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2010年12月6日 

teatro_saojoao
バターリャ広場のサン・ジュアン劇場

「盲、蛇に怖じず」で、怖いもの知らずが14歳の家出に始まり、19歳には
札幌で一ヶ月無銭の旅をした。

20代のオフィス時代には本社にいたアメリカ人の同僚と、大分から熊本まで
親指立ててヒッチハイクをし、そのヒッチハイクの本場アメリカのアリゾナ、
ツーソンでも知人宅を訪ねる途中、道に迷ってしまい、たまたま通りかかって
止まってくれた車に乗って送ってもらったことがある。

その時はさすが、「なんて命知らずなことをするのか」と知人にこっぴどく
叱られたのだが、怖がり屋のくせになぜか怖いもの知らず、その後も、後で
思えば冷や汗が出るようなことを、知らず知らずに、数知れなくしてきたよう
な気がする。

その無鉄砲もポルトガルに来てからは、妻、二人の子の母と、その役割をこな
している間、鳴りを潜めていたのだが、やっとそこそこ一人前に車を運転し出
して子供たちに手がかからなくなったことにより、偉そうに街を闊歩し出した
のがここ数年のことだ。

自らが「デジカメ突撃隊」と自称して呆れられているところもあるが、ポルト
探索というよりわたしにすれば「ポルト探検」なのである。

夫に言っては「あそこは行くな、ここは行くな」と注意されるのが嫌で、偶然
迷い込んだ場所柄によっては、ブログに掲載しても夫には言ったことを内緒に
している場所もいくつかある。
そうです、夫に秘密を持つ妻の顔ももっているのであります。はははは。

さて、今回のJapan Weekのコーディネーターという大役の白羽を立ててもらい、
大いに戸惑い、冷や汗かきながらなんとか無事大役を終えることができたの
ですが、後半のかなりきつい時期には「○そ!Aさん、なんぼほどリクエスト
してくるねん!いい加減にせぇ~」と、Oちゃんと愚痴ったりしたこともあっ
たと正直に告白いたしますが、全て終わった今となってはそれも過ぎし悪夢の
ごときで、素晴らしい体験をさせていただいたことを、実はIFFさんに感謝
している、疲労感からほぼ全快しつつあるspacesisの気持ちです。

そして、今もうひとつ、IFFのスタッフと共にした、めったにできない貴重
な体験を本日はここに紹介したいと思います。
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ー続きはここからー

まず、ご面倒でも2007年に記した「ポルトガルよもやま話エッセイを読んで
いただきたい。

ここからエッセイ引用
「その30: 虎穴に入らずんば

事情あって苦界に身を沈めなければならなかった人もいるだろうから、大げさに
騒げないが、ある日迷い込んだBatalha広場から続く細い路地は、そう
いう類の通りだそうな^^;
アムステルダムやドイツに見られる風俗地帯、「飾り窓の通り」ということで
しょうか。

わたしが迷い込んだのは午前中のことで、見た目には気づかなかったです。

ポルトガルのどの通りもそうであるように、そこも家がぎっしり建ち込んで、
いくつか商店が並んでいました。
恐らく午後や夕方になると、通りの様子は変わってくるのでしょう。

デジカメ片手にズンズン進んで行くと、狭い道に平べったくくっついてなんと!
教会がありました。これは後で知ったことなのですが、この教会の裏側は別の
通りに面しており、カトリック系の私立病院、学校にひっついているのでした。
batalha_igreja

狭い通りはどうしても日が差さないもので少し薄暗く、あまり奥まで行くのは
止めにして、教会の写真を撮ったところで引き返しました。広場に出切って、
ふと思ったことは、その通りで見かけた店の人、店の前にいた人、すれ違いの人、
考えてみたら、どういう訳かみな白人ではなかったな、でした。
それで、う~ん、もしかしたら場違いなとこだったのかな?くらいには思った
のですが、案の定でした。
batalha_rua

大寺院、そしてこの教会のある飾り窓通り(飾った窓などはなかったけれど)と、
知った後でギョッとするようなことを見たりして来たわけですが、ここでひとつ、
わたしは疑問が湧いてきたのであります。

ポルトガルはご存知のように、カトリックの国です。
たしかに今はかつて程の社会的な権力を教会は持ってないでしょうが、今で
も力は結構あるのではないかと思うのです。

そのカトリックの国で、しかも教会が目の前、あるいは教会の土地内という場
所で、いったいどうしてこのような反社会的な区域がそのまま見て見ぬふりに
なっているのか?何がなくても教会とサッカー場だけは、どんな辺鄙な村にで
もあると思われるポルトガルです、教会の教区があり、その教区の人々の救済
に当たるのが役割だと、わたしは思っていたのですが、今は違ってしまったの
でしょうか。

