2013年11月28日 

ポルトガルへ帰る前日の土曜日、夫が国際会議から抜け出す時間ができた
午前中、「セーチェニ温泉(zechenyi)を見たいと頑固に頑張る。わたしは
街を見るほうが好みなので、遠いんじゃないの?乗り換えなきゃいけないみ
たいだし時間がかかりそうでありますよ。

腹の中では「わずかの時間しかないのに、なんで温泉やねん!が本心であ
った しかし後でブダペストの温泉は独特なことで有名な
のを知り、後悔したのである)」と言ってみたのだが、ダメだった。
負けた^^;行く事にしぶしぶ同意。

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メトロに乗らないと、というので、下の写真、自由橋↑を渡りブダからペス
ト区域に入りメトロ駅を探しながら街を歩きました。

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橋を渡って間もなく目に入った素敵な建物、なにやら玄関に日の丸が見える。
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むむ、日本語ではござらぬか。ひょっとしたら日本食が手に入るかも!と
一目散。外国で母国語や行事等を目にするのは本当に嬉しいものです。

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中は大きなマーケットでありました。土曜日のことで大勢の人がやって来
ていました。どれどれ日本食日本食とキョロキョロ探してみれど見当たらず。
市場の中央通りにこんな着ものの着付けコーナーが設けられてハンガリーの
女性でしょうか、説明をしておりました。わたしもポルトでボランティアに
て、できる範囲内で日本文化の紹介をしていますので、思わず頑張ってくだ
さいよ、と声をかけたい思いでした^^
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結局日本食は見つからず、市場内をもっとゆっくり歩きたかったのですが、
何しろ夫の目的地へ向かっている途中です、写真もあまり撮影できません
でした。
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くだものやさんとハム、ソーセージ類のお店↓。どことなくポルトガル
と似ています。自分へのおみやげは写真の左側に見えるサラミであ
りました。胡椒が入っていなかったのでわたしは気に入りました。
mercado6.jpg
 
古いが美しい建物がたくさん見られました。

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street7.jpg

途中の美術館でロバート・キャパの写真展があり、そう言ってみればキャパ
はユダヤ系ハンガリー人だったと思い出し時間が許されるものなら是非入っ
て観たかった。

キャパは1930年代50年代初期にかけて活躍し、北ベトナムで地雷に抵触
し落命したフォトジャーナリストですが、わたしは文芸春秋の連載、沢木耕
太郎氏の「キャパの世界、世界のキャパ」のファンなのです。

先ごろ氏が書いて司馬遼太郎賞を受賞した「キャパの十字架」(キャパの戦
争写真の中でも最も有名な「崩れ落ちる兵士(スペイン内戦時代の写真)」
の謎を追跡したノンフィクション)を面白く読んだところでした。

「あら、キャパの写真展があるわ」と言ってみたところが、夫、「なんだ?
キャパって?」というので、こりゃ話を持ちだせんわと即、諦めたのでした。

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街角の焼き栗やさん。ポルトガルとは違って小さなかまどを使ってます。

で、この辺りがメトロ駅でしたが、なんと!この先一ヶ月間、土日はメトロ
が動かないんだそうで、が~~ん、とは夫でありました。
わたしも、後で後悔することしきり。

夫が行ってみたかったのはここであります。セーチェニ温泉(Széchenyi)。
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wikiより拝借。

そして、後の祭りではありましたが、橋のあたりにもこんな温泉があった
のでした^^;ゲッレールト温泉だそうです↓
GellertU-1.jpg
wikiより

これはしまった!見逃したのは残念ではあった。

実は夫め、密かにスイミングトランクスを旅行カバンの中に忍び込ませて
いたのではありました(笑)元来がカナヅチのわたし、それに温泉プール
に入る入らない以前の問題がありまする。なになのよって?・・・・・・

もう水着をつけられるスタイルではありませんってば!

