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2017年9月28日 

今日はふと思い出したポルト補習校時代の話をしたいと思います。
写真はアメリカの絵本作家、アーノルド・ローベル作、詩人の三木卓氏翻訳の「がまくんとかえるくん」シリーズのお話です。

お手紙

「今、一日のうちのかなしい時なんだ。つまり、お手紙をまつ時間なんだ。そうなると いつもぼく、とてもふしあわせな気もちになるんだよ。」と一度もお手紙をもらったことのないがまくんが、なかよしのかえるくんに言います。
友だち思いのかえるくんは、大急ぎで家へ帰り、早速がま君にお手紙を書きます。

そして、知り合いのかたつむり君に、がま君の郵便受けに入れてきてと頼みます。
「すぐやるぜ!」とかたつむり君。

ベッドでお昼寝しているがま君に「起きてお手紙が来るのをまってみたら?」と薦めます。
来るはずもない手紙を待つのにあきあきしたがま君は、今か今かとかたつむり君がやって
来るのを、窓から何度も外を見ます。

「どうして君、ずっと窓の外を見ているの?」と聞くがまくんに、かえる君は答えます。
「だって、ぼく、君にお手紙だしたんだもの。」

「親愛なるがまがえる君。ぼくはきみがぼくの親友であることを、うれしく思っています。」と書いて
あるかえる君のお手紙をふたりは玄関に出て幸せな気持ちで長いこと待ちます。
四日たってやっとかたつむり君ががまくんの家に着き、「とてもいいお手紙だ。」と喜ぶがま君。
                             
    (spacesis要約)

というほのぼのとしたお話なのですが、忙しく用件だけを端的に述べたメール連絡が多い昨今、
わたしも手紙はなかなかいいものだなぁと、思わされた可愛い「お手紙」をもらった経験をば。

一週間に一度の土曜日の職場、補習校で講師をして21年目のときのことです。

小学1年生から中学3年まで見て来ましたが、その年は久しぶりに1年生と2年生を持ちました。
「あかるい おひさま あいうえお」で始まるひらがなの勉強から入るのですが、その1年生のSちゃん、その朝、補習校へ行きますと、国語の時間の始めに、「お手紙をあげたいの。」と言って、わたしに手紙を差し出してきました。

「せんせい、今読んで。」と言うのを、授業中ですものね、「休み時間まで楽しみにするよ^^」と納得してもらいました。

休み時間が始まるとすぐに、また「せんせい、読んで。」と寄ってきました。小さな可愛い絵柄の封筒の封を切って、取り出したお手紙には、

「せんせい、おべんきょうをおしえてくれて ありがとう。」

と、たどたどしいひらがなで書いてありました。先週授業で覚えてもらったのは「あ行」と「か行」です。
おうちの人に教えてもらいながら一生懸命書いたようです。わたしも思わず、がま君のように「とてもいいお手紙です。ありがとう。」

子供からのこのようなお手紙は、仕事冥利につきると思ったものです。そのSちゃんももう17歳くらいです。どうしているでしょうか。忘れられない手紙の一通です。
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2017年9月27日 国際社会では「沈黙は金、謝罪は美徳」ではない

Olimpic-1.jpg

「spacesisには政治が分からぬ。spacesisはポルトの一主婦である。けれども祖国に対しては人並みに敏感である。」とまぁ、今日は太宰治の「走れメロス」冒頭部分を拝借。

「沈黙は金、謝罪は美徳」は、日本国内でこそ通用することだと知ったのは、ポルトガルに住んでからです。
私たち日本人は、相手とことを構えるのを避けるため、ついつい「すみません」を安易に使いがちなのですが、国際社会においては、旅行者ならいざ知らず、いえ、たとえ旅行者であったとしても、ことに寄っては「ごめんなさい」は迂闊に使うものではないらしいのです。

「すみません、ごめんなさい」の言葉は、全面的に自分の落ち度を認めることを意味するもので、自動車事故などでも、そう言ったが最後、あとで言い逃れは効かなくなり、負担は全て最初に謝罪した者にかかります。勿論、明らかに自分に非がある場合は別です。

