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2019年12月30日 

先週イブの24日から土曜日の28日まで、毎日のように外出の必要があり、帰宅してはクリスマス料理の準備などで、疲れること甚だし。

25日はアヴェイルに住む夫の姉宅に10人ほど集まるので、前夜からパイナップルケーキを焼き、例年の如く持参する巻きずしの具の下ごしらえでした。

nhk2014

写真はいまいちですが、久しぶりに作った十八番のパイナップルケーキは今回最高の出来でした。

翌朝は9本の巻きずしを作り、交換するプレゼントを持ってアヴェイルへ。ばたばたして巻きずしの写真を撮り忘れたので、義姉宅のデザートの写真をば^^;甘いものはこのテーブルだけでなく、他にもあるのでした。テーブルの横に見られる袋類はドサ~ッと置かれたプレゼントの一部です。

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26日にはすでにグロッキー気味でしたが、観るなら今でしょ!と、夫とショッピングセンターのシネマで、40年来ファンのスターウォーズ最終章を観て、帰宅が夜9時です。さすが、晩御飯は作れず珍しくTake Away.
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「ユーコさん、お茶でもしませんか」と、このところ会う機会がなかった補習校時代の同僚I氏からお誘いがあり、これも、今会わなきゃいつ会うのよ!と(何だか生き急いでいる感じだな^^;)、朝のお茶と相成り、27日朝10時半に、補習校時代によく行った学校の近くのカフェでおしゃべりです。やぁ、お久しぶりとコーヒーを飲んでお互いに近況報告。昼にはまだ少し早いけど、場所を変えカ生ビールで乾杯。カフェのはしごですわ つまみがなくてガックリだった(笑)

28日土曜日は今年最後の日本語授業です。
子供たち、いや、生徒たちに三角くじ引きをしてもらい、日本の小物のプレゼント、20個を用意して行きました。

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ところが、疲れていたせいで、番号を書いて糊付けしたくじを、2クラス一緒にしてしまっていたことに当日気づき焦りました。 が、そこは年の功、何食わぬ顔でなんとかごまかし、無事クラスを終えました。

いつもだと、夫が迎えに来てそのまま外食するのですが、当夜は、これまた年に一度のYY塾関係の忘年会。我ら夫婦とOちゃんのご主人も一緒の食事会です。

けど、日に2回もの外食はイヤですねん。そこで、もう何年も作っていなかった土曜日の昼ご飯というものを家で作ることになりましてん。後片付けして小一時間ほどのひと眠り後、予約を入れてもらってたレストランへ。 

これも疲れていたせいで、レストランの写真撮り忘れ^^; ん?疲れじゃなくて歳のせいじゃないかって?がび~~んでございます

昨日の日曜日は朝一番にツリーをはじめ、クリスマスの飾りを全て撤去し、新年を迎えるために、昨年の破魔矢は取り去りました。1年間ありがとうございました。

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鏡餅を飾るには29日と31日は避けるべきなのだそうで、今日ということに。なに、鏡餅っつったってうちのはミニチュアです。

というわけで、バタバタして疲れた数日、ショボショボの目の下にクマができてしまったわたしですが、明日は大晦日です。今ひと頑張りして、掃除に精出しましょう。

ではみなさな、晦日の本日はこれにて。

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2019年12月25日 

「クリスマス」をポルトガル語では「Natal」と言うのだが、昔はこの時期になると、各テレビ局はクリスマスに因んだ、じぃ~んと胸に響くような物語の放映でにぎわったものです。

旧約新約聖書に基づくものはもちろんのこと、クリスマスの時期をとりあげたドラマは、枚挙にいとまがないのですが、何度見てもその都度感動を新たにするものもいくつかあります。同じクリスマス物語でも、子供たちと一緒に楽しめるヒューマンラブストーリーの方にわたしはより惹かれます。

映画だけではなく、クリスマスに関した本もたくさんある中で、この時期のわたしの愛読書と言えば、O.ヘンリーの「賢者の贈りもの」とチャールズ・ディケンズの「クリスマスキャロル」です。

「賢者の贈りもの」
ニューヨークに住む貧しい若い夫婦がお互いのクリスマスの贈り物を買うだけの余裕もなく、毎日の生活に追われて暮らしているのだが、いよいよクリスマスが近づいてきたところで、夫は自分の父親から譲り受けて、今では鎖がなくなってしまった金の懐中時計を質屋に売り、妻の美しい髪をひきたてるであろう髪飾りを買う。

妻は、夫が人前で恥ずかしげに、鎖のついていない懐中金時計を覗き込んで時間を見ているのを知っていて、自分の素晴らしい金髪を、かつら屋へ行ってバッサリ切って売ってしまうのである。(昔は女性は髪を長くしておくものであった)そして、そのお金で、夫のために金時計用の金の鎖を買う。

そうして貧しいクリスマスイブの食卓を囲み、二人は贈りものを交換するのだが、妻が贈った鎖につなぐべき夫の懐中時計はなく、夫が妻の美しい髪にと贈った髪飾りをつけるべき長い髪がなかったのである。

O.ヘンリーは最後にこう結んでいる。「この二人こそ、世界中の誰よりも、クリスマスの贈りものの真の意味を知っている」と。「賢者の贈りもの」の「賢者」とは、イエス・キリスト生誕の時、それを祝って空に輝く大きな星を道しるべに、東方からはるばる旅して贈りものを届けに馬小屋にたどり着いた三人の東方からの賢者のことである。

ディケンズの「クリスマス・キャロル」は、初めてその本を手にした時から40年近くを経た今でも変わらずわたしの愛読書のトップ。 「人は変われる、遅すぎることはない」という教訓を思い起こさせます。 

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スクルージ老人は、金持ちでありながら大変なケチで有名である。事業の共同経営者兼、世界で唯一の友であったマーレーが亡くなってからと言うもの、益々吝嗇(りんしょく)に、偏屈に、そして人間嫌いになる。「クリスマス?ヘッ!」なのである。

