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2019年10月28日

昨日はいい天気だったのが、今日の東京はまた雨です。
今秋はまったく雨天が多くて、いつもしていた近辺の散歩もままなりません。
この辺りは住宅街なのですが、散歩道には林があり、野菜畑、茶畑がよく見られ、ぐるりと周ると小1時間ほどかかり、散歩には持って来いなのですが。

さて、その天気がよかった昨日は、中学生時代から文通(ぶんつう)が始まり、高校卒業後(こうこうそつぎょうご)、音信がとだえ、何年か前に40数年ぶりに再会した東京の友人I君に会い、1年ぶりにおしゃべりをして来ました。

会食場所の定番は銀座(ぎんざ)にあるサッポロビアホール、「銀座ライオン」。  

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これまでに何度も出かけていると言うのに、銀座は広く、メトロから地上への出口によって、様子(ようす)が違うので、未だに戸惑い(とまどい)辺りをウロウロすることになります。そこで、それならいっそのこと、今回はウロウロ散歩しながら行こうと決め、いつもより早く妹の家を出たのでした。

ぶらついて思ったのは、銀座も変わったなぁ、です。
一流ブランドのブティックが林立(りんりつ)しておしゃれだった銀座が、ユニクロやRAOXの大きな免税店(めんぜいてん)が進出し、そこには中国人ツーリストが旅行バッグを引きずって列を作っていました。

くだんのわたしたちが行くサッポロビアホール、銀座ライオンは1899年開業の老舗(しにせ)です。

夜にはビアソングの生演奏(なまえんそう)も入るとのこと、残念ながらまだその時間帯(じかんたい)には行ったことがないのですが、若い時分は大阪梅田のアサヒビアハウスのバイトで歌っていたわたしです、一度、ぞの雰囲気(ふんいき)をのぞいてみたいと思っているのです。

お互い(おたがい)同年、70歳を超えた(こえた)I君との久々の会話は、どうしても老後(ろうご)に話題がおよび、あっという間に時間が過ぎて、また元気に再会できるのを祈っていのって)、それぞれ帰路(きろ)についたのでした。

I君、お付き合い(おつきあい)ありがとう!

お知らせ:今回の日本滞在記は、無理を言って4週間もの休講を受け入れてくれたポルトの日本語生徒さんたちにも、なんとか読めるようにと、できるだけ漢字に読み仮名をつけたり、分かりやすい文体で書いたりしていますので、ご了承ください。

ではみなさま、また。
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2019年10月25日 

日本に帰国したときは、所沢(ところざわ)の妹夫婦(いもうと・ふうふ)の家に滞在(たいざい)する。そこを基地にして、都内に出ては、買い物をしたり友人に会ったり、大きな書店で時間を過ごしたりする。

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友人夫妻と行った上野公園の日本料理レストラン

同じく上野公園内のだんご屋さん。風情がありますね。
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chusan8.jpg
三色だんご

書店はわたしの気に入りの場所で、そこで1年分の読む本や日本語関係の本を探すのが好きである。

さて、これは妹夫婦の長年の習慣なのだが、週末の朝食は必ずスタバ(スターバックス)ですることになっている。

わたしの滞在中はわたしも連れていかれるのである。遠慮(えんりょ)もあって、二人で行ってと、時に言うのだが、ダメ、一緒に行こう!と、半ば引っ張られていく始末だ。

わたしたちが行くスタバは車ですぐの所で、静かな落ち着いた雰囲気(ふんいき)。広々としたスペースも魅力的(みりょくてき)だ。
Rossio

サンドイッチとカフェラテで1時間ほど静かにおしゃべりをして帰るのだが、若い人、学生らしき人が、ノートやパソコンを開いて勉強する姿(すがた)もよく見られる。

家で、スタバでと、妹とはつもり積った1年間分のおしゃべりを、よくもまぁ飽きずに(あきずに)と、思われるくらい、目いっぱいするのである。

もしかすると、これは日本とポルトガルという遠い距離が、1年に1度しか会えないという私たち兄弟の環境が、そうさせるのかもしれない。ごく近くに住んでいたら、果たして(はたして)こういう繋がり(つながり)になったであろうかと思ったりする。

