2013年10月26日
 
人生は失敗があって当たり前。失敗のない人生こそが失敗だ。

先ごろ、こんな名言を見つけて目からうろこであった。
失敗しないように物事をすすめようとするのが普通わたしたちの考えると
ころです。若い頃ならいざ知らず、いい加減な年齢になるとなお更、失敗
して恥をかくことは避けたいところ。

「失敗があって当たり前」なんてすごいなぁと、その開き直り、いい加減に
も聞こえそうなポジティブな言葉がえらく気に入ってしまいました。まさに
今のぐじぐじしている自分を、背中からポン!と押してもらったような気が
する有りがたい言葉です。

言葉でああだこうだと説明するよりも、実物を目にしたら一目瞭然です。
わたしのコレクションですが、小規模な日本文化展でもしましょうか、と
某社の日本語コースでうっかり口を滑らしたら、やって欲しい、展示会だ
けでなくついでに知っている範囲内で結構、日本について話をしてくれない
か、と望まれました。

何度か近くの高校の英語の授業でボランティアとして日本について話した
ことがあるので、軽い気持ちで引き受けたところが蓋を開けてタラリと冷
汗が流れました。質疑応答も入れて2時間て!

いや、あの、その、日本語コースの生徒さんが主だった対象になるのでは
なかったのですか?・・・^^;
いや、全社で声をかけます。100人くらいも集まる可能性がありますから、
二日に分けましょう、って・・・じぇじぇ!(解説:NHK朝ドラ、あまちゃ
んで流行した岩手県方言。驚きを表す言葉らしい) 

で、パワーポイント使用で画像も出しましょう、(パワーポイント、使った
ことがない^^;、じぇじぇじぇ!)でもって、ポルトガル語で講演をって、
じぇじぇじぇじぇ!
おーい、どうするよ!と誰にとはなしに思わず助けを求め、じぇじぇじぇの
連続でありました。

それでこのところずっと日本語授業の合間を縫っては資料のテキスト作りを
していました。結局、合間を縫っていただけでは間に合わず、深夜1時2時ま
での作業でなんとかテキスト原稿を仕上げたところでした。

すると、突然あちらさん、「11月下旬の予定だったのを、上旬にスケジュ
ールを変更してもらいたい」との申し出。下旬だったらゆうに一ヶ月はあり、
その間、訳したポルトガル語を頭にぶちこみ、なんとか切り抜けられるかと
思っていたに、話が、ち、ちがう。

テキスト作成がほぼ終わった後の脱力感と突如の大幅な予定変更で、これじ
ゃぁ準備不足だとすっかり怖気づき、この数日ぐじぐじうじうじしていたと
ころに現われた「失敗なんて当たり前」なんであります。

はてな?この気分、どこぞで味わったことがあるぞ、と思いきや、思い出し
ました、3年前のJapan Week ポルトです。
あれも我が身の丈を遥かに上回った仕事ではありました。丁度あれも11月
でしたが、その顛末をまだブログに記していないのは、いまだに振り返るの
が恐ろしいくて^^; ク○度胸のみでやりぬけられた仕事だったのでありま
すれば^^;

おりしも、来月始めにはポルト初の日本語学習者のスピーチコンテストが開
催されます。我が塾からは初級レベル、上級レベルに一人ずつ参加するので
すが、初級レベルは15年ほど前に1年ほどとある日本語コースで教え、そ
の後ドイツへ引っ越した生徒さんです。この夏の初めにひょっこり姿を現し
再び日本語を勉強したいので教えてもらえないかとやってきました。

アルフレッドさん、齢80なり。ご本人は多少びびったのですが、「若い日
本語学習者に老人パワーを見せましょう」なんて言って出場を促しました。
そんな手前もあります。わたしも、初講演に初老人パワーを全開させて見よ
うではないか。

