2011年1月10日

ずっと続いたうっとおしい雨天が、今日は久しぶりに青空を見せてくれました
ので、すわ、撮影だ!とばかりに出かけて来ました。

丁度Japan Weekの多忙でひぃひぃ言っていた最中の昨年10月から11月に
かけて、原稿依頼が三つ舞い込み、ホイホイと調子よく引き受けてきたところ
が、後で確認してみてギョッ!3件とも1月20日前後で締め切りだぁー!

しかもいずれも写真が要るとのこと。2件は保存しているこれまでの画像で
間に合わせることができるものの、1件は3年前から定期的に書いているポル
ト案内の小さな雑誌記事で、これは良質の画像を要求されます。

電池を入れる箇所の蓋があまくなり、セロテープを貼り付けて不都合をなん
とかやりくりしている我が相棒のデジカメ「オリンパスFE-140」、これ
でこの数年やってきたのですが、しかも素人腕前のわたしです、天候に恵まれ
ないことにはいい写真は撮れません。

「FE-140」については、カメラに詳しい日本人に「spacesisさん、古い
のお持ちですなぁ。しかも、そのカメラのメモリーカードでは、最新PCに
適用できませんですぞ。」と、残酷な宣告を受けた代物であります(笑)

そんなわけで、今日か明日かと雨があがるのを待っていた今日の真っ青な空、
絶好の撮影日和です。日曜日少しのんびりしたいと思ったものの、夫を伴って
行って来ました。

本当を言えば、場所をゆっくり回って観察撮影したいので一人で行きたいとこ
ろなのですが、一緒にいこうか、という夫に、「あんさんはいりまへん」とは
言えませんでした^^;

取材先はFontainhas区域にある小さな公園です。公園の前が上の写真にある
サン・ラザロ教会と旧市立図書館になっています。
saolazaro1-1.jpg

サン・ラザロ教会についてはこちらで既に案内しています。

こんな状態に、もうひとつボランティア仕事も入り、少なくとも原稿を書き終
えるまで落ち着いてブログが書けず、本日は申し訳ないが、こういう時によく
使うわたしのテ(笑)、過去エッセイを引っ張りだして来ました。
2005年に書いたエッセイですので、既にご存知の方はスルーをば。

「思い出の弘前・つばさ食堂」     

「いらっしゃいませ!」
ドアから入ってくる客に威勢良く声をかけ、客がきちんと席についたのを確認
して、お冷とお絞りを載せた丸盆を両手に持って、注文を聞きに行く。
     
「はい、親子丼おひとつですね。かしこまりました。少々お待ちください。」
ちょいと伸び上がって調理場に顔を覗かせ、
「おやどんいっちょう~!」
「ホイキタ合点、おやどんいっちょう~~」とオヤジさんの返事が来る。 
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ー続きはここからー

中学3年のほぼ一年を叔父叔母宅で過ごした大阪から弘前に帰ったわたしは、
中学3年3学期の高校受験ギリギリの時期に以前通った中学ではなく、別の中
学へ転入し、無事高校入学ができた。
入学して間もなく、昔、下町に祖母の家があった頃、一緒に住んでいた大家族
の一人、得体の知れない叔父(「口笛吹けば」のエピソードに出てくる^^)
が、学費に困っていたわたしにアルバイトの口を持ってきてくれた。 
     
中学3年生の女の子の家庭教師である。
高校1年生が中学3年生にですよ(笑)
しかも、毎夕方、国語、英語、算数、理科の4教科を見る口でありまして^^;
国語英語はなんとかできたものの理数系はわたしはアカンのですってば(爆)
     
しかし、背に腹は変えられぬ。 授業料も小遣いもいるのでありますれば。
せっぱづまれば人間、たいがいのことはなんとでもするものです(笑)
こうして高1から始まった家庭教師ではありますが、毎日これをやってますと、
自分が勉強できなくなるのでありました^^;

そうして次に見つけたのが、上記「いらっしゃいませ!」の春夏冬休み期間中
の大衆食堂アルバイトである。
その名も「つばさ食堂」!
     
当時は高校ではアルバイトを禁じていたが、そんなことはお構いなしです。
弘前の大きなデパート「かくは」からちょいと横道にそれた食堂ですから、
知った顔が見えることはまずない(笑)
こうして始まった大衆食堂のアルバイトが高校3年間ずっと続くことになるの
である。
    
オヤジさんもおかみさんも津軽弁ではなく、江戸弁なのであった。
その頃には、わたしは津軽弁を話さず、一緒に住んだ叔父の影響で弘前にいな
がら、外では標準語でやり過ごすようになっていた。
さしづめバイリンガルですな(笑)
津軽の言葉で言えば、こんなことをするわたしは「エフリこき」、つまりかっこ
つけ屋だw
     
オヤジさんはなかなか面白い人であった。
どういういきさつがあって弘前くんだりまで流れ着いたかは知らぬが、上背が
あり、軽くびっこをひいていて、満州にいたことがあるのだそうな。

共通の言葉、標準語を話すということも幸いしたのであろうか、わたしは大衆
食堂のオヤジさん、おかみさんに随分と気に入られたらしい。
「あんたのその、ハイ!という返事がいい!」としょっちゅう褒めてもらった。

そうなのだ。子供のころの、消え入りそうな究極の内弁慶は一体どこへ行って
しまったのかと思われるほどの変わりようで、何はともあれ、わたしの「はい!」
の返事は、自分で言うのもなんだが、大きな声ではっきりと、即座!天下一品な
のである^^

褒めてもらうと人はたいがい張り切るものだ。わたしもその例に洩れず、褒め
られれば木にも登るというブタの口、夏休み冬休みの期間中は毎回せっせと働
き、すっかり家族の一員のような雰囲気であった。