子どもたちとの間柄も、遠く離れているからこそ、積った話もあり、お互いの存在を優しい目で見られるのであろうか。

ところで、帰国して10日ほどになるが、日本語で会話をするのに、わたしの舌(した)は、なんだか思うように滑らない(すべらない)のには、困ったものだ。

我がモイケル娘いわく、「おっかさん、日本語がちょっとおかしかったりする」と日本語を教えるわたしが言われてしまった

日本に31年間住み、その後、41年をポルトガルで過ごしたおっかさんが、18年間ポルトガルで育ち(そだち)、日本に15年住んでいる娘に言われるとは、てへ、われながら残念だったりするが、娘の日本人ぶりに、安心したような、そうでないような、ちょっと複雑な気持ちではありますっけ。

本日はこれにて。
みなさま、また。
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2019年10月21日 

我が子ら二人が千葉で共同生活していたころは、帰国すると彼らのアパートで寝泊まりし、家事をしながら、二人が仕事をしている日中は、友人に会ったり書店へ出かけたりして、日本の帰国生活を楽しんだものだ。

彼らがそれぞれ独立してからは、所沢の妹夫婦宅に居候させてもらっている。いつも快く受け入れてくれるのが有り難いし、何といっても義弟も含めた日本語での会話が思う存分できるのも嬉しい。

そんな訳で以前のように朝晩子供たちと顔を合わせることはなくなったゆえ、二人の仕事のない週末にできるだけ会うことになる。日本が恋しいのも事実だが、帰国の真の目的は子どもたちの顔を見ることである。

しかし、ポルトに残る留守番役の夫は気の毒だ。
そこで、一族が、と言っても妹家族と我が家族の随分と小規模なで人数でははあるが、合流する時は、夫にはスカイプで参加してもらうことになる。

昨日日曜日、午後3時に子供たちと池袋駅で落ち合い、お茶を飲むことにしたのだが、週末の池袋は、カフェもレストランも人でいっぱいだ。そこで、息子の提案で隣駅の目白でお茶をしようとなった。

多少風邪気味でのどが痛いという息子、ビルの二階にあるカフェのテラス席が小さな声でも話ができるからと、そちらに席を案内してもらったのだが・・・・

座ってすぐ気がついたのは、げ、目の前を電車が通るではないか!
息子のiphoneでスカイプに接続、夫を呼び出し(ポルトは日曜日朝8時)、親子4人でカメラチャットをしたのだが、1分置きぐらいに上り下りの電車が通り、英語、日本語、ポルトガル語が交る我らの会話はひっきりなしの電車通過に阻まれて話しにならない(笑)

familymeeting1_1.jpg
親子3人、夫はスマホの中

それでも久しぶりの家族4人の顔合わせに夫は満足したようだ。
あと三週間の留守番、夫よ、猫たちをよろしく頼みますぞ。

みなさま、本日は東京よりこれにて。
使い慣れぬパソコンゆえ、誤字ミスタイプの類はいつになく多いかもしれませんが、ご勘弁あれ。
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2019年10月19日

東京に着いてから、毎日雨です。
でも、きのうは妹と二人で近くのレストランへ、歩いて昼ご飯を食べに行きました。もちろん、日本食です!

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日本語で自由におしゃべりができるのは、うれしいことです。

ところが、帰りにどこかでスカーフを落としてしまいました。
気に入ったスカーフでしたが、雨がふっていたので、わたしはそれをさがしに行くのをあきらめようと思いました。

でも、妹はどこかに落ちているかもしれないから、今、歩いて来た道を探しに行こうと言いました。

二人で雨の中を傘をさして、探しながら歩きました。

すると!あったーー! レストランの前の道に、雨にぬれて落ちていました。
うれしかった!
ほんとうに、いつも そそっかしいわたしです。
妹の方が、しっかりしているんです。

それではみなさん、今日はこれで。
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2019年10月18日

しばらく体調が悪かったので、心配していた長旅もいざ出発となると我然元気が出て、無事羽田に到着しました。
羽田からはリムジンバスです。予想していた交通停滞はなく、1時間半で妹たちが迎えに来ていた所沢駅につきました。
時差ぼけもあまりなく、意外と調子がいい日本滞在三日目です。
まだ、こちらで使用する携帯電話の手続きが済んでおらず、ガラケー使用の我が友人たちにはコンタクトができていませんが、今日明日には手続きをすますつもりです。ご連絡、今しばらくお待ち乞う。

取り急ぎ、本日は無事到着のお知らせにて。

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2019年10月15日 CCD日本語の生徒さんに:

10月の半ば(なかば)になりました。古い暦(こよみ)では10月を「神無月(かんなづき)」とよびました。

日本中にいる「八百万(やおろず=すべての))の神々」が、仕事を休んで、出雲大社(Izumo Shrine)に集まるのだそうです。それで、「神さまがいない月」、神無月なのです。