「人生は失敗があって当たり前」。この言葉を見つけ、やっと気を入れ直し、
うん、まだまだ失敗できる。遠慮なくできるぞ。この精神で行くと新たなこ
とにもっと挑戦できそうだ、と、小心なくせにお調子者、煽てあげられては
つい木にも登るブタになりそうなspacesisです。

kujaku  
毎土曜日に日本語教室で出かけるクリスタル宮殿公園内。孔雀の家族をみ
ました。カメラを向けているわたしを首を伸ばして見ている母孔雀。
「なによ?なにか用なの?」とでも言いたげに用心しています。

kujaku

子孔雀の頭のてっぺんにはいっちょ前の羽毛飾りをつけているのが妙に
可笑しかった。



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2013年10月20日 

「断捨離」と言う言葉を先ごろ我がモイケル娘の口から耳にした。
彼女は目下それを実行しているのだと言う。

三字熟語のこの字から「思い切って物を捨てることだろう」と想像していた
が検索してみると、「断捨離とは、断行、捨行、離行というヨガの行法であ
り、人生や日常生活に不必要なものを断ち、捨てることで物への執着から開
放され、人生に調和をもたらそうとする生き方」を言うのだそうだ。
なるほど、単なる整理整頓とは一線をひくということである。

2年ほど前からそろそろ我が家のガラクタの類を処分しようと思い始めて、
わたしは暇を見て整理しては人にあげたり捨てたりしているのだが、今年
初めに起こした小火(ぼや)で、我が家に半年ほど同居していた義兄も家が
やっと修繕できところで、そんなことを思ったのであろうか、近頃、義母の
家の屋根裏部屋の整理をし始めたようだ。(義兄は亡くなった義母の家に住
んでいる)

義母が生きていたころは義母に会いに、その義母が亡くなり今はすぐ近くの
義母の家にひとり住んでいる義兄の話し相手にと、毎晩食後そちらへ出かけ
るのが習慣の夫だが、先週の夜、中サイズのなにやら古びた箱とプラスティ
ック袋を手に提げて帰ってきた。
「兄貴がこんなのを屋根裏部屋で見つけたよ。」と言う。

箱を開けてわたしは思わず「うわ~!」と声をあげずにはいられなかった。
目の前に姿を現したのは我が東京息子の赤ん坊時代から幼児期にかけての
玩具であった。
toys

toys

懐かしさに、授業準備をしていた手も止めて、ひとつひとつ箱から取り出
し、手に持っては眺めたわたしだ。特に記憶に残っているのはケロヨン人
形と風呂場の水槽に浮かべては、息子を風呂に入れた黄色いアヒルのゴム
人形だ。息子のお気に入りだったようで、キャッキャ喜んでは風呂に入っ
ていた33年前の息子が思い出された。

こんなものを屋根裏部屋に保存していたことすらとっくの昔に忘れてしま
っていた。目の前で突然にタイムカプセルが開けられたような思いだ。
この中のひとつでも息子の記憶に残っているものがあるだろうか。

モイケル娘が生まれるまでの6年間をわたしたちは夫の母の家に同居して
いたのだが、嫁姑事情はポルトガルと言えども同じ。周囲に愚痴こそもら
さなかったが、こ6年間はわたしなりに大変だったものだ。
息子の誕生はそんなわたしと義母や当時同居していた夫のおばたちとの潤
滑油になっていたと思う。

不意に現われた息子の赤ん坊時代の玩具を目の前にして懐かしさと同時に
「帰ろかな、帰るのよそうかな」と日々悶々としていた若かりし自分の姿
が思い出されもした。

だが、振り返って見れば、同居の6年間こそ実にわたしがポルトガル人の
生活と言うのに直にふれた期間であった。たまの行き来だけでは分からな
いことが大いにあるのだ。

あれらの経験も今になってみれば全てよし。思い立ったら一目散のイノシ
シの性格そのものだった自分に「辛抱」ということを知らしめてくれた貴
重な時期であったと思える。

断捨離も家の中がすっきりしていいけれど、すっかり忘れていた思い出が
古い物を通してこんな風に蘇るときを持つのもいいかも知れないなぁ。

開けたおもちゃの箱はあたかも竜宮から帰った浦島太郎の玉手箱のごとし。
太郎が開けた玉手箱に見たのは、遥かな昔にまつわるこんなものだったの
かも知れない。

「たちまち、太郎はおじいさん」と、ふとそんな歌が耳をかすったような気
がしたが、うげ、なんの!とそれを振り払った。時の流れはそれなりに認め
るが、まだまだこれからよ!と、テキスト作りや影絵作成でpcに向かう日
曜の朝である。

toys
義母の屋根裏部屋からこんなのも出てきた。1980年とある。この数年後
に、わたしは、朝日系に愛想を尽かして以後、手に取らなくなった。
無論、アサヒビアハウスは別である。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2013年10月14日
  
