2011年2月12日 

tango1
画像はwikiから。アルゼンチンタンゴのポスターの一部。

2月は母の命日の月である。身まかってから8年になる。

2005年2月9日の我が日記にこうある。

今日は我が母の命日にあたります。
2年前の今頃は、辛い思いで日本に向かいました。
そして、このとき生まれて初めて、スチュワーデスさんにこっそり告げられて、
夜間飛行の機内の窓から、眼下にオーロラを見たのでした。
以来、オーロラという言葉を耳にすると決まって母に最後に会いに日本へ向
かった日のことを思い浮かべます。
   
昔、ポルトガルへ来ると決めたときに、アメリカ人の夫を持つアリゾナ・ツー
ソンに住んでいた年配の日本女性に言われた一言、今更のように思い起こ
した時でも
ありました。
 「Yuko、外国の人に嫁ぐということは、親の死に目に会えないということです」

父親の場合がそうでした。
死に目どころか、諸事情で葬式にも出ることができませんでした。
   
我が母のときは、現在の家に購入し、引越ししてすぐのこともあり、経済上も
大変な時期で、帰国をもう少しあともう少しと思って引き伸ばしていたのです。
その頃、頻繁に母の夢をみました。すると、間もなしに妹からの連絡で、もう
待てない、すぐ帰って来いとのことだったのです。

到着して二日目にまるでわたしを待っていたかのように、静かに息をひきとり
ました。わたしは母の目からこぼれ落ちる一筋の涙をふき取ったのでした。
それが最期でした。

まだたった二年前のことで、今でも母のわたしを呼ぶ声が耳に残っていて、ふ
と今日も
所沢の妹のところでいつもと同じように、妹と一緒に台所に立ったり、テレビの
時代劇を見たりしているような気がしてしまいます。

この2年間、どうしても飾れなかった母の写真を、近頃やっと取り出して部屋に
飾り、心の中で話しかけられるようになりました。
親がいつまでも元気でいるわけではないことを頭では分かっていたつもりが、
あれをしてあげればよかった、これもしてあげればよかったと後悔し、亡くして
後、実感したのでした。
母の葬儀は、仏教式ではなく、読経のない花と音楽の葬でした。
同居していた妹の話では、費用の高い戒名もいらぬ、自分の葬儀はそのよう
にできたら嬉しいと洩らしていたようでした。

わたし達は市の斎場の一室を借り、棺の周りをたくさんの花で飾り、母の好き
だったタンゴ音楽を流し続けました。
tabgo2

蒼空、黒い瞳、ブルータンゴ、奥様お手をどうぞ、ラ・クンパルシータ、真珠採り
のタンゴ・・・
それらを聴くと、パートナーなしでも、まるでそれがいるかのように、わたしたち
の前で一人踊っていた母の姿を思い起こすのでした。
もうひとつ、母の葬儀でわたしたち姉妹が決めたことは、「お香典をいただかな
い」ことでした。
  
当時はまだ花葬式など珍しかったようで、「このようなお葬式、初めてさせてい
ただきました。良かったです。」と、葬儀を取り仕切ってくれた人の言葉でした。


妹夫婦の家族と都会には20数年住んだのですが母の故郷は弘前で、年に1、
2度は帰郷し、山菜取りに山に入ったりして友人たちと交友をしていたようでした
が、みな、歳をとっており、連絡すると無理をおして来て頂いてもと思い、敢えて
しませんでした。 

さて、葬式も終わって母の一番の友達のOさんに連絡する段になり、妹とわた
し、どんな風に切り出したらいいかしらね、と言いながら電話のダイヤルを回し
ました。娘さんが応答し、「実は・・・」と話し出したところが、「あの・・・母は2週
間前に亡くなりまして」と聞いたのには、絶句したものでした。