クリスマスの時期に慈善院や教会から寄付のお願いがあってもビタ一文たりとも出さない。長年雇用している事務職員ことボブには、最低賃金しか払わず、冬の事務所を暖める燃料の使用量さえケチって、使わせる量は微々たるもの。ボブは厳寒の中、凍えそうな両手を擦り合わせて事務を執るのである。

ボブには、足の病気を持つ幼い子供ティムがいるのだが、スクルージがくれる安月給では、ティムの手術もしてやれない。

そんなスクルージの前にある夜、過去、現在、未来の3人のクリスマスの精霊が姿を現し、スクルージに過去、現在、未来の三つのクリスマスを見せてくれるのである。

貧しかったが幸せだった子供のころのクリスマス、薄給であるにも拘わらず、文句を言わず心優しいボブ一家の貧しい食卓とティム坊やの現在のクリスマス、自分の葬式だと言うのに町の誰一人として出席者のいない未来のクリスマス。

年老いたスクルージは、生まれて初めて自分の生き方を激しく後悔するのである。そして目覚めた彼は・・・・
              
という話なのですが、写真はわたしが1973年11月9日に大阪で買ったと扉に記されてある英語版の「クリスマス・キャロル」の表紙。もう色も黄ばんでボロボロになっていますが、クリスマスの精霊と寝巻き姿のスクルージです。わたしは、この絵のスクルージに何故かとても惹かれます。

幼い頃、若い頃の貧困から抜け出すために、守銭奴になったのでしょうが、根っからそうなのではなく、本来は人恋しいという人間性がこの絵の表情に表れているような気がしてなりません。
 
近年クリスマス番組もすっかり変わってしまいました。このような物語は心が洗われる気がするわたしですが、お涙ちょうだいものは、今の世では受けないでしょうか。 賑やかなコメディものもいいのだけれど、古くからの真のクリスマス精神をこういう時期にこそ紹介してくれたらいいのにな、と、クリスチャンでもないわたしですが、思います。

さて、今日はアヴェイロに夫の兄弟家族が集まってNatal(クリスマス)の昼食です。今からわたしは持っていく定番の巻きずしを7、8本作ります。

ではみなさま、メリー・クリスマス、Feliz Natal(フェリース・ナタル)
神を信じる者も信じない者も、今日のこの日祝福がありますように。

この記事は過去に書いたものに手を加えて再投稿しています。
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2015年12月24日 

大きめの鱸(スズキ)が手に入ったので、今年のイブは伝統的ポルトガル式を変えて、スズキのオーブン焼きをしたいと言ったら、いいよ、との返事。

それで、そろそろスズキを冷凍庫から出して解凍をと思っていたら、夫、急にバカリヤウもと言い出しました。んもう、やっぱりポルトガル人だわね、と笑っていたところです。

今からじゃ、バカリヤウ(大きな干しダラ)を塩抜きするのはもう間に合わないから、生の切り身をと昨日、買いに行ってきました。

イブと大晦日のバカリヤウは、たまねぎ、ニンジン、ジャガイモ、カブ、ゆで卵、それにポルトガル独特のcouve(キャベツの種類で葉がとても大きく固め)の野菜ととものゆでて、それにオリーブオイルと酢をかけるだけなので、料理は楽なのですがね。

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ポルトガルのcouve。Wikiより

ポルトガル人にしてみれば、イヴも大晦日もこのバカリヤウなしでは始まらない、終わらないということなのでしょう。写真はWikipediaからの引用ですが、こういう感じの料理になります。
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クリスマス・イヴをポルトガル語で「Véspera de Natal」(Natal=クリスマス)と言います。

イブと大晦日の夜はバカリャウを食べます。「Bacalhau」と綴り、塩漬けの大きな干しダラのことです。下の写真にあるように、ぶら下がっていたり、積み上げられていたりして売られます。

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Wikiより

年中マーケットでみかけますが、この時期になると、あちこちでたくさん出て、値段も跳ね上がります。こうやってぶら下がっているバカリャウは弦楽器バラライカのような感じがしないでもないが。

バカリャウをこの時期に食する習慣は、ひとつにはイヴや復活祭の聖なる週には肉を食べないことからきます。

では、ポルトガルは目前が大西洋という広大な海に面しているのになぜ乾物か?わざわざ乾物にしないで獲れたてのバカリャウを食べればいいのでは?と思うことでしょう。

実を言えば、バカリャウはポルトガル近海では獲れないのであります。バカリャウは主に北欧で獲れ、ポルトガルは北欧から輸入しているのが実情です。

ポルトガルがその歴史で最も誇る出来事である15世紀の大航海時代にこの乾物は長い航海中の食物として大いに役立ったのです。これは、バイキングがタラを保存食としていたのを真似たことから始まったようです。

丸ごと塩漬けにした大きなタラは42x92cmくらいの大きさがあります。厚みは一番分厚いところで5cmにもなります。重さは5キロもあるでしょうか。値段はピンからキリまで、偽物のバカリャウもどきも出回ります。1キロ24ユーロで4キロだと100ユーロ近くでかなりリッパなバカリャウになります。

写真は開かれて売られている一枚のバカリャウ。これ一枚を家族4人でクリスマス、年末と料理しても食べきれませんでした。

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バカリヤウの切り方は写真に入った切り線の如し。Wikiより

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バカリャウを切るには力が要りますから、これは夫の仕事になります。上、手前の白いのは切るときにバカリャウから落ちた塩です。写真では大きさが分かりにくいでしょうが、干した後もかなり大きなタラで、厚い部分は7、8cmはあります。

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固い上に厚みのある一枚のバカリャウを切り身にするには、わたしの力では無理。
一番おいしい部分は厚みのところだとわたしは思うのですが、夫に言わせると、骨付きの部分を好む人も多いそうです。