人間の終わりがない願い事(ねがいごと)に、神さまたちもつかれて休みが必要ですから、1年に一度、出雲大社に集まってゆっくりするのでしょうか。

出雲大社では、10月を「神在月(かみありづき)」、神さまがいる月と言います。

さて、帰国の準備ができました。 今回は、娘のために作った「鏡(かがみ)」を持って行きます。
これです。
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鏡がわれないといいな。

コメントをしたい人は、日本語、ポルトガル語、英語、どれでもいいです。
まちがいを気にしないで!FBのYY-Nihongo Jukuに、書いてもいいです。

それではみなさん、行って来ます!
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2019年10月14日 

さても、10月も半ばになりましたが、陰暦ではこの月を神無月と呼び、全国の八百万(やおろず)の神々はしばし普段の仕事をお休みして、出雲大社に集まるのだとか。

俳人の長谷川櫂氏に言わせると、強欲な人間の際限ない願い事に毎日突き合わせられている神さまも時には骨を休める必要があるので、出雲大社に集まるのは神様たちの慰安旅行であろう、とのこと。

なんとも面白い発想だなぁと 感心しているのですが、南北朝時代のころまでは、神々の集い所は出雲ではなくて、主神となる天照大神を祀る伊勢神宮であったと言います。さすれば、わたしなどは八百万の神々も、慰安旅行先を時には変えたくなったのかしらん?などと罰当たりなことを考えたりしているのであります^^;

今日、月曜日の日本語個人の2レッスンを最後に、明日から一ヶ月ほど日本に行って参ります。それで、今朝はこの荷造りをしていました。

kibori10

わがモイケル娘のためにと、わたしが作った鏡です。

お嫁に行きましたので、ずっと前からこれを是非届けたいと思っていたのですが、割れないかとそれが心配で今日までポルトの彼女の部屋に置いてました。今回は思い切って大きな旅行カバンに入れて持っていくことにしました。無事、日本に着いたらお慰みというところです。

はめ込まれた鏡を外し、木彫りの部分と別にして包装しました。赤いショールに包まれて入っているのがそれです。

laggage.jpg
真ん中においてあるカップはなにか? 聞かないでくれたまえ(笑)

それではまた!
実は出発が22日でした。うっかりしており、その週は天皇即位式がとり行われる一週間になり、空港から都内へのアクセスが大混乱模様になるのを忘れておりました。
 
急遽、切符を買い替え、生徒たちには申し訳ないが、3週間の予定だった日本語教室も4週間休講に。
外猫たちのエサ運びも手配済み。我が家に来るお掃除のおばさんに毎晩してもらうことになりました。

神々も旅をするという10月、わたしも厚かましく神々の慰安旅行にあやかって、しばし、日本の秋にこの身を置きに行って参ります。

なお、ブログはできるだけ、更新したいと思っておりますので、みなさま、どうぞお立ち寄りください。

下記では、趣味で作ったわたしの木彫作品について書いてあります。よろしかったらどぞ。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1034.html
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2019年10月13日 
                               
日本語の生徒には若い人もいれば年配の人もいます。

ある日のこと、生徒さん、年配の女性なのですが、どうも元気がない。授業が終わった後、少し水を向けると、16歳になる愛猫のシャムネコが最近ものすごく食べる。後から後から食べる。粗相もあちこちにする、とのこと。

これを聞いて、アッと思いました。16歳は人間で言うと80歳で高齢です。そして、死んだ我が家のたんぽぽちゃんと同じ症状です。たんぽぽちゃんは、不治の病がありましたが、それに加えて、高齢のため、ボケが始まってたのです。

動物も人間と同じだな、と思いました。亡くなった我が母はさほどひどい痴呆ではありませんでしたが、それでも、時々自分がアイス・クリームを既に食べてしまったのを忘れて、続けて二つ目を食べていたことが何度かありました。「あら!」と言うと「まだ食べていない」と頑張ったものです^^;

ポルトの同僚、男性ですが、長い間飼っていた愛犬の介護をした人がいます。大きな犬でしたので、身動きできなくなった最後のころには、抱き上げるのも重くて大変だった、紙おむつをして世話をしたとのこと。

彼の場合は、仕事で外に出るということはなかったので、できたと思います。わたしもまた、仕事は家ですから、ネコちゃんの病気の介護、粗相の後始末が一年近くもできたのです。

