2014年3月16日 

震災の動画をわたしは見ることができない。映画の一シーンではない、自分が見るあの瞬間に、多くの人命が飲み込まれたと知っているから、繰り返しそれを見ることはそうして亡くなった人への冒涜のような気がしてしまうのである。

1地震

震災当時にネットで見つけた一枚の忘れられない写真がある。わたしはそれを時折引き出してみる。この写真を見るといつも胸にこみ上げてくるものがある。この写真にわたしは無常観を感じてならないのだ。
日々生きながらに確実なる死に向かっているのがわたしたちの人生だと思う。誰しもこの運命から逃れることができない。だからと言って暗い気持ちで日々を暮らしているわけでは決してなし。いたって楽天的だ。

亡くなった方々のご冥福を祈り、未だに復興がままならなず不安と不自由に絶えているであろう被災地の方々に心から同情するとともに、わたしたちも時に触れてこの事を思いだし、気を引き締めてみることは大切だと思い、今日は3年前、関東に住んでいたあの日の子供達のことを書いた日記を抜粋して再度あげてみたい。

ーここから引用

地震のニュースを知った後しばらくは国際電話が不通でいてもたってもいられない状態でpcを開けたあと、こういうときだと言うのに、ネットのスカイプがつながっていたのに驚いた。
早速息子が声をかけてきたのであった。

2011年3月12日
息子は昨日は(2011年3月11日)仕事が休みで、地震が起きた時外で自転車を走らせていたそうです。急遽帰宅してしのが、なんと!3匹の猫たちをそれぞれのカゴに入れて外へ運び出した事だそうです。(あんたら幸せなネコやで!)

モイケル娘は?と聞くと、「まだ会社だと思う、けどケータイが通じない」と言う。わたしもダメもとで彼女のケータイにメールを送ろうとメールボックスを開くと、「かあちゃん、地震起きました」
の件名が目に飛び込んできた!
この瞬間、わたしの心臓はぎゅぎゅっとしぼんだ!そして、短い文面を読んで、とりあえず安堵に胸をなでおろしたのでした。

まだ会社にいるが、都内の電車が全面ストップしているので帰れない。いわゆる帰宅難民になっていたわけです。

そのうち、「同期の人たちで歩いて帰ろうという話が出てるみたいだ」と息子が言う。おいおい、まて!それは危険なことだよ。止めよ、とメールを打ったが、息子、「She's comming back. 家に向かってる」
「シ、シーズ カミング バックって、あんた!ナに言ってるのよ~」と叫べど既に遅し

すると間もなしに娘から、
「今歩いてる。心配しなくていいよ。グループで歩いてるから」
こういうときは、余震もさることながら、狼男も心配なのだよ、おっかさんは!我が娘、思うに絶対ネコのことが心配で、歩いて帰る気になったに違いない。同じ環境だったらわたしも同様のことをしていたこと確実であります。

夫ももう起き出しておりましたが、気になるとて病院の仕事を休むわけには行かない。間もなく出勤しましたが、一人家に残ったわたしは新しい日本語クラスの準備も手に付かず、そのうち、友人たちから、親戚から、知人からと電話が一日中なりっぱなしです。

娘が一緒に歩いたグループは会社の寮の人たちで、実はその寮が偶然我が子たちのアパートの一つ駅違いのところにあるのだそうな。たまたま、社員に寮から築地にある会社まで、1時間ほどかけて自転車通勤をしていたツワモノがいたのだとか。それでその人が道を知っていたので、皆で徒歩で、との決断を下したそうだ。

自転車で1時間が、歩いてなんと4時間半!たはーー!どんな靴でそんな長時間歩いているのだろうか、足、大丈夫だろうか・・・そんなことを思い巡らしながら、気もそぞろで新しい出張日本語クラスを終えて帰宅し、息子から家に無事たどり着いたことを確認して、ひとまず安心したのでした。

2011年3月13日
ここ三日以内にM7の地震が襲う可能性70%との気象庁の発表があり、できれば会社を休んでほしいところですが、「こういうところが日本なんだ」と言って出かけていきました。