食べるときはこれをイヴや大晦日に食べられるように2、3日水に漬けて塩抜きします。その他、オーブンで焼いたり、炒めたりグラタン風にしたりと、料理方法は500とも1000とも言われ実に多彩です。

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↑生クリームとチーズ、ジャガイモを使ったSpacesis式のバカリャウグラタン。 右はもっともポピュラーなバカリャウ料理、bolo de bacalhau(バカリャウコロッケ。wikiより)は、カフェでも食べられます。

本日はこれにて。
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2019年12月23日  

今朝はやっと雨がすこし上がったようですが、まだ油断はできません。
連日降り続いた雨、ドウロ川沿いのリベイラは写真の如くついに洪水に見舞われてしまいました。

これは2006年以来、初めてのことです。

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新聞記事より

わたしがよく歩いたミラガイア(Miragaia)地区もこんな風になってしまいました。ポルトの低地にあたるので、これだけ雨が降ると、てきめん水害を被ります。

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またもや「わたしが来た頃は」なんですが(笑)、ご勘弁くださいよ。その頃から2000年くらいまでは、冬は雨期のポルト、このような水害(ポルトガル語ではcheia=シェイアと言います)は、ため息がでるほど毎年のようにあったのです。

国は、市はどうして対策をしないのかと腹立たしく思っていたものですが、ドウロ川上流に数か所のダムが建設されて以来、ずっと水害がなく今日まで来ました。しかし、今年はうんざりするほどの雨雨の毎日で、「ほんとに今年は雨が多い」とぼやく人々の声を耳にしていました。

が、考えてみれば、昔はこれが普通のポルトの12月だったわけで、何のことはない、今年が変なのではなくて、昔の気候になってみた、ということでしょう。

それにしてもクリスマスを間近に控えてのcheiaは気の毒ですね。ポルトを訪れる観光客も驚きでしょう。

しかし、街は雨の中をクリスマスの買い物客でにぎわっています。

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Wikiより

人生は続く。

ではみなさま、本日はこれにて。
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2019年12月21日 

月に二度ほど、友人の高校3年生の娘さんAちゃんの国語の勉強を見ています。

わたしが借りている日本語教室は普段の土曜日は10時から13時までなのですが、彼女の国語授業がある日は朝9時からです。
題材は自由にしてもらっていいと言われているので、時に高校国語教科書から、時にエッセイ集からと選びます。

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教室がある場所。連日の雨で日頃はサッカー試合のある子供たちの声でにぎやかなグラウンドも今日はなし。代わりにカモメたちがサッカーをするそうですよ(笑)


一度、マンガ「ちはやふる」の話が出たもので、日本の歴史も同時に学べる「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」を取り上げてみたら、Aちゃん、かなり興味を示し、更に数首を取り上げて、授業を進めています。

昨日は、7番歌である阿倍仲麻呂の

「天の原 ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも」

でした。

この歌では遣隋使、遣唐使について学び、遣唐使の安倍仲麻呂が科挙の試験にも一発で受かった秀才であったこと、また、皇帝の側近として長年仕えた仲麻呂はついに祖国の土を踏むことが叶わなかったという、この歌は、百人一首の中でただ一つ、外国で詠まれた望郷の歌なのだということを学んだわけです。

若いAちゃんに、望郷の思い云々はまだ難しいでしょうが、いつかこの歌の心が理解できることがあるかと思ったり。

さて、Oちゃんの国語授業がある朝は、10時からの日本語生徒たちに、「今週の土曜日、教室は9時から開いています」と連絡を流します。Oちゃんとわたしが勉強している間、早く来たい生徒は教室に入って自習できるようにしています。

そういう日は、よく日本語ができる一人の生徒が30分くらい早めに教室に入ってくるのです。が、昨日はなんと!9時になるとAちゃんよりも先に二人が、そして間もなくもう一人と、3人の生徒が早くやって来て、ふむ、みんなやる気あるじゃない!と内心驚いたのでした。

10時からのクラスは中級クラスで、いつのまにか、8年の長寿クラスになりました。週に一度、たった80分の日本語授業ですが、一通りの基礎文法のテキスト2冊を終え、目下、読解力中心の授業です。

読解力テキストにただ沿って進めるだけではいまいち面白みに欠けます。そこで、時折、歌を取り上げたり、短編小説などに取り組んだりします。生徒たちがどんな反応を示すかと、これを選ぶのがまた楽しみなのでありまして。

クリスマス、新年と例年ならば教室も1、2週間の休暇に入るのですが、今回は2月に控えた漢字検定試験の勉強で無休のYY日本語塾ではあります。

ではみなさま、また。
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2019年12月20日 

一昨日の夜は嵐でした。渦巻く風の音、何かが吹き飛ばされる音も聞こえました。目が覚めていたものの、おお、こわ!と外を覗くのも恐ろしげで、一度目が覚めたら最後、起きださずにはすまないわたしとしては珍しく、ふとんを被って再度寝入ったのでした。

翌朝、夫に、「すごかったねぇ、昨日の夜は」と言うと、何が?と仰せでございます。国立病院退職後も私立病院で仕事を続けている夫ですが、その日の帰宅は珍しく夜9時を回っていました。疲れで嵐も気づかぬほど熟睡していたのでしょう。ポルトは今日も朝から雨です。

先日、過去の影絵イヴェントのポスターを、日本語塾サイトに載せましたら、うっかりものの生徒から、「先生、この影絵見たいですから、申し込みをどこでするのですか」と、連絡がきました。

その作品は、わたしと相棒のOちゃんが切り絵をして、ラフマニノフのシンフォニーNo.2、アダージョをBGMに流し、上映した影絵で、原作が佐野洋子氏の「百万回生きたねこ」です。