というので、本日はこれにておしまい。

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2013年11月27日
 
前回、載せたブダ王宮の丘にある町で見かけた素敵な店ですが、ここはハン
ガリー刺繍専門店でした。
入ったときは私達だけでしたが、間もなく日本人の方が一人案内されて入っ
てきましので、恐らくここはよく知られた店なのでしょう。眺めながら、
これは機械製だろうか、手製だろうかと夫と話していたら、店の人が、全て
手作りですと言葉をかけてきました。お土産に数枚買いましたが、これは
「カロチャ刺繍」と呼ばれるとのこと。

rendas.jpg


カロチャとはブダペストから少し離れた古い町で、この周辺から出た刺繍で、
民族衣装などにもほどこされるそうです。写真の一番小さい白のドイリーで
10ユーロほど(\1350くらい)でした。

午前中を王宮の丘で過ごし、再びフニクラールで下に下りてチェーンブリッジ
の近くの通り、少し薄暗い感じの昼食に入ったカフェバーがちょっと面白いと
ころでした。「Lanchid Sorozo」(ハンガリー語で意味不明)。
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見ての通りレトロなバーで店内の写真もそうですが、店内で流れるBGMも
1960年代あたりのロック、ジャズで、夜にでも来たらもっとよかったか
と思われ。
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座った席の窓際。

我らのように昼からビールで乾杯しているカップルがおりw天井からは
アコーディオンなどがぶら下がっています。
lanchidsorozo2.jpg

ヘップバーンとペックの「ローマの休日」のポスターや古いパリの写真等が
掛けてあり、店の人も親切。夜は常連で賑わいそうなカフェバーでした。
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ハンガリー生ビールで乾杯!
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では、みなさま、もう少しブダペストが続きます。

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2013年11月25日 

本日の案内はPt.1にて夜景で紹介したブダの丘陵、お城の区域です。

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ライトアップされたお城の区域

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歴代の王の住居で、ヨーロッパ随一の名門王家、ハプスブルグ家の支
配下にも置かれたブダ宮殿の門。

下は宮殿ドームを後ろにするサボイ王子像。
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現在王宮には国立美術館、軍事歴史博物館などが置かれている。

丁度衛兵の交代式を見ることができました。
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14世紀後半に建造されたゴチック様式のマーチューシャ教会こと聖母
マリア教会。屋根瓦が独特で完成時には大論争を招いたとのこと。
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すぐ側にある漁夫の砦。ネオゴチックとネオロマネスクの7つの塔がある
テラス。名前の由来はこのあたりに魚市場があったというのやドナウ川の
漁師がこの塔を守っていたというのがあり、明白ではないらしい。
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同じく塔の前で。
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塔から見たペストの町並み↓この日も曇りでありゃんした。
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王宮の丘の町を少し歩いてみました。
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公共機関の建物らしい。屋根は教会と同じものです。

歩きながら見かけたこのお店、ちょっと素敵なので中に入ってみました。
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次回はそれを。

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2013年11月24日

例年だと12月に入ってもストーブをつけることがないのですが、ここ数日
は寒く、ネコたちもまつわりついて、暖房を入れろとせっついて来、ついに
4日ほど前から使い始めました。今年の冬は厳しい寒さが予想されます。

さて、ブダペスト旅行Pt.2です。
budapest_map2.jpg

wiki画像を拝借して今回訪れたスポットを書き入れてみました。

地図を見ると分かりますが、滞在先が街の中心から少し離れているので日に
2度、ホテル近くの駅から終点まで電車で、そこから路面電車に乗り換えて
ダウンタウンへ出ました。

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宿泊先のロビー               

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頻繁に利用したホテルすぐ側の駅。一度だけ車掌が廻って来て身分という
か年齢を確認されました。

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名前が読めないのであります^^; 「ter」は駅の意味でしょうか。

こちらは終着駅↓
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15分おきくらいに発着。かなり古い車両で乗客の様相、装い、表情もどこ
かしらに20年前までの共産圏の雰囲気がわたしには感じ取られ、電車内の
写真撮影はさすが気後れしてできませんでした。

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乗り換え駅から「Chain Bridge」までの路面電車。

市内はメトロも通っていますが、わたしたちは一度も使用しませんでした。
ついでに、この町の地下鉄1号線はロンドンについで世界で2番目に古い
のだそうです。タッキーなことに、バス、電車、メトロ等の公共交通機関
は旅行者と言えども、65歳以上は無料!大い利用させてもらいました、っ
て、齢がすっかりばれているではないか^^;

