2011年6月19日
アルハンブラ

グラナダ市内、アルバイシンの丘から眺めた、シェーラ・ネヴァダをバックに
するアルハンブ宮殿。アルハンブラとはアラビア語で「赤い城」を意味する。
城郭に使われた石壁が多量の赤鉄を含んでいたためで、アルバイシンの丘か
ら眺める夕日を浴びたアルハンブラは、えもいわれぬ美しさだと言われる。

筆者が眺めたのは午前中で、残念ながらその噂のアルハンブラを見ることは
できなかったがそれを抜いても上の写真に見られるように優雅で尊厳な姿だ。

イベリア半島の歴史は侵略の歴史とも言える。
古くからフェニキア人やギリシャ人、ケルト人、ローマ人、そして、4世紀
に始まったゲルマン民族大移動により、その一派の西ゴート族の侵入を受け
てきた。
     
8世紀に入ると北アフリカを経てイスラム教徒のムーア人(アラブ民族)が
イベリア半島を支配し、コルドバを首都とした。
当時にあって、コルドバは世界最大級の都市だったとされる。

キリスト教徒による「レコンキスタ=国土回復戦争」は、この頃から始まり
13世紀の半ばには半島南部を残すのみとなり、ポルトガル側のレコンキ
スタはほぼ終了する。
     
この間、内紛とテンプル騎士団からの圧迫で、小国家に分裂したイスラム
勢力は、1238年に首都をコルドバからグラナダへ遷都する。
こうして21人のアラブ王によって建築されたのがアルハンブラ宮殿だ。
     
1492年、スペインのフェルナンド王が9万の兵を率いてムーア人の最後
の砦であるグラナダを攻め、アルハンブラは無血開城される。
実質的なレコンキスタが終わるのはこの時で、まさに開始から800年の
後に完了することになる。
     
(メモ:西回り航海の案をポルトガル王室に否決され、失意のままリスボン
からスペインに向かったコロンブスが、スペイン王室の援助を得て航海に出
たのはこの頃である。既に大航海時代が始まっていたポルトガル、この時に
コロンブス航海の援助をしていたら世界の歴史は大きく変わっていただろう)

この様に、アラブ民族の長い支配を受けイスラム文化が席巻したのは西欧諸
国に於いて、ポルトガル、スペインだけであることを考えると、その特異性
から、「ピレネーから先はヨーロッパではない、アフリカだ。」とのナポレ
オンの言にもうなづけると言うもの。

メスアール
アルハンブラ宮殿の庭から眺められるシェーラ
・ネヴァダ。5月だと言うのに連なる峰は雪におおわれ真っ白だ。
     
下記、今回は日中に訪れたアルハンブラ宮殿の案内です。
     
アルハンブラ宮殿: 「メスアールの間」  
入り口から入る最初が、大理石の参議の部屋、「Mexuarの間」。 
        
メスアール
メスアールの間の横、細長い部屋。窓から見えるのはグラナダの街。
ここでは絵タイルこと、アズレージュに多いに興味を惹かれた。

azulejo-mexuar-1.jpg

上の写真の一部を拡大↓二本の柱にシンボルが見られる。

アズレージュ
         
ここにも面白いシンボルが。
アズレージュ

宮殿内のタイルは一件同じ模様のパターンの集まりのように見えるが、実は
どれ一つをとっても同じものはないと言われる。つまり、その場所にしか
はめることができないのである。

アズレージュ
              
うっかり光があたってしまったまま撮影してしまい、画像はいまいちだがご勘弁。
メスアールの間の壁タイルで一際大きく、目を惹いたのでカメラに納めた。
柱には「PLUS ULTRA」の文字が見える。
ここで、UPしながらふと考えた・・・
          