土曜日は二箇所で日本語授業を持っているのだが、若い人たち6人グループ
が、IberAnime(イベラニメ)の切符を買っているし朝から行きたい。先生、
休講にしてもらえないか、と言う。

IberAnimeと言うのは、ここ3、4年ほど前から始まったコスプレ、アニメ、
マンガを中心にした年に1度の祭典で、イベリア半島最大の新しい若者の日
本文化ファンのためのイベントです。

名前は耳にしていたものの、わたしは大して興味なく今日まできたのですが
今回は後学のために一度見ておこうと思い土曜日の午後に出かけて来ました。
今回は画像が多いのでサムネイルでアップしますが、画像をクリックすると
拡大します。

Iberanime Iberanime

ポルトの隣町、ゴンドマールの大きなマルチスタジオです。場内は若い人た
ちの熱気でムンムン。
会場は様々なブースが所狭しと設置されまるで迷路のごとし。

Iberanime Iberanime 

Iberanime Iberanime
折り紙、それに浴衣の着付けコーナーも。  

Iberanime Iberanime
カラオケコーナーとメイドカフェを使ってのポルトガル人による日本語コー
ナーもあったのにはびっくり!なんと、説明しているのはわたしの元生徒
でした。いやはやおどろき桃の木さんしょの木!大丈夫なのか・・・@@
              
カラオケコーナーはアニメソングでした^^
「♪ど~ら~えもん」じゃなくて、「♪どらえ~もん」なんだがなぁ^^;
 
Iberanime Iberanime
懐かしや、ドラゴンボールの主人公たちと任天堂コーナー

以下は、許可を得て撮影してきたコスプレ写真の一部を。

Iberanime Iberanime Iberanime
いやはや知らないアニメヒーローのコスプレばかり。

Iberanime Iberanime iberanime
乙姫様は気に入った^^        これは知ってる!20世紀少年だ。
    
iberanime kiji.jpg
  この女性は当日のコスプレコンテストで入賞した
と翌日の新聞で取り上げられていました。

別室の会場はコンサートが催される予定。
iberanime
GAIJIN SENTAIだそうです。バンド名・・・

若者達の熱気にあてられてかはたまた人ごみと会場の騒音のためか、途中
から頭痛がしてき、そうそうに引き上げてきたわたしたちでありました。
こういう新しい日本文化は、伝統文化と違い、取り組みやすくて自ら手が
けることができるのとパーティー性があるのとで、若い人に受けるのでし
ょうか。

ポルトガルでも回を重ねるごとに入場者数が大幅に増えて盛況だそうです。
わたしも来年くらい、着物コスプレでしら~っと参加してみようか知らん、
なんて口にして夫をギョッとさせた土曜日の午後ではありました。

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本日も拙ブログにお越しくださりありがとうございました。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2013年10月11日 

ウイークデイに街を散策する時間が、俄然なくなった。

理由はと言うと、依頼されてボランティア活動を入れ過ぎたのであります
しかし、4件の活動のうち2件は自らが好むところの「影絵」です。
新作案はできているものの切り絵作成に時間を割くことができず、今年は
既成の2作品、「キョーリュー年代記」と「かぐや姫」を上映することで、
切り抜けます。

こうなると散策は土曜日の日本語授業の後にすることになり、週末明けは
また仕事の態勢に入るので近頃はどうしてもブログ更新が滞りがちですが、
それももう少ししたら落ち着き、またせっせと更新できると思います。

さて、今日は、夫を誘い、先週土曜日に橋を渡ってガイア市に入り、ドウロ
河岸から上にのぼりCanidelo 地区で探してた小宮殿の紹介です。

casa_marquesgomes2.jpg

ドウロ河口対岸にこんな小宮殿(ポルトガル語でPalacete=パラセッテ)
があるとは気づきませんでした。それもそのはず、写真でわかるように隣
町ガイア市のこの一帯は現在新住宅地として開発中だとのことが調べてわ
かりましたが、元はうっそうと木々が生えた森(Quinta=キンタ)だった
のです。