仲のよかった友達同士、「あんた、そろそろ逝こうよ」とでも言いながら、二人
仲良く逝ったのだね、と妹となんだか嬉しいような哀しいような。

そんなことを思い出しながら、母の好きだったタンゴを聴いていたこの数日でした。

母の影響だけではなく、わたし自身も若い時にはアルフレット・ハウゼ・オーケ
ストラでたくさんのタンゴ音楽を聴いたものです。
タンゴにはコンチネンタル・タンゴ(ヨーロッパ・タンゴ)とアルゼンチン・タンゴが
ありますが、エレガントなコンチネンタルに比べ、アルゼンチン・タンゴは情熱
的。踊れませんが、わたしなどは見るだけでも「ふーッ」っとため息がでてきます。

タンゴが使われる洋画も数えてみると結構あります。
知っているだけでも、シンドラーのリスト、パブロ・ネルーダのポストマン、Scent
of Woman(「邦題:夢の香り」だそうです)。
シンドラーのリストとScent of Womanで使われている音楽は同じものでアルゼ
ンチンタンゴでも有名な「Por Una Cabeza」。スペイン語で、「馬の首の差」という
意味。下にScent of Womanで盲目の退役軍人扮するアル・パチーノが軽く
タンゴを踊るシーンをアップしてみました。アル・パチーノはこの映画でアカデミー
主演男優賞を獲っています。


こちらは、映画「Take the Lead」の1シーン。日本では未公開の映画だそうです。
アントニオ・バンデーラスが本格的に踊っています。
NYの高校のおちこぼれたちに社交ダンスを通じて、生きる情熱を学んで
欲しいとボランティアを申し出るダンス教師をバンデーラスが、演じています。
なかなか授業に乗ってこない生徒たちに、情熱的なアルゼンチンタンゴを
披露し、ヒップホップ生徒たちの目を白黒させる圧巻的な場面です。



そうしてみれば、わたしがバイトで歌っていた大阪は梅新の旧アサヒ・ビアハウス
の常連さんに、来るや必ずタンゴを踊るカップルがいました。雑誌記事に取り
上げられたのが下の写真です。

tango3
マイクを手に歌っているのは若き日のわたし。う~ん、これくらいの細さだったら
タンゴを踊れるかもだ(笑)今はダメです。メタボ気味です^^;

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コメント
タンゴ、ワルツ、マンボ!
若い頃、御徒町のダンス教室に通っていた。
が、この上記の三つが照れくさくて、どうしても踊れなかった。
そのうち若いダンスの先生(女性)が別な教室に移動してしまった。
後任のおばちゃん先生は、ちょっと口臭があったのでやめた。
二十歳の春でした。v-395
2011/02/15(Tue) 10:14 | URL | お仕事終了ちゅう! | 【編集
>ちゅうさん

照れくさくて踊れないというのが分かる!
上に同じですもんw
でもアル・パチーノくらいのはいいかなと^^

ビアハウスのおじさんと女性は構えないで
かなりリラックスして楽しんで踊ってましたね。

ダンス教室に一度夫と見学にいったのですが、
彼が照れくさいと言い出して、没になったのでした。
相手がいたら今でも習いに行きたいくらいです。
2011/02/17(Thu) 02:32 | URL | spacesis | 【編集
!!!
Scent of a Woman、私の大好きな映画の一つです ^^
パチーノ、素晴らしいです♪

spacesisさん、かわいらしいですね~ *^^*
名物おじいさんのダンス、動画で見てみたいものです ^_-
2011/02/18(Fri) 05:30 | URL | ピパーナ | 【編集
>ピパナさん

この映画のラストシーンのスピーチ、今の教育者たちに
聞かせたい台詞です。

若い時は誰でもかわいらしいものなのよ~笑。
最初から今のわたしではないのだぞ、とたまにこうして
昔の姿をみせびらかしてます~v-8

ピパーナさんはまだまだ若いし、今が一番楽しい
ときでもあるかな?^^
2011/02/19(Sat) 22:43 | URL | spacesis | 【編集
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