2014年12月28日

昨日土曜日、アルメイダ・ガレッテ市立図書館のボランティア活動である影絵上映が終わり、来週3つほどの日本語レッスンで、今年の仕事納めになります。

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クリスタル宮殿公園内にあるアルメイダ・ガレッテ市立図書館

今回の「百万回生きたねこ」は、新作だったので切り絵に手間取り、上映リハーサルが2回しかできませんでしたが、そこはこれまで上映を経験して来て息が合ったOちゃんとわたし、なんとかしのぐことができました。何しろ、二人とも通常は日本語を教えるという仕事の合間でするわけで、しかもOちゃんは二人の子供の子育て中、それを協力してもらっているのです。いつも、本当にありがとう、Oちゃん!

「百万回生きたねこ」は、上映時間が15分と、今までで一番長い影絵になりました。ポルトガル語翻訳はわたしの長年の日本語生徒さん、マリアさんに日本語勉強のためだからと持ち上げ(笑)、お願いしました。わたしも翻訳の確認に、我がポルトガル語のディアス先生に目を通していただき、そのナレーションは東京に住むモイケル娘に録音してもらいました。

bibag[1]
館内。左側にある階段を下りると部屋UNICERがある。

目下、大学院の狂歌修論でひたすら忙しく勉強している彼女に、段落ごとにもっと間隔を開けよ、バイクの音が入ってる~、最後のシーン、入るのが早いだのと何度も注文をつけては、「頼むぜ~」と再再録音を依頼したのでした。モイケル娘よ、ありがと。で、日本語のナレーションはわたしです。

観に来てくれたのはポルトガル語版が80名近く、日本語版は、もちろんどなたでも興味がある人は歓迎で、図書館の案内でもしているのですが、主にOちゃんとわたしが開いているYY-Nihongo Jukuの生徒さんを中心に20数名ほどでした。
会場はわたしが今年の春まで日本語コースに使用していた教室で、目一杯入ってもらって60名が限度です。よってポルトガル語版は昨年同様、2度上映しました。

ポルト補習校時代の同僚I氏ご夫婦も可愛いお孫さんを連れて来てくれました。そして、会場でびっくりしたのが、そのお孫さんのお母さんこと、Tちゃんもいたことです。

Tちゃんは、ポルト補習校時代に数年わたしの生徒でした。一クラス1人、2人が多い補習校でTちゃんのクラスは唯一、5人というクラスでした。補習校は常に複式授業(同時に二クラスを教える授業)だったので、この5人にもう1学年上の二人が加わり、7人と言う、補習校の歴史では最大人数、チームワークもとれ愉快なクラスでした。わたしは、土曜日の補習校を離れても、時々この子供達にケーキ作り教室なども開いたりしたものです。
20年ぶりに会ったTちゃんは昔と変わらず、曰く、「Yuko先生、相変わらずですね!」「うんうん。昔みんなと作った時より、格段進歩したでしょ?」などと短い会話を交わしたのですが、こういう再会は本当に嬉しい。

もう一人、来てくれるとは予想していなかったのに、わたしが日本語を教えている某企業のマセラッティの君とわたしが呼ぶところの秘書の方が息子さんを連れて来ました。ザックバランな性格の女性で、レッスンが終わった後、わたしは時々秘書室に顔を出してはおしゃべりする相手です。日本文化、日本語関係のイベントは、彼女に連絡してマセラッティの君の耳に入るようにしているのです。

さて、金曜日の午後、Oちゃんと二人図書館で上映のためにセッテリングに入ったのですが、こんな感じにしてみたのです。

裏から灯りが漏れるといけないので一部の隙間もないように注意を払わなければなりません。今回はできるだけたくさんの人が入れるようにとスペースを広げたかったので、このように教室のコーナーを利用してスクリーンを設けました。これはOちゃんのアイディアです。

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スクリーンのすぐ前には赤いカーペットを敷いて、子供連れは座ってもらいます。その後ろに椅子を並べ、席が取れなかった人には申し訳ないが、立ち見となります。なに、たかが15分ですし^^
教室のドアも黒い厚紙を貼り付けて、外部の光を遮断します。そうして3時間近く経過、セッティングがほぼ完成したので館内のカフェで一息入れよう!となり、ドアを開けて室外に出てドアを閉めたとたん、わたしとOちゃん、ギャッハッハッハ!ご覧あれ~

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UHU Patafixのりを使って貼ったのだが、室内から見ていたもので、外でこんな風になっているとはツユ思わず(笑) 静かな館内にギャハハハと一瞬響いた我らが笑い声、ふと受付カウンターに目をやると、いつも不機嫌そうで取り付く島もなさそうな感じの図書館の女性、クックックと笑っている。き、気付いてたんだったら言ってよねぇ~・・・