プロローグとタイトルはこのシルエットで始まり、
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エピローグは下ので終わります。
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「百万回生きたねこ」は絵本です。何度も生まれ変わり、その度に王様や手品師、船乗り、女の子、おばあさん、果ては泥棒の猫にまでなるのですが、猫は一度も幸せだと感じたことがありません。ある時、猫は初めて誰のものでもない自由な野良猫に生まれるのです。そして、愛する白い猫に出会い、子猫が生まれ・・・という話なのですが、愛し、家族を作り、そのために生きる平凡な日々の人生の幸せを語り掛けてくる物語です。

いい絵本は、かつて子供であった頃を忘れてしまったわたしたち大人に問いかけて来るものが多くあります。

このところ、日本語教室に忙しくて、新作を作り上げていません。手を付け始め、翻訳もできているのですが、肝心の切り絵が止まったままです。切り絵については、ワーッと気が乗らないと取り組めない性質で、気が付けば取り組んでからもう3年が経っているのでした^^;

出来上がっているいくつかのシーン、ごらんの通り「片足ダチョウのエルフ」です。
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そそっかしい生徒からの問い合わせで、久しぶりにBGMをかけて影絵作成に気乗せしている昨日今日です。

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今年はもう無理だけど来年は是非新作上映に持っていこう!
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2019年12月15日 

しばらく前までは、老猫介護のため、普段していた、例えば夕食後に見ていたテレビなど諦めて、ひたすらねこちゃんの世話と日本語授業の準備と寝ることに専念してきました。

そうでもしないと、つい愚痴が出て落ち着いた気持ちで介護ができないのです。夜10時前には寝て朝5時ころには起床です。
介護も子育ても、自分がこれまでしてきたことを維持して続けようとすると、どうしても気持ちに疲れと焦りが出て、両立のバランスが崩れてくるように思います。もちろん、その両方を立派にやっていける人もいるのでしょうが、わたしは不器用な方で、その能力はなし。

その時その時で、より大切な方を選びます。
子供たちがヨチヨチ歩き始めたときは、それまでしていた木彫りをしばらく止めることにしました。彫刻刀を並べてするので、うっかり子供が手を出したりなどして、まさかのことが起こらないとも限らないと、最悪のことを考えての上のです。

いずれ再開しようと思っていたはずが、すっかり遠ざかってしまいました。子供たちの日本語教育をしている間に、ポルトガルの人たちに日本語を教える方向に行きました。

とまぁ、こんな風にその時々の選択がいつの間にか、新たな方向付けになったりするのですが、さて、本題に戻りまして、猫ちゃんを見送り、少しショボンとしていたところに、夫が「リスボンのフィルオーケストラを聞きに行こうか」と言う。

モイケル娘もそうなのですが、わたしも音感がよい方で音にはうるさい。「う~ん、ポルトガルのオーケストラねぇ。行ってもいいけど、よくなかったら途中で出るよ」などと生意気なことを言いまして、義兄も誘い、いい年寄り三人がでかけたのが先週の日曜日でした。

その日はイヴェント場に改築した、クリスタル公園内にあるロザ・モタパビリオンこと、「スーパーボックアリーナ」のオープニングの日だったのです。

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クリスタル公園の近くにはメトロがないので、多くがダウンタウンから歩くか車で行きます。交通停滞で我らの車はなかなか進みません。

おまけに駐車場も少なく、やっと見つけたところ、今度は義兄がトイレ~(笑) そのトイレもすぐには見つからず、結局、会場に入ったのは40分も遅れてのこと。幸いなことに結構、遅れた人が多かったので、演奏の合間に入場することができました。

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すると、なんとフィルハーモニーオーケストラではなくて、映画音楽、つまりリスボンフィルムオーケストラだったのです。「フィルム」ってはっきり発音してよね!と、聞き違いした映画好きの私は見逃した前半部が残念でなりません。

演奏曲を一部紹介します。

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Queen、フレディ・マーキュリーの伝記ボヘミアン・ラプソディー。わたしは映画を日本で娘と見ました。素晴らしい音楽を遺したスターです。

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ご存じ、007シリーズ

ミュージカルThe Greatest Showman。
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エルトンジョンの半生が描かれたロケットマン
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独特な歌、スタイルで1980年代に現れ39歳の若さで逝ったポルトガルのポップ、ニューウエーブ歌手、アントニオ・ヴァリアソォインス(Antonio Variações)

会場は彼の歌で大合唱が起こりました。

楽団後ろの大きなスクリーンに映し出される映画の名場面は圧巻。そしてフィナーレはわたしが大好きなアニメ、ライオンキング、The Circle of Lifeはエルトンジョンの作曲です。

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♪ハクナマタタ~、どうにかなるさ、くよくよするな~
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アンコールの拍手が鳴りやみまず、出たのが1977年に始まりついにこの12月で完結するスターウォーズ、ダーツベイダーのテーマソングでした。何を隠そう、わたしは第一作からのファンなのです。

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いやぁ、映画も音楽もやはり素晴らしい!
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2019年12月12日 

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ポルト市庁舎前の今年のクリスマスツリー

この時期になると毎年のように思い出す、子供たちがいたころの12月のお届け物の話があります。拙ブログに2度ほどあげていますので、既に読んだ方はスルーなさってください。

色々な頂き物の中には「こりゃ困った」と言う物も多々ありました。

これはわたし達一家が現在のフラットの我が家を得る前の、古い小さな庭つきの古い家に住んでいた時の出来事で、子供たちが小学生だった頃のこと。

夫の病院の仕事柄、この時期には自宅にお届け物がありました。ある日のこと、田舎の方と思し召す年配のセニョールが玄関の前に立ちました。夫は患者の話に耳を傾ける人で、特に年配者にはかなりの人気があったようです。

「だんな様に大変お世話になった。どうぞこれを。」と言って大きなのダンボール箱を置いていきました。中身が生ものであっては困りますので、「あらら、なんでしょ」と箱を開けてびっくり、玉手箱!ナマモノもナマモノ、二本足を紐でくくられた生きた二羽のトリではないですか!一羽は真っ赤なトサカを冠しており、もう一羽は見事な七面鳥です。12月は七面鳥の季節でもありますものね。