40歳を優に越してから、保険の外交員の仕事に就いた母までが、いつの間に
かそこに出入りし、オヤジさんたちが贔屓するようになっていた。
跡継ぎの娘さんがいたのだが、わたしとは歳が離れていたせいもあったか、少
しも気にすることもなく、彼女もまたいろいろ食堂の仕事のことを教えてくれ
たものだ。

進路で悩んでいた時に、積極的に相談に乗ってくれたのもこの食堂のご夫婦で
あった。英語が得意だったわたしを知っていたオヤジさんは、ある日言った。
「弘前の大学で学ぶんだったら、学費を出してやる。」
     
これは天からの助け舟であったのに、「田舎はもうごめんだ。都会へ出て、
更にできれば外国へ行って見たい!」との、当時にすればデカイ夢を見ていた
わたしは、オヤジさんの申し出を袖にし、高校3年の夏、「つばさ食堂」のバイ
トを振り切って、自分の力で何とかしようと、東京は江東区の新聞専売店住み
込みの実習をすることになるのである。
(この時の体験は「1964夏・江東区の夕日」をどぞ) 

結果は、挫折するわけであるが、時折わたしは思う。
あのまま、つばさ食堂のオヤジさんに学費を借り、弘前に留まって大学まで
行ったとしたら、わたしの人生は今とは随分違ったものになっていたであろう。
アサヒ・ビア・ハウスの歌姫時代はなかったであろうし、そうすると、現夫に
出会うこともなかった。さすれば、息子のジュアン・ボーイも、モイケル娘も
生まれなかったであろう。

人生の一つ一つの選択は、わたしたちの未来をひとつひとつ積上げることに
他ならない。そのときは気づかないものの、こうして歩いて来た道のりを今、
立ち止まって振り返ってみると、岐路がいくつかあったに拘わらず、その時
その時に選んだそれぞれの道は、今日のわたしを、わたしの家族を作り上げた
ことに繋がる。
     
人生は摩訶不思議ではあるけれども、逆らい切れない運命のようなものがある
だろうけれども、随所随所でわたし達の選択の意思が働くことを考えると、
人生の多くの出来事はわたしたちの意思によって運ばれることは、全く否め
ようがない。

去年36年ぶりに故郷の土を踏んだわたしは、すっかり様変わりしてしまった
弘前の町で「つばさ食堂」がかつてあった場所を探してみようと思った。
が、わたしは止めた。
そう、場所はどうでもいい。「つばさ食堂」は、我が青春の一枚の絵として、
こうしてエッセイに書くことができるほど、今でも鮮やかに思い浮かべること
ができるのだから。そして、今の自分の人生はいつでもその起点に繋がって
いるのだから。                   (2005年12月記)

2011年1月後記:記事内の「1964年・江東区の夏」でわたしは書いていな
いのだが、この新聞専売店住み込み実習の時に、それまで数年文通していた
A君を足立に突然訪ねて驚かせたのであった。その後、どちらともなく音信不
通になり、不思議な縁で一昨年45年ぶりにわたしたちは再会し文通が再開。

青春時代と現在がほぼ半世紀を経て交差するとは、あの時、誰が想像したろう。
わたしは今つくづくモンテルランの言葉を噛み締めている。

人生はわたしたちを欺かない、と。

今日も長いブログを読んでいただきありがとうございました。
テーマ:♪人生・生き方♪
ジャンル:ライフ
コメント
いいね!
読んで、ホッとする文章だす。
仕事先から、キャラクターのストックが
無いかの話がありました。
あのキャラキュターだそうかなと・・・!?
日の目見たらお礼をば!
2011/01/12(Wed) 11:31 | URL | 本日も快晴ちゅう!? | 【編集
こんばんはー☆
今日も天気マシだったので気分が少し ↑ でした ^^

えー?!spacesisさんのカメラ、普通のデジカメですか?!
それは素晴らしい腕をお持ちなんだわ、たくさんきれいな写真を今まで拝見していて、デジイチ使ってらっしゃるんだとばかり ^^;

私も半世紀を経て交差する友情なるものを経験したいです *^^*

これまでにふとしたことでなくしてしまった友情のかけらがいろんなところにあるはずなので。

いつも素敵なお話、ありがとうございます ^^
仕事で疲れた脳や心に、しんみり、ほっとくるお話が多いのでいつも楽しく読ませてもらっています♪


2011/01/13(Thu) 09:26 | URL | ピパーナ | 【編集
摩訶不思議
人生って、経験の質と量と養殖だね。
今日の活力の根っこを見せていただき、
感動しました。
まさに『千里の行も一歩より起こる』だね。
ありがとう!
チャウ!
2011/01/15(Sat) 07:01 | URL | すぎさん | 【編集
>ちゅうさん

おお!あのキャラが日の目をみたら、わたしは
どうしようかなぁ^^;
でもちゅうさんにとってはまた嬉しいことですね!今年もいい
お仕事ができますように!

>ピパーナさん

「ふとしたことでなくしてしまった友情のかけら」、
わたしもたくさんあります。
でも年月が経てばそれらもみんな懐かしくなりますね。
こういう日が来るとは若い時は思いもしませんでした^^

生きていてよかったなぁと思うことに出会い始めたのは
50も過ぎてでしょうか^^
ふふふ、ピパーナさんはまだまだだね(笑)

>すぎさん

お久しぶりです!写真展も大盛況だったでしょうね。
なんというか、今よりも苦しかった若い時の方が、
文句言わずに難事に向かって行ってましたね。
苦しい環境でも夢を食べて生きれた時代でした。
あぁ、昭和は遠くになりにけり、ですw

すぎさん、今年は来ないの?
2011/01/17(Mon) 03:59 | URL | spacesis | 【編集
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