2013年1月28日

強風で木倒れ大西洋の波高く、その恐ろしい冬の海の荒れ様に「大自然の咆
哮」だと思わされたものだが、空気が澄んだ冬は星空が美しい季節でもある。

明け方にふと目をさまし寝付かれない夜は、わたしは思い切って起きだし台
所の大窓を開けて夜空を見上げる。今ならばたいていその時間は頭上にオリ
オン座、プレアデス星座ことスバルが見られ、シリウス、ベデルギウス、プ
ロキオンを結ぶ冬の大三角形も容易に見つかる。

今日はそんな夜空の星にまつわる思い出話を。

胸にじんと来て、何故か思わず目頭が熱くなり、歌っている途中から涙声に
なってしまう歌がわたしにはいくつかある。日本の愛唱歌「ふるさと」、岸
洋子さんが歌った「希望」、井沢八郎さんの「ああ、上野駅」、そして坂本
九ちゃんの「見上げてごらん夜の星を」がそれだ。何度繰り返し聴いても、
長い時を経た今でさえこれらの歌はふいに現われてはわたしをとらえてしば
らく離さない。

kyuchan
画像はWikiから

1963年昭和30年代も終わりにヒットしたからわたしが14、5の頃で、
「急行日本海・夜汽車に乗って(最後に案内)」と綴った、叔父叔母を頼っ
て弘前から大阪へ家出をした頃と前後する。

omoide
大阪から帰郷していた憧れの叔母と妹と岩木山ふもとで。

九ちゃんのこの歌は、わたしの思春期と重なるのと、その後、御巣鷹山で
九ちゃんが 飛行機事故死に遭ったのとで、切ないことこの上ない。

もう20年ほど前になろう、週に一度の日本語補習校が発足して多分5年目く
らいの時であったろうか。1年生から6年生まで、15、6人の子供達を引
き連れて、補習校として初めて修学旅行へ行ったときのことだ。

Aveiroにあるユースホステルに宿泊し、夕食後、わたしが持ち込んだ学校
のキーボードで皆で合唱したり、ゲームをしたりのレクレーションタイムが
終わり、そろそろ就寝時間だというので、後片付けをしていると、受け持ち
の6年生の子供達がやって来て、「先生、何か歌って。」と言う。 

ピアノを習ったこともないわたしだが、弾きたいという夢はずっとあり我が
モイケル娘が4歳の時には、3年に一度の帰国を一度諦めて、彼女に習って
もらおうと、思い切って電子ピアノを購入したのである。今でこそ手軽な
値段で入手できると思うが、当時は円に換算して27万円はした。大奮発だ
った。

ピアノに触れたい夢は、わたしを楽譜読みがスラとできるようにした。運良
いことに高校入学の一時期だけ、わたしを気に入ってくれた音楽教師が手ほ
どきしてくれた。生まれて初めて触れるピアノだ、わたしは紙にピアノの鍵
盤を書き、暇をみては家でバスの中でとそれで指を動かす練習に励み、人影
のない早朝に登校して音楽室でピアノの練習をさせてもらったものだ。

それは本の一時期のことだった。家にピアノがないことには早朝の20分ほ
どではなんともしがたいのであった。長いときを経て手に入れたピアノで以
後わたしはなんともハチャメチャな自己流弾き語りを一人悦に入って楽しん
でいた。

補習校の子供達は、当時のオンボロ我が家に、影絵の練習などと言っては
時々出入りしていて、影絵のBGMにと適当に弾いていたわたしを見て、ピア
ノを弾くのだと、とんでもない勘違いをしていたのだろう。
歌の方は、年末の日本人忘年会で毎年一等賞をもらっていたから、これは周
知の事実、歌って弾ける先生と子供たちに思われていたらしい。

「あら」と、急に言われても忘年会で自分が歌っている歌を弾くわけには
いかない。そこで、「皆さんは知らないでしょうけど、わたしの好きな歌を、
じゃ、ひとつ歌いましょう。」と、歌いだす前に、それが、古い日本の同名
のミュージカルの主題曲であること、貧しさのため高校に行けず、日中働き
ながら夜間学校へ行く定時制高校の青春を描いた物語であること、世の中に
は、勉強したくても経済上の理由で行けない人がいることだのの前口上を
したのだった。

左手はいつも一番簡単なアルペジオ式wである。そして歌ったのがこの
「見上げてごらん夜の星を」。
歌い終わったら・・・みな、何故だか泣き顔になっているではないか。
一緒にその場にいた同僚のI氏が言う。
「あれれ、みんなどうしちゃったの~?」
      
