2013年5月30日

この所、忙しい。

最初で最後のポルトでの国際親善行事、他に誰かする人がいますか?と言わ
れ、断りきれなくて引き受けざるを得なかった3年前の国際親善協会とポル
ト市共催の「Japan Week 2010」のコーディネーターをしたときの態を
なしています。

あの年の9ヶ月ほどは朝から夜遅くまで、30数年前に勉強したものの、
以来あまり使って来ず、すっかり錆び付いていた英語を再び頭の引き出しか
ら引っ張り出しては四苦八苦しながらのメール作成に追われ、慣れないポル
トガル語英語での会議に冷や汗をかきながら、このプロジェクトに引き込ん
だOちゃんと二人、なりふり構わずやっていたものでした。

今回の多忙はと言うと、某所での週2の日本語イブニングコースは入ったこ
と、市立図書館での初心者日本語コース開講の準備が重なったこととで、メ
ール返信に追われて朝からあくせくしています。

イブニングコースが終わって帰宅するとほぼ8時です。欠かせない男どもの
食事は、自宅での日本語の合間を縫って準備して置くのですが、初めの2回
は帰宅後、とにかく休みたかった!で、食べずにそのままベッドに入り、気
がつけば翌朝6時まで寝てしまってました。

イブニングコースは先週から始まったのだが、わたしにとって外部で夕方、
しか大きなグループに教えるというのは初めての体験だ。大きなグループの
授業は準備もさることながら、授業中でもてるエネルギーを全部使い果たす
感であります。(誰だい?ヨワイ云々といってるのは?)

わたしは眠りが浅く、小さな物音でも目が覚めてしまい、いったん覚めたと
なると再び寝入ることができなくて何度も寝返りし困ってしまうタイプなの
ですが、いやぁ、近年こんな風に熟睡したはなかった。毎日こんな風に熟睡
できたら幸せやなぁ、と思う次第。

おっと、本日のトピックから外れてしまいましたが、忙しい中でこんなこと
してる暇あるのかと言われればそれまでですが、これ、わたしにとっては気
晴らしでもありますゆえ^^

さて、前回の続きのCandida dos Reis通りの本題に。

この通りで見逃せないものの一つ、美しいアズレージュの建物。
ruacandidoreis

こちらは既に拙ブログで紹介したことがある75-79番地の建物。20世紀初
期に流行したアールヌーボーの素晴らしいバルコニーを持っています。
ruacandidoreis

今回はよく見ると、なんとRendez Vous(ランデブー)というロッククラブ
に変身しているではないか。
ruacandidoreis

6月のサンジュアン祭前夜祭に向けてこんなフライヤーが出ている。
electrorockclub.jpg

我が音楽息子、これの出演に来ないかな?^^

そしてもうひとつはBiblioteca Musical(音楽図書館)
ruacandidoreis
 
壁のアズレージュ、ベートーベンとワグナーが一際目を引く。
ruacandidoreis rua-candido-reis_wagner.jpg

店内にはまだ入ったことがないのですが、そのうちに見学しようと思ってい
ます。

では、みなさま、本日も拙ブログにお付き合いいただき、ありがとうござ
います。面白いなと思われたらランキングクリックしていただけると嬉し
いです。


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2013年5月28日 

前回の記事に登場したJ君のアトリエがある通りはダウンタウンのRua
Candido dos Reisなのだが、土曜日のその日、通りはマーケットと化し
ていた。
candido_dos_reis

 わたしは土曜日は仕事を抱えるので週末にダウンタウンに出ることは殆どな
く、J君の作品展を見に行って今回初めて目にしたストリートマーケットだ。

すぐ側にはイギリスのガーディアン紙が取り上げた「世界で最も美しい書店
ベスト10」の一つに選ばれたレロ書店があり、
candido_dos_reis

最近オープンしたpraca de Lisboa(プラサ・デ・リズボア=リスボン広場)
も人手賑わい、その向こうにはクレリゴス塔が姿を見せる。
candido_dos_reis