ポルトガルに住み始めた当時は「嫌!」と意思表示するのが、まったく苦手でした。これ以上はもうどうもならん、がまんならんというところまで行って、「嫌だ!」と初めて意思表示ができたのは、夫の家族や親戚とポルトガルに住んで四年も過ぎてからです。

嫌いです、を「余り好きではありません」と自然に口から出てしまう自分は、いくら外国のことを少し知っているとカッコつけても、典型的な日本人であると悟ったものでした。「ごめんなさい」や、少ししんどいけど頑張ってニコッと笑顔をつくることが、人間関係の潤滑油になると、信じて疑わなかったのですから。

もちろん、それが功を奏すこともありますが、肝心な問題点に来たときは、それではダメなのだ、少しも解決にはならないのだと数年もしてから理解しました。

今ならさしづめ、ブログに書いたりツィッターで呟いたりして鬱憤を晴らすことができるでしょうが、当時はパソコンなどなし。
国際電話も一年に一度するかしないかで、せいぜい手紙を親兄弟、友人たちにせっせと送るが関の山。 それでも手紙に愚痴は一言も書けませんでした。愚痴を書き始めても、それを読み返すうちに自分がその時の哀しい気持ち以上に惨めになるのです。

我が亡き母も愚痴をこぼさない、人の悪口を言わない人でしたから、そういうことを文字に表すのをわたしもよしとしませんでした。わたしのポルトでの最初の6年間の苦難を知る人は、ですから、夫を除いては誰もいません(笑)

自分の意見をはっきり表示するということは、そこにいる人たちがその習慣を身につけている場では、自分も非常にスッキリします。相手の考えていることも明確にわかりますし。そういう場でユーモアを使って相手をギャフンとやり込めることができればもう文句なしです。

わたしは日本人同士の間では、やはり日本人としての美徳を失わないようにしたいと思いますが、ポルトガル社会でとなると、少しはきつくならなければならないのかな?と思ったりします。

ただ、これをそのまま調子に乗って日本人社会に持ち込むとなると、今度は逆に摩擦が起こるわけです。

こういうことを経験を通して少し学んだもので、日本の政治家には国際社会に出たときに、国際マナーと言うか、国益にのっとった立場で議論が広げられるノーハウ、テクニックを学び、国内国外でのマナーのTPOを身につけてもらって、それを使いわけられたらいいのではないのかなぁ、などと思うのですが。

近年は安倍首相が日本人トップとして、なかなかに旨く国際社会で渡り合っているように見えます。それなのに国内のメディアの安倍叩きは安倍憎しの一筋で酷いものです。安倍首相の政策全てに同意するわけでは
ありませんが、国難ともいえる今、海外のトップと互角で談話できる日本人が誰かいますかいな?

「うるさいから、しつこいから、ま、この辺で謝っておきましょう、手を打っておきましょう。」などの安易な謝罪は、従軍慰安婦問題の根拠とされる河野談話でも見られるように、そのときは一旦治まったかのように見えても、国際社会では必ず後で大きなしっぺ返しとなって、こちらに撥ね返ってきます。

「しつこい」も言い様では、「粘り強い」になります。これも日本には身につけて欲しい点です。隣国たちのように巧みなロビー活動までできないとしても、国の威厳に関わることは、理論と証拠を示してエレガントに堂々と、しつこく打ち出して欲しいと思います。

今回トップに掲げた世界地図ですが、これを見て気づいたことがありますか?
実はこの地図、韓国のピョンチャンで行われる2018年の冬季オリンピック公式サイトに掲載されていたもので、日本列島が消えているのです。

韓国側は担当者の間違いで政治的意図はないと弁明していますが、地球上の普通あまり知られていない小さな国や新しく独立した国だと言うなら話は分かりますが、(それでも主催国としては失格です)日本は隣の国です。それが抜けるわけがなく確信犯に間違いないでしょう。これが逆に、日本が彼の国の消えている地図を載っけたら、どんな罵りを受けることか。