「見上げてごらん夜の星を」は、わたしもいつも鼻にじ~んと来る。
この歌は、老若男女関わらず、人々の心を打つような気がしてならない。
1960年初期のヒット曲とあるから、日本が高度成長期に入ったとは言うもの
の、まだ貧しい人々がたくさんいた時代だ。
「きたない、きつい、きけん」の3Kの仕事も厭わず、日本人が仕事に
懸命に取り組んで、未来に夢を描いていた時代ではなかったか。

今では定時制高校、また夜間大学もその数が少なくなったと聞く。働きなが
ら夜の学校へ行かなくても済むような豊かな社会に日本はなったのだろう。
だが、厳しい環境の中でかすかに光る希望を胸に秘め、学ぼうとする真摯な
若者達がいた社会は、過去になったとしても決して捨てたものではないはず
だ。

見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光りが
ささやかな幸せを うたってる

見上げてごらん 夜の星を ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる

手をつなごう ぼくと 追いかけよう 夢を
二人なら 苦しくなんかないさ


詩もメロディも、貧しさの中にいてなお煌き(きらめき)を放つたくさんの
夜空の星に願う明日への希望がたった10行足らずの詩に余すことなくこめら
れていると思われる。そして、これを歌ったにきび面の九ちゃん、お世辞に
もハンサムだと言えないが彼の、本当に素敵な笑顔がオーバーラップする。
九ちゃんはこの歌にある夜空の星になったのだろう。

「見上げてごらん夜の星を」は日本のエバー・グリーンの歌だとわたしは
思っている。

下記、とても古い画像ですが、九ちゃんが一生懸命この歌を歌っているのが
伝わってきます。多くの歌手がこれを歌っていますが、九ちゃんには敵わ
ない。



「急行日本海・夜汽車に乗って(1)」
        「行日本海・夜汽車に乗って(2)」        

本日も拙ブログを読んでいただき、ありがございました。
それではまた明日。
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コメント
はじめまして!
はじめまして、涼子と申します!
わたしは、日本生まれの日本在住ですが、縁あって、Nova de Gaiaに住む日本が大好きなポルトガル人の方とメール友だちになり、ポルトガル、特にポルトに興味を持ち、こちらのブログにたどり着きました(^_^)

毎日、spacesisさんの愉快なエッセイを楽しく拝見しています!
せっかくなので、始めから読み進めて、現在、2008月11月。ちょうどモイケルさんの就職が決まった頃です(^_^)

今日はスキップをして、本日の記事を読ませていただきましたが、残りの4年分もじっくり楽しませていただきます!

ちなみにモイケルさんより少し歳上のわたしですが、この曲には思い出があります。
東日本大震災が起こった1ヶ月程後だったかと思いますが、企業がこぞってテレビCMを自粛している中、サントリーがただただこの曲を色んな方が歌っているCMを流してくれました。
日本人には、本当に大事な曲ですね。
http://m.youtube.com/watch?feature=fvwrel&v=ktTNmB9mE-k


長いコメント、失礼しました!

2013/01/30(Wed) 21:11 | URL | 涼子 | 【編集
>涼子さん

初めまして。
ブログを最初から読んでいらっしゃるとのこと、とても嬉しいです。

モイケル娘とほぼ同年代の方とか、隣町Vila Nova de Gaiaのお友達が縁で当ブログへおいでになったのもまた縁ですね。どうぞ今後もよろしくお願いいたします。

何時の日にかポルトにいらっしゃらないとも限りませんものね^^

この歌も「上を向いて歩こう」もわたしの青春時代の歌でもあり、大好きです。

東日本大震災復興にはまだまだ時間がかかりますが、きっと立ち直って欲しいと心から願わずにはおられません。

ブログにも書いていますが、あの日オフィスにいたモイケル娘は東京から四時間半歩いてアパートに辿りついたそうです。

涼子さんは3.11にどこにおられましたか?大丈夫でしたか?
わたしたちは時に歌に大いに励まされ、慰められることがありますものね。

さて、わたしのブログ記事、きっとあちこちに誤字脱字を見出すことでしょう。
気をつけているつもりですが、どうもいけません、性格なのです^^;
その点、お見逃しくださいね。

それでは、今後もご自由にコメントを!




2013/01/31(Thu) 09:56 | URL | spacesis | 【編集
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