しかし、これ、どうするのよ?自分・・・
よく見ると可哀相に、この2羽、足をくくられたままでとても辛そうです。で、いやだったんですが、恐る恐る抱きあげようと両手を出しましたら、騒ぐこと騒ぐこと、そのけたたましさといったらありません。こちらの方がビビッてしまいましたが、思い切って抱き上げました。その柔らかい体を通して温かい体温が伝わってきました。

庭には昔の鶏小屋、ポルトガル語ではGgalinheiro(ガリニェイロ)と呼ぶのですが、それがそのままほったらかしでありましたから、庭まで運び、くくっていた紐をほどいて小屋に入れてみました。

子供達が帰宅して、特に動物好きの娘は大喜びです。早速に小屋から出して庭に放し、モイケル娘は七面鳥に「アフォンソ」鶏には「マチルダ」と名づけました。アフォンソとはポルトガル王の名前ですから、ひどい話ではあります(笑)

夕方になると、今度は庭中追い掛け回して二羽をひッ捕まえ、一時しのぎの鳥小屋に入れるのですが、これがまた一仕事です。
あちらは必死で逃げ回るし、こちらはこわごわ追いかけ回すわけです。

庭には好きなバラをたくさん植えてましたし、大きなあじさいの木もありましたから、それらの陰に入ると捕まえるのにこちらは手や腕が傷だらけです。

こういう悪戦苦闘の数日が続いたのですが、クリスマスがいよいよ近づいてくると、さて、ここで問題が持ち上がりました。こうして名前までつけてしまうと、潰して食卓に載せることなどできましょうか・・・娘など、よもやそういうことには考えが及ばなかったでしょう。ずっとペットとしえ飼い続けると思ったのではないでしょうか。夫もわたしも、つぶせるわけはなし。

しかし、このまま庭で飼っておくというわけにもいかないのです。なにしろ、我が家には犬のポピー、そして数匹の猫たちもいるのです。このまま飼って行くと、アフォンソとマチルダを守るために四苦八苦、そのせいで毎日クタクタになるのが目に見えています。

一日一日と延ばし延ばしになり、ついに決心を迫られる日が来ました。我が家で始末するわけには参りません。ネコや犬たちが騒々しさや血の匂いできっと怖気づいてしまうに違いありません。

我が家の裏では、大きな畑を持つジョアキンおじさんの飼っているブタが、悲鳴を上げて鳴くことがままあるのですが、わたしには何が起ころうとしているのか分かっています。そのときの我が家の犬猫たちは「なにごと?!」とでも言うかのようにみな揃ってあっちへすっ飛びこっちへすっ飛び。その不安な様といったらありません。

子供達に、「これはアフォンソとマチルダです、頂きましょう」と言えるくらいの気概が哀しいかな、わたしにはありません。

結局、週に2度、我が家へ掃除にくるお手伝いのベルミーラおばさんに2羽とも上げました。不意に手に入った素晴らしいご馳走です。嬉々として2羽を抱えて帰って行ったお手伝いさんの後姿を見ながら、わたしはちょっと複雑な思いでした。こんな気持ちになるのなら、肉類はもう口にしなくてもいいや、なんて偽善的な思いが頭を横切ったものです。

わたしたちが生きるということは、そのために生かされてる命があるのだ、ということに思いを馳せる出来事でありました。子供達には、一言「お手伝いさんにあげましたよ。」それで十分伝わったでしょうか。

モイケル娘の複雑な表情を打ち消すかのように、わたしはクリスマス・ソングのCDをボリュームアップでかけたのでした。

アフォンソとマチルダに合掌。

本日はこれにて。
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2019年12月11日 

40年来のポルトガル人の友人エディッテさんに誘われて、海岸沿いにある日本レストラン「一番」さんで昼食をしてきました。
来週、手術をするから今年のうちに会いましょうと言うもので、なんだか心配になり何はともあれと会ってきました。

昔、ご主人の仕事の関係で東京に6年間ほど住んだことがある彼女はわたしと同年代です。わたしがポルトに来てすぐから家族づきあいをしましたが、ご主人は30年ほど前に他界しており子供はいません。

知り合ったきっかけは、こちらも既に他界された元日本名誉領事N氏の紹介でした。彼女は長沼スクール式の丁寧な日本語、そして英語も話し、ざっくばらんな人柄なので、当時、ポルトガル語が分からず、知り合いも友達もいなかったわたしにとり、心を開いて話せるただ一人のポルトガルの友人でした。

今では、年に1、2回会ってポルトガル語をメインにおしゃべりする間柄です。

レストランでは握り寿司を一皿ずつ食べ、二人で顔を見合わせて、おいしいよね、もう少し頼もうか?と、わたしたちとしては珍しくお替りをし、2時間ちょっとの時間、お寿司を楽しんで来たのでした。

無事退院して年が明けたらまた会いましょうとそれぞれの車を駐車してある場所へと向かったところで、ふと自分のショルダーバッグに目をやると、バッグの後ろポケットに入れたはずのスマホがない・・・・

あ、レストランに置き忘れて来たな(最近の我が子たちの写真を彼女に見せたので)と、即、引き返して聞いてみると、ない・・・・
がーーーん!落っことしたの?でも、あんなものが何でバッグポケットから落ちるのよ?落ちたら音くらいするやん?焦った。が、とにかく家にたどり着かないとなにもする術がなし。

帰宅するやすぐ、エディットさんと夫に、ケータイない~~と固定電話から連絡して騒ぐ。すると、間もなしに、私のケータイ番号に電話してみた彼女が、「ユーコさん、あなたラッキーよ。親切なジェントルマンが落ちていたスマホを拾って持ってくれているみたい。すぐ、自分の番号に連絡しなさい」と。