あれ?これらのタイルに描かれている文字はアラビア文字ではなくて
ローマ字ではないか?・・・・
アラビア文字でないのはおかしいじゃん!と言うので調べてみました。

さて、ここからはPotpourri(ポプリの意味)で余談で次回に案内。
Potpourriとは、わたしが記事をUPしながら、気が付いたこと、調べて知った
面白いことを時々載せているコーナーです。
          
では、みなさま、また明日。
今日もブブログを読んでいただき、ありがとうございます。

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テーマ:スペイン
ジャンル:海外情報
コメント
spacesisさん こんばんわ。

お勉強なさってますね。
私には十字軍とかよう判りませんが、人間は同じと見えて警察であったり、国威を示す組織、今でさえもありますね。
ヨーロッパの歴史は陸地続きなので余計込み合ってるんでしょうね。それに関して想像するだけなのですが、イスラム教のメッカとユダヤ教の聖地が同じ場所というのも元は同じ宗教という事かと思っております。
なんて気の遠くなる時間が経てるんでしょう。この時間にそれぞれの時代の当時の人の利便や利害が絡まって今の様相があるーーこんな事考えると言葉に出来ないモヤモヤしたものが湧き上がって来るんです。

いいですよね、一つの探求があるのは(羨ましい)。

ポルトガルと言えばアマリヤロドリゲスー
LP(!)持ってます、また作家の壇一雄が最後の頃住んだところ。
とりとめ無く書きました、ごめんなさい。
2011/06/21(Tue) 22:18 | URL | kumi | 【編集
複雑な…
ほぼ、人生で初めて、の知識かも_(^^;)ゞ
(世界史は取ったんですけどねぇ…)

写真がきれいです!
いつか、ぜひ行ってみたいなぁ…
かなり時間に余裕がないと、無理でしょうね…

2011/06/22(Wed) 04:13 | URL | jackie | 【編集
spacesisさん、はじめまして。
いろいろと検索しているうちに、
こちらのブログにたどり着き、
それ以来時々お邪魔しています。
モザイクタイル、美しいですね。
エキゾチックだと感じつつ、
竹細工の編みこみ模様(竹篭の底とか)と似ているとも感じます。
国や文化に左右されない美しさなんでしょうね。

2011/06/22(Wed) 09:00 | URL | cobe | 【編集
>kumiさん

人間を救済するはずの宗教がどうして?と言う大きな疑問が
あります。
中世の人間の生活は想像がし難く、理解するには大変かなと
思いながらもその疑問に引きづられています^^;

はまりすぎてズッコケしないように気をつけなくちゃw

LP持ってますか!
ファドファンの日本人は多いですね。
わたしもアマリアのファドは好きです。

アマリアは日本で言えば美空ひばりさん。国民歌手でしたね。
ファドについても下記で少し書いていますのでお時間のある
ときにでもどぞ。
http://www.geocities.jp/spacesis_porto/html/yomoyama/yomoyama2-fado.htm

> jackieさん

わたしも時々、こんがらかって、え~っと、と言うことはどないなん?
となることがよくありますv-8

なにしろ十字軍からテンプル騎士団、そして異端教(キリスト教が
禁じたものです)、ゴチック建築の謎からフリーメーソンまで、そして、
恐らく最期は錬金術に手が延びるかな?と予測しています。

ライフワークですが、こういう面白さがないと、じっくり
時間をかけて行けなくなりますものね。
歴史のもうひとつの姿を知ることがわたしには面白いです^^
お付き合いいただき、すみません^^;

うん。あのね、正直なところ、アンダルシアは遠かった~、
が実感でした!

>cobeさん

初めまして。誤字があったりで、拙ブログですが、これからも
どうぞよろしくお願いいたします。

その「竹細工の編みこみ模様」、なるほどと思います。
時間を見て、一度深く検索してみたいですね。

幾何学模様の美にわたしもとても惹かれます。
この後はアルハンブラ内で撮影したアラベスク模様、幾何学
模様もUPして行きますので、どうぞ写真を見てやってください。
2011/06/23(Thu) 09:10 | URL | spacesis | 【編集
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