キンタが丸裸にされてキンタの小高い丘に忽然と姿を現した遠目にも美し
い小宮殿です。その姿に惹かれ訪ねてみたのですが、残念ながら工事現場
ゆえ、入るあたわず。

casamarquesgomes
美しいアールヌーヴォー調の表玄関です。

casamarquesgomes

おまけに高い外塀に囲まれた宮殿は全容撮影は不可能でした。  
casamarquesgomes

立ち入り禁止とありますが、囲いの外から手持ちのデジカメでズームアップ
最高でやっと撮影したのが下の画像です。
casamarqeusgomes

荒れ果てて屋根瓦は落ち、ここも残念なことにポルトガル独特の悪習慣で
ある落書きが見えます。19世紀終わりに、マヌエル・マルケス・ゴメス
が邸宅として建てたとあります。

この人はこの区域の貧しい漁師の家に生まれましたが、幸運なことに親切な
人から教育を受ける機会を得て、18才でブラジルへ渡りました。ブラジル
では輸入業に携わり、事業を広げ、生誕地に帰った後は、地域起こしに力を
注ぎ多くの施設を作り、区域では名士だったとのこと。

1930年代の彼の没後、よく聞く話ですが、3人の子供達との間で遺産相
続争いがあったのと、1974年4月25日のポルトガル無血クーデター時に、
一般人に略奪されたのとで、ゴメス氏の美しい邸宅は荒れ果てるがままに
今日まで放置されてきたのでしょう。

付け加えておけば、74年4月25日は別名、カーネーション革命と呼ばれ、
1933年以来続いたアントニオ・サラザールの独裁政治を打ち破るべく発
生した軍事クーデターが起こった日です。

ポルトガルでは 「ヴィンテ・スィンコ・デ・アブリル=25 de Abril」
として知られます。この時期には多くのブルジョア邸宅が一部の一般人に略
奪されたと聞きます。以前拙ブログで紹介したことがあるポルトの海岸沿い
にある邸
もそのひとつで、そこは、とある靴屋が略奪、住み込んだとのこと。抗
議を受けた後、家具類等を持ち出したと言われます。
要は泥棒と変わらないではないか。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1067.html

このような話は外国での歴史上よく耳にすることですが、煽動された民衆
の無教養な狂気の一端を見る気がします。

話を戻して、現在の邸の所有者は不明ですが、土地は銀行系の不動産会社
の所有地となり、現在開拓が進められているこのキンタに建つことになる
のはおよそ1100個住宅だそうです。
canidel
赤丸が小宮殿の建つ場所。

わたしはこの館の往時の姿を見たくてネット検索しましたが、なかなかヒッ
トせず、やっと出てきたのは絵です。
palacete_maruquesgomes2.jpg

この屋敷が、これまでわたしが取り上げてきた崩壊寸前だったフレイシュ
宮殿、プレラーダ小宮殿のように、修繕され再びその美しい姿を見ること
ができる日が来るのを、願ってやみません。

フレイシュ宮殿はこちら。
プレラーダ小宮殿はこちら。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2013年10月6日 

9月に入ってすぐ、昨年度お世話になったポルトガル語のディアス(Dias)
先生にお願いして再びご指導いただくことになった。

ディアス先生にはかつてわが子たちも中学高校の6年間、週に一度ずつご
自宅に通いポルトガル語の勉強を見ていただいた。当時は高校でポルトガ
ル語を教えてらしたのだが、評判のよい先生でご自宅に通う生徒数が多か
った。

外国人(わたしのことである)にポルトガル語を教えたことはないのだが
と、おっしゃる先生に頼み込み、先生が丁度定年を迎えられたこともあっ
てかみていただくことになった。

わたしはあまりいい生徒ではない。普段は自宅や外で日本語を教えるゆえ
準備の時間も要り、ポルトガル語学習は授業の当日、1時間ほど予習して
行くのが目下のところ関の山だ。復習はできてないのである。それでも我
が日本語生徒達にもよく言うことだが、「継続は力なり」、続けることは
とても大切だと信じて今年度も通い続けることにした。