今回は発見後すぐ政府が是正要求して修正されましたが、慰安婦問題や南京問題、軍艦島問題もこんな風に国が「違うぞ、出されてる証拠に偽りがあるぞ」と反論の一つもしなかったことが、今日これらの問題をこじらせてしまった原因のひとつだとわたしは思っています。

その場しのぎのいい加減な謝罪や誤魔化しが後で大きなツケになって返ってくるのです。政府が反論しないことに、いつもイライラしているわたしであります。

なんではっきり「ここにこうして証拠書類がありますねんで。これらの証拠写真とされるものは全て捏造なんでっせ」と突きつけへんねん!歯がゆいったらありゃしません。

なんや、段々腹立ってきましたんで、今日はこの辺で。
ほな、また明日。

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2017年9月26日 

行きが4時半起きのリスボン経由、帰りが午後1時発で同じくリスボン経由のローマ旅行でしたが、帰りは約1時間遅れのローマ出発で、慌てました。

リスボンからポルトへの便乗り換え時間が1時間半足らずです、順調に行けば問題ないものの1時間遅れの出発は、もうあかんではないの。こんなこともあろうかと、順調なら夕方6じにはポルト到着で必要ない外ネコ内ネコの食事の世話を、お掃除のおばさんには到着日の晩御飯も頼んであったのでした。

で、結果はと言いますと、リスボンにはポルト行き出発20分前に到着、ゲートを出たところでラストコールを聞き、駆け出しましたぞ。荷物がバッグだけだったから出来たものの、この歳で走らせられるのは勘弁してよ^^;

リスボン空港が小さかったのも今回はよかった、と言うことで、無事搭乗することができましたが、預けた荷物は勿論翌日配達になりました。たった5日間でしたがやたら疲れた今回のローマ旅行でした。

実を言うと、いつもなら旅行先にスマホを携帯し、フェイスブックやインスタグラムに、「ローマ、なう!」とか「コロッセウム、なう!」なぁんて写真の投稿をするのですが、出かける前に我がスマホ、2度目の画面真っ黒の故障と相成り、残念ながらその楽しみを奪われてしまいました。

が、考えてみれば、パソコン、スマホ、テレビ(ホテルのテレビは全てイタリア語吹き替えだったので全く見なかった)の液晶画面から目が開放され、ひたすらローマの街を歩き回り、ゆったりの夕食後、寝るという原始的な生活こそ、休暇というのかも知れません。

やたら疲れたのは旅行のせいではなく、疲労回復に時間を要するようになった己の年齢でござんしょか(笑)ローマ旅行については、おいおい綴って参ります。

さて、これで我が夏休みは終わり、ローマから帰宅するなりメール処理に追われ、昨日から日本語教室中心の通常の生活が再開しました。
toshokan.jpg

今回はマンネリ化した日本語指導をなんとか脱皮してみたいと授業の進め方を変えるため、準備に時間がかかっていますが、生徒たちが「おろ?」と喜んで飛びついて来てくれることを願いながら、自分が楽しんでいたりします。

いざ、参りますわよ!

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2017年9月25日 

我がモイケル娘は18才で、東京息子とわたしが呼ぶ息子は27才で我が祖国日本へ送り出しました。もちろん子どもたちが自分で決めてのことです。

モイケル娘が大学を卒業し、東京の企業に就職するに当たり、息子も東京麻布のアメリカ系語学学校の職を見つけ、兄妹二人での同居生活が始まったころの日記にこう書いています。

3月11日(水) あんたはえらい!

南行徳に居を構えた二人の兄妹、昨日やっとネット接続ができました。引っ越してちょうど一週間になります。まだ、アパートはすっかり落ち着いたところまで行かないでしょうが、なんとなく人が住む部屋らしくなってきたことでしょう。

さて、息子が早速メッセンジャーで言うことにゃ、今日、周囲の人たちに笑われたのだと言う。なんで?と期待満々の心で聞く母(笑)

一人で布団を買いに行った。宅配してもらうとお金をとられるので自分で運ぶことにしたのだそうだ。息子が電車に運び込んだその荷物とは、「マットレス、敷布団、掛け布団、毛布、それに枕」
・・・お、おい@@、お前、それを全部持って歩いたんか~(爆)