Oちゃんとわたし、親子ほどの年齢差なのだが、これだから一緒にやってて楽しいのであ~る。11時15分に上映開始、1時近くに終了後、Oちゃん一家に我が夫も加わって、後片付けし、今年最後の行事も終わり、6人でレストランで打ち上げ。いっそのこと、YY-Kagee GroupをYY-Family Kagee Groupに名前を変更しようか?などと、ワイワイ言い合っての昼食会でした。

わずか15分の影絵、観に来てくださったみなさん、ありがとうございます。来年もがんばります!

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014年12月25日 

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ツリーを倒してもいい、飾りを落として遊んでもいい、来年もこの姿が見られますようにと願いを込めて。

眠い・・・目が充血・・・腰が痛・・・・

けど、なんとか終わった影絵作成! 上映はもう明後日に控えています。
これまでの作品は一度は上映していたもので、手を加えることで更によい上映が出来たのですが、今回は新作品なので絵探しから時間がかかったのと、欲を出して背景に懲りすぎたのでした^^;もちろん、懲りすぎたと言ってもたかが素人のすることですけど。ちょこっと紹介^^

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サーカスのねこの場面。まだ手を加えます。

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ひとりぼっちのおばあさんのねこの場面。セロファン紙でグラデーションを。これが殊のほか難しい。
以上、明日はセッティングとリハーサルです。Oちゃん、たのんます!

昨夜はこれら、影絵の手直しで午前3時就寝、今朝は7時起床。
なんとなれば、クリスマスの今日は、ポルトから車でこ1時間ほどのアベイロ市の夫の姉宅で、サントス一族集合の恒例のクリスマス昼食なのですが、毎年巻き寿司を持って行くのが習慣になっており、それで朝からせっせと飯焚きでした。
今回はブタの紅茶煮も一品加えて、間もなく出発なれど、気になるのは病気のゴロー猫君です。
2週間以上になりますが、食べません、飲みません。毎日のようにクリニックへ点滴に連れて行っては夕方迎えにいっていますが、明日はもう一度血液検査をする予定になっています。

そんな状態で、イマイチ気が乗らないのですが、頑張って行ってきます。
それでは、みなさまもよきクリスマスを!

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2014年12月21日
 
ここしばらくブログ更新が途絶えてしまいました。

来週に上映を控えた影絵作成で忙しいこともあったのですが、それよりも我が家の5匹猫のうち、一番若くておしゃべりなゴロー君が、突然食べない、飲まない状態になってしまったのです。2週間ほど前です。かかりつけのクリニックに2度連れて行きましたが、黄疸も出て原因がつかめず、エコグラフィ(超音波検査)、精密血液検査をするため、大学病院の獣医科に入院させざると得ませんでした。

様子を見に面会に行ったりして、少し気が重かったのです。こういう時の暗い話題ではブログが書けない性格です。
6日間入院しその間も食べないので点滴をしていました。エコグラフィ検査では通常、ただ、血液検査を再度してもらったところ、赤血球が3分の1も減っていたということから、マイコプラズマの一種、ヘモプラズマ感染症ではないかという分析結果になりました。

これは、病原体の猫赤血球への寄生により赤血球の破壊が引き起こされるのだそうです。
感染経路は、ダニによる吸血、猫同士の喧嘩による咬傷、および母子感染が考えられるが未だ明らかではない、とのこと。

心当たりを探ってみれば、ダニだとすると、ひょっとしてジョアキンおじさんとこの畑からではないか?と夫に言われてみれば、これまでは、おじさん、ニワトリがよく盗まれたり、犬が入ってかみ殺したりするからと、大きな鉄ドアと設けたので、ドアを挟んだ外でご飯をあげていたのですが、最近はドアの開いてる日中に行き始め、畑に足を踏み入れていたのでした。で、おじさん、「ドナ・ユーコ、いつもありがとうな。近々いつでも自由に出入りできるように、合鍵を作ってあんたに渡すから」なんて言っていたのですが、き、気をつけないと!というので、以前のように、畑の外へ呼び出しご飯をあげています。