二日めの午前中、わたしは徒歩で回り道をして行きたかったのだが、夫の
希望でフニクラール(リフト)で丘陵にあるブダのお城の区域へ。

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可愛いフニクラールで三段式になっています。

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う~ん・・・ポルトのそれ同様、万が一事故ったら怖い傾斜であります。
それで乗るのを避けたかったに、夫は往復切符を買い帰りは一番前の車両に
乗り込み、下りはレールがともすれば見えなかったりするほどの傾斜、でき
ればやはりわたしはこういうのは避けたい・・・

眼下に見えるドナウ川と対岸ペストの町並み。
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次回はお城の区域をご紹介します。

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2013年11月19日 


11月14日から17日間のブダペスト旅行をメモ的に綴ってみます。

ポルトからブダペストはの直行便がなく、フランクフルトで乗り換え、そこ
から1時間少し。機内時間より待ち時間の方が長かった・・・・ぷん!
滞在先のホテルがあるオーブダは街の中心から少し離れたところで、3
駅ほど先にはブダペスト歴史の始まりと言われるローマ時代の遺跡、ア
クインクムがあります。

写真は翌日行ったブダ丘陵旧市街から撮影したものでドナウ川を真ん中に、
手前がブダ区、対岸が平地ペスト区。滞在中の天候はほとんど曇りでした。
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にわか知識ですが、ブダペストはドナウ川を挟んで西岸にオーブダ(旧ブダ)
とブダ、東岸にペストの三つの区域からなっています。

到着した日の午後には街を観光する予定だったのが、4時半には日が落ちて
すっかり暗くなったのにはがっかりしました。なにしろ我がデジカメでは夜
景撮影は残念ながら難しいのです。しかし、5時半頃に電車で出かけたドナウ
河畔にライトアップされた夜景は美しかった。

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満月と国会議事堂。ペスト側。

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ブダ区丘陵にあるマーチャーシュ聖堂と漁夫の砦。
これについては翌日日中に訪れましたので、後日、写真にて紹介します。


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聖イシュトバーン大聖堂。時間が遅く、内部を見ることができなかったのが
残念。

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ペスト側ドナウ川沿いにある「リトル・プリンセス像」。ハンガリーの著名
な彫刻家マートン・ラスローの作品です。見た感じが男の子のような、して
また、プリンセスにしてはちょいと行儀が悪かろう?と思い作品について調
べてみると彫刻家自身の男の子が王冠を被って王女様の真似をして遊んでい
たのをモデルにしたとのこと。

面白いことに、池袋の東京芸術劇場5階フロアにレプリカが置かれてあるそ
うです。こちらがWikiで見つけたその画像↓
Budapest
画像はwikiより。

今回の旅行は展示会終了後バタバタと出かけたもので、ブダペストについて
の予備知識はほとんどなしでした。故に見逃したものは大いにあるはずと思
いつつ、致し方なし。写真の紹介で終わりそうですが、ご勘弁を。

次回は日中のブダペストです。



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2013年11月15日

「誕生日のプレゼントだ。今回は一緒に行こう。」
と誘われ、
「うっ!そんなら日本行きの切符がええ・・」とも行かず、夫の国際会議出
席に同伴して、昨日からハンガリー、ブダペストのホテルに滞在しています。

某社での日本語文化紹介のセミナー、展示会の準備に追われたこの数週間
と当日の2日間が何とか無事に終わったのとで、三日ほど脱力感、健忘感を
味わって後の4、5日の休暇は丁度いい。5匹猫はベルミーラおばさんにお
願いして昨日朝4時に起床してやってきました。

誰だい?健忘のほうは天然ではないか、今更などと言うておられる御仁は?

