2011年7月8日

昨日の朝のこと。

起きてリビングルームを覗いた夫が、息子の部屋で作業しているわたしを
見つけ、
「ど、どうしたの?パソコンをつけてないじゃない。大丈夫か!」
・・・・・・・・・・・・

大丈夫かってなんでんねん、そりゃ。あたしゃ、ちゃんと正気ですって。

いつもなら起きては真っ直ぐバスルームに行き、シャワーを浴びて歯磨き、
洗顔。 で、行儀悪いことに、歯磨きをしながら夫がまだ寝ている部屋は
別にして、家中の窓という窓のブラインダーを上げ、空気入れ替えに窓を
少し開ける。
そして、リビングにあるデスクトップpcのスイッチを入れる。
わたしのpcは少し古いのと、多分ファイル等をきちんと整理していない
のと、大きな画像が多く入っているのとで、立ち上がりに時間がかかる
のだ。いや、元々は買った当初から多少欠陥のpcではあったのだが^^;

そして、ブログで度々書いているように、その後は朝の小一時間ほどコー
ヒーをすすりながら日本のウエブ新聞に目を通すのである。わたしがこう
している最中に夫が起きて来る。
「おはよ~」と声をかけられ、振る向くわたしの顔で、どんなニュースを読ん
でいたか分かるという具合。

それが、昨日の朝に限っていつもpcの前に座って、時にはハシタナく膝を
叩いては一人ガハハハ笑ったり、ぶんぶん怒ったりしているはずの妻の
姿がない!どう言う風の吹き回しか、その妻、息子の部屋の机にかじり
ついているではないか。こんなことは今までついぞなかったことだ。
それで、「大丈夫か、お前!」となったのであります(笑)

前夜、翌日のポルトガル語レッスンの課題を寝床に持ち込んだ。
朝から日本語授業があるので、時間の使い方が下手なわたしは、日中
ポルトガル語の予習のための時間がとれないことが多い。そこで、寝入る
前にざっとテキストに目を通す。そして、出かける前の1時間ほどを机に
向かい予習に充てられるよう時間繰りを頑張ってみる。

今まではそれである程度、テキストの理解ができたのである。
ところが、ついこの間からは「お、結構むずかしいじゃん」となり始め、
昨日のテキストなどは、寝床で目を通すや、「げ!なんだこの単語は。
耳にしたことがないのばっかりやん!」

いくらお代をお渡しするとは言え、学習している努力が見られない年
取った生徒のお守りをさせるようでは、先生に申し訳もたたない。それに、
こんな状態では自分自身、悔しいではないか。

というので、前夜、テキストに取り組むのは早々に諦め、早朝にしっかり
取り組んでみようと早々に爆睡に入り、翌朝起きて洗顔歯磨きの後、
pcをつけるとそちらの誘惑に負けてしまうのでつけずに真っ直ぐ息子の
部屋の机に向かって、辞書と首っ引きになっていたと言うわけである。

それを夫め、ボケが始まったかと早とちりでもしたか。

と、本日は長いプロローグであります^^;

さて、閑話休題、あだしごとはさて置き、本題にはいりまっす。
本日はアルハンブラはちょい、お休みして、ファドについて。
数年前の過去記事を大々的に書きなおしてみましたので、過去記事をお読み
になっている方も是非どぞ。

リスボンのファド

フランンスにはシャンソン、アメリカにはカントリ・ウエスタン、日本には
民謡の例にあるように、それぞれの国がもつ独特の文化音楽があるように、
ポルトガルにも「ファド」と言う民族の心を表す歌があります。
「ファド(fado)」はポルトガル語辞書を引くと「運命、宿命」とあります。
ラテン語の流れを汲むポルトガル語は、ラテン語のfatum(運命)を語源に
しています。

かつて日本の音楽の教科書にも、ポルトガル民謡の代表的な歌として取り上
げられたのに「暗いはしけ」と言う歌があります。原題は「Barco Negro」
(バルコ・ネグロ)、黒い舟という意味です。
漁に出たまま再び帰らない愛する人を恋うる歌なのですが、ファド歌手が歌
い上げると、教科書の楽譜からはとうてい伺えない、切々たる思いが聴く人の
心に響いてきます。