ノミ、ダニ駆除のため、ねこたちがこれまで使っていた毛布やクッションは全て捨て、寝床にしているカゴやカーペットも虫駆除剤で消毒。かといって、じゃぁ、畑に行くのは金輪際止めて、ジョアキンおじさんとこの猫たちのエサ運び中止、とはあんまりな。そこで、自分もジョアキンおじさんの畑から帰ってきたら、靴やズボンのすそを払い、すぐ変えるようにしていますが、、参っちゃいました。

goro
やはり家がいいのでしょう、安心しきった顔で寝ていますが、まだ自力では食べない飲まないので予断を許さない状態なのです。それでも寝たきりでないのが助かっています。時々思い出したように、いつもの「ニャオニャオニャオン」とおしゃべり。目下、投薬と注射でなんとかがんばってもらっています。一日も早く自力で食べられるようになりますように。

さて、沈んでいても仕方がありません。今日はゴロー君が入院したサント・アントニオ大学病院の新しい獣医科をば。

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獣医科はアルメイダ・ガレッテ市立図書館の真向かいにありました。上の画像はレセプションホールです。

gato-hospital

人間の古い病院のよりもいいかもと夫と話したのでした。下は受付。写真には写っていませんが、夫が左で入院手続きをしました。
 
ということで、本日は我が家のゴロー君の話でお粗末さまで、すみません。
みなさま、また明日。
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2014年12月14日 
sora
「ぶん!」のわたしの心とはかけ離れた、のんびり雲^^

わたしのように、海外に暮らす日本人が国政選挙に投票できる「在外投票」制度ができてから10年にはなるのでしょうか。その間、6回ほどの選挙がありました。
在外投票には二つの方法があります。ひとつは日本の投票日より一足先に済ます、各国の在外公館での投票と、身分を証明する「在外投票証」なるカードを自分が所属していた市の選管に郵便で投票用紙を請求し、それが送られてくるのを待って受け取って記入し、再び市選管に郵送するという方法です。

ポルトに住むわたしの場合は、これまで後者の方法を選んできました。なにしろ、在外公館はリスボンですから、そこで投票するためには電車代負担の上、仕事を全てキャンセルして一日がかりで出かけることになるからです。

郵送投票でも、最初の3回くらいはなんとか間に合った(と、自分では思っている)のですが、今回を含め、ここ3回の選挙には郵送しても日本の開票日までに届かないということが明白だと、いう状態が続き、結局今回も参可できない結果になりました。明白も何も、届いたのが先週の金曜日午後、12日だす。無理だっちゅうの!

これは不便ではないか。もう少し、なんとかできないものかと思いつつ、果たして海外にいる有権者はどのくらいなのか、とネットで検索してみました。

外務省によると、海外有権者は推定85万。2012年に行われた第46回衆院選時には、在外選挙可能な有権者数約10万5000人。この「有権者」というのは、在外選挙人名簿に登録されている人数でって成人した在留邦人全体の数ではありません。

在外投票をするには自分が住んでいた市町村役場に転出届けを出し、海外の住所がある地域を管轄する在外公館に在外選挙の登録申請を行います。海外の住所に3ヶ月以上住んでいることも必須条件です。受理されると在外選挙人名簿に名前が掲載され、「在外投票証」なる身分証明書カードが発行されます。これらの手続きを踏んで初めて投票が行えるのです。

さて、上記10万5000人のうち、2010年の投票者数は約2万1,500人、投票率は21%に満たなかったと言われます。この投票者数には、あるいはわたしのように郵便投票をしたがゆえに、投票日までに間に合わなかったという数は当然含まれていません。

在外選挙登録して参加するほど選挙に対する意識は高いのに、この制度の不便さがせっかくの機能の足を引っ張っていると思うのです。なんとか改善してもらえないものかと心から願うのだが、国に望むばかりではダメだというので、次回の選挙には、絶対リスボンまで行くのだ!と、決心した今回の投票不参加ではありました。 ぶん!

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2014年12月10日 

日本語授業の合間を縫って、今日はボルサ宮へ取材撮影に行ってきました。

撮影は素人腕で、カメラもデジカメですから、天気のいい日でないとまともな画像ができません。今回は室内の写真なのですが、フラッシュ禁止の場所です。元々フラッシュを焚いての写真はなぜか好きではないので望むところではありますが、快晴の午後、いつ天気が崩れるか分からないのでワーッと出かけて来ました。

ボルサ宮の案内は後日にするとしまして、ここずっと、普段の日本語スケジュールに加えて影絵作成に取り組んでいましたから、ダウンタウンは3ヶ月振りでしょうか。街は人であふれ返っていました。やはり12月です。

Porto
ポルト市庁舎前には大きなクリスマスセールスポットが設置されていました。ちょいと中を拝見。と言っても入場に1ユーロ払いました。

Porto
ワイン、チーズ、スイート、コンポート類など、クリスマスに因んだ産物がたくさん!

