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2012年11月21日
 
鳩山由紀夫氏政界引退とのこと、また撤回なんて言い出さないかなぁと不信
が頭をもたげてくるわたしですが、みなさまはいかに。

さて、このところ、某企業での朝の日本語授業が続き、まるで会社出勤のご
ときの近頃、服薬は続けているものの体調もほぼリカバーし、本日も行って
来ました。

所要時間は我が家から自動車道路に入りフレイシュ橋を渡って20分なので
すがその自動車道路、今朝は濃霧が立ち込め社の4階の窓から外を眺めると、

moya.jpg

ご覧のように町と空の境目に白い霧の一帯が断層の如く横に延びています。
その中をくぐり抜けてきたわけですが、1時間後の帰路時には霧もすっかり
晴れて青い空にぽっかりと白い雲。今日は一日いい天気でした。

kumo.jpg

昨日の強風ですっかり歩道を埋めている落葉を見るにつけ、思わず車を止め
て撮影しました。小さかった近所の街路樹もこんな葉を落とすほどに大きな
木になったことに今更のように気づき、秋の終わりを楽しんでいます。

ochiba.jpg


わたしは先週末65回目の誕生日を迎えました。65回目なんて、う~ん、
言おうか言うまいかと多少迷うところもあったのですが、えぇい、いいでは
ないか、言っちゃえ言っちゃえと。

書いてる稚拙なブログ内容からして、皆さまにはその年齢に思われないとこ
ろもあるかも知れませんが、残念ながら賢さは年齢に比例するわけではござ
いませんものね。いかんともし難い。

体力的には数年前に比べるとやはり無理がきかなくなって来ましたが、相変
わらず内に外にと日本語教室を楽しんでおり、もうしばらく現役を続けるつ
もりでいます。

年齢層が16歳から54歳までと言う市立図書館の12人の日本語クラスも、
教える側がこんなに楽しんじゃっていいのかな?などと思いながら毎土曜日
の90分授業に励んでいるのですが、さて、65回目の誕生日を迎えたらし
てみようと思っていたことがひとつあります。

ブログもしくはホームページ上で自分の簡単な写真履歴書とでも言いましょ
うか、手元にある子供時代から現在までの写真を基にした大雑把な自分史の
掲載を試みようというものです。

もちろん、全て洗いざらいというまではしないのですが、元々が子供たちに
自分が日々思ったことや思い出話を書き残しておきたいという気持ちで始め
たブログやホームページです、その意味で、本日から少しずつバラバラに掲
載してきた写真を使ってのSpacesis人生これまで総まとめと参ります。

なんだ興味もないやとお思いの方は遠慮なくスルーなさってくださいまし。

子供時代・1950年代

まずは最初に赤ん坊時代の写真をと行きたいところですが、これがあったの
にない・・・^^;恐らく我がおやじ殿が火災にあった際に焼けたと思われ
ます。で、横浜の叔母が亡くなった際に出てきたこの写真から。

memory

この写真については入手した2007年に取り上げています。以下引用。

50年前との再会

今、手元にわたしがこれまで一度も目にしたことのない幼い頃の写真がある。

今年、2007年3月に東京のW大学から九州の公立大学に転校し、山口県
の下関に移動した娘に会いに、一ヶ月ほど日本に滞在した時のことである。
ポルトに帰る前の10日間ほどを所沢の妹宅で過ごしたのだが、お茶を飲み
ながらのある日のこと、妹が「こんな写真を小倉の叔父さんのところで見つけ
た。それでもらって来た。」と、数枚の白黒写真を持ち出して来た。

小倉の叔父というのは、3年ほど前に亡くなった、9人兄弟だった母の末の妹
でわたしたちの叔母にあたる人の連れ合いである。この「思い出のオルゴー
ルシリーズ」の「急行日本海」でも登場しており、当時は大阪に転勤で住んで
いたのだが、わたしはこの叔父たちと多感な中学時代の最後の1年を弘前か
ら転校して過ごしたのだ。