さて、驚いたのは、午後も4時になるの暗くなり始め4時半には真っ暗な!
その夜、いや、夕方の街を電車に乗って夕食がてら散歩してきましたが、
ダニューブ、はたまたドナウ川ほとりの美しい夜景を満喫しながら、2時間
ほど歩きました。

画像は帰国してから、日曜日まで短いブログになります。

それではただ今から朝食ビュッフェへ突撃!
みなさまも、よい一日をお過ごしください。

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2013年11月10日 

このところ立て続けに十代の頃大好きだった著名人が鬼籍に入り、時代
の移り変わりをひしひしと身に感じています。

その中の一人、ブログで取り上げようと思いながらも、時間に追われてつ
い書きそびれてしまったのが、作詞家の岩谷時子さんです。シャンソンが
好きだったわたしは「ろくでなし」「幸せを売る男」「ミロール」など、
洗練された訳詩、その大人っぽさに魅力を感じて訳詩名に目を向けてみたと
ころが、どれも岩谷時子さんでした。

以来、わたしが好きな曲の歌詞の多くは彼女の訳詩、作詞がついていること
に気づきました。無遠慮な言い方をすれば、岩谷時子さんの詩にわたしの
フィーリングがぴったり合うのでした。

彼女の作詞した「サン・トワ・マミー」はわたしが大阪梅田新道アサヒビア
・ハウスで、会社の同僚達のおだてに乗せられ人前で初めて歌った曲です。
それがきっかけでスカウトされ、そこでバイト歌姫になり、同じく彼女訳詩
の「ケ・サラ」(ケ・セラ・セラではないよ)同様、リクエストが最も多か
ったわたしの十八番(おはこ)でした。

♪平和で美しい国 信じあえる人ばかり
 だけど明日は どうなることやら 誰も分かりはしないさ
 ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ 
わたしたち人生は階段を手探りで歩くようなもの 
 ケ・サラ ケ・サラ クエル・ケ・サラ

(こちらでホセ・フェリシアーノの歌が聴けます。→ ケ・サラ

シャンソンの訳詩もそうですが、忘れられないのは「夜明けのうた」です。

♪夜明けのうたよ ぼくの心の 昨日のかなしみ 流しておくれ
 夜明けのうたよ ぼくの心に 若い力を 満たしておくれ
 
 夜明けのうたよ ぼくの心の 溢れる思いを 分かっておくれ
 夜明けのうたよ ぼくの心に でっかい望みを 抱かせておくれ


岸洋子さんが歌ってヒットした歌ですが、元は坂本九ちゃんが作曲家を夢
見るバンドマンを演じたドラマの中で歌っていました。調べてみるとこの
ドラマは1963年に日本テレビで放映された「ぼうや」だそうで、脚本
は「北の国から」の倉本聡です。わたしが16歳のことでした。

その時はヒットこそしませんでしたが、いい歌だと思ったわたしの耳に残り
覚えていました。上に書いたのはその九ちゃん版で、わたしは歌詞でいつも
歌っていました。

10代も終わりから20代後半まで、都会での一人暮らしです。ギリギリの生
活に喘いでいたあの頃、テレビのない小さな部屋で独学で覚えたヘタクソ
なギターを弾きながら、何度となくこの歌を歌っては見失いそうな希望を
取り戻したものでした。

岩谷時子さんの訃報を目にしたその翌日、久しぶりに娘のピアノの鍵盤に手
を触れ、この歌を歌ってみました。たまたまその日、早く帰宅した夫がドア
を開けるなり言うには、
「珍しいね。君がそんな風にして歌ってるなんて」

この数年、歌うことも忘れていたカナリア、いや、わたしの場合はかなりの
低音ですから歌を忘れたオームでしょうか、声も出なくなった近頃ですが、
歌いだすと夕食の準備も忘れて大声を出していたかつてを思い出し、音域が
許される曲をこんな風に再開してみようかしらとふと思いき。

岩谷時子さん、あの頃のわたしに希望をいただきありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。
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テーマ:音楽
ジャンル:音楽
2013年8日
  
「今年も残雪はガンの群れを率いて沼地にやってきました。」
と始まる椋鳩十の児童文学「大造じいさんとガン」はわたしの好きな物語
のひとつです。

日本国籍を持つ子供たちが通う毎週土曜日の日本語補習校にわたしも23年
ほど通って国語算数を受け持ちましたが、小学校5年生の教科書に毎年載せ
られていたのが、この「大造じいさんとガン」でした。

