2012年1月15日 

前回の記事の続きです。

lapa1.jpg

Lapa教会の横にある墓地の入り口。小さいので見にくいですが、門のトップ、
三角形にはメーソン独特のシンボルが見られる。

lapa2.jpg
墓地というより「石の園」呼ぶにふさわしい気がする。

lapa8.jpg lapa7.jpg
写真右はオベリスク形の墓石。殆どの墓石にメーソン独特のシンボルが見ら
れます。その一部を紹介します。

lapa3.jpg
上部にメーソンの手のシンボル。

lapa4.jpg

上部三角形内「叡智の目」、下部にもメーソンのシンボル、ドクロ。

lapa5.jpg
門の上部に見られるのと同じシンボル。砂時計、カマ、翼。翼はヘルメスも
しくは女教皇を表すか。これらのシンボルは異端タロットカードにも見られる。
タロットカードはマグダラノマリアを「イエスから秘密の教義を授かった全てを
知る女性」とする異端主義のテーマに触れているとされる。
下記、拡大図。

lapa5-1.jpg
真ん中の意味はチョット分かりませんが、コンパス、角定規、のこぎり、ハ
ンマーと石工(ストーンメーソン)の道具、メーソンのシンボルです。

ラパ墓地は、東西にまたがる横の区分が持つ建築と19世紀当時のポルトの
企業家、大地主など、ポルトのエリートたち、更にブラジルの貴族たちが
眠っている意味合いからも、ユニークな墓地とされます。また19世紀の著
名作家や詩人、Soares de Passos, Cmilo Castelo Brancoなどもここで眠っ
ています。

さて、この墓地を持つらLapa教会ですが、祀られているのはドン・べドロ4
世、またの名をブラジルでは初代皇帝ドン・ペドロ1世です。

lapa_igreja1.jpg
ラパ教会にはドン・ペドロ4世の希望で亡き王の心臓が保管されています。
ドン・ペドロ一世については我が別HP、「メモリア海岸のオベリスク」
で書いていますが、記事を書き上げた当時(下記にて案内)、気になりな
がらも時間が許されず今日までそのままにしてきましたが、今回この墓地
の記事を載せるについて調べてみたところ、自分の推理を確認できました。

ブラジル育ちのドン・ペドロ4世(ブラジルではドンペドロ一世皇帝)が
ポルトガルを治めたのはわずか2年です。
実は王はブラジルのメーソンの総長だったとの記録を発見しました。

ドン・ペドロがブラジル皇帝の座を降り7000の傭兵を率いて、旧勢力を
バックにする弟ドン・ミゲルからポルトガル王位を奪回するため、リベラリ
ズムの哲学を擁するブラジル・メーソンたちとともにポルト北部に上陸した
のは1832年のこと。ラパ墓地がメーソン独特の体をなしているのも肯け
ようというものです。

D-Pedro4.jpg
ポルト市庁舎通りことAvenida de Liberdade(自由通り)で街を見下ろす
ドン・ペドロ4世。

ついでに昨年教会を訪れたときの画像を。結婚式が行われていました。
lapa_igreja2.jpg
祭壇が9段階になっているのはメーソンの階級に関係するのか?未確認。

下記ではドン・ペドロ4世のオベリスク記事が読めますのでよろしかったら
どうぞ。
メモリア海岸の巨大オベリスク

本日はオタクネタでした。
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