夏休み前に先生と読み終えた本が、ブラジル人作家パウロ・コエリュの
「O Alquimista(錬金術師)」だ。シンプルな文体で書かれているこの本
は一見子供向けだと思われがちだが、とんでもない。「O Alquimista」
古代思想を通して現代人が学び得る人生の知恵がたくさん散りばめられ
ており、神学を学んだディアス先生をして、うならせた本である。
alquimista.jpg

この本はもう一度読み返してみるつもりをしており、本についてはその後で
拙ブログで取り上げてみたいと思っている。

さて、今先生と読んでいるのが下の本だ。
portugal_book1.jpg

現在では消えてしまったポルトの古い通りとその歴史について書かれた本
だが、これを地図と照らし合わせて先生と読んでいる。そして、読後、時
間ができたときを見てはその場所を訪れ、書かれた内容をこの目で確認し
てみるのが、わたしの楽しみである。

ポルトについて書く著名人は二人いる。ひとりはHeldel Pacheco(エルデル
・パシェコ)氏、もう一人がこの本の著者Germano Silva氏だ。Pacheco氏
に電話突撃する羽目になったいきさつの過去ブログが下記にありますので、
興味のある方はどぞ。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-338.html
(初めての電突)
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-526.html
(ポルト・1910年)

さて、今回訪れてきたのは2週間前に勉強した区域、ポルトのフニクラー
ルと呼ばれる街なかのロープウエイがある近辺である。ホームページから
の移行も兼ねて本日はそれをご案内したい。

funicular_mapa.jpg

♪「あか~い火を噴くあの山へ 行こう行こう
  ここは地獄の釜の中 登ろう登ろう
  ヤンマーヤンマー火の山へ
  フニクリフニクラ フニクリフニクラ~」
ポルト_フニクラ

ご存知(かな?)、カンツォーネ「フニクリフニクラ」です。我が20代後半に
渡米資金稼ぎで大阪アサヒ・ビアハウスでの歌姫時代に我が先輩で、歳が
一回り以上も離れているが友人でもある宝木嬢が、ステージでこれを歌うと
「ヤンマーヤンマー 火の山へ~」の箇所では、来場客のコーラスも入りビ
アハウス内は大いに沸いたものです。

「ヤンマーヤンマー」は「andiamo ya~」と、イタリアはナポリ地方の言葉で
「行こう」でしょうか。Andarがポルトガル語で「歩く、行く」の意味から推
察。これをイタリア語式に発音すると「ヤンマーヤンマー」に聞こえるらしい。
実際に自分で発音してみるとそう聞こえないこともない。

話が逸れましたが、さて、上の写真はポルト、ドウロ川沿いのリベイラから
ダウンタウンのバターリャ広場(Praçada Batalha)を短距離で結ぶロー
プウェイです。

「フニクラ」はポルトガル語で「funicular」と書き、元来は登山鉄道、ケーブ
ル鉄道、ロープウェイの意味。1891年に造られたポルトのフニクラールは
一世紀以上を経て再建され、現在では地元の人間よりもツーリストに人気
があります。
写真左に見えるのは伝説のフェルナンディーナ城壁(Muralha Fernandina)
の一部。これは長年わたしの課題になっているのですが、今だ手をつけられ
ず。フニクラールはこのフェルナンディーナ城壁の真横を登っていきます。
拡大してみましょう。

ポルト_フニクラ

見るからに不安で、わたしは長い間このフニクラールに乗らずに今日まで
来たのでした。写真の急勾配、見てください・・・これ、45度はありそ
うですぞ^^;

遊園地の観覧車やジェットコースターもそうですが、少し高所恐怖症気味
なわたしはこういうのに用心深く、こんな急勾配でなにかあったら「一巻
の終わりだ」と取り越し苦労が先に立ち、ずっとだめだったのでした。
よし、乗ってみるのだ!と覚悟を決めてこの日は乗って来ました。

funicular
ルイス一世橋(Ponte Luis Primeiro/ Ponte Luiz Primeiro)を背景に。

funicular
 
う~ん、やはり怖気づく。
1891年に造られたフニクラールは、元々は荷物、特にポルトワイン
を運ぶのに利用されました。しかし、2年後の事故で閉鎖。リモデル
され再び開通したのは、2004年2月のことです。