フランスの文豪、ユゴーの「レ・ミゼラブル」を読むと今でも思わず目頭を熱
くせずにいられないワンシーンがあります。

幼い弟達の空腹を少しでも満たそうと、たった一切れのパンを盗んだがために
19年も投獄され、やっと仮出獄したジャンバル・ジャン。どこでも相手にして
もらえなかったのが、たった一軒、教会の司教が手を差し伸べ泊めてくれるの
です。それなのに、ついつい魔が差して教会の銀の蜀台を盗んで逃げてしまう。
案の定捕まり、確証に教会に連行された所が、司教様がおっしゃるのです。

「これらの蜀台は確かにわたしがこの人にあげたものですよ。まぁまぁあなた、
みんな持ってお行きなさいと言いましたのに。ささ、ここに残っているものも、
全部あなたに差し上げます。これで、あなたの人生をやり直ししてください。
約束ですよ。きっと。」
釈放されて一人になったジャン・バルジャンは、この時生まれて初めて号泣し
改心を誓うのです。

ジャンバル・ジャンの長い無情な物語はここからはじまるのですが、
教会に対するわたしのイメージはず~っとこの本の司教さまのイメージだった
のです。時代錯誤もいいとこかしら^^;
母上様がポルトのフレイシュ宮殿にかつて住んでいたというポルトガル人の
友人に聞いてみました。

「あなたの言うとおりだと思います。でも、今は神学を取る人の数が少ないし
牧師となるともっと少なくなる。かつて教区で教会がしたような役割はほとん
どできなくなってるでしょう。
荒れ放題になってる教会そのものがどれほどあるか」

いやはや、訪ねたイルデフォンソ教会も、こおろぎ教会も閑散として、人の
気配もしないところでしたものね。
現代社会の荒廃が、チラと垣間見えた気がしたのでした。
さて、昨日今日と長い日記になってしまいましたが、いい加減この辺で終わっ
ておきましょう。めくら蛇に怖じず、とは言ったものです^^
君子危うきに近寄らず! 
しかしですよ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってのがあるからなぁ。
今後はそこそこのめくらでいきましょうか^^


ー引用終わり


というので、Japan Weekが終わった翌日、ボランティアたちへの謝恩パーティ
ーの準備が一段落ついたところで、「spacesisさん、一緒に行こう!」とパー
ティーが始まる前に一杯をと誘われ、上記の記事の昔知らずと迷い込んだかの
通りにある、立ち飲みやへ足を踏み入れてきたのでした!

こんな感じで天井から生ハムの脚ごと、ぶらさがっています。
tachinomi2

tachinomi1
たち飲み屋のおいちゃんと息子さん。
いやぁ~、女の子(わたしですばいw)が、こんなところに来るとは思いもしな
かったことでしょう。
おいちゃん、「これも食べてみな。どうだ?うまいだろ?」とご機嫌でサービ
スしてくれました。パーティー用にわたしたちあ生ハムも包んでもらいました。
その生ハムも美味しいこと!

tachinomi3
IFFのスタッフと頭上に生ハムぶら下げての記念写真。めったに来れる
場所ではありません。

それでです、先週土曜日はシェラトンホテルで恒例のポルト日本人会忘年会が
あったのですが、その席でだまってりゃぁいいのに、調子にのって、夫が隣に
いると言うに、まぁ、お酒の席でもあるし、どうせちゃんと聞いてなんかおる
まいと、日本人相手に、
「実はこの間、ポルトのどこそこの立ち飲みやに初めて行って来ましてん^^」
と自慢たらしくやっていたら、夫、しっかり聞いていたらしく、
「やっぱりあんなとこへ行ってる!危なっかしいたらありゃせん!」

がび~~~ん@@
なんだ、日本語ちゃんと分かってるやん・・・
くわばらくわばら!今後は気をつけないと!

最後に一言。日本人ツーリストはこういう情報を知らずして、この手の立ち
飲み屋に入る人もいるようですが、男性でもあまりお奨めではありません。
女性はまず入らないところだということをお知り置きくださいませ。

なお、こちらではアリゾナ時代の盲蛇に怖じずエピソード、
こちらでは、家出エピソードがございます。
興味のある方はどうぞ。
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2017/01/21(Sat) 00:22 |  |  | 【編集
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