しかし、考えてみれば、大してお金を持っていない身分の息子、ちょっと頑張ればできるようなことなのだから、重いだのカッコ悪いだので払うのは無駄なお金だとして、できるだけ使いたくないのだろう。

今時、日本ではそんな大きな荷物を持って町を歩く輩はおらんわい。周囲が見て笑うのもごもっとも!と思いながらも、大都会でイナカッペ丸出しの息子の話を聞いてわたしはなんだか楽しくなった。

息子よ、あんたはえらい!周りがどうのこうのというより、迷惑をかけないのであれば、そういう範囲内であるならば大いに自分の主義を通してください。

息子のこんな話を聞きながら、晴れて日本の大学生となり、日本で一人暮らしを始めた頃のモイケル娘の愉快な話をも思い出さずにはいられなかった。最近、この手のズッコケ話を彼女から聞かなくなったから、少しは日本社会に染まってきたのかしら。

東京息子
赤ん坊の頃の東京息子

ついでにおっかさんと一緒の写真も。わっかかったぁ。この頃はわたしが心密かに「3ばば殿」と呼んでいた夫の母、その母の姉妹二人と同居の時代でした。すったもんだのこの6年間の同居生活が今のわたしを作ったと、感謝するこの頃でもあります。
東京息子

東京息子
ジョン・ボーイと呼ばれていた少年期。衣服はほとんど手作りでした。

15才の誕生日にエレキギターを贈ったのが親の運のつき(笑)。すっかり音楽にはまってしまいましたとさ。息子の部屋には今も数本のギターがある。

リスボン時代の息子のアパートスタジオ。
東京息子

今では麻生の語学学校での仕事はパートにまわし、日中は四方の大学での英語講師の仕事を増やし、「とうとう月から金まで働く羽目になった」と嘆く息子の話を聞き、夫曰く「Dente de juizo(知恵の歯、息子に関しては「分別の歯」とわたしは訳すのだがw)が、やっと生えて来たようだ。」

一応合せてはいるが、日本社会との摩擦は結構あるようで、天真爛漫、天衣無縫の彼の季節が遅まきながら終わる時期にさしかかったのだろうと思っています。

渡日してからの息子。
東京息子
働きながら好きな音楽作曲をし、時には新宿あたりでコンサートをしたりしていた東京生活初期の頃。

下は天衣無縫な息子の性格がよく表れていて、わたしが大好きな写真の一枚。夫の友人の娘さんの誕生日でわたしたちが招待され、カメラマンがいざ記念撮影をとシャッターを押した瞬間の息子と母親の一場面なのです。おとなしくカメラマンの前で並んでいた他の子供たちも息子の一瞬の行動に思わず口を開けて驚いたり笑ったり。

東京息子
ちょいまち!(爆)
choimachi2.jpg
Wikiより

息子よ、今日はこの言葉を贈ります。「失敗のない人生こそ失敗である」
誕生日、おめでとう。
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2017年9月22日 

ハプニングがあったローマ旅行ですが、それは後日にあげるとして、まずは「ローマの休日」から。

ローマ

幾度この映画を見返したことだろうか。オードリー・ヘップバーンがアカデミー主演女優賞を獲得した「ローマの休日」。後に「To Kill a Mockingbird(邦題はアラバマ物語)」でアカデミー主演男優賞を得ることになるグレゴリー・ペックが共演していますが、彼にとっては活動をヨーロッパに移していた不遇の時代の映画です。

「ローマの休日」は大人のお伽噺ですが、わたしの世代なら誰もが知っているだろう、当時一世を風靡した短髪のヘップバーンカット、わたしもしたのでありました。

トップの写真は、ローマ散策中にわたしたちが入った「ジェラート屋(アイスクリーム屋)」に貼られていたポスターで、連日の公式スケジュールにうんざりして宿泊先のローマの宮殿をこっそり抜け出した姫が、ジェラートを食べながらスペイン広場の階段を下りるシーンです。