動物を家族のメンバーに迎えるとき、最後まで面倒見ようと思いはしたものの、介護することになるかも知れない、とまでは考えませんでした。

昔は、ネコは自分の最後が近づいた時、飼い主の前からこっそり姿を消す、と聞きました。庭があり、家と外を自由に出入りできる猫たちの話なのでしょうか、アパートなどで閉じこもった生活を強いられる猫たちは、したくてもできませんものね。そして、外猫は短命、家猫は長寿なのです。

ポルトで初めて飼ったネコにルルと言うのがいまして。息子が5歳くらいの頃で、当時は夫の家族と同居していました。庭がありませんでしたから、野良で生まれたノラ猫ルルはわたし達に引き取られ、外の世界を知らずに育ったのですが、庭のある家に引っ越したときも、決して庭には出ずとうとう最後まで家の中でした。

その最後の時は、自分の身をどこかに隠そうと、動けなくなった体をひきづっては、何度も何度も洗面所の片隅に身を置こうとしたものです。

件の生徒さんは仕事があり、日中愛猫は一人家に残るわけです。こうなってくると、人間もネコもたいへんだな、治療して治る分にはいいのですが、そうでない場合はどのようにして、ペットと向き合うか、ちゃんとした解決方法は二選択一。大変なのを承知の上で最後まで介護するか、辛い気持ちを噛んでクリニックに連れて行って置いてくる。

人間社会のみならずペット社会にも、このような問題が持ち込まれるようになるとは、昔は考えも及ばなかったことでしょう。

今我が家には4匹いますが、15才16才17才、一番若いのが13才です。2年前まではこれにゴンタ君が加わって5匹いました。4匹のねこたちをしっかり治めていたのはゴンタでした。長老とは言え、今のフラットに引っ越すまえの庭付きの借家にいたときからの猫で、当時はよく外を出歩いていたものです。

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ありし日のゴンタ、そしてペト

フラットに引っ越してからは、土日のみ朝の1時間ほどを外で探索しては必ず帰って来て、下のフラットの壁の上で、帰ったよ、とわたしたちを呼ぶのでした。それで、二階のフラットから下まで降りて、メインドアを開けて入れてあげるのです。

そんなんでしたから、経験も豊かで賢くリーダーシップがありました。仲間同士が家の中で取っ組むほどの喧嘩をすると、一目散に走って行き仲裁をしたものです。最後の最後まで、ほとんどわたしたちに手をかけずに老衰で静かに息をひきとりましたが、猫とはいえ、立派な最後でした。

いつの日にか、一匹、また一匹と介護をする日が来ることを考えると、覚悟はしておかないといけないな、とつくづく思います。

夫やわたしが猫たちの後に逝く、って想定ですけどね(笑) ねこたちをみな見送るまでは三途の川を渡れません。

下記では、ゴンタねこのことを書いています。よろしかったらどぞ。

 「満月と猫とゴンタねこ
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2019年10月12日

台風19号の進路にぶつかってしまった地域のみなさま、ご無事でしょうか。千葉、東京に住む子供たち、埼玉の妹家族など、心配で眠れない昨夜でした。モイケル娘に、「おっかさん、心配しすぎ。もう寝なさい」とポルト時間午前3時半に言われ・・・(笑)

それで、さすが、今日の朝の日本語授業はきつかった!

さて、 日本の知人から依頼があり、昨日の午前中はダウンタウンまでその調達に出かけてきました。写真のCombatentes(コンバテンテス)駅の近くに車を乗り捨て、メトロで。

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久しぶりに歩く街は秋の気配がします。
残念ながら、頼まれた用件を果たすことはできませんでしたが、帰りは少し遠回りしてサンタ・カタリナ通りを歩いてみました。

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列が出来ているのはなんぞや?と思ったら、んまぁ、このカフェへの入店をまっているのです。
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あらら、ポルトの老舗カフェ「Café Majestic」です。今、オーバーツーリズムのポルトはレロ書店も同様、 並ばないと店内を見ることができないという状態になってしまいました。

かつては、ポルト散策後、ここでスコーンとコーヒーを飲み休憩して帰宅したものです。その頃は、あまり人も入っておらず、よく朝、コーヒーを飲みながらゆっくり新聞に目を通している年配者を数人見かけるのがここでの普通の光景でしたが、今や地元客は入ることが出来ず。

レロ書店にいたっては、店内の客はわたし一人ということが何度もありました。ほんとに贅沢な時間を独占できたカフェであり、レロ書店でしたが、それも遠い昔のことになってしまいました。これは、日本だったら、京都が同じような状況なのかもしれませんね。