ポルト_フニクラ
無事登りきったバターリャ広場駅のホーム。

フニクラールはリベイラーバターリャ広場間の一駅のみ。所要時間は3分
足らず。メトロの切符アンダンテ(andante)の利用で1時間以内であれ
ば切符をスキャンに通すのみで改めて料金を払うことなくそのまま乗れる。

*注意:切符は1時間以内は乗り降りが自由。但し、スキャンするのを忘れ
ないように。時々検査官が回ってくるので見つかるとかなりの罰金が課せ
られますのでご注意を。


インフォメーション:
Funicular dos Guindais
ドン・ルイス一世橋の側から上り、ダウンタウ
ンのバターリャ広場からは下り)
営業時間: 11月~4月:毎日8時~20時
        5月~10月 日~水 8時~22時 木~土 8時~24時
        8月:毎日8時~24時
 
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2013年10月2日 

先だって夫がこれまでのプロバイダを変更して別プロバイダと契約した。
それが9月22日付け拙記事で取り上げた、日本人を少し小ばかにしたよ
うな宣伝の「ZON」だと後で知ってちょっと「フン!」なのである。

が、このプロバイダ、国際通話が土日は24時間、週日は9時から21時
まで無料だというのだ。よし!早速子供達にと思ったところ、彼らは携帯
電話であった。なぁんだ、つまんない。一番声を聞きたい人のとこはダメ
なのだとちょっとがっかりした。

それで所沢の妹、大阪の親友みちべぇや弘前の高校時代の同級生など固定
電話を持っている友人達に週日なのに電話をかけ回し驚かせては時間を気に
せず思う存話せたことをひとり喜んでいた。

夫が帰宅して、今日はあちこちに日本に電話して久しぶりに日本語を話した
よ、と言うと、夫、「君、まさかあっちの電話を使ったんじゃないよね?」
と聞いてくる。

あっちの電話とは入り口ホールに備え付けてある電話だ。もうひとつのは
わたしがいつも使用しているリビングのデスクトップのすぐ側に備え付けて
ある。それは国内フリー電話で以前から夫はしょっちゅう使っているがわた
しは時々電話で日本語関係の連絡を取りあうOちゃんとは夜が常で、夫がい
るのやテレビの音が気になるのやらでリビングの電話を使うのは好きではな
い。無料国際電話というのはリビングの電話からであった。

なんのことはない、うっかり早とちりして有料電話からかけていた自分に
げ!「いやぁ、ポルトガルのサービスにしてはここまで来たか、ちょっと
変だなぁとの思いは頭をよぎったんだよね、テヘ^^」と、のたまうわたし
に、「き、気をつけてね、次回からは」とこれで済んだが、電話代の請求書
が来た時に一言二言もう一度まいりそうだ^^;

さて、日本に住む子供達とはスカイプを通じて文字チャットや通話ができる
し、ウェブカメラがあれば彼らの様子もおおまか分かり、振り返ればこれま
で大いに役立たせてもらって来たスカイプである。

我がモイケル娘が大学受験を目指して日本へ行ったとき、めでたく合格して
学生生活、アパートで一人暮らしを始めたとき、突如進路を変更してW大学
から下関の大学へ行ってしまったとき、ギリギリ滑り込みで就活、なんとか
就職先を見つけ、ポルトガルを後にして日本へ向かった兄貴と二人で共同生
活を始めた時などなど、その都度、ウェブカメラを通して二人の生活を少し
垣間見ることができ、時には夫も加わって親子四人でチャットのやり取り
したりで、夫もわたしもどんなにか安心感を持ったことだろうか。

「行ってきま~す」「ほい、今日も元気で!」、夕方には「ただいま~」
「つかれたー」に「お疲れさん!」「今から出張日本語だよん」「いって
ら~」と、実際に側にいないが、スカイプでのやりとりは存在感大である。

夫とわたしの間でも子供達のことが話題に上らない日はまずない。真に便利
な世の中になったもので、ハイテクにはこの点で大いに感謝する。我ら親子
のこうした関係はちょいと口の悪い友人からすると、
「あんたら親子、べったりしすぎや」らしい(笑)