 
このストリートマーケットは2008年から始まったようで毎月最後の土曜
日に催され、若い工芸家たちの手作り作品が出店に並べられ、バーなどもあ
るこの通りはストリートミュージシャンの演奏、野外劇など、でその日は明
け方4時まで賑わうそうだ。

candido_dos_reis

かつてはポルトでも最もシックな通りとして栄えたと言われるがいつの間に
か時代に取り残され殆ど見捨てられてきたような小さな通りだったが、ここ
数年で様子が変わってきたというわけだ。

さて、このRua Candida dos Reis(カンディド・ドス・レイス通り)には見逃せ
ない建物がいくつかある。明日はそれらを紹介したい。

では、みなさま、また明日に。
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テーマ:ポルトガル
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2013年5月26日 

昨日土曜日午後は午前中の仕事終了後、夫と連れ立って二つの知人の展示
会に出かけてきた。

ひとつはわたしが日本語講座を開いているアルメイダ・ガレッテ市立図書館
で催されているポルト在住の女流画家イザベル・サライヴァ氏の作品展だ。

4月初旬から始まった作品展で、オープニングセレモニーに招待されていた
のだが、当時の体調不振と日本帰国を目前にして多忙だったのとで、行くこ
とができなかった。我が留守中にご本人から電話があったと夫の伝言もあり、
やっと出かけることができた。

もうひとつは息子の幼友達デンマーク人のアーティストJ君の新アトリエで
の初作品展。日本にも一度行ったことのあるJ君、こんな作品もあった。

jesper-1.jpg

会場そのものはあまり広くなかったが、若い人たちがたくさん来場してにぎ
やかだったのだが、その中に夫が、「あれ?」と見いだした一人のイギリス
人女性がいた。J君がすかさず、「トミーのお母さん、覚えてる?」と言う。
車で足掛け17年間、息子と娘の送り迎えをしてきたポルトのBritish
School時代の先生、ミセズ・Hであり、J君や息子のクラスメートのトミー
君の母親でもある。我が子たちが卒業して以来17年ほどになる再会で思わ
ずおー!とハグ。
特に親しかったわけではないが、懐かしさのはずみで思わず抱き合った。

子供達はどうしてるの?
今日本です。それで、トミー君は?
ロンドンで役者稼業よ。
と、しばし、お互いの子供達の話で盛り上がった。しばらくしてミセズ・
Hが言う。

「ねね、ところで聞いていい?あなた、幾つ?」
「ほえ?・・・・^^;」

な、なんちゅう質問を(爆)まぁ、隠す必要もない。65ざますわよ。
なんでやねん? すると、ミセス・M、J君に目をやりながら、
「んまぁ、みんな齢を重ねましたねぇ」と。
そうなんだけど、しかし、よく分からんが、なんだかはぐらかされたような
気がしないでもない。あまりの、しかもイギリス人からの単刀直入の質問に
ちょっと驚いた。

そしてこんなことを思い出した。

かつて東京駅から大阪へ向かうとき、友人と新大阪駅で待ち合わせしていた
のだが、予定の新幹線に乗り遅れた。ネ友のなみちゃんが「日本でケータイ、
絶対要りますよ。」との忠告を振り切り、当時は「絶対ケータイを持ってや
るか」なんて意地をはっていたもので、相手はケータイを持っているものの、
さぁ、連絡の取り様がない。

頼みの綱、公衆電話を探せどなかなか見つからない。新幹線乗り場駅入り口
の真ん中で台に乗って案内係をしている駅員さんに訊ねた。

「すみませんが、公衆電話はどこにありますか?」

駅員さんの口から出てきたのは、なんと、
「It´s over there!」と彼方を指差す英語だった・・・・

おい!わたしゃ日本人だぜ!と腹のなかで文句言いながらどうなってんだ、
世の中、と思ったものだが、茶髪、グラサンをかけ、わたしの明確発音、
丁寧形の日本語も加わって、日本語初心者の外国人とでも勘違いしたのか。