写真を見たわたしは思わず感嘆の声をあげた。
祖母を始め、我が母、父、叔母の、今は亡き人たちの懐かしい顔が写真の中で
にこやかに微笑んでいる。
写真に写っている田んぼや川の背景もわたしの記憶に残っており、妹と二人、
時間のたつのも忘れて、昔話に花を咲かせたのだった。
      
そして、妹が「もう一枚!」と取り出してきたB3くらいのサイズの大きな写真が
上のねぶたの写真である。
              
これには、うわぁー!と、それこそ歓声をあげずにいられなかった!
今では日本の三大祭のひとつに数えられる、遠い昔の町内ねぶた祭りの一夜
の写真なのだ。
右のプラカードには「上新児童福祉協会」(上新=上新町)と書かれ、左には
「三国志 張飛奮戦○上新町」とある。○の字は読めない・・・

「この中にわたしたちがいるのよ。見つけられる?」と我が妹。
50数年も前の自分を探して、しばらく写真に見入るわたし。
妹は言う、「わたしはすぐに分かった。」

大勢のなかで、なぜだか一人だけ小首をかしげている女の子を見つけた。
 「こ、これじゃない?」と自信なさげに小さな指を指差わたし。
 「うん。それがゆうだ。で、わたしはこれ。」

memory
丸印上がわたし、下が我が妹。この当時我がオヤジ殿は年中不在であった。

写真の背景は真っ黒でよく分からないが、左端にやぐらのようなものと幕
が見えるところから、ねぶたの置き場から出た場所だとうかがえる。
はしっこにちょこっと当時の自転車も見える。

夏休みの8月1日から6日間、日が暮れ始めると町内にねぶた囃子が聞こ
えてき、わたしたちは、鼻にスーッと水白粉で白い線を引き、半纏を着て鉢
巻をしめ、中にろうそくの火をともされたこの巨大なねぶたを
「ヤーヤドー!」と引いて下町から坂を上り上町へ出、弘前の夜の町を練り
歩くのである。疲れて眠くなり、足元がおぼつかなくなると、ねぶたを乗せた
台車に座らせてもらえた。

ねぶた祭りは毎年あったのに、一枚だけがこうして残っているのは、恐らく
この年がわが祖母タマさんが町内のねぶた祭り世話係だったのだろう。
一晩上町を練り歩いてねぶたを引っ張って帰ってくると、祖母が家で菓子
や飲みものなどを用意して待っているのである。

ふたつの大きな和太鼓は、ねぶたの後ろに積まれ、笛吹きたちも加わり
「歩け」のリズム、「止まって休め」のリズム、「帰路」のリズムと、ねぶたを
引くものたちに合図する。
帰路には「ヤーレヤレヤーレヤ、ねんぷたのもんどりこ!」(ねぶたの戻り)
と、眠気を吹き飛ばして掛け声かけて帰るのだ。
       
 「ダカダン ダカダン ダカダカダカダン」と、太鼓のリズムと笛から流れる
音色は、今もわたしの耳に残っている。
雪国の夏の六夜の、ほとばしる津軽縄文人の熱き血潮がふつふつと湧いて
くるような祭りである。

この写真の中には、この数年後、ご近所の子供たちを集めては女ガキ大将
気取っていたわたしの子分たちも何人かいるはずである。半世紀以上も昔
の自分をかろうじて見つけられたわたしは、何度この写真を見直しても、彼
らを見つけられないでいる。

小首をかしげているこの少女を見ると、わたしは少し目が潤む。
そして、静かに語りかけて見る。
「ハロー。あなた、随分歩いてとうとうここまで来たのね。」


続きます。
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テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
コメント
道路を覆う落ち葉の色がすごく綺麗!
ねぷた写真は初めて見たような?
こんな幼い頃から首を傾げているなんてさすが(笑)
2012/11/22(Thu) 12:19 | URL | もいける | 【編集
まっ黄色のプラタナスの葉かな、綺麗でしょ?PedroucosのBombeiroの広い道だよ。

まだモイちゃんが見たことの無いような写真が出てくると思う。
ただひ、礼の「しんやくん」と間違えられたのは出せないなぁ(笑)
2012/11/23(Fri) 17:17 | URL | spacesis | 【編集
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