こちらはポルト大学医学部のTuna(伝統的な大学生音楽グループ)が、演奏していました。

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女性を前に、ラブソングの類を歌っていますね。

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上りは心臓破りの坂道、Rua de 31 de Janeiroも下りは爽やか^^向こうに見えるのはクレリゴス教会とその塔。下は美しいファサーダを持つ老舗の宝石店。まだがんばっているのが嬉しいです。

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ではみなさま、本日はこれにて。
なお、下記では、わたしが撮影したTunaのビデオが見られます。よろしかったらどぞ。

https://www.facebook.com/yukosodebayashisantos/videos/1890768150988007/
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2019年10月9日 

土曜日の我が日本語教室の中級クラスは、現在11人います。30代40代の二人を除き、全員が20代です。中に昨年とこの秋からブラジルの留学生が二人参加しています。

その一人が、Jポップや日本についての記事などを読んでは、「このメールを書くのに40分かかりました」などと付け加えて、時々日本語でメールを送ってきます。

晩御飯の後片付けも終わった昨日のこと、メールボックスをチェックすると、O君からのメールが入っていました。

つい、先だっても、「日本語は中国語が元だ」という記事を読んだ、と書いてきたので、「違うぞ。漢字は中国がもとだけど、日本語の起源ははっきり分からないのだよ。」と返信、ついでに、日本民族と隣国と二カ国とは顔が似ているので同民族と思われがちだが、日本民族のDNAはかれらとは違うのである」と付け加えたのでした。

どれどれ、O君、今日はなにを言って来たかな?と少し期待しながらメールの内容を読む。と、側でテレビを見ていた夫を横に、「わーっはっはっは!」と大笑い。

曰く、先生、今日電車の中で若い女性が腕に「天便」と漢字の刺青をしていたので、へぇ、と思いました。それで、どんな意味かと聞きました。「Tenshi、エンジェル」だと言いました。ぼくは漢字が「使」と間違っていると気がつきましたが、その人に言えませんでした。それで、一応カッコいいね、と言いました。

可哀相に、あの人は、一生あの「天便」の刺青なのです。もちろん、わたしは漢字学者ではないので、もしかしたら「天便」という言葉があるかもしれないと、確認してみました。日本語では見当たらず。中国語にはあるのかしら?

それで、昔のモイケル娘のお笑いブログを思い出していました。

fabulous" "marvelous" by モイケル」 

美容院の窓にかかげられていた言葉。(日本でのこと)
何も考えずに見ると綺麗なデザインだけど

ちょっと日本語に置き換えてみた。
「素晴らしい」「優秀」という日本語が海外の美容院の窓を飾ってたらどないやねん。

あるアメリカの夫婦
「この漢字、気に入ってるから額に入れてるの」
と「歯医者」という字を飾ったり。

見慣れない字は魅力的だけど、ちょっと考えたほうがいいと思う(笑

「歯医者はまだいいぞ。産婦人科なんてこったら、はずかしいかも^^;」


こんな訳で、本日はこれに少し関連した過去ブログを再掲します。実は、この記事、ブログ友のムイントボンさんに、やはり外国人がしていた刺青の漢字の話が出た際に、もう一度記事を載せてくださいとリクエストがあったのです。以下。画像は全てWikiipediaから拾ったものです。

「日本語ロゴに夫と爆笑」

ネットで拾った、外国人が着るTシャツのちょっとおかしい日本語ロゴの写真をわたしの突っ込みとともに紹介します。

logo17[1] logo9[1]
                さいでございますか^^ 

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大変でございますなぁ。                お励みください。

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あらら、お大事に。                まぁ、よくあることではございます。

logo1[1] logo19[1]
  い、いや、あの、その、ご自慢は分かるんですが、大汗ものです^^;

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キャバクラと幕府がなんで「いい国」なん!

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い、いいけど・・・言わんでもええがな(笑)
 
nihongologo.jpg logo5[1]
なんだかなぁ・・・
 
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いやぁ、お食事処でそれはないっしょ!      ↑「侍」とまちがっとらんか?酷い!!!