日本語を教えるわたしは、極力明確な発音と丁寧形の日本語で生徒たちと
話すことを心がけるので、見知らぬ人と話す時は、知らず知らずの内ち文語
体になっていることが多いようだ。

日本とポルトガル在住の年月のバランスが今ではポルトガルに重きが移りつ
つある我が人生、国籍不明、年齢不詳の女と思われても致し方ないところが
あるかも知れないな。

ミセス・Hの唐突な質問にあの東京駅での体験が重なり、一人「ぷッ!」と
ふき出している。
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2013年5月24日 

スペインに水源を発するドウロ川は、ポルトガルの北東部にあるポルト・
ワインの故郷、アルト・ドウロ地方を通りポルトに流れて、やがて大西洋
に注ぎこむ。ドウロ川下流にはポルトと対岸ガイア市(Gaia)をつなぐ七つ
の橋の物語がある。

ponte_luis

中でもドン・ルイス1世橋(Ponte D.Luis Primeiro. Ponte D.Luiz
とも書かれる)はクレリゴス塔と並んでポルトのシンボルと言われる。

ponte_luis

エッフェル(エッフェル塔の建築家)の弟子、テオフィロ・セイリングの
設計で造られたルイス一世橋は、1881年11月に建設が始まり1886年10月に
開通されました。

長さ385m、幅8m、二重橋になったのは、ポルトとガイア市との両岸の
高低差のゆえだと言われます。かつては、上下ともに人と車の通行路でした
が、現在は下段を人と車が、上段はメトロが通り両脇に歩行者用の1.25m
の歩道があります。

ponte_luis
二重橋を支える橋げた                     

ponte_luis

橋を渡って向こう岸ガイアへ。ルイス一世橋の前身は後ほど紹介する「ペンシ
ル橋=Ponte Pensil」というつり橋でした。

potpourri
   
ドン・ルイズ一世橋を渡るメトロ線のアッと驚く話

ガイア側から撮ったドン・ルイズ一世橋を渡るメトロ・イエロー線。橋の中
央をメトロ線が通り両脇が歩道。この橋は車の乗り入れ禁止です。
ponte_luis
      
橋を渡りながら眺めるリベイラの景色は素晴らしい。
ponte_luis

橋の下にも古い家々がのぞかれる。
ponte_luis

メトロはガイア側からドン・ルイス一世橋を渡りこのトンネルをくぐってポ
ルトの街に入る。
ponte_luis

さて、この地下鉄トンネルの入り口なのですが、ポルトのメトロが開通した
ころに3度ほど起こった際どい事件をご紹介します。

以下、2007年の日記の抜粋です。

2007年2月22日(木) アッと驚く!

下の写真、新聞記事で写りが悪くて申し訳ないのですが、よっく見てくだ
さい。レッカー車に車が引っ張られる、よく見かける光景です。が、問題
はメトロ駅構内の線路上だというこの場所なのです。
ponte_luis

写真のメトロ駅は、隣町ガイアとポルトを結ぶイエロー・ラインのサン・ベ
ント駅です。ガイアから入ると下にリベイラを眺めながらドン・ルイス一世
橋を渡ってすぐにメトロはトンネルに入り地下のサン・ベント駅構内です。
 
メトロが貫通する以前この橋は長年ガイア市の大通り「Republica通り」
とつながり、ポルト、ガイアはルイス1世橋で往来ができ、この通りはも
っとも混雑する道のひとつでした。

メトロ貫通後、この大通りは橋の少し点前まで二車線、橋は車乗り入れ
禁止となりました。ところが、地方から出てきたりするとよく事情を知らな
かったり、あるいは、わたしなどのような粗忽者などが、「この橋から向こ
うは車の乗り入れ禁止」の小さなサインを見落とし、これまで通り橋を渡
ってポルト市内に入れると思い、行っちゃう人間がいたのです^^;

トンネルをくぐってからきっとうウワ~ッと慌てふためくだろうなぁ。
だって、メトロのホームに入っちゃうんですもん・・・上記の新聞写真の
如し、です。それでも、これまで事が起こらずに済んだからいいけれど、
真正面に地下鉄が向かってきた!なんてことになってたら!