ファドはfadistaと呼ばれる一人の歌手とポルトガルギター(12絃)そして
ビオラ(通常のクラシックギター)の伴奏で、薄暗いライト照明の元で演奏
されます。

guitarra-large-1.jpg
12絃のポルトガル・ギターラ(wikiより)

ファド歌手は主に女性歌手に有名なのが多いですが、国内で人気のある男性歌
手もいます。カルロス・ド・カルモは齢72歳になりますが、現役で歌ってい
る息の長い人気歌手です。

女性のファド歌手は全身黒い衣装を身にまとい、多くは黒のショールを肩に
かけます。

fado.jpg
 歌うアマリア(wikiより)

ファド歌手として世界に名を馳せたのはなんと言っても「アマリア・ロドリ
ゲス(Amaria Rodriques. ポルトガルではAmaria と呼ばれて親しまれてい
た)」です。上述の歌「Barco Negro」も、かつて彼女が出演したフランス映
画「過去を持つ愛情」の中で歌ったのが広く広まったもので、ファドがその
名を世界に知られるようになったのは、Amalia に負うところが大きいのです。

Amaliaは1999年に79歳で亡くなりましたが、この時ポルトガルは三日
間、喪に服しました。彼女の葬儀にはファンのみならず当時の大統領も列席
し国葬並みの扱いで、国民の誉としてエンリケ航海王子、バスコ・ダ・ガマ
や文豪カモインスなどの記念碑があり、ポルトガル歴代の英雄たちが埋葬さ
れるリスボンの国立パンテオンに眠っています。

現在は日本でも知られる若い女性ファドシンガーが新しいスタイルでファド
を歌っていますがアマリアの前にも後にも彼女ほどの偉大なファド歌手はなし。

出稼ぎや移民が多いポルトガル、異国の地でファドを耳にすると「Saudade
(サウダーデ=望郷)」の思い止まず、ポルトガル人は涙すると言われます。
ポルトガル人に限らず、聴くものの心に望郷の念を呼び起こさずにはおかな
いのが、ファドなのです。

ファドにはこのように、ポルトガルのブルースとでも言えるようなSaudadeを
歌ったものが多いですが、日常生活をユーモアたっぷりに皮肉ったりなどの
陽気な歌もたくさんあります。

さて、ではファドのオリジンはと言うと、これが「カステラ」の語源同様、
今日でもはっきりしないようです。(カステラについてはエントリーの最後
で案内)そこで、わたしが聞いている説をいくつかあげてみます。

一説によれば、ファドの起源は11世紀から14世紀に遡り、運命論者のア
ラブ人がポルトガル・ガリザのことを歌に表わしたのがそうだと言われます。
この当時は歌手は男性に限られ、男が女性の気持ちを歌ったもの(これは日
本の演歌でもよくありますね。森進一や美川憲一などは女の立場に立って演
歌を歌っています)や、時の貴族への批判を歌にしたりしました。

ガリザは、現在のスペイン領、かつてのレオン王国の一部でポルトガル北部
と隣接する地方。11世紀から14世紀といえば、ポルトガルは建国の幕開け
から、レコンキスタの戦い(イスラム教徒との国土奪回戦争)に明け暮れ、
国土の奪回がイスラム領土の首都、コルドバに移動して行ったころです。

もうひとつ、わたしが聞き及んでいるのは、船乗りたちの詩や歌がファドに
なったというもの。今のようにけして楽でもロマンチックでもなかった厳し
い航海の旅、波に揺られては故郷を思いそれを歌にたくしたというものです。

また、ファドは「Lundu(もしくはLundum)と呼ばれるアフリカのダンス・
ソングから来たという説もあります。
このダンス・ソングことLundu=ルンドゥは、18世紀の終わり頃にポルトガ
ルやブラジルでも知られるところとなり、ブラジルのサンバの起源だとも言
われます。こうして、ルンドゥとリスボンに寄港した船乗りたちの歌が一緒
になったものがファドというわけです。


