2006年7月17日

しばらく前から日本語教室の生徒の一人と一緒に芥川龍之介の「蜘蛛の糸」
を朗読している。

生涯でたった一度だけ、道端の蜘蛛を踏みつけ
ようとした殺生を思いとどまった極悪人「カンダタ」が、地獄で苦しみあえ
いでいる。それを見たお釈迦様が、蜘蛛を助けたことをふと思い出し、地獄
から引き上げようと、一筋の蜘蛛の糸を極楽からカンダタの前に垂らす。

カンダタは、その蜘蛛の糸にすがって血の池を這い上がり、上へ上へと上っ
て行く。つと、下を見下ろすと、自分の後に大勢の極悪人どもが必死に蜘蛛
糸をつたって大勢が地獄から上ってくるのが見える。

カンダタはこれを見て、己一人でも切れてしまいそうな細い蜘蛛の糸、なん
とかしないことには、自分もろとも糸は切れて、再び地獄へ舞い戻ってしま
おう、
       
思わず「この蜘蛛の糸は俺のものだ、お前たち、下りろ下りろ。」
と、喚いた瞬間、蜘蛛の糸はカンダタの上からプツリと切れて、まっ逆さま、
もろともに地獄へと落ちて行く。
       
お釈迦様のせっかくの慈悲も、自分だけ助かろうとするカンダタの浅ましさ
に、愛想をつかしたわけである。


仏教で言う「地獄」を英語で「hell」と訳してしまうのは、少し違うよう
に思う。生徒と読みながら、わたしは子供の頃の「地獄」への恐怖を思い
出していた。

夏の風物詩は、この時期では日本のどこでも催されるであろう、宵の宮祭だ。
故郷弘前では宵宮、「ヨミヤ」と呼んだ。
子供の頃は、暑かったら裏の畑の向こうにある浅い小川で泳いだ。少し歩い
たところが丁度寺町の裏手に当たり、夕暮れ時には肝試しと言って2人くら
いずつ、墓所まで行って帰ってくるのも涼しくなる遊びのひとつだった。
夕食を終えた後は、たんぼを渡り小川のあたりで、

「ほ、ほ、ほーたる来い、あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」 
と歌いながらする、いにしえの優雅な遊びも知っていた。
  
子供なりの智恵を使って、自然の中で遊びを見つけていたが、夏のヨミヤは
それとは別に、大人びた世界を垣間見るような興奮を感じたものである。

夏の日は長く、ヨミヤのある日は外がまだ明るいうちから、遠くに祭囃子が
聞こえた。
子供が夜出歩くなどしない時代だったが、この日は別である。
祖母や母と一緒に行った記憶はない。
祖母は、桜まつりには蕎麦の屋台を引いたり、夏には氷水を売ったりしてい
たから、恐らく家族はそれぞれ、ヨミヤでの出店に追われていたのであろう。
       
二つ下の妹とユカタに赤い三尺を締めて、既に日が落ちて暗くなった新町の
道を妹と手をつないで誓願寺の夜宮へよく行った。
すると、薄暗闇の向こうから、わたし達を呼び寄せるかのように、
「♪か~すりの女とせ~びろの男~♪」
と、三橋美智也が聞こえてくるのである。
       
田舎の夏休み中のおやつといえば、裏の畑からもぎとったキューリを縦半
分に切り、真ん中を溝を作るようにくりぬいて、そこにすこし味噌を入れ
たのや、塩だけをつけたおにぎりである。
おやつ代などもらえることはなかったが、夜宮の日にはわずかばかりだが、
出店があるのでもらえるのだ。

金魚すくい、輪投げ、水ヨーヨー、線香花火、水あめ、かき氷。これら全部
は回れないが、わたしたちが特に好きだったものに「はっかパイプ」があった。
屋台にぶらさがっている動物や人の顔など、いろいろな作りのはっかパイプ
の中から好きなものを選び、首からぶら下げてはっかをスースー吸うのだ。

しかし、その出店が並ぶところへ行くまでに、どうしても避けて通ることが
できない、寺門をくぐってすぐ左の格子戸がある一隅があった。
そこには、閻魔(えんま)大王と閻魔ばさま(ばさま=おばあさん)がどっ
しりと腰を据え、通る人々を見据えているのである。
       
閻魔大王はまだしも、クワッと赤い口を開き、着物を片肌脱ぎ、立膝でこち
らを睨む閻魔ばさまの像には、恐ろしいものがあった。
怖い怖いと思いながらも、ついつい見てしまい、閻魔ばさまと目が合っては、
ブルッと体が振るえ、下を見ながらそそくさとそこを去るのである。
       