外にいる夫が、拾ってくれた御仁、いや、わたしのケータイに電話を入れ、落としたFozではなくて、その人が住んでいる隣町のガイアにあるショッピングセンター内で待ち合わせ。「君のスマホ、もう手元にあるよ」と夫。

だからね、あのショルダーバッグ買ったとき、ちょっと小さかったかなとひっかかったんだよね。なんであんなものが落ちるのよ。落ちたら音がするやろ!もうあのバッグ、ダメだ!と、今朝方、モイケル娘にスカイプで愚痴ったら、「ば、バッグが悪いんかw」と笑われました。

こんな風に結構落し物が多いわたしではありますが、とにもかくにも無事手元に届いたスマホさま、これがなければ仕事ができなくなる状態ではありました。

ふぅ~、今年最後のどっちらけでありますように~。
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2019年12月10日
 
日本から帰って以来一か月ほど、老猫の本格的な介護をしていました。

これまでに飼ってきた猫を何匹か見送りましたが、今回の猫、クルルにするような本格的な介護は初めてでした。夫の話によると、粗相が始まったのはわたしが返ってくる2週間ほど前だとのこと。わたしの4週間の帰国は猫にしてみれば約1年間の時間に例えられるとあります。

しばらく前から、ひたすら食べ物をねだり、食べても食べてもガツガツ食べるクルルは、ひょっとして自分が食べたのを忘れるというような痴ほう症かな?とも思っていたので、4週間家を空けるのは痴呆が進む危険があるかもしれないとは思っていたのですが。
夫はきちんと面倒をみてくれたとしても、午後は仕事があるので、いったん家を出ると夕方6、7時ころまで帰りません。

わたしの日本語を教える仕事は家が教室になっているもので、家にいる時間が多く、猫たちにとっては飼い主様はわたしということになります。

食べても太るということはなく、食べる量に反比例するようにひたすら痩せていきました。視力もかなり弱くなったようです。
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寒いからなのか、わたしがシャワーの後、ヘアドライヤーを使い始めると決まってそばにやって来るので、髪を乾かしながらドライヤーでクルル猫の体もついでに温めるたね、ドライヤーを向けていました。

わたしが家にいるとは言え、ずっと猫について回るわけには行かないので、粗相はどうしても避けられません。そこで、大きなケージを買ってきて、わたしが目が届かない間はその中に入ってもらうことにしました。
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寒がりやなので左横に小さめのストーブを置いています。面白いことにオシッコはちゃんとトイレの中にするのに、もうひとつがダメなのです。それで、ケージにはクッションの上に介護用の使い捨て防水シーツを敷きました。

これを汚した場合は、取り換えると同時に、猫の手足、しっぽをお湯で洗います。これを朝一番、5時ころに起きてし、日に何度も繰り返すのですが、夫も家にいるときは協力してくれました。

シーツは使い捨てですからいいものの、クッション代わりの毛布の選択を何度したことか、雨の日が多かったので本当に困りました。
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寒いので、昔息子が生まれたての赤ん坊の時に着た手編みのセーターを着せてあげていました。

すこしづつ衰弱し、昨日、「クルちゃん、もうがんばらなくていいんだよ」と体を撫でて声をかけた後、わたしが日本語授業をしている間に、静かに逝きました。

前の借家時代から飼っていたただ一匹の二代目猫、18、9歳でした。人間の年齢でというと90歳前後だそうで、長生きです。
クルルの介護を経験したことで、もう次は慌てずイライラせずに対処できるエキスパートになったかと思います。夫曰く、孫の世話の練習だと思って(笑)
本日、火葬に送り出しました。

可愛かった時のクルルの写真を載せて、みなさま、ではまた。
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2019年12月8日
 
ようやくクリスマスツリー等の飾りつけを終えました。
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終えるや否や、あわわわわ、ツリーが倒れるよ。例年通りすぐいたずらにやってくるのが4匹猫の一番若いゴロー君です。
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木彫りのクリスマスツリーは我が親友、木彫家の堺美地子の作品で、我が家では歴史が長いクリスマスのオーナメントの一つです。
クリスマスオーナメント5

使われることがない暖炉もこんな具合に。
natal

そして、フラットのドアにはリースを飾ります。
natal

デコレーションは毎年同じでも、エヴァーグリーンのクリスマスツリーの下で、月日は移り変わり、人も子供から大人に、壮年期から熟年期にと我が家は変わりました。

今日のポルトは再び雨です。
ではみなさま、よい週末を。
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2019年12月5日 

毎年12月になると思い出さずにはおられない話がいくつかあります。今日はそのひとつ、まだ子供たちがいなかった頃のことです。

ポルトガル語も分からず、英語もほとんど通じない環境で、当時は夫の家族である義母、義母の姉と義理の姉二人、つまり3人のお年寄りとの同居でありました。 今にして思えば、今日のわたしの忍耐力は(自分で言うか)この6年間の3ババ殿との同居時代に培われたものと自負してます。 

街を歩けば「シネーザ、シネーザ(中国女の意味)」と指さされ、それが「シネー、シネー」と聞こえるもので、腹が立つことこの上ない、日本人が一人もいなかった環境での明け暮れでした。

近所の5、6歳の子供たちに「ファシスタ!」とののしられていた老犬が路上で寝ているのを表通りに面したわたしたち夫婦の部屋のベランダから毎日見ていたのでありました。今と違って当時はのんびりしたものです。その通りは5、6匹の野良犬が道路のあちこちでゴロ寝している光景は当たり前でした。

小さなその老犬はビッコをひいており、右側の牙が少々突き出ていて、多少醜い。「犬だってイジメの対象になるのは、こんなのか」と思うと、当時の自分の孤独感もあってか俄然わたしはその犬に近づき始めたのです。