ファディスタの元祖、Maria Severa

今でこそファドはポピュラーな音楽として色々な歌手に歌われていますが、
リスボン・ファドの歴史をひもといてみると、ちょっと面白い。

19世紀初期、ファドはリスボンの波止場や色々な人種が住み着くあまり柄の
よくない地域のタベルナで、浮世の憂さ晴らしとして歌われていました。
その中にMaria Severa(マリア・セヴェラ)というジプシーの人気ファディス
タがおりました。
セヴェラは愛らしい高級娼婦でもあり、愛人も数人おりましたとさ。

そのSeveraに裕福な貴族、Vimioso伯爵が恋し、セヴェラを闘牛場の公の場に
伴ったりしていたのが、彼女は26歳の若さで結核のため命を落とします。
後、伯爵はファドを貴族のサロンへと持ち込みます。

こうして、ファドは世にに知れ渡り、王室のサロンですら歌われるようになり、
歌の内容もSaudade(郷愁)、Amor(愛)をテーマにした詩的な歌詞がメランコ
リなメロディーで作られるようになりました。

現在ファドはリスボンのツーリスト用のレストランなどで聴かれます。
ポルトでファドが聴ける有名レストランには、リベイラの「Mal Cozinhado
(こしらえが悪い料理の意味)」があります。

下記にファドの中でも最も知られる名曲のひとつ、「Cancao de Mar(海の歌)」
が現代のポルトガル人ファド歌手、Dulce Pontesの歌で紹介します。


 
歌のプロローグがどこかアラビアンな感じを受けるのはいかがでしょうか。
ポルトガル語の意味が分からなくても思わず引き込まれる歌です。
この歌はイギリスのサラ・ブライトマンが「ハーレム」と題しても歌って
いますが、やはり迫力に差があり、俄然Dulce Pontesに軍配あり。

ファド「Barco Negro(暗いはしけ)」については、こちらで面白い発見を
書いています。
よろしかったらどぞ。

   http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-753.html

ところで、リスボン・ファドとあるのですが、ファドには実はもう一種類、
リスボンのとは違った趣のファドがあるのをご存知ですか?
近日中にそれを紹介いたします。

カステラはポルトガル語かを読んでみる
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
コメント
ウタイダ スノサフ ナウタヲ
Cancao de Mar(海の歌)/Dulce Pontes いいですね~なぜだか八代亜紀さんの舟歌が聴きたくなってきました(^^)
2011/07/10(Sun) 07:13 | URL | 松浦佳也 | 【編集
つい先日、NHKの番組「アメージングボイス」で
Dulce Pontesをやってました。
ここでまた海の歌を聴けるなんて(^^)
番組中ではライブのだったのですが、
こちらはこちらで迫力がありますね。
2011/07/10(Sun) 20:04 | URL | cobe | 【編集
アマリア
ちょっと前に、ファドのことを知り、
アマリアさんのCDを買っちゃいました
(*^.^*)
結構、好きです。
今回こちらでご紹介いただいたのも聴きましたが、確かに、アラビアンですね~
2011/07/11(Mon) 04:33 | URL | jackie | 【編集
>松浦君

ちょっといいでしょ?
ファドにもファド歌手にも色々あり、わたしは一概に
ファドが好きだとは言い切れないのですが、アマリアの歌う
ファドとこの歌は好きです。

>cobeさん

まぁ、偶然でしたね。

ファド・ファンは日本人にも多いようですよ。
Dulce Pontesの他にも人気のあるファド歌手として
マリーザも国内外で有名です。

>jackieさん

おお!買っちゃいましたか^^

彼女のCDは古いですから、音が少しきになるところですが、
大丈夫ですか?

ポルトガルで人気を得、世界に出たもう一人の有名な
歌手がいますが、それもいいですよん^^
わたしはファドよりそちらの方がすきなのですが、
今度取り上げましょう。


2011/07/12(Tue) 16:18 | URL | spacesis | 【編集
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