今回で三度目のこの出来事、とうとう、不注意でこんなことをしでかした
ら10年の刑になると当時はお達しがでました。

もちろん、現在ではこんなことはもう起こり得ませんが、三度もこういうこ
とがあって、事故にならなかったのが不思議なくらいです。
ちょっと怖い話しでしょう?

七つの橋シリーズは機を見てまたご紹介します。

インフォメーション:Ponte D.LuisⅠ(ドン・ルイス一世橋)
 
所在地:Cais da Ribeira Porto  
メトロ:サン・ベント駅下車後、リベイラまで徒歩5分ほど

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テーマ:ポルトガル
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2013年5月21日 

2年ほど前までは週に一度は必ずメトロで意気揚々と街へ出かけポルト散策
を楽しんで来たのが、日本語の仕事が多忙だったのと体調不振がしばらく続
いたのとで、外出と言えば車でいつの間にか仕事先と家の往復をするのに留
まっていた。

詰まった一週間の日程をなんとか変えたいと思っていたのだが、今回は週に
2回某企業での夕方からの日本語コース開講という大きな仕事が入って、こ
れまでにも増してつい増やしてしまった。「言ってもダメだ、こりゃ」と夫
はすっかり呆れている。

通常なら定年で仕事も退職し(実際補習校は退職した)、年金を頂きのんび
り隠遁、いや隠居生活でもしていそうなのだが、貧乏性なのと自分はまだ行
けるぞ、不景気な今のポルトガルでこうして仕事が入ってくるのは幸運とい
うものだと思い、もう少しやってみようとなった。

いえね、分かってるんです、おい、しんどいぞってのは。で、このトバッチ
リが夫の方に行きがちになるのも^^;分かっちゃいるけど止められないw 
今日からその夕方のコースが始まります。

さて、前置きが長くなりました。
ここしばらく日本帰国ネタと思い出話が続きましたが、本日は久しぶりに
ポルトの話です。

昨日はしばらくぶりの快晴の空の下、撮影日とばかりに取材を兼ねて街を
歩いて来ました。

Porto
ご存知、サンベント駅横の急傾斜の坂道「1月31日通り」を降りながら
クレリゴス通りを望む。何だか人通りが少ないと思うのは気のせいかな?

Porto
街角で見かけたサイトスィーング・カブ。観光バスならぬ観光車ですね。
時間当たりどのくらいするのだろうか。検索してもぶつからず。正面に情報
が貼り付けられている可能性があり。次回は正面を撮ってみよう。

Porto

↑一件取材を終えてから久しぶりにドウロ川沿いリベイラに向かったのだが
サンベント駅から続くMouzinho da Silveira通りとそれに平行するRua
das Flores通りはご覧のように工事中。6月にはポルトがはじけるサン・
ジュアン祭の中心区域だというのに、大丈夫なのかな・・・

Porto
リベイラ路地門の家。

porto
路地

いつの間にかこんな路地に新しいゲストハウスができていた。ここは老人ホ
ームがあった場所のような気がするが・・・
Porto

ゲストハウス「Homey」。興味のある方はこちら

porto
何度もカメラに収めているリベイラに立ち並ぶ古い家並みことCasario
(カザリウ)