下がわたしが撮影したその同じ広場で、たくさんのツーリストが座っています。
ローマ

全容は写っていませんが、手前にあるのはバルカッチャの噴水。ベルニーニ親子の作品で、昔テヴェレ川が氾濫した時に、ここまで一艘の船が流れてきたという話に基づいているのだそうです。

ローマ

↑そして、思わず「ローマの休日」の1シーンを思い返せずにおれない街角のスクーター。今でも街中をたくさんのスクーターが走っているのは意外でした。

ローマ
Wikiより

そうしてみると、スクーターが出てくるもうひとつの映画に「恋愛専科(Lovers must learn)」があります。出演はトロイ・ドナヒューとスザンナ・プレシェットですが、挿入歌「Al Di La(アルディラ)」はサンレモ音楽祭で優勝した曲、特にEmillio Pericoli(エミリオ・ペリコーリ)が歌うレストランでのシーンは最高でした。1960年代初期の映画で、15、6歳のわたしは恋愛に憧れた頃の映画でした。

古いイタリア映画には鉄道員、自転車泥棒、道、ひまわり等名作がたくさんありますが1990年代以降も「ニュー・シネマ・パラダイス」「ライフ・イズ・ビューティフル」「マレーナ」など、しみじみと人生を感じさせる名作があります。

ローマは今でもそのまま古いイタリア映画を目にするような不思議な魅力がある街だなぁと思いながら歩いて来たのでした。



本日はこれにて。
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2017年9月18日 

息子の帰省中に数日家族旅行をしようとホテルの予約も入れてあったのが、5匹ネコのうちのチビちゃんがお腹の小さな腫瘍を二箇所取り除く手術をし、切開口がなかなか治らず完治に一ヶ月かかってしまい、旅行は中止になってしまった8月でした。

わたしは年に一度日本へ帰国するので旅行は満足としており、どっちでもいいやと思っていたのですが、毎年夏季には旅行をするのが習慣の夫、どうしてもどこか行こうと言うのです。

欧州は、もちろん、全部行ってはいませんが、あちらこちらへ行っているので、取り立ててどこと行きたいところが・・・・あったーー!どういう訳か夫がなかなか二つ返事で、いいよ、と言わないできたローマ!

ローマはもとより大世界なれど、とゲーテも歌っており、塩野七生氏の「ローマの物語」ファン、更にはミケランジェロの暗号がぎっしり散りばめられているバチカンのシスティナ礼拝堂に関する本も読み漁ったことがあるわたしにとり、ローマは生きているうちに是非行って見たいと思っていたのでした。

そこで夫に、他の都市はもうあまり興味ない、ローマなら行って上げる、なんちゃって(笑)
と言うので、ローマに数日行って参るのですが、いつも旅行の手配を依頼するAbreu旅行社から連絡があり、「ボーディングカードの手配済み。明朝は空港の社の窓口へ4:40分ころに来い」・・・・
げ!いやでござんすよ。便は6時半、それに今回のわたしたち、大きな旅行カバンは持っていかないのでボーディングカードを受け取るだけです。1時間前でいいよ、とごねているわたしです。

今回はpcをもって行きませんし、我がスマホは一旦直って帰ってきたものの、再び画面真っ黒 どうにもなりません。

留守中ブログ更新はできませんが、お時間あらば、当サイトの更新不可がしばらく続き、慌てふためいて作ってしまった新ブログサイト、「ポルトガルの空の下で」までお出かけいただいたら嬉しいです。予約記事を入れていますので。

それでは、行ってまいります!
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2017年9月15日

随分前だが、とある雑誌記事に、

ー引用始めー
老後の生活資金は余命と生活費によって決まる。長生きすればするほど多くの資金が必要になる。
寝たりきりや難病になれば多額の介護医療費用がかかる。そうしたリスクを勘案して年間1000万の生活資金を準備し、日本人の最高齢である110歳まで生きると想定すれば60歳からの50年間で5億円の資産を用意しなければならない。
ー引用終わり

これを読んだわたしは、わっはっはと笑うしかなかったのである。5000万でいい、できるものなら生きているうちに拝んでみたいような気はする。しかし、そんなことはまず叶わないと思う方が、わたしたちの場合、まともであろう。