それが、である。近頃は少し様子が変わってきた。

仕事を辞めて1年、それを準備期間にして大学院入学を果たしたモイケル娘、
某医大の英語非常勤講師と都内の語学学校掛け持ちの仕事に加えて、好き
な音楽活動もそれなりに少しずつ軌道に乗ってきたらしい我が東京息子。
二人とも自分の歩みを中心にした生活が始まったようだ。

以前のように、しょっちゅうの会話はしなくなったこの頃、「ただいま」の
夫の帰宅後、第一声は「今日、子供達と話した?」とか「今日は東京息子と
話したよ」に変わった。つまり、そんなことを言及しなくとも子供達と会話
しているのがこれまで当たり前の毎日だったのだ。

してみれば、モイケル娘も日本在住早や9年、東京息子4年半、35年も
のんびりとポルトガル生活をしてきたおっかさんと対象的に、生き馬の目
を抜くような東京生活をそれなりにしてきた子供達だ。年相応にそれぞれ
少しは逞しくなり、まだ漠然とはしているだろうが、先のことも視野に入
れられるようになってきたのではないか。
これを「親離れ」と言わずしてなんと言おう。

これでいい。これからは、いざと言うときに出るのが親の役目だ。

息子よ、自分の好きなことを燃焼できたらいいね。
娘よ、学問に、バイトに励めよ。
つまづきのない、苦労のない人生は案外つまらないものなのだよ。

今日は子供達へのメッセージでした。

covadonga
Once upon a time.スペイン、アストーリアスにて。
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テーマ:海外で育児
ジャンル:育児
2013年10月1日 

neko.jpg
路上のネコ。ポルトガルは一歩路地に入ると必ずネコを見る。

昨夜やっと出版社に原稿を送付し終えました。
ポルトガル、ポルトの紹介原稿執筆を打診されたときはびびって返答をしぶ
っていた当初、親切な編集者の方に勇気付けられ煽てられ^^;アドバイス
を受けながら始めたこの仕事も気がつけば丸六年が過ぎていました。それな
のにわずか600字の原稿を書くときは今でも毎回もがき苦しむ思いです。
いや、ほんとうに・・・

テーマを提出し、それに基づいて取材に出かけ素人丸出しのデジカメ撮影を
し、その後は一箇所の情報だけでは不安です。間違いのないように誤解がな
いようにと己が書くことを本やネットで確認しながら調べる作業に入ります。

ぶっちゃけると、一度などは自分の思い込みでちょっと違った原稿がそのま
ま出版、うわー!と思えど後の祭り。大したことでなかったとは言え自分の
粗忽さが悔やまれ、読者に申し訳ないと一週間ほどはうな垂れておりました。
自分の文章が活字のなることの怖さを味わったものです。

ポルトガル語の勉強になると思い、それも原稿依頼を思い切って引き受けた
理由の一つなのですが、これがわたしの場合、時間がかかるしきりです。
なにしろ調べ始めると興味をひかれることが多々あり、あちこちへとネット
サーフィンに至りいつの間にか本題を忘れてはっと気づくこと度々です。

原稿は固すぎてもダメ、かと言ってブログでのように砕けすぎもダメ、自分
の主観を入れるのも控える文体と要望されるので、素人のわたしは時に書き
直しなどもあったりします。トホホホホ。

原稿依頼を引き受けた6年前と違い、日本語授業も増えた今、いつの間にか
そのライティングが後回しになり、近頃は締め切りギリギリになることも
多くなりました。

また、11月12月にはポルトと隣町のガイア市でOちゃんとボランティア
活動の影絵上映をすることになっており、ただ今、過去の影絵を引っ張り
出して修整中。夏休み中に新作品の切り絵に取り掛かりたかったのですが、
水道管工事等で断念、作品とBGMを決めただけで来年に持ち越しです。

今回は「キョーリュー年代記」と「かぐや姫」の2作品を上演しますがポル
トガル語と日本語学習者向けに日本語のナレーターも目下思案中なのです。
ちょっと欲張り過ぎかな