porto
ドウロ川に架かる橋の中でも最も人気がある2重橋の鉄橋ドン・ルイス一
世橋。丁度黄色いメトロが上を渡っている。

というので、次回はドウロ川に架かる七つの橋を紹介してまいります。
記事が気に入っていただきましたら、ランキングクリックして下さると
嬉しいです。

では、本日はこれにて。
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2013年5月19日 

35年前の今日、わたしはポルトの地を踏んだのだった。
奇しくもこの春、一ヶ月の日本滞在を終えて帰ってきたのが丁度同じ時期で
不安と希望の入り混じった気持ちで、付き添い役で共にやってきた夫の日本
人友人であるドクターD氏とポルトの空港に降り立った日のことが思い出さ
れた。

yuko_1979-1.jpg
1979年5月18日成田空港発。ドクターD氏撮影。

当時ヨーロッパへの航路はアラスカのアンカレッジ空港経由になっており、
そこからパリへ。わたしとドクターD氏はパリでの8時間の待ち時間を利
用し、思い切って空港をチェックアウトし、数時間パリの街へ出た。

1979-3.jpg
パリの街角で

そうして到着したポルト空港はさびれた地方の体をして一瞬とまどったもの
だ。ポルトガル語が全く話せずにとうとう来た、この先のことは皆目分から
ない。その時の気持ちだった。頼れるのは夫だけ。今でこそ、車を運転して
あちらこちらで日本語を教え収入を得られる身分になったものの、当時は夫
なくしてはおいそれと出かけるのもままではなかった。 

今年の春は日本もそうだったが、ポルトガルも遅かったようだ。5月は初夏
と言われて来たのだがまだ肌寒くセーターが手放せない。しかし、わたしが
来た年の5月もそんな気候だったのが思い出された。セーターを持って来ず、
夫のを借りてしのいだものだ。下は夫の友人夫婦たちに囲まれて、Viana de
Castelo(ポルトから更に北部)での恒例の祭り会場で歓迎された時の写真だ
が、着ているのは夫のセーターだ。

yuko_1979_4.jpg

わたしの横が同行してきた若かりし頃のドクターD氏。この仲間の中には既
に鬼籍に入った人もいる。
ハネムーンはドクターD氏も一緒でどこへ行ってもわたし達二人は日本人カ
ップルだと見られて苦笑したものだ。

あんな事こんな事と異なる文化背景の衝突が6年間同居した夫の母や親族達
との間に多々あったが、今はそれも懐かしい。気がつけばポルトガル在住が
母国で暮らした年月をとっくに越えている。今回、帰路の機内であれ?と
母国とポ国の狭間に立つそんな自分を今回初めて感じた。

2013-5-20.jpg

空を見上げればこんな5月が確かにあったのだと、昔のポルトの春に再会
したような気分だ。春真っ最中とは言いがたい、なんだか寂しげば青い空
に白い雲。


時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時、
片岡に 露みちて、
あげひばり、名のりいで、
かたつむり、枝に這ひ、
神、空に しろしめす、
すべて世は 事もなし(ロバート・ブラウニング 上田敏訳)

God's in His heaven
All's right with the world

この世のことは全て神(クリスチャンでないわたしは「大いなるもの」と訳
したい)の摂理のもとにある、神のお導きのままに。希望はいずこにでも見
出せるものだ。とでも言っているのか。

chibi_2013_may.jpg

本日はみなさま、これにて。
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2013年5月17日

ふわ、なんだこりゃ! ポルト今朝の5時も過ぎ、雨が降って来たかと思い
きや、突然窓を打ち付ける雹に変わり、5月も半ばを過ぎだというのになん
という気候であろうか。ポルトガル本土で一番高いエストレーラ山脈地帯
では雪が降ったという。(エストレーラは星の意味。因みにポルトガルの
最高峰は大西洋にあるアソーレス諸島のピコ山である)気候がおかしいの
はここ一ヶ月間滞在した日本だけではなさそうだ。

そんなわけで、ごらんの通りジェットラグ(なんてカッコつけましたが、
なに、邦訳すれば「時差ぼけ」なんでありますw)夜明け前にゴソゴソ起き
出しては夫とネコに迷惑がられているのです。さて、青葉の候となり今更桜
もないだろうが、これを書かずばおれまいて。なにしろ我が故郷弘前春の
40年ぶりの桜であったゆえ。