我が子たちの教育選択にあたって、「お金は残せない。せめて教育で」と、9年間のBritish School、日本の通信教育と補習校の学費をも含めて教育に費やした費用は、バカにはならなかった。お金のかかる教育が終わった頃は、今度は親であるこちらは定年である。

もうどんなに頑張っても、雑誌記事に言うような資産など貯まるわけがない。夫の年金でできるだけ病気をしないように生きる方法しか残ってはいないではないか。

読後は少々気が沈んでしまい、数日は「ノーマネー、ノーフリーダム」が頭をグルグル回っていた。この言葉はユダヤ人の格言だそうだ。

以前、土曜日の職場のスタッフたちにその話を振ったことがある。すると、皆口を揃えて言うではないか。
「そら、老後はやっぱり金ですよ。子供を頼らないで、周囲にも迷惑をかけないようにして、万が一の時はホームに入って。こういうことは金がないとできない」
・・・・・・・・・・・・・
あぁ、がっくり。反論する気も起こらなくて、うなだれてしまったわたしでありました^^;

子供をあてにしているわけではないけれでも、いざと言うときに「子供を頼らない」と言うのなら誰を頼るのか、「家族」って何なのか?周囲、つまり「家族に迷惑をかける」と言うのも、わたしには「うんうん」とうなずけないのだ。誰も好き好んで年取って病気になるわけではあるまいし、それが、家族にとって迷惑になると言うのか?

人の病気も寿命もその都度その都度してきた自分の人生の選択につながろう。5億円の資産を持っていたとしても、不慮の事故遭遇や不治の病にでもなったりしたら、もうどうにもならないではないか。楽しむこともせず転ばぬ先の杖のためにひたすら貯蓄に励む人生は、しかしまたどんなものか?

ノーマネー、ノーフリーダムだから老後のために5億円用意しようと言われてもなぁ、実感が湧かないよ。

しかし、この言葉が橘玲(たちばなあきら)氏が書いてあるカンボジアの青年の口から出たのであれば実感が伴う。

わたしも若いときは進学してもっと勉強したかったが、経済的な事情でできなかった。が、それをノーマネー、ノーフリーダムと思ったことはない。勉強する方法は本で独学するなど他にもあるからだ。
わたしならノーマネー、ノーフリーダムを「ノーマネー、ノーチョイス。しかし自由はあるぞ。」と言葉を置き換えるだろう。

わたしの考える「フリーダム(自由)」は、本があり、音楽があり、ネコがいて、夫がいて、まがりなりにも三食、いや、二食だっていい、食べることができ夜露をしのげる家があれば、老後はそれで結構自由だと思っている。

と、「ノーマネー、ノーフリーダム」に何とか反撃してみるのだが、やっぱりダメ?5億円なんて無理言ってもらっても困るんだが・・・^^;

おしまいに、わたしの心をきゅっと泣かせたアジアの国の、とある一枚の画像を。ノー・マネー、ノーチョイス、しかし学ぼうとする意思と自由が少なくともある。頑張れよ。
mcs_R-1.jpg
Wikiより

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2017年9月12日 
8月25日から突然FC2ブルグ画面で文字が重なって見え、ログインもできなくなっていました。

最初は自分の操作ミスかと思いFC2に問い合わせをしたのですが、何しろログインできないので仕様がありませんでした。
色々聞いてみると、日本からはブログ画面が異常なし、ログインもできる、しかし、自分のパソコン、夫のパソコンからアクセスすると画面が上記に書いたような状態で、他のFC2ブロガーさんのサイトを訪ねてみると、
無料サイト(恐らく)が、こちらのpcではやはり同じ状態になっていました。
そこで、これはこちらのプロバイダーの問題であろうかと判断し、8月28日の「お知らせ」を我がモイケル娘に書き込んでもらい下記に案内したgooブログに移ったのですが、なんと今日アクセスすると、通常に戻っている!!!