妹が再度の地震に向けて、保存食、水、猫のえさなどをせっせとリュックに詰めて準備していると言うのに、のんびりものの息子、その気配なし。わたし、おばにあたるわたしの妹にもさんざ言われ、さすが怖気づいたか準備し始めたようです。あれをこれを買っておきなさいと言うと、「もうスーパーもコンビにもほとんど棚になにもない」とのこと。1970年代のオイルショックでマーケットの棚から、たちまちのうちにトイレットパーパーが消えたことを思いだします。

2011年3月23日 

原発問題がまだ明確な見通しがついておらず、現場では今日も危険を承知で必死な作業が続けられています。ニュースを通して被災者たちのエピソードも聞こえてき、気の毒で涙が出てきます。しかし、人生は続く。日本人の、人間の生命力の逞しさを信じたいと思います。

「おっかさん、今日はパンが買えた!」とモイケル娘。日本は物が豊富だ、というより、豊富を過ぎて贅沢だとフッと思うことがあります。パンが買える喜びを、娘よ、覚えておいて欲しい。

計画停電だというのに、懐中電灯もろうそくもないという我が子達、懐中電灯をネットで注文したら品切れでないと言う。大阪の我が親友Michikoや名古屋の杉さんから物資の差し入れが届きました。
子供たちの住む区域は夕方6時から10時まで停電の今日、間もなくその時間がくるという前の少しの間、スカイプでモイケル娘と話しました。

おっかさん:  懐中電灯、手元に用意してる?
モイケル :  うん。ヘッドライトをつけてる
おっかさん:  へ、ヘッドライト?
モイケル:   そ。みっちゃんが送ってくれたのを頭につけてる。
        鏡で今自分の姿を見たら、マヌケだった^^;

↓こ、こんなんを頭につけてるんか、と思ったら、停電を待機していて気の毒だとは思ったが、可笑しくてつい大声で笑ってしまった。
地震2

笑っている間に停電が来た様で娘はスカイプから落ちていた。
 -引用終わり


この日件以来、日々地震と背中合わせで生活しているような日本の暮らしだ、子供達にはいざと言うときにはそのまま持ち出せる「災害リュック」なるものを当座の間は枕元に、後はすぐ手の届くところに置いておくようにすすめ、時々、思い出しては「災害リュックはどうしているか」「中身を時々確認せよ」と、声をかけている。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。

子供達よ、ポルトガルには地震がないぞ、帰ってくる?
地震はないけど、仕事もないじゃん、との返答がくるのが分かる^^;

ぎゃふんである。
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コメント
のど元すぎれば?
地震国でありながら、政財界は原子力の再稼働を目論んでいる。原子力は安価だと強調しているが、他の電力にかかる金額とそれほどの差は無いという試算も出ている。地震と原子力。破滅の未来へと向かっているような気がしてなりません。
話は変わりまして、今週22日(土)に息子の結婚式です。披露宴には定番の「WelcomeBoard」の制作進行中です。明日には完成。私得意の漫画調のペーパークラフトです。またお祝い品をとの事、ありがとうございます。5月に日本でお会いするときに、ありがたく頂戴いたします。その日まで楽しみにしておりますね。結婚披露宴の様子はメールにてご報告をば!面白い事がありそうです。
2014/03/16(Sun) 23:45 | URL | 今週は仕事押さえちゅう! | 【編集
ちゅうさん
扱いきれないプロメテウスの火に手をつけてしまった人間の未来は本当にどうなるのでしょうね。ただ原子力に代わるエネルギー源が今すぐないのも現実だと思います。

>今週22日(土)に息子の結婚式です

いよいよ今週末ですね!ちゅうさんのペーパークラフトも楽しみです。今週はさぞかし忙しいことでしょう。おめでたいことも乗り切るには体力がいりますぞ。奥方ともども、今のうちのしっかり休んでおいてください。

ご報告、まっておりまする~

2014/03/17(Mon) 02:06 | URL | spacesis | 【編集
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