初めは近づくわたしを恐れて、逃げ隠れしていた老犬が次第に警戒心を解いていき、やがてわたしが玄関口で、「ヒューッ!」と口笛を吹くとすぐやってくるようになりました。

それからです、庭がないからだめだ、と嫌がる夫の母を身振り手振りで説き伏せ、義母さま、ついに根負けして、「じゃぁ、日中は外、夜寝るときは仕方ないベランダ」ってことに相成りましてね。

「ヤッター」の気分のわたし、名前は迷うことなく、ローマ帝国の歴史上、小柄でビッコをひきもっとも皇帝らしくないと言われた「クラウディウ皇帝」からいただいて、「クラウディウ」と名づけたのでした。

忘れもしない、12月31日。その日の夕暮れ時、いつもなら飛んでくるクラウディウが、いくら呼んでも現れず。すると、近所の人が、「今日、保健所が犬捕りにやってきて他の犬たちはみな逃げたのに、クラウディウだけはその場にうずくまってしまい、網にかかって連れて行かれた」と言うではないか!

孤独な異国での生活で初めて心を通い合わせた相棒です、帰宅した夫に半ベソをかいてなんとかしてくれと泣きつきました。夫が保健所に電話で問い合わせしたところ、すでに病院送りになったとの返事。

「病院ってどこの病院?サン・ジュアン病院!あなたの病院じゃないの!」

日も落ちかけた大晦日、わたしは夫とともに人がいなくなった病院の実験薬殺用の犬たちが入れられている檻のある棟に忍び込みました・・・

建物の一部になっている高い網でとりかこまれたその大きな檻には何十匹もの犬たちがうろうろ不安な眼をして動き回ったりうずくまったりしていてそれは心の痛む光景でした。

「こんなたくさんの犬の中に本当にクラウディウはいるのだろうか」と思いながら低い声で必死に叫びました。「クラウディウ、クラウディウ」

やがて檻のずっと奥の方からヨロヨロと出てきたクラウディウはわたしたちを見るなり喜び吠えです。しかし、どうやって檻から出すのか?・・・・・ すると、あった!犬が逃げようと試みでもしたのだろうか、網の一部が破れてる!

夫が素手でそこをこじあけこじあけ、やっと小さなクラウディウが出られるくらいの大きさに押し広げ、ついにクラウディウを抱き上げたわたし達は、外に止めてあった車に押し込め、逃げること一目散!

破られた網に穴から他の犬たちも逃げたのは言うまでもないでありましょう。あとは野となれ山となれ。いずれ殺処分されるであろう犬たちへ、大晦日の贈り物だい!

そうして自宅に着いたわたしたちも、そして車も、檻の中でウ〇コまみれになっていたクラウディウの匂いがしっかりついていたのでした。1979年12月31日、わたしがポルトガルで初めて迎えた大晦日のハプニングでした。

            ・この記事は過去に書いたものに手を加えています。
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2019年12月4日  

12月ともなれば、大手のスーパーマーケットの店頭に設けられるのが、Cabaz(カバス)コーナーです。下の写真は昨日日本語授業の後にわたしが買い物に行ったデパートEl Corte EnglêsのCabazコーナーです。日本で言えばお歳暮コーナーです。
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Cabazは果物かごを意味するのですが、その籠にワインを始め、缶詰、ハムソーセージ類、チーズ、ジャムなど自由に選んででいっぱいにし、届けます。値段はと言うと、40ユーロくらいから上は300ユーロ(35000円ほど)を超えたりします。

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Wikiより

日本と少し違うところは、職場の上司や仕事関係のお得意先への義理がらみの付け届けはしない、という点です。一年を振り返ってみてお世話になったと思われる人に感謝の印としてクリスマスの贈り物を届ける、という具合です。

この他、、生ハムの脚一本とか、この時期には欠かせないバカリャウ(Bacalhao=大きな干しダラ)などがあります。

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(Wikiより)
サポーターに立てかけられた黒ブタの生ハムです。ポルトガル語で生ハムを「presunto=プレズント」と言います。

生ハムの脚一本。食べるために薄くきったもの
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わたしは生ハムが大好きなのですが塩気が多いので近頃は血圧の関係上、極力避けなければならないのが残念至極。

大きなバカリャウ一枚は5キロ前後、42x92cmの大きさで、厚みは一番分厚いところで5cmにもなります。
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上の写真は一枚のバカリャウの切り方を示しているのですが、切り売りも多いです。なにしろ、一枚全部は値もはりますからね。

バカリヤウはポルトガルではクリスマスイブと年末の伝統的な定番料理で、 この時期は値段も上がります。我が家でも師走ともなると、付け届けでこの生ハム一本や大きな干しダラのバカリャウをいただくことがあります。

今日は生ハムにまつわる古い話を引っ張り出しましょう。

かつて庭付きの借家に住んでいたころの話ですが、冬の間の湿気を追い払うのに、日中は車庫の戸をよく開け放していたものです。今のフラットと違い、当時は夫の書斎がなく、写真に見られる生ハムももらって大いに嬉しいのですが、置き場所に困って車庫の壁にぶらさげて置いたものです。

ある日の夕方、車を車庫に入れ終えて「ただ今」と家に入ってきた夫が言います。

「生ハム、君、上にもってきたの?」
我が家は3階建ての家屋の一番上であった。
「あんな重いもの、わたしが抱えて来れるわけないじゃない」
「でも、壁にぶらさがってないよ」
「ええ??」

慌てて車庫へ行って見ると、確かに夫の仰せの通り、あるべき場所に生ハムの脚が・・・ない
車庫の奥へツーッと目をやりましたら、れれ?車庫の奥のワイン棚にずらり並んでいるはずのワイン、ウイスキーの本数もガバと減ってるではないですか!