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おいおい、お前さんがた^^;

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「寿司 さしみ」^^;ま、これくらいならいいね。ブライアン・メイ(だと思う)
 
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ダニエル君、「Tokyoな」ってなんですのん・・・確かに名詞に「な」をつけることで「な形容詞」になるにはなるが、これはちょっとねぇ。「Tokyo的な」でしょうが。

そう言えば、ポルトのショッピングセンターにある寿司カウンターの店名が「渋い寿司」ってのがある^^;クールとひっかけてるのかもしれませんが、渋いって寿司ってどんなんやねん・・・


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あははは。これは小気味いい。

外国人のTシャツロゴを楽しませてもらったのですが、逆も然りで、わたしたち日本人の英語ロゴも酷いのがあること確信です。

昔、息子用に日本から買ってきたTシャツの英語ロゴに「Fry away」ってのがあり、「うは!」と思いましたっけ。そう言えば我がフラットの前のカフェ、「Take Way」と看板を一時出していましたが、誰かが伝えたのでしょう、じき「Take away」に訂正されました。

気がつかないところで自分もヘンチクリンなロゴの入ったものを着たりしているかも知れません。クワバラクワバラ、人様のことを笑えた義理ではありませんね。それにしてもいったいどんな人がこんな酷い日本語ロゴをTシャツにプリントするのだろうかと思わずにはおられない。

変な英語ロゴの多くは英語に疎い日本人が使うのだろうから、日本語ロゴもそれと同じように日本語をかじった外国人がプリントするのだろうか。それとも手当たりばったり、目に付いた日本語をプリントするってことだろうか? Or、漢字に対する自分たち(外国人たち)の感覚で選ぶのか。大笑いした後で思ったことである。お粗末さまでした。

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2019年10月6日

今日はコペンハーゲンを休んで、ポルトガルはシントラにあるキンタ・ダ・レガレイラの話です。

キンタ・ダ・レガレイラ

ユネスコの世界遺産が多く点在する小さな町シントラですが、その中でも際立っているのが、エキセントリックなレガレイラ館、庭園を含む「キンタ・ダ・レガレイラ(Quinta da Regaleira)」です。

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館の一部


19世紀末にポルトガルの大富豪アントニオ・モンテイロがイタリアの建築家ルイジ・マニニとともに10年の年月を費やして造り上げました。ロマネスク、ゴチック、ルネサンス、マヌエル式と建築様式は多岐にわたります。

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妖艶とも映る館もさることながら、森の中のジグラットやマグダラの塔、レダの洞窟などを注意してみると、錬金術やテンプル騎士団、バラ十字団などのシンボルがいたるところに隠されているのが分かります。
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マグダラの塔

これらの秘儀的なシンボルを森の中で探すのは面白そうです。キンタ・ダ・レガレイラは訪れる人を迷路に誘いこむような不思議な魅力があります。


ダンテの「神曲」をテーマにした井戸は必見です。大きな岩戸を押して9階の薄暗いらせん状階段を下りると、地価30メートルの大理石の床にはモンテイロ氏の家紋であり、テンプル騎士団のシンボルでもある「赤い十字」のモザイクがはめこまれています。

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重い岩戸を開けて井戸に入るモイケル娘

キンタ・ダ・レガレイラ


井戸の底からレガレイラの地下全体には、真っ暗な迷路が張り巡らされています。冒険心旺盛な人は、ぜひ、携帯電話のライトを利用して迷路を歩いてみてください。

「キンタ・ダ・レガレイラ」は、シンボルファンならば一度は読んでみたいモンテイロ氏の異端的な哲学を描いた一冊の本のようです。

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2019年10月4日 

今日はコペンハーゲン15年前の街の景色です。

・コンゲンス・ニュートゥ(Kongens Nytorv)広場

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宿泊したアドミラルホテルのすぐ側にある広場。 周りには王立劇場、ホテル、大きなマガジン・デパートなどがあります。。
               
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シリンダーは、地下から切り抜いた地層だそうだ。縦に伸びている赤いベルトには、一番下から1050年から現代までの年号が記されています。上へ行くに従って地層にはプラスティックなどの色々なゴミがくっついてくる。このシリンダーが今も広場にあるのだろうか。グーグルで写真を検索してみましたが、見当たりませんでした。既に広場から撤去された可能性があります。

・市庁舎までの道のり
上のコンゲンス・ニュトゥ広場から始まる国内一のショッピングストリート、歩行者天国では大道芸人さんをたくさん見かけました。

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コペンハーゲン式人力車でしょうか。
 
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ショッピングストリートを女王の住むアマリエンボー宮殿まで行進して行く交代の衛兵の列に遭遇しました。
 
歩行者天国を出切ったアンデルセン大通りにあるチボリ公園。わたしたちが行った10月にはオープンしておらず、入場できませんでした。

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下はチボリ公演のフェンスに貼り付けられたポスター。
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斜め向かいの市庁舎の南側に建ている「ンデルセン像」。
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時計台をトップに持つ市庁舎。
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通勤ラッシュも終わった日暮れ時。向かって左側が歩行者用、その横が自転車用、最後の右が車用。当時から自転車道が舗装されていましたが、この20年でサイクリストの数は68%も増加しているのだそうですよ。

