2013年9月11日

2013-Sept-1.jpg
我が家から見えた昨日の夕空

今日はポルトガルの秘境、最終回を後回しにして。

ネットやフェイスブックを見ていると、2020年のオリンピック会場に
東京が選ばれたことに疑問を呈する人が結構いるのが目につきます。理由
の多くは「福島、原発問題があるのに」なのですが、その問題を踏まえて
もわたしは東京でのオリンピック開催決定は喜ばしいと思っています。

日本が今抱える原発問題は多額の国家予算をつぎ込んでも、今現在世界に
ある最良の技術を用いても、数年では解決できないはずです。わたしたち
人間は、いざ問題が起こったときにすぐに解決策を提示できないもの、ひと
つ間違えば悪魔の炉と化するものに手を出してしまったのです。

原子炉が吐き出してきたゴミの処理さえ人間はまだ正確にできていないの
です。原発事故の問題を解決するには、果てしも無い科学者技術者たちの
努力と研究を待つしかないのではないかと推測しています。

原発問題は今の技術でできるだけのことをしていく、先への大きな不安は
あるものの、同時にオリンピック成功というひとつの夢と目標に向かって、
我が国が持つ素晴らしい技術を活かし古くなったインフラも整備、経済も
活気をとりもどしていくのではないかしら?

オリンピック開催はまた、世界に安倍首相が発信したスピーチにより福島
の復興にも加速するような気がします。

今から50年ほど前、1964年の東京オリンピックが開催されたとき、
わたしは高校生でした。その東京オリンピックは「オリンピック景気」と
言う経済景気を日本社会に吹き込み、日本の新しい技術が発展する土台に
もなりました。


その数年前には東京タワーが、そして1964年には東海道新幹線路線が
開業しました。映画「Always三丁目の夕日」の時代です。

今の若い人たちからすると、レトロの世界でしょうが、東京タワー、東京
オリンピック、新幹線、そしてオリンピック開催数年後の大阪万博と、日
本がどんどん発展していく様を目前にするような出来事が多かった時代です。

7年後の第二回東京オリンピックは、原発で破壊かと思われた日本が、再び
建設に向かうそんな大きな機運になるような気がしないでもありません。

さて、第一回東京オリンピックが開催された1964年といえば、この年は
個人的にわたしにとってはオリンピック以上に忘れられない年です。

以下、過去エッセイですので、既にお読みになった方はスルーを。

「1964年夏・江東区の夕日」

現在の住居のフラットからすぐ目と鼻の先にわたし達一家の旧住まいがある。
当時でも既に築70年はたっているであろうと思われたボロボロの家であった。
あちこちガタが来ていて、雨季の冬には壁に結露があらわれ、娘が赤ん坊の
ころは毎朝起きてはすぐ、壁の結露を拭き取るのが日課であった。

冬は隙間風が堂々と入り我が家を訪れる日本人客はみな寒い寒いと、スト
ーブの前でお尻をあぶり、そこから動くものではなかった。しかし、家の
裏にあたる、台所からの眺めは格別であった。

当時の我が家は借家で、「Moradia=モラディア」とポルトガルで呼ばれ
る3階建ての一番上。勝手口からは一階にある庭に通ずる屋根のない石の
階段が続いており、その庭の後ろは、だだっ広いジョアキンおじさんの畑。
そして畑の向こうはフットボール場だ。試合のあるときなどは、階段の踊
り場に椅子を持ち出して観戦できるのである。
  
そこでの16年間、わたしは春にはジョアキンおじさんの一面黄色になる
菜の花畑の世界に心和み、秋にはとうもろこし畑のザワワと歌う音を楽し
み、そして真冬の夜半には、小型の天体望遠鏡を持ち出して月面のクレー
ターやかろうじてキャッチできる木星の衛生に見入ったものだ。
  
夜空の観察に文明の利器の街灯や高層マンションの明かりなどは、ただジ
ャマになるだけで、この明かりがなかったら星の観察もどんなにかいいだ
ろうと思った。

それにも増して素晴らしかったのは夕暮れ時だ。言葉を失うほどの一瞬の
美を自然が目の前に描いてくれるのである。勝手口から見える向こうの林
と、そのまた向こうに見える町に、大きな真っ赤な夕日が膨らみながら沈
んでいく様に、しばしわたしは夕げの支度を忘れ見入ってしまったものだ。

やがて群青色の空が少しずつ天空の端から暗くなり、天上に明るい星がポ
ツリポツリと灯ってくる景色は、もはや、わたしの稚拙な文章力ではとて
も表現しきれない。それを見る特等席は、実は勝手口よりもその隣にある
息子の部屋の窓なのである。
  
幾度もそうやって、わたしは夕暮れ時の贈り物を天からいただいていたの
である。どんな写真でもどんな絵画でも見ることのできない、空間をキャ
ンバスにした素晴らしい絵の一瞬であった。

わたしには、忘れ得ぬもうひとつの夕日がある。

高校3年の夏休み前、先立つものがないのは分かっていても進学を諦めき
れず、就職の話に乗ろうとしないわたしの様子を見かねた英語教師がなん
とか取り付けてくれた話に、朝日新聞奨学生夏季体験があった。

この制度の何と言っても魅力だったのは、大学入学金を貸与してくれること
である。4年間新聞専売店に住み込みし、朝夕刊を配達しながら大学に通う
ことができる。その間は少額ではあるが、月々給与も出、朝食夕食もついて
いるのだ。女子の奨学生体験は初めてだったと記憶している。

