2011年9月16日

今夏は、ポルトガルの大航海時代の先駆者、トマールのテンプル騎士団がキ
リスト騎士団と名を変えた時、そのマスター(団長)となったエンリケ王子
が住まいとし、人生の後半を天体観測費やしたと言われるポルトガルの南部、
アルガルブ地方にあるサグレス岬を訪れてきました。

サグレス岬は「Fortaleza de Sagres=サグレス要塞」となっており、大西洋
を目前にゆっくり歩くと1時間半はかかるでしょう。
要塞が閉まるのに45分ほどしかないという夕刻に入りました。

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手前がサグレス岬の断崖。
 
サグレス要塞の入り口。
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20代始めに父王ドン・ジュアン一世、兄弟とともにアフリカの入り口セウタを
攻略したInfante Dom Henrique(インファンテ・ドン・エンリッケ)ことエン
リッケ航海王子は、アルガルベ地方のラゴスを拠点に海外進出事業にのりだす。
マデイラ島、アソーレス諸島が発見され、王子が送り出したジル・エアネスは
「不帰の岬」と当時恐れられていたアフリカ大陸沿岸、西サハラのボジャドー
ル岬迂回に成功する。
 
門をくぐりぬけ、内側から見た要塞。
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要塞は15世紀に造られたが1755年11月1日のリスボン大地震で大津
波に襲われ破壊。現在の要塞は18世紀に再建されたものである。

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羅針盤(Rosa dos Ventos)と推測される。                  

 
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ポルトガル人が各新発見地に設置したパドラォン(Padrao)と台呼ばれる占領
標識の石碑。

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サグレス岬先端の灯 

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岬をぐるりまわるコースのところどころに置かれている新モニュメント
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一周して来た頃には夕日が海に沈みかけて。

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大西洋に沈む夕日を背に受けたノッサ・セニョーラ・ダ・グラッサ教会。
                
エンリケ航海王子の光と影

ポルトガル大航海時代の礎を築いたエンリケ王子は英国人の血を引き、イギ
リスでも人気があるポルトガルの歴史人物の一人である。その生涯は一見華
やかな印象を受けがちだが、どんなに華麗な歴史にも陰がある。
                              
テンプル騎士団、キリスト騎士団員は独身でいることを求められ、王子もキ
リスト騎士団の団長という立場上、生涯独身を通した。セウタ攻略後、セウ
タ総督を任ぜられ、またアルガルブ地方の統治も任せられたエンリケはラゴ
スに拠点を置き、国家事業の航海計画に専念する。

父王ドン・ジュアン一世没後、長兄ドン・ドゥアルト王の時代にはこの事業
をめぐり、対立する勢力があった。エンリケ王子は、長兄ドン・ドゥアルト
王の命で、セウタ確保のため、次兄ドン・ペドロの反対を押し、末弟フェル
ナンドとともに北アフリカのタンジール攻略に入るが失敗。
 
末弟フェルナンドは休戦協定のためアラブ側の人質となり、ドン・フェルナ
ンドは6年間の幽閉後アフリカで死す。セウタはこのドン・フェルナンドの
犠牲で確保されたのであった。

後、次兄ペドロと前王ドゥアルトの息子アフォンソ5世の王位争いが始まる
が、エンリケはこの権威争いには組せず、アフリカの地で人質として弟フェ
ルナンドを死なせた心の傷もあってか、サグレスに引きこもりここで天体観察
に打ち込み、ヨーロッパ各国、イスラム国からも航海知識者を招き、船員の教
育に努めたといわれる。

サグレスにエンリケ王子の航海学校があったと言われるのはこのためである。
実際に学校が存在したかどうかは明確ではない。
エンリケ王子はサグレス隠遁前、航海時代の中心地、ラゴス(サグレスの近
く)に居を構えていたが、ラゴスはヨーロッパ最古の奴隷市場があるところ
でもある。ポルトガル国内ではは奴隷をは使われなかったが、ラゴスは奴隷
の入り口でもあった。