001.jpg

左右の翼に一ヶ所ずつ真っ白なまじり毛を持っていたので猟師達から「残雪」
と名づけられていたガンの頭領を、狩人の大造じいさんが3年がかりで手に
入れるまでの話を綴ったものです。

普段、日本語の物語にあまり興味を示さない子供達もこの物語をわたしが朗
読すると、所々に古くて耳慣れない言葉が出てきても必ずと言っていいほど
のってきたものです。


たかが鳥と侮って罠を仕掛ける大造じいさんが、残雪の群れの頭領として
利口なのにやがては舌を巻いてしまいます。大造じいさんは毎年、残雪に
してやられるのです。

002-1.jpg

物語の山は、前年に大造じいさんに捕まり手名づけられて囮に使われた一
羽の仲間がハヤブサに襲われたのを救うために、頭領の残雪がその恐ろし
い敵に勇敢に立ち向かい闘う場面です。そして、ハヤブサとの闘い後、
残りの力をふりしぼって第二の敵である大造じいさんに対する、頭領とし
ての堂々たる態度です。

子供達はこの場面にくると、体を乗り出すかのようにしてじっと物語を聞
くのです。椋鳩十の文体もわたしは好きで、この場面では思わず朗読に力
が入ります。

daizoujisan.jpg

さて、前置きがこんな風に随分と長くなってしまいましたが、この物語を
日本語の中級レベルの生徒の教材に使ってみたのは随分前のことです。
中級用の文法を基本にした読解力テキストもある程度すすんでいくと、少
し中だるみがでてきます。

そんな時にわたしはこのような短編を導入します。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、向田邦子の「字のないはがき」もこのレベルで
取り上げますが、三作とも、リズム感があり、文章のシンプルな美しさに生
徒は大いに惹かれるようでした。

わたしも生徒と一緒に、日本文の素晴らしさを再認識する一時でもあります。

芥川龍之介「蜘蛛の糸」についてはこちらで綴っております→「閻魔ばさま

本日も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございます。

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テーマ:海外で日本語
ジャンル:学校・教育
2013年11月6日

今月に入るといきなり行事が重なりました。

いつもなら、相棒のOちゃんに手伝いをお願いして一緒にする展示ですが、
自分のプレゼンテーションの準備があって他の行事の出席は不可。

そこでYY塾の代表として日本語セミナーに出席してもらったり、日本語学
習者のスピーチ聴講にでかけてもらったりと、そうでなくても子育てに忙し
い彼女に目一杯あれやこれやの用件を押し付けたもので、展示会場の手伝
いをとても頼むことができず、今回は一人でしてみました。
会場のディスプレイが終了したのは一昨日月曜日の夕方5時近くで、3時間
くらいでできるかなぁと侮っていたのが5時間も要しました。そうしてで
きたのがこれです。

espo1.jpg


今回の展示会場は某企業内で、社員対象です。同じ棟の別室のオーディト
リアムで展示と同時に日本文化紹介のプレゼンテーションを催しました。
そうなんです、つまりは、前回書いたように、おだてあげられて木に登った
ブタなのでありました^^;

昨日今日の二日間、計100人くらいの社員のみなさんに初めてポルトガル語
でしかも初めてのプレゼンテーションというものをさせてもらいました。

はっきり言って十分な準備期間がなくてきつかった!でも二日めの今日はち
ょっと調子にのって幾つか冗談も挟み、無事切り抜けられました。実は用意
した原稿が数十枚もあったのですが、途中からそれも放り出しました。
いちいち目を落とすのがかったるい。自分が持ってる限りのポルトガル語彙
を駆使して、いやはや冷や汗をかきましたがとにかく終わったのであります。 

こういうことでも引き受けない限り、ポルトガル語で作文することなどしな
いかもしれません。そう思って「やってみっか!」とお受けしたのではあり
ましたがポルトガル語の聞きなれない、使い慣れない言葉を発音しながら、
長時間のスピーチを続けていると、自分の舌が回らなくなってくるというこ
とに気づきました。

ポルトガル人のおしゃべりは有名ですが、彼らと同様にしゃべりまくるとい
うことは舌がすべるように回らないといけないのでありましょう。「rr」
の巻き舌ができないのはポルトガル語発音に於ける決定的な致命傷だと改め
て認識しました。これは短い日常会話では気づかない点ではなかったか。
大いなる発見をしたような気がします。

