2014年3月6日 

雨あがる。
gato2014-2
春だニャ~と、ゴロー君。

家の中より外のほうがぽかぽかと暖かい今日のポルト、我が家の5匹ネコも久しぶりに外の新鮮な空気を求め、春の匂いを求めてベランダに出ては花の香りを愛でていました。今年は春が待ち遠しかった。小さなベランダの草花にも生命の息吹を感じます。
さて、本日は前回の記事の続きです。

ポルトには中世の名残を今も留める古い路地が旧市街を中心にたくさんあります。前回紹介した「タイパス通りとサン・ミゲル通り」もそのひとつですが、今日はサン・ミゲル通りとサン・ベント・ダ・ヴィトーリア通りが交差する角に佇む小さな古い家について。

Saomiguel_azulejo

「サン・ミゲル通り4番地の家・Casa No4 da Rua de São Miguel」 または「サン・ミゲル通りの建物」と呼ばれます。この建物をわたしが偶然見つけたのはかれこれ10年前になります。ちょうど我がモイケル娘が日本の大学を目指して旅立ち、寂しさにかまけておってはいかん、なんとか子離れしなくてはと自分を叱咤激励しながら、これまで子育てが忙しくて見向きもしてこなかったポルトの街をツーリストよろしくデジカメ持って散策探検をし始めた頃です。

この家の側面がヴィトーリア教会のまん前に面しており、その教会を目指していたのでした。写真では家の前にポルト市が設置するガイド板が見えますが、わたしが見つけた頃はなかったと記憶しています。無人の家にこんな素晴らしいアズレージュ(青タイル絵)が貼り付けられているのにいたく感心したのでした。

書こう書こうと思いながら、情報が得られずつい今日まで来てしまいました。昨今はポルトガルのネット情報もかなりよくなってきたと言うわけです。取り立てて建物に大きな特徴があるわけではないのに、地階上階の正面のアズレージュが気になっていました。

Saomiguel_azulejo
聖母マリアを描いたと言われる。

Saomiguel_azulejo
当時の人々の生活が描かれている。下にちょっと拡大してみました↓

saomiguel_azulejo2.jpg

サン・ミゲル通りと交差するサン・ベント・ダ・ヴィトーリア通りには、その名がつけられた由来の「サン・ベント・ダ・ヴィトーリア修道院(ベネディクト会)」がありました。現在も荘厳な修道院の建物は外装はかつてのまま残っていますが、内部は改築され劇場、コンサートやイヴェント会場として使用されています。くだんの家のアズレージュはその修道院から持ち出されものの一部だと言われています。盗んだのか?う~ん、難しいところではありますね。ただ、盗んでこんな修道院の目と鼻の先に貼り付けるわけはござんせん。歴史的な事情があったのですね。

ポルトのサン・ベント・ダ・ヴィトーリア修道院は16世紀から18世紀の始めにかけて建築されました。しかし、1807年から1814年にかけて3度のナポレオン軍の侵攻(イベリア戦争)があり、その間、この修道院はポルトガル軍の病院として使用されました。その祭の修道院内の破壊から逃れるためと、もうひとつは、ナポレオン侵攻後の1832、33年はポルトガル内乱が起こったのです。その際ターゲットとなった修道院の略奪からアズレージュ破壊を避けるためだったと考えられていますが、では、いったい、それがどうしてこの家に?となるわけです。

その先のことは調べてもさっぱり出てまいりませんので、spacesis得意の勝手推測を(笑)

この家の持ち主は信心深い人だったか、もしかしたら、子供がこの修道院で神学を学んでいたかもしれない。あるいは、修道士だったやも知れぬ。アズレージュを破壊から救うためにいったんは引き剥がして預かったものの、その後の修道院の歴史はそれらのタイルを元に戻せるような平和な状態には最後までならなかった。預かり主はずっと持っていたものの、そのままタイル絵を朽ちさせてはならぬと、人々に見てもらうためにもこの家の表面に飾ることにした。

とまぁ、これがわたしの推測であります。

サン・ミゲル通りについてはもうひとつ、面白い家があるのですが、これはもう一度訪れて取材したいと思います。

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