どうしてくれるねん!二ヶ所もブログ、設けたじゃん!
さて、どうしましょ?
どちらかをミラーサイトにするか、もしくはテーマを別にして記事を上げるか・・・と言うのは、更新していないに拘わらずアクセスはありますので。 このまま更新を続けながらどのようにするか、しばらく考えて見ます。
で、本日はとりあえず、この記事をあげます。

タパスレストラン「BeHer」

市立図書館での土曜日の日本語コースは今年は9月の第4週目からになり、土曜日をまだのんびりしているところです。 先週土曜日は、日本の知人に以前から依頼されていたアライオロス(arraiolos=ポルトガル南部の伝統的なハンドメイド絨毯のこと)の糸を探しにダウンタウンへ行って来ました。知人が言うにはアライオロス絨毯を作っているのだが、糸が足りなくなったと言うのです。

糸を売っている手芸店そのものが少ない上に指定の色があるもので見つからず、終いにはサンタ・カタリナ通りにあるアライオロス絨毯を売っている店へ足を運びました。

この店は随分昔に一度雑誌記事にするために取材にでかけたところでもあります。事情を話すと、嬉しいことに南部のアライオロス市から取り寄せてあげよう、と言ってくれました。

今日はその帰りに偶然見つけて寄ったタパスレストランの紹介です。

土曜日は仕事がなくゆっくり寝ている夫を横目に、わたしは10時からの図書館での二クラス授業に出勤します。帰宅はほぼ2時近くで、それからどこかのレストランに向かうには時間的に間に合いません。

それですぐ近くにあるレストランがわたしたちのキャンテーンみたいなものになっているのですが、かつてはよく気に入りの「タパス・レストラン」にも出かけたものです。12時半に開店し3時には一旦閉店するというレストランと違い、「タパス・レストラン」は一日中開いていますから。

タパス(tapas=tapaの複数形)はスペインの料理で、言ってみれば日本のおつまみのようなものです。魚肉、ハム類、卵、野菜、チーズ等を使った多種類の小皿料理で、主食を必要としません。色々な料理も少量だと、小食のわたしも食べられるというものです。
2017-10-2.jpg

ところが、ポルトで行きつけのタパス・レストランを見つけると、しばらくすると閉店してしまうのです。思うに、小食のわたしにはよくても、ガッチリ食べるポルトガル人にはタパスレストラン量が少ない上に高いので人気が出ないのでしょう。今ではタパスレストランはほぼ姿を消しました。

ポルトガル式のタパスこと「Petisco」はあるのですが、タパスと比べ種類が少ない。たまにはいいんですけどね。
前置きが長くなりましたが、先週土曜日はアライオロス絨毯店まで付き合ってくれた夫と二人、帰りがけに車を駐車したSá de Bandeira通り(サンタ・カタリナ通りと平行する道)へ向かっていくと、あれ?と目に付いたのが上の写真です。

タパスレストラン

どうやら新しいようで、外から中をチラリ覗いてみて入ろうとなりました。

ウエイターさんと話してみるとスペインからの進出で、数ヶ月前にオープンしたとのこと。
タパスレストラン
ビールはMahouというスペインのブランドでした。読み方は「マオウ」だそうです。飲んでみると味はなかなかいけます。ビール党のわたしは日本ならアサヒ、ポルトガルならスーパーボック、スペインはマオウと参りましょうか。

タパスレストラン
↑ワインもポルトガルのドウロワイン、アレンテージュワインとスペインの銘柄が揃えられています。
 
タパスレストラン
おしゃれなハイスツールの席  右はポプコーンと思ったら小さなショリース。歩きながら食べられるw

タパスレストラン
わたしたちのメニューはこれ。↑↓
2017-11-1.jpg

なんと醤油つきの天ぷらも(笑) お腹いっぱいになりました。ビール4杯を含み二人で35ユーロ。

店名BerHerは経営者の名前Bernardo Hernandezから来ます。

★インフォーメーション:Rua Sá da Bandeira, 5894000-437 Porto
               営業:月~木 11:00~23:00 
                   金・土 11:00~01:00

写真、突き出てますけど、今日はご勘弁。後ほど訂正します。

では、皆様、これまで同様、引き続きご贔屓の程、よろしくお願いいたします。

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