2011年8月26日 

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ポルトのイワシ雲

作家向田邦子氏のエッセイに「眠る杯」というのがある。
「荒城の月」の「春高楼の花の宴 めぐる杯 かげさして」の「めぐる杯」を
少女時代からずっと長い間「眠る杯」だと思っていたというのである。

よくありがちな話で、おっちょこちょいなら氏にひけをとらないであろうわたし
だ、同じような体験を持っており、これを読んだときにはなんだかすごく
向田邦子という作家が身近に感じられ、以来ファンになったのである。

かごめとかもめを同じ鳥だと思い、「かごめーの水兵さん、ならんーだ水兵
さん」と歌っていたし、かごめが鳥などではなく、竹で編んだかごの網目
だと知ったのはずっと大人になってからだ。

また、愛唱歌「朧月夜」にある、
「菜の花畑に入日うすれ、見渡すやまのは~」
と、これは大好きな歌のひとつなのだが、おっとっと、補習校の朝の歌に
選択し子供たちに教えるまで、「見渡す山野は(Yamano wa)」と歌っていた。

「見渡す山の端」だと歌詞を文字で見て知り、冷や汗をかいたことがある。
以来、ソコツな自分だからこそしていたかも知れないその間違いを、しばら
くの間は聞かれもしないのに会う人ごとに解説をしたものであった。子供
たちには「ここは、こういう意味でこう歌うんですよ」と、勿論さも知ったように
話したわたしではあった。

おなじみの歌、

夕やけ小やけのあかとんぼ、
おわれてみたのは いつの日か

漢字で歌詞を書くと「負われて見たのは」となるのだが、大人になっても
ずっと「追われて見たのは」と歌っていた。よく意味を考えると、「追われて
みたのは」ではおかしいと気づくはずなのだが、子供のころの刷り込みは
疑ってみようとも思わない。「洗脳」というのはこういう怖いことだとこの時
改めて思った。

さて、どうしてこんな話かというと、2、3日前のこと、いつもの通り、我が
モイケル娘、「ただいま~」とスカイプにあがってくるなり言うには、
「おっかさん、まりちゃんが要(かなめ)君に会ったって!」

まりちゃんとは我が妹のことで、モイケル娘にすれば叔母にあたるのだが
彼女には「まりちゃん」で承知してもらっており、その叔母とも娘は時折
ネットチャットしている。

「要君て、ふしみ・かなめくん?」と聞くとそうだと言う。

思い出の坂道を一気に駆け上るシグナル「ふしみかなめ君」なのだ。
こう書くと初恋の人とでもたいがい思われるんだろうが、そうではない。
わたしの子供時代、弘前の下町だった新町(あらまち)、母とわたし、妹の
3人が同居していた祖母の家の隣家、床屋さんの一人息子君で、こと
チャンバラでは近所で右に出るものがないくらいピカイチのガキ大将だった
わたしに、毎度やられては泣いて家に帰っていたかなめ君なのだ。

妹はガキ大将のわたしにしょっちゅうくっついて共に遊んでいたあの頃、
あたしも妹も、なぜだか今に至っても色あせることのない「ふしみかなめ君」
の名前なのである。
それを我がモイケル娘がなにゆえ知っているかと言うと、そういう昔話を
このおっかさんから繰り返し聞かされていたのであった。

まりちゃんこと、我が妹が言うには、ついこの間、ダンナと一緒に弘前へ
帰ってきた。(義弟も弘前出身である)
そのついでに今は祖母の家もなくなってしまったが、新町に寄った所が
ひょいと床屋から出てきたのが、なんとその要君だったそうだ。

共に遊んで、いや、要君にしたらしょっちゅう泣かされた遊びなわけだが、
要君に会わなくなってゆうに半世紀にはなろうから、わたしなど彼の顔は
まったく覚えていないというのに、我が妹、よくぞ分かったものとすっかり
感心した。
ふしみ床屋店とでも看板があったのだろう、わたしたちと同じ年恰好の
床屋の主人と見て、要君とわかり話しかけたのであろうか。

ふしみかなめ君とは切り離せない連鎖する津軽言葉がわたしたち二人
にある。彼がうわ~~んと泣いて家に走り去る姿を見ては二人して
「ガニアベガニアベ」と喜んでいたのであり^^;

さて、この語源も知らずに我らは使っていたのだが調べて見ると、蟹を
食べるのに塩加減がちょうどいいことを津軽では「いいあんべ、ガニあん
べ=いい塩梅あんばい)カニ塩梅(蟹あんばい)」と言うのだそうで、
恐らくわたしたちは「泣かせてやった、へ~んだ」くらいの意味で使って
いたと思われる。

泣いて帰ったかなめ君のご両親からは一度も苦情が来なかったことを思え
ば、子供同士のこととてそれも遊びの枠と大目に見ていたのであろうか、あ
の頃の世の中はのんびりしたものであった。

ふしみかなめ君、再会したときは心からごめんなさいとお詫び申そうと心に
思いながら、幼い頃の罪のないチャンバラ遊びの話にしばし花を咲かせた
妹とわたしであった。

思い出のバスに乗って 黄色い帽子の子が走ってくる
人差し指の向こうの坂道

あれから50余年、人生の色々なバスに乗り継いで、わたしはこんなところま
で来てしまいました。

saovicente9-1.jpg
ヨーロッパの南西端、サン・ヴィセンテ岬。(後日ご案内)

この項、明日に続きます。

よろしかったらもうひとつの思い出のバスに乗ってみませんか?
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コメント
旅の衣はすずかけの‥ちごたあかぁ
  蒼天のポルト‥ドウロ川の投げ釣りの竿の列が目に浮かびます。  

沖で海戦のあった岬‥好い旅日和です。旅の衣が素晴らしいです。グラマラスでいらっしゃいますねぇ。上品なヨーロピアンカジュアルの色使い‥パープル以外にはありません、よね♪流石でございます。

未だに思う事が多くて←諺通り(>_<)竹馬の友を思い出す事も夢に見る事もありましぇん!どぉゆこと。

ポルトガルが南西端にあります、から、南西端の南西端のアレコレ楽しみでございます。
2011/08/27(Sat) 21:58 | URL | 夢想窓 | 【編集
>夢想窓さん

あはははは。グラマラスとはありがとうございます。
中年太りなだけでして^^;

帽子もグラサンも長袖の上着もみなアレルギー予防です。
でも、色具合にもよりますがパープルは好きな色のひとつです。

他の竹馬の友は名前が思い出せないというのに、このかなめ君はフルネームで覚えているのが不思議ですね。
名前そのものが当時としては珍しかったのかも知れません。

今週はサグレスとサン・ヴィセントをご案内したいと思っています。
いつもコメントをありがとうございます!
2011/08/29(Mon) 07:50 | URL | spacesis | 【編集
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