プレゼンテーションの内容はと言うと、日本の国政、地理、国歌、国旗、日
本語など基本的な情報から入り、日本家屋、習慣、伝統文化、ボディーラン
ゲージ、一般社会でのエチケット、会社でのマナー、最後に案内したい日本
の都市、東京銀座、富士山、京都、広島と原爆、青函トンネル(これは自分
の故郷がらみもあるw)伊勢神宮式年遷宮まで、パワーポイントで画像を使
いながら、ざっと幅広く50近くのトピックを拾ってみました。

テキスト作成は一ヶ月ほどかかり、ポルトガル語(再々度チェックの必要が
あるのだが)、ついでに英語文も用意し、言うなれば、YY塾の日本文化紹
介マニュアルになるかとも思い、取り組みましたが、本日はこの役目が終わ
り、「自由になったー!」と大いに気を緩めているところです。

本日はこのご報告にて。
またブログ更新に励むつもりでおりますので、皆様、どうぞよろしくお願い
いたします。

では、明日。

goro_2013_sept.jpg
♪だれかさんが だれかさんが だれかさんが見つけた
ちいさいあし ちいさいあし ちいさいあし見つけた、

ゴロー君の足です^^

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テーマ:ポルトガル
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2013年10月31日 

ダウンタウンへ行くたびに時間があれば必ず足を運ぶ店がある。
サン・ベント駅向かいから始まる細い通り、Rua das Floresも終わる辺り、
ミゼルコルディア教会の真向かいの小さな店「Memorias(メモーリアス=
思い出)」がそれだ。

ちょうど我がモイケル娘が日本へ旅立ったころに見つけて入ったから通い始
めてかれこれ10年近くになる。店の女主人、店員とも顔なじみになった。

Memorias

この店に通い始めたのには、かつてはたくさん見かけたいたのが、いつの間
にか姿を消し、今ではなかなか目にしなくなったポルトガル北部の珍しい伝
統刺繍が置かれているからだ。なかでも手織布のテーブルクロス等は、常に
あるわけではないが、わたしが好きなのを知っている店員さんは、入荷して
いると「今日はこんなのがありますよ」と言って出してくれる。

一旦手にすると、その素朴な暖かみと美しさの抗いきれなくなり、つい奮発
してしまうこともある。下のテーブルクロスはそんな類のひとつで、ここ数
年日本語を教えるので忙しくなり、自宅に人を呼ぶこともなくなったと言う
のに、迷った末に買ってしまったものだ。
Memorias

手織り布は厚みがあり、手ごたえのある重さを感じる。なに、自分が使わなか
ったら息子、娘のEnxoval(結婚準備用の大きな箱)に回すもよし。
Memorias

と言うので、本日はポルトガル伝統工芸ショップ「Memorias」の紹介です。

コルク地をそのまま生かした箱の上に乗るClaus Portoの石鹸。
Memorias

ポルトガルが昔から石鹸で知られるのをご存知だろうか。
Claus Portoはその中でも広く世界に名が知れ、ニコラス・ケージやオプ
ラショーの司会者だったアメリカの実業家兼女優のオプラ・ウインフリーも
愛用すると言われている。

Memorias

石鹸は香りも硬さも人の好みがあり、一概にこれがいいと勧めることはで
きないが、わたしもClaus Portoのゲストソープ「Favorito」は香りが好き
で見つけては買って置く。(ゲストソープは意外と見つからないのだ)

Memorias
↑こちらは北部Viana do Castelo地方の独特の刺繍が施されたリネンの
ハート型の箱。

言うまでもなく、マデイラ島、アソーレス島伝統刺繍も取り扱っている。
Memorias

手刺繍とは思えない繊細な刺繍を施したテープルクロスには必ず保証札が
つけられる。

Memoriasでわたしが気に入っているもうひとつのことは、どんな小さな
商品も店専用のコトンの袋に入れてもらえることだ。
Memorias
この心遣いが嬉しい。機会あらば、是非行って見てください。

Memorias

それでは本日はこれにて。
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