国の税制により車がとても高い買い物になるので、多くの市民は自転車利用だそうです。道がほとんど平らなので自転車を利用すると言うのは環境問題上うなずけます。

しかし、これがポルトのような坂道が多い街だと、自転車の普及は望めません。サン・ベント駅横のサンタカタリナ通りに出る1月31日通り(Rua de 31 de janeiro)などは、徒歩でも心臓破りの急な坂道です。とてもじゃありませんが、自転車など、並みの人間には無理ですね。

ちなみにデンマークでは車1台を購買すると、それに対して180%の税金が課せられ、元の車の値段の3倍近くの費用がかかるのだとか!

う~む。しかし、国民がこれを納得して受け入れているというところがすごい。

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Wikipeidaより。

では、みなさま、また。


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2019年10月3日 

ヤフーのジオシティ全面閉鎖で、ホームページをやむなく削除することになり、拙ブログに再掲し忘れていた記事のひとつ、コペンハーゲンについて、載せます。画像はオリジナルを失ってしまい古くて見にくいのですが、ご勘弁ください。

2005年の10月一週間の滞在ですから、情報源としては古く大して役にたたないでしょうが、自分のメモとして書いて置きたいと思います。

実は、お付き合いで「しょうがないな」感覚で出かけた北欧の小さな街、コペンハーゲンでしたが、行って見ると、来る前のそんなかったるさがすっ飛んでしまい、夫が国際会議出席中、ため息つきながら一人で毎日5、6時間、歩いて満喫したのでした。

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写真は宿泊先のアドミラル・ホテルから歩いてすぐのところにある、よく知られた運河ニューハウンのほとり。 片側は家のみが立ち並び、その反対側は立ち並ぶ家の地階が全て飲食店がひしめきあっています。

このニューハウンの町から、第二次大戦中デンマークのレジスタンス運動が広まったと言われます。

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10月ともなれば、街を歩く人々はコート姿なのですが、写真のようにオープン席が出ていました。運河を前に、コートを着たままビールを傾けるのであります^^

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椅子にかけてあるのは客用の毛布。コートの上からこの毛布で身をくるみビールを片手に話しこむ。寒そうです^^; 注意して白い四角パラソルのすぐ下を見てください。黒い円筒のようなものが見えますか?これは街灯兼ヒーターの役割をします。近年、ポルトのオープンカフェでも見られます。

たくさんの船が運河に横付けになっている。
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運河の側で、土曜日の夕方に見かけた「手風琴のおじさん」。胸には、いっぱいメダルをつけています。手風琴の上に乗っているのは、なぜだか古びたぬいぐるみのテディー・ベア・・・何か事情でもあるのでしょうか?横についたハンドルを手でグルグル回して、音楽を鳴らします。

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コペンハーゲンと言えば、「人魚姫」「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」など日本でも良く知られが童話作家ハンス・アンデルセンを生んだ国です。アンデルセンが住まいとしたフラットは、二箇所あり、上はバーやレストランが並んでいない運河の側。真ん中の四角い小さなプレートに、「アンデルセンが住んだ所」と書いてあるのみでした。

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こちらは運河の向かい側。同じくプレートと書かれてあるのみ。博物館などにはなっていないw、どちらもかな り古いガタビシの建物でした。
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ニューハウンの並びの一軒で食べたスパゲッティと生ビール一杯が当事で一人当たり3700円以上、昼に買った「素クロワッサン」(笑)、一個¥450で、驚きました。さすが、収入のほぼ半分は税金で持っていかれるというお国です。

しかし、小学校から大学まで、授業料無料。しかも大学生は、お国から毎月日本円でほぼ7万円近くが支給され、返済不要だそうです。 今回、確認のため調べてみると、現在は9万円ほどが支給されるのだそうです。もちろん返済不要です。 うらやましい話です。

地方から出てくる大学生にとっては、生活費全額とは行かないまでも、けっこう助かる金額でしょう。こういう話は、参加した郊外ツアーの素敵な年配の女性ガイドさんが話してくれました。このガイドさんの英語がとてもきれいで分かり易く、その上親切だったのを覚えています。

コペンハーゲンの項はしばらく続きます。

本日も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございます。
では、また。



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2019年10月1日

ひいきの3匹の野良ネコちゃんがいなくなって、しょげていた前回のブログ、ちょっと切ない内容になってしまいました。
え~い!と元気印で行かなくちゃ。そこで、今日は同じくネコにまつわる、でもちょっと可笑しなお話をば。

補習校を退いて、めっきり日本人と顔を会わせることがなくなったころのことです。日本語そのものを話す機会を失ってしまったもので、当時は独身だった子供たちと日本語での会話のやりとりは、「母国語が話せないストレス」からわたしを解放してくれるのでありました。

夫の気の会う仕事仲間との会食でも、「近頃は日本語を話す相手はもっぱら日本語教室のポルトガルの生徒よ」と冗談のような本当の話をしては、「お!いよいよYukoもポルトガル人の域に入ってきたのだね」と褒められたり(?)

