2013年1月15日 

不覚にも買ったばかりの新しい包丁で左中指先をザックリ切っちまった。
経済危機に見舞われているポルトガル、たいした援助にならないのは承知の
上だが、日常生活用品はできるだけMade in ポルトガルを購入しようと考
え、近頃では野菜、果物もそう心がけている。

いつも使用しているのはステンレス製の包丁なのだが、年も変わったことだ
しと、そそっかしいのがよせばいいのに切れの良い新しいのを一丁用意する
ことにした。

買い求めて取り出して見たところ、うわ!刃が薄い。すごく切れそうだなぁ。
一度はジャガイモの皮むきに使い始めたものの、ふと不安が頭をかすめ手を
止めて古い包丁に持ち替えた。んで、それにしてもせっかく買ったのになに
やってんだかと思い直し、再度新品のに手を伸ばし、レモンを真っ二つにサ
クッと切ったと思いきや、その瞬間、やってしまった!の感触。

もう確認する必要もなく、まっすぐバスルームに駆け込み、消毒液を指にぶ
っ掛けたのだが、切った箇所を見るのがこわい・・・
とりあえず夫が帰宅するまで自分ができる応急処置というので、傷口が開か
ないように、たっぷりのオロナイン軟膏(我が家では子供たちがこれを
「ママのMiracle Ointment、つまり「魔法の軟膏」と小ばかにして笑うの
であるw)をバンドエイドにのせて指にきつく巻きつけた。ずきずき痛んで
なかなか止血しない。

そうこうしているうちに夫が帰宅し、痛み止めの薬をもらってとりあえず、
落ち着いた感じなのだが、これが三日前のこと。うっかり指に力を入れよう
ものなら、すぐさま出血するので何をするにも不便と言ったらない。

そんなわけで、キーボード早撃ちのわたくし(それで誤字が多いw)指先を
気にかけながらキーボードを打つのも時間がかかり、それが嫌で、人魚の館
のアップが遅くなってしまいました。

さて、参りましょう。今日の記事は自分の記録メモとして書いてある部分が
あります。興味深いものとはこれです↓

palacio_Sereias

階段を上ってくると頭上に見える石壁の上のピラミッド。Bandeirinha
da Saude(Bandeirinha=小さな旗、Saude=健康、衛生)」と昔から呼ば
れてきました。それでこの人魚の館がある道も「Rua da Bandeirinha」、
バンデイリーニャ通りと呼びます。

palacio_Sereias

館側から見るとこんな風に見えるピラミッド。川に面しているのにはそれ
なりの訳があります。

ピラミッドの上に見える小さな金属製のBandeirinha da Saudeですが、
これはかつてドウロ川にポルト入港する船に向けての目印だったそう
です。16~18世紀にはペストが何度か国内で流行しましたが、それを
防ぐため、この旗から川に延びる線を境界線とし、船はそこから先のドウ
ロ川には入れないことになっていたと言われます。

そう言えば、2年ほど前にこの辺りに「モンシーク修道院」を探してきたこ
とがありましたが、その修道院が舞台になったポルトガル、19世紀の文
学者Camilo Castelo Brancoが書いた小説「Amor do Perdical(破滅
の愛)」では、父親に愛しあうことを禁じられこの修道院に幽閉された女性
テレザ。愛する彼女から離れ異国へ旅立たなければならなくなったシモンは
船上で修道院の窓から出航を眺める彼女の姿を認めるのですが、なるほど、
つまり、この船はBandeirinha da Saudeの境界線ギリギリのところから
出たのだということが分かります。

(モンシーク修道院を探しての記事はこちら↓)
ポルトガル文学 「破滅の愛」の舞台、モンシーク修道院を探して

このような細かい背景が分かって映画や小説を読むとその時代が活き活きと
蘇ってきます。

1809年はポルトガル歴史上重要な年号のひとつとされます。ナポレオン
がポルトガルを征服しようと1807年、1809年、1810年と三度フ
ランス軍が侵入してきたのです。1809年はスペイン北部からポルトに入
ってきました。結果は3度とも敗退して、ナポレオンは「ピレネーを越える
とアフリカだ」、つまりヨーロッパではない、なんて言葉を残していますが、
ナポレオンさん、ひょっとして3度も攻めて成功に及ばなかったがため、
悔し紛れに口から出た言葉ではないかと、意地悪くわたしは勘ぐってみるの
です。

さて、この1809年、フランス軍となんらかの関係があると勘ぐられた息
子が民衆に殺害され、ポルトカレーロ一族はこの人魚の館を捨て去り再びと
この地を踏むことはなく、屋敷は1955年まで廃墟になっていました。

ローマカトリック教会がより聖女に加えられたカノッサのマグダレナの名を
冠するコミュニティに売却され、現在もカノッサのマダレナ・コレジオ(コ
レジオ=ミッションスクール)として運営されており、残念ながら内部見学
は不可能。

palacio_Sereias

写真は人魚の像の反対側で現在のコレジオの入り口になっています。
ファシャーダと呼ばれる表門の上にはポルトカレーロ家の紋章が彫られて
あります。拡大して見ました。

palacio_Sereias

ポルトカレーロ家はGaliza 一帯の貴族を祖先に持つアンダルシアの大貴族
でスペイン王家とも関わりがあり、紋章には王家のキンの冠をかぶったライ
オンと三つの塔を持つ城が使われています。

palacio_Sereias

ポルトカレーロ家の紋章

人魚の館にまつわる話をもうひとつ。

昔から知る人ぞ知るこの人魚の館ですが、現在のように映像が一般化されて
いなかった時代、女性の裸体など目にすることもない思春期の男の子たちは
こっそりとこの人魚を見に来たのだそうです。見つかった時は学校や親から
厳しいお仕置き、お叱りを受けたとのこと、現代からすればなんとも可愛い
らしい話ではありませんか。ということで最後にもう一度「人魚」に登場し
てもらいます。

palacio_sereias


その後のポルトカレーロ家については目下不明。本日は人魚の館を追って
色々話が飛びました。
では、これにて。
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コメント
老人魚の蝋人形の呪う人形の館の浴衣
ある所に「人魚の肉を食べると不老不死になる」という噂を聞き、本当に捕まえてきて食べてしまった人がいたそうな。
先日、その奥さんという人に偶然お話を聞くことができたのですが...

「うちの人ったら、人魚の肉を食べてから、風呂! めしっ!しか言わなくなっちゃったのよ!」

…どうやら人魚の肉を食べると
「不老! 不死っ!」ではなく「風呂! めしっ!」になるようである…

お後がよろしいようで(^^)
指、お大事に。
2013/01/16(Wed) 19:02 | URL | matsuura448 | 【編集
>松浦君

相変わらずであるのぉw

でも元気なようで嬉しいです。

遅まきながら、あけましておめでとうございます。
昨年はつまらぬいちゃもんで辟易したことでしょうが、今年は物事が順調にいきますよう願ってます。
2013/01/16(Wed) 22:46 | URL | spacesis | 【編集
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