Porto

回転木馬まで^^
Porto

以下、本日の街の光景をば。
Porto
ポルトの大寺院「セ」の塔が見えます。   

Porto
こんなちっちゃな(笑) 
 
Porto
いつかは入ってみたいと通りすがりにいつも思うコルク栓専用の店。1850年に開店と書いています。

Porto
クレリゴス塔が路から頭を覗かせている。

Porto
冬は日の暮れが早い。

久しぶりの街は活気に溢れ、しばらく家に閉じこもりがちだった日々の生活をリフレッシュして夕暮れの街を後にメトロで家路へ急ぎました。本日はこれにて。

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2014年12月8日

今日は休日のポルトガルです。
2年前までは12月1日、12月8日と2週続けて休日が入っていたのですが、現政府から「国民はもっと働かなければならない」なぁんちゃって、12月1日の独立回復記念日は休日取り消し。
8日の今日はポルトガル語で「Imaculada Conceição」、日本語では「無原罪のおん宿り」と言います。つまり、聖母マリアが神の恵みの特別なはからいにより、原罪の汚れとトガを存在のはじめから一切受けていなかったとするということが、カトリック教会により1854年に正式に決定された(Wikiより)記念日なのだそうです。

独立記念日のほうが大事だとおもうんだがなぁ、と思いつつ(笑)
また、12月8日は真珠湾攻撃の日でもあります(メモ:当時ハワイはまだ正式なアメリカの州ではなかった)。
Wikipediaには、

モンロー主義を色濃く残していた当時のアメリカは、ヨーロッパでの戦争にも日中戦争にも介入には消極的であったのが真珠湾攻撃を受けてその攻撃が「卑劣な騙し討ち」として宣伝されアメリカの世論は一気に参戦へと傾いた。イギリス首相ウィンストン・チャーチルは、真珠湾攻撃のニュースを聞いて戦争の勝利を確信したと回想している。
とあります。

近年、歴史を調べていくに連れ、自分が教えられてきたものとの相違点を多々目にしてきました。鵜呑みにせず多方面からの確認を怠らないことが大切なのだと、つくづく思います。安易に人を尊敬しないわたしですが、実を言えば、小児麻痺と戦いながらアメリカ大統領の職務をこなしたルーズベルトは一時期、尊敬していたのでした。そして、「ずるいじゃん、ルーズベルト・・・」と相成ったのが数年前です。

下記のサイトで真珠湾攻撃について、とても上手にまとめてありますので、興味のある方はどうぞ。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1652.html#sequel

さて、土曜日の夜は北部日本人会の忘年会へ夫婦で出かけて参りました。

bonenkai

例年のホテルでの開催が今回は参加者が少ないというので、急遽会場は、時々出かける日本食レストラン「一番」に変更され、アットホームな雰囲気の忘年会になりました。で、ホテルと違い、ドレスアップなし。食事は全て和食で、飲み物もお酒、ワイン、ビールと飲み放題。レストランの階上をわたしたちが占めたのですが、いつも通りのビンゴゲームもあり、わたしがゲットしたものをご紹介^^

bonenkai

↑Cabaz(カバス)と呼ばれるこの時期の食べ物の贈り物セットです。ワインが主です。そして、もうひとつが、なんと、これ↓!! 
bonenkai

ビンゴゲームは少人数と言えど、さすが盛り上がり、階下のテーブルには一般人もいたので、騒々しいのに冷や汗をかきながらでしたが、わたしもそれを忘れて、がっはははは^^;
来年は断られるかもなぁ、レストランから(笑)

ということで、目下、影絵作成も大詰めです。うん、今回は素人ながらも自信作でありますぞ。

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2014年12月4日  

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我が家の盲目長老、ゴンタ君。

何度か我が日記に登場しているご近所の小金持ちのジョアキンおじさん。
目と鼻の先に大きな畑をもっています。かつては囲いがなく、ブタ、にわとり、ロバなどを飼っていたのですが、市が新道を造るというので、広い畑はまっぷたつ。片方は市に売り渡し、残ったもう片方が現在のジョアキンおじさんの畑です。かつていたブタ、ロバはいなくなりました。

ブタもニワトリも夜中にドロボーに忍び込まれ、何度かご馳走にもっていかれてます。そんなわけで、おじさん、ついに畑を高壁で囲い、出入り口も鉄製の引き戸を取り付けるという具合です。

