みなさんの今日の献立、大丈夫ですか?

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2013年3月31日 

6年間某会員雑誌記事を書いているが、締め切りを切ったことはこれまで
一度もなかった。が、今回初めて数日の延期願いを申し出た。

先週末の日本語を話す会で頑張りすぎ、週末の休息なしにそのまま月火と通
常通りの授業をしたのだが、これがどうも悪かったようだ。体力が弱ってい
るところにもってきて風邪をもらったようで微熱と以前長期間悩まされた咳
が再び出始め、先水曜日から起き上がれなくなっていたのである。
日本語授業キャンセルのケータイメッセを送るのが大変だった。

こんな時に困るのが食事だ。
目下事情あって夫の独身の兄が我が家で夕食をとり泊まるという状態が続い
て一ヶ月以上になる。いや、あにさんだけでなくて、あにさんのペットの
わんこも一緒なので、5匹ネコがいる我が家はてんやわんや。ご想像あれ。

さて、食事なのだが、男ども、悪いが起き上がれないわたしは外食をして
もらうしかない。彼らはそれで済むのだが、問題は病人のわたしの食事
なのだ。体調が悪くなると脂っこいポルトガル料理はぜったい口に運べ
ない、かといって日本ではないので日本食はなし。自分で起き上がって
何とか作れる間はいいのだが、今回はそれもできなかった。

で、ふと思いついた、Fozにある日本食レストラン「一番」の「OBENTO 」。
今回初めて予約して夫にとりにいってもらった。これがそれである。

bento

日本味、なんとか半分食べることができ、嬉しかったのは醤油昆布がご飯
にのっていたこと。これで10ユーロ(1200円くらい)通常だったらこれ
で大丈夫なのだが、体調の悪いわたしには、もっと野菜が欲しかった。
普通用と病人用の「OBENTO」作ってくれないかなぁ、などと贅沢なことを
考えている。

50代までは、もちろん日本食は恋しい日々ではあったが、なんとかやり過
ごして暮らしてきた。しかし、病気になるとつくづく現地料理は胃が受け付
けず、海外で生涯暮らしていく上で自分が作れなくなったときの食生活への
不安がこの頃大きくなっている。

なぁに、少しお金はかかるが日本から送ってもらえばいいか、と安易に考え
ていた脳天に一発ドカン!とあることがきっかけで日本の食品事情を検索
することになったのだ。
というので、本日は短文だが、まだ病完全回復していないこともあり、次回
への続きとしたい。

ポルトガルは本日はPascoa(パスコア=復活祭)。これにつきてはこれまで
何度も取り上げてきたので、興味のある方は下記をクリックしてどぞ。

復活祭

イースター(1)なぜ卵?うさぎ


病み上がりの体にラフマニノフが癒すように染み込んでくる今宵、明日の朝
は仕事始めになるかな?では、みなさまもお体、お気をつけください。

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