今日は桜は咲いていなかったものの、夜ならばライトアップで少しはぼんや
りと咲いているように見えるやも知れぬと、寒いのにもめげず義弟の防寒コ
ートを身につけ、歩いた夜の弘前公園をご紹介します。

hirosaki
本丸の弘前城天守。

公園内には多くの古木銘木があるのだが、下はそのひとつ日本最古のソメイ
ヨシノだそうだ。推定樹齢120年といわれる。花をつけずとも立っている
だけで幽玄を感じる。

hirosaki

こんな寒い中、若者たちの観桜会^^;元気だね!
hirosaki


西壕。日中は貸しボートが行きかう。わたしも高校時代にデートで乗った
ことがある。

hirosaki

夜の西壕は水に浮かぶ花トンネルだがその壕に沿ったのがわたしが子供の頃
からすきだった、春には花、初夏には若葉のトンネルの道だ。小中学校が西
壕の近くだったのでわたしは時々一人でも歩いたものだ。開花中は下の画像
のように華やかな道になる。

hirosaki
写真はwikiからの借り物。

hirosaki

↑今回2013年、まだ咲かぬ花トンネルの道に立つわたし。下は今から
40年前の1973年。桜の季節に訪れた最後の年だ。大阪からの帰省時。
さくらは散り始め道は花びらで埋まっている。

hirosaki

更にこちらは↓1971年ユーコ24才、若葉の頃の帰省だ。

hirosaki

西壕付近の写真は思い出とわたしの歴史の一部を見せてくれる。

一言に40年と言うけれど、「知らず知らず歩いてきた細く長いこの道
振り返れば遥か彼方 ふるさとが見える 地図さえない それもまた人生
(川の流れのように)」と美空ひばりさんが歌っていたように、でこ
ぼこで曲がりくねった年月であったような気がする。

ポルトガルからこうして故郷を訪れることができる自分の幸運に心から感謝
したい。その思いで本日はブログを終えます。
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2013年5月17日

Porto
機内から望むポルトドウロ川にかかる橋

こんにちは!今日はポルトからです。
一ヶ月の滞在を終えて昨日無事我が家に到着しました。

今回は大阪にも行けず、会うことが叶わなかったみなさん、ごめんなさい!
次回の楽しみに持ち越しというのでご勘弁ください。

いつもですとポルト着は真夜中なのですが、この便を利用すると疲労が激し
く、今週土曜日からいつもどおりの活動が開始されるので、今回初めて帰路
に羽田国際空港を利用してみました。

午前1時出発の便で中継地であるフランクフルトでの通常6時間近い待ち時
間も2時間半です。乗り換えるのにも丁度良い時間でポルトには午前11時
頃に到着で体がすこぶる楽。羽田空港行きのリムジンバスも子供たちのアパ
ートがある駅から二つ向こうの駅前から出ており、とても便利で
した。

切符が多少高いとは言うものの、乗り換え地での長時間待ちは堪える年代に
なりました。背に腹はかえられぬ。滞在中、帰路でのハプニングは日を追っ
て書いてみたいと思いますが、我がアパートがある通りに入りますと、真っ
赤に咲いたおおぶりのゼラニウムとブーゲンビリアが我がベランダを彩り、
近所でも一際目立ってわたしの帰りを迎えてくれました。

flower

お掃除のベルミーラおばさん、草花もちゃんとみてくれたようです。ブーゲ
ンビリアはこの2、3年あまり花を咲かせてくれなかったもので思い切って
土を入れ替えてみたのがよかったのでしょう。まだ咲き始めですが、今年は
楽しませてもらえそうです。

flower

男所帯(夫と彼の兄)の一ヶ月の我が家、子供たちのアパートが毎回そうで
あるように、到着するなり大掃除にとりかからねばなるまいと腕を鳴らおっ
たのがその予測を裏切り、こぎれいになっていて台所も清潔、玄関を開けた
時の家の匂いもO.K。少し拍子抜け。