畑には昔から何代と続く、実は猫一族が棲み付いているのであります。かつては何十匹といたであろう猫たち、この10年ほどで大分減ってしまいました。訳はというと、おじさんが長年連れ歩いていたロバが死んでしまい、近くの商店街で毎朝ブタやネコのエサを調達することができなくなったからです。小金もちのおじさんですが、自腹を切ってまで猫たちを養う気は毛頭なし。そこでいつの間にかわたしがネコのエサ運びをするということになったのでした。雨の日も風邪の日も、いや本当に、風邪は誤字ではないぞw)日本帰国時と小旅行時にお掃除のおばさんに依頼する時以外は、それが、かれこれ何年にも及んでいます。

しばらく前までは、そのエサ運びを夜10時過ぎにしていたのですが、最近、おじさん、これまで錠をかけたことがなかった引き戸に夕方になるとかけ始めたのです。またニワトリをごっそり持って行かれたとのことで、ドロボー対策です。
そこで、慣例の猫のエサ運びの時間を日中にすることにしました。これ、日中にするとやっかいの問題がひとつあるのです。猫たちを呼ぶとおじさんのニワトリ達もエサにありつこうと脱兎の如くやってくる。ニワトリもあの頭で考えるものだとわたしはひとつ発見。というのも、わたしの姿が見える間は、遠まわしに見てるのです。

んで、どれどれ?とちょっと試してみました。外から一旦引き戸を閉めてみる。すると、閉めるや否や、ドッドドとやってきて猫たちを押しのけるではありませんか!で、またわたしが顔を出すと引き潮の如く逃げて行く。いやはや、ニワトリとは言え、バカにはできないことを知りました。
ジョアキンおいさん、ねこエサはまぁ、わたしが面倒みるとして、ニワトリくらいしっかり食べさせてよ!

ところがです、日中のエサ運びでふつ気づいたことがあります。エサを持って行くと、いつの頃からか何やらいつも我が頭上をカモメが弧を描いて飛んでいるのです。最初はどうとも思っていなかったのでえすが、日に日にわたしの姿を認めると近づいてくるようになり、先週あたりから高壁の上に止まって見てるのです。
ま、、まさか、あんた?とネコのエサ場から少し離れて様子を見てみると、やっぱり!ネコたちが一通りエサを食べ終わったのを見届けて、サーッとやってきたのであります。

ポルトは港町ゆえ、海岸から随分離れたわたしたちが住むあたりまでも、昔からカモメがやって来て空を飛び交うのを見ていましたが、近年、海岸は散歩道として整備が整い、人間にとっては利用し易くなったのですが、はて、カモメとしては果たしてどんなものか。ゴミのひとつも落ちていないとなると、エサにも困るのでしょう。ドウロ川や海岸でもエサの捕獲が難しくなって来てるのかな?

して見れば、この頃、ゴミ漁りの跡が以前に比べて酷いなと、道端から通りの真ん中に散らばっているゴミ類を野良ワンちゃんの仕業かと横目で眺めてきたのですが、犯人はカモメ氏に違いない。
町がきれいになるのは確かに人間にとっては住みやすいのだけれど、一方でこんな風に人間の都合が自然界にどんどん及ぶことが招く結果に、ふと不安を覚えたりするのでした。
 
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どこぞから飛来したカルガモ君、お~い、そこ、池じゃないよw 出張日本語先某企業の玄関先で時々見かける。これもひょっとして、エサをもとめてかな?

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2014年11月30日 

路面電車博物館を「Museu do Carro elétricos(ムゼウ・ド・カーロ・エレトリコ)とポルトガル語で言う。博物館であると同時に、現在の路面電車車庫でもあった。

路面電車
S.T.C.P.とは「Sociedade Transportes Colectivos do Porto(ポルト公共交通)」の略。

下はポルトで一番最初に市内を巡った公共交通機関の走りと言えます。

路面電車
古いカメラで撮影したのと館内が暗かったのとで、画像が悪いが、ご勘弁。夫が写っています^^;

路面電車

こんな素敵な路面電車が現在ポルトの街を走っていたら、きっと思わず飛び乗ってしまいそうです。よく見るとこの電車には通路がありません。下の写真で拡大してみました。

路面電車
通路無しで長椅子式の座席が並ぶ。乗る時は手前のステップに足をかけ、手すりを掴んで乗る。ポルトガルやブラジルの古い時代テレビドラマなどでよく出てきます。座席も拡大してみました。

路面電車

いかがでござる、いいでしょ^^ 横にひっついてる長い棒が、乗るときにひっつかまる手すり。年寄りは無理だな、こりゃ(w)

以下、かつて大いに利用された館内の路面電車の写真です。
路面電車

路面電車

路面電車
うッ・・・自分の指が写ってしまってる^^;

路面電車

来年の夏の再開館時には改めて、ご案内します。
では、本日はこれにて。



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