が、三つ子の魂百までと言う、いくら日本で暮らした年数よりポ国での年数が上まったとは言え、母国語で思いのたけを語るようにポルトガル語で語れるわけはございません。日本人気質も変わるものではない。

そんなわけで、子供たちにしてみたら親とのスカイプチャットも小うるさかったかも知れませんが、母親にとっては、彼らの様子もわかり、母国語も話せる一石二鳥の役割をしてくれていました。

さて、そんなある日曜日、モイケル娘とのチャット。

モイケル:あ、そういえば「歌舞伎」の写真、ブログに乗っけたどーw
(註:「歌舞伎」とはモイケル娘の近辺のノラ猫。後半に写真あり)

spacesis: おお、見てみよう。わたしも「歌舞伎」の記事をブログに書こうと思ってるのだ
モイケル: あはは

spacesis:ところで、JRはどうしてるの?(JR:我が息子でモイケルの兄)
モイケル:今日なんかダンボールの中、仰向けになって寝てた

spacesis: ダ、ダンボールの中?
モイケル:昨日仕事が終わってからパーティがあって帰って来てない
      (兄妹二人で住んでいた)

spacesis: ダンボールでって、どしたん、それ!
モイケル:今日は外があったかかったんだよw
モイケル:で、気持ちよさそう~に寝てた

spacesis: おいおい、ホームレスじゃないか、それ。「歌舞伎」と同じw
      なんちゅうことを^^;

モイケル: ・・・・・・おっかさん、ちょと待てぃ!(話のズレに気付いて)
           「歌舞伎」の話だよw
モイケル& spacesis: ・・・・(二人しばらく沈黙後) ぎゃはははは!

spacesis: JRがダンボールの中で寝てたんかと(爆笑)
モイケル:さすがに兄貴もそこまではやらんわw

spacesis: がはははは。おかしぃ~。おナカがよじれる~
      (↑笑いすぎて)
spacesis:ああ、平和な日曜日の朝だ

チャットのちょっとした行き違い、ボタンを掛け違えたようなやりとりで、我ら慌て者親子の他愛ない会話ではありますが、こういう何ということもないように見える笑いの一瞬が心にポッと灯をともしてくれます。
そんな一瞬が生活には必要です。

昔から言います、「笑う角には福きたる」そういうことがしみじみ感じられるこの頃です。

さて、その「歌舞伎君」ですが、登場願いました。

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真っ白ネコなのになぜか顔の模様が歌舞伎キャラ。そして、先ほど、息子が寝ていると勘違いしたダンボールでの歌舞伎ネコの寝姿がこれ↓

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ねこ共も気持ちよさそうにお昼ね。平和だねぇ。我が物顔でベランダを占領する「歌舞伎」。油断しきってるなおぬし。

何ゆえダンボール箱でうたたねをしているかと言うと、歌舞伎君、モイケルのベランダにやってきてはエサを待つ常連ノラちゃんなのです。これからは寒かろうとベランダに応急ハウスとして設置したのがこのダンボール箱(笑)

箱の中にはちゃんと小さなカーペットも敷いてます。写真の白いプツプツはというと、エサをもらうの常連だと言うのに、断固、人を近づけない歌舞伎君、ベランダのガラス戸越しに撮影したからに他ならず。

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ご近所では快く思っていない隣人もいるかも知れないと思いつつ、放っておけないのは母の血です。右や左のみなさまがた、どうぞご勘弁を。

既に元ノラ養子一匹(元カレのネコだったのを結局養子にしたとのことw)と保健所から引き取った2匹の計3匹をすでに飼っていた娘、いくら家に入れてあげたくてもこれ以上は増やせません。飼ってあげることはできないけれど、その時できる最善のことをする、これで行くしかありません。

こんな風にすっかり「油断しきって」寝ている姿、可愛いではないですか。歌舞伎ネコちゃんは今どうしているだろうか。逞しく生きていておくれよ、野良ネコ戦士。

みなさま、本日はこれにて。

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