こんな風にバタバタしているうちに拙ブログ、なんと一週間も開けてしまい
ました^^
そんな中で、夫に呆れられながら毎夜10時頃に欠かさずわたしがしている
のが、ご近所のジョアキンおじさんの畑に居候するノラ猫たちへのエサ運び
です。

kururu-2013.jpg
これは我が家のクルル君。12歳。

夏の初めにはあれよあれよと言う間に子猫の数が大猫を上回り、数えてみる
と子猫だけでなんと11匹!ンもう!バンバカバンバカ産むんだから!と
毒づいて見るもののネコにしてみたら内ネコじゃあるまいし、「誰に遠慮が
いるものか~」です。

うっ!これはちょっと・・・と、この時はさすが不安が頭を横切りました。
「畑のネコのエサ代、うちの5匹ネコのを上回ってるんではないか?」と以
前夫に問われて、「そんなもん、とっくの昔の現実であります」とは、よう
言わん。返答を適当に濁しておいたのですが、いやいや、これだけの数にな
るとなんともはや・・・

毎夜10時頃のエサ運びには事情があります。
こちらの食事が終わってからの夜のエサ運びはかったるい。では明るいうち
にと初夏には実行したのですが、わたしの呼び声を覚えたのがネコだけに
あらず。

これがなんとまぁ、ジョアキンおじさんが畑で飼育している雄鶏雌鳥までも
が「クワ~ックワックワックワ!」とだだっ広い畑の方々から駆け寄って来
るんです。

でもって、雄鶏が更なる雌鳥を呼ぶのであります。「コケコッコー!」
おい!コケコッコーは朝じゃないのか!と文句言ったところで始まらない。
畑の地面に落っこってるボウッキレを拾い上げて、追い払おうとすると、
ぬぬ!雄鶏め、首をまっすぐ伸ばして赤いトサカをこれ見よがし見せびらか
し、戦闘モードに入るではないか。
あのくちばしで突っつかれると思うと怖いですぞ。現に2度ほど、脚をやら
れ、軽い痛みが翌日まで残ったものです^^;

なんぼ人がいいからって、ジョアキンおじさんとこの食卓に乗るニワトリの
エサやりまではしたくない・・・
鳥目と言ってニワトリは薄暗くなると見えないもので小屋に入りますから、
結局また夜のエサ運びと相成ったのであります。

ところがここで思いもかけぬ客がある夜出現。
我が呼び声を聞きつけてゾロゾロ姿を現してきた猫たちに混じって、おろ?
な、なんだ?畑の隅からモコモコとやってきたのが、うわ!どでかい真っ黒
ネズミ!背中がこんもり盛り上がっていて大分の肥満。

ネコ達は一向に気にしない様子で同じ皿から共にエサを食べるではないか。
どうなってんだ、ジョアキンおじさんとこの畑・・・
20センチくらいもあるのです、そのネズミ。いやだなぁ、と思いながら
2度目に見かけた時のこと。モコモコやってきたそやつとわたし、目が合
った!まん丸で真っ黒い目だ。
思わず、「あんたは後でよ!残ったら!」と言うと、あらま、クルリと向き
を変えもと来た道をスゴスゴ引き返したのには驚いた。

で、その時思ったのが、あれはネズミではないんじゃないか?
早速ネットで検索したのがまず、野鼠、そしてモグラ。
いや、これじゃない、違う。ひょっとしてハリネズミ?と言うので、次回の
顔合わせ時、そやつに顔を近づけてじっと見るとまず尻尾がねずみのそれで
はない。

毛も針ばっているみたいだ。そ~っと右手をのばして触ってみる。
あ、痛い!これはこれは、ハリネズミさん。
モグラもハリネズミも実物をこの目でみたことはありません。
いやはや、初めまして。

その太り具合と言うか毛針具合と言うか、それが一瞬わたしの愛読書の一冊
Sharlotte´s Web(シャーロットの贈り物)に登場する見た目がこ憎った
らしい食いしん坊のネズミのテンプレトンを思い出させるので、名づけて
「テンプレトン」。
templeton

そんなわけで、現在は9匹になったネコとハリネズミのテンプレトンのエサ
運び、少し時間を置いて後片付けに行くのが日課です。「よくやるよ」と夫
に褒められました(汗)

下「シャーロットの贈り物」過去記事です。よろしかったらどぞ。
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