註:閻魔ばさま=奪衣婆(だつえば)
  三途の川のほとりで、亡者の衣服を奪い取るといわれる。
  奪い取られた衣服は、そこにある衣領樹(えりょうじゅ)と言う
  木の枝に引っ掛けられ、その枝の垂れ下がり具合で生前に
  犯した罪の重さがわかると言われる。

ここにはもうひとつ、目が行ってしまうものがあった。
地獄絵図である。恐らくこの時期に寺のお蔵から出されて衆人に見せられる
のであろう。
       
「嘘をついたら舌を抜かれる」「悪事をなせば針の山、血の海が三途の川の
向こうで待ち構えている」
阿鼻叫喚の地獄絵巻は幼いわたしにとって、何よりの無言の教えであった。
       
古今東西の宗教が多かれ少なかれ、わたしたちにある程度の怖さをもって
説教しているのは、人間は、こうしてはいけないと分かっていながら、つい
悪行に走ってしまう、なかなかに食えないものだと分かっているからだろう。

嘘をついたことがないとは決して言えないが、人様に迷惑をかけながらも、
あまり意地悪い気持を持たずして、(意地悪いのは大きな悪のひとつだと
わたしは思うから)、今日まで自分が生きて来れたのは、どこかに幼い頃に
見聞きした地獄絵図が刷り込まれているからかも知れない。

知識を振りかざし、堂々たる自信を持って生きている現代人は、もしかした
ら、いざと言うときに、随分危ういものを抱えているのではないだろうか。
久しく、「蜘蛛の糸」を読んで思ったことである。

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コメント
引き込まれちゃいました。。
spacesisさん、こんばんは♪
そろそろ夏の季節を迎え、
ピッタリのお話かと思いきや
うん。さすが、姉さん、、奥が深いですね。

やはり、子供の頃に教えとかにゃ~ならんことありますね。
今、聞いても閻魔ばさま、、すごく怖いけど、
子供の頃だったら もっと鮮烈に心に残りますもんね。。(怖かったろうな。。spacesisさん(^^ゞ)

「蜘蛛の糸」過去の自分には手厳しいお話だけれど、今はだいぶ、体の芯に溶け込んできそうなお話だなと感じました。

2006/07/17(Mon) 23:57 | URL | syomin1 | 【編集
「蜘蛛の糸」の文章は、とても美しいとわたしは
思います。敬語の勉強にもなります。

子供のころの記憶は、幸せだったことよりも、
怖かったとか、悲しかったとかの方が
鮮明に残りますね。

今回の蜘蛛の糸で、改めてあの地獄絵図を思い出し、
ネットで検索し、あああ、これやこれや、と^^;
そっくりそのまんまでした。

今でもやっぱり怖かったよ。
2006/07/18(Tue) 07:42 | URL | spacesis | 【編集
ぉお蜘蛛の糸
あっしは家で蜘蛛を見つけると
いつも捕まえて外へと逃がしてやることにしてます
恩返ししてねっみたいなw
2006/07/18(Tue) 11:03 | URL | ぎたれれ | 【編集
>ぎたれれ君

あっはっはっは!
恩返しを見込んでするとは、
さてはさては、きたれれ君も人知れず
やばいことをしてるのだな?(笑)

かく言うわたしも三途の川のどれを
渡らされるのかな?^^;

蜘蛛はへび同様、苦手な動物で、
わたしはあらわれると、そそくさと
自分が場を移動します。

2006/07/18(Tue) 17:20 | URL | spacesis | 【編集
蜘蛛の糸にぶら下がれるか!?
と、言う事でつい最近実験に成功した記事をネットか新聞で読みました。
何万本の糸を束ね、大人の人間がぶら下がったとの事でした。今、研究しているのが、蜘蛛の糸で出来た“防弾チョッキ”なそうな。他に、日本の愛猫家が、猫の毛で”マフラー”を作っているそうな。亡くなった猫ちゃんの形見で作り、それが評判になって、注文を受けているようです。どうでも良い情報でした。そうそう、ギリシアでは、ピスタチオのアイスや、蜂蜜付けが人気だそうで、ピスタチオの主成分にコレステロールを下げる成分が、他の物よりも高いと言うことです。血がサラサラになるとの事で、健康お宅のちゅうは早速、豆を買いに行きました
。あと、本格焼酎も良いらしいよ!
ま、全て適度にですが。^^;
2006/07/20(Thu) 10:53 | URL | サッカー好きの猟奇的男 | 【編集
ちゅうさん、なんでもよく知ってますね^^
ピスタチオのアイスクリームはこちらにも
あります。
わたしは、アイスクリームよりも、ピーナッツみたいに
塩をつけたおつまみ風が好きです。
止まらくなるのですけどね^^;

焼酎はもう飲めないわぁ・・・
2006/07/21(Fri) 02:47 | URL | spacesis | 【編集
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