お掃除のベルミーラおばさんが、出かける前に、「ワンちゃんやネコの匂い、
それと男所帯の台所、ちょっと気をつけてね」とお願いしたところ「ドナ・
ユーコ、家の中のことだったらご心配なく。お任せあれ」と言っていたのが
その通り、今時、探しても見つからない信頼がおける人で、幸運なことです。

さて、本日は相も変らぬずっこけ親子ネタをご紹介。

いやぁ、参った参った。
紀貫之さまではありませんが、「娘もすなるくずし字といふものを、母もし
てみむとてするなり」でありまして、モイケル娘が生まれて初めて取り組む
1800年代に書かれた小説の原文読みの講義、いやはや崩し文字の漢字もさる
ことながら平仮名のややこしいこと。書物をただ眺める分には、美しいなぁ
で済ませるものの読むとなると、これは殆ど苦行であります。
二人して迷路に入り込んだ心地して、面白いもののその結果、いと恥ずかし
き(笑)

kuzushimoji1

以下、モイケル娘のブログにて記事にありますので、興味ある方はお立ち寄
りのほどを。大学から帰宅した講師からの正解を聞き、ガハハハと爆笑して
しまったくずし文字探りテイタラクでありました。

心は豚にひかるる大八車

江戸時代に「豚」っておったのかな?いや、ブタとはイノシシのことかも知
れんぞ・・・しかし、なんで「心」なのだ?と不可思議に思ったものの時間
切れ。えぇい、分からん、しないよりはましだというのが「ブタにひかるる」
と相成り(爆)

これからが恐いようで楽しみな~
本日はこれにて。
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テーマ:ポルトガル
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2013年5月6日 

lady_unicorn
ビルの谷間の泳ぐ鯉のぼり。日本橋は三越デパートの屋上にて。

日本滞在中は子ども達の世話に加えて(笑)ここでしかできないこと、例え
ば国内の新旧の友人に会う、一部食品の買出し、ポルトに持ち込めないもの
については、我ながらいじましいとの思いに苛まれながらもする「食い溜
め」等など忙しく動き回っているうちに逆帰国の荷造りとなる。

その中には大手の書店へ行って日本語資料や趣味本の買い集めも入るのだが、
今回はあまり思慮せずに籠に放り込んだ本代、重さもさることながら、今回
2度目の書籍代は4万近くになり一瞬ギョ!しかし、どれも欠くべからざる
本である、覚悟を決めて購入したがあまりの重さに持ちきれず、配達しても
らうことになった。ちなみに他は知らないが、大手町の丸善書店では1万円
以上の書籍購入の場合は無料配達をしてくれる。書籍は重いので買うはいい
がポルトへ持って帰るのにも四苦八苦するのである。

さて、ここでしかできないことのもうひとつに、展示会やコンサートへ出か
けることも入る。一ヶ月滞在とは言え、その期間に自分の興味ある催し物が
必ずしもあるとは限らないのだが、今回は格別である。
その催しのひとつがこれ!↓

lady_unicorn

東京は国立新美術館のThe Lady and the Unicorn(貴婦人と一角獣)。
日本に到着するなり、友人のIさんから「君が興味を持っているあれがまも
なく東京で見られるよ」と教えてもらい、その数日後、息子を伴って行って
きた。

16世紀頃に制作されたと言われる6枚の連作タペストリーはフラ
ンスのクリュニー中世美術館所蔵で、これまでに国外に貸し出さ
れたのはアメリカ、メトロポリタン美術館が一度だけで、今回の
日本公開は2度目とのこと。