1460年、サグレスにて没。

この間、O Africano(=アフリカ王)の異名をもつエンリケ王子の甥、ドン・
アフォンソ5世王は北アフリカ入り口を征服、そしてやがて時代はポルトガル
・スペインの大航海時代に入る。
 
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空に余韻を残し海に沈む太陽。右に見えるのはサン・ヴィセンテ岬。
数世紀前、エンリケ王子もこの岬から同じ夕日を日々眺め、日が落ちてから
は天体観測をしたであろう。
孤高の人エンリケ航海王子は果たしてどんな思いで落日を眺め星を求め、陸
路の果ての断崖岬で生涯を終えたのだろうか。
上の画像は是非クリック、拡大してごらんください。

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横に膨張して今にも海と接触せんとする太陽。
                                  
また見つかった、なにが?
永遠が。 海と溶け合う太陽が。(アルチュール・ランボー「永遠」)

                               
こんな1節が思い出される一瞬だ。

計画にはなかったのですが、夕食時間に間があったことで出かけ、運良く眺
めることができた海に沈む夕日、本日は時空を越えて恐らくエンリケ航海王
子も眺めたであろうサグレスの夕日をご案内してみました。

明日は、エンリケ航海王子について、もう少しメモしたいと思います。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
コメント
景色が・・・!?
やっぱり異国の景色だね。夕焼けが素晴らしい。特に偉人さんも見たであろう同じ場所での夕焼けは、また格別なものがありますね。ちゅうも幾つか思った事あります。ここの所、仕事で徹夜続き。やっと体力、気力も回復しました。健康診断の結果も、特に異常なし。医者に言わせると、後は加齢による諸々の症状が現れますねだと。「フン!言っとけ!」でも、65才以上は、診療無料には、まっ!感謝だね。
2011/09/16(Fri) 23:53 | URL | やっと仕事から解放ちゅう! | 【編集
青春の点と線と光と影とほのぼの思うもの
写真すばらしいですね~松本清張にでてきそうな断崖絶壁といい、夕日の写真といい、なんだかちまちました日常から離れて出家でもしたい気分になりますね(^^)
2011/09/17(Sat) 06:59 | URL | matsuura448 | 【編集
光と影・・・
エンリケ王子の晩年、すごく気になっていたんですけど調べていませんでした。胸がちょっとスッとしました。
でもお気の毒だったようですね。

夕日は落ちてまた朝昇る。ポルトガルの今もそうあって欲しいです。日本も大変ですけど。
2011/09/17(Sat) 11:24 | URL | なみ | 【編集
>ちゅうさん

おつかれさま!
徹夜連続は気をつけてくださいね。
健康診断異常なしは真によかこと。でも度重なると怖いですぞ。
加齢による諸所の症状が現れますねってなんじゃいな(笑)でもその診療無料は助かりますね。

>matsuura448

おぉ、似たようなことを想像しましたね。ちまちましない日常を送れるよう志してみようと思っているこの頃です^^

>なみちゃん

お役に立ててよかった^^

こういう偉人達の光と陰があってこそ文明は発達してきたのでしょうね。
そう思うと過去の人々の大きな忍耐と探究心には大いなる敬意を表します。

日はまた昇る、過去にあったことは現在にも起こると言いますからね。
ポルトガルの先数年は厳しい忍耐を強いられます。なんとか乗り切りたいものですね。
2011/09/18(Sun) 02:19 | URL | spacesis | 【編集
素晴らしい…
夕焼けが、すごいですね!
そういえば、夕焼け見てないなぁ…
見たいなぁ…

エンリケ後悔王子(ナイスな当て字)、
またしても、全然知らない歴史で、
勉強になります!

2011/09/27(Tue) 04:50 | URL | jackiemai | 【編集
>jackiemaiさん

ぐは!後悔王子てv-407
気をつけたつもりなんだけど、やっぱりどこか誤字がでたか(笑)
返還がね、しょっちゅうこうなるものでこれでも注意したつもりなんです^^;

ありがとう。訂正しときます~。
日没、最高でしたよ^^
2011/10/02(Sun) 00:39 | URL | spacesis | 【編集
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