2014年5月4日 

帰国を前にして、右足小指を痛めたのは前回書いたが、早速友人からメールで「優さん、レントゲンは撮ったのか?ヒビとか骨折だったら優に二ヶ月はかかるぞ。晩酌しながら政治談議なんて!(今回は起点が所沢の妹宅になるので彼ら夫婦と毎晩飲みながら政治談議ができると喜んでいるのである)アルコールが入ると腫れが増して小指は親指になっちまうさ。」とおどかされた。

もう10日近くになるのにまだ腫れており通常のように颯爽とは歩けない。硬い靴などに足を入れたとたんズッキンである。こういう時の靴はバックスキンに限る。

友人のメールでさすがのんき者のわたしもひょっとして?と思い始め、夫相手に大袈裟に騒いで見た結果、昨日の土曜日、日本語教室終了後、夫が勤務する病院へ直行しレントゲン撮影をしてもらった。ヒビ骨折の類はなし。よし!後は出発までの3日間、掃除は放っといて(またぶつけるといけないし^^;)気力で直すぞ!と目下意気込んでいる。

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やっとポルトガルらしい気候になりました。

出発当日は、お掃除のベルミーラおばさんが出勤して来てわたしとすれ違う。週に2、3回来てもらうだけだが、4週間もの留守も彼女に夫の身の回りのこととネコたちを任せられるからこそできるのであります。

家政婦さんとは言うものの、住み込みではな終日いてもらうでもなし。週に2、3回、午前中の3時間をお願いしています。この3時間はたいてい家中をくまなく掃除、そしてアイロンあてで終わってしまいます。料理はお願いしたことなし。

我ら、休暇で数日家を空けるときはベルミーラおばさんに家の鍵を預けて日に三度の5匹ネコのエサを頼んで出かけるし、週に2、3度の日本語授業で企業に出向く朝はベルミーラおばさんに家を任せてでかける訳ですが、こんな風に家政婦さんがいてくれるのは本当に助かります。信頼関係があれば、です。

少しポルトガルのお手伝いさん事情を書いてみましょう。

わたしがポルトガルにやってきた35年も前には、少し裕福な家ではたいてい今の我が家のように週に2、3回通う家政婦さんを雇うのが普通でした。誤解なきよう断っておきますと当時の夫は専門医とは言え30そこそこ、家には母親とひきとっていた叔母、それに数カ月おきにやってきては長期滞在していく母親の弟の未亡人、新しく家族に加わったわたしと、一人で女4人を養い、更に二週間おきくらいに田舎から親戚がどっとやってきては飲み食いしていました。
こんな中でやっていけるのか?経済的にもさることながらしょっちゅう人が出入りするその環境に精神的に大丈夫か?とわたしは大きな不安を覚えたものです。

さて、その夫の母の家といえば、3部屋にリビング、庭なしの小さな家でした。そんな家に女が通常わたしも含め3人もいるのですから、家政婦など必要ないと思われるものの、これがそうではない。週に2回は雇い、女達も家政婦と同じように家のなかをくまなく掃除しまわるのでありました。故に家はピカピカ。いつなんどきお客がきても慌てふためくことはない。

当時夫は昼食をとりに帰宅していましたが、毎3食作る台所もその都度終わったらピカピカに磨き、すっきりきれいにするのです。日本のように隅に三角コーナーを置く等まずありません。
流し場の水滴もひとつ残さずふき取るんですぞ。こ、こんなとこまで行くか~、と当時はかなりずぼらだったわたしは、この徹底さに呆れ驚き、自分がいずれこれをしなければならないと思うと気が遠くなったものです。

あと3時間もすればまた使うんじゃん、この台所^^;掃除に費やす毎日の時間たるや年間にすれば莫大なものです。わたしはいやだ、こんなことに一生の半分を費やすのはいやだ~と本気で思ったものでした。

当時のポルトガル女性の多くは専業主婦でしたが、にも拘らずそうして家政婦を雇っていたものです。家政婦たちのほとんどは家計を助けたいのだが学歴がないという女性が多く、手っ取り早いのが家政婦だというわけですが、ポルトガル女性のきれい好きは学歴のあるなしに関わりないようです。

夫の母親との同居時代と独立した以後も入れて家政婦は4人変わりました。初代の人は何年もいたのですが、やがてわたしたちのよりもずっと大きな一軒家を持ち(わたしなどこれを聞いて大声で笑ったものだ)市外に引越していきました。

次の人は、二人目の子供モイケル娘が誕生するにあたり、夫の母親の家が手狭になったもので、同じ通りの10数メートル先の借家に引越し、彼女の家とわたしたちの家をかけもちで週に2回ずつ通ってもらいました。

このとき、初めてわたしは自分の家政婦さんを持つことになったのです。今から28年以上も前のことです。この家政婦さんのとき、問題が起きました。大雑把に掃除する人でしたが生まれたばかりのモイケル娘と小学校に通い始めた息子の世話でわたしは毎日忙しく、たいして気にもせず通ってもらっていました。

ある日、アヴェイロに住んで時々里帰りしてくる夫の姉に、「そっちで物がなくならない?」と聞かれたのです。そう言われてもねぇ、信用してるし、またそうしないと家の中を任せられはしませんしね。第一、しょっちゅう目を光らせているなんてのは、わたしは性に合いません。そんなことをするくらいなら、自分で掃除したほうが気楽というものです。

しかし、思い当たる節がありました。大したことではないのです。あれ?あったと思ったんだがなかったっけ?と、食料保存室に入れておいたものがいつの間にか切れており、自分が使ってしまったのに補給を忘れていたのだろう、くらいにのんきなわたしは思っていました。

また息子の貯金箱に当時の100エスクードコインだけをまとめて入れて置いたのがある日、相当数減っているのに気づいたのです。

はて、これは困った。どのように切り出そうかと思案していたら、間もなく夫から辞めてもらったと聞かされほっとしたのでした。さぁ、困ったと夫の実家とこちらとで慌てて探し来てもらった家政婦さんは仕事が遅くてダメ、そして4人目がモイケル娘誕生以来今日まで28年の付き合いが続くベルミーラおばさんです。

どこの家でもそうだと思いますが、家政婦さんにも年に一ヶ月の休暇をとる権利があり、また盆暮れのボーナスも各々一か月分の給料に値する分を払います。クリスマスにはちょっとしたプレゼントも差し上げます。これが毎日、しかも丸一日となると家政婦側にとって大きな収入になりますが、週に2回ほどならこちらも助かるし支払える金額なのです。

長くなりましたが、これがわたしが知るポルトガルの大雑把な家政婦事情です。次回はわたしが疑問を思う「経済財政諮問会議の民間議員」の「女性の社会進出を後押しする」ための提言なるものについて考えてみたいと思います。
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コメント
ポルトガルは、子どもの頃からの憧れの地で、学生の頃バックパッカーで旅して以来
、4半世紀(笑)経った今でもなつかしく、今すぐにでも訪れたいと思っています。
若い時は住みたい!と思っていました。その夢を実現させていたら、私ももう少しきれい好きな手入れ習慣を身につけられていたかもしれません(笑)。
憧れのポルトガル、これからも楽しみに拝見します。
2014/05/11(Sun) 08:17 | URL | けい | 【編集
けいさん
今日は。25年前ですと今のポルトガとずいぶん違っていたことでしょう。古い物、古いしきたりは残っていますが、町がきれいになりました。

変りつつあるポルト、ポルトガルをもう一度訪れていただきたいですv-290
2014/05/13(Tue) 10:46 | URL | spacesis | 【編集
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