下は帰りしなに撮った国立新美術館の画像だが、どうやら裏口
だったようだ。ははは。
lady_unicorn

美術館内部。
lady_unicorn

タペストリーの撮影は禁止で残念だったが、いつの日にかこの作品を見るた
めにパリまで出かけることになるかも知れないと思っていたので、今回直に
自分の目で見ることができたのは好運だった。

バッグからユニボールを取り出してメモを取っていたら係員に鉛筆を手渡さ
れ「メモはこれで」と注意されたので、訳を聞くと、ボールペンやユニボー
ルのインクが万が一タペストリーに飛ぶといけないので、とのこと。うっか
りしていたものである。

「貴婦人と一角獣」については当ブログで過去に何度かとりあげているので
興味のある方はクリックして下記の記事までどうぞ。

http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1019.html
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1023.html
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1238.html
 

ゴールデンウィークも今日で終わり、子供たちも再び通常の生活に戻るのだ
が、5時半起き、7時起きの日常がまた始まる。GW中とは言え、モイケル
娘は大学院のプレゼンテーションがあるとのことで、調べものをしたりの準
備で毎夜遅くまで向かっていることが多かった。近世文学という慣れない分
野に挑戦しているので無理からぬこと、なかなか苦労している様子だ。

息子は自分がコーディネートした音楽コンサート開催で大阪の会場まで出張、
先ほど多少疲れた顔で帰宅した。ゴールデンウィークは終わったが、わたし
の帰国ゴールデンマンス(Golden Month)もポルトガル帰国まで残すとこ
ろ一週間になった。

日本滞在中のブログは、環境上落ち着いて綴れないゆえ自分のメモ的なもの
になっていますが、ご勘弁を。
それでは、また!
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テーマ:帰国日記
ジャンル:海外情報
2013年5月1日 

帰国して早や2週間、やっと体調も本格的になり、歩く姿もスタスタと、
と言うほどでもないが、とにかく体調順調になったところで、滞在日
数の半分が悔しい事にもう過ぎてしまったのだ。

先週は26日午後、子ども達が住む千葉県から所沢の妹宅へ移動し、
その夜中3時に妹夫婦と我が故郷弘前へ向けて東北自動車道路を車
で走行、8時間後の翌日午前11時に到着した弘前は小雨だった(涙)

福島、岩手を通過しながら桜の咲き具合を車窓から見ていたのだが、
弘前の桜、或いはまだ?・・・との不安がよぎったのが見事に当たっ
てしまった。つまり、公園にある「あっと驚く3000本」の桜はま
だ蕾だったのである。気温が関東と7、8度の差があるのだからさも
ありなん。

桜祭りが行われている弘前公園の日陰になっている箇所には所々ズズ
黒くなった残雪も見られ、ありゃありゃありゃどん、こりゃぁ、わず
か3日の滞在中にはとても咲きそうにもないと、諦めたのであった。

hirosaki18-1.jpg
公園に入る門のひとつ、市役所前の追手門。

hirosaki
ご覧の通り、なかなか咲きそうにもない本丸を背景の桜の木々たち。

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写真からも分かるように、コートの下にはセーターを着こんで
冬用のスカーフを巻きつけた我がいでたち、とても4月下旬の
気候とは思えないような春であった。
しかし、寒空の下、公園では既に我らのように桜を見にやって
来たツーリストの姿も多く見られ、折角の40年ぶりの観桜会
だ、とにかく園内を1時間半ほどゆっくり歩いてみたので、少
しご案内をば。

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子どもの頃は怖くてとても入る勇気がなかった「お化け屋敷」
も健在だ。

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こちらは懐かしい金魚すくい。

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園内の出店。

下は健気にも今咲こうかとする一枝を見つけ。
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外堀に沿って設置されたぼんぼりが郷愁を誘う。
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次回は夜の公園を案内させていただきたい。

日本滞在中ゆえ、少し間が空くブログ更新ですが、みなさま、
ご辛抱のほど、よろしくお付き合いくださいませ。
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