し、しまった!こそ泥にしてやられたのでありました。

当時のわたしは、常日頃から窓開放主義、全面的に人を信頼する人間でした。(笑)日本にいたときからきちんと戸締りをするなど心がけたことがないのです。仕事で日中空けているアパートも、当時飼っていたネコのポチが自由に出入りできるようにと、表通りに面した台所の窓は、いつも少し開けっ放し。

それでもあの頃の日本は世界一安全な国と謳われたように、一度も空き巣に入られたことがない。

そんなわたしですから、ポルトガルへ来てからも風通しをよくするためにと、何の疑いもなく車庫のドアは、特に夏は、そして冬でも天気のいい日には開けっ放しにしておりました。

どうも、それで目をつけられていたようです。

考えて見ると、それまでにも何度かおかしいなぁと思ったことに思い当たります。「確かに夏のシーツ全部を車庫のここに置いたつもりなんだがなぁ。見あたらない」とか、「あれぇ?夫がいただいた陶芸作家の人形一式の箱、どこへいっちゃんたんだろ・・」等々。

のんきなわたしは、多分自分か夫が整理して車庫の棚にでものせたのだろうくらいに思っていたのですが、思い当たる節がたんとあることにそのとき初めて気づいたのでした。道理でそれらが出てこなはずです。

ふん!ワインにウイスキー、それにこの生ハム一本で、こそ泥たちめ、今宵は酒盛りかと思うと、さすが、のほほん者のわたしも面白くない。

こういうことが数回あったので、物を盗まれるよりも自分が家にいるというのにこそ泥が堂々と入っていたということに恐れをなし、とうとうわたしはドア開放主義を止め、以来車庫のドアをしっかり閉めることにしたのでした。

今ではこの生ハムを狙う相手が「こらぁ!」の一言で散らばる、たかがネコたち(笑)可愛いもんです。

ではみなさま、また。


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2019年12月2日 

あっという間に師走ではないか。 ポルトへ帰って以来ずっと雨天で、洗濯物は乾かないわ、家の中はじめじめしてるわ。湿気が体に絡みつくようで鬱陶しいったらありません。

今朝は久しぶりに青い空を仰いでいます。

さて、今日は以前から書いておきたいと思っていたことを取り上げてみます。

本を読んでいるとき、あるいは映画を観ているときに、その中でドキリとする言葉、うまいこと言うなぁ、これは実に言い得て妙だ、記憶にとどめたいと感じさせられる言葉に出会うことがあります。

それらの言葉を拾って、時折、拙ブログに載せてみたいと思います。題してカテゴリー「片言隻句」。

最近でこそ興味がある映画に出会わないので観ていませんが、わたしは大の映画ファンで、好きな映画は何度でも繰り返し観るタイプです。ただ、映画は観る人によって感じ方見方が違うと思うので評論はしません。

これまで観た映画で好きなのはと問われれば、たくさんあるので困るのですが、今日はかなり古い映画であるものの、わたしが観たのは最近だという「The Outsiders」の中で折に触れては心に浮かんでくるセリフをあげたいと思います。

映画は1967年に18歳で作家デビューしたS.E.ヒントン(女性)の同名小説を1983年にフランシス・コッポラが映画化したものです。下のポスターを見ると、パトリック・スエイジを始めトム・クルーズ、ラルフ・マッチオ(空手キッズの主人公など後のハリウッドスターたちが出演しています。

物語はオクラホマ州の小さな町が舞台、富裕層と貧困層の不良グループがいがみあっています。
富裕層グループにリンチにかけられそうになった仲間のポニーボーイを救おうと、ジョニーは対立つするメンバーを心ならずも刺してしまいます。

二人は町から離れた古い教会に身を潜めるのですが、ある日、美しい朝焼けを見てポニーボーイはロバート・フロストの詩を暗唱し、ジョニーはその詩に感銘を受けます。下がその詩です。

「Nothing gold can stay」 by Robert Frost

Nature´s first green is gold,
Her hardest hue to hold.
Her early leaf´s a flower
But only so an hour.
Then leaf subsides to leaf.
So Eden sank to grief.
So dawn goes down to day.
Nothing gold can stay.

萌えいずる最初の緑は黄金だ
その色を保ち続けるのは難しい
萌えいずる葉は花である
しかし、それはわずか一瞬だけだ
 
やがて葉は葉へとおさまる
エデンの園もそれと同じ、年を取り純真さを失い悲しみに沈んだ
そして、暁は終わり今日という一日が始まる

黄金のままであり続けるものはないのだ


フロストの詩が暗唱されるシーン

私たちが持つ純真さ、美しさは大人になるという避けがたい時の流れとともに失われてしまい、どんなものも黄金の輝きを放ち続けることはできない、とフロストの詩は最後に結んでいます。

美しいものは、青春は、子供時代ははかないというメタファーでしょうか。
映画の終わりで、二人が隠れ家にしていた古い教会が火事になり、その中にいた町から来ていた子供たちを救い出したジョニーが大火傷を負います。

死に際にジョニー少年は、
あの詩のことをずっと考えていたんだ。あの詩が言っていることは、子供のころはみんな黄金なんだ、若葉の緑のように。すべてがまるで夜明けのように新しくて。大人になっても人生の大切なもの、最初の春のような自然の美しさや純真さ、その「黄金」を忘れないでくれ。「Stay gold」、「輝き続けよ、自分に誠実に生きよ」との言葉をポニーボーイに遺します。

歳を取り人生経験が豊かになると、つい小賢しい世渡り観を身につけがちですが、ジョニー少年が遺した「Stay gold」は、不器用な生き方になるかもしれませんね。

もしわたしが中学生のクラスを担当したら、授業でいっしょに読んでみたいと思われる本の一冊です。
青春時代のようなキラキラした輝きはもうないけれど、いぶし銀てのがあるな、なんて、またおアホなことを考えているのでありますが、貧困層グループの気持ちが哀しいくらいよく分かり、わたしにとっては切ない青春映画です。

スティーヴィー・ワンダーが主題歌「Stay Gold」を歌っています。


ではみなさま、また。

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