高校3年の夏、往復の旅費も支給され、初めてわたしは東京へのぼった。
東京の江東区、当時はゼロ地帯(海抜ゼロメートル)と言われた、とある
下町の新聞専売店だ。

その専売店にはすでに数人の夜間大学生や昼間大学に通う者、また中学卒
業後、住み込んで働いている者など、男子が数名いた。
二階の一つ部屋に男子はみな雑魚寝である。隣にあるもう一部屋には、賄
を切り回していた溌剌な25,6歳の、おそらく専売店の親戚であろうと
思われる女性がひとり、専用としていた。そこに一緒に寝起きすることに
なったのである。

新聞専売店の朝は早い。4時起きである。ちらしを新聞の間に挟みこむのも
仕事だ。そうしてそれが終わったあと、配達に出る。夏の早朝の仕事は、
むしろ快かった。

なにしろ初体験のしかも女子である、部数はかなり少なくしてくれたはず
だ。いったい何部ほど担いだのか、今ではもう覚えていない。
狭い路地奥の家に配達する際には、毎回イヌに吠えられ、けつまづきそう
になって走り抜け、両脇の塀に腕を打って擦り傷を何度こしらえたことで
あろう。それでも、大学に行けるという大きな可能性の前に、くじけるも
のではなかった。
 
しかし、仕事の内容は配達だけではなかったのである。
集金、これはなんとかなる。拡張、つまり勧誘です、これが、わたしには
どうにもできなかったのでした。
  
「こちらさんが新聞を取ってくれることによって、わたしは大学に行くこ
とができます。どうかお願いします」という「苦学生」を売り物にするの
だ。この売りが、わたしはできなかったのであります。

確かに自分は苦学生と呼ばれることになるのだろうけれども、それを売り
物にすることは、わたしの中で小さなプライドが立ちはだかり、その売り
をすることを許さなかったのである。

頑として、勧誘先の玄関に入ろうとしないわたしを見て、中卒後そこで働
いていてわたしの指導員をしていたHは、自分が入り一件取って来た。
「ほら、とってきた。とらないとお前の成績はあがらないぞ。成績があが
らないと、金だってちゃんともらえないのだ。お前がとったことにするか
ら、いいな。」

助け船をだしてもらいながら、情けなさとやりきれない思いとで、自分自
身がつぶれてしまいそうな午後だった。

その日の夕刊配達時は、江東区の空を真っ赤に染める夕焼けであった。
おかしなもので、それまで気にもならなかったのに、、その日は、自分と
行き交う同年代の若者達がとても眩しく目に映り、肩に担ぐ新聞はズシリ
と重くのしかかり、不意にこみ上げてくるやり場のない哀しみをわたしは
噛み砕くことができなかった。

赤銅色の、焼き尽くせない孤独を湛えた江東区の夕日。
わたしは進学を断念したのだった。
                           (2005年4月記)
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テーマ:オリンピック総合
ジャンル:ニュース
コメント
頑張ろう!全てに!
良い事も、悪い事も正面から向かって行く!これが日本人気質だ!と思う。フランスの週刊誌に、風刺画で三本腕や三本足の相撲取りが。やはり、心のどこかで、東洋人や日本人を馬鹿にし、差別しようとする輩がいるのね。確かに、馬鹿な行動をする若者はいるけど・・?これって、日本人気質が変わりつつあるのかしら?心配です。
2013/09/12(Thu) 14:59 | URL | これからお仕事出勤ちゅう! | 【編集
こんにちは。
大変ご無沙汰しております。
夏に日本へ帰郷し、その後ポルトガルのcaldelas(amares)で数日のんびりと過ごしました。いやー良かったです。別世界、エデンの様でした!(ってエデンに言った事ないですが・・・)

さて、私は東京でのオリンピック反対でした。原発問題も解決せず、東海や関東ではいつ大地震が来てもおかしくないという活断層があるしまさか東京に決まるはずもないと思っていたので驚きました。
まあ、決まったのだから海外から安心して行ける様に状況を整えて欲しいものです。そして私も会場で何かお役にたてるかと少し期待をしています。

前回の東京オリンピックの時は私は3歳でしたが、オリンピックのお陰で自宅の最寄の国鉄の駅が出来たり、新幹線の初乗りの搭乗券があたったりしたのですが、残念ながら私が熱を出していけなかったようです。
2013/09/12(Thu) 20:16 | URL | gallega | 【編集
>ちゅうさん

今朝、見ましたよ、その風刺画・・・
礼を失してますよ。日本政府は抗議するようです。抗議のタイミングを逃さないで欲しいです。

いずこの国にも東洋人、日本人を馬鹿にする人はいます。イギリス、フランス、ポルトガルにも。残念だけどね。

サッカー日本代表GKを務めている川島永嗣選手の腕が4本ある合成写真を放映し、司会者が「福島の影響では」というのもあったそうですよ、フランスの某番組で。

で、「このようなフランスのユーモアは、日本人の好みには全く合わないようだ」と件のエクスプレス社は開き直ってます。そんなユーモアが好みでなくて幸いよ、フン!

>gallegaさん

わたしは賛成でも反対でもなかったですw

決まったら決まったでこれで日本に活気ができるのなら、そして、五輪がくることで被災地の復興に力が入るのならいいではないかと思います。

Caldelas、行かれましたか!
ゆっくりなさったんですね^^
わたしはまだ行ったことがありません^^;
2013/09/12(Thu) 23:28 | URL | spacesis | 【編集
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2013/09/12(Thu) 08:51:25 |  ケノーベル エージェント
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